オープニング

 とぼけた虎猫、或いはおどけた雀斑顔が、ひとたび「朱昏に器物呪物の怪異在り」と謳えば、事の仔細を骨董品屋『白騙』にて語らうが通例である。
 尤も、此度は仕事に非ず。「年末年始はどんなです?」だの「また朱昏に往ってみないか」だのと続け様に聲を掛けられ訳も判らず手を引かれ、道すがら今ひとつ要領を得ない彼らの話を繋ぎ合わせて漸くそれが【年越し特別便】の案内なのだと合点がいった旅人達は、気がつけば件の店の前座敷に通されていた。
 如何やら行き先の事を槐が語るのも、いつも通りの様だ。
「そろそろ来る頃かと、想っていました」
 予め話も通してあるらしく、槐は既に茶の湯を沸かして待ち構えていた。
 灯緒とガラは上がりこむなり――早速寛ぎまくっている。ガラは早々に膝を崩して勝手に焼餅を食べ始めるし、灯緒に到っては皆とろくな会話もせぬ内から目を瞬かせて今にも寝入りそうな心地ではないか。あ、丸くなった。
 一方の槐はと云えば、世界司書達の無法振りにはまるで頓着せず、穏やかな面持ちで客の為の湯飲みに茶を注いでいた。

 話が始まったのは、全員分の茶と菓子が揃った頃の事である。

「西国に『瞑赫寺(めんがくじ)』と云う名のお寺が在ります」
 其の寺は鴇稜山(ほうりょうさん)と喚ばれる山の頂きに建つ。
 何処かの宗派の本山と云う訳では無いが、或る催しの由緒正しき寺として、国中識られているのだと、鬼面の骨董品屋は云う。
 その催しとは所謂”お焚き上げ”に相当するものである、とも。
「特に、此の時期にひとつの伏目として開かれる《除念会(じょねんえ)》では、器物の供養を一纏めに行うので、国中から荷物を抱えた参拝客が訪れます」
 持ち寄られる品も曰くも、実に様々だ。
 叶わなかった想いの残滓、誰かの形見といった悔恨や悲哀の象徴。
 永い間使い続けて来たが遂に破損した古道具。
 果ては未だ現役の愛用の品を、敢えて投じる者も居る。
 単に想いを断つ為か、或いは怪異は起こり得るのだと心の何処かで理解して居るのか――真実、彼の地では強き想いと歳月が器物を妖たらしめて、人に災禍を齎す故――日頃妖に縁遠い民草や不信心者でさえ《除念会》には古物を寄せる。
 情念と災いを引き摺らぬ様、引き寄せられぬ様――。
「僕に云わせると一寸勿体無い催しですけれど」
 冗談めかして笑う槐だったが、彼の事だから本心だとしても不思議は無い。
 さて置き、《除念会》の大まかな流れは次の様な物だ。

 器物を火にくべるのは壱番世界のそれと同じ乍ら、其の際同時に朱野も焼く。
 朱野を通じて朱を孕み俄かに無形の形を得た情念は、朱色を帯びた火に移り、勢を増してのたうち廻り、捨て置けば周囲に害を為す。
「勿論、其の侭では危険なので、瞑赫寺では法力を籠めて鐘を打ち鳴らします」
 器物が投じられる毎に一度、朱野が放られる毎に一度、火勢が増す毎に一度。
 浄化の鐘が響く度、方々にうねった火は上方へ立ち上る焔へ整えられて往く。
 そうして夜を通して焚き上げ、打ち続け、やがて百八度目が鳴った途端。
「焔は一層輝きを増して遥か天に迄吹き上がり、霧散する。そうして、『情念は朱と共に大きな流れに乗って巡り、やがて何らかの形を為して、再び朱昏の地に生ずる』――僕が以前、瞑赫寺の和尚から聴いた話です」
 即ち《除念会》とは、地上に籠める情念を除き、朱昏に還す儀式なのだ。
「……と、細かい事は兎も角。焔の昇天はとても美しく、多かれ少なかれ、視る者の心を打つ事でしょう。百八度目の光景を目当てに、手ぶらで訪れる参拝客も少なく無い位ですから」
 つまり、何かが必要と云う訳では無いと云う事だ。供養したい物があれば持ち寄り、無ければ参拝がてらに見物すれば良い。それは旅人達も同様である。

「お聴きした通り、決して賑やかな催しではありません。それでも宜しければ、是非往って来て下さい。少なくとも見応えは、僕が保障しますよ」
 鬼面が話を締め括るのを見計らっていたのか、間抜けに膨らました頬に両手を添えながら未だ餅を貪り喰って居たガラが、ぽつりと呟いた。
「往きたいですねえ、灯緒」
「…………」
 灯緒は――ぴんぴん跳ねた眉毛をぴくりと揺らしたきり、何も応えなかった。

