オープニング

「ねえ、夢幻の宮さん」
 ある日の香房【夢現鏡】。ニワトコはいつもの様に夢幻の宮とお茶を飲んでいた。
「はい」
 優しく答える彼女の声は甘く、向けられた笑顔は蕩けるようだった。
「あのね、夢幻の宮さんの故郷が見つかったって聞いて……ぼく、夢幻の宮さんの故郷を見てみたいと思ったんだ」
「……」
「いっしょに、行ってくれるかな……?」
 大切なひとの生まれた世界は気になる。おずおずと、だがどこか譲らない様子で切り出したニワトコに、夢幻の宮は困ったように笑んで。
「いいことばかりの世界ではございませんから……危険なこともございますよ?」
「うん、わかってるよ。ぼくが守ってあげるとはいえないけれど……だから、他にも興味のある人を誘おうと思うんだ」
 ニワトコが必死で言い募るものだから、夢幻の宮はつい、笑顔を浮かべてしまう。
「わかりました。ご案内いたしましょう……」
「ほんと!? じやはぼく、カフェで人を集めるね」
 あまりに嬉しくて、ニワトコはにこーっと笑ってみせた。


 *-*-*



 カフェでのニワトコの呼びかけに応えたのは、ボルツォーニ・アウグストと南河 昴。そして先ごろ夢浮橋へと赴いた華月。ニワトコと夢幻の宮を合わせた五人は、ロストレイルで夢浮橋へと向かったのだった。


 原地の者に不審がられないように和服を着用した一行は、夢幻の宮の案内で、都の出入り口に近い市へと来ていた。市ならば世間話をしながら情報収集ができると考えたからだ。
 思ったとおり多数の人で賑わう市は、食料品を始めとして衣料品、生活必需品などが多数並んでいる。面白いのは食料品などは現代日本のように種類が豊富なのに対して、衣料品は和服のみ、生活必需品もそれほど進化したものは置いていないという点だ。
 そして生活必需品や食料品は見るからに庶民という恰好の者達が買い求めている。衣料品は既に仕立て上がった着物を売る店から、反物を売る店まで様々で、反物を購入して仕立てられるか、仕立屋に頼めるかによって客層も異なる。
 一番庶民の客が少ないのは装飾品屋で、組紐にかんざし、果ては目玉商品としてヘアピンなども売られているが、こちらは庶民にとってはなくても構わないもの感が強く、特に戦明けで民全体が疲弊しているとなれば必然的に購入するのは貴族達が多くなるのだ。
 ちなみにこの世界は、国の一部分のみの所有として、壱番世界の現代に似た文明が利用されている。電化製品は殆ど流通していないが、先に上げたヘアピンのように掘り出し物として平安時代の技術では作り得なかったものもたまに流通している。
 あれがいい、これがいいと市を見ながら声を掛け合う華月に昴。せっかくだからと夢幻の宮も一緒に、女子三人できょろきょろと店を眺めて。
 ニワトコは、ここが夢幻の宮さんの世界なんだ、と皆に置いていかれないようにしながらあたりを見廻している。
 ボルツォーニはそんな一同を視界の端に捉えながらも、常に何かを警戒するような鋭い瞳をたたえていた。
 と、そんな風に平和に市を満喫していたその時。

