オープニング

 
 ゼロ世界マッドサイエンテイスト協会――略してZMAのレンタルショップの地下2Fに、レンタルショップの店員坂上健が夜なべをして作った会場があった。
 これから皆で鑑賞する予定の特撮ビデオに出てくる司令室をプロジェクションマッピングによって再現したのだ。片隅にコスプレイヤーレイヤーと名付けられた3Dプリンタが置かれている。画像データを登録することで簡単にコスプレ衣装が出現するという代物だ。ただし、原材料はカーボンファイバーオンリー。一話を見てみんなで着ちゃおうという算段だ。
 とにもかくにも、その会場にロストレイザーで意気投合した面々が集っていた。
 プロジェクタースクリーンの前に立ち、特撮大鑑賞会の主催者である健が列席者に向けて挨拶を始める。
「あー、あー、ただいまマイクのテスト中」
 とお決まりのマイクテストの後。
「えー、本日はお日柄も宜しく…」
「ターミナルには気候変動ないよね?」
 すかさず入ったユーウォンのツッコミに思わず健が口ごもる。すると。
『おぉ~っと、そりゃ、おいらのセリフだぁ~!』
 ある時は世界司書、またある時はZMAの会長、その正体はレンタルショップZMAの店長、なアドルフ・ヴェルナーの、その頭上に乗る赤と青のストライプのお仕着せに赤の蝶ネクタイを付けたウサギのフォログラムが軽快な口調で言った。アドルフが作った発明品の一つ、頭に乗せるだけで思考をあることないこと勝手に垂れ流すシャベラビットだ。
 彼が口ごもった健の代わりに場をしきろうと自己主張を始めた時、待ちきれない様子でヴィンセント・コールが割って入った。
「そんなことより早く第1話のセットを。一晩で全話見るなら時間が足りません」
 キリリと眉尻をあげて指摘すると、英国紳士然とした男はその風貌らしからぬ態で第一話のビデオを掲げて見せた。早く早く、とキラキラの目で主催者たる健を急かしている。
 だが、そんな彼の出鼻をくじくようにジューンがトレーをサイドテーブルに置いて皆に声をかけた。
「お茶菓子はケーキよりもサンドイッチが良かったでしょうか」
 テキパキと皆にお茶を配る。
『彼女がお茶を用意している間、俺様のトークが必要だよなぁ!』
 またシャベラビットが喋り出した。
「大丈夫だ、必要ない。もう、始めるぞ」
 健がトークの止まらなさそうなシャベラビットを慌てて止めてビデオをセットする。
「飽きたら店内見学だよー」
 バナーが言った。レンタルショップにはアドルフの怪しげな発明品が並んでいるのだ。
『おお! そりゃいいなぁ! どんどんレンタルしていけぇ~!!』
 シャベラビットの言にレンタルショップ店員の健は頷きながら明かりを消した。
 プロジェクターのスイッチをオンにする。



 チャラッチャッチャッチャ~♪



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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
坂上 健(czzp3547)
ユーウォン(cxtf9831)
ヴィンセント・コール(cups1688)
ジューン(cbhx5705)
バナー(cptd2674)
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品目企画シナリオ 管理番号3067
クリエイターあきよしこう(wwus4965)
クリエイターコメントこんにちは。あきよしこうです
レンタルショップZMAへようこそ

無事、生還出来ることを祈りつつ(?)
楽しいプレイングをお待ちしております

参加者
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
バナー(cptd2674)ツーリスト 男 17歳 冒険者
ジューン(cbhx5705)ツーリスト その他 24歳 乳母
ヴィンセント・コール(cups1688)コンダクター 男 32歳 代理人(エージェント)兼秘書。
ユーウォン(cxtf9831)ツーリスト 男 40歳 運び屋(お届け屋)

ノベル

 
「くっ…もうダメだ…」
 くたびれたダークグレーのスーツに身を包み、出社時には綺麗にそろえられていたであろう七三の髪を今はすだれのようにして、すっかりくたびれてしまった男がお誕生日デスクに今にも突っ伏しそうな勢いでしかし自らを鼓舞するように拳を叩きつけた。何かに抗うように苦しげに歪めた顔を何度も横に振りながら、一方でもう間に合わないと絶望を繰り返す。

 ▲

「コンプライアンスフェアリーに捕まったようだな…」
 健がぽつりと呟いた。
「コンプライアンスフェアリー?」
 バナーがおうむ返すと健は「ああ」と頷いた。
 “彼ら”はサービス残業をしている。コンプライアンス=法令遵守フェアリーとは、彼らのサービス残業をやめさせようとする究極の敵であった。簡単に言えば。
「睡魔のことだ」
 健は神妙な面もちでそう告げた。
「サービス残業って何? しちゃダメなの?」とユーウォンが尋ねると「後で説明しましょう」とヴィンセントが微笑んだ。

