ターミナルの端にぽつんと存在するその店のドアを押し開けると、思わず即座に閉めて背を向けたくなる公共猥褻兼人格破壊つっこみカモン、むしろモデルをいじめカモン! なイラストが出迎えてくれる――Bar「軍法会議」。 ここ最近、ターミナルが変貌し、トレインウォーでハッスルしたりとあわただしい日々に百戦錬磨のロストナンバーたちも多少とはいえ肉体的、精神的な疲労を覚え始めているのをトラベルギアなら素手で止められる伝説のナイスガイなマスターは考えていた。この店でなにか出来ないか……と「やぁ、こんにちは。マスター、少し相談があるんだがいいだろうか?」 そこにやってきたのは店のカモン! イラストをさりげなく視界から逸らした女騎士アマリリス・リーゼンブルグ。 並の男なら裸足で逃げ出す男前な彼女はカウンターにいたマスターにさる相談をした。それにマスターは快く頷いた。 アマリリスはカフェの近くで女性なら一発オッケイ、男性も一発オッケイのフェロモンをたれながししながらちらしを配っていた。 今宵、Bar「軍法会議」で焼肉パーティを開催します。 飲み放題・食べ放題 時間は無制限 参加費は無料! 来たれ戦士たち、目覚めよ戦士たち やったれ戦士たち ただし参加する方は必ず他の方を笑わせられる一発芸をすることが参加条件です 「これは、アマリリス殿」「ああ、ガルバリュート殿か」 たくましく美しい肉体美を惜しげもなく見せて歩く公共猥褻……ではない、戦士のガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードが歩み寄ってきた。 二人は何度か手合せしたことのある拳で友情を作り上げた仲である。「む、これは! 拙者が良く行くあの店で焼肉パーティとは!」「ああカンダータの件、壱番世界でのトレインウォー、最近色々と騒がしく思う所も多いだろうが……その気晴らしを含めて、今夜は共に楽しく騒がないか?、」「アマリリス殿には労いの意味も込め軍法会議で楽しんで行ってもらいたい。もちろん拙者も参加させていただこう!」「ふふ、では、今度は飲み比べで勝負させてもらうおうか」「パーティですか? 楽しそうですね、わたしもぜひ参加したいです! よろしいですか?」 可愛らしい声がして二人が振り返ると、赤色の帽子に赤い衣装のぱっちりとした目の可愛らしいミルカ・アハティアラが立っていた。「もちろんだ。ソフトドリンクもある。酒場までエスコートさせてくれ。可愛らしいお嬢さん」「わぁ! ありがとうございます!」 ぺこんとミルカが頭をさげた。「すまない、これに私も参加してもいいか?」 さわやかな笑みとともにアマリリスに声をかけたのは西洋貴族のような衣服の紳士、フェリックス・ノイアルベールだ。肩にはふわふわの使い魔・ムクがのっかっている。「騎士団にいた頃は、魔獣共を狩って飢えを凌いだこともあったな。滴り落ちる緑や紫の肉汁に、悶絶する者が続出していたものだ……懐かしい」 さらっとトラウマな過去を語りつつ、フェリックスは微笑む。「その酒場でどのような肉を焼くのか知らんが、旨い酒が飲めるのならば加わらせてもらおう」 またさらっと重要なつっこみどころを言いながらフェリックスは微笑む。 その肩ではムクが「親分、親分! ワシはきゅうりがたべたいダス」 と騒いでいる。「やぁ。久しいな。君の可愛らしい相棒も元気みたでなによりだ。今宵は大いに騒ごう」「おー、オイラも参加させてくれぇ! ちょうど焼肉を食べてぇと思っていたんだぞ! 疲れたときは肉だな、肉!」 ぴーんと元気の良さでピンクの竜人のレク・ラヴィーンが焼肉の単語に猛ダッシュしてアマリリスたちに近づいてきた。「桃色の肌の愛らしい竜人の君。オーナーには美味い肉を出してくれるよう依頼はしてきた。共に楽しい一時を過ごせれば幸いだ。さ、そろそろ行こうか。店の支度もしているはずだ」 さりげなく両手に花状態のアマリリスがミルカとレクをエスコートする。