「きゃー!」
 ガタンバタン、ガシャーン!!
「化け物だ!」
「物怪だわ!」

 市のもっと南のほうで突然悲鳴や怒号、そして破壊音が聞こえ始めた。それは段々とこちらへ近づいてくるようだ。
「……」
 ボルツォーニが無言で足早に人混みを抜けていく。華月と昴もそれを追って、ニワトコは夢幻の宮の手をとって小走りで追いかけた。
 人の流れに逆らうようにして進むと、壊された露台、散らばった商品と、無残な現場にたどり着いた。
 そこに立っているのは妖気を放つ女。
 長い髪は乱れて広がり、半ば逆立てるようにして。
 纏っているのが小袿であるからして、貴族の女性であることはわかったが、鬼のような形相に変容したその顔からは年令を推し量ることはできなかった。
「中の君、中の君、落ち着くんだ!」
「?」
 よく見れば、後方からその女性を追ってきている男性が一人いる。必死に女性をなだめようとしているが、妖気にあてられて近づけないらしい。
「あれは……怨霊に取り憑かれておりまする」
「怨霊?」
 夢幻の宮が女性の状態を見定めると、昴が聞き返した。
「どうすれば助けられるの?」
「女性を傷つけずに、取り付いている怨霊だけを攻撃する必要があります。もしくは、怨霊のみを彼女の身体から出して、そして滅するか……」
 夢幻の宮は口にはしないが、最悪の場合は女性は諦めて、彼女ごと怨霊を滅するという方法もある。
「お願いします! 誰か、妹を、中の君を助けて下さい!」
 青年が必死で叫ぶ。けれども市に集まっていた人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げてしまっていた。
「どちらにしろあの男は邪魔だ……」
 ボルツォーニの言うとおり、中の君の近くをうろうろしている青年は、どうするにしても邪魔である。ましてや怨霊を攻撃しているとしても中の君を攻撃していると判断して止めに入らないとも限らない。青年を引き離しておく必要があるだろう。
「助けられるならば、助けたいわ」
「うん」
 このまま見て見ぬふりをすることもできるが、さすがにそれでは寝覚めが悪い。
 突然の怨霊退治にも動じず、一同は中の君に取り憑いた怨霊と対峙する――。


=========
!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
ニワトコ(cauv4259)
華月(cade5246)
南河 昴(cprr8927)
ボルツォーニ・アウグスト(cmmn7693)
夢幻の宮(cbwh3581)

=========

品目企画シナリオ 管理番号2566
クリエイター天音みゆ(weys1093)
クリエイターコメントこの度はオファーありがとうございました。
天音みゆです。
夢浮橋への旅をご案内させて頂きます。

まるっとおまかせでしたので悩みましたが……。
のっけから怨霊と出会ってますが、ちょっと面倒ですがそんなに強敵でも無さそうなのでさくっとやっつけて、市を堪能するなり情報収集するなり、助けた兄妹に接触するなりご自由な発想で行動してみてください。
もしかしたら、新たな縁がつながるかもしれません。

こんな場所があったら行ってみたいよーとかありましたら、コソッと教えていただければと。

■傾向
情報収集・探索・怨霊退治

■備考
皆さんには既に和服を着ていただいていることになっていますが、もしこだわりがありましたらお書き添えください。
ちなみに平安時代の和服だけでなく、普通の着物や振袖なんかでも大丈夫です。
華月様は、BSそのままの格好でも大丈夫です。

■夢幻の宮について
皆様のご活躍の邪魔にならないように参戦させて頂きます。
後方支援をちまちまとしていると思いますが、一応この世界では対怨霊/物怪の能力を持つ職業についておりますので、何かしてほしいことがありましたらお知らせください。

■用語解説
中の君……二番目の姫のこと。今回の場合は青年の、二人目の女兄弟。


それでは、良き旅路を。

参加者
ニワトコ(cauv4259)ツーリスト 男 19歳 樹木/庭師
南河 昴(cprr8927)コンダクター 女 16歳 古書店アルバイト
華月(cade5246)ツーリスト 女 16歳 土御門の華
ボルツォーニ・アウグスト(cmmn7693)ツーリスト 男 37歳 不死の君主