 ▼

「まだ、時間はあります!」
 濃紺に白の細いストライプの入ったスーツをソツなく着こなした女性が男の元に駆け寄って元気づけるように言った。長い髪を振り乱すことなくバレッタで後ろに一つにまとめた化粧映えのする美人であったが、目元の疲労感はどうしようもない。
 男の前の席でキーボードを叩いていた黒縁メガネの陰気な男が窓を振り返った。隣のビルはとっくに暗くなっている。時計を見れば既に午前様だ。
 プレゼンは明日の朝8時半。
 本当に間に合うのか? だが、確かにここで諦めたら永遠に間に合わないことが決定してしまう。
「頑張りましょう、主任」
 黒縁メガネの男の隣席に座っていた最近入社したばかりなのだろう若い男が、励ますように言った。しかし、主任と呼ばれた男はこの世の終わりみたいな目をチラとそちらに向けただけだ。
 その時だった。
 彼らの島から少し離れた場所で黙々と書類に目を通していたロマンスグレーの男が敢然と立ち上がった。夜の窓を背に部屋の明かりをキランとそのメガネに反射させながら。
「こうなったら、電脳時空を発動しよう」
「ワダツミ課長!!」


 ▲

 この辺りで、ユーウォンが再び“?”と首を傾げて隣にいたヴィンセントを振り返った。画面の方では「説明しよう、電脳時空とは~」などとナレーションが始まっていたのだが、ヴィンセントはバナーの自分も教えて欲しいと自分を見やる視線に気づいて、敢えてナレーションには促さず補足を交えながらも簡単に説明した。
「電脳時空というのは、電脳世界に作られたバーチャル空間のことでそこにダイブすることで具現化された“課題”と戦えるのです。たとえば、今回の場合は明日の朝に行われるプレゼンですね」
 そうして彼は二人の視線を目の前の大型スクリーンへと目配せする。
 ユーウォンとバナーもそちらを振り返る。
 そこでは――。

 ▼

 タブレット端末に手を翳す5人の戦う企業戦士。
 ワダツミ司令の「電脳時空発動!」という号令とともに5人が電脳時空にダイブする。くたびれたスーツは煌めく光の中で戦闘スーツへと転じ。
「シャインズ・レッド!!」
 とポーズを決める時には、赤を基調に黒と白と金のラインの入った機能的スーツに変化していた。

 ▲

「おお!!」
 と、なんとはなしに鑑賞者の口から感嘆が漏れる。
 5人の企業戦士が何故だかビルの谷間でポーズをとった。それに対峙するように、タワーほどもある巨大な怪物――プレゼンティが仁王立ちしている。プロジェクタースクリーンのような頭に顔が映り、ティラノザウルスを思わせる形に書類を束ねたような体の怪物だ。
 明日のプレゼンの大きさを物語るようだ…とヴィンセントが呟いた。
 何故こんなオフィス街なのか、といえば、その巨大さがどれほどのものかわかり易く描くためという事らしいが、バナーとユーウォンにはよくわからなかった。
 とにもかくにも。

 ▼

 人気の全くないビル街で戦闘が始まった。ビルを叩き壊しながら動くプレゼンティにシャインズマン達はどう立ち向かうというのか。
「企画書パーンチ!!」
 シャインズレッドが右ストレートを放つ。しかしプレゼンティには蚊に刺されたほどにも気を留めていない。続けて企画書キックや企画書アローなどといった攻撃が、ピンク、イエロー、ブルー、グリーンから次々と放たれたが、どれも大した成果も得られないまま、5人は瞬く間に返り討ちにされていった。
 もう、ダメなのか!?

 ▲

 ――もうダメなの!?
 物語に入り込んでいるユーウォンは手に汗握り、喉の渇きをおぼえてタンブラーへ手を伸ばした。目は画面に釘付けなので、それが誰のものか気づかぬ風だ。
 あらすじを事前に把握していたジューンは、皆のおやつの減り具合チェックにも余念がない。ユーウォンのお留守になった手に気づいて手早くタンブラーを入れ替える。ユーウォンは気づいた風もなく自分のタンブラーを手に取ってごくりと中身を喉の奥へと流し込んだ。

 ▼

 誰もが絶望に彩られた時。ワダツミ司令の声が5人に届いた。
「今こそ、あれを使うときだ!」
 その声に5人は立ち上がると互いの右手を重ね合った。
「よし、行くぞ!」
 5人の右手に漲る力は光となって具現化し巨大化していく。レッドがバズーカー砲のようなものを肩に担いだ。そこに光の中に現出した弾が装填される。

