――探索? そんなことより食欲の秋だ! めっちゃ清々しい合い言葉のもと、6名は集まった。 * むせ返るような、緑のにおい。 ターミナルからさほど離れていないというのに、密生した樹木は「樹海」の名にふさわしく、広大な海にうねる波をかたちづくっている。 果てのない緑の海原を見渡せば、珊瑚のかけらが散らばるごとく、秋の木の実の彩りが視界に入る。香りの良い山栗、甘酸っぱい山葡萄、蔓がたわむほどに薄紫の実を垂らしたアケビ、落ちてころりと転がる胡桃。 子牛のすがたで茂みに分け入ったソア・ヒタネが、くふん、と、鼻を鳴らす。ひときわ大きな、秋グミの樹を見つけたのだ。 ハルシュタットが鮮やかな身のこなしで樹の幹を駆け上がる。青銀の小柄な猫が、紅の果実をついばむさまは、一幅の絵のようだ。「うきゅ……?」 4枚の羽を不思議そうに揺らし、フラーダは、ふんわりした前脚で、未知の実に触れる。ちょいちょい。薄緑の小さな楕円形のそれは、壱番世界で言うところの木天蓼(もくてんりょう)、すなわちマタタビであることを、この場にいるものはまだ気づいていない。 身の丈ほどもある草むらが、がさり、と、揺らぎ、6本足の鹿が現れた。 角と蹄は錆びた鉄色、双眸は淀んだ血のようにどす黒い。その禍々しい気配は、コミュニケーションが可能な生き物とは思えない。「よっしゃ、獲物や!」 喜色満面、有明が叫ぶ。 敵や、とか、鹿型ワームやぁ、とか、いちお、言ってからのほうがいいんじゃないんですか有明さん、とか野暮なツッコミをするものがいようはずもなく、長い尾をふさりと振ってバランスを取りながら、2メートルにもなろうとする銀狐は跳躍した。 6本足の鹿が喉笛を噛み砕かれると同時に、鮫島剛太郎が【剛剣 鯨太刀】を抜き放つ。「まかせろ!」 一刀両断。 鹿の首は、胴体から切り離される。「さっそく、鹿肉のバーベキューをしましょう!」 藤枝竜が枯れ枝と落ち葉を集め、ふっと息をかけた。石を集めて組んだ即席のかまどに火がつき、小気味良い音を立てて燃え上がる。 野外料理には火種は必須。 その点、このパーティは恵まれていた。竜たんが火を吹けばいいのである。超ラッキー!「……うっ」 しかし一同は、鹿肉を見て顔を背けた。色がおどろおどろしく、しかもヘンな匂いがするのだ。 鹿型ワームをさばいたときから嫌な予感はしていた。だが、火を通せば何とかなるのでは、とも、思っていたのだが……。 あにはからんや、焼いてみても、食欲をそそる香りが漂うどころか、異臭を放ち、ぐずぐずと溶けてしまうではないか。 ものっそ頑張って、目をつむって口に入れようとしたが、それでも無理だった。「無理無理。これ無理。絶対無理です食べ物残しちゃいけませんよメッとか言われても無理無理無理だってこれ食べ物じゃないし! 火を通しても食べられないようなものは食材にはカウントできないです! 具合悪くします食中毒起こします絶対!」 竜が涙目で訴える。「そうまでして食わなきゃならん代物でもないな。他を探して――うん?」 あれは何だ、と、剛太郎が指さす先には……。 アカマツに似た大木の根元に、巨大な――直径50センチ〜150センチくらいのブラウンマッシュルームを思わせるキノコが、ぽふん、ぽふんと、生えている。 それらはみるみるうちに3メートルくらいにふくらんでは、ぷしゅっとはじけ飛ぶ。 そして次の瞬間には、ぽふぅ、ぽふぅ、と、擬音つきで幼菌が芽生え、成長しては、はじけて消えるのだった。「「「「「「 ? 」」」」」」 困惑して顔を見合わせる一同が、しかし次に考えたことは、「はたしてこれは食材足り得るか」 で、あったあたり、頼もしいというかなんというか。 