ノベル

 和やかだった市の風景がにわかに一変していく。鬼のような形相で市を進みゆく中の君とそれを追う男。このままでは被害が大きくなるのは目に見えている。男の命とて危ないかもしれない。
「「夢幻の宮さん」」
 声がかぶる。
「「中の君から怨霊だけを取り出すことはできる?」」
 え? と南河 昴と華月が顔を見合わせる。二人共同じ事を考えていた。
「わたしが同じことになったら、きっとお姉ちゃんも心配してくれるだろうから」
 男――兄のためにも出来れば傷つけたくはないと昴は考えている。
「無いことはありません。が、あのままでは兄君が……」
「だいじょうぶ、男の人は避難させるよ」
「わたしも行きます!」
 夢幻の宮の言葉にニワトコが力強く言い切り、戦闘の心得のない昴もそれに同行することにして駈け出した。
 中の君を刺激しないようにして二人は壊れた露台などを避けながら何とか男の下へとたどり着いた。ピンク色の花がらの着物に身を包んだ昴が声を上げる。
「わたしたちは陰陽師です! 落ち着いて聞いてください、妹さんは怨霊に取り憑かれています」
「だいじょうぶ、妹さんは助かるから」
 おひさま色の着物に身を包んだニワトコが落ち着かせるようにゆっくりと告げる。こちらが落ち着いていれば、相手も取り乱さないはずだ。
「お、怨霊っ……!」
「絶対に、無事に助けだしますから!」
「あんしんして」
 昴が彼を落ち着けるように言葉を連ね、ニワトコはそっと彼の手を取る。
「とりあえず今はここから離れるのが先だよ」
「でも、中の君が……」
「妹さんが心配なのはわかります。でも万が一お兄さんを傷つけてしまったとしたら、正気に戻った時妹さんはとても気に病むと思います」
 だから、今は避難してください――昴の言葉には妹としての感情がこもっていて、とても説得力があった。それが通じたのか、兄は頷いて。
「わかりました。中の君を頼みます」
「うん」
「任せてください!」
 ニワトコに手を惹かれて、昴に付き添われて、男は現場から離れていく。それを見て、華月は素早く魔の存在な苦手とする結界を展開した。
 結界が女性を包む――。
 それを見てずいっと一歩前に出たのは、髪と眉と髯を黒く染め、侍烏帽子に紫黒の直垂、腰に太刀を履いたボルツォーニ・アウグスト。その姿は名のある武家の棟梁を思わせる。
 懐より魔術武器を取り出して展開すれば、八尺を裕に超える大弓がボルツォーニの手元に現れた。まさか中の君を攻撃するのでは、そう思った華月はボルツォーニを怖いと思いつつも万が一の場合は止めようと、いつでも結界を展開できるようにする。
 だがボルツォーニは矢をつがえぬまま、弦を高らかに引き鳴らした――鳴弦。弓に矢をつがえずに弓弦だけ引き、ビュンと鳴らすことで妖魔の類を驚かせて退散させる呪法である。
 華月の結界で動きづらくなった中の君が、目に見えぬ矢に射抜かれた如く凍りつく。
「見えたか?」
「!? え……」
 突然ボルツォーニから言葉をかけられて、華月はびくっと身体を震わせて声を漏らした。
「よく見ていろ」
 彼に指示され、華月は中の君へと視線を移す。もう一度、ボルツォーニがビュンッと弦を鳴らしたその時、「何か」が中の君より半ばほど弾き出された。
「! 見えたわ!」
「鳴弦も、力を持った者が行えば、高い効力を持ちまする。ボルツォーニ様、華月様、お願い致します」
 ボルツォーニは一度目の鳴弦で中の君の輪郭が二重写しのごとくぼやけたのを見逃さなかった。二度目の鳴弦では、退魔を行う華月にも中の君から弾き出された「何か」をしっかり捉えた。夢幻の宮は一応術の準備をしていたようだが、これならば出る幕はないと判断して、ボルツォーニの鳴弦に託す。
 ボルツォーニは一見すると黒い煙の塊ような「何か」に目を凝らし、その正体が何かを見極めようとする。
「次で最後だ」
「わかったわ」
 華月は己のギアに魔物の嫌がる結界を纏わせ、中の君との距離を詰める。