 ▲

 あの大砲は何? どこから出したの? 光の弾?
 次々に溢れだす疑問にヴィンセントの懇切丁寧な説明が加えられていく。

 ▼

 5人は唱和した。
「ただざぁぁぁぁぁぁん!! アタァ~~~~~ッッックゥゥゥ~~~~~!!!」
 光がプレゼンティ襲う。光に包まれプレゼンティ大破。書類は飛び散りそこに書かれていた文字が列をなしてデータを作り上げていく。
 電脳時空から戻ってくると窓の外には黎明。 
 かくて、プレゼン用データは完成したのだった。
 画面いっぱいに喜びを露わにするシャインズマンたち。
 こうして一つの驚異は去った。しかしこの先も企業ブラックはノルマリティ、ノルマリティ改といったモンスターを次々に送り込み、シャインズマンらを疲弊させ組織力にものを言わせて追い詰めていくのだろう。
 そんな企業ブラックに立ち向かい続けるシャインズマンの明日はどっちか!?
 【End】の文字にエンドロール。オープニングとは打って変わった静かなエンディングテーマに今週のハイライトがダイジェストで流れ次回予告へ。

 ▲

「次、どうなるの? 企業ブラックって何、何?」
 興奮気味にユーウォンが尋ねる。予告を見て、次の展開が気になったらしい。ドキワクと目を輝かせていた。
「それを先に言ったら楽しみが半減してしまうだろ」
 健が肩を竦めて苦笑いをしている。
「どうしてただ残アタックを最初に使わないの?」
 バナーが尋ねた。
「それは4話にちゃんと理由が出てきますから、それまでお待ちください」
 ヴィンセントが笑みを返す。
「でもあんまりヒーローっぽくない?」
 バナーが言った。敵が悪っぽく見えなかったせいだ。
「これは導入ですから。最終的にこの作品は、シャインズマンと企業ブラックとコンプライアンスフェアリーとの三つ巴になりますよ」
 そういえば予告でも言っていたことを思い出す。企業ブラック、如何にも悪どそうな名前にバナーは納得したように頷いた。
「やっぱりヒーローはそういうのと戦わないとねー」
「もう少し話が進めば更にこの作品の良さがわかっていただけると思います」
 あわよくばこちらの世界に引きずり込もうとヴィンセントが虎視眈々とバナーらの反応をチェックしている。
「早く次も見ようよ」
 ユーウォンが急かした。
「いやいや、まあ待て。せっかく一話も見終わったことだし、ここらでこれを使わないか?」
 健が皆の関心を“これ”へ向ける。コスプレイヤーレイヤー。
「あ、それ、使ってみたい!!」
 ユーウォンが先陣をきる。
「博士の発明品だよね。おもしろそー」
 それにバナーが続いた。
「そうですね」
 ヴィンセントは控えめに頷いたが、にやけた頬をどうすることも出来ないらしい。
「誰、やりたい?」
 健が端末を叩きながら尋ねる。
「はーい! おれ、ワダツミ司令やるー!」
 ユーウォンが言った。
「!?」
 ヴィンセントが突然膝からくずおれた。
 それに気づかぬ態でバナーが続いた。
「じゃぁ、ぼくは企業ブラックだよー」
 まだ1話には出ていないが予告にチラリと映った、漆黒を基調に金と銀をあしらったコスチュームに身を包み哄笑するその姿が気に入ったらしい。
「どうしました?」
 ジューンが気づいてヴィンセントの顔をのぞき込む。
「あ、いえ…」
 ヴィンセントは慌てて取り繕うように立ち上がると、ひきつった笑顔を作ってこう答えた。
「てっきり全員でシャインズマンが5人揃うのかと…↓」
「そうでしたか…」
 ジューンは気の毒そうにヴィンセントを見返した。
 実はヴィンセントがワダツミ司令をやりたかったとは神ならぬジューンには気づく術もなく。
「わたくしはピンクで」
