オープニング

 誰が作ったかはわからないが、ターミナルの一角に、瓦礫を積み上げて作った慰霊碑があった。この戦いで亡くなった人々を弔う為に多くの人がそれぞれの方法で祈りを捧げている。ある者は跪き、ある者は胸の前で十字を切る。またある者は手を合わせ、ある者は静かに黙祷を捧げる。
 よく見れば、花々や食べ物なども供えられていた。故人の使用していた武器だろうか? ボロボロになった剣なども置かれていた。その中に見知った者の形見がないか、探すように見つめる者がいた。
「……あったか?」
「いや……」
 白銀の髪を揺らし、エルフっぽい男、グラウゼ・シオンが傍らの白い翼を背負った青年、シオン・ユングに問う。目的の物が無かったのか、シオンはどことなく苦しげな眼で何かを探していた。
「あれではありませんか?」
 見覚えのある物を見つけたのか、近くを通りかかった黒づくめの少年、ロンがシオンの肩を叩いた。彼らの視線の先には、確かに、見覚えのあるサングラスがあった。
「……っ」
 言葉を詰まらせ、シオンが唇を噛み締める。グラウゼはただ黙って寄り添い、彼の白銀の頭とロンの黒い頭をやや乱暴にだが撫でてやった。僅かに身を固くしたロンであったが、ややあって力を抜き、静かに頭を下げた。

 その近くに、幾つもの蝋燭が並んでいる。また、木々には明かりの灯ったランタンがかけられていた。
「綺麗……」
 亡くなった方を弔おうとやって来た猫耳フードの少女、メルチェット・ナップルシュガーはその光景に見とれる。顔を上げれば、幻想的な光景の中、目元を隠した少女、予祝之命が祈りの言葉を紡ぎながら跪いていた。
「貴方も祈りに来たの?」
 そんな彼女に声をかけたのは、茶色い髪を揺らしたフラン・ショコラだった。彼女は祈る人々にこうして蝋燭を渡す仕事をやっていた。
 メルチェットはフランから蝋燭を受け取ると、火を灯し、近くに置いた。ゆらゆら揺れる灯火に瞳を細め、フランも何処か切なげな表情でそれを見つめる。二人はしばし静かに光の中に佇んでいた。
 一通り祈りを捧げた予祝之命は、立ち上がり、ふわりと輝く蝋燭やランタンに見とれていた。まるで、人々の思いが温もりを持っているように見えたのだ。
(散った全ての命が許され、救われますように)
 彼女は胸の前で手を組み、もう一度心を込めて言葉を紡いた。その傍らに、いつのまにやら黒い髪の少女が立っている。
「……皆、安らかに眠れるでしょうか、巫女様」
 元旅団員のルゥナは、大切な人と居場所を失い、自分を見失いかけていた。未だ投降するか否かも決め兼ねている。ひどく迷うその中で、ただ弔おうとここに足を運び、今に至る。
 予祝之命は、少女の言葉にただ静かに頷いた。

 慰霊碑やロウソクの広場からやや離れた場所に、休憩できるスペースが設けられていた。そこでは『トゥーレン』のマスターであるタキシードの男性、ウィル・トゥーレンが紅茶やクッキーなど簡単に食べられる物を提供していた。
「ミルクティーを入れてくれる?」
「かしこまりました」
 テーブルに座っていたのは、ティアラ・アレン。彼女はこのスペースで故人を偲ぶ材料になれば、と思い出張の本屋をやっていた。傍らにはたくさんの本が詰まったワゴンが並べられている。
 暫くすると、ふわりと仄かに甘い香りを漂わせながらミルクティーが運ばれてきた。ティアラはウィルからそれを受け取るとゆっくりと口へ運ぶ。しかし、何故だろう、何時もより苦いと感じてしまう。
 僅かな表情の変化にウィルは心配そうにティアラを見つめるが、彼女は静かに首を振った。
 その傍では丸眼鏡と僅かに尖った耳が特徴的な女性、ルティ・シディが紅茶を飲みながら膝の上で丸まっている同僚の黒猫 にゃんこと休憩していた。1人と1匹でのんびりとしつつ、今回の事を振り返っているようだ。
「また、皆歩き出せるかしら?」
「出せると思うにゃ。……もう、皆、動き出しているから」
 慰霊碑で見た人々の顔を思い出しながら、ルティとにゃんこはそう、信じる。今は悲しみの奥深くへと落ち込んでいても、人は、何度でも這い上がれる。その強さを、彼らはコンダクター達やツーリスト達の姿を通じて知っているのだ。1人と1匹はそう信じて、顔を見合わせて微笑みあった。