そんな彼らの後ろからそろりそろりと、巨大キノコ型ワームが忍び寄っているわけだが―― 野性の魂が覚醒し、食欲に燃えるパーティには、きっと、こまけぇこと枠に違いない。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>有明(cnmb3573)ハルシュタット(cnpx2518)フラーダ(csch1176)ソア・ヒタネ(cwed3922)藤枝竜(czxw1528)鮫島 剛太郎(cenb9446)=========
ACT.1■禁猟区 有明さんは稲荷神であらせられる。神通力や妖術の才能があんまりないんや、とはご本人(本狐)の弁であるが、今回の樹海探索(註:タテマエ)にあたり、 「この森の食いもんを皆で 狩 り 尽 く す ん やーーーーっ!!!」 うっとりするような銀の毛並みを振るわせて、熱く激しく表明なさったそのさまには、たとえどこかの異世界に大宇宙を統べる妖狐十二神がいたとして、それらが束になってもかないはしないだろう。少なくとも、食欲的な意味においては。 とりあえず、仕留めたばかりの鹿型ワームが食用に適さないことは理解した。 んがしかし。まだだ、まだ終わらんよ的空気が漂っていることも事実であって。 「お肉、食べられないんだね……」 お肉大好きハルシュタットたんは可哀想なくらいにしょんぼりしている。 「お肉……」 綺麗な青いおめめを伏せ、すっげぇ残念そうである。よっぽどむさぼり喰いたかったらすぃ。たしかハルたんて無限の胃袋をお持ちなんですよね? その気になれば、文字通り樹海中のあれこれを食べ尽くすことが可能だったろうことを考えるに、その無念たるや如何ばかりであろうか。 「僕はあきらめへんでー! 喰えないんはこの鹿だけかも知れへんやんか」 有明さんはあきらめ悪く、もとい不屈の精神で、なおもきょろきょろと周囲の様子を伺っては、あちらの茂み、こちらの草むらをかき分け、他の獲物を探してみる体勢だ。 竜たんはといえば、まだ鹿肉に名残を惜しんでいる。食べられないというのはもう本能的にわかった。わかりましたよわかってますともええ。それでも……。 「も っ た い な い で す」 凄まじいほどのMOTTAINAI精神に突き動かされている。焼き肉というにはあまりにもアレな物体を一切れ、つまんで持ち上げた。 何という決死の覚悟。竜は果敢にも、涙目状態で再トライをするつもりのようだ。 「おいおい。やめとけよ」 剛太郎が止めようとした。 「がんばりますっ」 竜はぽろぽろ涙をこぼしながら、口を開ける。だが、その瞬間、ワーム肉はいやな臭いを漂わせながらぐずりと崩壊してしまった。 「げほっごほっ」 「いわんこっちゃない」 咳き込む竜の背を、剛太郎はさすってやった。 「そんなに肉が喰いてぇのか。……気持ちはわかるがなぁ」 剛太郎とて漁師。空の海での漁師として、樹海での「狩り」への情熱ももちろんある。しかし、彼はプロである分、獲物の見極めも的確であった。 それよりも、と、剛太郎は、不思議なキノコの一群に目を向ける。 「ワームはどうやったって喰えねぇないようだ。だったら、ワームじゃなければ喰える寸法になる」 「この、あぶくみたいなキノコやな?」 有明はきびすを返し、そろりとキノコに近づいた。 「松の近くに生えとるってことは、松茸の仲間なんかな?」 キノコはぽふんぽふんと生えてはふくらみ、驚異的な成長と消滅を繰り返している。 「このキノコすごい……! こんなに成長が早いキノコ、初めて見ました」 ソアたんは目を丸くする。