オープニング

▼とある場所
 モフトピアはたくさんの不思議と遊びが詰まった、おもちゃの宝石箱のような世界。
 そんな幻想郷にある、大きな大きなとある浮遊島にて。
 深い森を進んださらに奥。地面にぽっかりと空いていた穴の先では、なんと広大な迷宮が広がっていたのです!
 島中のアニモフ住民は、これは面白そうと集まって皆で探険大会。一切れのパンにナイフ、ランプを大きな鞄に詰め込んで、スコップ片手に穴の中へ飛び込んでいきました。

 迷宮の中は、不思議と興奮が満ちた冒険の舞台でした。
 ヤケドするくらいに熱い溶岩が行く手を阻む、暗い洞窟。
 洞窟の中なのに、上も下も青い空が広がっている場所。
 土臭くて埃っぽく、古い遺跡染みた長い通路。
 海のように水だけで満たされた空間……。

 そんな不思議迷宮では、おいしい食べ物・貴重な食べ物だって存在していました。ふよふよ浮かぶしゃぼん玉の中で、綺麗においしそうに保存されているのです。果物やお菓子、ほかには調理済みの料理だってあります。
 だけど、探険隊の行く手を阻む、ヘンテコなトラップの数々に要注意。あからさまに設置してあるレバーを倒してはいけません。絶対に絶対に触ってはいけません。触ってはだめですよ。いいですか絶対ですよ!
 そんな感じで、危険もいっぱい。だけど、そこはたくさんのドキドキとロマンで満ち溢れているのです。
 危機を乗り越えた先に待つのは、モフトピア要素でいっぱいなお宝の数々。あなたが手にする宝は、一体どんな物なのでしょうか?

 あなたたち冒険者は、世界司書のエミリエに集められ、「モフトピアにおける文化調査の依頼(ようは思いっきり遊んできちゃって!)」という形で、今回の依頼を受けたのでした。

 さぁ、前人未到のメルヘン迷宮へ飛び込もう!

品目シナリオ 管理番号735
クリエイター夢望ここる(wuhs1584)
クリエイターコメント【シナリオ傾向キーワード】
冒険、アドベンチャー、ライト展開、コメディ、ほんわか、探索、迷宮、洞窟、遺跡、ちょっぴりサバイバル

【大まかなプレイング方針】
▼冒険者の皆が迷い込む迷宮……どんな場所?
▼おっきな宝箱……中身は何だろう?
▼あなたはどんな風に探索していくの?


【地下迷宮について】
▼とある浮遊島の地下に広がっている、メルヘン要素がいっぱいの巨大な空間です。迷路みたいに入り組んでいたり、変な罠が仕掛けてあったり、危険がいっぱいだったり、あるいは何もなかったり。モフトピアらしい要素でいっぱいの不思議空間なのです。
 どうやら、迷宮に入った人物の思考のクセを読み取って、それを迷宮として具現化しているようです。

【シナリオ概要】
 モフトピアにある地下迷宮を探索するシナリオです。
 より予測不能で面白いリプレイを執筆するため、プレイングには以下の事項を記していただきたいと思っています。

▼『迷い込む迷宮、どんな場所がありそう?』
 どんな場所で、どんな危険があって、どんな障害物やオブジェクトのある、どんな雰囲気の迷宮なのか――先に進めば出口があるのか、あるいは何かの拍子に出口が現れるのか――などなど。面白そう、可笑しそう、ヘンテコそう……ギミック、仕組みをいっぱいに詰め込んじゃってください。

 どのような迷宮を冒険するのかは、皆さんのアイディア次第です。提案型シナリオといったところでしょうか。
 平和でまったりで不思議な迷宮を提案するもよし。数々の障害や危険に満ち溢れたスリルな迷宮を提案するもよし。そこを冒険するのは、あなたかもしれませんし、あなた以外の誰かかもしれません。どのようなダンジョンが待ち受けているか、リプレイが返ってくるまで分からない――そんなドキドキをお楽しみください。

 ただ、どのような危険があったとしても、ここはモフトピア。致命的な怪我を負うことはありません。怪我もトラブルも、基本は全部コメディタッチ。ハンマーで殴られてもへこむだけです。火で焼かれても黒こげアフロになるだけです。崖から落下しても、上下逆さまに地面へ突き刺さるだけです。ご容赦をっ。

▼『皆が手に入れるお宝は?』
 どんな場所に設置されていて、あるいは隠されていて。どんな形をし、何か意味や役割や機能のあったりする道具なのか――などなど。けれども、あんまり特殊な力を持ったお宝だったりするとNGになるかもしれません。おみやげ的、置物的な品だったらとても安全圏かと思います。ちょっとしたお遊び道具、いたずら道具(煙もくもく玉手箱みたいなのとか)もいいかもですね。これもまた、手にするのはあなたかもしれませんし、あなた以外の誰かかもしれません。

▼『その他行動補足』
 シナリオの性質上、プレイングに記すのは上記「迷宮の提案部分」が多くなるかもしれず、その他の行動記述については文字数が圧迫されることが予想されます。
 そうなると、基本的には「WRにおまかせ」な感じになるかとは思いますので、「これだけはNGな行動、やってみたいアクション、大切な行動原理」など、要点を絞って書くといいかもしれません。が、強制でもありませんので、皆さんが書きやすい形式で一向に構いませんよぅ。


【補足】
▼モフトピアは、メルヘンチックでさえあれば、わりと何でも大丈夫そうな世界。迷宮としての統合性とか現実的にどーのこーのだとかは、あまり考えなくても大丈夫です。だってモフトピアですから!
 夢の中に出てきそう、童話や絵本にでてきそう、あるいはメルヘンなゲームに出てきそう。そんな雰囲気を重視できれば、きっと愉快な迷宮ができあがる……はずっ。

▼その他、わたしのWR特性につきましては「冒険旅行→ライター情報閲覧」といった手順でご参照ください。プレイングの参考にどうぞです。

▼今回は特に文字数の圧迫も顕著であるかとは思いますので、ちょっとしたプレイングのポイントなどを。
 例えば「落石があったらギアを使って破壊して仲間を守る」という具体的プレイングですと、落石があった時はピンポイントで活躍できますが、それ以外のシーンではキャラクターシート情報を参照して、WRの予測でキャラを描写されることになります。
 それとは違って「危険には恐れず積極的に立ち向かう」という抽象的プレイングですと、具体的な活躍シーンは予測不能で、どのような危機に自分のキャラが挑んでいくのか、完全にWRにおまかせということになります。
 どちらも一長一短です。結局は、各々の好みで書いちゃってださい! ということにはなるのですが(笑) いちおう、ちょっとした参考までに。


【挨拶】
 モフトピアの溶岩は、ヤケドで済むくらいの熱さ! 皆さま今日和、夢望いくるですー。ぺこ。
 いわゆる冒険・探険アドベンチャーです。モフトピアですがっ。
 今回のコンセプトは、『提案型』。皆さんの活躍する舞台の土台は皆さんのアイディアで構成され、それを元に私が書き上げていく……ような、ちょっとした共同作成のイメージです。皆さんが、皆さんの冒険する舞台を作っていく感じです。あなたのネタを、誰かが楽しんでくれる! そんな雰囲気。
 迷宮やプレイング方針に関しては、色々と難しく書いちゃってるかもなのですが、とにかく「モフトピアっぽさを楽しむ」というポイントさえ押さえていれば大丈夫かと思います。
「プレイングのノリと勢いでわりと気ままに動けて、泥だらけになって汚れても全部ひっくるめて楽しかったと笑い合える」ようなシナリオを作り上げられたらいいな、と思っています。
 素敵なダンジョンの提案と皆様のご参加、どきどきしながらお待ちしておりますっ。

参加者
日和坂 綾(crvw8100)コンダクター 女 17歳 燃える炎の赤ジャージ大学生
デュネイオリス(caev4122)ツーリスト 男 25歳 女神の守護竜兼喫茶店主
雪峰 時光(cwef6370)ツーリスト 男 21歳 サムライ
ツヴァイ(cytv1041)ツーリスト 男 19歳 皇子
春秋 冬夏(csry1755)コンダクター 女 16歳 学生(高1)
あれっ 一人多いぞ(cmvm6882)ツーリスト その他 100歳 あれっ一人多いぞ
朱里・シュリ・コタム・リト(cebh9541)ツーリスト 女 20歳 記憶喪失のため不明
シャルロッテ・長崎(ceub6221)ツーリスト 女 17歳 高校生
新井 理恵(chzf2350)ツーリスト 女 17歳 女子高校生写真部
バナー(cptd2674)ツーリスト 男 17歳 冒険者