 また、この慰霊碑などの傍には仮面のマスカローゼが墓守を務める墓地もあり、そこへ直接お参りに来る人もいた。
「あら? あなたも誰かのお参り?」
「そんな所です」
 彼女が黒いフードを正していると、ふんわりとした印象の男、鳴海 晶が花束を持ってそこへ現れた。晶はマスカローゼに一礼すると花束を持って墓地の奥へといく。その背中を見送っていると、別の住人から案内を頼まれる。マスカローゼは静かに頷いて歩き始めた。
 晶が静かに膝をついたのは、墓地の片隅にある小さな墓だった。彼は花束を置くと、静かに目を閉ざし、しばらくの間身動き一つせず祈りを捧げた。彼が誰を弔い、何を話したのかは彼しか知らない。
 この墓地の近くには地下墓地(カタコンベ)もあった。ここには物思いにふけりたい人達が一人、また一人と降りていく。その片隅に細身の女性の影があった。海色のドレスとベールに包まれた、『忘れ屋』のアーティナである。
「分かりました。……その記憶を『別ける』のですね?」
 彼女の目の前には、年老いた男が一人いた。彼はどうやらアーティナに記憶の一部を『なくして』もらおうとしているらしい。アーティナは静かに頷き、作業にとりかかった。

 誰がはじめようと言い出したかは全くわからない。けれども、人々は色々な思いを抱えて慰霊碑を作り、祈る場所を作り、こうして消えた命を弔っている。その光景に瞳を細めながら、元旅団員のイェンは静かに口を開いた。
「死んだロストナンバー達の命や木々になった園丁達、みんな、みんな、安らげるといいよな。そして……」
 何かを言いかけて、彼は言葉を噤む。そして、くるりと背を向けて黒髪の友達を探しに人ごみの中へと消えた。

 あなたは今、喧騒の中にいる。このまま慰霊碑などに趣いてもいいし、この場にいてもいい。もしくは……。



品目パーティシナリオ 管理番号2242
クリエイター菊華 伴(wymv2309)
クリエイターコメント菊華です。
最初に、OPに出演してくださったNPCの皆さんと許可をくださった神無月WR、北野WR、瀬島WR、西尾WR、四月一日WR、鴇家WR、KENTWR、夢望WR、蒼李WR、葛城WRに盛大な感謝を。本当にありがとうございます。

