「インヤンガイの壺中天をご存知ですか?」 世界司書、リベル・セヴァンは集まったロストナンバーに問いかけた。「バーチャルリアリティでネットワークにアクセスする仕組みと言えば壱番世界の方にはわかりやすいでしょう。脳内で架空の現実を体験する為の装置、とでも思ってください」 リベルは壺中天の説明を手短にすると早速本題に入った。「その壺中天内のネットゲームのシステムが暴霊化しました。あなた方にはこの暴霊を退治していただきます」 詳しくは現地の探偵に聞いてくださいとリベルはチケットをロストナンバー達に手渡した。「仕事を手伝ってくれるってのはあんた達か?」 インヤンガイの一角の寂びれたビルの地下一階、そこが探偵の仕事場だ。そこには壺中天の受送信機が10台近く並べられていた。壺中天の設備は高価で個人で所有するのは難しいはずだが、この探偵はそれを所有しているらしい。探偵はシャンロンと名乗った。アルバ・ケラススは壺中天の受送信機を興味深そうに見ている。「コイツが珍しいか?」 シャンロンは受送信機を指差す。「俺はこっち系専門の探偵でね。ただハッキングして作業するだけなら別に不要なんだが、壺中天での事件の対応には必要不可欠な訳よ。あんた達みたいに協力してくれる人がいても、端末が無ければ意味が無いしな。ま、ほとんどは俺の依頼主からの借り物だ」 ネットワーク、特に壺中天専門の探偵らしいシャンロンは30代手前の男だ。シルバーグレーに染められた短髪には少々地毛の黒が見え隠れしている。そして両耳には大量のピアス。口にも数個のピアス。探偵というよりジャンクショップの店員といった風体だ。「ま、俺の事はどうでもいいな。仕事の話をしようか」 シャンロンは手元のキーボードを叩く。モニターに映像とタイトルが浮かび上がった。「単刀直入に言おう。『Western Rowdy』っていうネットゲームがのシステムが暴霊化した」 モニターには『Western Rowdy』のタイトルロゴと、カウボーイ、カウガールのカット絵が表示されている。「このゲームは所謂西部劇をモチーフにしているネットゲームだ。プレイヤーはカウボーイやガンマンとしてゲームに参加し、NPC――ゲーム内のキャラクターの事だが――や他のプレイヤーと博打やら銃の早撃ちやら銃撃戦やらで色々勝負をするってゲームだ。保安官に協力して町の荒くれ者を捕まえるっていう捕縛ストーリーもあるな。とにかくひっきりなしに何かしらイベントが発生している忙しないゲームだ」 荒野を走り抜けるカウボーイや、銃の早撃ちをするガンマンのムービーがモニターでは流れていた。それをロストナンバー達は興味深そうに覗き込む。「それでもゲームだからな、秩序は保ってたんだ。だが暴霊のせいで暴走を始めた」「どんな暴走を?」 ジョヴァンニ・コルレオーネが問う。「NPCが無節操に勝負を仕掛けてくる。ま、ただ勝負を仕掛けてくるだけなら無害なんだが…勝負に負けちまったときが問題だ。勝負に負けたプレイヤーはどうなるか……プレイヤーの意思とは関係なく他のプレイヤーに勝負を挑むようになっちまうのさ。NPCみたいに暴霊の操り人形になってしまうって訳だ」 現在は新規のプレイヤーはゲームに参加できないようにしているらしい。しかし、すでにゲームに参加してしまっているプレイヤーはそこから抜け出せない。そのため、被害は広がっているという。「そして厄介な事に、一度勝負に負けて暴霊の操り人形になってしまったプレイヤーだが、コイツと勝負して負けても同じく暴霊の操り人形になっちまう。とにかく勝負する場合は絶対に負けるなって事だな」「なかなかスリルがあるじゃねーの。勝負事なら負けたくねーしな」 ジャック・ハートが面白そうだと笑った。「暴霊がどんな姿なのかはわからない。だが、キャラクターとしてゲーム内にいる事は確かだ。そしてヤツ自身もプレイヤーに勝負を仕掛けている事も間違いない。ヤツと勝負をして勝ってくれ。1度や2度勝つだけでは駄目かもしれない。完膚なきまでに負かして、そして倒せ」 敵はプレイヤーを取り込み続けている。ぐずぐずしてはいられない。「さて、覚悟ができたならあっちの世界に飛んでもらおうか。何せシステムを乗っ取られてるからな。ゲームの開始位置がフィールドのどこになるかは正直わからん。 全員バラバラの位置に飛ばされるかもしれない。気をつけてくれ」 探偵が再びキーボードを叩いた。一時的に新規プレイヤーを参加できるようにするためだ。しばらくしてその手が止まる。準備ができたようだ。「よし、これでゲームに参加できるぞ。じゃ行こうか。頭にその受送信機をつけてくれ。俺もサポートはするつもりだ。暴霊に邪魔をされなければ……な」 ロストナンバー達は席につき、受送信機をつけた。++++++++++++++++++ 気がつくと、目の前には見慣れぬ景色が広がっていた。「ここがWestern Rowdy…?」 Western Rowdy――西部の荒くれ者――と名付けられたこの世界は、探偵の言葉通り西部劇によく似た世界だ。 雪深終は周囲を見渡した。辺りには建造物もまばらにしか建っていない。どうやらここは町の外れに位置するようだ。「スッゲー! 小説で読んだ事ある! イメージそのまんまだ!!」 読書家のベルゼ・フェアグリッドは西部開拓時代のカウボーイやガンマンを題材にした小説を読んだ事があるらしい。今まで自分の頭の中の想像していた世界が目の前に広がっているのを見て眼を輝かせている。たとえそれがバーチャルリアリティというまがい物だとしてもだ。 そして自分の服装を見て、さらにテンションを上げる。「おー! カウボーイハット! ウェスタンブーツ!!」「なんかカッコイイっすね!」 アルバも見慣れない風景、見慣れない服装に嬉々としている。彼らはいわゆるカウボーイスタイルになっている。女性のアルバはカウガール。 目的を忘れそうな勢いでテンションを上げいている二人をよそに、終は状況を把握につとめる。ここには自分を含め3人しかいないようだ。他の仲間はどこに行ってしまったのか。少し歩を進めると、寂びれた教会が目についた。その陰に人がいる。他のロストナンバーかと姿を追った。だが、そこに終の見知った人物ではなく、いかにも柄の悪そうな男が5、6名。