ノベル

▼軽食の時間?
 そこは暗い洞窟だ。でこぼことした岩が隆起したり、あるいは地面がくぼんでおり、登ったり降りたりと上下の動きが激しい。
 そんな大地の裂け目からどくどくと溢れるのは、熱を持った橙色の液体。ややどろりとした粘りのあるそれは、溶岩だった。洞窟内は、溶岩のぼんやりとした明かりで照らされていて薄暗い。
 すぐそばで、ごぽごぽとゆっくり泡立っている溶岩。岩と岩の暗闇の隙間から噴出す蒸気。ここは生身の人間が足を踏み入れてよい場所ではなかった。溶岩の持つ熱は信じられないほどに高く、接触などすれば鉄も肉も溶かしてしまうのだから。

 でも、ここはモフトピア。命を脅かす危険はない。危険に見えるそれらも、ちょっとした刺激にしか過ぎないのだ。

「よーいしょっと……わわっ、あっつーい! 溶岩ちょっと顔に跳ねたぁ」

 ヤケドしないよう鍋掴みを装着した手でフライパンを持ち、それでモフトピア溶岩をすくいあげている少女は日和坂・綾(ひわさか・あや)だ。フライパンの中に入った溶岩をこぼさないよう、慎重かつ早い足取りで、仲間のもとに向かう。

「たっだいまー」
「綾ちゃん、おかえり~。溶岩スープ、取れた?」

 綾を笑顔で迎えた少女は、春秋・冬夏(はるあき・とうか)。綾から預かったキッチンナイフとタッパーを両手に持っている。ビターチョコの岩を削り、タッパーにつめていたところだった。

「えへへ、ちょっと途中でこぼしちゃったけど、大丈夫! そっちはどう?」
「うん、さっきは向こうでココア味した石を削ってたとこで、今はちょっとほろ苦い味のチョコを取ってるとこ~」
「む、日和坂、戻ったか。言われたとおり、パンは適当なサイズに切り分けておいたぞ」

 暗がりの向こうで脚を組んで座っていた、大きな大きなシルエット。肩幅も冬夏や綾の倍以上はある。そんな屈強な肉体を持つ彼は、デュネイオリスだ。黒っぽい鱗をした竜人のロストナンバーである。手にはナイフを持っており、それで綾の持ってきていたフランスパンを切って分けていたようだ。冬夏が持ってもやや小さめだったナイフを、身長が2mにも届く立派な体格をしたデュネイオリスが持っていると、サイズが合っていなくて何だかおもちゃのようにしか見えない。

「ありがとうございます! じゃあすみません、これ調理お願いできますか?」
「うむ、任せておけ」

 へこへこと頭を下げながら、綾は溶岩スープの入ったフライパンを渡す。デュネイオリスはそれを受け取ると、手持ちの道具や綾の持ってきた調味料を使い、手馴れた仕草でスープの味付けを始めた。彼は0世界にあるチェンバーで喫茶店を経営するマスターなのだ。得意分野こそ洋菓子類だが、それ以外のものもちょっとした料理であればお手の物。
 その傍で、冬夏が道具を渡したり調味料の計量を手伝ったりしている。冬夏も趣味でお菓子作りや料理をしているのだ。

「わ、すごいなぁ……どうやったらそんなにテキパキできるんだろ。いいなー2人とも」

 指をくわえつつ、2人の仕事を物欲しそうに眺めている綾であった。

「――ふむ。差し詰め、ミネストローネといったところか。水っぽさが足りぬ部分もあるからカレーのようにややドロドロとしているが、両者を足して2で割ったような感じだろう。味は良好だ」

 スプーンですくったスープを入れた小皿を傾けながら、デュネイオリスは納得の頷きをひとつ。
 そこへ、別の仲間たちが合流する。洞窟の凹凸を潜り抜けながら、2人の少女が奥の暗がりから戻ってきた。

「綾ちゃん、冬夏ちゃん、デュネイオリスさん、ただいまーっ」
「ただいま戻りましたわ」

 ぱたぱたと元気良く賭けてきたのは、新井・理恵。やや遅れて彼女の後ろをついて歩き、熱い洞窟内でも涼しげに髪をかきあげているシャルロッテ・長崎だ。

「ご苦労だったな。奥はどうなっていたのだ?」
「溶岩はなくなって、途中で温泉のようなものが湧き出ているようでしたわ。少し足場が濡れて滑りやすいので、少し注意は必要といったところかしら。でないと理恵みたいに転んでしまうでしょうね」
「ちょ、ちょっとシャルちゃん。別にみんなの前で言わなくてもいいじゃない」
「仲間に警告を促すのは必要なことでしょう?」

 頬をちょっぴり赤らめてぷんぷん抗議する理恵に、シャルロッテは悪びれた様子もなくさらりとしている。

「2人ともお疲れ様! とりあえず、一旦小休止といこうよ。デュネイオリスさんが、溶岩スープを味付けしてくれたの。皆で食べよう? あ、これフランスパン! スープにつけて食べてみてね」

 そう言いながら綾は、切り分けたパンを皆に手渡していく。受け皿は持ってきていなかったので、余っている大量のタッパーを皿が代わりにする。デュネイオリスが黙々とスープをよそって配っていく。

「あ、デュネイオリスさん。こっちもう一つ足らないんですけど」
「む、すまない」

 端から聞こえてきた声に、もうひとつスープを準備する。

「皆スープ、渡った? じゃあ、いただきまーすっ」

 綾がぱちんと手を合わせて、食前の挨拶をする。残りの4人もそれに合わせた。

「では、いただこうか」
「いっただっきまーす♪」
「いただくわ」
「いただきます~」
「おいしそうだなぁ。いただきます」

 綾も含めた6人がスープを口にする。溶岩スープの食感は、スープにしてはちょっと液体っぽくなくて不思議な感じがしたけれど、デュネイオリスが味付けしたこともあって、とても美味な一品に仕上がっていた。パンにつけて食べると、やや濃い目の味つけが、パンの甘さと絡み合って絶妙だった。

「皆で食べるとおいしいね」
「こうやって5人くらいで食べるのっていいよね」
「ん? スープは5人に配ったはずだが」
「? どういうこと、デュネイオリスさん?」
「自分を抜いて5人に配った、ということだ。そうなると、スープは全部で6つあるはずだろう」
「あれ? もともと6人じゃなかったっけ?」
「何を言ってるのですか、理恵。こちらのチームは全員で5人ですわよ」
「……あれ?」
「まぁ大丈夫だ。少しくらいなら余裕はあるからな」

 そうして、ちょっとしたお食事が始まって、きゃいきゃいと乙女のうららかな声が洞窟内に響き渡っていた。

▼逃げろ?
 洞窟を歩いていたはずが、雪峰・時光(ゆきみね・ときみつ)はなぜか薄暗くておどろおどろしい場所に迷い込んでいた。木造でできた大きな館のようだが、木は腐りかけ、廊下の端々には穴が開いている。そのわりに窓はぴしりと固く閉じられ、開けようにもびくともしない。一歩踏み出すたびに、気味の悪い湿り気を帯びた木製の廊下が、ぎししと軋む音がした。
 ばこっ。
 時光の頭上で、何か音がした。思わず振り仰ぐ。木で出来た天井の一部が、観音開きになってぽっかりと口を開けていた。そこから金属製の大きな桶――タライが落下してくる。戸惑うことなくトラベルギアの〝風斬〟を振り抜く。電光石火の太刀筋がタライをいとも簡単に両断した。

「~っ。また、つぶぁい殿でござるかっ」

 時光は落ち着きのある顔立ちをやや歪ませながら、翻って後方を鋭い視線を投げかけた。ちなみに、和風の世界からやってきた時光にとっては、ヴァの発音がやや言いにくいのである。
 その先で、びくぅと体をすくませた人物がいた。時光の後ろで、成人男性と同じくらいの大きさはある、あからさまな赤いレバー(「絶対に触らないで♪」と張り紙がしてある)を掴んでいる、一人の人物。ワイルドにカットしたぼさぼさ頭、へへへと苦笑を浮かべた表情。仲間のツヴァイだ。時光は手馴れたようすで刀を鞘に納めつつ、やや眉をしかめたままため息をついた。

「ですから、つべぁい殿。途中にある〝ればー〟や〝すいっち〟などは触らぬようにと、あれほど……」
「い、いや、でもよ! あからさまなレバーとかスイッチとかでも、触っちゃいけないって書いてあったら、つい触っちまうだろう?」

