重厚にして壮麗――歴史ある百貨店ハローズには、不思議な言い伝えがたくさんある。 その中でも最も有名なのが、クリスマスのベア探しだろうか。 壱番世界のクリスマス時期には、百貨店側もまるで知らない小さなテディベアがたくさんの人々の前に姿を現し、見つけた者たちに連れ帰ってもらうカタチでデパートを旅立っていく。 しかし、今回の場合は、そんな微笑ましいエピソードとは少々趣を異にしている。 奇怪な現象は、そう、ハローズの閉店時間の間に起きていた。 曰く。 可愛らしい顔つきのマネキンに、何故かリボントレースが巻き付けられていた。 曰く。 すまして佇んでいたはずのマネキンが、何故か手を重ねて数体で輪になっていた。 曰く。 手足がバラバラになったマネキンが、インテリアコーナーのベッド付近にばらまかれていた。 曰く。 展示品のテーブルセットに座ったマネキンたちが、茶会を開いていた。白い皿にはパイが切り分けられ、ティーカップにはもちろん本物の紅茶が注がれて。 わずかな期間に、マネキンを使った『異変』は巧妙化し、どんどんと手の込んだシチュエーションを作り出していたのだ。 もちろん開店時間までには、スタッフの手によってすっかり元通りにはしているのだから、彼等が洩らさない限り、客側がこの異変に気づくことはおそらくなかっただろう。 しかし、ここにもうひとつ、別の『事件』が加わることになった。 ごく最近、ひとりの女性店員がハローズ店内で忽然と姿を消したのだという。 失踪、という言葉を使うべきか迷うが、彼女はたしかにいなくなってしまったのだ。 暖炉に大鏡を配した英国風ディスプレイの為された場所で、彼女は消えた。 マネキン事件と彼女の失踪に、今のところ、明確な関連性は見えていない。 それでも、問題は問題であり、マネキンの異変はエスカレートしているのも事実だ。 そうして百貨店ハローズは、世界図書館を通して正式に、『事件解明』の依頼を提示するに至った――「……そういうわけなのじゃ。わたくしもこの建物が気に入っていて、ターミナルに立ち寄った際には店には足を運んでいるのじゃが、よもやこのような事態に陥っていようとは思わなくての」 ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノはそう言って、図書館のホールに集まった者たちを見た。「何とか協力してもらえんかの?」「わたしもよくハローズにはお世話になっているんだけど、まさかそんなことが起きてるなんて知らなかったなぁ」 南河昴はロボットフォームのセクタンを腕に抱き、のんびりと首を傾げた。「消えた店員さんも気になるし、なんなんだろうねぇ?」「わっちが思いますに、こりゃあデパートの精霊さんの仕業でやんす」 旧校舎のアイドル・ススムくんはといえば、自身の内側に嵌め込まれていた心臓を両手で差し出してみせる。「他の精霊に会えるとなると、わっちの心臓はもう高鳴る一方でやんす。あ、よければお近づきの印におひとついかがでやんす?」「ほう、すまぬのぉ。しかし、この心臓、ほのかにイチゴの香りがするのじゃが」 しげしげと物珍しそうにカオを近づけるジュリエッタに、ふと、後ろから遠慮がちに声が掛かった。「あ、あのあの……、あた、あたしも、その、気になって。時、実はまだハローズって行ったことなくって、おしゃれな人しかダメかなーとか思ったりもして……ええと、でもでも、ご一緒したいなって」「俺も実はまだ一度の行ったことがないんだ。事件も建物も両方気になってしまってね、よかったら参加させてもらえないかな?」 かなり緊張しているのだろう、どもりながらおずおずと言葉にする宮ノ下杏子に続き、おっとりとした声で蓮見沢理比古もまた、参加の意志を告げた。「おお、なんとこんなにも早く集まってもらえるとは」 振り返ったジュリエッタは、ぱちくりと何度も瞬きをし、それから新たに加わったふたりにもにっこりと笑みを向けた。「ふたりとも大歓迎なのじゃ」 そして、もうひとり。 まるで最初からそこに居たかのように自然に、いつの間にか、白い少女が立っていた。「ゼロは聞いたことがあるのです。壱番世界では、髪の長い女の子が白い服を着て佇むだけでオバケさんだって勘違いされてしまうのです。つまりゼロはこのままでデパートの怪異さんと対等に渡り合えると思うのです!」 なのでよろしくなのです、と、シーアールシーゼロはお辞儀する。「まだ幽霊事件と決まったわけではないのだが、しかし、ゼロ殿も参加とは、いよいよ心強い!」 改めてジュリエッタは、集った仲間達ひとりひとりを見、そして、「では皆のもの、張り切って事件解明に乗り出そうぞ!」 彼女の言葉に、ややおっとりとしつつも気合いのこもった『おー』の掛け声が上がった。 もう間もなく、ハローズは閉店時間を迎える。 そしてそれは、奇妙な出来事が起こる、奇妙な時間の幕開けでもある。 六名の、実に多種多様な趣を持ち合わせた《探偵》たちの調査が開始された――=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)南河 昴(cprr8927)旧校舎のアイドル・ススムくん(cepw2062)宮ノ下 杏子(cfwm3880)蓮見沢 理比古(cuup5491)シーアールシー ゼロ(czzf6499)=========