なにやら怪しげな取引の真っ最中らしい。 終は嫌な予感がした。彼らに気づかれる前にここから離れなければ。「二人とも静かに――」 終が騒ぐベルゼとアルバを制止しようと声を上げたのと、背後でガチャリ銃の撃鉄を起こす音とが重なった。 振り向くと、終達の背後に3人の男が立っていた。一体どこに隠れていたのだろうか。暴霊が自分たちがログインした事に気づき、急遽配置したキャラクタ―なのかもしれない。3人とも銃をぬき、銃口は此方を向いている。「お前達、何者だ?保安官…という訳ではなさそうだが」 一人の男がそう言いながら近づいてくる。「取引を…見ていたな?」 見ていないと言ったところで信じてはもらえないだろう。終はこの場を離れられないかと辺りを見回す。幸いにも、取引をしている集団は此方に気づいていない。この3人を振り切れば町中へ走り込めそうだが…。(どうしたものか……) アルバとベルゼを横目で見る。3人でならば強行突破も可能な気もするが。(コレも勝負と言う事になるのだろうか?)++++++++++++++++++ 砂煙が巻き上がっている。それは一丸となってジャックの傍らを通り過ぎて行った。砂埃に巻き込まれ、むせ返る。現実ではないはずなのに、むせるというのが何とも奇妙な感覚だ。「ゲホッゲホッ!何なんだよあれは」「お調子者のカウボーイと保安官ってところだろ」 ちゃっかりスカーフで口元を守っていたネイパルムは走り去った砂煙の方へ視線を投げる。砂煙はどんどん遠退き、荒野へと消えて行った。ゲームを始めてから二人の服装はカウボーイのそれに変わっているだ。ネイパルムが砂埃から口元を守るのに使用したスカーフも衣装のひとつだ。「しかし、本当にバラバラに飛ばされるとはな」 目の前に広がるは荒野。後ろを振り向けはすぐそこに町が見える。事前に探偵からゲーム内のどこに飛ばされるかは分からないと聞かされてはいたが、ここにはジャックとネイパルムしかいないようだ。 荷物を確認したところ、ゲームのフィールドの地図が入っていた。そこにはロストナンバー達のフィールド内の居場所が名前付きで表示されていた。町中にジョヴァンニの名がある。残りの3人の名前は町外れに固まって表示されている。それから探偵からのメッセージが添えられていた。『これが精一杯』 サポートとはこの事なのだろう。武器も用意してくれたようだし十分だ。「とりあえず町に向かうか。ここにいても暴霊の情報は集められないだろう」「そうだな。他の連中も町にいるみたいだしな」 2人は町に向かって歩き出した。町までは数百mしか離れてはいない。 町の入り口にさしかかった。すると、後方からドドドドと大きな音が聞こえる。振り向くと、先ほど砂埃を上げ走り抜けていった集団が同じく砂埃を上げながらこっちへと向かってきていた。 今度はネイパルムに習い、ジャックもスカーフで口元を覆う。 集団は2人の目の前で停止した。先頭を走っていた馬から男が転がるようにおりてきた。そして息せき切ってジャックとネイパルムの元へ走りよる。男はカウボーイのようだ。その様子を馬に乗ったやけに強面の男達が見ている。ネイパルムの予想は半分当たりで外れていたようだ。馬の集団はカウボーイと保安官ではなく、カウボーイと荒くれ者だった。 カウボーイが蒼白な顔で叫んだ。「あ、あんたらカウボーイか!? ガンマンか!!? 頼む! 助けてくれ!! 俺の代わりにあいつらと勝負を!! あいつらを倒してくれ!!」「「はぁ?」」 2人の素っ頓狂な声が重なった。++++++++++++++++++ 入り口を潜ると、外まで匂っていた酒の匂いはさらに強くなった。「これは…」(裏の世界に足を踏み入れた頃を思い出すのう) 荒くれ者の集まる場所、それが西部の酒場だというのならば、ここは正にそれだ。 喧騒と酒と煙草と男と女。そんなもので満ちている。 一人町の真ん中にとばされたジョヴァンニは情報を集める為に酒場へとやってきた。なにより、人が集まるところにいれば暴霊の方から勝負をしかけに姿を現すと思ったからだ。 カウンター席へと腰掛ける。被り慣れないカウボーイハットを脱ぎ、傍らに置く。その所作に無駄はない。「何にします?」 「ワイルドターキー」 短く答える。グラスに注がれた琥珀色の液体を流し込んだ。(さて、これからどうしたものかのう) 背後ではあちらこちらのテーブルで何事かの賭け事が行われている。時々銃声が聞こえるが、皆慣れた様子で特に騒ぎだしたりもしない。いや、ここではこれが常なのだろう。ここならば、すぐに勝負を持ちかけられるに違いないとジョヴァンニは思った。「隣、いいかしら?」 不意に声をかけられる。見るとワインレッドのドレスに身を包んだ女が立っていた。決して若くはないが、良い形で年を重ねたのだろう。壮年の女性の色香があった。「どうぞ」 ジョヴァンニが柔和な笑みを浮かべて答えると、女性は妖艶に笑い返し席に腰をかけた。バーテンダーにクルーザンを注文する。バーテンからグラスを受け取り口を付けた。そしてジョヴァンニに向き直る。「素敵なおじさま。でもここには不似合いね」「そうかのう?」 貴女の方が不似合いだと思うがと笑いながらジョヴァンニはグラスを傾ける。柔和な笑みを浮かべているが、声をかけてきた女を隙なく伺っている。 女がふふっと笑った。「ねぇ、賭けは好き?」「賭け?」「そうよ、賭け。私は大好き」 言うと胸元からコインを一枚取り出した。「簡単な賭けよ。コインの表裏を当てるだけ。あなたが勝ったらそのお酒奢ってあげる」「わしが負けたら?」「私が飲んだお酒を奢ってもらうわ」 ジョヴァンニは探偵の話を思い出す。賭けるものは酒代らしいが、下手に勝負に乗るのは得策ではない。特にコイントスなど、ゲームのシステムを乗っ取っている暴霊ならばコインの表裏どちらが出るか、結果を書き換える事もできる可能性がある。ジョヴァンニは別の勝負を持ちかける事にした。「コイントスじゃつまらんのう。もう少し面白い賭けの材料はないかの?」 女は此方の申し出に少し驚いたようだが、すぐにもとの妖艶な笑みを浮かべた。そこへ一人の少年が駆け寄ってくる。彼は女にメモ書きを渡すと、また走り去ってしまった。「私が雇ってる情報屋よ。賭けのネタを集めてもらってるの」 女はメモ書きに目を通す。