今回の戦いでは多くの方が亡くなったとみられます。その為にこんなパーティシナを用意してみました。

推奨
・弔いたい人がいる方
・物思いにふけりたい方

30人までは書けますが、それ以上は気合になるかと思います。

何ができるか、という事については全てOPに書いてありますので参考までに。

今回はプレイング冒頭に以下の選択肢より立ち寄りたい場所を1つ選び、記入してください。
また、一緒に行動したい方がいる場合は名前とIDも一緒にお願いします。

【ア】慰霊碑
【イ】ロウソクや灯篭のあるエリア
【ウ】墓地/カタコンベ(地下墓地)
【エ】休憩所

プレイングは10日間です。
よろしくお願いします。

蛇足
今回のタイトルはラテン語です。意味は「安らかに眠れ」だったかと。

参加者
ヌマブチ(cwem1401)ツーリスト 男 32歳 軍人
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
ジャック・ハート(cbzs7269)ツーリスト 男 24歳 ハートのジャック
東野 楽園(cwbw1545)コンダクター 女 14歳 夢守(神託の都メイムの夢守)
吉備 サクラ(cnxm1610)コンダクター 女 18歳 服飾デザイナー志望
アマリリス・リーゼンブルグ(cbfm8372)ツーリスト 女 26歳 将軍
マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431)コンダクター 男 20歳 旅人道化師
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?
ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)コンダクター 男 27歳 マフィア
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
ジューン(cbhx5705)ツーリスト その他 24歳 乳母
ハクア・クロスフォード(cxxr7037)ツーリスト 男 23歳 古人の末裔
サシャ・エルガシャ(chsz4170)ロストメモリー 女 20歳 メイド/仕立て屋
飛天 鴉刃(cyfa4789)ツーリスト 女 23歳 龍人のアサシン
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)コンダクター 女 16歳 女子大生
ローナ(cwuv1164)ツーリスト 女 22歳 試験用生体コアユニット
坂上 健(czzp3547)コンダクター 男 18歳 覚醒時:武器ヲタク高校生、現在:警察官
百田 十三(cnxf4836)ツーリスト 男 38歳 符術師(退魔師)兼鍼灸師
ヴァージニア・劉(csfr8065)ツーリスト 男 25歳 ギャング
あれっ 一人多いぞ(cmvm6882)ツーリスト その他 100歳 あれっ一人多いぞ
リーリス・キャロン(chse2070)ツーリスト その他 11歳 人喰い(吸精鬼)*/魔術師の卵
臼木 桂花(catn1774)コンダクター 女 29歳 元OL

ノベル

起:慰霊碑にて。

 何者かの計らいか、ターミナルが星空に包まれる。その薄闇に紛れ、ふわり、とそこを出る者が1人。彼は樹海の入口で、ただ静かに黙祷を捧げた。
 ――三日月 灰人の為に。

 慰霊碑の周りには、数多くの人々が集まっていた。その人ごみに翼が潰されそうになりながらもアマリリス・リーゼンブルグは紫苑の花を三輪、サングラスの傍に置く。ナラゴニアで気にかけていたディーナと灰人、そしてミミシロの為に。
 ふと、脳裏に過ぎったのは、ナラゴニアでの戦いで見た、灰人の最後の姿だった。彼女は口の中に苦い物が広がっていくのを感じながら慰霊碑を見つめた。
(私に出来るのは、彼らの事を忘れずに彼らの分まで生きる事だけだ)
 彼女はそっと、首に触れる。部品が爆発し、吹き飛んだ物のこうして生きている。僅かに痛むそこを抑えたまま、アマリリスは「また、来るよ」と呟いた。残された紫苑の花言葉は、『あなたを忘れない』。それは、彼女の誓いなのだろう。アマリリスは一度だけそこを振り返り、僅かに頭を下げてまた歩いて行った。
 すれ違いに現れたのは飛天 鴉刃。彼女はその花に瞳を細め、潰さないように気をつけながら酒を置いた。
「何故、個では無く、組織を憎んだ」
 そっと、問いかける。そして、過去に共にした依頼の中での出来事を思いだし……もう一度口を開いた。
「私を憎んでいればどうなっていたのであろうな」
 死なずにいただろうか? それとも、殺し合って共に果てていただろうか? 色々な事が脳裏をよぎり、僅かに失笑する。彼女は酒好きだった『彼女』の事を思いながらその場をそっと後にした。
(これはお前が狂った原因かもしれない詫びと、少なからず見知った者の弔いだ)
 自己満足かもしれないが、と内心で付け加える一方で彼女は思う。自分は死ぬその時まで自分の道を行くだけだ、とも。
「そうだ、私は私の道を行くだけだ」
 何かを確かめるように、鴉刃は小さく呟いた。