「むっ、気が付けば女性はすべてアマリリス殿の横に!」「……立ち入る隙もないな」「親分にはオイラがいるダス!」「馬鹿者、ご主人様と呼べと言ってるだろう。早く行くぞ」 男二人+一匹も歩き出した。 一方、そのころ焼肉会場―― 背の小さな借金まみれの軍人ことヌマブチがいそいそとエプロンを身に着けていた。いきなり臨時で入れと言われて何事かと訝しんだが、カウンターに置かれたちらしに納得した。「こういう話であれば大人しく給仕させて頂きましょう。上手くすればおこぼれに預かる事も出来るかもしれんであります」 借金返済のためのウェイターをしているが、マスターは寛大なため客と一緒にハメをはずしたとしても怒ったりはしないので、肉にありつける可能性は高い。そして「……うまくすれば酒も……ん? なっ!」 エプロンにはでかでかと【断酒中 飲んだら黒服通報されたし】 硬直するヌマブチは振り返った。そこにはタフナイスガイのマスターが微笑んでいた。「断酒の情報がここまで……! よもやクゥ殿が! 一発芸は某もでありますか! マスター!」「やるか、やらないかだったらやるしかない。返事はイエスか、はい、もしくは、お客様は神様です、以上!」「!」 選択肢が増えているようで、全部結果は同じでありますよ、マスター! =========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>アマリリス・リーゼンブルグ(cbfm8372)ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード(cpzt8399)ミルカ・アハティアラ(cefr6795)フェリックス・ノイアルベール(cxpv6901)レク・ラヴィーン(cyav1560)ヌマブチ(cwem1401)=========
「軍法会議」。その名に相応しくおっさんやその手のムキムキな者たちであふれかえっている店なのだが、今日は違った。 なんと赤と白のふわふわの可愛らしいミニスカ姿のミルカ・アハティアラ、その左手には淡い桃色の肌をしたレク・ラヴィーンがワクワクと目を輝かせて店内に踏み込む。そんな二人の可愛っ子ちゃんをはべらせているのは並の男は裸足で逃げるイケメンフェロモン垂れ流しの騎士服を着たアマリリス・リーゼンブルグ。 その後ろから店に入ってきたのは白い使い魔のムクを肩にフェリックス・ノイアルベール、公衆わいせつ罪とターミナルでも有名な筋肉戦士のガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードである。 「いらっしゃいませ! 五名さまご案内しまーす!」 彼らを出迎えたのはありえない満面の笑顔のヌマブチ。 接客業は笑顔が命とマスターと常連客兼心の友と書いて親友であるガルバリュートに日々言われて鍛錬した賜物である。 まぁ、それもものの一分で 「……疲れるな、これ」 「こらこら、まだ笑顔を崩すにははやいであるぞ!」 ガルバリュートのつっこみにヌマブチが反論しようとしたとき、背後から殺気! はっ、マスターがみているであります! その殺気にガルバリュートも反応した。 「ヌゥ! やはり拙者を焼くつもりだったのか!」 焼肉イコール自分が焼かれるのだと半ば本気で信じて待ちわびていた、いや、警戒して殺気に敏感なガルバリュートはギアを本能的に投げていた。 「むっ! しまった、マスター!」 「マスター!」 「危ない!」 「やばいぞぉ!」 「え、え、え!」 「これで借金がチャラに!」 なんとなく聞き流せない叫びがあがるなかカウンター内でコップを拭いていたマスターは素手でガルバリュートのギアをぱしっと蚊でも叩くようにキャッチした。コップを置くとくいくいとガルバリュートをナイスガイの笑顔で呼びつける。 ちなみにこの店は武器の持ち込みは可であるが、使用は許されていない。