ねえ、だれかきづいてくれる? * 赤煉瓦の色調と造花によるアーチが出迎えてくれるローズガーデン・モチーフのカフェは、夕方の遅い時間にもかかわらず、やわらかで甘い香りに満たされている。 客入りはけっして少なくないが、混雑している印象を与えない、ゆったりとした空間作りである。 そんな店内の一番奥、植物によって目隠しされた円卓の席が、ジュリエッタの指定した待ち合わせ場所だった。 「おお、皆よくぞ来てくれた」 だれよりも早くハローズの裏方に潜り込んでいたジュリエッタは、仲間たちへと、アルバイト後の時間を使って打ち合わせを提案していた。 マネキンの異変は各フロアにまたがっているため、現場検証と周辺への聞き込みをメインに、閉店の時間が来るまである程度の情報収集を試みようというものだ。 そのために必要な最低限のもの、例えば店の見取り図などは既に手に入れている。 会議場所としてここを選んだのは、件の《茶会をするマネキン》がこの店の備品を持ち出して行われたものだからだ。 「うわあ、うわあ……すごいです、さすがハローズです」 両手を胸で組んで、杏子はキラキラと輝く瞳で周囲を見回す。 おりしも、ハローズはイースターの時期にあわせたイベントが開催されており、あちらこちらにタマゴモチーフの装飾品やお菓子があふれ、目を引いた。 カフェメニューにも、イースターエッグのミニチョコが茶菓として添えられているという徹底っぷりだ。 「ここのカフェ、紅茶の質はもちろんだけど、甘味も細部まで手を抜いていないから好きだな」 そわそわドキドキしている杏子の隣で、理比古はふんわりのんびりと微笑む。 彼の周りには、季節限定ストロベリーパフェ、ショコラオランジュのナッツ入りタルト、クランベリーとホワイトチョコのスコーン、薔薇のゼリー…などといった彩り美しいスイーツが次々と並べられていく。 そこへ更に、アイスクリーム添えのホットアップルパイにマカロン、エッグタルトが運ばれてきた。 理比古の周りだけ、まるで《お菓子の国》という有様だ。 もちろん、これらはすべて彼ひとりが食べる分である。 「そなた、無限の胃袋を持っておるのか?」 「無限というほどじゃないと思う。ただ、美味しそうだなって思ったら、とりあえず全部試したくなるだけなんだ」 「蓮見沢さんって、スイーツ男子なんですねぇ。とことん突き詰めてしまうのがすごいです」 季節のコンフィチュールを添えたスコーンとミルクティという《クリームティー》セットを頼んだジュリエッタと、ベリー系フルーツたっぷりのパンケーキセットを頼んだ杏子は、ひたすらに相手の色鮮やかさに驚き、感心する。 「……こんなにたくさん並んだのを見たのは初めてかも」 「モフトピアみたいなのです」 向かいの席からこのラインナップを見つめる昴とゼロは、その多さにツッコミを入れるでもなく、ただただ興味深そうに眺めていた。 ふたりの前には、マシュマロ入りのミルクティとふわとろプリンアラモードがそれぞれ置かれている。 「ここは実にハイカラな場所でやんすねぇ」 人体模型という、あらゆる場所でひときわ異様な存在感を放つススムの出で立ちだが、今のところ、悲鳴や驚きの声は上がっていない。 ありとあらゆるものが存在するターミナル、ありとあらゆる客層を網羅する百貨店ハローズでは、彼もまたごく普通の客人ということなのだろう。 表情ひとつ変えずに、オールドタイプのメイド服を着たウェイトレスはススムの元に抹茶ラテを置いて去っていった。 「では、そろそろはじめようかのう?」 ひとしきり甘味を堪能したところで、ジュリエッタが切り出し、百貨店ハローズの見取り図を、皆の前に広げた。 「マネキンの“イタズラ”があったのは、この、インテリアフロア、ウェディングフロア、おもちゃフロア、そうしてここ、じゃな」 指をさして場所を伝えてくれるが、それは、『マネキンの異変』が階をまたがり、広範囲に渡っていることをも示していた。 「女性店員さんが消えたのは、更に別の場所なのじゃ」 「随分色々な場所で起きているんだな。俺はてっきり、もっと狭い範囲だと思っていたけど」 「ひとりでやるにはちょいと骨が折れそうでやんすね。それに、お嬢さんは一体どこに行ったか、ということでやんす」 そうして、各々がいま現在自分の中に抱えている仮説の披露、あるいは疑問の提示から、会話は次第に転がりはじめる。 「マネキンを動かしている存在と、女性店員さんに関係ってあるのかな? あるとしたら、どういう感じなんだろうって思うんだけど」 昴の呟きに、杏子はかくんと首を右に傾げ、 「両者に繋がりが全くない場合もあり得るってことですね?」 