誰が作ったかはわからないが、ターミナルの一角に、瓦礫を積み上げて作った慰霊碑があった。この戦いで亡くなった人々を弔う為に多くの人がそれぞれの方法で祈りを捧げている。ある者は跪き、ある者は胸の前で十字を切る。またある者は手を合わせ、ある者は静かに黙祷を捧げる。
よく見れば、花々や食べ物なども供えられていた。故人の使用していた武器だろうか? ボロボロになった剣なども置かれていた。その中に見知った者の形見がないか、探すように見つめる者がいた。
「……あったか?」
「いや……」
白銀の髪を揺らし、エルフっぽい男、グラウゼ・シオンが傍らの白い翼を背負った青年、シオン・ユングに問う。目的の物が無かったのか、シオンはどことなく苦しげな眼で何かを探していた。
「あれではありませんか?」
見覚えのある物を見つけたのか、近くを通りかかった黒づくめの少年、ロンがシオンの肩を叩いた。彼らの視線の先には、確かに、見覚えのあるサングラスがあった。
「……っ」
言葉を詰まらせ、シオンが唇を噛み締める。グラウゼはただ黙って寄り添い、彼の白銀の頭とロンの黒い頭をやや乱暴にだが撫でてやった。僅かに身を固くしたロンであったが、ややあって力を抜き、静かに頭を下げた。
その近くに、幾つもの蝋燭が並んでいる。また、木々には明かりの灯ったランタンがかけられていた。
「綺麗……」
亡くなった方を弔おうとやって来た猫耳フードの少女、メルチェット・ナップルシュガーはその光景に見とれる。顔を上げれば、幻想的な光景の中、目元を隠した少女、予祝之命が祈りの言葉を紡ぎながら跪いていた。
「貴方も祈りに来たの?」
そんな彼女に声をかけたのは、茶色い髪を揺らしたフラン・ショコラだった。彼女は祈る人々にこうして蝋燭を渡す仕事をやっていた。
メルチェットはフランから蝋燭を受け取ると、火を灯し、近くに置いた。ゆらゆら揺れる灯火に瞳を細め、フランも何処か切なげな表情でそれを見つめる。二人はしばし静かに光の中に佇んでいた。
一通り祈りを捧げた予祝之命は、立ち上がり、ふわりと輝く蝋燭やランタンに見とれていた。まるで、人々の思いが温もりを持っているように見えたのだ。
(散った全ての命が許され、救われますように)
彼女は胸の前で手を組み、もう一度心を込めて言葉を紡いた。その傍らに、いつのまにやら黒い髪の少女が立っている。
「……皆、安らかに眠れるでしょうか、巫女様」
元旅団員のルゥナは、大切な人と居場所を失い、自分を見失いかけていた。未だ投降するか否かも決め兼ねている。ひどく迷うその中で、ただ弔おうとここに足を運び、今に至る。
予祝之命は、少女の言葉にただ静かに頷いた。
慰霊碑やロウソクの広場からやや離れた場所に、休憩できるスペースが設けられていた。そこでは『トゥーレン』のマスターであるタキシードの男性、ウィル・トゥーレンが紅茶やクッキーなど簡単に食べられる物を提供していた。
「ミルクティーを入れてくれる?」
「かしこまりました」
テーブルに座っていたのは、ティアラ・アレン。彼女はこのスペースで故人を偲ぶ材料になれば、と思い出張の本屋をやっていた。傍らにはたくさんの本が詰まったワゴンが並べられている。
暫くすると、ふわりと仄かに甘い香りを漂わせながらミルクティーが運ばれてきた。ティアラはウィルからそれを受け取るとゆっくりと口へ運ぶ。しかし、何故だろう、何時もより苦いと感じてしまう。
僅かな表情の変化にウィルは心配そうにティアラを見つめるが、彼女は静かに首を振った。
その傍では丸眼鏡と僅かに尖った耳が特徴的な女性、ルティ・シディが紅茶を飲みながら膝の上で丸まっている同僚の黒猫 にゃんこと休憩していた。1人と1匹でのんびりとしつつ、今回の事を振り返っているようだ。
「また、皆歩き出せるかしら?」
「出せると思うにゃ。……もう、皆、動き出しているから」
慰霊碑で見た人々の顔を思い出しながら、ルティとにゃんこはそう、信じる。今は悲しみの奥深くへと落ち込んでいても、人は、何度でも這い上がれる。その強さを、彼らはコンダクター達やツーリスト達の姿を通じて知っているのだ。1人と1匹はそう信じて、顔を見合わせて微笑みあった。
また、この慰霊碑などの傍には仮面のマスカローゼが墓守を務める墓地もあり、そこへ直接お参りに来る人もいた。
「あら? あなたも誰かのお参り?」
「そんな所です」
彼女が黒いフードを正していると、ふんわりとした印象の男、鳴海 晶が花束を持ってそこへ現れた。晶はマスカローゼに一礼すると花束を持って墓地の奥へといく。その背中を見送っていると、別の住人から案内を頼まれる。マスカローゼは静かに頷いて歩き始めた。
晶が静かに膝をついたのは、墓地の片隅にある小さな墓だった。彼は花束を置くと、静かに目を閉ざし、しばらくの間身動き一つせず祈りを捧げた。彼が誰を弔い、何を話したのかは彼しか知らない。
この墓地の近くには地下墓地(カタコンベ)もあった。ここには物思いにふけりたい人達が一人、また一人と降りていく。その片隅に細身の女性の影があった。海色のドレスとベールに包まれた、『忘れ屋』のアーティナである。
「分かりました。……その記憶を『別ける』のですね?」
彼女の目の前には、年老いた男が一人いた。彼はどうやらアーティナに記憶の一部を『なくして』もらおうとしているらしい。アーティナは静かに頷き、作業にとりかかった。
誰がはじめようと言い出したかは全くわからない。けれども、人々は色々な思いを抱えて慰霊碑を作り、祈る場所を作り、こうして消えた命を弔っている。その光景に瞳を細めながら、元旅団員のイェンは静かに口を開いた。
「死んだロストナンバー達の命や木々になった園丁達、みんな、みんな、安らげるといいよな。そして……」
何かを言いかけて、彼は言葉を噤む。そして、くるりと背を向けて黒髪の友達を探しに人ごみの中へと消えた。
あなたは今、喧騒の中にいる。このまま慰霊碑などに趣いてもいいし、この場にいてもいい。もしくは……。