樹海の緑を映したような瞳がいっそう大きく見える。 彼女はそれまで、ひたすらに木の実や果物を収穫し、背に備え付けた大箱に入れることに余念がなかったのだった。堅実思考なのである。さすがは農家の娘さん。 「キノコ、食べれる? 美味しいー?」 フラーダきゅんは、キノコの不気味な光景にはおかまいなしに歩みよった。何しろお腹が空いているんである。羽をうれしげにゆらゆらさせ、匂いを嗅ごうと鼻を近づけた。 ――同時に、 ぽふん、と、胞子が弾ける。 「うきゅ!?」 驚き、後ずさりし、フラーダはきゅっと目を閉じる。 「……くしゅっ、くしゅん」 「フラーダちゃん、大丈夫ですか?」 竜が駆け寄った。 くしゃみをして、身体をぷるぷるさせているフラーダの頭を、よしよしと竜は撫でる。 その刹那。 ぽふぅ、ぽふぅ。 ぽふぽふ、ぽっふん。 フラーダのもっふもふな身体に着いた胞子が、瞬間発芽した。 「きゃっ、フラーダちゃんが大変っ!」 「うきゅ? きゅきゅきゅーー!?」 フラーダに寄生したキノコは、またたく間に大きくなる。 わたわたと、幼い獣竜は走り回る。 「動かないで。ちょっと我慢してね」 ハルシュタットは、状況を俯瞰するため、そばの木に登る。 幼菌の数を見て取るやいなや、小さな火を、ぽう、と、幾つも起こした。 人魂に似たその炎は、フラーダにくっついた幼菌を炙っては、ひとつずつ、適切に退治していく。 「きゅ」 フラーダもまた、無意識の防衛に出た。 獣竜の身体全体を、炎が包む。 フラーダは、自身の炎では火傷をしない。それを逆手に取り、自ら火だるまになって幼菌を焼き切ったのだ。 * 「フラーダちゃーーーん! 良かったですー!」 竜はぎゅむっと、獣竜を抱きしめる。 「……あれ?」 そして気づく。 フラーダが、ものっそ美味しそうな匂いに包まれていることに。 「ん……?」 剛太郎が、鋭いまなざしを、怪訝そうに細める。 「おっ」 有明は、ごくりと唾をのみこむ。 「わあ」 ソアは、うれしげに尻尾を揺らした。 軽やかに木から駆け下りたハルシュタットは、焼け残りのキノコのかけらを口にして、ものすごくしあわせそうな表情になる。 「おっ いっ しっ いっ ……!」 どんだけタメるのハルたん、なノリで、絶品絶妙イケるわコレ、という趣旨の発言が、青銀の猫からなされる。 あたり一面に立ちこめる、えも言われぬ香ばしい薫りは、炙られたキノコの幼菌のものであり、どうやら、このキノコは初期段階で調理すると、とても美味しくいただけるようだ、という、重大な情報を、一同は入手したのだ……! 「うきゅー♪」 一同は、キノコの周りを取り囲む。 「こいつは喰えそうだ。楽しみだな」 「どの大きさが一番美味しいのか、食べ比べてみましょうよ!」 剛太郎とソアが、建設的な打ち合わせに入る。 「うきゅ? 焼くー?」 フラーダきゅんは、わかった焼けばいいんだね焼いちゃおう! とシンプル思考である。 いきなり炎を浴びせたら、木に引火して樹海が火の海になるかもしんない? みたいなことは、なんとなーくわかる。 なら、直接そのキノコの温度を熱せられる温度まで急上昇させてしまえばいいんじゃないかな! 電子レンジみたく! フラーダきゅんの概念に「電子レンジ」というブツがあるかどうか知らぬが、こまけぇことはいいじゃない。だってこんなキノコ知識にないし〜、どの大きさが一番美味しいとか、焼き加減とかもまだわかんないし〜、仕方ないよね〜? ……と、そこらへんの微妙な獣竜ごころ(?)