手を口元に添えて思案する。 「関係性の重要なのです。事件と事件のミッシングリンクが見つからないと、無関係という可能性も出てくるのです?」 プリンにさっくりとスプーンを差し入れながら、ゼロもまた、杏子と同じようにカクリと首を傾げて見せた。 「だとしたら、あたしたちはふたつの事件を別々に解決しなくちゃいけなくなりますよねぇ」 「他にも、マネキンの出来事はただのイタズラなのか、意味のあることなのか……もちろん、店員さんが消えたのも、ただの狂言という可能性もあるけど」 昴は可能性の話をする。 あり得ることとあり得ないことをあげていき、そこからなにかを導きだすために。 理比古は、そんな彼女の言葉の合間に、自身の考えを提示する。 「俺はさ、何だか、やっていることが小さい子のおままごとみたいだなって感じるんだ」 瞬く間にショコラタルトと薔薇のゼリーを片付け、イチゴパフェを飾るルビー色の果実にフォークを突き立てながら、告げる。 「マネキンも人形という括りではあるからさ。子供のごっこ遊びや人形遊びのような印象がすごくあるんだよね」 「ああ、ソレはわっちも感じやした」 ススムは神妙な面持ちで応える。 「ただし、思考は子供かもしれやせんが、ある程度の身長や筋力、器用さがないと、動くはずのないマネキンを何体も運んだり、リボンを巻くだけならまだしも、大がかりなティータイムを設えたりはできないと思うでやんす」 この目で直接見たわけではないが、それでも、その光景はけっして、非力な子供がひとりで成し遂げたものとは思えない。 「まあ、ツーリストの能力次第ではあるんでやんすがね」 「あ、だったら」 そこで杏子がふと思いつきを口にする。 「いなくなった店員さんも、実は、消えたというよりも『もともといなかった』と考えみるのもありじゃありませんか? イタズラ好きのマネキンさんが、自分に気づいてほしくてエスカレートしていったとか」 「なるほどなのです。行方不明の店員さんは実は店員さんでありながら、故郷ではあっと驚く怪異さんだったのです! マネキンの九十九神さんとか、十分ありうるのです」 「あ、ゼロちゃんもそう思う?」 「はいなのです」 グッとスプーンを握りしめ、ゼロは愛らしく整った真顔で語る。 「ゼロが思うに、店員さんは、あるとき不意に0世界には“不思議”は数多あれども、“怪異”が足りないと思い立ち、自ら、“ボクは0世界の怪になる!”と固く誓って、数多の怪異リストを綴ったノートを手に、自ら行方をくらましたのです」 飛躍する推理は、斜め上に突き抜け、 「辞職届けを出さず失踪という形をとったのも、怪異を怪異らしく演出するためなのです。まさしく、怪異の怪異たる所以をあますとこなく出そうと思ったに違いないのです!」 着地する。 「ゼロちゃん、その思考すごいです」 かつて赤いクマの中身を追求した《ターミナル・知的好奇心を満たす会》メンバーの杏子とゼロは、ギュッと互いの手を握りあいながら、通じるものがあるのか、こくこくと頷きあった。 「なんというかのぉ……わたくしは、数人が輪になっていたり、手足がバラバラになっていたりというのが、どうにも、黒魔術で悪魔を呼び出す降臨術、それにともなう生贄をイメージさせるのじゃよ」 そう言いはしてみてが、ジュリエッタにも、この推理に確信があるわけではない。 動機は不明であるし、明確な理由もまだ掴めなかったが、失踪した女性店員は、もしかするとマネキンを生贄の代用とすることで願いを叶えようとしたのではないか、と思えてしまう。 「嬢ちゃんは、黒魔術的なものを連想してるんでやんすか?」 「英国は伝統ある国じゃが、それゆえ魔術や幽霊等未だに信じられている面もあるのでのう。正解かどうかはさておき、わたくしはそういう感覚で捉え、事件を見ておるのじゃよ」 「それはゼロも聞いたことがあるのです! 壱番世界の日本では古くから、人形を使って人を呪って穴を掘るという習わしがあるのです! そして、人形には魂が宿るのです! 神様に昇格なのです」 「なるほど、いろいろな考え方があるんでやんすねぇ」 ふむふむと、何度もススムは頷く。 「……ぜんぶ、消えた店員さんが考えたことだったらいいね」 昴は、自分の手の中にあるマシュマロ・ミルクティのカップに視線を落としながら、ゆっくりと呟いた。 「だれも傷ついていないなら、それが一番だから……」 「うむ。それを確認するためにも、早く解決せねばな」 それぞれの仮説や想いを受け止め、自身の内側でゆっくりと濾過させていきながら、ジュリエッタは立ち上がった。 「最初は何があっても手を出さぬ方がよいと思うんじゃ……下手を打てば、失踪した女性店員の居場所が永遠に掴めなくなる、という危険もあるのでな」 5つの視線に応えるかのように、ひとりひとりの顔を見、 「では皆のもの、行動開始と行こう」 凛々しく元気に微笑んだ。 * ねえ、わかる? 面白いと思った、コレの意味、分かってくれる? * 閉店を告げる曲が流れ出し、ハローズから客の姿が引いていく。 