「いいわ。別の賭けをしましょう。もうすぐ町の入り口でカウボーイ2人と、この町じゃちょっと有名な荒くれ者10人が勝負をするわ。どちらが勝つか賭けましょう?」 2対10。多勢に無勢、どう考えても10人の方が有利な気がするが。「あら? カウボーイの1人は身長190cm越えの大男らしいわよ。それとテンション高めのお兄さん」(町の入り口に2人連れの男……もしや…?) 店に入る前に探偵が用意してくれた地図を確認した。それには町の入り口付近にネイパルムとジャックの名前があった。賭けの材料となっているカウボーイ2人とは彼らの事だろう。あちらもさっそく勝負事に巻き込まれているらしい。「勝負と言っても、きっとただの銃撃戦ね。あの男達が真っ当な勝負をする訳ないし」 あの男たちと言うのは10人の荒くれ者の事らしい。「さ、賭けて頂戴。どちらが勝つのか」 女は今まで一番妖艶な笑みを浮かべた。ぞっとするほどに妖艶な笑みを――=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ジョヴァンニ・コルレオーネ(ctnc6517)ジャック・ハート(cbzs7269)ネイパルム(craz6180)ベルゼ・フェアグリッド(csrp5664)アルバ・ケラスス(cnpv5100)雪深 終(cdwh7983)=========
終は様子をうかがった。運の悪いところに出くわしてしまったものだ。アルバとベルゼも事の次第に気づいたようだ。 拳銃を突きつけてくる相手に両手を見せた。 「勘違いだ。俺たちはたまたまここに居合わせただけだ」 「そうっすよ!」 3人で手を上げ、こちらに敵意がない事を示す。もちろんそう簡単に逃がしてもらえるとは思っていない。隙を伺うのが目的だ。 取引の様子が気になるのか、男は一瞬こちらから目を離した。終はそれを見逃さない。腰に提げられた鞭を素早く引き抜くとそれを振るう。ひゅっという風切り音。男の足元を打った。 バシッと言う音と共に砂埃があがる。それが合図となった。3人は同時に地面を蹴り、怯んだ男達の脇をすり抜ける。 「とにかく、他の仲間と合流しようぜ!」 ベルセが声を上げる。2人も異論はない。 とにかくこの場は―― 「逃げる!!」 ――ピローン この場に相応しくない間抜けな音が3人の耳に届いた。 「な、何すか!?」 『バトル、逃走 。勝利条件、追跡者の討伐or目的地への到達』 機械的で事務的な声が耳に届く。辺りをキョロキョロと見回すが、誰もいない。ここはゲームだという事を思い出す。 『バトルスタート!』 「え??え??」 「とにかく走ろう! 「これで勝負開始って事?? 」 どう言う仕組みなのか、目の前の風景に文字がオーバーレイ表示されている。ここがゲームであり、仮想空間である事を如実に感じた。 後ろからは先の男たちが迫ってくる。 「勝利条件の目的地ってどこだよ! ベルゼが駆けながら叫ぶ。 「とりあえず町の中央へ向かおう。人ごみに紛れれば逃げられるだろう」 終が声をあげた。そのすぐ脇を銃弾が通り過ぎていく。 「待て!取引を見られてただで帰すわけにはいかない!」 男たちが追いかけてきた。幸い、取引とやらをしていた男達が加勢してくる気配はないが、今はとにかく人の多い場所へ逃げるべきだと3人は判断した。 地面を蹴る度に砂埃が舞う。 「くっそ障害物とかねーのかよ!」 ベルゼが悪態をついた。周囲は閑散としており、相手の攻撃をかわすための遮蔽物がほとんどない。とにかく走る。だが、その後ろから数発の銃声。ベルゼのすぐそばの地面に着弾し、地がえぐられた。 「やられっぱなしってのは」 ベルゼは懐から銃をとりだした。 「好きじゃねーんだよ!」 振り向き様に狙いを定め、引き金を引く。狙うは相手の足。動きを止められればいい。銃弾は先頭を走っていた男の足の甲を貫いた。敵はその場にうずくまるが、銃は此方にむけたままだ。ベルゼが舌打ちをして、次は手を狙う。だがそれよりも先に、終の鞭が男の手から銃を弾き飛ばした。 ベルゼは別の男へと狙いを変え、相手の拳銃を弾き飛ばす。その様子を見て最後の男は怯んだようだ。その隙に再びベルゼと終は駆け出す。アルバは少し先を走っていた。男達はすぐには追ってくる気配ではない。 3人はそのままひたすらに駆けた。しばらくすると、だんだんと人も建物も増えてきた。男達の気配もない。3人は駆け足からゆっくりとスピードを落とした。 ――ピローン 再びの電子音 『You WIN!勝利条件達成』 視界にYou WINの文字が重なる。どうやら勝負には勝てたようだ。 「これでバトル終了っすか?」 アルバがきょろきょろと辺りを見回す。先ほどの男達は見当たらない。 終もまた辺りの様子をうかがう。 「どうやらそうみたいだな」 「ウォーミングアップには丁度よかったな」 ベルゼが笑う。 町の中央広場と思しき場所にたどり着いていた。貯水タンクのような物が広場の中央に据えられている。雨が少ないのだろうか、乾燥した風が何度も砂埃を巻き上げている。仮想現実なのになぜか空気がざらついているように感じるのは気のせいなのだろうか。なんとも言えない居心地の悪さに終は顔をしかめた。 「俺はどうも苦手だ、この感じ。さっさと依頼を片付けよう」 終は地図を取り出した。探偵からの選別らしいそれを広げると、自分たちの居場所が記されている。それと他のロストレイル達の居場所も。 ベルゼとアルバもそれを覗き込む。ベルゼが地図を指差した。 「んー、俺たちがいるのがこのウォータースクエアってとこだろ?」 貯水タンクがあるからウォータースクエアなのだろうか?安直だが、そういう名前の方がわかりやすいのかもしれない。 「ここから南に行けば町の正門か。ジャックがその辺りにいるっぽいな」 さらによく見るとネイパルムの文字がここ、ウォータースクエアに向かってきているのが見えた。南へ進めば彼らと合流できるだろう。そう話をまとめた。 そこに、一人の男が近づいてきた。歳は40くらいだろうか。胸につけたバッジが自分は保安官だと無言で告げている。 「お前達、町の外れから来たようだが、怪しい連中をみなかったか?」 「怪しい連中?」 「そうだ。この町で裏取引が行われると情報があった。