をキャッチしたハルたんは、 「森が燃えそうになったら、小さな雨雲を呼ぶから好きにして」 と、トラベルギアを分裂させ、幼菌を切り落とすためのスタンバイOKである。 竜たんは、 「剣で刈り取って、同時に火柱で焼いちゃいます。ブレスで直炙りすればお好みの焼き具合にできますよ」 と、加熱指導的なナニかを行った。 「うきゅ。わかった」 フラーダ は やきかげん を おぼえた。 * 「この小さい状態の時がいちばんでしたね」 いろんなサイズを食べ比べ、ソアは、美味しさマックスフェイバリットを特定した。 「鯨太刀は小さいのを斬るのにゃ向いてねえから、俺の抜け落ちた歯を加工したナイフで捌いてみるか」 ほどよく焼けた幼菌を、剛太郎は、食べやすい大きさに揃え、 「ちょうど、調味料は持ってきているんだよなこれが。醤油に黒こしょう、焼肉のたれに塩、ゆずこしょう……」 充実したあれこれを取り出し、並べた。本来は肉料理用に持ってきたのに、と思うと、やや、やるせなくはあるのだが、まあ、これはこれで美味しいので許す、という心意気である。 「ちょっと裂いて、お醤油に付けてからいただくとおいし~!」 竜が、うれしそうに頬張る。 「あ、悪かねぇ。つーか、これホントにキノコか?」 そのジューシーさは、肉に近い感触である。 「これなら、レタス巻いて喰ってもいけそうだな。……レタスはこの樹海のどこかにあったかな?」 「さっき収穫した中にありました。どうぞ」 ソアがにこにこしながら、背中の大箱の中から、葉物を取り出した。 「そういえば、わたしもお醤油持ってきたんです。よかった……」 焼き肉サンチュ巻きの要領で、ソアも、いくつか試食してみる。 「意外に美味しいわー! お土産の分まで食べてしまいそうで怖いわー!」 誰が一番食べられるか競争やぁー! と、有明はもぐもぐが止まらない。 「このキノコ、せっかくですから、いっぱい採って帰りましょう! ……持って帰れますよね?」 小首を傾げるソアに、 「焼いた状態なら、いいんじゃないかな?」 と、ハルシュタットが言う。 「炊き込みご飯にしてみたいなぁ。あと、この前教えてもらった、ぐら……、ぐら…ぐらてん?(註:ソアたんはグラタンと仰りたいようです)にも合うんじゃないかなぁって思います」 「ターミナルで栽培できないでしょうか? そうすれば、いつでもおいしいキノコが食べられるのに!」 もぐもぐ頬張りながら言う竜たんに、 「そうなんですよね。でも、わたし、キノコの育て方は詳しくなくて。どうすれば移せるのか、分からないんです」 ソアは、そっと肩を落とす。 「そうですか……。残念」 「すみません、農家失格ですよね……」 「あああああ、凹まないでくださいっ! ソアさんはステキですよ。焼いたのいっぱい持ち帰りましょう! そしてターミナルで研究しましょう! 今はたくさん食べちゃいましょう!」 「ところで、新種のキノコやったら、僕らで勝手に名前つけてええのん?」 有明が、もぐもぐしながら提案した。 「んーと、ぽふぽふ茸……。ロストキノコ……」 「こういう場合は、発見者の名前を付けるんじゃないでしょうか?」 竜が言い、 「よっしゃ! みんなでジャンケンやぁ!」 一同は、ジャンケン体勢に入る。 * その間。 ずっと。 ずーーっと。 ずーーーーっと、背後にスタンバってたのに。 なのに。 ああ、それなのに。 なっかなか一同に気づいてもらえないキノコ型ワームは、とりあえず、そこらへんを行ったり来たり、うろうろしていた。 ACT.2■野ばらのエチュード 皆さんは、ものっそ楽しそうにご歓談し、ものっそ美味しそうにキノコ料理に舌鼓を打っておられる。 キノコ型ワームは、それでも、待った。 