少しずつガランとし始めた館内で、ススムは理比古とともに、バラバラにされたマネキンのいるインテリアと生活雑貨のフロアを巡っていた。 ここでは、目立って閉店作業をしている人の気配はあまりなかった。 「兄さんは調査だの推理だのはどんな案配でやんすか? わっちはどうにもパッとしたのが思い浮かばない性質でして」 「俺もどちらかと言えば苦手だな。ドラマとか映画、それに小説を読んでいても、最後の最後まで犯人が誰か分からないし」 「なるほど、名探偵というのはなかなかどうして、得ることの難しい称号でやんすねぇ」 しみじみと感じ入ったように、ひとり頷く。 「まあ、推理なんてものは外れるためにあるんでやんすから、いくらでも口に出してみるのが吉でございやしょう?」 名探偵も、助手や周りの言葉を受けて、可能性の枝葉を剪定しているのだと聞く。 だとしたら、思いついたことをどんどんあげていってもいいはずだ。 「ホント言うとさ、俺は地下でお菓子が買いたかったんだよね。キラキラしてて、いろんなものがたくさん詰め込まれてて、なんだかいるだけでワクワクする感じ?」 見ているだけで幸せな気分になれるのだと笑う理比古に、ススムはふうむ…と神妙なカオで返す。 「なるほど、幸せってのはイイコトでやんす。この調査が終わったら、嬢ちゃんたちにも声を掛けて、ぱぁっと『デパ地下巡り』なんてぇのも粋でやんすね」 「一応ティータイムの準備はお願いしてあるけど、そうだなぁ、事件解決のご褒美って考えたらすごくいいかもしれない」 ふわりと、うれしそうに理比古が笑う。 その彼に見惚れる視線があることになどまるで無頓着に、ふわふわと花がほころぶように笑い、語る。 幼い頃、機嫌がいい時、あるいは理比古が相手の希望どおりのコトをやり遂げた時、義兄が買い与えてくれたのは皆、こういったデパートの地下に並ぶスイーツだった。 義兄が存命の頃の想い出として、大切に刻まれている。 「《デパ地下スイーツ》って、幸せな響きだよね」 「そう感じられる心を持った兄さんは、幸せ者でやんすよ」 「そうかな?」 「そうでやんすとも」 「それじゃあ、デパ地下スイーツ巡りのご褒美のためにも、とにかく頑張って早く事件を解決しないといけないな」 俄然やる気を出した理比古の足がふと止まる。 「ああ、ここが、バラバラにされたマネキンの場所だね」 その一角は、どうやら『部屋』をイメージしているらしい。 ベッドや書棚、チェスト、ソファ、そして姿見などが配置され、マネキンたちがあたかもその部屋の住人であるかのようにカジュアルな装いで佇んでいる。 「どの子がそうされたのか、ぱっと見じゃあ分かりやせんね」 しかし、バラバラにされたのがどれなのかは判別しかねる。 そこへ、 「あの、よかったら調べてみますか?」 おずおずと声を掛けるものがいた。 フロア主任だという青年は、人体模型と名門蓮見沢家当主という不可思議な組み合わせのふたりに対し、調査協力を申し出、バックヤードへと案内してくれることとなった。 マネキンたちが置かれている『関係者以外立ち入り禁止』区域は、煌びやかで華やかな表側とは正反対の、ひんやりとしつつも雑然とした空間だった。 そこに足を踏み入れて、真っ先にふたりは、段ボールに腰掛け、カップを持った状態のマネキンに気がついた。 他にも、バラバラになったマネキンが別の箱に収められているのも見つける。 「捜査のためでやんす…御免なすって」 マネキンたちに手を合わせ、ススムは理比古とともに解決の糸口を探るべく検分をはじめる。 「特に、乱暴なことがされているようには見えないなぁ。でも、解体用の接続部分からばらされたわけじゃないみたいだ」 「へい。力尽くでどうこうされたようには見えやせんが、明らかに不自然でやんす」 マネキンのポージングを変えてセッティングするには、本来の人形の関節可動域ではかなり制限が掛かるはずだ。 しかし、あたかも人間のように彼女たちは繊細なバランスでティーカップを持っている。 ベッド周辺にばらまかれていたというマネキンに至っては、その切断面があまりにもなめらかで不可解だった。 「……魔法でやんすかねぇ?」 「“能力なし”ならできないことをやってのけているからね、子供のツーリストかもしれない」 彼らの調査を傍らで眺めながら、フロア主任はそっと溜息を吐いた。 「女性スタッフが姿を消してから、マネキンの奇妙なイタズラも途絶えてはいるんですが……」 彼の瞳が不安げに揺れる。 「先程、スタッフの何人かが、幼い子供の白い影を見たと言っていました。気をつけてください」 現場巡りとして杏子と昴のふたりが選んだのは、おもちゃや本も揃っている雑貨フロアだった。 ここではリボンやレースが巻き付けられたマネキンたちが発見されている。 「なんでリボンなのかと思ったんですが、来てみて納得です」 このフロアは白を基調にしたシャーベットカラーをコンセプトにしているらしく、本棚や店を区切る背の低い白のレンガ塀に括られたリボンの飾り付けが目を引いた。 