 身振り手振りを交えながら、必死に弁解するツヴァイ。時光はまたため息をつく。

「もふとぴあ……とは言え、ここでは何が起こるか分からぬ。もしかすると危険な罠も、中にはあるかもしれぬでござろう?」

 難しそうな表情をして、時光はぷいっと前に向き直る。そのまま歩き出し、ツヴァイが慌てて後に続く。

「拙者、つい勢いで参加をしてしまったでござる。刀を用いた立ち合いは得意であるが、探険となると不安も大きいのでござる」
「そうなのか。でもよ……聞いた話じゃ、ここの洞窟は中に入たヤツの考えを読み取って、トラップを作るって話だぜ」
「なんとっ……そ、そういう事を聞かされると、拙者……余計なことを考えてしまいそうで怖いでござる」
「はは。天下のお侍さんが何言ってんだよ」

 ぞっと青ざめた顔の時光を隣で覗き見て、ツヴァイはからからと陽気に笑った。

「――む?」
「ん? どうした時光?」
「何か、声が……」

 ふと時光が足を止めた。ツヴァイも釣られて立ち止まり、2人で耳をすませた。
 前方から聞こえてくる。叫び声のようでもあるし、愉快そうな笑い声にも聞こえる。それは段々と近づいてくる。聞き覚えのある声だ。
 そして同時に、どたばたとした慌しい足音も近づいてくる。
 暗闇の向こう、目を凝らす。何かが走ってくる。後方に何かの大軍を引き連れて、駆け込んでくる。先頭を走っているのは――別行動をしていた、仲間の朱里(しゅり)・シュリ・コタム・リト。そしてリス獣人のバナーだった。

「あはは! ほーら鬼さんこちら。捕まえられるもんなら、捕まえてみな!」
「ちょっと今にも捕まりそうだけどね」

 何だか楽しそうにしている朱里に対し、バナーはやや疲れた様子だ。彼らが後ろに引き連れている、というか彼らを追ってきているのは――幽霊たちだ。皆、大きく白い布を被ったような姿をしており、目や口は鋭く弧を描き歪んでいて、赤く怪しい輝きを放っている。彼らはふわふわと不安定に浮かび、風に巻かれる木の葉のように、ゆったりと、だが走るような速度で追いかけてきている。皆、体が半透明で向こう側の景色が透けて見える。
 そんな幽霊たち、2人の後ろに、いっぱい。いっぱい。半透明なはずなのに、あまりの数の多さに背景は白く染まっていた。

「お、時光にツヴァイかい! ほら、ぼさっとしてないでアンタたちも逃げるんだよ!」
「自分でレバー倒しておいて、何言ってるのさ……」

 バナーは、てててっと素早く廊下を駆けるが、口から洩れるため息は重かった。

「や、やべぇぜ時光! 早く逃げ――」

 あまりに暴力的な数の多さに、ケンカなら自信のあるツヴァイもさすがにたじろいだ。すぐさま駆け出そうと隣の時光を見やるが――あれ、いない。

「ふわぁぁぁぁぁっ!」

 時光は目尻から大粒の涙をこぼしつつ、それと脂汗をだらだらと流しつつ。青ざめ、引きつった顔で、もう逃げ出していた。普段の平静な雰囲気からは想像のできない、甲高い悲鳴を上げて逃げ出していた。

「拙者、お化けはっ、お化けだけはっ――ダメなのでござるよおぉぉぉおぉぉーっ!」

 そうして4人、ばたばたと幽霊たちから逃げる、逃げる、逃げる。
 いつの間にか、怪しげな館は抜け出していた。今度は石造りで埃っぽい通路を駆け抜けている。

 幽霊はもういない。ただ――

「わーりぃ、またやっちまった!」
「すまないね、こんなことになるとは思ってなくてさ! アハハッ」

 悪びれた様子もなく、快活に笑う2人はもちろん、ツヴァイと朱里。そんな彼らの後ろに続く、時光とバナーはちょっぴりけだるい表情だ。
 そんな一行の背後。巨大な岩が、ゴロンゴロンとけたたましい音を立てて転がってきている。4人を踏み潰してペシャンコにしようと襲い掛かってきている。丁寧に加工され積み上げられて作られた石の通路は、所々に亀裂が走り、ぱらぱらと破片を散らばらせていた。

「……バナー殿」
「なに?」
「拙者とおぬしは今回、苦労する立ち回りやもしれぬでござるな」
「……うん」

 時光とバナーは今回、主に巻き込まれ役を担うことになった自分たちの立場を、複雑な思いでかみ締めていた。

▼潜る?
 ミネストローネな溶岩洞窟の先を、シャルロッテと理恵の案内で進んだ一行。そこあった温泉に浸かっている。
 ただデュネイオリスは1人、その場から離れていた。周囲に何か危険がないとも限らないため、周辺の偵察をしているのだ。
 まぁうら若き乙女たち5人の間に、男で竜人の己がひとりいては、華やかでもないだろうと気遣ってのことなのだが。

「ん、違う。5人ではなくて4人か。何かここに来てから、数の認識が曖昧だな、気を引き締めねば――ともあれ、ゆるい世界で有名なモフトピアだ。危険はないと思うが、用心にこしたことはあるまい」

 デュネイオリスは腕を組んだままひとり、洞窟の奥に足を踏み入れていく。洞窟内なのに暗闇もなく、なぜか都合よく明るいのもモフトピアだからだろうか。
 そんなことを考えながら歩いていると、シャボン玉に包まれ、ふよふよと浮かんでいるお菓子が目に付いた。

「そういえばここに向かう途中で、日和坂たちがつまんでいたな」

 日和坂や冬夏が、とろけるような至福の表情で、おいしいおいしいと黄色い声を上げていた光景がよみがえる。
 デュネイオリスが、お菓子を包んでいるシャボン玉を指先の爪で軽くつつくと、膜は音もなく簡単に破けて、己の掌にショートケーキがてこんと乗った。
 食べてみる。

「……ふむ。クリームの滑らかさは上質だな。喫茶店メニューの参考にするか」

 ただ食べるのではなく料理人としての感覚を働かせ、そのおいしさの秘密を探ろうと、デュネイオリスは料理研究に打ち込んだ。

 †

 一方、その頃。
 綾、冬夏、シャルロッテ、理恵の4人は、デュネイオリスが周囲を護衛して回っているという安心感もあって、すっかり遊びに打ち込んでいた。

「綾ちゃん、どう?」
「ふふっ――こ、こすぐったいけど、こう変に気持ちいいとゆーか……きゃふっ、あははっ」

 履物を脱いで、4人の少女たちは温泉に足を漬けている。手ごろな岩に腰掛けて、履物は脱いで裸足になっている。ぱちゃぱちゃと温泉のお湯と戯れている。あたたかみを堪能している。
 今、綾の足元にはスライム状の、うねうねと動く不思議な生き物がいる。丸っこくて愛らしいつぶらな瞳があって、何だかプリンやゼリーのマスコットみたいだ。それが、綾の足首から下にまとわりついている。その隣でも、理恵がスライムによる洗浄に足を任せていた。このスライム、なんと体に付いた汚れを落としてくれるのだ。

「最初はモンスターか何かと思いましたが……まさか洗浄してくれるスライムとは驚きですわ」

 驚いたと言いながらも、表情はあっさりとしているシャルロッテ。大して興味もなさそうに、綾の足を洗浄スライムがいっしょーけんめーに掃除していくのを眺めている。スライムが洗浄のために身を揺らすたび、ゼリーのような体がぷるぷると弾力もありそうに躍る。

「シャルちゃんもやればいいのに。こすぐったいけど、気持ちいいよ?」
 
 理恵が相棒のシャルロッテに言う。

「別に必要ありませんわ」
「あ、じゃあ私が洗ってあげよっか? ごしごしーって」
「結構ですわ、子どもじゃあるまいし」
「あはっ。2人とも、仲がいいんだね」

 そんな2人のやり取りを見て、綾は微笑ましそうに顔を綻ばせた。

「ねぇねぇ! みんなこっちに来てーっ」

 ひとり、その場を離れて他にどんな温泉があるかを探してした冬夏が、岩場の向こうから声をあげた。何か面白いものを見つけたよと言いたげに、弾んだ声音だった。

 †

 乙女たちは温泉から上がり、その頃にはデュネイオリスも戻ってきた。その際、冬夏に「デュネイオリスさん、ほっぺにクリームついてますよ~」なんて言われて、ちょっとした笑いもあって。
 今、少女4人はひとつの大きな池の前にいる。池の大きさは直径で10mほど。その一角で、4人は興味深そうに水面へ視線を落としている。
 しばらくして、ぼこぼこと水面に小さく泡が浮き上がってきて、デュネイオリスが顔を覗かせた。