きっといつかは自分に気づいてくれるだろうと。 そして、熱い戦闘シーンを繰り広げてくれるだろうと、辛抱強く、待った。 ……だが。 「これ、飲んでみる?」 果汁多めの果物で作ったミックスジュースを、ハルシュタットは皆にすすめた。 「水気がないから、こういうのも大事なんじゃないかなー」 「うきゅー! おいしー!」 焼きキノコをたらふく食べ、ついでに、ここに至るまでに見つけた果実なども、もぎっては食べていたフラーダは、お腹まんまるの口の周り果汁まみれ状態である。でも食べる。でも飲む。美味しいものに限界などない。 「ここって、本当、美味しそうな木の実や果物、いっぱいありますよね!」 このキノコにいたっては筆頭だが、見たことのない植物もたくさんあると、ソアは言う。どれが食べられて、どれが食べられないものであるかは、ソアにはなんとなくわかる。そのへんは野性の勘だ。 美味しかったものは、持ち帰りたい。そして、ターミナルの皆さんにも食べさせてあげたいのだと、ソアは微笑んだ。「突然現れた樹海なんて、なんだか怖そうだなぁって思ってましたけど、結構いいところみたいで安心しました」 「お父さんが山菜のクルミ和えが美味しいって言ってました。それを試したいんですけど、クルミの実ってどんなのかな?」 拾ってきた胡桃をいくつか、そこらへんの切り株の上に置き、竜は、石を落として割ろうとしている。 「僕、木の実と山菜も沢山とって、食わんかった分は母様と兄上殿のお土産にすんねん!」 有明も、お土産については意欲満々だ。 「僕は木の実が好きやなー、甘いのがええわ。でも体でかいから、木登ろうとすると枝が折れんねんなー……」 ひとのすがたでも木登りが苦手なのだと、有明は、ちらっ、ちらっと、ハルシュタットを見る。 「誰か得意なひと、とってくれへんかな〜?」 銀の尻尾をぱたぱたさせる有明に、誰が逆らえよう。 * まったくもって、超たのしそうに、秋の味覚パーティーは続いている。 このままでは振り向いてもらえそうにないと思ったかなんなんだか、キノコ型ワームは、積極的にアタックすることにした。 そこらへんに生えていた野ばらを、細い両腕でひょいとちぎっては、円陣になっている彼らの中心に、ぽいと投げこむ。 「これ、何でしょうか?」 竜たんがつまみあげた。 「野ばらのつぼみじゃない?」 ハルたんが答える。 「食べられます?」 「ちょっと無理かなー」 「じゃあ、いいです」 ぽい、と、竜たんは、野ばらを草むらに放りなげた。おおおお乙女乙女おとめーーー! 竜たんこのメンツのなかで唯一の乙女なんですよーーー! と、ターミナルの皆さん(どこから見てるの?)の絶叫も空しく、キノコ型ワームのアタックは闇から闇に葬られた。 しばし体育座りをしてたキノコ型ワームであったが、気を取り直し、あらためて攻勢に出た。 ひょこ。 両腕をそぉーーっと伸ばして、ちょいちょいと、剛太郎さんの肩を叩く。 「ん? 虫かな?」 剛太郎は振り向かず、ぺちっと叩いて終了。 ……無視された。 今度は、ソアたんに片腕を伸ばそうとしたとたん、無意識に動いた尻尾になぎ倒された。 ……。 もう、手段を選んではいられない。 キノコ型ワームは、両腕をひらひらさせながら、一同の前に踊り出る。 アラベスク(どうやって)。 イナバウアー。 四回転半空中ジャンプ。 「……めっちゃ動くキノコおる!?」 有明が目を見張る。 やっと……! やっと……! 嗚呼、やっと……! 苦節15分、やっと有明さんが気づいてくれたよ。 おめでとう、キノコワーム。 これでもう、ぼっちじゃないね。 