 ウオォォォォォォォォォォ……。

 恨みの篭ったような、どこか悲しげな叫び声を上げる中の君。見えない声の攻撃をするりと避けて、華月はギアである漆黒の槍を伸ばす。

 グワアァァァァァァァ……。

 苦しげな叫び声を上げ、華月の槍に縫いとめられたままの怨霊が中の君から抜け出していく。逃げようともがくが、華月は逃がさない。
 ボルツォーニは中の君の身体から完全に抜けきらぬそれに向け、魔力を以て形作った矢を放つ――シュンッ、空気を切って飛ぶ矢は狙い過たず怨霊を射抜いた。

 グオォォォォォォォ……!!

 その一矢が致命傷となったのだろう、黒い影の姿をとっていた怨霊は霧散し、空気に溶けるように消えていった。
 後には壊された露台や散らばった商品、そして意識を失って倒れている中の君が残された。
「……」
 ボルツォーニは憑き物の落ちた中の君を一瞥し、そして役目は済んだとばかりに大弓をしまった。


 *-*-*


 男を避難させていた昴とニワトコにノートで連絡を取り、中の君から無事に怨霊を払えたことを告げる。するとしばらくして、男が二人とともに戻ってきた。
「中の君!」
 まだ意識を取り戻さない妹を抱き上げてその身体が温かいことに安心する男。事態が収束したのを察したのか、ぱらぱらと商人たちが様子見に戻ってくる気配がする。
「急ぎ場を移したほうがいいのではないか?」
「その女性を身体が休められる場所に連れて行った方がいいと思うわ」
 ボルツォーニの提案に華月がおずおずと同意を示す。すると男ははっと気がついたかのように顔を上げて。
「中の君を救ってくださり、ありがとうございますっ……あちらの辻に車を手配しております。よろしければお礼をさせてください」
「お礼……」
 ぽつり、ニワトコが呟く。お礼を目当てに助けたわけではないが、情報を得るためにはついていったほうがいいのかもしれない。五人は頷いて、人が集まってくる前にその場を後にした。


 ニ台の牛車に分乗して案内されたのは、貴族の家のなかでもそこそこ大きな屋敷と思われる場所であった。左大臣邸に赴いたことのあるボルツォーニからしてみれば、さすがに左大臣邸よりは小さいが、それでも貴族の中では大きい方だ。
 男は中の君を部屋へと運ぶと言い置いて、案内は女房がしてくれた。案内された室で高坏に盛られたまんじゅうと干菓子を頂いていると、しばらくして着替えた男が室を訪れた。
「遅くなり申し訳ありません。そしてこのたびは、中の君を助けてくださりありがとうございます」
「無事でよかったね」
 昴が笑むと、男は「あなた方のおかげです」と笑みを返してきた。
「申し遅れました。私は内大臣、源高好(みなもとの・たかよし)が長男、高寿(たかとし)です」
「と言うことは、ここは内大臣家……」
 華月がぽつり、呟いた。中の君を見た時、高貴な姫君のようだとおもったが、まさか内大臣の次女だったとは。
「先程の市には、あとで裏から復興のための資金を援助しておきたく思います。あの場を早く動く旨、ご忠告いただきありがとうございました。怨霊に憑かれたのが内大臣家の姫だと知れたら、中の君を始めとした我が家の姉妹たちの将来に響くところでした」
「ご心配、お察しします」
 夢幻の宮はこのような事案をいくつも見てきたのかもしれない。気持ちがわかるとばかりに言葉を添えた。
「ところで、怨霊に憑かれた経緯に心当たりはあるの?」
「それは……」
 昴の問に高寿は一度口ごもったが、思い切ったように口を開いた。
「家庭内のことでお恥ずかしいことですが、中の君の乳母が我が家の宝物を持ち出している事が発覚いたしまして、暇を出したのです。その乳母は長年我が家に使えてよく気のつく者だったのですが……暇を出された後、命を絶ったと聞きました」
「中の君に取り憑いたのはなぜ……?」
 おずおずと華月が湯のみを手にしたまま尋ねると、高寿は苦笑して告げる。
「その乳母が宝物を持ち出している事が発覚したのは、中の君の証言がきっかけだったのです」
「逆恨みか」
「真相はわかりませんが……怨霊にとりつかれるとしたら今のところ考えられるのはそのくらいで……」
 確かに真実はわからない。だが中の君も信頼していた乳母に裏切られたと沈んでいただろう所にこの仕打だ。きっと何かがどこかですれ違ってしまったのだろうと思う。人間関係なんてだいたいそんなものだ。
「少し悲しいね」
 話を聞いた昴はぽつり、呟いて。そして思い出したかのように「あ」と声を上げた。
「聞きたいことがあるんです。今上帝のお后様はどんなひとか知ってる?」
「え……えと、一番長く添われているのは、今上帝が東宮の頃に添い臥しをなされて東宮妃となられた、左大臣の一番上のお姫様ですね。あとは冷我国の姫君と、我が家の姉君が入内していて、他にも更衣が数人いらっしゃるはずですよ」
 指折り数えるように答える高寿。昴は更に質問を重ねる。
「お姉さんってどんな人?」
「そうですね、明るく豪快な方ですよ。たまに宿下がりなさいますが、新しい姫君の入内で帝のお渡りが減っても、後宮生活を楽しんでおられるようですから」
「そっか。楽しんでいるなら良かったね」
 昴の向けた笑顔に、高寿は「ええ」と頷いた。