 と紅一点ジューンが健に告げる。
 健は頷きながらアドルフを振り返った。
「博士は企業ブラックのマッドクリエーターでいいよな?」
「うむ」
 頷くアドルフに。
「え? なになに? それ」
 ユーウォンが聞き捨てならぬと顔を出す。
「ああ、まだ出てなかったか」
「彼の初出は第2話ですからね」
 どうにか表向きは立ち直ったかに見えるヴィンセントが言った。
「へぇー。じゃぁ、後で着替えてもいいの?」
「おう! いくらでも着替えられるぜ」
 健が請け負うと、それまで絶望を虚栄で誤魔化していたヴィンセントが一瞬にして復活した。それまで死んだ魚みたいな目をしていたのが嘘のように今は生き生きとした顔になっている。
「では、私はブルーで」
 にこにこにしながらヴィンセントが言った。
「じゃぁ、俺はレッドにするか…じゃ、ユーウォンからな」
 健がカプセルの中へとユーウォンを促す。緑の輝線がユーウォンの体型をスキャンした。この3Dプリンターがただのプリンターではなくコスプレ用たるのは、インプットしたコスチュームデータを着用者の体型に合わせてカスタマイズしアウトプットしてくれる点にある。
 しかもインナー姿でカプセルに入れば出るときには衣装を着て出てこられる。それは3分にも満たない時間であった。
 カプセルから出てきたユーウォンの姿に、ヴィンセントは思わず顔の下半分を手で覆い隠した。萌の前に血がたぎるのを感じる。あまりのクオリティの高さに危うく鼻血を吹き出すところだったのだ。ティッシュはどこだ。
 ワダツミ司令は平社員からたたき上げの課長である。社員達の気持ちがよくわかった中間管理職であった。物語の終盤では、企業ブラックとの狭間で苦しい立場を貫くことになる人物だ。その哀愁が司令の衣装の背中の皺から滲んでいた。
「わぁー、すごい、すごい! こんなの初めて着た」
 鏡で自分の姿を見たユーウォンが飛び上がって喜んでいる。秘密基地風のこの上映会場だけでも十分にテンションの上がっていたユーウォンは更にテンションを跳ね上げ課長デスクに座った。
「電脳時空…発動!!」
 なんて真似ている。健が用意した部屋がシャインズマンの世界を完璧に再現している分、気分はもうワダツミ司令であった。
 次はバナーの番だ。ユーウォンのコスプレ姿を見て期待が高まる。
 翻る黒のマント、金糸のフェニックスを思わせる刺繍。カーボンファイバー製とは思えないほど重厚感のある衣装に目を奪われる。
「思ったより合ったー」
 鏡を見ながらバナーがホッとしたように言った。最初は興味本位程度のものであったが、じわじわとハマりつつあるのか顔が綻んでいた。
「なんか決め言葉とか決めポーズないのー?」
 まだちゃんとした形で登場していないキャラに興味津々だ。
「もちろん、ありますよ」
 ヴィンセントが答える。
 そうこうしている間にジューンがピンクに身を包みコピー機から出てきた。凛としてクールな彼女のキャラがジューンに似合っている。
 バナーとユーウォンが教えてもらった決めポーズを一緒にとり、それをヴィンセントが写真に収めていると、ブラッククリエーターに身を包んだアドルフが出てきた。白衣が黒く染まっただけのように見えなくもなくて、シャベラビットが不満を垂れ流していたが、アドルフ本人は満足しているように見えるということは、シャベラビットの性能に問題があるということだろうか。
 それはさておき、続いてヴィンセントがブルーの衣装を身に纏い、やっぱりヒーローは赤だよな、と言って最後に健がレッドの衣装に身を包んで、6人はそれぞれの席に着いた。
 テンションのあがりきった面々でオープニングを大合唱しながらかくて第2話が始まったのだった。