ぼっちじゃなくなった瞬間、倒されるわけだけどね! * 「縦に裂けるきのこは倒せるきのこです!」 すんげー明快に、竜たんが断じる。 「腹ごなしに運動しながら帰りましょう!」 胞子や菌糸は炎で焼き、追い詰めながら斬っていき、焼き尽くすつもりのようだ。 「ブレスでエネルギーを消費するので、代わりにこいつを食べてやります!」 あ、いや、竜たん、ワーム食べられないからね? 「……うきゅう……」 ほら、フラーダたんが気づかずに齧りついて、ペッしてるし。 「邪魔で紛らわしいんだよおまえはっ!!」 剛太郎さんは、突撃飛行で食いちぎる方針に出ました! 「………生ゴミ以下な味だな」 もちろん、飲み込む前にすぐ吐き出しましたけれども。 最低最悪の味は、剛太郎のトラウマと述懐を呼び起こす。 元の世界で、「漁場」で取れる食材を使ったまかない鍋料理の調理依頼を、通りすがりの冒険屋に出したことがあった。 そうしたら、どこをどう間違ったのやら、できあがった鍋は生ゴミのような味だったのだ。 作り直してもらったものは絶品だったので事なきを得たが、剛太郎はあの生ゴミ味を忘れられない。 「えー、これも新種? 僕、そんなにキノコの名前思いつかへんわー。どないしよ」 などといってた有明は、これがワームという事実に、ふわふわの耳と尻尾をへにょりとさせる。 「これワーム? また食えへんの? ……がっかりや。食いもんの恨みっちゅーんは、こういうときに湧くもんなんやな……」 とりあえずは鳥に変化し……、とはいえ、耳と尻尾がはみ出ているのでアレだが、これはこれで、お好きなかたにはたまるまい。真上まで飛んで、次錘になって押し潰す作戦である。 「みんながんばれー」 基本、戦闘は皆さんに お ま か せ がスタンスのハルシュタットたんは、樹に登り、有明さんお土産用の果物収穫ついでに、またたびなどを味見したりなどしていた。 籠を魔法で空中に持ち上げては、収穫した実を次々に放り込んでいく。鉄の胃袋を活かし、味見・毒見と言う名のつまみ食いに余念がない。ちなみにハルたんは、壱番世界の猫とは違うんで、またたびを食してもほろ酔い程度である。……これ、ちょっと気に入ったらしい。 なお、収穫の片手間に戦闘補佐もやってくださった。 風を操り、ワームの胞子攻撃を掻き消す。 トラベルギアを大きくし、ワームの胴体と近くの大樹をまとめて輪の中に通し、一気に締め上げ、大樹の幹に縛り付ける。 「わわ、ワームですか!? わっ、わたし、戦いはちょっと……」 堅実なソアたんは、ご自身は戦闘向きではないと、思っておられる。 おられる。 おられる、わけだが。 「頭突きしてこの角で攻撃、ぐらいしかできそうにないです。皆さん、後は頼みます!」 ずどどどどどどどどーーーー!!!!!! 覚醒ソアたんにより、キノコ型ワームは昇天した。合掌。 ACT.3■傷だらけのローラ いちお、試しにと、キノコワームを齧ってみた有明さんは、そのまずさに辟易した。 「食いもんの恨みは怖いんやでーーーーー!!!」 「だなぁ。……あー、肉食いてぇよ……」 剛太郎さんも、トラウマの後遺症で、ちょっち肉モードにシフトしている。 「がるるるる!」 竜たんにいたっては、もー、ワームさんたちには、美食を求める乙女心をさんざん裏切られ続けてきたので、その反動で、ケルベロスさながらに火を噴出しつつある。 「カー!」 人語も解しませんよ状態で、動物性たんぱく質を求め、森を徘徊しはじめたときだった。 がさ、 がさり、 がさがさっ。 仔うさぎが三匹、顔をのぞかせた。