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●ご案内
こちらは特別企画「イラスト付きSS(ショートストーリー)」です。
参加者のプレイングにもとづいて、ソロシナリオ相当のごく短いノベルと、参加者全員が描かれたピンナップが作成されます。ピンナップは納品時に、このページの看板画像としてレイアウトされます。
「イラスト付きSS(ショートストーリー)」は便宜上、シナリオとして扱われていますが、それぞれ、特定の担当ライターと、担当イラストレーターのペアになっています。希望のライター/イラストレーターのSSに参加して下さい。希望者多数の場合は抽選となります。

《注意事項》
(1)「イラスト付きSS」は、イラストを作成する都合上、バストショットかフルショットがすでに完成しているキャラクターしか参加できません。ご了承下さい。
(2)システム上、文章商品として扱われるため、完成作品はキャラクターのイラスト一覧や画廊の新着、イラストレーターの納品履歴には並びません(キャラクターのシナリオ参加履歴、冒険旅行の新着、WR側の納品履歴に並びます)。
(3)ひとりのキャラクターが複数の「イラスト付きSS」に参加することは特に制限されません。
(4)制作上の都合によりノベルとイラスト内容、複数の違うSS、イベント掲示板上の発言などの間に矛盾が生じることがありますが、ご容赦下さい。
(5)イラストについては、プレイングをもとにイラストレーターが独自の発想で作品を制作します。プレイヤーの方がお考えになるキャラクターのビジュアルイメージを、完璧に再現することを目的にはしていません。イメージの齟齬が生じることもございますが、あらかじめ、ご理解の上、ご参加いただけますようお願いいたします。また、イラスト完成後、描写内容の修正の依頼などはお受付致しかねます。
(6)SSによって、参加料金が違う場合があります。ご確認下さい。
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品目イラスト付きSS 管理番号2397
クリエイター藤たくみ(wcrn6728)
クリエイターコメント明けましておめでとうございます。藤たくみです。
今年は浮雲様と一緒に、皆様を朱昏にご案内いたします。
朱昏にご縁のある方ない方問わず、どうぞお気軽にご参加下さいませ。

舞台は西国、鴇稜山瞑赫寺。
境内で、夜通し鐘を打ちながらお焚き上げを行う催しです。
基本的に槐の説明通りの流れをしんみり眺めているだけとなります。

プレイングでは主に
・《除念会》や焔に立ち会う際の心情、反応(必須)
・お焚き上げをお願いする物品ひとつとその想い入れ(無ければ不要)
・やってみたい事(無ければ不要)
をご指定頂き、その他は服装など絵的な部分にご活用下さい。

当地の暦では未だ年越しでは無いものの、ひとつの伏目を迎える事、厄除け的な意味合いもある事などから、晴れ着のような派手な格好でも大丈夫みたいですよ。

それと、夜は長いです。お酒(般若湯も!)や生臭は厳禁ですが、飴やお餅、お茶といったちょっとした物なら手に入りますので、お口が寂しい方はどうぞ。

尚、NPCは槐、灯緒、ガラの何れも同行しません。
あしからずご了承下さい。いろいろいそがしいみたいですよ。


【ILより】
新年おめでとうございます。
この度藤たくみ様と合同で新年会企画に参加することになりましたILの浮雲です。
皆様にとって素敵な新年会になりますよう尽力して参りたいと思います。

和の風情漂う世界が舞台ということで、和装を所望する方もいらっしゃると思います。
和装にするのはいいけど細かな意匠が決まってない……という方は、基調となる色や雰囲気等を簡潔に伝えていただけると此方で調整して描写します。

参加者
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
村崎 神無(cwfx8355)ツーリスト 女 19歳 世界園丁の右腕
雪深 終(cdwh7983)ツーリスト 男 20歳 雪女半妖
アストゥルーゾ(crdm5420)ツーリスト その他 22歳 化かし屋
祇十(csnd8512)ツーリスト 男 25歳 書道師

ノベル

 随所の灯篭に、薄ぼんやりと照らされる、広い、広い境内にて。
 未だ熾きぬ炉端か、鐘楼の下にて、皆、騒騒と除念を待ちわびる。
 様々な身形の様々な者が万の器物の如く集う。

