「お兄様が駆け落ちなされたそうで」「そうだ」「追いますか消しますか」「潰せ」 李金鳳(リー・ジンフォン)は嗤う。見かけは15歳の少年、しかし右目を真紅の眼帯で覆った黒いチャイナドレス姿に幼さはなく。「しかし、お兄様は『双子華』(シュアンズーファ)をうまく取り仕切っておいででした」 先を続けようとした男を、金鳳(ジンフォン)の片手の剣が軽々と薙ぐ。転がった首を見向きもせず、少年はつまらなそうに残りに控えた男達を見やった。「返事が違う。どう応えるんだ?」「那样」 低く応じた男達は十九人、黒づくめの服を身につけているだけが共通点、階級も仕事も役柄も全く違ったように見える。どさりと倒れた首なしの体が引きずり出され、空いた場所に壁際から進み出た一人がするりと滑り込み、片足を折って跪き、頭を垂れる。「月陰花園(ユェインガーデン)から出すな」「那样」 加わった一人を合わせて二十人の男が礼を返し、次々と薄闇に消える。「あんたと俺の道はもう交わらないってことだよな、銀鳳(インフォン)兄貴?」 陰花は闇に咲くから美しいんだ。「これでいいか? 闇華(アンファ)」「はい、您丈夫」 金鳳の振り向いた背後の陰から、薄物で肌身が微かに透ける黒いチャイナドレスをまとった少女が現れた。「兄貴も光華(グゥアンファ)ももう戻らない」「『双子華』はそうして私とあなた様の常世となるのですね」 微笑む少女の左目は、金鳳と同じ眼帯に覆われている。「お前が捧げた光を俺は喜んで受け取る」「嬉しく」 金鳳に抱き締められて、闇華(アンファ)はうっとりと残った目を閉じた。「『双子華』(シュアンズーファ)と言えば、思い出すか?」 ファルファレロ・ロッソはチケットを渡しながら続けた。「いずれかの報告書で目にしたことがあるぞ」 ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノが頷く。「双子が侍るという趣向のお店でございましたね。両手に花とは羨ましい。中でも今一番の売れっ子が闇華(アンファ)と光華(グゥアンファ)、どちらも吐息にかぐわしい露含むとのお噂で」 イーが楽しそうに合いの手を入れる。「しかし、その光華(グゥアンファ)が『双子華』(シュアンズーファ)を仕切る大物の跡取り息子と駆け落ちしてしまったらしいな」 シィーロ・ブランカが確認しながら眉を寄せる。「李銀鳳(リー・インフォン)がその名前だ。あの街、月陰花園(ユェインガーデン)では金より銀が格が上、よって兄貴が銀鳳(インフォン)、弟が金鳳(ジンフォン)。銀鳳(インフォン)は任せられた『双子華』(シュアンズーファ)をうまく仕切っていたが、商売ものに本気になった。早く連れ戻さなくては、店ばかりか娼婦もろとも咎めを食らう。一刻も早く連れ戻してやってほしいとの依頼だ」 ファルファレロが最後のカリシアにチケットを渡すと、相手はひょいと持ち上げ裏返し、くるくる指先で回して見せながら、かくりと首を曲げてみせる。「簡単な、依頼、なぜ、困ってる、困ってる?」「困ってなんかいねえよ、楽しんでるんじゃねえか」 ファルファレロは唇を歪めた。「実はもう追手が動き出している。弟の金鳳(ジンフォン)、こいつは兄が戻ってもらっては困るらしいぜ。連れ戻すのを邪魔して、あわよくば自分が跡取りに座ろうって魂胆らしい。しかも光華(グゥアンファ)の双子の妹、闇華(アンファ)が一枚噛んでる気配がある」 ちなみに追手は金鳳(ジンフォン)直属の暗殺集団とくりゃ。「楽しくねえ方がどうかしてるぜ」「厄介じゃな」 ジュリエッタが唇を噛む。「まずくすれば嬲り殺しか」「妹なのに、姉の幸せを願わないのか」 シィーロもいささか不穏な気配だ。「そこはそれ、身内だからこそ見えちまうものがあるってことでございましょう」 ぺちり、とイーが額を叩いた。「さっさと、捕まえる、安全、安全」 カリシアがうきうきと体を踊らせた。「Chi dice donna dice danno.」 ファルファレロはくすくす笑った。「行くか」注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>=========ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)シィーロ・ブランカ(ccvx7687)カリシア(czzx2224)イー(cyda6165)ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)=========