 ▲▼

 ノリと勢いと雰囲気で、瞬く間に7話まで鑑賞した。地下に作られた特設会場では時間の流れを感じる術もないまま。
「なるほどー。あの2話での彼のセリフはここに繋がってたのかー」
 バナーが感じ入ったように呟いた。出身世界にもテレビのようなものはあったが、こういうのは初めてである。
「おわかりいただけましたか!」
 ヴィンセントの目がキランと光り、熱のこもった萌え語りが始まる。もし、これをヴィンセントの正体を知らないヴィンセントの知人らが見たならドンと退いたであろうが、全員作品を見た直後という事実と、この特殊な空間に酔っていたためか、その光景をナチュラルに受け止めていた。ついでに言えば、ヴィンセント自身は自分がギークであることが皆にバレていないと思っていたようだが、全員薄々気づいていた。
 ようやくヴィンセントが我に返って一つ咳払いをし「空気を読みました」とセルフフォローを入れた頃、健が「ちょっと休憩しようか」と提案した。2時間毎に10分休憩をと思っていたのに、勢いとは恐ろしいものである。3時間余りぶっ続けで見てしまった。ジューンが合間合間にお茶菓子やドリンクのお替わりなどを用意してくれた事もあって、それほど疲れなかったこともあるのかもしれない。
 とはいえいつから耐久鑑賞会になったのか。続きは気になるが、確かに休憩も必要だろう。
「博士の発明品も見てみたいよー」
 バナーが提案した。地下に降りてくる途中横切ったZMAの店内が気になる。その雑多な雰囲気が、彼の出身世界にある白ネズミの博士の部屋に似ていたこともあり興味をそそられるのだ。
 それで一同は秘密基地を出てZMAの店内に行ってみることにした。と、その前に。
「他の発明品も気になるんだけど、ずっと気になってたのがあるんだよね」
「何が?」
「あれ!」
 ユーウォンは言うが早いかアドルフの頭の上に乗っていた小さな映写機のようなものを取り上げた。それはシャベラビットの核のようなものである。
「ああ、それは私も少し気になっていました」
 ヴィンセントが言う。一つ欲しいな、と。
「どうなるんだろう?」
 ユーウォンはそう言ってシャベラビットをヴィンセントの頭の上に乗せてみた。
『(前略)…みんなさんはまだ特撮のなんたるかをわかっていないようですね。特撮に出てくるヒーローの哀愁とそこから生まれる人間ドラマはもちろんですが、それを魅力的に描くあの特撮技術にも目を向けてください。ビルを模したジオラマ。それを破壊して進む巨大な敵。それに挑む小さな企業戦士。あれらは…(中略)…彼らはただ戦っているのではありません。街を守るために戦っているのです。企業とは、企業のみで存在しているわけではありません。あの電脳時空の街は、決してただの仮想世界ではないのです。企業を支えているのは社員ですが、社員を支えているのは彼らが作り上げたものによって喜ぶ人々の笑顔だったりするのです。だからこそ、戦いの場はビル街でなければならず、彼らはそのために戦い続けるのです。ああ、そういえば皆さんは気づいていましたか? この柱の傷に。この柱の傷は、第5話でワダツミ司令が企業ブラックに激怒し投げた万年筆によって付けられた傷ですよ。さすがは坂上さん! そしてかの万年筆は第8話で企業ブラック本部長に…』
 そこでジューンがすっとヴィンセントの頭の上からシャベラビットをどけた。シャベラビットが『何をしやがんでぃ!』と怒りを露わにするがそれ以上口を噤んだ。
「どうやらこれ以上はネタバレになるようです」
 そう言ってシャベラビットをユーウォンの手に返す。
 シャベラビットの話を聞いていたヴィンセントが、シャベラビットの言葉は自分の脳内を垂れ流していたのだという事実に気づいて、慌てて取り繕った。
「ミスターシャベラビットがないことないこと垂れ流してしまうようですね」
「「(ないことないこと?)」」
「すごい、すごい。せっかく各分野のスペシャリストがいるんだもん、もっと聞いてみないと」
「各分野のスペシャリスト?」
「うーんと、兵器とー、狂的科学? それからアンドロイドと機械工学と…特撮?」
 ユーウォンがそれぞれを見やって言う。
「なるほどー」
『やめとけやめとけ。兵器ヲタクの頭になんか乗せたらトンファーが如何に攻防一体の武器かってことを延々と垂れ流されるだけだし、さっきギークの頭の上に乗せてよくわかっただろ?』
「な、何を言ってるんです。私はそんな…ギークだなんて…」
「「「(何を今更)」」」