店が以前ギアで破壊されかけたことがあるからだ。 壁にもでかでかと「使用禁止」と張られている。 「マスター、拙者は焼かれるのだとおも、うお」 「あ」 と全員の声がはもった。 問答無用でマスターはガルバリュートを奥の部屋に連れていく。そして聞こえてきた歓喜の図太い断末魔は一分ほどで聞こえなくなった。 しーん。 「さぁ、焼肉をしようじゃないか」 アマリリスは見なかったことにした。 「え、あの、けど、あれ」 「おう、あれはいいのか? いいのか?」 「気にすることはない。さぁ、席に座って、私がエスコートするよ、可愛いお二人さん」 必殺・たらしの笑顔でアマリリスは混乱しているミルカとレクを誘う。二人の女の子たちはぽーと頬を染めてそそくさと席についていく。 「いいのか、あれは」 「いつものことでありますから」 事前に中央に二つのテーブルをくっつけた真ん中に置かれた鉄板。すでに熱されていつでも肉を焼ける手筈となっている。 その横に用意された皿に山となっているピンクの新鮮な肉。アマリリスがマスターに頼んで用意してもらったものだ。 「おー、肉だ! 肉、肉!」 レクは嬉しげに声をあげる。 「いっぱいですね!」 ミルカもわくわくと笑顔だ。 「ふふ、やはり肉だけだな。ここに来る前に野菜をいくつか購入しておいてよかった」 「おう! 本当だな!」 焼肉パーティをしたいと頼んでも、この店では男性陣向けに肉しか用意しないだろうとアマリリスは予期して、ここに来る道すがらお買いものをしてきたのだ。 レタス、にんじん、たまねぎ、ピーマン……きゅうりもある。 ムクが 「きゅうりをお願いするダス!」 と叫び、ご主人様のフェリックスの絶対零度の視線にさらされてもめげずにきゅうりを握りしめて購入してもらったものだ。 レクはスパイス、香草入りのソーセージの詰め合わせ、ミルカはなんとトラベルギアからどーんと大きく狐色に焼けた七面鳥を取り出した。 「やっぱりお肉っていったらこれかなぁって」 「おー、すげー! 焼く前から食べれるぞ!」 「えへへ。お肉だらけになっちゃいましたね」 ミルカは舌を出して可愛らしく笑う。 「私もせっかくだから一度家に帰って、これを持ってきた。インヤンガイの露店で売っていたものだ。正体は知らん。せっかくだから焼いて食ってみたらどうだ」 どーん! と差し出されたのはなぜか青い不吉なオーラを纏っているように見える肉の塊。 思わず全員が黙ったのはいうまでもない。 「成分分析したが人体には無害だ。こいつよりはまだまともな「食べ物」だ」 ちらっとムクを見て淡々とさりげなくひどいことを告げるツン分量が多すぎるご主人様にムクは泣きそうな顔で、えっ! ワ、ワシは美味しくないダスよ、焼かないで欲しいダス~! と叫んだ。 これは新手のいちゃつきなんだろうか、それともマジなんだろうか……全員が悩んでいると どーん! 「FU~、やはり食前の一汗は肉体が引き締まる! さぁ、焼肉を」 血まみれのガルバリュートが元気よく奥のドアから飛び出した。 「ガルバリュート殿! その姿はさすがにいただけない」 「か弱い女性もいるのでありますよ、なにを考えているんでありますか!」 思わずアマリリスとヌマブチが真顔で止めた。その横ではか弱い女の子代表のミルカとレクは唖然と呆け、フェリックスは真顔で「あれも焼くのか? 火力は大丈夫か」と呟いてムクが必死にぽかぽかと頬を叩いて「なにいってるダスよ!」とつっこんだ。 「ん……拙者としたことがしまったぁ! ちょ、きゃ、いやん! こんな豚のような姿をレディにさらすとは! えっちぃいい!」 叫びつつまたしても扉の奥に消えて大量の水音とまた図太い歓喜の声が店内に轟いた数分後 「ふぅ~。申し訳ない、ついマスターの技に昂奮したまま出てきてしまった。では改めて!」 つやつや、てかてか……血を洗い流したガルバリュートがめちゃくちゃいい笑顔で戻ってきた。 「……」 アマリリスはさすがにつっこみもフォローも出来ずにはぁとため息をついた。