インヤンガイの『月陰花園』に、娼妓二人が侍るという『双子華』がある。 「いらっしゃいまし、お寄り下さいまし」 「いらっしゃいまし、こちらでございます」 店の前で呼びかけてくる華子達も、揃いの衣と赤い前垂れ姿で二人、声を合わせて道行く男を呼んでいる。 「いらっしゃいまし、そこの方」 「粋なお姿、あねさま方もお待ちかねです」 「ふぅん、これが光華と闇華か」 華子達の声に引かれたように立ち止まったのは、ファルファレロ・ロッソ、ラフに気崩したスーツ、黒髪に黒い瞳、ひんやりとした冷笑がよく似合う白皙の美貌に、華子達も声をかけつつ頬を染める。 ファルファレロが見つめたのは、格下の娼妓が並んで客を呼ぶ店前ではなく、その隣の格子に張られた絵姿、素肌が透ける薄物の生地で作られた黒いチャイナドレスに身を包み、互いを抱き締め合うように身を寄せ合った二人の少女だ。 柔らかに膨らんだ胸元が、間で押しつぶされている。頬をそっとつけあった二人の瞳は甘く潤み、今にも口づけしようとするように見える。半眼にした流し目の闇華、喘ぐように口を開いて微笑む光華、二人の視線はその先に待つ官能を十分期待させた。 「きゃ」 「おしごとおしごと」 くふんくふんと鼻を鳴らして、いつの間にか近寄っていたカリシアが、二人の華子の指先を嗅ぎ回り、一人が小さく悲鳴を上げる。ハニーブロンドの長髪、目にかかるほどの長さの前髪で顔の半分は隠されているばかりか、フードに猫耳のような飾りがついた黒のパーカーを着たカリシアの、人らしからぬ動きに華子達が凍り付く。 ファルファレロは小さく溜め息をついて窘めた。 「そいつらじゃねえ、やめろ、カリシア」 「こいつら違う? 違う?」 「お、おいで、なさいませ…」 きょとんとするカリシアを放って、ファルファレロが『双子華』に入っていくのに、一人が気丈な挨拶を送る。 「さっさと来い、犬」 お前が覚える匂いはこの先だ。 「中に、いる? いる?」 犬と言い捨てたファルファレロに機嫌よく従うカリシア、奥からもう一度ファルファレロの声が響く。 「主人はいるか。依頼を受けてやってきたと伝えろ」 「ささ、こちらでございますよ」 一方、店の裏側で、シィーロ・ブランカとジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ はイーに伴われて裏方に入り込んでいた。ここへ来るまでに女二人、しかもシィーロはぴんと立った耳もふさふさした尻尾も白く美しい毛並みに青い瞳、ジュリエッタはセーラー服にすらりと伸びた滑らかな脚を惜しげもなく見せたハーフパンツ姿に緑の瞳と、異国風の顔立ちと愛らしい姿ということで、よからぬことを企む輩もなくはなかったが、イーが巧みにそれとなく守り導き、興味津々で見守っていた往来の人間も、二人が『双子華』に入っていくのに、ああなるほどと納得したようだ。 「もうし、どなたかおいでじゃござんせんか」 「はあい」 柔らかな声が応じて、からころからころと不思議な音が響いた。裏方の物淋しい木の床を滑って現れたのは、四つの車のついた板に座った紺色の衣装の少女、その顔に覚えのあるものはあるだろう。 「ご盛況でやんす。実はこちらのお二方がちょいとお話があるということで」 イーが、鮮やかな着物にたっつけ袴と下駄、切れ長のツリ目でにこやかに話を切り出せば、ものなれた様子に相手も思わず笑み綻ぶ。 「どういった御用でしょう……ああ、申し遅れました。私、ここの裏方をまかされております、リーラと申します」 名乗られてシィーロとジュリエッタが思わず軽く息を呑む。開かれて親しげな青い瞳が、二人の凝視に戸惑い、やがて我が身を見て苦笑した。 「申し訳ありません、こうしておりませんと動けませんので……。ご無礼ならば、降りさせて頂きます」 手を床に這わせて滑り降りようとするリーラを、ジュリエッタが慌てて止めた。 「いや、構わんでくれ。ちょっと、懐かしい……人を思い出したのじゃ」 リーラにとっては『胡蝶の石』がらみのロストナンバーが関わった一件と、今回の出来事は全く無縁、こちらもあからさまに関係を伝えるわけにもいかない。 「そうですか……これ」 ぱんぱん、とリーラが手を打つと、はあい、と可愛らしい声が応じて赤い前垂れの、まだ子ども子どもした娘がお茶を運んでくる。手近の板間へ円座を敷いて、どうぞ、と勧められ、シィーロ、ジュリエッタは上がり込んだ。 