「いやいやいや、そこは聞き捨てならんぞ。トンファーを馬鹿にするなぁ! かの有名ハンティングゲームでも今年から新武器として搭載されることが決まったんだからなぁ! …博士、俺もあんなやつが欲しい」
 いそいそと健はタブレットに画像を呼び出しアドルフの元へ。
「そういえばさっきの、ただ残アタックの武器って?」
 ふと思い出したようにユーウォンが尋ねた。
「あれはオーガニックキラーと呼ばれる壱番世界では架空の武器です。このゼロ世界では普通に存在してそうですが…ちなみに火薬ではなく電磁コイルのようなもので弾を発射する仕組みのようです」
「へぇ~」
 その辺りは健に聞いた方がもっと詳しく教えてもらえるかもしれない。とはいえ。
「自分から喋る人にはー、乗せてもあまり意味がないかもー?」
 バナーが言った。常に垂れ流している人間に乗せても代わり映えしないしあまり楽しくないかも、ということでユーウォンは今度はジューンの頭にのせてみた。
『べらんめぃ! どこに乗せてやがるんだ。AIの頭の中なんかわかるわけがねぇだろうが……とりあえず、皆様のお好きな食べ物を教えていただければ、すぐにでもお作りしますので気軽に仰ってください』
「おおー、わかるんじゃん…」
『当ったり前だろう。ここでの彼女の行動を見ていたら、想像出来るってもんよ!』
 自慢げにガッツポーズを決めるシャベラビットになるほどと誰もが頷いた。やはりAIの思考まで読むことは出来ないということなのか。すると。
『それよりドクター。ここで“彼女”のメンテナンスって出来るのか? このままだとメモリがパンクするぜ』
 シャベラビットの言にジューンが半瞬遅れて驚いたような顔を作った。
 それは彼女がずっと考えていたことだからだ。彼女の中にある保安部提出記録はブラックボックスになっていて彼女自身干渉出来ない。従来はマスターに一週間ごとに提出し消去されるはずの記憶であるが、ロストナンバーとなってしまったことで消去されないまま蓄積されているのだ。このままいけばメモリを圧迫し、彼女の活動限界を早めることになるだろう。
「ふむ…」
 アドルフが考えるように顎に手をやった。
 シャベラビットは本当にジューンの思考を読んだのか。それともアンドロイドという事実から推察しただけなのか。謎のままジューンはアドルフに申し出た。
「可能ならお願いします。マザーコンピュータの不調の可能性を押してまでゼブンズゲート(出身世界)に帰りたいとは考えません。でもだからこそ、他の世界に帰属するという可能性まで捨てたくないと考えます」
 ジューンの言葉にうっ…と、感極まったようにヴィンセントが目頭を押さえた。
「記憶を消去するって、今までのことを忘れちゃうってこと?」
 ユーウォンがどこか寂しげな哀しげな微粒子を伴って尋ねる。
「全部覚えてる方が辛いこともあるけどー…」
 バナーも心許ない顔をジューンに向けた。
「容量を増やせばいいってもんでもないしな」
 訳知り顔で健が頷く。
「まさか、こんな場所でリアルにアンドロイドの苦悩と哀愁を見られるとはっっ!!」
 若干ずれた感じでヴィンセントが感極まった声をあげた。何とも苦しげに俯き天を仰ぐが、そこには哀しみなどとは違う明らかに別の感情も交じっているように見えた。いつもは気遣いを忘れないヴィンセントだが、どうやら跳ね上がったテンションにあちこちのネジが緩んでしまっているようだ。
「申し訳ありませんが、私に苦悩というような感情はありません。それと、消去をお願いするのは保安部提出用記録であり、日常の記憶ではありません。更に付け加えるならば、消去ではなく別の媒体への抽出をお願いしたいと考えています」
「なるほど外付けHDに保存しておくということか」
「その喩えが一番近いかもしれません」
「それは情緒がありません。ここは、思い出をアルバムに仕舞っていくということにしましょう」
「それなら博士! やってあげてよ」
 ユーウォンが勢い込んでアドルフに詰め寄った。
「うんうん。やらなきゃ男じゃないよ」
 バナーが続いた。
「あ、あのぉ…ちなみにオーバーホールなどには立ち会ったりなんかは…ごにょごにょごにょ」
 言い掛けて、振り返られた視線にヴィンセントは尻すぼみに後退り「いえ、空気を読んだだけです」とか言い訳している。
「よし!」
 アドルフが請け負った。では、さっそくとばかりにジューンと奥のラボ室へ。ジューンが行きかけて慌てて彼女はシャベラビットをユーウォンに返した。