どうしてこんなのと私は友達になってしまったんだろうとちょっと考えた、かもしれない。 「今日は、あの、よろしくお願いします! 飲み物は、よかったら運びますね」 礼儀正しいミルカはマスターにもちゃんと頭をさげた。マスターはそんなミルカの可愛さにデレてサービスにいろいろと用意する。 熱した鉄板前でフェリックスとアマリリスが戦いを繰り広げていた。 「一枚の肉を焼く火力の総量を10とした場合、表と裏の比率は3:7で焼け。肉は一度しかひっくり返すなよ。これが最大限に肉汁を味わうことができる焼き方だ。肉汁を笑う者は肉汁に泣くのだ!」 「おー! にくにくー」 「悪いが、野菜も焼かせてもらうぞ」 「ふ、野菜なんぞただの飾り!」 「なんの、野菜があるから肉が引き立つ!」 レクはフェリックスの声にぽんぽんぽんと肉を鉄板に置いていく。その合間にアマリリスは女性陣のための野菜をいれる。 まるで肉と野菜の戦争のような鉄板で肉焼きのフェリックス、レク対野菜焼きのアマリリスはじりじりと焼ける鉄板の上で睨みあう。 「このあとは! どうするんだ親分!」 「好きしろ!」 「親分、中途半端に焼肉奉行ダス」 まったくだ。 「しかし、鍋のときはいろいろとうるさいガルバリュート殿が黙っているとは珍しいなぁ」 「フッ、拙者、鍋を愛しているゆえ、鉄板に浮気はしないのであります! しかし、最近どうも皮膚が荒れてきていてな。再三の戦いで肉体を酷使しすぎたようであるので、花子殿に頼んで野菜ももらってきた。アマリリス殿、どんどん焼いてほしい!」 鍋と鉄板、その上には決して分かり合えない険しい溝の存在を切実と語るガルバリュートはアマリリスに焼く作業はほぼ任せた。 「私にはわからない世界の戦いもあるのだな……彼は元気なようでよかった」 アマリリスはちらりとヌマブチを見て呟く。互いに旅団にいた身としてアマリリスは彼を知人と思っている。 「アマリリス殿、ヌマブチ殿を知っておいでか?」 「ん、ああ。ガルバリュート殿も?」 「そうか、そうか、拙者が紹介する前に知り合いとは、縁があるようである!」 ガルバリュートは嬉しげに頷く。 「もしかして紹介したいと言っていた知り合いは彼なのか? ふふ、本当だな。彼の仕事が一段落したら、ゆっくりと話そう」 アマリリスとガルバリュートは穏やかな微笑みを交わすが、すぐに 「だが、これとそれは別のことだぞ」 「む?」 「以前の手合せでは負けてしまったが、今回の飲み比べ、ぜひ勝たせてもらう」 「望むところ」 二人の間でばちりっと戦いの火花が散った。 ミルカは全員に飲み物を渡していく。アマリリス、ガルバリュート、フェリックスは当然のように白い泡が美しいビール(特大ジョッキ)である。 レクはオレンジジュース、ミルカ本人は紅茶。もちろんボーイのヌマブチに飲み物があるはずがない。 「では、みなの衆、お耳を拝借!」 アマリリスは立ち上がると良く通る声でその場にいる仲間たちに呼びかけた。 「今日は私の呼びかけにわざわざ集まってくれてありがとう。いろいろと大変なことは多いがターミナルにいるみなが力を合わせればどんな苦難も乗り切れると私は信じている」 全員の視線を受けてアマリリスは穏やかに微笑する。 彼女の微笑みの裏には今までの戦いのことが、カンダータの戦火のことも未だに重く圧し掛かっている。けれど彼女は暗い陰を出したりはしない。前に進むために今日が、今があること、仲間たちがいると信じているのだ。 「ふふ、かたい挨拶はこれで終わりだ! さぁ、今日は楽しもう! 乾杯!」 「おおおお!」 全員が飲み物を持ちあげると声をあげて勢いよく飲み始めた。 ヌマブチは悟りきった眼でボーイとして仕事に徹する姿をミルカはうるうると見つめた。 「ヌマブチさん、お酒飲めないんですよね? わたし、メロンソーダおごります!」 「なっ!」 優しげな微笑みとともに差し出されるメロンソーダ。