「あっしはちょっと外を見ておりますね」 イーが卒なく見張りに立つ。 「それで、どういった御用でしょう……どこのお店の方でしょうか……『金界楼』でしょうか、『幻天層』でしょうか」 二人の服装に素早く目配りして尋ねたところを見ると、近くに似た趣向の店があるのだろう。そのどこかの店からの遣いと勘違いしたらしいリーラに、ちょうどいい、とジュリエッタは話を切り出した。 「実は…主人より、一つ頼まれてきたのだ」 「主人……?」 「光華が、銀鳳と駆け落ちしたそうじゃな」 「…っ」 リーラが顔色をなくした。 「私達は、二人を引き戻すように依頼されてきた」 シィーロが付け加える。瞬きしたリーラが何かを深く考え込むような顔で俯き、やがてそっと上目遣いに見返してくる。 「それで…?」 「光華と闇華は……仲が悪かったのか?」 「…………いえ」 リーラの声は低い。 「何の仲が悪いわけがありましょう」 昏い熱を込めた声だった。 「一人の床に二人が侍る店でございますよ…? 互いがどのように貪られるのかもつぶさに眺められる闇を、二人で耐えるのでございますよ?」 ジュリエッタとシィーロの脳裏によぎる光景は、熱を孕んで生々しく妖しい。 「ましてや、『双子華』一番の華の二人が、仲が悪くてはお話になりますまい」 「じゃが」 ジュリエッタが納得できずに問いを重ねる。 「このたびのこと、話に聞くと、闇華は、駆け落ちした銀鳳の弟、金鳳の下にいるようじゃが」 闇華は光華がいなければ商売にならないだろう。何か闇華には、日頃から光華に含むことがあって、それで駆け落ちをそそのかした可能性はないだろうか。 「正直、顔を変えるかせぬ限りこのまま逃げるのは困難。なぜ駆け落ちという手段にしたのじゃ? 自分の商売道具に手を出してはならぬなら、他に移すなり等何か方法があったのではないか?」 「……」 リーラは再び深く俯いた。 「そうか、妹殿はそれを狙っておったのかもな。片方がいなくなれば、商売道具にはならず手を出したことにならぬ。後は新たな主人の妻の座に収まればよい」 「闇華さまは…」 耐えかねたようにリーラが声を上げた。 「闇華さまは……そのような方ではございません」 「ならばなぜ」 「銀鳳と光華が全てを捨てて駆け落ちすると言うのなら、私はそれを手助けしたい」 黙って聞いていたシィーロがぼそりと唸った。 「決意したのならそれを貫けばいい」 きらりと光ってリーラを見る瞳には、激しい色が躍っている。 「……私の両親も似たような境遇だったから」 そういう事情を抱えたカップルは応援したくなるんだ。 そっと付け加えられたことばに、リーラがはっと顔を上げた。 「では、今少し」 「え?」 「今少し、お二人にお時間を」 「……そなた、何か事情を知っておるのじゃな?」 ジュリエッタが鋭く突っ込むと、リーラは頬を紅潮させて首を振った。 「存じません」 「リーラ」 「私は、存じません」 「リーラ!」 ずい、とジュリエッタが膝を進め、リーラを覗き込むように話しかけた。 「わたくし達は、そなた達に幸せになってもらいたいのだ」 真摯でまっすぐな瞳にリーラが肩を竦める。 「……」 「信じてくれぬか」 重ねた声に、リーラは詰めていた息をほう、と吐いた。ジュリエッタのまっすぐな視線から逃れるように再び俯く。 「………銀鳳さまは……お優しい方でした」 ぽたり、とリーラの目元から涙が落ちる。 「いずれ自分がここを継げば、二人を侍らせるようなことは止める、そう光華さま、闇華さまにお約束されておりました」 私がこうして身動きままならぬことになり、弟を失ってもまだここで使って頂けるのは、銀鳳さまのお口添えあってのこと。 「銀鳳は光華、闇華の客でもあったのじゃな……では、なぜ光華だけを連れて駆け落ちなどしたのだ」 普通は主は商売ものには手を出さぬのが常道、だがしかし、この『双子華』は開かれた時から、主自らが店子達を確かめるのが筋だとリーラは語った。その上で、 「闇華さまが……病にかかったのです」 「は?」 「……体の身内から腐る病を、お客さまから移されました」 「…光華もか」 「いえ……いえ、いえ、いえ!」 リーラが激しく首を振る。 「その夜は、光華さまがお相手される前に具合を悪くされて帰られたのです」 「では…」 病んだのは、闇華だけ、か。 運命の惨さにジュリエッタは唇を噛む。 「『双子華』は娼妓二人でお客さまをお迎えいたします。闇華さまが病を得たことを知って、光華さまは床に侍ることができなくなりました。