しかし肝心の場所がわからなくてな」 「町外れで黒服の男達が何か取引をしているのを見た」 終が答える。 「本当か!?」 保安官の目がぎらりと光る。 「本当っす!自分たちも巻き込まれかけたっすよ!」 「しかし…お前達、なぜ取引を見て無事でいる?」 「え?」 急に話の雲行きが怪しくなる。 「怪しい…お前達も本当はそいつらの仲間なんじゃないのか?」 「なんでそうなんだよ」 声を荒らげたのはベルゼだ。 「町の平和を守るのが私の使命だ。怪しいと思しき連中は見過ごせん」 「おっさん、疑わしきは罰せずって言葉知ってる?」 「問答無用!口答えするのがますます怪しい!お前達全員逮捕だ!」 ――ピローン 『バトル逃走。勝利条件、保安官からの逃亡』 耳元に響くアナウンス。 「げ、またかよ!」 「ちっ、保安官もNPC…暴霊の支配下という事か」 終は舌打ちをした。あまり勝負事には関わらないように動くつもりだったが、油断していた。 『バトルスタート!』 「どうするっすか!?」 アルバがうろたえている。しかし相手は一人だ。 「1対3だろ?逃げる必要なくね?」 ベルゼは銃を抜いた。真っ向勝負でも勝てると踏んだのだ。しかし、その考えは甘かったとすぐに知る事となる。 「ピィィィーーーーーーー!!」 保安官が呼び笛を吹いた。すると、すぐに騎馬の警ら隊が現れた。あまりにもすぐに現れた為、滑稽にさえ思えてしまう。だが、状況は先ほどよりも悪い。20余の馬首が此方を向いている。 「逃げるぞ!南へ!!」 南へのびる道へと真っ先に駆け出したのは終だった。アルバとベルゼもそれにならう。そのすぐ後ろを馬の蹄の音が追いかけた。 「走ってばっかじゃねーか!くっそ!こんなのカウボーイじゃねー!!」 誰にでもなく文句を言うベルゼ。折角の西部の世界。もっとかっこ良く戦いたいという思いが彼にはあるのかもしれない。しかし、暴霊がそんな彼の気持ちを汲み取ってくれるはずも無かった。 +++++++++++++ 「替わりに倒すって言ってもな」 町の入り口で助けを求められた、ジャックとネイパルム。 ネイパルムが隣のジャックの様子をうかがおうとしたのと、一発の銃声が鳴り響いたのはほぼ同時だった。一拍遅れて、馬上の男が一人どぅっと地に落ちた。 (おいおいおい) ネイパルムが頭を抱えているのを知ってか知らずか、ジャックは笑う。 「ヒャッハー!!いいねいいね!面白いじゃねーか!お前らを全滅させたら俺の勝ちな!決まり決まり!!」 ――ピローン 『バトル、乱闘。勝利条件、敵の殲滅。敗北条件、味方の全滅』 「ジャック!負けたら終わりだぞ!」 「わーってるよ!負けるわけねーだろ!この俺がよぉ!!」 おそらくジャックは気づいていない。敗北条件の味方の全滅。味方には助けを求めてきたヘタレなカウボーイが含まれているという事に。 『バトルスタート!!』 一斉に相手が動き出す。数人は 馬に鞭を打ち、こちらへ突進して来た。ジャックとネイパルムはそれぞれ左右へと身をかわす。その際にネイパルムはカウボーイの襟首を掴みあげ、馬の進路からはずさせた。そのまま近場の材木置き場の陰へ放り投げる。 「うぁ!!」 「そこで大人しくしとけ!」 開始のアナウンスに戸惑いはしたが、ここがゲームの中なのは百も承知だ。それよりこの勝負事に勝つ事が今の感心事項である。ジャックはといえば。 「ヒャハハハ!!」 武器は拳銃2丁。あの探偵が用意してくれた装備だろうか。この世界に入った時点でこの服と同じようにすでに身につけられていた。ゲームの中の仮初めの身体だが、それはジャックの思い通りに動いた。現実世界と異なるのはESPのような特殊能力が使えない事くらいだろう。 ネイパルムが後ろで何かを言っているが、気にしなかった。一気に距離を詰め、馬上の敵の眉間を撃ち抜く。その狙いは正確そのもの。1人、また1人と確実に撃抜く。 別の1人が馬を駆る。真っすぐこちらへ向かってきた所を右に避けた。ジャックの真横を馬の黒い身体が通りすぎたところを狙った。馬上の男のカウボーイハットが吹き飛ぶ。馬は主が生き耐えたことにも気づかないのか、そのまま走り去った。 楽しそうに笑うジャックへと銃口を向けているネイパルム。引き金がひかれた。弾丸はジャックの真後ろに迫っていた馬の脚を撃ち抜いた。暴馬と化した愛馬から振り落とされる男。何度もその身体の上に馬の蹄が食い込む。その度に喚き声をあげていたが、やがてその声も聴こえなくなる。 10人の荒くれ者は、瞬く間に地へと沈んだ。立っているものはジャックとネイパルムだけだ。 『You WIN!!』 システムがそう告げると、辺りは静寂に包まれた。しかし、それは一瞬で破られる。 「強ぇな兄ちゃんたち!!!」 「次は俺と勝負だ!!」 どこから湧いてきたのか、2人の周りを囲むように男達が集まってきていた。札束を地面に叩きつける者。それを卑しく拾い集める者。歓声をあげる者と様々だ。どうやらこのいざこざも賭け、つまりは勝負の対象ということらしい。 傍らの材木置き場から、先のカウボーイが這い出てきた。呆然と辺りを見回す。 「す、すげぇ…」 感嘆の声をあげた。 「ヒャヒャヒャ!!思いの外呆気なかったなぁ!」 ジャックが銃をしまいながら笑う。集まってきた男達の事は気にも留めていない。そんなジャックにネイパルムはやや呆れ気味だ。 「まったく。少しは慎重に動けよ」 「だってよ、敵の正体がわかんねーわけだろ?だったら片っ端から勝負しちまえばいーじゃねーか」 下手な鉄砲なんとやら。運がよけれは標的にヒットするだろう。 「それに、とにかく騒ぎ起こしときゃあちらさんから仕掛けてくんだろぉよ」 「確かに一理あるが…万が一負けた時はどうする」 負ければ暴霊の仲間入り。いい気分ではない。 ジャックはヒャハハハっと笑い声をあげる。 「そんときゃそん時よ。どうにかなんだろー?それに、俺サマが負けるかっての」 その自信はどこからくるのか。 そんなやりとりを遠巻きに見ていた先のヘタレカウボーイがこちらに恐る恐る話しかけてきた。 「あ、あんたら新規のプレイヤーなのか?」 「ああ、そうだ。あんたもプレイヤーなのか?」 「そうだよ。なんか面倒な事になっちまってずっと逃げてんだよ」 運営から暴霊については通知が出ていると探偵が言っていたが、プレイヤーにその通知は届いているようだ。 