ついうっかりそれを手に取りそうになっていた。 これは罠か、それとも……わからない。わからないゆえにいつ落ちるとも限らない綱の上にいるヌマブチはごっくりと息を飲む。 彼のなかでは実にくだらない戦いが繰り広げられていた。 それはいかにして誰にも気がつかれずお酒をわが手に掴むか。 キッチンはマスターの城、フロアには客が多い。さらに自分は給仕の仕事がある以上長時間人目から逃れる事は困難 しかし、必ず酒を、己の手で甘露を掴みとる! すべては敵、そして障害……そう思っていただけにミルカの存在は予定外だった。こんなピュアな女の子からの飲み物が罠なはずがない。いいや、もしかしたら罠かもしれない。旅団にいたときもかわいい女の子が差し出したものを食べてみたら「あ、ごめんなさい、それ虫さんの毒入りでした。てへぺろ」とかやられた思い出が――! 断じて他者を信用するな! ヌマブチ! これも罠だ。クゥが絶対に出てくる! 「ボーイとしての仕事がありますので、その優しい気持ちだけいただいておくでありますよ」 「けど」 ミルカがかわいそうなくらい俯くのにちくちくとヌマブチの良心が攻撃される。おい、こんなかわいい子がわざわざお前に飲み物奢ろうとしているのを断るとかどうなんだ。なぁ。人としてどうなんだよ、と 「どうした」 フェリックスが二人のやりとりに気が付いて近づいた。 「ヌマブチさん、お酒が飲めないそうなんです」 「……断酒中でありまして」 「断酒とは気の毒にな」 ものすごく憐憫を漂わせた瞳はヌマブチの心にざくっざくっと確かなダメージが与えた。 「……飲ませてやろうか?」 ぎくぅとヌマブチは内心心穏やかではないがそれをおくびにも出さず、諦めたように四十五度斜め下に視線を落として顔に蔭を作った。 「いえ、断酒中なので」 「遠慮するな。実際飲むわけじゃない」 「というと」 ずっとフェリックスが顔を寄せた。 「!」 「いいか、私の目を見ろ。三秒後にお前の飲むものはすべて酒になる」 「いや、某は……!」 有無を言わせぬ接近につぐ接近。もうちょっとでキスされちゃうくらいの距離で(この展開、このシチュを誰が喜ぶのでありますか!)ヌマブチが硬直している隙にフェリックスは「酒、酒、酒、酒」と囁き、指を鳴らした。 「っ」 「これでいいはずだ」 「よかったですね。はい! メロンソーダ!」 「……」 ど、どうすれば、この場合、どうすればいいのでありますか! このメロンソーダが実は酒だったらアウト! しかし、ただのメロンソーダで酔っ払っても――葛藤、裏切り、駆引がヌマブチのなかで壮大に展開される。 「ヌマブチ殿も、せっかくの可愛い人の親切だぞ」 アマリリスはがっつり飲みながら微笑む。アルコールのせいで頬が僅かに赤く染まり、うるんだ瞳は妖艶さを醸し出す。 「まったくだ! 貴殿は呑まぬのかな?」 その横ではガルバリュートは両手にビールジョッキを持って浴びるように飲む姿はヌマブチの心を深く抉った。心の友と書いて親友ってなんなんだ。本当に 「せっかくの好意だぞ、俺とミルカの」 フェリックスもジョッキを一気してしらっと言い切る。 「……っ、某は、ボーイであります。お客さまは神様でありますが、分を弁え。仕事に精進させていただきたく。ミルカ殿、その優しさだけを頂戴しておきます」 「そうですか? けど、メロンソーダならいつで奢りますっ」 きらきらとピュアオーラが思わず、まぶしぃ! といいたくなるミルカの笑顔はヌマブチの心にトドメを刺した。 「おおそうだ。プレゼントを用意しておいたのだ! ヌマブチ殿も楽しむためのな!」 「? なにを」 「これと、これと、これをつけて、さらにこれで」 ガルバリュートが美しい汗をぬぐい、全員に笑いかける。出来上がったのは……頭には触覚、さらにインバネス。左腕には蟲的な義手装着。 おや、どこかで見た様な……むしろ、これはむピーッ【プライバシー保護がはいりました】!