 *-*-*


 適度な所で内大臣邸を辞し、五人は別の市へと向かって歩いていた。昴が買い物をしたいと願ったのだ。
「ここまで市中を移動してきたが、高度な霊的防御が随所に施されているようだ」
「ええ、さすがでございますね。市中には随所に防御の術が施されておりまする」
 ボルツォーニの言葉に答えるのは夢幻の宮。彼女の記憶が正しければ、今も昔と変わっていないはずである。むしろ怨霊や物怪の暴れるようになった今のほうが、結界は強めてあるはずだ。
「これを外から破るのは難しいだろう。だが、近頃は市中にこうした怪異が多いという」
 確かに聞いた話によれば、ここの所市中での怪異の発生件数は増えているという。
「これは怪異の源が外でなく内にあることを示すのではないか」
「……! やはりそうお考えになりますか」
 ボルツォーニの推論に夢幻の宮の顔色が変わる。真剣な表情、それは香術師としての表情だろうか。
「わたくしもその可能性を疑ってはおりました」
 その可能性はあるだろう。だが具体的にどうすればいいのか、それは今の時点で浮かんでこない。二人の間に沈黙が広がる。
「……あの、夢幻の宮。ちょっといいかしら?」
 そこに声をかけたのは華月。話は一段落ついていたから、問題はなかった。
「何でございましょう?」
「私、あの時出会った鷹頼さんにもう一度会いたいのだけれど……左大臣邸に行けば会える? もしくは会えそうな場所を教えて欲しいの」
「そうですね、今の時刻でしたらお屋敷を訪ねるのがいいと思います。場所は……」
「案内しよう」
 夢幻の宮が場所を説明しようとしたその時、響いてきたのは低い声。華月はびくっと震え、夢幻の宮はまあ、と表情を変えた。
「左大臣邸だったらよく知っている。説明だけで迷うより効率がいいと思うが?」
「そ、その……あのっ……」
 男性が苦手な華月はおどおどしているが、夢幻の宮はちょうどいいと思ったようだ。
「ボルツォーニ様は左大臣の随身として認められていらっしゃるのですよ。華月様さえよろしければ、ご一緒していただくと話が通りやすいかと思います」
 夢幻の宮の後を押す言葉に、華月はボルツォーニと夢幻の宮の顔をおずおずと見比べて。
「じゃ、じゃあ……よろしくお願いするわ」
 怖いけれど、確かに案内してもらったほうがよさそうだった。