 旅人達もまた然り。

「神無は何を?」
 終は神無が抱える桐箱の中身を訊く。聲に複雑な色を滲ませて。
「命の恩人……かな」
 いつの間にか、炉には火が熾されていた。
「……本当に燃やさなくてはいけないものなのか」
「判らない。けど……」
「おぅおぅおぅ其処らで勘弁してやりねぇ」
 俯く神無を見かね、祇十が「な」と終の肩を制し、嗜めた。
「云いてぇ事ぁ、ま、判っけどよ。嬢ちゃんなりに散っ々思い悩んだ挙句の決断てぇ奴じゃあ無ぇのかい? それをいざって時にとやかく云ったって始まんねぇだろ。あれだ、何だったらお前ぇ後で花京で一杯引っ掛け」
「判ったおれが悪かっ」
「御取り込み中のとこアレだけど」
「もう往ってしまったのです」
「ん」
「おっ」
 アストゥルーゾとゼロの聲にふたり振り向けば。
 遠目には日本人形にも似た娘が、伏目がちに炉へ身を寄せていて。

 錠の鎖を揺らす両手で支えていた桐の箱を、そっと、放した。
 控えていた僧が、朱い花弁をさっと撒く。

 ――ごおぉん

 寝食を、戦場を、あらゆる時間を共に過ごした。
 或る仕事で敵の銃弾に撃たれ、千切れ掛ける迄。
 御蔭で神無は事無きを得た。命を繋ぎ留めてくれた。

 螺旋の火は金の瞳をより輝かせるも、神無は瞼を閉じて。
 両手を合わせた。

 手錠を焼く焔は、始めこそ渦巻いていたが。
 鐘の音が響く度、温かみを帯びてふわりと穏やかさを湛え。
 朱く透き通る、火勢の隆起は境内を朱に染める。

 神無が戻る頃、灯篭の火は総て消えていた。

 ――ごぉん

 品がくべられる度、鐘が鳴る度、誰かが拝み、時にむせび泣く。
 八又に分れて暴れもすれば、人恋しげに擦り寄る焔。
「……」
 それを見る度、何故か終の胸は締め付けられた。
 会の趣旨を理解はしても、己が感情が不可解だ。
 畏れているのか、或いは寂しいだけのもの、なのか。

 鐘が鳴る。彼を諌める様に、念を除く。

「さて、と」
 アストゥルーゾは炉の前で、美しいブローチを眼前に翳す。
 ぱちりと蓋を開き、目に焼き付ける様にして。
(火は厭いなんだよねー御下品だし。それに)
 思い出してしまうから。弾け飛ぶ前の、少し悲しげで、安らかな顔を。

 沢山の事を教えてくれた、あの人――先生。
 このブローチをくれたのは、先生が死を決意した時。
 生まれて初めての、嬉しくなかったプレゼント。
 確かめようも無いが、懼らく、あの人はもう、

 開いた侭のブローチ。先生とその義理の父が其処に居る。
 焔の真上で蓋を閉じ、掌を返した。

 ――ごおぉん

「おおー」
 髪も衣服も肌も白いゼロの身を、朱色の光が弾けて染める。
 爆ぜて、鐘が鳴り、爆ぜて、滑らかに纏まって。包み込む様に。
 アストゥルーゾと入れ替わり、少女はててっと駆けて行く。

 そして、異変は起きた。

 ゼロの目前。焔は朱が紅に変じ、何処か白味を帯び始めた。
 火勢も靄の如く薄く漂い、妖しげな、甘やかな、冗談染みた胡乱さで。
「……ゼロ」
 何を入れた。

 ――ご、ごぉぉん

「かくして世界の安寧を乱す怪しの物は人知れず焔の中へと消え去ったのです」
 誰もが凝視する中、忽ち燃えて煤と消えた、恐るべき帳面。
 それが齎した妖しの焔は、併し瞑赫寺の僧でさえ御し切れずに居た。
「きっと」

 ――ごおんっ

「未だ有るのです」
「未だ有るのか……」
 慌てる僧を置き去り戻って来ていたゼロが、仲間達の前に三つの品を示す。
 穴だらけの黒い帽子と古びた御守。それに、朱く巨大な――鱗。
「それぞれガラさん、槐さん、灯緒さんから預かったのです」
 ゼロは「一緒に燃やすのです」と両手を広げて皆を見上げた。
「因みに御守は瞑赫寺縁の品だそうなのですー」
「そうか」
 なら、と、終は密かに土産を選定した。
 骨董品屋には新たな御守が要るだろう。序でにガラと灯緒にも、何か。

 ――ごおぉん――

 其の後の除念会は、概ね恙無く進行した。
 持ち寄られた器物の殆どを灰燼に帰し、その情念を得た、朱の焔。

 龍に似るは気の所為か?