「デュネイオリスさん、どうでした? 本当でしょ?」

 冬夏がわくわくと体を揺り動かしながら言った。デュネイオリスは器用に泳いで岸辺に上がると、体に付いた水滴を気にしながら答えた。

「うむ。確かにここの水の中では、呼吸も必要なしに潜れるようだ。水圧もないし、深く潜っても大丈夫なようだな。しかも――」

 デュネイオリスは、水に濡れた己の体に視線を落としている。4人もそれにつられて、デュネイオリスの精悍な体つきに目をやる。水でしっかりと濡れていたはずが、しばしすると服や肌についていた水はあっという間に無くなっていた。服も肌も濡れていない。水の中に入る前と一緒だ。

「まぁ、ご覧の通りだ。それはつまり――」
「このまま潜っても問題なしってことだよねっ。じゃあ早速、武闘派女子高生・ひわさかあやっ! 2番手いっきまーす!」

 デュネイオリスの解説を遮り、待ちきれないと言った様子で綾が飛び出し、池の中へと盛大に飛び込んだ。派手な水しぶきが上がって、一瞬だけ小さな虹ができた。

「私が最初に見つけたんだから、綾ちゃん本当は3番手だよーっ」

 戯れ半分に口を尖らせ、冬夏も続いて池の中へ。

「……で、なんで服を脱いでるんですの? 理恵」
「えへへ、下に水着きてきたのー♪ 水に濡れないって言っても、やっぱり潜るなら水着のほうがいいじゃないっ。えへへ。シャルちゃん、わたし似合――わっ、わっ!」

 理恵はウェストフリルの付いた、赤いビキニ姿になった。その場で華麗にくるんと回ってみせ――ようとして、足を滑らせる。池にじゃぼーんと落っこちた。

「足場が濡れていると言ったでしょう。やれやれ、まったく」

 あきれた様子でふんとため息をつくシャルロッテだが、友人の後に続いて彼女もまた水の中へ潜っていく。

「若さと元気が溢れんばかり、というやつか」

 下に水着を着用していたとは言え、徐に着替え始めた理恵を気遣い、すぐさま黙って奥へ引っ込んでいたデュネイオリスは紳士である。
 彼は潜ることはせず、4人の乙女たちの帰還を落ち着いた様子で待っていた。

▼ぺしゃんこ&青い空?
 遺跡のような通路で転がる岩石に襲われて、次に到着したのは洋風の館だった。壁や床は、白く艶のある石でできている。下には赤い絨毯が引かれている。天井からは豪奢なシャンデリアが吊るされている。他にも、壁にはアニモフの描かれた絵画があったり、鎧を着用したアニモフを模った(かたどった)人形がずらりと並んでいたりする。

「お、あそこだけ何か壁の色が濃いぜ! 絶対に罠があるに違いないな!」

 トラップがあると分かって、なぜかツヴァイは面白そうにその壁へ近づいていった。ぺたぺたと無用心に壁を触る。

「つ、つばい殿、やはりあまりに無用心すぎるのも考えものでは、ござらんか……?」

 相変わらず、ヴァの発音がちょっと言いづらそうだ。時光はツヴァイの様子を見守りつつ、不安の影が差す表情で周囲に目を配っている。
 ツヴァイは時光の言葉は聞きつつも、壁を触って怪しいところが無いかを探っている。

「だって、ここ来る前に押したスイッチ、チョコが降ってきただろ? やっぱ中には当たりもあるんだって!」
「しかし、そう都合よくあるものでござろうか」
「大丈夫、大丈夫! モフトピアなんだから気楽に行こうぜ――っと、ここが怪しい。ここかっ」

 ツヴァイが壁に当てた手へ、強く体重をかける。がこ、と壁の一部が小さな正方形のかたちに沈んだ。

 次の瞬間、ツヴァイの真上の天井が、ぱかっと開いたかと思えば、瞬きも許さぬ速度で黒光りする巨大な鉄の塊がズドンと落下した。

「……」

 声をかける暇もなかった。時光はぽかんとした様子でその塊を見やる。塊は大きく、その下にいるであろうツヴァイの姿は完全に隠れて見えない。
 しばらく待っても、ツヴァイからは反応が無い。ただの屍になってしまったのか。
 時光は手にしていたトラベルギア〝風斬〟に手をそえると、目に見えぬ電光石火のごとし速さで獲物を抜き、同時に塊を斬りつけた。
 ――何も起きない。
 少しの間をおいた後、時光は刀をゆっくり鞘へと納めた。完全に刀が納められた瞬間、『17t』と書かれたその黒い塊は、細切れになって吹き飛んだ。埃が盛大に舞う。

「げふげふっ――つぶぁい殿、つばい殿! ご無事であれば返事をなされよ!」

 咳き込みながら、くずとなった塊の破片を掻き分けて、仲間を探す。
 ふと指先に触れた奇妙な感触があって、それをつまんで引き抜いてみた。
 紙みたいに薄くつぶれた、ツヴァイの姿がそこにあった。塊につぶされた際にぶつけたのか、顔全体が真っ赤だ。痛いらしく、ほろほろと泣いている。何だか涙も薄く引き延ばされている。

「……よう、時光。俺、生きてる?」
「お、おそらくは……」

 力ないツヴァイの言葉に、時光は戸惑いがちに返すしかなかった。

 †

 一方、朱里とバナーは前述の2人とははぐれ、別の場所にいた。
 というのも、遺跡の通路で岩石に追われた際、朱里とバナーの2人は落とし穴にはまって、違う場所へと運ばれてしまったから。
 埃っぽく傾斜がやたらと急で、気持ち悪くなるほどにカーブの多かった落とし穴を、2人はごろごろと滑っていく。
 そして穴から放り出された先は――

「お、いい眺めだねぇ」
「あ、あれ? 空――って、下も空っ!」

 朱里の穏やかなつぶやきの後、バナーは声を張り上げた。
 一面に広がる青空は爽やかな風が吹いていて気持ちよいのだが、着地できる場所が無いとなれば話は別だ。以前にモフトピアへ行ったときに使った、あの空飛ぶ星型の乗り物でもあれば。あるいは己に飛行能力でもあればよかったのだが、残念なことにそのどれもがない。
 朱里も同じだ。2人は空を落下していくしかなかった。

「うわわわわぁーっ!」
「ちぃ。こいつはヤバいねっ!」

 恨めしそうに顔を歪ませる朱里。その横で懸命に手足を動かすが、変わらず落下したままのバナー。

(モフトピアで行方不明になった、だなんて、そんな馬鹿な話があるもんかい! あたしゃ、こんなところで終わったりはしないんだ。まだ私は何も取り戻しちゃいないんだ――!)

 朱里は覚醒と同時に記憶を失った。それを取り戻すこともなく冒険は早々と幕引き――冗談ではないと、彼女は強くあらがった。
 その想いがあってか、彼女は能力のひとつを無意識に使っていた。全身に刻まれた入れ墨のうち、背に描かれた紋様が光を放つ。そこから、羽毛に包まれた鳥のような翼が顕現した。己の全身を包めるくらいに大きな翼を羽ばたかせると、隣で落下中だったバナーの体を両手でつかみ、青空へと舞い上がっていく。

「わ――すごいね、朱里さん! キミって飛べたんだ?」
「みたい、だねぇ。これが私の能力? なんだ……あたしゃ、どしたんだ?」

 朱里本人も、何が起きたのかよく分かっていないようだ。目をぱちくりとさせながら、やや動揺の表情を浮かべて飛んでいる。しかし、体が飛び方を覚えているらしく、飛行そのものは安定していた。

「――ま、そんなことはどうでもいいか」
「気にしないんだ? 自分のこと、自分でも分かってなさそうな感じなのに。気にならないの?」
「気にならないって言っちゃ、ウソにはなるがね――そのうち分かってくるだろうさ。いま考えてたって仕方無いさね」
「あはは。面白いひと」
「ほんと、自分でもおかしいくらいだよ。あっはっはっ」