「今新規で入ってるって事はあんたらは探偵…って事か?」 ヘタレの割には頭はまわるらしい。ジャックはひひっと笑いながら答えた。 「そうだぜー。正確には探偵に雇われたお手伝いってやつだがな」 「本当か!?じゃあ俺たちもうすぐ助かるんだな!!」 希望を見いだし、嬉々とするカウボーイ。 「俺たち…ってことは他にも無事なプレイヤーがいるのか?」 「ああ。ほとんどのプレイヤーは勝負に負けて自分の意志とは関係なく動いてしまってるみたいだが…俺と一緒に隠れていたヤツが他に4人いる」 「暴霊について知ってるヤツはいるのか?」 「いや、どうだろう…。それより、早く移動しよう。でないとまた次の勝負がはじまってしまう」 先ほどよりも取り巻く人数が増えてきている。勝負をしようと名乗りを上げてくる男達。 「にーちゃん!勝負だ!俺と早撃ち勝負だ!」 「待て!俺が先だ!おい、俺と運試ししようぜ!!」 「いや、俺だ!俺と勝負だ!!」 もう何が何やら分からないくらいに叫び声を上げている。 「おいおい、コレ全部相手しろってか?」 さすがにそれはご免こうむる。逃げるなら今のうちだが、完全に囲まれてしまっている。どうしたものかとネイパルムが逡巡していると、一発の銃声が響いた。見ればジャックが銃を空に向けて発砲していた。 「ヒャーーハハハ!!よーしいいぜ!俺サマが相手してやるぜぇ!!」 「おい!ジャック!」 「俺一人で相手してやっからよぉ〜。ネイパルムのおっさんはソイツ連れてちゃって」 ひらひらと手を振り、自分から離れろと意思表示をする。 「ここで派手に暴れりゃご本尊サマがお出ましになってくれるだろうし、それにこんな雑魚じゃ…」 鳴り響く銃声。ジャックの腕を掴もうとしていたカウボーイの眉間に開いた穴から血が流れ落ちた。 ——ピローン 『バトル、乱闘。勝利条件、敵の殲滅。バトルスタート!』 バトルの開始が告げられる。 「束になったって俺サマの相手になんねーよ」 貴重な情報源であるプレイヤーを置いてジャックに加勢する訳にもいかず、ネイパルムはその場を離れる事を選んだ。ジャックなら大丈夫だろうという信頼もあった。 「よし、逃げるぞ!」 「でもアンタの連れが」 「いーんだよ!あいつがお前を逃がしてやるって言ってんだよ!とにかくここから離れるぞ」 ネイパルムはその巨体で強引に人垣をかき分けていく。その後ろを慌ててカウボーイは追った。勝負が始まると、周りの男達の注意は全てジャックに向かっていた。 人垣を抜けるまで2人は駆けた。油断すれば勝負をふっかけられるとカウボーイは言う。人の姿がまばらになってきたところで、2人は歩の速度を落とした。しかし、立ち止まる訳にも行かない。歩きながら話をする。 「そういえば、あんたの名前を聞いてなかったな」 「俺はジェイル。あんたは?」 「ネイパルムだ。さっきの連れはジャック」 「2人でこの暴霊騒ぎをどうにかしてくれるのか?」 「いや。俺たち以外にあと4人雇われてる。ログインした途端バラバラにされちまってな」 ネイパルム達は北に向かって歩いていた。町のハズレの教会に何人かのプレイヤーが隠れているらしい。 「今の隠れ場所も危険なんだ。すぐ近くで捕縛イベントがよく起こる」 「捕縛イベント?」 ネイパルムは聞き慣れない言葉をおうむ返しにする。 「ゲーム内のバトルイベントの一つだよ。定期的に町外れで黒ずくめの男達が取引をはじめる。プレイヤーは保安官と協力してその取引現場に乗り込んで黒ずくめを捕縛するっていう定期イベントさ。最も、暴霊が出たって通知がきてからはそれに参加するプレイヤーもいないけどな」 「それでもイベントは起こっているのか?」 「ああ。取引と保安官の乱入は暴霊が現れる前と同じペースで起こってるよ」 町外れの教会はそのイベント発生ポイントの近くだが、そのイベント以外はめったにNPCはこないらしい。それがジェイルと他のプレイヤーがそこに潜んでいる理由だ。 「俺たちはたまに町の様子を見に当番制で外に出てんだよ。運悪くNPCに勝負を吹っかけられた所をあんた達に助けられたって訳さ」 ネイパルムの少し前を歩くジェイルは前方を指差した。 「このまま行くとウォータースクエアって町の中心広場に出る。そこから北東の道を抜けると俺たちが隠れてる町の外れへと抜けられるんだ」 ジェイルが指差す先には派手な土煙に覆われていた。 「おい、もう一悶着ありそうだぞ」 「へ?」 土煙と共に地響きが辺りを包む。それは馬の足音だった。土煙に追われるように駆けてくる人影が3つ。それはネイパルムが見慣れた人物だった。終、ベルゼ、アルバの3人である。ネイパルムはその事を確認すると、声を上げた。 「お前ら何やってんだ!!?」 此方に駆けてくる3人もネイパルムの存在に気づく。3人がバラバラのタイミングで、それも悲鳴に近い声で助けを求めた。 「ネイパルム!」 「なんでもいいからどうにかしてくれー!」 「やばいっすやばいっす!!」 後ろから迫る馬は20余ほどか。さすがに拳銃だけでどうにかできるものではない。逃げるが勝ち。しかしどうやって逃げるか。 「脇道に入ろう!」 ジェイルがネイパルムの袖を引っ張った。近くの脇道へと駆け込む。追われる3人もそれに続いた。数頭の騎馬が追ってくるが、細い路地だ。馬は一列になってしか追って来れない。 2発の銃声。馬の両前足をネイパルムの銃弾が打ち抜いた。馬はその場に倒れこんだ。バランスを崩した馬上の保安官も地に崩れる。一頭が倒れた事により、その後ろに続いていた馬達もその場で足踏みするしかなくなった。その隙に5人は路地の奥へと駆け抜けた。 しばらく走ると、お決まりの電子音が響く。 ――ピローン 『You WIN!勝利条件達成』 その音を聞き、終、ベルゼ、アルバの3人は安堵の息をついた。辺りは民家が立ち並んでいる。人の姿はあまり無く、NPCと思しき影も無い。 「すまない、ネイパルム。助かった」 終がネイパルムに礼を言う。 「いや、礼ならこっちのカウボーイに言ってくれ。無事なプレイヤーの1人だ」 ネイパルムは簡単に今までのいきさつを説明した。 「プレイヤーがいるなら情報収集すべきっす!」 アルバが提案する。 「ああ。