 かくて4人はZMAの店内へ。
「他のも見てみよう」
 ユーウォンはとりあえず満足したのかシャベラビットを頭ではなく自分の肩の上に乗せ、他の発明品にも手を伸ばすことにした。
「これ、何だろう?」
『おう、それはかつて流行した三下スーツだ!』
 健よりも早くシャベラビットが答える。シャベラビット自身AIを持ち日々学習しているらしい。発明品の説明もしてくれるようだ。シャベラビットはただ思考を垂れ流すだけのものではないということか。少なくとも会話が成立するように脚色して喋る。その結果がないことまで垂れ流すに繋がるようなのだが…先ほどジューンの上に乗せた時のように推測することも出来るのなら、これくらいの会話は造作もないのかもしれない。
「三下スーツ?」
 首を傾げるユーウォンに健が腕組みしながら懐かしげにうんうん頷いた。
「またの名を悪の戦闘員服ともいう。特撮にはつきものだからな」
「それはよもや、ただの全身タイツというわけではないですよね?」
 ヴィンセントが尋ねた。
「ああ、もちろんだ。防刃・衝撃吸収素材の防御スーツになっていて鉄壁の防御を誇る上に、半重力システムとパワーアシストも搭載してるんだぜっ!」
「!? こんなものがあるなら何故ロストレイザーと一緒に支給されなかったんでしょう…」
 ヴィンセントが「うーむ」と唸っていると健が揉み手をしながら営業スマイルで言った。
「こちらは商品ですのでレンタルにはこちらがかかるようになっております、お客様」
 手の平を上にし親指と人差し指の先をくっつけてにこやかに笑う。
「うーむ…」
 一方、バナーも所狭しと並ぶ怪しい品々に手を伸ばしていた。切断してもあら不思議、別次元で繋がっている異次元カッターやら、いろいろなものを氷漬けにする冷凍スプレー、幽霊とお喋りが出来るようになるらしいとかいうまゆつばものの三角頭巾etc.
 危険なものばかりというわけでもなさそうだ。
「これなんだろう?」
 握力計みたいなものを握り込む。握力計でないことは握った軽さですぐにわかった。握った瞬間、棚に置かれていた白い手の玩具が拳を握る。
「マジックハンド?」
 しかも遠隔で使えるようだ。
 その隣には真っ白のお面がある。被って鏡を見てみると、いろいろな顔になった。どうやら、なんにでも化けられるらしい。
 お面をセクタンのポンポコフォームにしてマジックハンドを手に店内を回っていると、風呂敷のようなものに目が止まった。ここにあるのだ。ただの風呂敷ではあるまい。
「ああ、それはムササビスーツだ」
 健が言った。高いところから滑空出来るらしい。
「これ、いいかもー。試してみたいなー」
「ああ、それなら地下に模擬演習所があるから、そこで試せるぜ」
「では、私はこの三下スーツでも着てみましょうか」
 ヴィンセントが言った。シャインズファイブの衣装の下にこれを着れば、完璧なアクションを再現できそうな気がする。
「それよりさぁ、俺のオススメがあるんだけど」
 健が言った。
「オススメ、何? 何?」
 ユーウォンがワクワクと身を乗り出す。
「ふっ…これがドクターヴェルナー最新作! 仮想特撮キットと1/1バイタルマンスーツ完・全・再・現だ!」
「なんとっ!!」
 ヴィンセントが感嘆の声をあげた。
「音声表示に従って勝手に決めポーズと必殺技も放ってくれる優れものなんだぜっ!」
「着てみる、着てみる!」
 ユーウォンがワダツミ司令の衣装を脱ぎ捨てバイタルマンスーツに着替えた。ヴィンセントは暫し迷ってそのままシャインズブルーの下に三下スーツを着込む。
「よし、みんなで特撮ごっこだ!!」
 上映会場の更に地下へ降りるとそこにはだだっ広いだけの何もない空間があった。入口の隅にある操作パネルを健が操作するとそこに市街地が浮かび上がる。
 いや、それだけではない。大きな市街地と全く同じだが、サイズだけ違う小さな市街地が隣に出現した。
「なんで二つあるの?」
 ユーウォンが尋ねる。
「特撮はこのように撮影されているのです」
 ヴィンセントが説明を始めようとすると。
「百聞は一見に如かずだぜ」
 と健がバナーとヴィンセントに指示を出した。よく見れば、大小市街地の各所にカメラが付いている。
 バナーは小さな市街地に立ってビルの屋上に手をつきビルの影から顔を出して見せた。ヴィンセントが大きな市街地の目抜き通りに立ってビルの屋上を見上げている。
 すると。
 それを合成した映像の中では、ヴィンセントの前にビルからのっそり顔を出した巨大なバナーが現れた、ように見えた。
「わあ! すごい、おれもやってみたい」