 2人、笑いながら空を翔る。
 しばらく飛ぶと雲の上に扉があるのを見つけ、朱里はそこへと身を滑らせていった。

「あの扉が出口みたいだね。あそこに向かうよ!」
「……おいらの気のせい? 何か扉が2つに見える」

 朱里の手で抱えられながら、バナーは目をごしごしとこすった。

「何とぼけてんだい。どう見ても1つじゃないか」
「2つあった気がしたんだけど……ううん、まぁモフトピアだしね」

 深く気にしないことにした2人であった。

▼アイス?
 綾と冬夏、理恵とシャルロッテの4人は池の中へと潜り込んだ。
 海といえばブルーインブルーではあるが、そことは違って危険もないし、呼吸も水圧も気にかける必要がないのは、モフトピアならではと言ったところだろう。
 池の中は想像以上の深さがあり、奥には洞窟のような通路もあって、奥へと入り込めるつくりになっていた。宝石の原石が岩の隙間から顔を覗かせており、それが不定期に明滅して水の中を煌びやかに彩っている。夢の中に入り込んだように、幻想的な空間。
 そして、それに導かれるようにして、4人は思いっきり、完全安全な水中遊泳を楽しんだ。

 だがその結果、一部のメンバーがはぐれてしまったようだ。
 水中洞窟を泳ぐ3人の姿がある。シャルロッテと理恵、そして綾だ。
 気が付けば入り組んだ通路に翻弄され、もとの場所に戻るルートを忘れてしまったのだ。そろそろ陸に上がろうということを、水中にてジェスチャーで意思疎通。3人はとにかく泳いで、早く水から上がろうとしていた。
 狭い水中の回廊を抜けた先が吹き抜けになっていた。上方に広がる水面をようやく見つけて、3人は視線を交わしあい、こくりと頷く。
 そして――

「ぷっは! あーやっと出られたぁ」
「わふっ――綾ちゃん、大丈夫だった? シャルちゃんはー?」
「ふは――はぁ。少し泳ぎ疲れましたわ。まずは岸に向かいましょう」

 水面から勢い良く顔を出した3人。頷きあい、のろのろと岸まで泳ぎ陸に上がる。しばらくして、服と肌についていた水はすぐに消失し、遊泳する前の状態に戻った。

「……いざ陸にあがっちゃうと、一人だけ水着ってちょっと恥ずかしいかも」

 女の子同士であるとは言え、気恥ずかしそうに肌を腕で隠す理恵。綾が「大丈夫、大丈夫っ。それに理恵ちゃんのそれ、すっごく可愛いし問題ないよ」とフォローしてあげていた。
 シャルロッテはそんな2人のやり取りを視界の隅に置きながら、周囲に目をやった。
 洞窟ではあるようだが、ごつごつした岩場の向こうに、優しい白の輝きを持って周囲を照らす、荘厳な宮殿が見えた。

「理恵、綾。あれをご覧なさい」
「わ、すごい! 洞窟の中にお城がある!」
「宝石みたい!」

 3人はその美しさに目を奪われて、足早にそこへ向かっていった。
 遠目からは水晶やアメジストに見えた宮殿は、なんとシャーベット状のアイスでできているようだった。真っ先に柱をかじって味見した綾が、それを確認した。
 白く濁った石英のようなアイスで作られている通路を、並んで歩いていく。足元には、もくもくとドライアイスのような白煙が漂っており、どこか全体の空気も涼しげだった。
 理恵はちょっぴり寒そうに体を抱いた。そこへシャルロッテが無造作に上着を放り投げる。理恵ははにかんで「ありがと、シャルちゃん」と言うと、彼女の腕にぴょんとしがみついた。
 そうして先に進んでいくと、奥には見上げるほどに大きな扉がそびえていた。これもまた同じアイスでできている。左右には、人が数十人は並んで歩けそうなくらいの、広くて天井も高い通路が続いていて、奥は暗くて見えなかった。

「この扉から出られるのかな? シャルちゃん」
「そうですわね、理恵……でも押しても引いてもびくともしませんわ。……日和坂さんは、すみっこで何を?」
「あ、うん。このアイスの柱、少し持って帰りたいなーって。他のお菓子とかの保冷剤にもなりそうだしっ」

 近くのアイスの柱とにらめっこし、何とか一部だけでもお持ち帰りはできないものかと、綾は腕を組んで唸る。荷物は置いてきてしまったので、今は手持ちの道具がない。ナイフでもあれば話は別だったのだが……こうなったらトラベルギアを使って蹴飛ばし、少し削ってしまおうか。
 なんてちょっぴり物騒なことを考えていると、通路の暗がりの奥から、空気を揺るがす低い唸り声が響いてくる。ずん、ずんと大きな足音が近づいてくる。3人は咄嗟に身構える。
 やがて姿を現したのは、デュネイオリスよりも大きく、無骨な人型をしたアイスゴーレムだった。身長は5mほどはあるだろうか。横にも大きく、肩幅や胸板も立派で、巨大さを強調している。全身が宝石のごとく輝く氷でできているに見えた。城の素材と同じようにも見えた。

「何者です!」

 シャルロッテが怖気づくこともなく、勇敢に声を張り上げる。
 ゴーレムは、厳かな声音で3人を見下ろしながら言った。

「我は、この宮殿の出口の守護者である。この扉を開けたいのなら、私を食べ切ることだ!」
「へ?」

 あ、戦うとかじゃないんだ。3人はほっと安堵した。肩の力を抜いた。

「えっと、あなたを食べちゃえばいいのっ? ぜんぶ!」

 綾はあご先に立てた指をあてがいながら、楽しそうに問いかける。ゴーレムは腰に両手をあて、偉そうに胸を張る。

「そうだ! 私の身体は冷たいソーダ味のアイスでできている。我を食べ尽くすことで、扉は開く。……今まで誰にも食べ切ってもらえず、皆はあきらめ、来た道を戻っていったがな」

 ゴーレムはため息をついて、肩を落とした。荘厳で立派な声音に、何だかほのかに哀愁が混ざった。

「そんなわけだから、おまえたちは我を食べてゆくがよい。あぁもちろん食べきれねーよと引き返してもらっても構わない。そうさ、別に食べてほしいと思ってるわけじゃない! 別に食べてほしいと思ってるわけじゃない。別にいいんだ別に」

 特に何か言ったわけでもないのに、なぜかゴーレムは勝手にふて腐れはじめた。
 3人は顔を見合わせる。綾は、にかっと快活に笑った。理恵はこくんと弾むように頷いた。シャルロッテはやれやれと涼しげに肩をすくめた。

「仕方ないっ。武闘派女子高生、ここは一肌脱いであげちゃおう!」
「理恵、甘いもの大好き! 頑張って食べてあげる!」
「まぁ、仕方ありませんわね」

 こうして3人、アイスゴーレムの体を端っこから食べていくことにした。
 ……しばらくして。

「あったま、いったーい……」
「さーむいー。シャルちゃん……」
「うぅ……私も限界ですわ、さすがに」

 3人は苦しそうに膝をついていた。
 でも努力の甲斐もあって、アイスゴーレムの巨躯は何とかあと一口というところまでに減っていた。
 頭は食べられないらしく、床に置いてある。ゴーレムの頭は「もう一息だ!」と3人を懸命に応援している。

「「「こ、これでラスト……っ!」」」

 3人が同時に、あと一口分のアイスを放り込み、そして飲み込んだ。
 アイスゴーレムの、宝石のような頭部に亀裂が走り、割れた。その中には扉の鍵があった。

「やった、これで出れる!」
「理恵、あったかいもの飲みたい……」
「もう、しばらくアイスは遠慮しますわ」

 3人それぞれの、つぶやき。ともあれ、部屋を出ようと鍵を手に取った。
 すると、鍵に何か薄くて平べったい、木の棒がくっついていた。それ見てみると、木製のところに赤い文字で「あたり」と記してある。それを確認すると同時、城全体に祝福の鐘の音ががらーんがらーんと反響する。

「……」

 目が点になった3人の、いやな予感は的中した。
 左右に広がっていた通路の、もう片方の方から。同じ姿のアイスゴーレムが、軽やかにスキップしながらやってきたのだ。

「おめでとーございまぁす! 当たりが出たのでもう一本! というかもう一体! あ、私は先ほどのゴーレムの弟です。どうもー」

 弟はちょっと軽いテンションだ。ごつごつとした氷の腕をひらひらと軽やかに振った。
 3人は、再び現れたアイスゴーレムをぽかんと見上げて。

「甘いものの申し子、理恵。あとは任せます」
「ふぇーん、さすがに無理だよぅ」
「武闘派女子高生も、これ以上はちょっと……」

 苦笑いをするしかない、そんな3人のもとに。ぱたぱたと走り寄ってくる足音が3つ。あ、気のせいだった。2つ。
 デュネイオリスと冬夏だった。理恵の私服や綾の荷物などの私物を抱えて、2人がやってきた。