ジェイル、案内してくれるな?」 ジェイルは頷いた。 +++++++++++++ 酒場の喧噪の中、ジョヴァンニは落ち着いた声で告げる。 「いいじゃろう。2人が勝つ方に全財産賭ける」ジョヴァンニは女の持ちかけた賭けにのることにした。 賭けの対象になっているのはジャックとネイパルムであろう事は明白だった。 (あの2人がそう簡単に負けるとは思えんしのう) 「本当にいいの?2対10よ?」 女はくすくすと笑いながらジョヴァンニの意思を確認した。 「よい。わしは2人が勝つ方に賭ける」 ジョヴァンニはきっぱりと答えた。 「そう。それじゃ私は10人の男が賭けるわ」 ――ピローン 『バトル、賭け。勝利条件、2人組の男の勝利』 事務的なアナウンス共に、視界に勝負内容がオーバーレイ表示される。女にはこの音や文字は見えていないようだ。 ジョヴァンニはこれがゲームのシステムかと心の中で納得した。ここは仮想現実だとジョヴァンニは再認識する。そして、このシステムの通知がきても反応しない目の前の女は間違いなくNPCであると。 「お互いまだ名前を名乗っておらんかったの。わしはジョヴァンニ・コルレオーネ。お嬢さんのお名前をお聞きしてもよろしいかね?」 紳士的にジョヴァンニは問いかけた。 「ジェーン」 赤の女はポソリと呟くように言った。一瞬彼女の顔から表情が消える。 「ジェーン?」 ジョヴァンニは思わず聞き返す。 「そうよ…ジェーン」 女は再び妖艶に笑った。 「貴女が雇っているというさっきの少年の名前も聞いてもよいかね?」 人の良さそうな笑みを浮かべながら問う。ジェーンは少し躊躇ったが、答えた。 「ジョンよ」 ジョヴァンニは表情を変えないまま、ほうと声を上げた。 「ジェーンとジョン……」 含みを込めたその名を口にする。しかし、表情は変えない。ポーカーフェイスはお手の物だ。 「ところでジェーン嬢、勝負の結果はどうやって確認するのかのう?」 「ジョンが伝えにきてくれるわ」 それまで待ってればいいのよ、とジェーンはグラスを傾ける。それを聞き、ジョヴァンニはふむ、としばし思案顔をする。そしてこう提案した。 「ただ待ってるのもつまらんのう。わしからも賭けをひとつ提案じゃ」 そして悪戯に微笑んだ。 「わしのエスコートに付き合ってもらおう。わしとのデートが気に入らねばこちらの敗け、わしに惚れたら貴女の敗けというのはどうじゃ?ついでに町の名所を案内してもらえたら嬉しいんじゃがな」 予想だにしていなかった提案に、ジェーンは驚いた。だが、面白い人、とくすくす笑いだす。 「いいわ、その賭けにのってあげる」 ――ピローン 『バトル、賭け。スタート』 2人は店を連れ立って店を出る。女は入り口へ向かう前に町の中心部、ウォータースクエアに行く事を提案した。 +++++++++++++ 死屍累々。とはまさにこの状況か。物の数分で、ジャックは群がっていた男達をのしてしまった ジャックの周りに立っている人間はいない。 「ヒャハハハハ!!やっぱりたいしたことねぇな」 地に沈んだ敵を目の前に、高笑いを上げる。 ふと視線を感じた。また新たな勝負かと辺りをうかがう。しかし、先程とは違い、漢達に取り囲まれている訳ではない。 「ん?」 どんと誰かがぶつかってきた。視線を下げると、そこには少年の姿。こちらが声をけるよりも前に少年は踵を返して走り去ってしまう。 一体なんだったのかとジャックは首を傾げた。しかし、ある事に気づく。 「銃がねぇ!!?」 探偵が用意してくれた2丁拳銃。それがなくなっている。さっきの少年がすったとしか考えられなかった。拳銃2丁を盗むとは、なかなか剛毅な少年だと関心するほどだ。銃が無くても戦えない訳ではない。しかし、若干の心もとなさがあるのも事実だ。ジャックは少年の後を追いかける事にする。少年がどの方向へ走って行ったかは見えていた。ジャックは少年を追っ手駆け出した。町の中心へ向かって。 ++++++++++++++ 町外れの協会が見えてきた。一行は協会の裏手へとまわった。勝手口のような質素な扉があり、そこから中へ入る。そこはキッチンだった。ダイニングテーブルに4人の男女が座っている。無事なプレイヤー達だとジェイルが言った。 ジェイルは彼らに事情を説明した。彼らが少なからず安堵したのがわかる。しかし、本当に助かるのかという不安も抱いているようだ。 「どうかにかするためにも情報が欲しい。亡霊について何か知っている事は?」 誰も何も言わない。 「まぁ、そうだろうな」 ネイパルムは質問を変えた。 「暴霊と関係しなくてもいい。ゲームを始めた頃と最近とで何か変わった事はないか?些細な事でも構わない」 4人は互いに顔を見合わせた。ジェイルも何かを思い出そうと隣で頭をひねっている。一行が収穫は無しかと思い始めた頃、1人のガンマンが声を上げた。 「そういえば、町の入り口にいたNPCの男の子…。アイツ、いつの間にかあちこち移動するようになってたな」 それを聞いて、隣に座っていたカウガールもはっとしたような顔をした。 「そうよ、私もウォータースクエアでその子を見たときおかしいと思った。新規プレイヤ—用のチュートリアルNPCのはずなのに、町の中央にいるなんて変だもの」 「他に気になるのは…赤いドレスを着た女の人かな。その男の子と一緒にチュートリアルイベントに出てくるNPCだよ。いつからか、イベント以外でも一緒に行動してるところを見かけるようになったんだ」 「男の子はメッセンジャーみたいな事をしてたけど、本当はその男の子メッセンジャーなんかじゃないのよ。オープニングムービー観てない?」 「いや、俺達は観ずにゲームをスタートしたからな」 「確かスリの少年って役のはずなのよね」 カウガールが首をひねった。 「なるほどな。で、その女って普段はどこにいるんだ?」 「たいていは酒場にいるよ。今もそうなのかはわかんないけど」 別のガンマンが答えた。 「酒場…」 あっとベルゼは声をだし、ごそごそと探偵が用意した地図を取り出した。ウォータースクエアの近くにある酒場、そこにジョヴァンニの名が表示されていた。 「やっぱり!ジョヴァンニのじいさんが今いるところって酒場じゃねーか」 「一人は危険だな」 怪しいのはその少年と、女。