(全員の心の声) 「こ、これは、さ、さすがに、マスター!!」 「一日その姿でボーイ」 「!!」 仕方なく某蟲を愛しすぎて人生トチ狂った男の姿でヌマブチは借金返済のためにもせっせっと仕事をする。 その傍らではテキーラショットガン勝負に忙しいガルバリュート、アマリリス、フェリックス。 開始五分でテーブルいっぱいのコップがずらりと並ぶ。その僅かに香るアルコールの匂いが今のヌマブチの心を慰める。 「せっかく暗示成功かと思ったんだが、仕方ない、ムク、お前はガルバリュート殿だ。ガルバリュート、ガルバリュート」 「親分、まだ酔うにははやいダスよ」 「ご主人様とよべ、まったくこの可愛い使い魔め! ああ、可愛いぞ! 本当に、さぁ、ガルバリュートに」 「親分、しっかりするダス!」 真顔でムクを抱きしめる残念なイケメン酔っ払いフェリックス。 「ふふ、楽しそうですね! あの、きゅうりあげてもいいですか」 「ほしいダス~」 「ムク、よかったな。ありがとう、お嬢さん、けれどムクは俺のなんだ」 「はい、ムクさん、あーん」 「あーんダス!」 「ムク、浮気するんじゃないぞ、お前のご主人様は俺なんだからな」 ミルカはムクを愛でるのに忙しい、ムクは食べるのに忙しいので酔っ払いのデレデレご主人様を無視していじけさせた。 「くっ、俺がご主人様だというのに……! マスター、テキーラ!!」 「む。フェリックス殿、まだまだいくか! 拙者も負けられぬな」 「ふふ。楽しいな。……っ、しかし、さすがにきついな」 「ここで降参かな?」 ずらってテーブルに並ぶコップは五十個を切っている。これで酔わないほうがおかしい。 「女だからといって侮らてもらっては困る」 ばさばさとアマリリスは珍しく翼を感情的にばたつかせる。 「女性が無理をするものではないぞ?」 紳士なガルバリュートは優しくアマリリスの背中を撫でて介抱する。よりかかったアマリリスの全身から漂う色気はいつもの五倍増し。 「……っ、テキーラジョッキを頼む」 アマリリスはテキーラのジョッキをヌマブチから受け取るとガルバリュートに差し出した。 「私の酒をうんと飲んでもらおうか、ガルバリュート殿」 「むぅ」 「まさか、私の酒が飲めないわけではないな? もちろん一気だ!」 「なんという言葉責め……拙者燃えてきたぞ、アマリリス殿……っ!」 「さて、ヌマブチ殿も、せっかくだ。食べないのか?」 にこりとアマリリスは微笑む。 「某はボーイとしての仕事を」 「かたいことを言うものではない。そうだな、ボーイ本人が食べるのがだめだというなら、食べさせてやろう」 「いや、しかし、それは」 ヌマブチが助けを求めてカウンターのマスターを見る。マスターはナイスガイな笑みを浮かべて親指をぐっ。 あっさりと見捨てられ……許可をちょうだいしてヌマブチはアマリリスと向き合う。 「さぁ目を閉じて。さすがに、見られては私もはずかしい」 アマリリスはお肉をもったお箸を片手に頬を染める姿にあーんは、いやだと誰が否定出来るだろう。 「目を……ハイ、お客様は神様です」 目を閉じたヌマブチの唇に触れる優しい肉の感触。口を開いて、ゆっくりと歯で噛んで味わう。口の中に広がる甘く、柔らかな歯ごたえ。 礼を言うためにも目を開けたヌマブチが見たのは 「拙者の焼いた肉はおいしいか。ささ、もっともっと! むしろ、拙者の肉を?」 「お約束でありますな!」 もちろん、お約束です。 「おーい、ボーイ、肉もってこーい!」 レクは焼けた肉をがんがん食べつつも、はやく、肉! と呼びつけるのにヌマブチも忙しい。 「ほら、肉!」 「ハイ!」 「肉!」 「ハイ!」 「もっと肉、肉だぞ肉肉肉! 遅いぞボーイ!」 「ハイ、ハイハイ!」 「レクさん、一杯食べますねぇ。けど、そんなに食べても平気ですか?」 もぐもぐと大量のお肉をその華奢な体にいれていくレクにミルカは小首を傾げる。 「だいじょーぶ! オイラ太ったことねーから!」 「すごいですね!」 