「綾ちゃん、理恵ちゃん、シャルちゃん、やっと見つけたーっ」
「こんなに深くまで進んでいるとは思わなかったぞ……って、こやつは何者だ」

 駆けつけた仲間たちを見て、3人の表情に希望の光が差し込む。

「て、天からの助けっ。お願い助けて冬夏ちゃん!」
「ど、どうしたの皆っ。寒そうに震えて、鼻水たらしてーっ」

 冬夏がわたわたと慌てる。とりあえず水着姿で寒そうなので、冬夏は理恵に持ってきた彼女の私服を渡した。

「デュネイオリスさん、このおっきいの、食べちゃってください!」
「もう私たちは限界ですわ……」

 綾がぶんぶんと腕を振りながら、偉そうにふんぞり返るゴーレムを指差す。シャルロッテは口許を押さえ、覇気もなくつぶやいた。

「……冬夏、お前はどれくらいいけそうだ?」
「甘いものは好きだけど……こんなにたくさんは、ちょっと自信ないかなぁ」
「ということは、大半は私が何とかするしかないか。仕方あるまい」

 ということで、先ほどまでの3人は応援にまわり、デュネイオリスと冬夏がアイスゴーレムを攻略することになった。
 大半はデュネイオリスが頑張って平らげたようだが、冬夏も充分に奮闘した様子。そして一行は、アイスで冷えた体を震わせながら、扉の奥に進んでいく。

▼見つけた?
「おー、いい眺めっ」
「清清しいでござるな」

 ツヴァイと時光が次なる扉を開けた先に広がっていたのは、広大な草原だった。一面が目に優しい緑でいっぱいである。所々に小さな花も咲いている。上は青空が広がっており、雲が流れている。時折吹き付けるそよ風が心地よい。穏やかな空気に包まれている。
 そんな景色の向こう。古びた西洋風の城らしきものがそびえていた。城壁には緑が侵食しているのが遠めにも見える。尖塔の一部なども欠けており、遺跡のようであった。

「お、じゃあ次はあそこに行こうぜ!」

 言うなり、ツヴァイは草原を駆け出した。にししと白い歯を出して面白そうに笑っている。まるで子どものようだ。時光がやや遅れて着いてゆく。

「……つばい殿。とりあえず手当たり次第に、何かと触ったりいじったりするのは……もう少し自重する気はござらんか?」
「えー、なんでだよ。せっかくの危険皆無なモフトピア世界なんだぜ! いじるだけいじって楽しまなきゃ損だろ」
「う、うむ。遊び心もまた大事やもしれぬが……枯茶(からちゃ)色をした甘味が降ってきて、その波に潰されそうになったり。武器を振り回す骸骨(がいこつ)の大軍に追いかけられたりするのは、もうこりごりでござるよ」
「からちゃ色? ……あぁ、チョコレートのことか。それにガイコツって言ったって、アニモフがその模様の着ぐるみ着てるみたいなモンだっただろ」
「そ、それでも拙者はダメなのだ! 魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類だけは、ダメなのでござる……!」

 ぞぞぞと身震いする己を腕で抱きながら、時光は顔面を蒼白にする。ツヴァイはそれを見て、くつくつと肩を揺らし笑った。

 †

 時光とツヴァイが向かっている廃れたお城。その中に、朱里とバナーは既にいた。
 ひと気もない寂れた城の中は、草木が侵食を始めていて、多くが自然の中に埋もれていた。壁に飾られた絵画は色あせて、何が描いてあったかは分からない。武器を抱えた鎧人形は、本来は扉の両端に立って守護者のごとく立っていたのであろうが、バラバラに崩れて床に転がっていた。絨毯や壁も他の調度品も、赤茶けて酸化していた。
 それでも、どこか大きな植物庭園のような作りになっているこのお城は、日がよく差し込む作りになっていて、薄暗さや気味の悪さは微塵もなかった。
 そうした城の奥、吹き抜けとなって中庭みたいな空間が広がる場所に、朱里とバナーはいる。彼らは中庭の中央にあった、小さなほこらのような場所にいる。
 そこから何度も、外へ中へと出入りしている。2人は協力して、棺のように大きな宝箱を運び出している。華美な装飾が施されていたようだが、今は色あせてしまっていた。そうした宝箱が、ほこらの外に並べられている。

「これで最後かね……ういしょっと」
「ひー、重かった」

 宝箱は縦長だったり横長だったり、手で運べるくらい小さかったり、2人でも持てないくらいに重かったり(仕方なく引きずってきた)、たくさんの種類があった。

「いくつもあった宝の地図から、謎を解いて本物だけを見つけろ! なんて仕掛けがあるとはね」
「そうだねー。やたら頭をひねったし、かと思えば宝箱、こんなにあるなんて思わなかったし。体も疲れちゃった……」

 どさっと2人は手ごろな瓦礫に腰掛け、うなだれるようにため息をつく。でもその表情は、何かをやり遂げた満足感で輝いていた。

「ふぅ……。で、そういえばさ、朱里さん」
「なんだい?」
「こんなに宝箱見つけたはいいけど。鍵、なくない?」
「そうかい、何かないと思ってたら、それだったかい。あははっ」

 ぺちんと己の額を叩いて、愉快そうに朱里は笑う。バナーは微妙な表情で苦笑するだけだ。
 だがそこに、ザッと足を踏み鳴らし、姿を現した人影があった。バナーと朱里はそちらへ顔を向けた。

「……鍵ならあるぜ!」

 腕を組み、にやりと不敵な笑みを浮かべて立っていた人物は、仲間のツヴァイだった。その後ろには時光の姿もある。
 ただ。
 2人とも、全身が汚れている。ほこりまみれで、服の端々も黒くこげている。髪の毛などは、先端からちりちりと煙が出てすすけている。
 さらには、肩や背中などにはコミカルなくらいに槍とか太いトゲが刺さっている。まるでハリネズミのようだ。あと、顔も何だか殴られたように腫れて赤くなっている。特にツヴァイの腫れ具合はひどく、ほっぺたが膨らんでもとの顔があまり分からなくなっていた。ひりひりして痛そうである。目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「え、えっと。時光さんに……ツ、ツヴァイさん?」
「ちょ、なんだいなんだい2人とも! そんなに面白い顔してっ――あっはっは」

 バナーはたらーんと額から大きな汗を一筋たらしつつ、ツヴァイと時光に近寄っていく。ツヴァイはどこか満足げに微笑んでいるようだが、時光はおよよと疲れたような表情で涙を流している。朱里は2人、特にツヴァイの満身創痍なヘンテコ顔を見て、かっかっと大きく息を漏らして笑った。

「この通りだ、姐さん、バナー! 俺は財宝の鍵をゲットしてきたぜ!」
「……代償として、壁から飛び出してきた握りこぶしに殴られ、吹き飛んだ先に鋭いトゲが連なる池に落ち、痛みに飛び上がって脱出したかと思えば、踏んだ床が爆発したり、安心したところをトゲのついた槌(つち)で殴られ……散々だったでござる」

 自慢げに鍵を掲げるツヴァイと、しくしく泣き続ける時光。とりあえずバナーは2人の肩をぽんぽんと叩き、特に時光には「おつかれさま」と励ましの言葉を送った。

 †

 ツヴァイと時光が体を張って入手した財宝の鍵、それがとある宝箱の鍵を解除した。重い蓋を何とかどかし、4人はその中を覗き込む。
 目の当たりにしたその中身に、4人は歓声を上げるわけでも、目を輝かせわけでもなかった。神妙な面持ちで表情を固まらせていた。

「……なぁ、これってさ」
「……うん」
「どう見ても……アレだろうねぇ」
「宝箱ではなく、棺だったということで……ござるか」

 4人が見下ろす、大きな宝箱の中身。そこには、王妃らしき豪奢な服に身を包み、胸の前で祈るように指を絡ませている、獣人アニモフの姿があった。まだ子どものようにも見える。姫アニモフの身体は、水晶のように綺麗な宝石の中にある。彼女は安らかな面持ちをして眠っていた。息もせず眠っていた。
 よく見れば水晶の表面には、「いとしき ひめ このなかで くちることなく しずかに ねむる」と記されている。