それが分かっただけでも収穫ありだ。一行は仲間と合流する為に再び町の中心へと移動する事にした。 +++++++++++++ ウォータースクエアを一組の男女が歩く。ジョヴァンニとジェーンだ。 「ここが町の中心。ウォータースクエアよ。見ての通り貯水タンクがあるだけだけどね」 「ふむ。しかしここのような乾燥した地域に貯水タンクは重要な物じゃろう?」 ジョヴァンニは極力砂埃からジェーン庇うため、風上に立って貯水タンクを眺めた。 「そうね。確かに必要な物よね。だからこそ、この広場には名前が付けられたのかもね。大切な物には名前が必要だもの」 ジェーンは言ってタンクを支える柱に触れた。その表情が寂しく見えたのはジョヴァンニの気のせいか。 そこに足音が近づいてきた。2人は音の方をへと視線を向ける。 「どうやら、最初の賭けはわしの勝ちのようじゃ」 訝しげな表情を浮かべるジェーンの元に、少年が駆けてきた。ジェーンにメッセージが書かれているであろう紙切れを手渡す。それに目を通したジェーンは苦々しげに答えた。 「そのようね、ミスター」 ――ピローン 『You WIN!!勝利条件達成』 ジェーンは紙切れを破り、風に飛ばした。それには2人組の男が勝利したと書かれていたに違いない。 その間に、話し声と足音の主達はすぐそばにきていた。思いの外早く合流できたとジョヴァンニは心の中で思う。 「あ!その人!?」 アルバがジョヴァンニの隣にいる赤いドレスの女を指差した。 「彼女をエスコートしている最中なんじゃよ」 ジョヴァンニは表情を崩さず言った。 「エスコートって、ジョヴァンニのじーさんマジで言ってのかよ?無事だったプレイヤーに話を聞いてきたけど、その2人が怪しいって事らしいぜ!」 ベルゼはジェーンとジョンを指差した。 ジョヴァンニは何か納得したような表情でうなづいた。ある程度予想していたという事なのか。 「その情報が本当ならば、一勝負せんといかんのう」 ジョヴァンニは腰をおり、ジェーンの傍らに立つ少年に目線を彼に合わせた。 「わしと勝負をしようじゃないか?」 少年は訝し気にジョヴァンニの柔和な顔を見た。 「どんな勝負?」 「なーに、簡単な賭けじゃよ。わしが君の名前をフルネームで当てれたらワシの勝ち、間違ったら君の勝ち。簡単じゃろ?」 ジョヴァンニの突然の提案に他のロストナンバーたちが驚いた。少年も同じで、ジョヴァンニにとっては不利な勝負に目を見開いている。しかし、少年は無邪気な笑顔を浮かべた。 「いいよ!勝負うけたげる」 ――ピローン 『バトル、賭け。勝利条件、名前のコール』 バトル開始の合図が告げられた。ジョヴァンニはそうじゃのう、と考えるふりをする。しかし、はたと思考と止めた。 「ジョン・スミス。君の名前はジョン・スミス」 少年の大きな目が、さらに大きく見開かれた。何も言わずにジェーンの陰へと隠れる。 『You WIN!!』 システムは勝利を告げる。 「今のは卑怯よ!あなたはジョンの名前を知っていたじゃない!」 酒場でジョンの名前を教えたのは、他でもなくジェーンだ。 「そうじゃな、じゃがファミリーネームまでは聞いとらんよ」 きっとジェーンはジョヴァンニを睨んだ。 「そうじゃ、ついでにジェーン嬢。貴女の名前も当ててあげようかのう」 「何ですって?」 「ジェーン・ドゥ。違うかのう?」 それは無個性な名前。それは氏名不明の意。とあるところでは身元不明の死体のネームプレートに形式的にその名を書くこともある。ゆえに誰も名乗りたがらない名。誰もつけない名。 「名無しの権兵衛とでも言おうか。暴霊にはぴったりの名前じゃのう?」 ジェーンは唇を噛んだ。 「ひどい人」 絞り出すような声だった。ジェーンはしばし思考しているようだったが、ふっと微笑んだ。 「ミスター。貴方は私との賭けの途中だったわね」 「そうじゃ」 ジェーンをエスコートしている。ジェーンがジョヴァンニを気に入れば、ジョヴァンニの勝ち、そんな勝負の途中だった。 「だったら、私を守ってくださる?」 ざーっと空間にノイズが走る。システムが今書き換えられている。 「コイツらから」 ノイズが消えると、そこには100を下らないであろう荒くれ者の姿。 ――ピローン 『バトル、乱闘。勝利条件、敵の殲滅、ジェーン・ドゥの生存』 「クライマックスに荒くれ者との壮絶バトル!西部劇の定番じゃん?一騎当千よろしく暴れちまいますか!?」 嬉々としたベルゼが拳銃を抜いた。 「まったく忙しない世界だぜ」 ネイパルムはやや疲れた表情だ。だが、ここで負ける訳にはいかないと眼光を光らせる。 「が、頑張るっすよ!」 「このバトル、俺たちも強制参加か」 張り切るアルバの横で、終はため息をついた。しかしすぐに戦闘態勢に入る。そこに町の入り口から少年を追ってきたジャックがやってきた。 「あ?なんだ?なんだ?俺サマがいない間に面白いことになってんじゃねーか!派手に行こうぜ!派手によぉ!!つーか俺の銃返せよガキ!!」 『バトルスタート!!』 敵も味方も一斉に動き出す。怒号と土煙が辺りを包む。 迫りくる悪漢の足下をジョヴァンニが振るった鞭が襲う。その目は鋭く冷たかった。その視線に、思わずジェーンはぞくりとした。 「おっと失礼。ジェーン嬢、お手をどうぞ」 また、もとの柔和な笑みをジョヴァンニは浮かべた。喧噪の真っ只中でも彼の立ち居振る舞いは紳士的だ。しかし、襲いくる者があれば手にした鞭を鋭く振るう。今もジョヴァンニよりも遥かに体躯の良い男の右目をその鞭が打ち据えた。 そこへ2頭の騎馬が迫りくる。だが、それはジョヴァンニの元にたどり着く前に地倒れ込んだ。ベルゼが馬の前足をそれぞれ撃抜いたのだ。ベルゼは馬が倒れるのを確認するまでもなく、すぐに他の敵へと狙いを定め銃の引き金を引いた。気分はまさに西部のガンマンだ。 一方、ジャックは素手で敵をなぎ倒していた。雑な銃撃を体制を低くして躱し、最も人が密集している中へ飛び込んでいく。砂埃であたりの様子は不鮮明だ。ヘタクソな銃撃などあたるはずがないとジャックは笑う。一気に接近し、蹴りで相手の手から拳銃を弾き飛ばす。それをキャッチし、至近距離で敵の眉間を打ち抜いた。 「ヒャハハハーー!!もっと楽しませてくれよなぁ!!?」 奪った拳銃を乱射する。