誰もが光華さまと比べられながら抱かれる夜など嫌だと拒んだからです」 「……」 シィーロが顔を薄赤く染めながら、それでも必死に聞いている。 「片目に病が現れたとき、闇華さまは行く末を案じて、一つの企てをされました」 自らの目を潰し、それを金鳳さまへの忠誠と訴えて近づかれること、同時に光華さまは銀鳳さまを連れて『双子華』を離れられること。 「金鳳さまは昔から銀鳳さまを嫌っておいででした」 二人が侍る店を考えられたのも金鳳さまです。 「いつか兄を殺すと公言までされていた……そのために配下を準備されているとも聞きました」 「じゃが、店を離れても追手はくるぞ?」 ジュリエッタが困惑して尋ねると、シィーロがはっとした顔になった。 「闇華は、自分の病で金鳳を殺す気なのか」 「えっ」 ジュリエッタが驚いてシィーロを見る。 「いずれ闇華が死ねば、まして、金鳳が銀鳳を葬ってしまえば、光華は好きなように扱われる」 何せ、憎んだ兄が愛した娼妓、しかも商売ものに使えないとなれば、光華に地獄が待っているのははっきりしている。 「……ああ、そう、か…」 ジュリエッタが呆然とした顔で呟いた。 「銀鳳に愛されてきた、のじゃな、二人とも。ただ金鳳に近づいても、懐に入ることなぞできぬ」 「だが、光華と銀鳳が駆け落ちした、取り残された恨みがあると言えば、金鳳もきっと闇華の接近を許すはずだ」 「じゃが、それでは……それでは……」 ぐ、とジュリエッタは切ない顔で奥歯を噛み締め、くしゃりと前髪を掴んだ。 「あまりにも、みんな、可哀想すぎる」 「ですから、どうか、お時間を」 リーラがずるりと床に滑り降り、手をついて深く深く頭を下げる。 「どうか今少しの、お時間を」 『双子華』の娼妓全ての、未来がかかっておりますれば。 「……わかった」 シィーロがゆっくり立ち上がる。 「まずは二人を保護しないと」 細めた瞳で外を見やる。 「邪魔をする暗殺者を倒すとしよう」 「……うむ…よく話してくれた」 ジュリエッタも厳しい顔で出されたお茶を一気に呑んだ。 「馳走になった礼は、必ずするぞ」 「どうぞ…よしなに」 リーラが掠れた声で再び願った。 ファルファレロが通されたのは、通常の間ではなく、奥まった一室だった。 「ふんふん」 後ろに従ったカリシアが、空中に鼻先を向けて匂いを確かめる。 「楽しそうだな、おい?」 薄笑いでファルファレロが相手を見やると、カリシアは鼻に少し皺を寄せている。 「何かおかしい、におい、におい」 「におい?」 白粉か香水か、そういうもんじゃねえのか。或いは媚薬か、と唇を歪めるファルファレロに、カリシアはくきくきと首を動かしてみせる。 「生き物の、死に至る、変化の臭い、臭い」 「ふ…ん」 死臭ってやつか。 ファルファレロが呟いたとたん、奥の薄い引き戸がするすると開いた。 入ってきたのは黒いチャイナドレスの幼げな少女、その背後にまだ子どもにしか見えない少年、黒いチャイナドレスに右目の眼帯が毒々しい紅、よく見ると、先の少女も紅の眼帯を左目にあてている。 「ようこそ、『双子華』へ」 少年は立ったまま、ファルファレロを薄笑みで見上げた。 「俺は主人を、と頼んだはずだが」 「俺がここの主人だ」 「…とすると、あんたが銀鳳か」 ファルファレロはあえて挑発する。ひくり、と少年の顔が一瞬、老人のもののように歪んですぐに戻った。 「依頼内容は聞かなかったのか」 冷ややかな声が響いた。 「俺は金鳳。依頼はこの闇華の双子の姉、光華を連れて駆け落ちした、愚かな兄、銀鳳を連れ戻してほしいということだったはずだが」 ふい、とカリシアが前へ出た。人の形はしているが、異形の生物のように、闇華と金鳳の回りをゆっくり歩き回り始める。傍目には隙を狙って飛びつこうとしている獣のような動き、時折くんくん、と鼻を鳴らすあたり、かなりの不気味さだが、金鳳はもちろん、闇華さえも怯えた顔は見せなかった。 「ああ、そうだったな。で? 俺達はあんたの兄貴と光華を連れ戻せばいいんだな?」 「何を狂ったのか、商売ものに手を出した愚かな兄だが、跡継ぎは跡継ぎだ。派手な騒ぎになる前に連れ戻したい」 密かに追手を放っているとは微塵も伺わせない顔で、金鳳は首を傾げた。 「兄弟なんだろ? 行先に心当たりねえか」 「さあ…月陰花園の端に、昔使っていた別邸『弓張月』がある。どこへ逃げるにしても、そこで支度はするだろうな……着の身着のままで逃げたらしいから」 「あてまであるのか。