それぞれ、白・黒・オレンジの毛並みを持ち、壱番世界の品種でいうならば、ネザーランドドワーフといったところか。 「うさぎやぁぁぁーーー!」 さっそく、有明が飛びかかる。 「きゃーーー」 銀狐の前脚に押さえられ、白うさぎが悲鳴を上げる。 「おっ、こいつは喰えそうだぞ」 「たすけてぇぇぇーー」 剛太郎が、黒うさぎの首根っこをとらえ、つまみあげた。 「がる、るるる! くかぁーーー!(註:動物性蛋白質を求めるあまり、竜たん制御不能)」 「ママぁぁぁーーーー!」 オレンジうさぎの耳を、竜たんががっしと握る。 「ちょっと待って。その子たち、見覚えがあるよ」 ハルシュタットは、するりと樹から降り、捕まえられてガクブルしている仔うさぎたちに近づいた。 「クリスタル・パレスに墜落したナレンシフの中にいた子たちだよね? 覚えやすい名前の」 「くすん。『らぁ』でーす」 「あうう。『りぃ』でーす」 「えーん。『るぅ』でーす」 仔うさぎたちは、口々に、ワームではないことを訴える。 と。 「なんだい、図書館のひとたちに遊んでもらってたのかい? やんちゃして、ひとさまにご迷惑かけるんじゃないよ」 今度は、身長160㎝ばかりの巨大なうさぎが、草むらをかきわけ、現れた。 純白の毛並みだが、目尻に濃い朱のラインがシャープに入った、どこか粋な雰囲気のうさぎである。その背には、ふわふわの身体には似つかわしくない、無骨なロケットランチャーが背負われていた。 「ん? この子らは、あんたの?」 即座に状況を把握した剛太郎が、黒うさぎを開放する。らぁは、ぴょんと飛んで、巨大うさぎにしがみついた。 「あーん、ママぁー! こわかったよぉー! 食べられるところだったよぉー!」 「勝手に子どもたちだけで樹海探索なんかするからじゃないかい」 巨大うさぎは、妖艶な視線を、剛太郎に投げる。 「すまないねぇ。このとおり、まだまだ遊びたいさかりで。危険だからママから離れちゃいけないよ、って、どんなに言って聞かせても、この始末さね」 「いや、こっちこそ、間違えて悪かったな。姐さんは、旅団のひとかい?」 「ああ。ローラって呼んどくれ。戦争のときは、ナラゴニアの避難所にいたんだけれどね。とりあえずこの子たちだけでも安全なところに逃がしたくて、ドンガッシュに預けたのさ」 「そうなんだ。この子たち、ママに会えたんだね。よかった」 ハルシュタットは、ローラを見上げる。 「あんときゃ、世話になったようだねぇ」 ローラは白い前脚を伸ばし、ハルシュタットの頭を撫でた。 ACT4■くちびるから媚薬 そんなこんなで、その場は、ローラ&らぁりぃるぅ親子を交えての、食事会と相成った。 ハルシュタットは、タケノコやサツマイモを探しあててきた。 剛太郎はそれを、焼きキノコや焼き栗とともに、うさぎ親子に勧める。 なかなか野性の血から解放されず、 「ちょっとだけ……、にく……、うま……」 と、ローラ姐さんの肩にかぷっと噛み付いた竜たんは、そのもふもふっぷりに、はっと我に返る。 「うっとり……」 やがて、はむはむ甘噛みになり、膝枕ですやすや眠ってしまった。 戦闘疲れが出たのか、ソアたんもうつらうつらしているし、フラーダきゅんにいたっては、こちら四匹めのお子さんですか状態で、仔うさぎたちとくっついて眠っている。 こっそりと……、 キノコ型ワームに化けて、皆を驚かせようと思った有明さんだったが。 それは、ほんの一瞬で、バレてしまった。 なにしろ、そのキノコからは、銀色のふっさりとした尻尾が、出ていたので。
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