 華月とボルツォーニと一旦別れて、昴とニワトコと夢幻の宮は市を行く。昴はオウルフォームのセクタン、アルビレオを飛ばして市内の様子を見回っている。
「夢幻の宮さん、この世界での娯楽は何かな? 劇場や舞台があれば見に行きたいな」
「そうですねぇ……民衆の娯楽は大道芸や演劇などもありまする。後で場所をお教えいたしましょう」
「ありがとう! 娯楽の形によって、その国の豊かさがわかるって言うよね」
 そうですね、と夢幻の宮は頷いた。以前は活発であった娯楽も、戦のあとで民が疲弊している今はどのくらい、娯楽を楽しむ余裕が有るだろうか。
「! 本屋!?」
「あ、待ってー」
 巻物と書物の並んでいる露店を見つけると、昴は飛ぶように走って行ってしまった。そういえばさきほど彼女は言っていたのだ。自分の趣味なのだが、書物や文学の発展具合を知りたいと。
 ニワトコは駆け行く昴に声を掛け、はぐれないようにしっかりと夢幻の宮の手を握った。そして昴を追いかける。
 昴が目を輝かせて覗いている店には、巻物から和綴じの本まで様々な書物が置かれていた。よく見れば、巻物は手書きのものが多いようで、逆に和綴じの本は墨で書いた後の感触がないことから印刷されているものが多いようだった。ただ、本型をしているものは数が少なく、また値段が巻物よりも高い。これは写本は出回りやすく、印刷技術は国の上層部が制限しているからだと夢幻の宮が教えてくれた。
「こちらも見ものでございますよ」
 といって夢幻の宮が広げたのは絵巻物。鮮やかな色で描かれているそれは美しく、昴だけでなくニワトコもため息を漏らす。
「値段を考えると、文学は上流階級の特権なのかな?」
「娯楽文学はそのような傾向がありますね。それでもやはり興味をもつ方々は多いですから、一冊の本をお金を出しあって購入して回し読みをしたり、夜なべして写したりといった行動も行われているようです」
 上流階級以外ももっと簡単に本が読めるようになるといいのですけれど、夢幻の宮の言葉に昴も同意とばかりに頷いた。
「そうだっ」
 自分の趣味に没頭していたが、昴は姉から土産を頼まれていたのを思い出した。
「簪がほしいって言ってたけど、髪のばすのかな?」
「簪でございますか……きっとお似合いになることでしょう」
 ニワトコと手をつないだままの夢幻の宮の案内で、三人が到着したのは装飾品の露店。露台にはたくさんの簪や櫛などが並べられていて、正直目移りしてしまう。
「こっちも素敵だし、色はこっちのほうが好きかも……」
「こちらの細工は見事でございますね……」
 高級品も見慣れているだろう夢幻の宮が手にとったのは、桜と藤の簪。意匠が揃いであり、一対の簪であることが並べるとわかる。
「ねぇちゃん、お目が高いねー。それ、今日の目玉商品だよ!」
 露店の店主が「ねえちゃん」なんて呼んでくるのを聞いて、ニワトコと昴は目を見合わせて苦笑する。夢幻の宮の素性を知ったら、店主はとても驚いてしまうに違いなかった。
「でもこれ素敵。歩く度にシャラシャラと花が揺れるんだね」
「おそろいですし、いかがですか?」
 そっと夢幻の宮が昴の髪を手早くまとめて簪で止める。店にあった鏡でみてみると、まるで自分ではないような、とても印象が変わったと思った。
「うん、これにするよ。おじさん、この二つください」
「まいどあり!」
 箱にしまわれた二本の簪を持って、昴は満足そうに微笑んだ。そしてニワトコと夢幻の宮の背中を押す。
「付き合ってくれてありがとう。ここからは二人でデートしてきたら?」