ならなぜ追わない?」 「インヤンガイのことをちょっとでも知ってたら、そんな質問などしないだろう」 金鳳は冷笑した。 「『双子華』は隆盛を極めている。その屋台骨が折れそうだと知らせて回れというのか? できるなら、お前達などに頼まない」 嘲笑う金鳳の前でファルファレロは動じない。平然と問いを重ねる。 「そのだせえ眼帯のいわくも知りたいね」 「…」 始めてぴくりと金鳳の顔が強張った。それと見て取ったのか、闇華がするりと間に入ってくる。 「なぜ、お尋ねになるのでございますか?」 「理由?」 ファルファレロは笑みを広げる。 「好奇心さ……あんたも同じものを付けてるんだな」 「金鳳さまは右目を傷めておいでなのです。私は」 それ以上の質問を遮るように、闇華は濡れた紅の唇を軽く噛み、素早く続けた。 「私は姉、光華の咎を許して頂こうと、自分で片目を金鳳さまに捧げました」 「俺の右目にはなれなくとも、その傷みを共にしようとな」 少年の顔に一瞬誇らしげな色が過った。だが、すぐにそれは酷薄な笑みに紛れていく。 二人の周囲を一巡したカリシアが、再び機嫌よく体をひょいひょいと揺らせながらファルファレロの近くに戻ってきた。 「いいだろう。必ず兄貴を連れ戻してやるぜ、安心しな」 「任せよう……ああ、そうだ」 頷いて背中を向けた金鳳が肩越しに紅の眼帯を向けた。 「『弓張月』は今は誰も使っていない……不逞の輩が潜んでいるかも知れないな、十分注意していくがいい」 「そんな、心配、いらない、いらない」 カリシアが答えもせずに部屋を出て行くファルファレロの代わりに、上機嫌で応じる。 「結局、みんな、死ぬ、死ぬ」 「!」 ぴたりと立ち止まった金鳳に闇華が静かに寄り添った。 「セクハラ眼鏡から連絡が来たぞ」 シィーロはトラベラーズノートを確認して、ジュリエッタに情報を伝えた。 「こちらの情報も伝わったな?」 ジュリエッタは眉を寄せながら、足を速める。 「お二方とも、急ぎ『弓張月』に向かうとのことでやんすね」 イーがひたりと付き従いながら呟くのに頷いて、 「どうやら思ったよりも深い事件のようじゃな」 波立つ胸を押さえつつ、上空のセクタン、マルゲリータを見上げる。 確かに行き先は『弓張月』だが、そこへ無事に辿り着けているかどうかわからない。ファルファレロとカリシアが一足先にそちらを押さえてくれるなら、ジュリエッタ達はそこまでの道筋を探りながら追う方がいい。 既に追手は動きだし、どこで二人が始末されないとも限らない。任務は大事だが、本心、二人には生きていて欲しい。最悪の事態、心中という形にはしたくない。娼館に戻し弟妹と対決させたいと思ってはいたが、どうやらいささか状況が違うようだ。 「銃は嫌いだがセクハラ眼鏡が使うなら誤射もないだろう」 側を走りながら、シィーロも緊張を高めている。 トラベルギアのアルコイリスは目立たない漆黒色にセット、付け爪の色や光の反射で攻撃の軌道を読まれないよう配慮している。暗殺者の匂いや気配、殺気を感じ取れるかどうかわからないが、 「危険であればあるほど私の【獣の感覚】も研ぎ澄まされる、持てる力の全てを以って相手をしよう」 低く殺気だった呟きには、容赦ない鋭さが含まれている、と、そのとたん、 「っっ!」 イーが微かな声を上げたような気がした。瞬間、ジュリエッタが足を踏み替え、体をかわし、シィーロがくるりと身を翻して両手を獣化する。三人のただ中に降ってきたのは数人の黒づくめの男、年格好などを見極める間もなく刃物を構えて飛び込んでくる。 「五人っ」 ジュリエッタが数を読んだ。同時に突き出された刃物を捌き跳ね上げ、体を開いて流し、避ける。獲物を奪われ、タイミングを崩された相手をシィーロの爪が一気に裂いた。露出している首筋、伸ばされた手首と足首、蹴りや突きで晒された股間に脇、獣の速度で襲い掛かられ、次々と血飛沫を上げて倒れる男達の間を、ジュリエッタとイーは駆ける。 「追加三人、雑魚だ、行けっ!」 新たな追手をシィーロが迎え撃った。頷いてジュリエッタは上空マルゲリータの視界を共有、彼方にある小さな建物の中へ点々と続く男達を確認する。 「砂糖に群がる蟻のようじゃな」 あそこが『弓張月』か。 方向を定めて走ろうとするジュリエッタの前に、シィーロの猛攻をしのいだ一人が立ち塞がる。 「はいはい、そこの旦那方!」 まあまあそんなに慌てず、手品なんぞいかかですかい? ひょうきんな口ぶりで割って入ったのはイー、ひょいと指差せば、道端の小さな木があっという間に育っていく。