「追加肉、お待ちしました」 「ありがとな! そーいや、この肉なんなんだ? フェリックスの肉もうまいけど、この肉もうまいぞ!」 「あ、気になってました」 二人の問いにヌマブチは真面目な顔で口を開いた。 「マスターから芸をするようにと言われているので、某、既に芸を披露させていただきました」 はてと二人が首を傾げる。 「ついさっき捌いたばかりの新鮮な肉であります、お口に合えば宜しいが」 焼いている肉を一瞥したあと、そっとなくなった腕を見てわざとらしく撫でる。その意味深な態度にミルカとレクは固まった。 「大丈夫だ、また生えてくるから」 ヌマブチ、会心の一発芸。これは絶対に受ける。二人の可愛らしい御嬢さんも笑ってくれると思っていたのだが 「お、オイラ、たべちゃったんだぞ」 「わ、わたしも、わたしもおいしいって、ど、どうしようましよう。今からでも、けど、生えてくるって、あ、ああ」 あれ? 受けるどころか怖がっている反応にヌマブチは小首を傾げた瞬間、むぎゅうとガルバリュートの逞しい腕で潰された。 「ヌマブチ殿の会心の一発芸、これはこれで趣があった! 努力には一定の評価を下してしかるべきであるぞ! さすがヌマブチ殿!」 「可愛いお嬢さんたち、心配しなくても大丈夫だ。あれはただのジョークだ」 アマリリスもさりげなくこわがっている二人の間にはいり、肩を抱いて慰める。二人がわーんと泣きながらアマリリスの柔らかい胸に飛びついた。 「フッ」 両手に華のハーレム状態にアマリリスは男前な笑みを浮かべる。 「仕方あるまい! ヌマブチ殿のしらけさせた空気、このガルバリュート! わが身を使って明るくしようぞ! みなの衆、これを」 手渡されたのは真っ赤な蝋燭。 そしてガルバリュートはわが身をテーブルの上にまな板の鯉のように晒す。見よ、この公衆わいせつ罪ともいえる美体! 「スペシャルメニュー! さあ! 思いっきり、さぁさぁ! 巨人の光線に炙られたことを思えば……いやむしろ皆の好奇の視線が刺さる分こちらの方が、む、な、マスター、なぜ! 拙者はみなの笑顔のためにわが身をぎせ」 無言でマスターはガルバリュートの首根っこを掴むと奥の部屋に連れていった。そのついでにヌマブチも。 「なぜでありますか! 某はみなを笑わせようと」 ぱたん。 しーん。 「さぁ、可愛いお嬢さん、素敵な芸を見せてくれないか? やはりはじめる見る一発芸は可愛いミルカさんかな」 ヌマブチとガルバリュートの芸は抹消された。 「え、えっと、一番ミルカ! 歌います! よかったら、伴奏のお手伝いをお願いできませんか?カスタネットや鈴があるのでよかったら!」 「おー! オイラやるぞー」 「私も」 「オイラもダス、親分も」 「仕方ないな」 ミルカが壱番世界で知った大好きな、あわてん坊のサンタクロースを歌うのにレクはにこにこと笑って踊りながらカスタネットを鳴らす。アマリリスは優雅にミルカを誘ってステップを踏み、ムクがきゃきゃと飛び回る。フェリックスのギターが静かにくわわる。 全員で紡ぎだす柔らかくあたたかな楽しい歌とダンスの時間は、惜しむほどすぐに終わってしまった。 「ありがとうございます。とっても楽しかったです!」 ミルカはみんなと一つになって歌うことができた歓びに頬を染めて笑った。 「へへーん、じゃあ、オイラもやるぞ! 踊りは見せちまったしな! ダチから教わったやつで行くぜ!」 レクは早速、携帯音楽プレイヤーを繋いでアップテンポな曲を流しはじめると、ノリノリでエアギターを開始する。その動きは巧みで声をあげればさながら本物のようだ。とはいえ普段からあまりやらないことにだんだんと動きがずれていくがそれもまたご愛嬌といえる。 「たのしかったぜー! おまえらもたのしめたかー?」 ミルカ、アマリリスのあたたかい拍手がはいる。 「では、次は私だな」 フェリックスが席を立ちあがる。 「ムク、来い」 「ダス!」 ムクとフェリックスが一緒に並ぶ。 