花柄を描いたイースターエッグは塀の上にちょこんと置かれている。 「おとぎ話というか……うん、……マザーグースみたい」 「あ、知ってます知ってます。ハンプティ・ダンプティですよね?」 だれがここのディスプレイを担当したのかは分からないが、塀の上にタマゴを置いた、その意図を、杏子と昴はちゃんと理解する。 どこの場所にもマネキンはいて、次はどこのマネキンがどういうポーズを取らされるのかも分からず、一体一体すべてを確認するのには人手も時間も足りない。 だが、何かのとっかかりを得られさえすれば、瞬く間に謎が解けてしまう予感がした。 ジュリエッタのセクタンであるマルゲリータや、同じくオウルフォームにチェンジした杏子のぷにこが、彼女らの目となって、至る所を巡回してはくれている。 「そういえば、マネキンへのイタズラが『エスカレートしてる』ってコトばかりに目が行っちゃいますけど、ホントにエスカレートしてるだけ、だと思います?」 「……たぶん、ただ手が込んできているだけではないと思う。ソレがどんな意味なのかはまだ分からないけど、でも、何かにそって展開しているような気がする」 「あたしも、あの人形遊びにはモチーフがあるような気がしてるんですよね」 「……モチーフ……」 「なんとなく、話を聞いた時からピピピッと来てるものがあるんですけど、うまくカタチになってないんです」 「確かに、何か思い出せそうなのにマネキンにリボンの意味は分からないかな……そのヒントがほしくて」 「あ、それ!」 カフェルームでスイーツを前にした以上の輝きで、杏子は昴の手にしているモノに魅入られる。 昴が鞄から取りだしたのは、かなり大切に読み込まれたことが分かる古い文庫本が数冊、だった。 「バイト先は古本を扱っているから、資料も膨大で」 「え、南河さんって古本屋さんで働いてるんですかっ?」 「そう、モロイというの」 昴は小さくこくりと頷いた。 「だから、本を借りて来たんだよ。なんとなく、マネキンの話に関連性が見えたから……くらべるのに、資料があると便利かなと思って」 それから、ふ…と付け足すように呟いた。 「推理小説の探偵、憧れてたの。だからうれしい」 「あ、わかります。ミステリを読んでいるとワクワクしちゃいますよねぇ。たとえば、怪人と名探偵、古い因習と名探偵、曰く付きの館と名探偵…、密室、アリバイ、クローズドサークルとか、提示される謎はとっても魅力的ですし、ソレをロジックで解き明かしていく存在はとってもとっても気になって、探偵さんたちは一体どんな風に世界が見えているんだろうとか考えるだけで楽しくなって来ちゃいます」 それまでゆったりと話していたはずの杏子の、思わぬマシンガントークに、昴はパチパチと何度も瞬きをした。 「……本、好き?」 「はい!」 司書補になったのも、溺愛する活字たちに囲まれ、本に埋もれていたかったからだ。 「じゃあ、一緒に探せるね」 昴の中ではずっと、マネキンたちのモチーフや女性店員失踪の状況から連想されるものはあった。 けれど、思うだけではまだ足りない。 自分の目で確かめておきたかったし、自分の耳で聞いておきたかったし、自分の手で触れておきたかった。 ふと、昴たちの前に、フロアの片付けをしている女性店員が足を止める。 「あら、あなたたち、もしかして?」 「あ、はい。マネキンと消えた彼女の行方を調査しに来ました!」 「……なにか気づいたこととか、消えた彼女はどんな人だったのか教えてもらえたら、と、思います」 杏子と昴の問いに、店員は頬に手を当て、少し思案するように首を傾げてから、 「リンリンはツーリストなのよ。最近入ったばっかりだけど、仕事熱心だし、勘もいいの。最初に変だなって気づいたのもあの子だったわ」 「「変?」」 思わずキレイにはもったふたりに対し、彼女は、つい…っと指で少し離れた箇所を指し示す。 砂糖菓子や仔犬をモチーフにした子供用の遊具コーナーもある、可愛らしい一角だ。 「あそこに絵本コーナーがあるの、見えるかしら? なぜかね、毎日毎日、あそこの本が一冊だけが一冊だけ出しっ放しになっていたのよ」 「誰かが読んでいたと言うことでしょうか?」 「子供たちやお客さんのいる時間ならそう考えてもいいけど、決まって、それは閉店後から開店前の間で起きていたみたいなのよ」 昴と杏子は互いの顔を見合わせる。 「その本のタイトル、分かります?」 「案内するわ」 忙しいはずなのに、店員はふたりのために本棚の一角まで案内してくれる。 ブロックで囲まれたそこは、幼い子供が座って本が読めるように、マカロンやカップケーキを模した背の低いテーブルと椅子が置かれていた。 「ちょうど、このテーブルにいつも本が出されていたの」 「あ、このお花って鏡になっているんですね」 「それはね、オシャレに興味の出てきた子たちが、“いつでも自分の姿を確認できるように”って置いているの」 「へえ」 髪型やお洋服を直すのに、自分で確認できるのはいいかもしれない。 