 *-*-*


「ここだ」
「あ、ありがとう……」
 ボルツォーニの案内で左大臣邸まで何とかたどり着いた華月。ボルツォーニの後ろをおどおどしながら歩いていた華月は、何度かはぐれそうになってしまったが……辿りつけてよった。
 ボルツォーニはそのまま武士団の詰所へと顔を出すというので、華月は「以前お会いした陰陽師の華月といって下ださればわかります」と女房に取次を頼んだ。女房は怪訝な様子を見せたが奥に引っ込んでいくと、暫くして笑顔で戻ってきた。
「大変失礼いたしました。華月様、鷹頼様がお会いになるそうです。こちらへ」
 話が通ったことに安堵の息を漏らしつつ、華月は女房の後について左大臣邸の中へと入った。


「久しぶりだな」
「あ、お久しぶりです……」
 男の人と二人きり。建築上、開かれた室だとわかっていても、緊張しておどおどしてしまう。鷹頼はそんな華月の様子を気にした風もなく、女房の持ってきた茶と菓子を薦めてきた。
「なにか困ったことでも?」
「いえ、聞きたいことが……あって」
 華月は以前出逢ったこの男が怨霊に恨まれていた理由が気になっていた。
(怨霊となった人の妹を鷹頼さんは捨てた。男の人は怖いけれど、彼はただ人を捨てるような人には見えなかった)
 否、もしかしたら捨てるような人なのかもしれない。けれどどんな事が起こってあんな悲しい出来事に繋がったのか気になっているのだ。
「聞きたいこと? なんだ?」
 鷹頼は眉をひそめて首を傾げる。悪気は全くないのだろうが、その行為の一つ一つが少し怖い。だが思い切って、華月は口を開いた。
「この間の……怨霊となってしまった人の、妹さんを捨てたというのは本当?」
「……」
「私には、その、貴方がそんなことする人には見えなくて……」
 華月は怯えながらも鷹頼を見つめる。怒鳴られるだろうか、怒られるだろうか。それでもやっぱり、気になったから。勇気を振り絞った。
 意外にも鷹頼は困ったような表情を見せて、小さくため息を漏らした。
「まさかそれを聞くためにここまで来るとは思わなかった。あの場はああ言っておけば丸く収まると思ったのだが」
「きになったの……それに、亡くなった二人が、ただ忘れられるだけなのは悲しいから」
「優しいんだな」
「……!?」
 鷹頼が華月に向けたのは、ふわりとした優しい笑み。なんだろう、彼に抱いていた恐怖心が薄れていくのを感じる。
「実を言えば、怨霊となった男の妹御を捨てたのは俺ではない」
「え……」
「もっと言うならば、妹御のもとに通っていたのは俺ではない。俺の部下なんだ」
「部下……?」
 聞く所によれば、部下が勝手に鷹頼の名を使って女のもとに通っていたらしい。誰でも知っている頭中将の名を騙れば女が釣れると思ったのだうろ。
「その部下にはすでに制裁を与え、二人の供養をするように申し付けてある。私も時折墓に詣でている」
「そう……そうなの……」
 華月は自分がとてもホッとしているのを感じていた。やっぱりこの人はただ人を捨てるような人ではなかったのだ。
「……あの二人のことが気になるなら、墓に案内しようか?」
「……! お願いしたいわ。花を、手向けてあげたいの」
「馬には乗れるか?」
「え……」
 程なくして、左大臣邸の門から一頭の馬が走りだした。背には鷹頼と、彼の前に乗せられてガチガチの華月を乗せて。