だが、我武者羅に発砲している訳ではない。その狙いは正確そのものだ。高笑いが砂埃と共に広がる。 「ったくどこからわいてきたんだ、コイツら」 はじめに殴り倒した体躯のいい男を盾の替わりにしながらネイパルムは建物の2階から狙ってくる者を1人、また1人と確実に撃抜いていった。その背後からナイフを握りしめて斬りつけてくる者がいた。そちらに向かって盾にしていた男を放り投げる。転がったナイフを拝借して、同じく接近戦を仕掛けてくる男へ投げつける。ナイフは眉間へと突き刺さった。 そんなネイパルムの後方、終は建物の陰に隠れながら、援護射撃を行う。一気に殲滅できないかと、辺りを伺っていた。 (あのタンク…使えないだろうか……) 終はウォータースクエアの中心の貯水タンクを見た。アレを倒せばあの辺り一帯の敵を一掃できるかもしれない。しかし、自分の力ではおそらく無理だろう。幸いにも、仲間には力自慢の物もいる。先ほどから投げ縄で捕縛した敵を振り回しては薙ぎ倒しているアルバ、彼女の手を借りよう。 「アルバ!」 「何っすか!?」 「あのタンク倒せないか?」 貯水タンクは4本の柱で支えられた台の上にのっている。だが、その柱の連結部は摩耗しているようで、衝撃を与えれば崩せそうだ。 「やってみるっす!」 アルバは先ほどから振り回しているもの――とっくに意識の無い元人間――を柱に向かって投げ飛ばした。 それは派手な音を立てて柱へ直撃した。しかし、衝撃は少し足りなかったようで、柱を倒すにはいたらない。だが、その様子を見ていたネイパルムがさらにもう1人、意識を手放した男を放り投げた。柱へと命中する。すると、柱はギィーと嫌な音を立てながら傾き、そして、崩れた。 ガランガランと音を立てながら、タンクが地面へと転がり落ちる。直径5mほどのそれには水が半分ほど入っており、かなりの重さがあるようだ。タンクは柱付近にいた男達を次々と薙ぎ倒していった。 その様子を見ながらジョヴァンニは笑った。手近の建造物のスッテプに移動していた。少し高い位置から喧噪の様子を観察する。時々ちょっかいを出してくる暴漢を打ち据えながら。 「若者達は血気盛んじゃのう」 その傍らに、ジョヴァンニ守られるように立つジェーン。 「そろそろ終わりかのう」 最後の1人をベルゼが放った銃弾が打ち抜いた。 先ほどとは打って変わって辺りは静寂に包まれる。町人全てを倒してしまったかのようだ。 「あれ?全部倒したんじゃねーの?」 ベルゼがきょろきょろと辺りを見回す。だが、バトル終了の合図は流れない。 「まだだよ」 少年が銃口をジョヴァンニに向けていた。 「まだ僕がいる」 「あ!てめぇ俺の銃じゃねーか!」 その銃はジャックからすったものだった。 「わしを撃っても君の勝ちにはならんよ?」 バトルの勝敗は、ジェーンの生存で決まる。 「それとも、君が彼女を撃つのかのう?」 暴霊は唇をかんだ。そして震える腕をおろした。 再び訪れる静寂。それを破ったのは暴霊の女だった。 「本当は私たちに名前なんてないわ」 ジョヴァンニの陰に守られていたジェーンはぽつりぽつりと語りだした。 「私には名前なんて無い。ジェーンは開発時につけられた仮名だもの。サービスが始まってからは町の女。それが私の名」 名前が欲しかった。だから自分たちで名前をつけた。ジョンへと視線を向ける。 「ジョンも同じ。私たちはプレイヤーが最初に通過するチュートリアルイベントのためだけにいるのよ」 ゲームのサービスが始まった頃は良かった。しかし、新規ユーザが減れば彼らが存在は希薄となる。自分たちも本編のイベントに、その思いが暴霊となったのか。 「自分たちの存在が無駄に思えてきたのよ」 それの言葉を否定したのベルゼだった。 「無駄なキャラなんているわけねーよ!どんなヤツだってたさ、必要だからいるんだよ。それに初めてプレイするユーザーって絶対いるはずじゃねーかよ」 「ま、俺だったらチュートリアルなんてめんどーだからすっ飛ばすけどな」 余計な事を言うジャックの発言をアルバが制す。 「じ、自分は絶対チュートリアルやるっすよ!はじめの一歩って大切っすよ!」 「そうじゃのう。必要な、ゲームの大切な顔役じゃ。ジェーン嬢、貴女はその役目を担っているんじゃよ?」 そしてジョヴァンニはジョンに視線を向け、微笑んだ。 「おぬしもな」 それは本当に優しい微笑みだった。 「…私の負けね」 ジェーンが笑う。 「最高のエスコートだったわ、ミスタージョヴァンニ」 視界が遮られる。それはノイズなのか、砂嵐なのか判別できなかった。 +++++++++++++ 「おつかれさーん」 聞き覚えのある探偵の声。シャンロンだ。 壺中天の受送信機を外すと、ベルゼは伸びをした。 「おわり?」 「ああ。今システム再起動中だよ。中にいた他のプレイヤーも無事にログアウトできているはずだ」 探偵が答える傍らで、ネイパルムはパキパキと肩をならした。ゲーム内では暴れていたが、実際は一切動いていないのだから無理もない。その隣で受送信機を外し、ややぐったりとしている終にアルバが声をかけた。 「大丈夫っすか?」 「ああ。少し疲れただけだ。どうも、こういうのは慣れなくてな」 壺中天を指差し、苦笑した。 「よしよし。無事に起動したみたいだな。こっちきてみな」 シャンロンが6人を手招いた。目の前のモニタを指差す。ここを訪れときにも観た、『Western Rowdy』のタイトルロゴ。しばらくすると、オープニングムービーが始まる。 プレイヤーを意識した視点で町の入り口に立っている。町に入ったところで、画面が小さく揺れた。誰かがぶつかってきたらしい。視線を少し下へむけると、見慣れた顔の少年がいた。少年は背を抜けて駆け出した。 ふと、主人公はポケットをまさぐる。財布が無い。 主人公は少年の後を追うがすでにその姿は無い。画面が移動する。情報を集めるため、金もないまま酒場へと入った。そこにワインレッドのドレスを着た女性が現れる。事情を説明すると彼女は気をつけていない方が悪いと笑った。そして言う。 「だってここはWestern Rowdy、西部の荒くれ者が住む町だもの」
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