ぎょっとした男が意識をそちらに向けた瞬間、ジュリエッタは相手の首筋に手刀一閃、走り出す。 「ごめんっ」「がっ」 崩れた男はイーが成長促進させた大木の根に絡まれていく。 「なあ、カリシア、さっきのにおい、あいつらからもしたんじゃねえのか」 セクタン、バンビーナの視界で『弓張月』の場所、そこへなだれ込んでいった男達の姿も確認済み、圧倒的に少ない味方にもファルファレロは怯んだ様子もない。むしろ、こころゆくまでばらまいていい銃弾の数を思って浮き立つ心を感じたのか、カリシアがくふん、と鼻を鳴らして振り返る。 「闇華と、金鳳? した、におい、強くした、金鳳はもう、終わり、終わり」 「……やっぱりな」 ファルファレロには覚えがある。生まれ育った街でも、そうやって人から人へ広がっていく病に死んでいく男や女をたくさん見た。特有の『におい』、おそらくは獣の本能で食ってはならないと知らせるものだろう、カリシアの感じた『におい』は、おそらくそれに冒されている体臭だ。 ジュリエッタ達がリーラから聞いた話を重ね合わせると、おそらくは病を得た闇華を、金鳳は繰り返し抱いているのだろう。右目はそれによって傷ついたのだろう。闇華にはもっと早く症状が出ており、それを隠し、金鳳への忠誠を誓ったように見せるために、闇華は自分の目を潰したのだろう。 自分の目が傷んだとき、金鳳は初めてそれに気がついた。闇華からだろうとわかっていても、地獄へ堕ちていく自分の道連れには違いない、手放すに手放せなかった。駆け落ちした銀鳳の行方がわからなくなり、跡目が自分に譲られるのを待っているほど時間はない。 ひゅ、と微かな空気の音がした。振り返る前にファルファレロの手は動く。振り返った時には『ファウスト』は既に火を吐いている。 「なん…で…」 額を打ち抜かれた男が真後ろから吹っ飛んだ。その背後から重なるように飛びかかってきた相手も、一瞬にして胸と顔を打ち抜かれる。だが、距離が近すぎた。 「っ!」 ぴ、とほんの幻のような返り血がファルファレロの眼鏡に飛んだ。見開かれた黒い瞳が、それでもはっきりその陰影を見てとったとたん、 「……っっっっっ!」 耳を覆いたくなる発射音の嵐、側に居たカリシアが両手でフードを耳をちょこんと押さえて踞ってみせたのはもちろん演技、だが、相手にとっては地獄の嵐もかくやという凄まじさで、空間に散った銃弾が次々と体に叩き込まれる。 「……一つ、二つ、三つ、四つ」 地面に転がり落ちていく死体をカリシアは無邪気に数えた。 「五つ、六つ……あっちとこっちで、十四個!」 ジュリエッタ達の分を足して、朗らかに宣言する。 「……Chi è causa del suo mal pianga se stesso.」 ようやく一段落という顔で『ファウスト』の銃口を上げたファルファレロが、うっとうしそうに唸って眼鏡の血を袖口で擦り拭く。そんなところで拭かないでよ、と誰かさんの声が悲鳴のように耳の奥に響いたのに舌打ちし、カリシアを促して『弓張月』に入った。 「…銀鳳!」 呼ばわる。 「光華! 出て来い!」 『弓張月』は木造の小さな平屋だった。部屋数は幾つもない。一つ一つ部屋を見て回り、最後の部屋で人の気配がした。部屋の中には誰もいない。だが隅にある大きな衣装箪笥に僅かに人の熱がある。 「みつけた、みつけた!」 「きゃあっ」 「逃げろ、光華!」 カリシアが箪笥を開け放ったそこに、怯えた顔で踞る少女、『双子華』で見た闇華そっくりの少女だが、整った卵形の優しげな顔立ち、甘い気配は数段上だ。 カリシアに腕を掴まれ、悲鳴を上げて引きずり出される、そのカリシアの背後から頭に狙いをつけたのは、ばさばさした布袋のような質素な衣の男だった。 「光華から手を離せ!」 「銀鳳さま……逃げて……っ」 涙を溢れさせている光華に、へっへっへっ、と覗き込むカリシアはどう見ても悪人系、それを呆れてみていたファルファレロが、ゆっくりと銀鳳に『ファウスト』を向ける。 「そっちこそ、もう逃げんな、銀鳳」 「金鳳に頼まれたのか」 じろりとこちらを見やる目は鋭い。どうしてどうして駆け落ちして喜ぶような甘い男ではなさそうだ。 「金なら十倍出す。女なら見繕う。だが、その娘はだめだ」 「なんだって駆け落ちなんて割に合わねえ事をした? 愛人として囲っちまえばいいじゃねえか」 「撃つぞ」 「ああ撃ってみろ、そいつは意外に素早いぜ。避けられて、お前の大事な光華に当たるかも知れねえ。