「あれ?」 「声が」 「遅れて」 「いるよ?」 しーん。 ムクが人形のようにぱくぱくと口を動かし、フェリックスが言葉を吐き出す。これは受けていると考えたが室内に漂う微妙な空気。それにムクは耐えきれなかった。そして主人よりもずっと空気も読めた。 きゅうりを持つとぐっと鼻にあてて 「天狗~!」 「ぷっ、ふふ、かわいいな。ムクは」 「かわいいぞぉ!」 「本当です!」 フェリックスの芸はさらっと流された。 「……っマスタァ!! 嫉妬と悲しみに効くテキーラを!!」 使い魔だけ受けた状況に凹んだフェリックスは酒におぼれた。本当に残念なイケメンである。 「ふう。では、次は拙者がみなを喜ばせる番か」 いつの間にか、ちゃっかりとつやつやの顔で戻ってきていたガルバリュートは笑顔で立ち上がった。 「見よ、我が肉体美!」 ふん、ほもぉ、うりゃあ、ばるぅす! と筋肉の限界に挑んだような音をたててポーズを決めていく。 「ヌマブチ殿! 例のものを」 ヌマブチが取り出したのは赤く売れた林檎 「鍛え上げた肉体、それによってはぁあああああ!」 ぎはいん。 なんとフロントバイセップスのまま林檎を腹筋でジュースにというか、粉々に砕いたのだ。 てかてか、きらきらのジュースをヌマブチがジョッキで受ける。 「さぁ、ご賞味あれ!」 しーん。 再びの沈黙。 「ヌマブチ殿、拙者のジュースを飲んでくれ!」 「!!」 ヌマブチが視線をマスターに向ける。マスターは微笑んだ。 ……ぐっしょぶ、自分 宴も佳境を迎えるがアマリリスは機嫌よく酒を飲み、ミルカとレクに話しかけ、ガルバリュートやヌマブチをからかい、ムクにデレデレなフェリックスを見つめた。 「ふふ、せっかくだ。私も」 アマリリスはそっと翼を広げる。 「わあ!」 「おおー、すげー」 部屋いっぱいに広がる青い空と白い雲――空だ。空の上に浮かんでいる幻影が部屋いっぱいに広がる。 ミルカは驚いて怖がったが、すぐに自分が飛んでいるような風景に目を輝かせる。レクもきゃーきゃーと楽しげに騒ぐ。 フェリックスは眼を細めて笑う。 目の前のテーブルに置かれた酒を飲もうと画策していたヌマブチは突然酒が消えたのにがっくりと肩を落とした。 「アマリリス殿、すばらしい芸でありますな」 ガルバリュートの声にアマリリスは笑う。 「はて、なんのことかな」 そして美しい空の幻影は一瞬にして消えた。 「ふふ、マスター、あなたもなにか一発芸をしてくれないか? あなただって参加者だ」 アマリリスの言葉にマスターは微笑んで頷くのに全員が注目した。 マスターはすっとどこから取り出してナイフをだん、だん、だんと投げる、投げる、投げる、投げる! 「おおお、ヌマブチ殿の磔!」 「すごい!」 酒が残っていたコップをさりげなく片付けるふりをしてありがたくもったいない根性を出そうとしていたヌマブチは壁に磔状態となった。 さすが、マスター! 何かがはじまれば、終わっていく。どんなに楽しいことも、悲しいことも。 そうして食べる肉は尽き、酒も飲みほしてそれぞれが満足して帰路につく。 「またなー」 「楽しかったです」 「今日は楽しかった」 レク、ミルカ、フェリックスが笑顔で店を出るのをアマリリスは手をふって見送る横にガルバリュートが近づいた。 「此度は貴殿のおかげで楽しかった。また呑みたいものであるな」 「……そうか、よかった。そうだな。また、みんなでしよう」 アマリリスはターミナルの空のように晴れやかに微笑んだ。 余談。 客がいなくなって静かになった店内。 そこに残るのはマスターとヌマブチだけ。 「やれやれ、では後は片付けを……む、マスター、何でありますかこのビニール袋は。え、呼気検査?」 マスターとその背後に佇む黒服の男たちにヌマブチは遠い目をした。 ヌマブチがそのあとどうなったかは誰も知らない。
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