「つまり、ここはお姫様のお墓だったってことか。この迷宮全部が」

 終始明るく冗談ばかり飛ばしていたツヴァイも、切なそうに目を細め、そっとつぶやいた。

「こんな面白おかしい迷宮を作ったんだ……生きてる頃は、さぞかしお転婆なお姫様だったんだろうねぇ」

 朱里は穏やかに口許を緩めつつ、周囲を見渡した。

「水晶の中のお姫様、かぁ。こうして綺麗に残しておきたいくらい、愛されてたんだねぇ」

 水晶や棺のつくりや精巧さは、機械類の製作技術を持つバナーから見ても、感嘆するくらいに素晴らしい出来だった。この埋葬にこめた想いが伝わってくるような気がした。

「愛しき姫、でござるか」

 姫と言う単語は、時光の心の奥に隠れている過去へ、ちくりと針のように突き刺さる。世界も違うとはいえ、同じ「姫」であるこのアニモフを見下ろす時光の眼差しは、どこか懐かしげであり、寂しそうでもあった。

「きっと他の宝も、この姫様のために傍に置いたものなんだろうさ。ここはそっとしてあげておくべきじゃないかい?」

 朱里の提案に、皆は頷いた。引っ張り出してきたたくさんの宝箱を、ほこらの中に戻そうと一行は動き出す。

 と、そこで。
 姫アニモフの眠る水晶が、かたかたと小刻みに揺れ始めた。それを見るや否や、まばゆい輝きを放って、ぱぁんと水晶は砕け散る。
 驚きの視線を投げかける4人の前で、姫アニモフは機敏な動作で棺から身を起こす。棺を土台にすくっと立ち上がり、4人を見下ろす。そしていつの間にか手にしていたベルを鳴らしながら、明るく叫んだ。

「あなた方が一等賞です! おめでとぉーございまぁーす!」

 がらんがらーん。鳴り響くベルの響きが城全体にこだまする。
 すると、まったくひと気を感じなかったお城の端々から、のそっとアニモフたちが出てくる。何人も、何人も。みな、笛や太鼓や旗を持っている。
 姫アニモフがしゅぴっと指揮棒を取り出して高らかに振ると、アニモフたちが煌びやかな音楽を演奏し始めた。高台から顔を覗かせるアニモフは、上から紙吹雪を撒いて、風にのせて散らせ始める。

「……な、なんだこりゃ」
「え? 一等賞? ゴールイン、ってこと?」
「こ、こいつぁ驚いたねぇ」
「な、なんと……これは一体」

 ツヴァイ、バナー、朱里、時光。それぞれのつぶやきを口から漏らす。共通しているのは、先ほどまでのしんみりした気持ちが、今のパレードのように賑やかな場の空気に、追いつかないことだった。

「というか、お姫様……その中で何してたの?」

 つい、バナーが口にする。姫アニモフは、機嫌も良さそうに元気良く、体と指揮棒を踊るようにふりながら、快活に答えた。

「非業の死をとげて遺跡に眠る水晶の中のお姫様――っていう設定で、〝死体ごっこ〟をしてたのよっ!」
「なんだそりゃー!」

 思わずツヴァイが突っ込みを入れる。
 朱里は「ほんとにお転婆なお姫様だったようだねぇ」と言いながら、面白そうに肩をすくめた。
 時光はぽかんとしていたが、やがて柔らかく口許を笑ませて「これは一本取られたでござるな」とつぶやいた。
 そういえば、ここはモフトピアなのだ。危険もなく、緩やかに時が進むメルヘンな世界なのだ。

▼合流!
「なんというか……モフトピアらしい、のだろうな」

 時光、ツヴァイ、朱里、バナーからここで起きた話を聞いて、デュネイオリスは腕を組みながら気難しそうにそう答えた。

 4人が城で姫アニモフ(死体ごっこ中だった)を見つけてパレードに巻き込まれていると、やや遅れて綾、冬夏、シャルロッテ、理恵、デュネイオリスの5人がこの城に辿りついた。何だかお祭り騒ぎな光景を見て、唖然としていた5人だが、何だか面白そうだし、奥に行ったら仲間たちもいたしということで、そこへ便乗した。
 それで今は、冬夏や綾の提案もあって「皆でお弁当食べよう!」ということになり、アニモフも混ざって皆でわいわい食事中。宴会場みたいな盛り上がりで、お城はにぎやかさに包まれている。

「はい、旅人さん! どちらかお好きなほうを選んでくださいね!」

 姫アニモフが家来に運ばせた宝箱は、3つ――あ、1つは手違いだったみたい。本当は2つ。片方はやたら大きく、もう一方はやたら小さい。
 時光は小さい箱を選んだ。手の上に乗るくらいの小さなもので、そっと蓋を開けると水晶の塊が入っていた。姫アニモフが死体ごっこで使っていたものと同じようで、とても透明度が高く美しい品だ。加工してアクセサリーにもできそうだ、と時光は思った。
 綾は元気良く「じゃあ、私はおっきなほう!」とよくばり宣言し、箱を開けた。すると勢い良く、舌を出して愉快な表情をした作り物のアニモフが、バネに揺られてびょーんと飛び出してきた。綾は驚き尻餅をつく。舌にはハズレと書かれていた。

 理恵は、姫アニモフから一輪の花をもらった。この花が出す蜜は、美容にとても効くということらしい。味も甘くておいしく、ついストローでちゅうちゅうと吸ってしまう。
 シャルロッテは、宝物としてもらった水晶ドクロを手で弄びながら、淡々と「美容に良くても、飲みすぎで太っては意味がありませんわよ」と突っ込みを入れる。理恵はがぁんとショックな顔をして、おずおずと飲むのをやめた。

 朱里とバナーは、お城にあった難解な仕掛けを解いたということもあり、さらに複雑な問題にチャレンジしていた。周囲にアニモフたちの人だかりができて、興味深深に2人の様子をうかがっている。2人は宝箱の前で、あーでもない、こーでもないと頭を悩ませながらも、ついに答えを見出し、鍵を開けることに成功。あたたかい拍手と歓声が2人に贈られた。
 バナーは、羊アニモフのキーホルダーをもらった。なぜか一年分あげるという話になって、両手に持ちきれないくらいたくさんゲットすることになる。
 朱里は、宝石の中に花のつぼみを閉じ込めた置物をもらった。話によれば、持ち主の心に応じて彩りが変わり、花開くという。「綺麗じゃないか」とうっとりした眼差しで、朱里はその宝物を眺めた。

 ツヴァイは、今一番欲しいお菓子を出してくれる魔法の鏡をもらって、たらふくお菓子を食べていた。
 だがこの鏡、欲をかきすぎると想像とは逆の味の、まずいお菓子を出現させてしまうのだ。そんな注意を左から右へ聞き流していたツヴァイは、甘そうなケーキを口にした瞬間、顔と唇を真っ赤にし、「からぁぁぁぁぁい」と叫びながら口から火を噴いて転げまわった。

 †

「くすくす。みんな楽しそう」

 冬夏はそうした仲間たちの戯れを遠巻きに眺めつつ、すみっこに腰掛けてお茶をすすっている。その横には冬夏の倍の巨体であるデュネイオリスも並んでおり、シュールなコントラストができあがっていた。

「ツヴァイさんのたまご焼き、分けてもらったけど……おいしい」
「シンプルに見えて、実は細かいところで技術と経験が必要になるからな。奥が深い。――うむ、だがしかし中々の味だ」
「参考にしよっと……あれ? 2人できちんと分けっこしてたのに、一つ余っちゃいましたね」

 そんな感じで料理談義。趣味や仕事を料理にしている、2人ならではの会話かもしれない。

「それにしても、綾ちゃんや理恵ちゃん、シャルちゃんに合流するまでは、大変でしたよね」
「マグマの上のつり橋から、落ちてしまったからな。あれは私の体重が重すぎたせいもあるのだろう……すまんことをした」
「あはは、いいんですよ。下でマグマ温泉につかってたアニモフとも、仲良くなれましたし」

 気にしないで、と言った様子でひらひらと手を振る冬夏。そうして、今まで通ってきた迷宮の話に華を咲かせる。
 しばらくすると、他の仲間たちもやってきてその話題に乗っかってくる。

「で、お侍さん。アンタよく見たらいい男だねぇ」
「な、何を言ってるのでござるか、朱里殿っ。か、顔も近いでござる」
「うふふふ。固いこと言いなさんな」

 お酒が入った影響なのか、ほんのりと顔を紅に染めた朱里が、時光にでれんと寄りかかろうとする。照れ屋で素直な時光は、顔をぼふっと真っ赤にし、その対応に困っている。

「あはは、時光さんかわいーっ」
「朱里さん、今はあんなに酔ってるけど、仲間とはぐれたときはすごくお世話になったんだよね。上下左右から迫ってくる雲に押しつぶされそうになったりした時は、あそこは僕ひとりじゃ無理だったなぁ――あ、冬夏くんって料理上手なんだね。これおいしいや、タコのウインナー」
「ほんと? 嬉しいなっ。よければたくさん食べてね」