 ▼▲

「私はカメラを回しましょうか?」
 という声に振り返るとジューンが立っていた。どうやら、メモリシステムのスキャンを終えたらしい。アドルフの解析中は特にする事もなかったので皆に合流したのだ。
「あ、じゃぁ、3Dプリンタで敵も作っちゃおうぜ!」
「作る?」
「3Dフィットチャンネルを使わなければ、普通にただの3Dプリンタとしても使えるんだぜ。それにこの特殊な操縦棹を取り付けるだけで動かせるようになる」
 どういう仕組みになっているのか自信満々に健が言った。
「どんなのがいい?」
「それでしたら、私は前回出来なかったあれをやりたいのですが…ごにょごにょごにょ」
 ヴィンセントが耳打ちする。それに健は嫌そうな顔をヴィンセントに向けたがしょうがないなと頷いた。
「…まぁ、気持ちはわからなくもない…」

 ▲▼

「いいですか、ここから…こう…煽りで寄って、それからこう…そしてあちらから俯瞰で回って…こうです」
 念入りにヴィンセントがカメラワークをジューンに指示している。カメラは入口横の操作パネルで動かすことが出来るのだ。
「もう、いい?」
 待ちきれない様子でバナーが尋ねた。
「はい。もう少しです」
「おれはこうやって、こう出ればいいんだよね?」
 ユーウォンが自分の登場を再確認している。
「はい、完璧です」
「じゃぁ、行くぞ」
 健が言った。
「はい! アクション!!」
 と言いながらヴィンセントはその場に仁王だった。彼が今対峙しているのは巨大なモンスターイニシャルG。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
 そこへ楽しそうな歓声をあげてビルの屋上から滑空し舞い降りたのは、ムササビスーツを着たバナーだ。飛翔しながら白い手をその頭上へ投げ落とす。
「マジックハンドパワー!!」
 しかし巨大なGには通用しないのか、咆哮をあげるG。操っているのは健だ。後退するヴィンセント。そこへユーウォンが駆けつける。
「バイタルチェンジ!!」
 決めポーズでビシッと決めたバイタルマンがバナーとヴィンセントにサムズアップしてみせた。
「お待たせ!」
 そして頷き合うバイタルマンとムササビマン。2人が呼吸を合わせて“ツインキック”を放つとGは後ろへどうと倒れた。
「やったぞ!」
 しかし喜びの声をあげたのも束の間Gは起きあがり咆哮をあげた。再び身構える3人。だがそこに別の巨大な影が現れた。8本足をしたGの天敵アシタカクモ――通称軍曹である。それが今起きあがったばかりのGを捕食し始めたのだ。
 その光景に愕然としていた3人だったが、食事を終えた軍曹がこちらをジロリと振り返る。どうやら彼らを助けにきたというわけではないらしい。
 バイタルマンとムササビマンの攻撃をかわし、Gよりも機敏な動きで襲いかかる軍曹にヴィンセントがタブレット端末を取り出した。
「シャインズブルー!」
 すると、そこにGや軍曹を操っていたはずの健も駆けつけた。どうやら自動操縦に切り替えたらしい。
「シャインズレッド、推参!」
 しかし軍曹は4人の連携攻撃に動じた風もない。
「こうなったら、4人で力を合わせるぞ!!」
 4人は円陣を組み手を翳しあった。
「「「「バイムシャアターーーーーック!!」」」」
 最後の攻撃。
 の、はずだった。
 しかし自動操縦になった軍曹は倒れなかった。
「なにっ…!?」
 倒れないどころか4人に襲いかかろうとする。
「これは所謂、暴走モード?」
「とか言ってる場合じゃないよー。止めてー!!」
「えぇっと…無理ぃぃぃ!!」
 軍曹の操縦棹は背中についている。この状況でどうやって背中に乗り込むというのか。
「そういえば、これ、使えないかな?」
 走りながらバナーが何やら取り出した。小さな球体のようだ。店内でマジックハンドを弄っている時に見つけたものである。
「!? それはっ!」
 うっすらどころか鮮明なる記憶に健が目を見開く。
「ボタンがあるよ」
 バナーが言った。
「押してみよう!」
 ユーウォンが言った。ボタンがあったら押すしかないだろう。
「何が起こるんです?」
 ヴィンセントが尋ねた。
 あまりの事に驚愕し過ぎて言葉を失っていた健がようやく声をあげる。

「そのボタン押すなぁぁぁぁぁぁぁぁー!」

 だが、タッチの差で遅かったその声はその後に起こった爆音によってかき消されていた。



「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」



 ▲▼


 場所は移って秘密基地という名の鑑賞会会場。
 ズタボロの4人。
「とりあえず…8話以降を見ますか…?」
「おう…、そうだな…全話見ないと…それから俺のオススメの弱小エースも…」
「それも…面白い…?」
「まぁ…、休憩にはいいよねー…まだ見てないところもあるしー…」
「どちらが休憩でしたのでしょう?」
 ジューンが首を傾げる。あの爆発の中、カメラを操作していた彼女だけが無事だったのだ。
 8話のオープニングが始まったが、最早オープニングを熱唱する余力はないのか。疲れきった4人を軽快な曲が包み込む。
「あれ…? 俺、なんか…コンプライアンスフェアリーが目の前を飛んでる気がする…」
「ああ…、おれもー…」
「こっちにも飛んでるよー…」
「さすが圧倒的なパワーですね…」
「続きは…」


 zzzzzz…………


 これほどの大音響の中、意識を手放す4人に慌ててボリュームを下げるとジューンは毛布をかけてやった。
 続きは皆が目を覚ましてからだ。
 さて、朝食には何を用意したものか。
 しかしその前に、先ほど撮影したVを編集しておかなくては。



■大団円■


 

クリエイターコメントそして鑑賞会は後半へ(笑)

とっても楽しんで書かせていただきました。
キャライメージなど、壊していない事を祈りつつ。
楽しんでいただければ嬉しいです。
公開日時2014-01-08(水) 22:10

 

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