 祇十は茶を喉に流し込んでから、眼を細めた。
 人々の様々な心が宿ればこそ、焔は斯くも激しく、眩い。
 其処に悲喜劇が綯交じりになっていたとしても。
「人の生きる様に相応しい焔じゃねぇか」
「――……っ」
 神無が彼に頷くも、直後に身震いを伴い胸元に手を寄せる。
「寒いか」
 終が改めれば、彼女は微かに首を振った。
 神無は道理を認めた。誰も傷付く事の無い、慈恵に満ちた除念会に。
 だが、人の想いが集い、斯くも大きな力となる様に感嘆する反面、
「少し、怖くて……って、え?」
 乙女の泣きぼくろに、頬に、鼻頭に、冷たい物がじわりと落ちた。
 雪だ。しかも量が尋常では無い。此の侭では。
「弱々しくない?」
 アストゥルーゾが二周りは縮んだ焔に首を傾げる。
「雪と云えば終さんなのですー」
 ゼロの聲で、皆一斉に雪女半妖を見る。終は「済まん」と顔を背け、
「団子が不味くて、つい」
 言い訳をしてから、ゼロがこっそり焼いていた謎団子を頬張った。
「なぁに、どって事ぁ無ぇ」
「祇十」
「まぁ見てな」

 参拝客は俄か雪を避けて鐘楼や堂の下へ駆けて行った。
 反して書道師は足早に、けれど胸を張って降り頻る雪の只中を往く。

 焔の前で懐から取り出したのは、真っ二つに折れた、筆。
 覚醒以前から愛用し、数多の書を生み出した、云わば己が魂の一部。
 供養して遣れるのは有り難いが、長年の連れ添いが燃え逝くのは、
(らしくも無ぇ)
 存外に応える。併し、故郷に還して遣れずとも、少しは。

 祇十はぐっと一度両の手に握り締め――ぱっと開いた。

 ――ごおおぉぉ……ん――

 百八度目の鐘の音。忽ち焔が吹き上がる。
 最前より尚も高く遠く空へと昇る情念に、人々は見入り、息を呑んだ。

「――ありがとよ」
 当に眼前にて奔流をみせた焔に。あの筆に。祇十は心から感謝した。

「焔は苦手だ」
 だから、雪を招いた。
 終はぽつり、誰へとも無く呟く。
「けど、朱を使った焔の行事を、只見ておきたかった」
 それが美しい現象ならば尚更に。
「……うん」
 神無もまた、ぽつりと呟いた。
「『世界を動かすべきなのは』――」
 何事か感じたか、アストゥルーゾが徐に口を開く。

 世界を動かすべきなのは、一握の天才でも永久の化物でもない。
 限りある命を懸命に生きる人々。才ある者が無くとも世界は続く。

「『誰かに思いを託す事を忘れない限り』ってね」
「何方の名言なのです?」
「さあね。それよりほら、何処か彼処か神々しいじゃない」

 刹那。

 焔は、散って飛んだ。
「っ」
 神無の息が止まる。
 終が、アストゥルーゾが、そして祇十が。誰もが目を奪われる。

 参拝客の頭上に。瞑赫寺の境内に。鴇稜山の、麓の里に迄。
 それは本当の光粒となって、広がり、舞い降りた。
「これは……火では、無いのか」
「荘厳なのですー」
 終も、信心を識らぬゼロも、其処に灼たかなる聖性を見出す。
 多くの者に倣い、ゼロは小さな手を合せた。
 雪は止み、代わりに注ぐ朱の花弁は、最早熱を帯びてはおらず。

 そして。向かいの山陰から、境内に日が差す頃。
 菫の乙女は呼気を思い出す。
 久しい吐息は清清しくて。何処と無く、身を軽くする心地がした。



 終から槐達へ、後に朱昏土産が贈られた。

クリエイターコメント【ILより】
改めまして、ILの浮雲です。
この度は新年の合同企画にご参加頂きありがとうございます。
ご一緒頂いたWRの藤たくみ様、またこの様な機会を与えて下さった運営に感謝と慰労の念を捧げます。

今回はWR様と話し合いながら作り上げていくという、自分にとって初めての形での制作でしたので、なるべくノベルとの乖離を避け、雰囲気を生かす様努めましたが、いかがでしょうか。
少しでもお気に召していただければ幸いです。

【WRより】
大変お待たせ致しました。藤たくみです。

プレイングを頂いて、色々と興味深かったり(良い意味で)我が目を疑ったり、浮雲ILと共に唸ったりと、新年早々楽しい執筆でございました。

皆様の服とかノベル上でも書きたかったのですが、力及ばず……。
其の分できるだけ行動や心情を詰め込んでみました。少しでもお気に召す事を、そしてイラストに相応しい出来である事を祈るばかりです。

(ちなみにお土産の内容はイラストの一番下をご参照下さいね)


この度のご参加、まことにありがとうございました。
今年も宜しくお願いします。
公開日時2013-01-28(月) 21:30

 

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