 2人のやり取りを眺めつつ、冬夏とバナーはお弁当をつまむ。
 でも、バナーがかりかりと細かくかじるように食事をしている姿を見て、冬夏は「こーゆーところは、普通のリスにそっくりなんだなぁ」なんてしみじみ思っていたりもした。

▼その後!
「そういえば、綾ちゃん」
「ん? なーに?」

 リュックの中身を整理している綾に、冬夏はおずおずと近づいた。綾は今回の探険で、あらゆるお菓子や料理をタッパーに詰め込んでいた。おかげで、今日のために準備したリュックもパンパンに膨らんでいる。
 と、綾は新しいタッパーを取り出して立ち上がる。
 
「冬夏ぁ~、あっち行こうよあっち! すっごく綺麗な青色の、池みたいなところがあるんだって!」
「わ、そうなの?」
「おいしい飲み物かもっ。青だからこう……ブルーハワイと私は予想しちゃうね。ちょっと飲みにいかない?」

 うきうきと腕を振りながら綾は提案する。冬夏は自分のお腹に手を添えて、ちょっと難しそうな表情をした。

「わたし、もうお腹いっぱいかなぁ。綾ちゃんはまだ大丈夫なの?」
「この日のために、しばらくお菓子とか自重してたの。お菓子尽くしなココを、めーいっぱいに楽しみたいからねっ!」

 にぱっと朗らかに綾は笑う。

「でも、無理はさせられないもんね。分かった、冬夏はゆっくりしてて?」
「ごめんね、綾ちゃん」
「気にしない、気にしない! えっと、他に大丈夫そうなひと――あ、理恵ちゃんとシャルロッテちゃんはー? どう、一緒に行かない?」

 額の上に手をかざして、きょろきょろと喧騒の中を探す。目が合った2人に声をかけた。
 理恵はちょっと頬を赤らめて、甘えるようにシャルロッテにもたれかかっている。シャルロッテは少し億劫げに眉をしかめているが、その背中をぽんぽんと叩いてあげていた。

「あぁ、申し訳ないですわ、綾さん。ちょっと理恵が間違ってお酒を飲んでしまったようなので……」
「そうだよぉ~。私はぁー。シャルちゃんからぁ、離りぇなーいっ。うふふ」

 ぎゅむーと相棒の腕にしがみつき、頬を摺り寄せる理恵。綾は、ふふふと小さく笑うながら、仕草で了承の意を伝えた。

「というと、他には……」
「お、綾、丁度いいところに!」
「ねぇ、いま暇? まだ動ける?」

 仲間を求めて、宴会場みたいに盛り上がっているアニモフたちの隙間を潜り抜けていると、ツヴァイが近づいてきた。横にはバナーも着いてきている。

「うん。暇といえば暇だよ。向こうにある青い池が、どんなジュースの味してるか見に行こうとはしてたけど」
「それなら好都合だ。なんとも、その池に水を送ってる、でっかい川があるみたいでさ。そこの川くだりに行くヤツを探してたんだ!」
「池のジュース、って言ったら変な感じだけど……味見だったら嫌ってくらいできると思うよ! 一緒に行かない? その先には紅茶の湧き出る泉に、星の光を閉じ込めた宝石でできたお城もあるんだってさ」

 興奮冷めぬといった様子で、鼻息も荒くツヴァイとバナーが話す。
 なんだか面白そうだ。綾は弾むように首を縦に振った。

「さっんせーっ! 皆で行っちゃおうっ」

 拳をぐっと元気よく上げて、高らかに宣言する。

「よっしゃ、そうと決まれば早速行くぜ! バナー、ボートでもイカダでも、アニモフたちから借りてきてくれ!」
「了解、任せてよ」
「あ、じゃあ私も行くーっ!」

 バナーと綾は、アニモフの案内を受けてどたばたと川の方向へと駆けて行く。

「っと、できればもう一人いると丁度いいんだが……あ、時光! 一緒に行かねぇか?」

 朱里が時光へ一方的にずいずい接近し、それから彼がそそくさと逃げる感じで、2人はお酒を傾けているようだった。ツヴァイからそんな提案があると、時光の苦笑がちな表情に明るさが差し込んだ。

「おぉ、天からの助け……! もちろん、拙者も同行いたそう」
「なんだい、あんたが行くってんならぁ……どっこいしょ、あたしも行くよ……おおっとぅ」

 すかさず腰を上げて逃亡を図る時光に続き、朱里も立ち上がろうとする。だが酒が回ってしまっているのか、足元がおぼつかない。風で煽られる木の葉のように、ふららふらと定まらない進行方向。アニモフにつまづいて倒れそうになったところを、デュネイオリスが咄嗟にその体を支えた。

「さすがに飲みすぎだろう。そんな状態で川下りでは、あの世にある川まで一気に下ってしまうぞ」
「ふるへっふー」
「まぁ、面倒は私が見よう。2人は気にせず行くがいい」
「さんきゅ、恩に着るぜ竜人さんよ!」
「かたじけない、デュネイオリス殿」

 ツヴァイがしゅたっと手をあげてそれに答え、時光は申し訳なさそうに頭を垂れる。そして2人は、綾とバナーが向かった先へと続いていった。その背中を見送りながら、デュネイオリスは口の端を緩める。

「あれだけ遊んで、ここで飲み食いもし、その後もまた遊びに打ち込むとは……愉快な連中だ」

 まさにモフトピアを観光するには、打ってつけのメンバーであったのかもしれない。

「ともあれ、まずはどこか横になれそうな場所に運ぶか……朱里、しっかりしろ」
「おえっぷ……あたしゃ、こんなことで負けないよ……うぐぇ」
「あ、デュネイオリスさーん。酔いに効く何かって、作れたりしませんかー?」

 足元をふらつかせて、生まれたての小鹿みたいになっている朱里を運んでいると、冬夏がぱたぱたと駆けてくる。

「どうした、冬夏」
「うん。理恵ちゃんお酒に酔っちゃってるから、何か酔いを止めるのに効く料理とか、デュネイオリスさん知らないかなって思って。――あ、朱里さんも大丈夫?」
「だいじょぶらーっ――うおぁ」

 デュネイオリスに支えられながら、回らない舌を動かして、朱里はぶんぶんと腕を振り上げた。それが自分にダメージとなったらしく、思わず口許を押さえる。

「レシピなら頭に入っている。そうだな、アニモフたちに頼めば、素材はたぶん集まるだろう」
「じゃあ、アニモフさんたちにお願いしてみますね。――シャルちゃーん、ちょっとお願いがあるんだけどーっ」
「すぐに行きますわ――理恵、ちょっと離しなさい」
「だーめーなーのーっ。にゅふふ」

 相変わらず相棒にべったりな理恵は、幸せそうに顔を綻ばせていた。

 ともあれ、仲間のうち4人は姫アニモフの案内で川下りに向かい、モフトピア迷宮のさらなる奥地へと向かっていく。
 お城の中庭に残った5人は、仲間同士でお世話をし合う。

 そんな感じで、彼らのモフトピア探険は、ゆるーい感じでもうちょっとだけ続いたのでありました。

<おしまい>

クリエイターコメント 5人参加のシナリオを2つやるなら、10人参加のシナリオを1つやってみた方が(OPを考えたりする都合上)時間がかからないかも? なんて思って、10人参加シナリオを募集してみました。
 当初は半分くらい埋まればいいなーというくらいだったのですけれど。皆様からのご参加もあって、抽選も行う結果となったようです。ご参加、ありがとうございます!

 そんなわけで10人シナリオです。
 ……プレイングをまとめるのが大変でした!(笑)
 でもでも、続々と集まってくるプレイングを見るたび、すっごくどきどきわくわくしていましたっ。あ、こんな切り口でくるなんて、すてきーとか。これもいいなーとか。これはああやったら良いネタになるかもーとか。そんなの、いっぱい。

 書き上げるのは大変だったのですけれど、とっても楽しかったですっ! あと背後的な都合上、ほとんど〆切直前になっちゃいましたね。お届けが遅くなってしまって、申し訳ありませんでしたっ……(汗

 できればまたいつか、もっと大人数での募集をかけてみたいですー、と野望語りつつ。
 そこまで需要があるシナリオ、考え付くかどうかが課題ではあるのですががが。

 皆さんにとって楽しい物語に仕上がっていれば、嬉しく思いますです。
 夢望いくるでしたっ。ぺこり。
公開日時2010-08-05(木) 17:10

 

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