感心する杏子の隣で、昴が首を傾げる。 「もうひとつ、聞きたいです。どうして『失踪』なんですか? 外に出たわけでもなくて、消えた場所まで判っているのはどうして?」 「ああ。それはね、彼女のパンプスが片方だけ、あの大鏡の前に落ちていたからなの」 さらには、何度連絡をしても返信が得られず、自宅に帰っている様子もないのだと、告げた。 ほんの少ししんみりした空気が流れたが、彼女はそれを振り切るように努めて明るい声を出す。 「あ、これこれ、この本」 そうしてふたりの前に、大判の仕掛け絵本を本棚から取りだし、差し出してくれた。 「ちなみにね、リンリンはここの一角を担当していたの。知ってるかしら? この飾り付けは、マザーグースの中の“男の子はなにでできてるの?”らしいのよ」 彼女の言葉で、カチリとピースが嵌まり込んだ、気がした。 「ところで、ねえ、今日は何故かいろんなところで白い女の子を見かけているらしいの。幽霊かもしれないって言われているんだけど、なにか関係があるのかしら?」 不思議そうな彼女に対し、黙って互いの顔を見合わせる。 たぶん、そちらの答えは出すまでもないものだ。 ジュリエッタは、理比古や杏子たちとは別方向からの情報収集を試み、実践していた。 例えば隠し通路の存在。 例えば、従業員通路から見た景色。 それらは裏方で動くうちに見えてくるモノだ。 マルゲリータとの視界共有もあって、ハローズの至る所を確認しながら、縦横無尽に張り巡らされた通路の膨大さに軽く眩暈を覚える程度には調べ続けた。 しかし、英国風ディスプレイの周辺で人間がひとり消失するだけの余地は見受けられなかった。 しかし、彼女の人間関係については、思わぬところで思わぬ情報を手にすることができた。 店内清掃で覚えた通路を用いて館内を巡っていた際に、ジュリエッタは、ウェディングを扱ったフロアで、消えた女性店員の同僚たちと話す機会を得る。 「リンリンってね、おとぎ話や本が大好きで、ブックスコーナーを任されてからはホントに生き生きしてたんだよね」 「ほお? つまり、悩んでいたわけではないのじゃな? 例えば、なにかを成し遂げたいと望んでいたとかは?」 彼女たちは顔を見合わせ、ネガティブな発想を寄せ付けない人だったと告げる。 だが、ふと、ひとりがパチンっと手を打って、声を上げた。 「そういえば、つい最近かな、“気になる子がいるの”って言ってたわ」 「気になる子、とな?」 「そうそう! あの子と遊べたらいいんだけど、とかも言ってた!」 「なんか、すっごく気にはしてたみたいなんだけど、楽しそうでもあったんだよねぇ」 なのに、彼女は消えた。 消えたという事実だけを残して、どこかに行ってしまった。 「――きゃっ!」 いきなり、小さな悲鳴が上がった。 「ど、どうしたのじゃ?」 「い、いま小さな白い影がふわって横切っていったの。あのフィッティングルームのあたり!」 幽霊かも知れない、と怯える彼女たちの言葉を受けて、ジュリエッタはその正体になんとなく気づく。 「心配はいらないじゃろう。みな、話を聞かせてくれてありがとう。今夜中には事件は解決できるはずじゃ」 そう言って礼をすると、ジュリエッタはそのまま、白い影が横切ったという奥の通路に駆け出した。 「ゼロ殿!」 ふわり、ふらり、とウェディングドレスの合間で揺らぐ白い影が、その声にぴたりと止まり、振り返った。 「ジュリエッタさん、なのです」 やはり、思った通りだった。 白い服に銀の髪、透き通った肌、あり得ないほどに整った美少女でありながら、意識しなければ消え失せてしまうような不可解な存在感が、シーアールシーゼロである。 彼女はただそこに居るだけで、時に人の心の隙を突く。 「して、ゼロ殿は、なにをしておるのじゃ?」 「怪異さんの仲間意識を刺激するのです。ゼロが思うに、このハローズにはデパートの“主”がいると思うのです。クリスマスにテディベアの不思議を起こすのも、その主だと思うのです。だから、ゼロは主とコンタクトを取ろうと思うのです」 「怪異には怪異で対抗するということかのう?」 「なのです。ゼロが気になって、姿を現すかも知れないのです」 「ほお」 わずかな明かりだけがゼロを照らす。 花嫁のベールや、ドレスの白薔薇、鳥籠のディスプレイの数々が彼女を彩り、ゼロから元々気迫だった現実感をさらに遠のけていく。 彼女を新たな怪異として見ることも、確かにできてしまうだろう。 「そういえば、先程の話は聞こえていたかのう? 失踪した女性店員……リンリン殿は、誰かに会おうとしていたそうじゃ」 「それで消えちゃったのです?」 「……その可能性はあるやもしれぬ」 「ふうむ……」 店員はマネキンだった説、コレまでの出来事はすべて店員の狂言だった説、などがじわりと覆りそうな気配がしている。 しかし、ゼロはそうなることにまるでこだわらない。 「だとしたら、いったいどうやって消えたのかが問題なのです。