 *-*-*


 昴の好意で二人きりになったニワトコと夢幻の宮は、手をつないだままゆったりと市中を歩いていた。
(夢幻の宮さんの故郷。ぼくにとってははじめての世界)
 夢幻の宮に導かれるようにして歩きながら、ニワトコは繋いだ手を離さないようにして想いを紡ぐ。
(いいことも、悪いこともあるのはきっとどこだって同じだけど、ぜんぶ自分の目で見て確かめたいと、そう思った)
 だから、どうしてもこの世界に来てみたかった。
(ひとが年を取る感覚は自分には掴み難い部分もあるけれど、周りに置いていかれてしまうのは、たぶん淋しいんじゃないかな)
 そっと、半歩前を歩く夢幻の宮を見る。と、彼女が振り返った。
「どうかいたしましたか?」
「ううん、たのしみだなと思って」
 時間の空白を埋めようとする彼女を支えたい――強く、思う。


 二人が到着したのは、御所を望める丘の上。彼女が住んでいた場所を見てみたいと希望したニワトコだったが、今の状況では中に入ることは少し難しくて。だから遠目に眺めることにしたのだ。
 丘の上には桜の木が立っていて、そこから二人、御所を眺める。
「あのあたりはお役所のあるあたりで、最奥が後宮です。その間にあるのが皇族の住む場所で、私もあの中に住んでおりました」
 白い指で指し示す彼女はどこか懐かしそうな表情をしていて。やっぱり郷愁のようなものを抱いているのだろうとニワトコは思った。だから、聞いてみたかった。
「ねえ霞子さん」
 彼女が振り返った。風に乗って散る桜の花と共に流れる黒髪を抑えるようにした彼女の瞳をじっと見つめて。
「ぼくは自分の故郷に帰属したいと思ったことはないけれど、霞子さんはどう?」
「……、……」
「ぼくは、霞子さんが望む場所であるなら、共に生きられる場所なら、どの世界だっていいと思っているよ」
「わたくしは……」
「霞子さんの隣が、ぼくが根を下ろす場所なのだから」
 夢幻の宮はそっと顔を俯かせて、暫くの間沈黙を紡いだ。そして顔を上げた彼女の瞳には、透明な雫が溜まっていた。
「わたくしも、ニワトコ様と同じです。共に生きられる場所でしたら、どの世界だって……」
「ここでなくても?」
「――はい」
 ニワトコはそっと着物の袖で夢幻の宮の涙を拭ってあげる。この涙はどういう意味なのだろうか。
「ぼくのことは気にしなくてもいいんだよ? ぼくは霞子さんについていくから、ここに帰属したいなら……」
「この世界は、ニワトコ様が馴染めるような世界でしょうか? わたくしは、無理を強いたくありません。ヒトが中心である世界が辛いのであれば、私は他の世界でも……」
 夢幻の宮は、おそらくニワトコがヒトの世界に馴染めなくてストレスをためてしまうことを気にしているのだろう。この世界にもおひさまがたくさん当たる場所はあるし、きれいな水はある。けれどもヒトが中心である以上、ヒトが感じる以上にニワトコはストレスを感じてしまうのではないか、それを心配している。
 それに、気になるのは互いの歳のとり方だ。樹木であるニワトコと人間である夢幻の宮は年のとり方も寿命も違うだろう。ごまかし方はいくらでもある。けれども彼女は、いつかニワトコをおいて行ってしまう可能性が高いことを恐れているのではないか。
「……心配してくれるんだね、ありがとう……泣かないで」
 ニワトコはそっと夢幻の宮を包み込んだ。そして耳元でそっと囁く。
「もう少し、考えよう」
 二人の道を、二人のこれからを。二人が幸せになれる方法を――。




        【了】

クリエイターコメントこの度は大変おまたせしてしまい、申し訳ありませんでした。
ノベルお届けいたします。
オファー、ありがとうございました。

夢浮橋での冒険もまだ序盤ということで、探索などが中心となりましたが、
皆様それぞれやりたいことは出来たでしょうか?
楽しんでいただけていれば幸いです。

重ねてになりますが、おまたせしてしまい申し訳ありませんでした。
オファーありがとうございました!
公開日時2013-04-24(水) 21:10

 

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