もっとも、俺はお前がカリシアを撃ってから俺を撃つ前に、光華に数十発叩き込めるがな」 「っ」 小さく息を引く光華にさすがに銀鳳の血の気が引いた。動きが止まった相手をいいことに、カリシアの手から光華を引き寄せる。 「あれ? おしごと、おしごと?」 ぴら、と両手を離したカリシアがきょとんとした顔でファルファレロを見やる。『依頼主に送り届けるまでがお仕事』と言い含められてはいるし、襲って来たら迎撃していいと聞いているのに、どうして止められているのかな、という表情だ。 「まあ、俺はどっちでもいいんだがな」 「…ああっ」 引き寄せた光華の胸を掴み、抱き込んだ。指先を動かし、小さくもがく光華を胸に、銀鳳を見る。 「助かりたきゃ女を殺せ」 「え」 「女なんざいくらでも代わりがいる。てめえの命は一つきり。さあ、選べ」 どん、と突き放してやると、突きつけていた銃口をあっさりと外して、銀鳳は光華を受け止め、抱き締める。その二人に銃を突きつけた。 「銀鳳さま! もう構いません、お願いです、どうか私を殺して」 「…………断る」 「銀鳳さま!」 「そちらの申し出も、断る」 ぐい、と胸を反らして銀鳳は応じた。投げ捨てる銃にためらいはない。 「殺すなら、殺せ」 「…そうこなくっちゃな」 ファルファレロは薄く笑った、とたんに振り向き、声もなく気配も殺して飛びかかってきていた男を撃ち抜く。 「お前は…」 「勘違いすんな、こっちのがより沢山派手に殺れそうだからのったまでだ」 笑みが零れ、声が弾んだ。話をしている間にじりじりと押し包んできていたのだろう、窓から、戸口から、次々と乱入してくる相手が刃物で、銃で、こん棒で殴り掛かり狙い撃ちしてくるのを、嬉々として反撃する。カリシアもひらりひらりと身を翻して相手を翻弄、黒色パーカーに向かって撃たれた弾丸も突き出された刃物も何一つ有効でないと知った相手が呆然とする隙に、ファルファレロが仕留めていく。 「十五、十六、十七」 カリシアが楽しげに死体を数えた。 「十八!」 どんっ、と重い音と稲光が空間を走った。振り向くファルファレロの目に、ジュリエッタのトラベルギアがぱちぱちと電光を弾いているのが見える。 「十九!」 別方向から響いた声はシィーロ、漆黒色のアルコイリスを閃かせて倒した敵の背後からこちらを見る眼が一瞬口元をなぞり、 「セクハラ眼鏡」 ぼそりと唸ったのはファルファレロが光華にしたことを見ていたのか。 にやりと嗤ったファルファレロは三人の攻撃を擦り抜けた一人を、ただ一発の銃弾で仕留めた。 「最後だ」 倒れた相手の向こうに、光華を胸に抱いて憮然と立ちすくむ銀鳳の姿があった。 「女連れで一生逃げ回る気か? 俺様が正しい落とし前の付け方ってのを教えてやる」 ファルファレロのことばに、銀鳳は静かに目を伏せた。 『双子華』は今夜も賑やかに客を呼んでいる。 だが、奥まった一室には、今重苦しい空気が満ちていた。 「連れ戻ったぜ。これで依頼は完了だよな?」 「……そうなりますね」 金鳳の視線は鋭い。既に部下達がことごとく葬られたことは耳に入っているのだろう。 「で、ここから先はお節介だ」 ファルファレロは冷ややかに告げた。 「憎けりゃてめえで殺せ。それとも実の兄貴に手をかけんのは抵抗あるか?」 「……」 金鳳がファルファレロからゆっくりと銀鳳に目を向ける。 「欲しいなら奪い取れ、目障りなら跪かせろ、スカしてねえであがきぬけ!」 「……金鳳」 「あんたは…いいよな、兄貴」 低い声が漏れた。 「いつも、一番いいものを手にする……守られ……支えられ……担ぎ上げられて」 担ぎ手の傷みなんか知ったことじゃない、そうだろ。 「それは」 「違います、金鳳さま」 光華が割って入った。 「銀鳳さまは、『双子華』を守るために」 「守るために逃げ出したのか、大事な女一人連れて。なあ、闇華?」 金鳳の後ろでじっと佇んでいる闇華は、銀鳳を見つめたまま一言も応じない。 「お前とそっくりなお前の姉貴が気に入られて、お前はお呼びじゃなかったらしい。なんでだろうな? なんでだろう、そう思うだろ、ええ?」 金鳳はゆっくりと振り返った。 「なんで俺じゃなかったんだ、ええ? なんでここを継ぐのは俺じゃなくて、あんたなんだ。なんで光華が選んだのが、俺じゃなくてあんたなんだ。兄だから? 先に産まれた、それだけかよ」 すらりと、幻のように金鳳の手に刃が宿った。 「金鳳……私はお前でもいいと」 「…っ、それが気に喰わねえって、どうしてわからねえんだよ!」 