消えたくて消えたんなら、後は出てきてもらえばいいだけなのです」 「そうじゃな。でも、本人の意思とは無関係なんじゃとしたら、少々面倒なことになると思うのじゃよ」 「会いたくて、その相手に会えたから、消えた可能性もあるのです。リンリンさんはもしかすると、ずっといまも一緒に遊んでるか、あるいは閉じ込められちゃったのかもしれないのです」 マルゲリータはマネキンの異変をまだ見つけていない。 トラベラーズノートを見る限り、ススムたちや昴たちが、聞き込みや調査の結果、気になることを入手している。 「やはり怪しいとすれば………あの鏡かのう?」 「犯人は現場に戻るというのです」 「では、皆に声を掛けねばな」 * 楽しそうなことをしてる。 ねえ、教えて。 アレは何をしてるの? * 照明がほとんど落とされた深夜のデパートで、6人は、それぞれの調査情報を持ち寄るとともに、女性の消えた英国風ディスプレイのある一角に集まった。 「準備はこんな感じでよかったかな?」 理比古がお茶会用にとセッティングしたテーブルの上には、つい先程、彼の従僕から届けられたばかりの温かなココアや手作りのシュークリームが並ぶ。 ススムはサンドイッチと魔法瓶に入れたお茶を用意してきており、ジュリエッタも手製の歯触りのよいクッキーとスコーンを準備している。 「なんともはや、華やかになりやしたねぇ」 「うわあ、まさか真夜中のティーパーティに参加できちゃうなんて嬉しすぎです。どれもこれも美味しそうで、これなら天の岩戸もあっさり開く気がします」 ふわんっと杏子が笑う。 「杏子、天の岩戸とはなんじゃ?」 「日本の神話で、太陽の女神である天照大神が、弟の狼藉に怒って引きこもってしまう話なんですよ」 「女神が引きこもり、じゃと?」 「はい。それで困りに困った神様たちが、女神様に出てきてもらうためにあれやこれやと手を尽くし、ついには、それはもう楽しげに閉ざされた岩戸の前で大騒ぎしちゃうんです」 「……何とも不思議な話じゃな」 「好奇心を刺激されたら、俺だってついついそこを覗きたくなるな」 「つまりコレは、隠れちゃった怪異さんに出てきてもらうためのお祭りなのです?」 「うん。あたしはね、なんだかそれっぽいなって思ったの」 杏子はフフ、と笑いながら、改めて豪華になったテーブルを眺めた。 「……アリスのティーパーティでも、あるんだよね」 昴は、さきほど手にした仕掛け絵本をきゅっと抱き締め、呟く。 「全部繋がってるから……たぶん、大丈夫」 キーワードも分かってる。 持ち寄った情報は、ひとつの答えを導き出そうとしていた。 だから、あえてこの場所――店員であるリンリンが消えたこのディスプレイの前で茶会を開くことにする。 彼女が消えてからぴたりと収まった「怪異」に、もう一度外への興味を抱いてもらうために。 「時間みたいだ」 理比古の声に重なり、ハローズのどこかに仕掛けられているのだろう、オルゴール時計が、午前零時を告げて穏やかなメロディを奏で始めた。 「では、ちょいと確認を」 ススムがテーブルを離れて、大鏡の前に立つ。 「すいやせんね。どうにもわっちの頭から、零時に合わせ鏡の向こう側にいけるってぇ“壱番世界でよくある怪談話”が離れやせんで。ものは試しと思いやしてね」 言って、鏡へと手を伸ばした。 「さあて、なにが見えるでやんすかねぇ」 だれもがじっと水面ルナか、木製の指先が鏡に触れる。 途端。 「おお」 不意に、その面が水面のように揺らぎだす。 そうかと思うと、それまで自分たちの姿しか映していなかった鏡が、鏡の向こう側の景色を映し出したのだ。 片方だけパンプスを履いた女性が、暖炉の前に座り、傍らの、赤いリボンをしたウサギの少女に絵本かなにかを読み聞かせている。 穏やかな、それ自体がおとぎ話のワンシーンであるかのように、優しい光景だ。 彼女は確かにそこに居た。 探していた彼女が。 「リンリンさんなのです」 思わず出たゼロの声に、仔ウサギだけがパッと顔を上げた。 リンリンは気づいていない。 こちらの声は届かないのかもしれない。 だが、子供はこちらの認識している。 はっきりと気付き、自分たちと視線を合わせることすらしてくる。 「やはり、すべては鏡で繋がっていたというコトじゃな……」 すべての怪異が起きた場所には、必ず鏡があった。 鏡で世界を繋げて、あちらこちらに姿を現しては、不思議な現象を引き起こしていたのだと言うことが、いまはっきりと分かる。 『……だあれ?』 子供は、警戒心を隠そうともせず、まるい瞳でこちらをじっと見入ってくる。 「恥ずかしがり屋のお嬢ちゃん、わっちらの話を聞いちゃくれやせんか?」 『いや!』 しかし、仔ウサギは思い切り首を横に振る。 いきなりそんなことを言い出したことに、鏡の中のリンリンは驚いたように目を丸くした。 そこに誰か居るのかと問いたげに顔を上げ、視線を彷徨わせるが、彼女の視線が、ジュリエッタたちと交わることはなかった。 思ったよりも元気そうではあるけれど、それですべてが解決するわけではない。 「そのお姉さんと一緒に、こっちへきてくれやせんか?」 『いや、いや…!』 仔ウサギは更に激しく、立ち上がって、全身で拒絶する。 『だって、だぁれも気づいてくれないんだもん』 声は訴える。 『だぁれも探してくれないんだもん』 声は、すねる。 『だぁれも話してくれないんだもん』 口を尖らせるようにして、鏡の中の小さな子供は、自分の声を弾けさせていく。 『喜んでくれるかなって思ったのに』『ビックリしてくれるかなって思ったのに』『誰も何にも言ってくれないんだもん』『でもリンリンは驚いてくれたよ』『リンリンはすぐに気づいてくれたよ』 シャボン玉が割れる度、幼い声が、あちらこちらから聞こえてくる。 『絵本を読んでくれるの』『読めなかった本も読んでくれるよ』『リンリンはわたしのだもの』 閉じ込められた言葉たちが、鏡からあふれ出し、音に変わる。 だから邪魔をするなと、告げる。 困ったカオをするススムに対し、理比古は穏やかな笑みを浮かべ、鏡の前にやってきた。 「そんなところに閉じこもっていないで、こっちへ来てみない?」 やわからくそっと呼びかけ、ココアのカップを差し出した。 「君の分も用意してるんだ。皆で遊んだ方が楽しいよ、きっと」 「そうじゃぞ。皆でテーブルを囲む方がずっとよいはずじゃ。こっちにはうんと美味しいものもあるんじゃぞ」 ジュリエッタがお茶の入った魔法瓶を掲げ、 「ほら、すっごくいい香りがするんですよぉ。甘いものに囲まれて、一緒にお茶会しましょう?」 杏子も、シュークリームの皿を鏡の前に差し出して笑う。 「それに、ターミナルでは怪異が増えてもあまり困らないと思うのですが、デパートの仕事を増やすのはいただけないのです」 ゼロは子供に対して、むぅっと眉を寄せた、真剣な表情で語りかける。 「ここはしかるべき手続きの後、デパートのヌシとして業務の邪魔にならない怪異を行えばよいと思うのです。もちろん、ゼロたちも協力するのです」 「そうそう。心細いんなら、わっちらとお友達になりやしょう。大丈夫、ここには怖い人も悪い人も居ないでやんすよ?」 それに、とススムは続ける。 「それに、店員さんはワッちらと違って、ご飯を食べたり休んだしないと死んじまうんでやんす。会えなくなってしまいやすぜ?」 ハッとしたように、仔ウサギの表情がこわばった。 そんな彼女へ、最後に、昴もまた鏡に向けて手を伸ばす。 「あなたが何をしたいか、わたしたちは分かったつもりだよ。マザーグースに鏡の国のアリス、おとぎ話だって気づいたよ」 気づいたよ。 分かったよ。 マネキンたちは全部、マザーグースがモチーフだということ。 『リングリングローゼス』や、『男の子はなにでできているの?』、『だらしのない男』に『ハートの女王』を、再現して見せたということ。 そしてなにより、その子のお気に入りはアリスだということにも、鏡の向こう側にいるのは『鏡の国のアリス』が好きだからと言うことも。 全部全部分かった上で、言葉を投げかける。 「絵本もあそこから借りてきたよ。不思議の国のアリスの仕掛け絵本。こっちでなら、絵本も読めるけど、みんなで本物のティーパーティも楽しめるから」 だから、おいで。 こっちへ、おいで。 途端―― きゃららら…と、鈴が鳴るような声が辺りに響いた。 ソレもひとつやふたつではない。 きゃらら、しゃららと、さざめきは広がり、そこら中に何か不思議なものが満ちていく。 「わあ」 デパートのフロアに広がる、光のシャボン玉であふれた幻想風景に、思わず誰もが言葉を忘れて魅入る。 シャボン玉は、鏡の向こうからあふれ出てくる。 ふわふわキラキラとあふれてくる。 「ほんとに?」 そうして光の中、リンリンの手を引いた仔ウサギが、ロストナンバーたちの前に実体を伴って姿を現した。 「ほんとに、わたしと遊んでくれる? お茶会してくれるの?」 仔ウサギは赤い瞳をまるくして、問いかける。 その問いに、声を揃え、ジュリエッタたちは笑顔で応えた。 「「「「「「もちろん」」」」」」 小さな小さな仔ウサギは、とてもうれしそうに笑って。 小さな小さな仔ウサギと手を繋いでいたリンリンは、とても眩しそうに、そして、なにが起きたか分からないなりに楽しそうに笑った。 かくして、百貨店ハローズで起きた不可思議な現象のひとつは、優しい光に照らされた真夜中のティーパーティを最後に、幕を閉じる。 ただし。 クリスマス時期のテディベアに続き、イースターになると何故か鏡の中からシャボン玉の光があふれてくるという不思議現象がひとつ追加され、話題となるのだが、それはまた別のお話。 そして。 とある晴れた5月の昼下がり、ハローズの地下にあるイートインコーナーで、大量のデパ地下スイーツが運び込まれ、貸し切り状態のティーパーティが盛大に執り行われることとなるのだが、それもまた別のお話、である。 END
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