「金鳳さま!」 交差する二人の間に飛び込んだのは光華だった。金鳳の刃に胸を刺し貫かれて、崩れ落ちるその寸前、真っ白な腕が金鳳を抱いてこう囁いた。 「お慕い……しており……ました……」 「な…っ?」 「光華は、お前を慕っていたのだ、金鳳」 深い溜め息とともに、銀鳳が呟いた。倒れて既に事切れている光華の側にそっと跪く。 「俺は……光華が好きだった、のだがな」 俯く横顔は疲れと倦怠が色濃く滲んでいる。 「そんな……信じ、ないぞ」 「本当だ」 「信じない!」 「本当なんだ」 「俺はっ……信じない!」 「金鳳!」 再び血に濡れた刃を構える金鳳に、銀鳳の目も険しくなる。 「いい加減に大人になれ! そんなだから」 「黙れ!」 異変に気づいたのだろう、ざわめく周囲に、ファルファレロは『ファウスト』を打ち込み、結界を張った。 「Buon sangue non mente. 兄弟喧嘩のお膳立てだ、どっちか生き残った方が店と女を手に入れる、それで文句ねーだろが!」 銀鳳、金鳳が殺気立った目でファルファレロを振り向く、だがすぐに互いを睨みつけあい、ゆっくりと身を低くした。 「相討ちんなったら俺が店を貰う。それで一件落着だ」 ファルファレロの冷酷な結論、それを合図にお互いの手が伸びる。金鳳の刃が銀鳳の首を掠める。銀鳳の蹴りが金鳳の腰を叩き付ける。よろめいた金鳳に再びの蹴りと足払い、転がった銀鳳の手から刃が飛ぶ。後はもう、拳と蹴り、薙ぎ払い叩きつけあう腕と脚の修羅場、見る見る変形していく二人の顔に息を呑まれて周囲が立ちすくむ中、すとん、と闇華の体が沈んだ。 「闇華!」 駆け寄るシィーロに手を振って押しとどめる、その柔らかな微笑みにシィーロが思わず口を噤む。 「娼妓として生まれ……娼妓として育ち……」 掠れた声が淡く脆く響いた。 「そりゃあ……辛いことばっかりだったけど……」 はあ、と吐いた息の後はどんどん声が小さくなる。 「幸せものです……だってほら……」 好いた方を見ながら死ねる。 震えながら指差した先を、ジュリエッタは呆然と見る。そこには、力の限り、金鳳を打ち据え、或いは金鳳に殴られている銀鳳の姿がある。 「幸せだよねえ……あね……さ……」 ことりと落ちた白い指にはもう命は宿っていない。 「闇華……光華……っ」 シィーロが涙を溢れさせたその背後、一際大きな音がして、金鳳を銀鳳が殴り倒すのが見えた。 「お前は……っ」 肩で息をしながら、腫れ上がった顔の銀鳳が激しく泣きながら叫ぶ。 「いつになったら、大人になる…っ!」 どれほど人を傷つけたら、お前の自尊心は満たされるのだ。 「そんな者に、『双子華』を背負うことなどできんっ……この……大馬鹿者が…っっっ!」 光華…っ、闇華……っっ。 「許してくれ…っっ」 仁王立ちして天を振り仰ぐ銀鳳の声が響き渡った。 「一番始めに光華、闇華の体を開いたのは銀鳳。その後で、光華は金鳳に、闇華は銀鳳に魅かれていって」 帰りのロストレイルの中で、ジュリエッタは一つ一つ指折り呟く。 「けれど、金鳳の銀鳳に対する劣等感は日増しに強くなって、殺意まで抱くようになった」 シィーロが続ける。 「闇華は銀鳳が殺されるのではないかと心配し、金鳳を病気で殺すことを考えついた。金鳳に近づいていく闇華に、光華は闇華が金鳳を好きになったと勘違いしていたが、金鳳が病み出して闇華の意図に気がついた」 「銀鳳を殺そうと焦る金鳳がどんな手を使ってくるかわからない。だから、光華は駆け落ちという手をとって銀鳳を連れ出し、匿おうとした…ということ、じゃな」 ジュリエッタがそっと付け加える。 「銀鳳まで殺されてしまっては、『双子華』はどんな主に引き渡されるかわからないから」 「ひょっとすると」 シィーロが瞬きを繰り返しながら、 「光華、ほんのちょっとだけでも、『双子華』を仕切らせてやりたかったのかな、金鳳に」 「ああ……そうかもしれぬな…」 ジュリエッタは、静かに深く息を吐いた。 「そうかも……しれぬ」 愛しい男の願いをほんのひと時、一瞬でも叶えてやろうと、な。 ロストレイルはディラックの空をひた走る。依頼を終えたロストナンバー達の、疲れと戸惑いと傷みをそっと抱きながら。 「女か」 ファルファレロは吐いた。 「女…かよ」 その脳裏に浮かぶ微笑みに、胸の疼きがまた増えた。
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