 吉備 サクラは走っていた。何も言えなかった彼女は、先程シオン、グラウゼ、ロンとぶつかって、同時にポケットへ缶コーヒーを捻りこんだ。今頃、気づいているかもしれない。そんな事を思いながら立ち止まり、そばにあった瓦礫に背中を預けた。目頭が熱い。頬が痛い。サクラは胸元をきつく握り締めると目をぎゅっ、と瞑った。
(私の知ってる方で亡くなった方は居ないです。けど)
 やはり、友人が、知人が嘆いている姿を見るのは胸に響く。少しでもその悲しみに折り合いが付けば、と願う物の、何を言っても軽い物になってしまいそうな気がした。だから、シオンが涙を流していたとしても、何も言えなかった。そんな彼女は、ロンが呼び止めている事に気付かなかった。
 その頃、ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノはその場を離れようとしていたシオンと出くわしていた。彼女は憔悴しきったシオンの姿に、僅かに過去の自分を重ねた。
「両親が亡くなった時は、ゆっくり祈りを捧げる暇もなかったのう。借金の件に関わらされることを恐れて、葬儀後急いで国を出たゆえにな」
 どこか遠い目で呟く彼女に、シオンは何も言えず立ち尽くす。けれど、ジュリエッタは小さく微笑んだ。
「今はただ、亡き人々に祈りを捧げようぞ」
 そして、シオンの耳元で落ち着いたらデートでも、と囁けば、彼は僅かにくすり、と笑った。
 そんな様子を、1人見つめる者がいた。ローナである。彼女は他の参列者に見つからぬよう、物陰に隠れながら、色々と悩んでいた。
「所詮は研究所育ちって事なのかな」
 自嘲気味に、呟く。確かに、戦いの中で殺す事も、誰かを傷つける事も覚悟していた筈だった。けれどもシオンとディーナの事を知り、深く悩んでいた。なぜなら、ディーナの死因は……。
「アンタは悪くないよ。敵で、戦争だったんだから」
 不意にそんな声がする。肩を叩かれたローナは顔を上げた。すると、白衣を纏った青年と目があった。彼は1つ頷くと、黙って立ち去った。

 ことり、と音を立てて、何かが置かれる。よくみるとそれは接点切替式のスイッチだった。ただ、接点は黒く焦げ回路は接合し、赤と黒の配線が宙へと伸びている。それを置いたのは誰か解らないが、ふと、「君達には呪わしい物に違いない」と呟く声がする。

 ――報告書を読んだ。ハングリィ、乱子、ホワロ、壱也、郁矢、ディーナ。君達の魂と名前は記憶となってチャイ=ブレが、恒河沙が尽きる刻まで持っていくことだろう。

「?」
 そんな声が、どこからともなく聞こえる。立ち去ろうとしたロンが顔を上げ、あたりを見渡すも、誰が呟いたかなぞ解る筈もない。シオンやグラウゼに問うも、2人とも首を振った。けれども何故だろう、その声は、どこか仄かに羨ましさを滲ませたような物だった。

 少し人がまばらになり、ローナが1人祈りを捧げる。それと入れ違いに、青年は慰霊碑へ足を運んだ。誰もいないその場所から、彼はサングラスを手に取った。

承:墓地・地下墓地にて。
 ――死人は、過去の存在。安らぎなど無意味。
 そういう意識が彼にはあった。が、それでも亡くなった物の為に黙祷を捧げる。しばらく黙ってホワイトタワーを見つめていたが、彼はカーキ色の外套を靡かせてそこに背を向けた。脳裏にはキャンディポッド、フォンス、レイナルドの顔が浮かんでいた。

 ターミナルにも、墓地は存在する。その一角に、仮面のマスカローゼはいた。彼女は墓参りに来る人々を案内したりしていた。
「ここに三日月灰人の墓はあるか?」
 ふと、ハクア・クロスフォードに訪ねられる。マスカローゼは「ええ」と頷くと、彼は案内を頼んだ。確かに灰人の遺体は無いが、誰かが弔いたくて作ったのだろう。真新しい墓石には、確かに彼の名が刻まれていた。
「全く、最後になんて残酷で優しい約束をするんだ……お前は」
 いつか、同居している灰人の娘にキチンと話さなければならない。そう思いながらハクアはケイトソウの花――花言葉『聖なる愛』――を捧げた。
(いつの日か、ちゃんと話したら……きっとあの子は泣くだろう)
 それでも、話さなくてはならない。胸が痛むのを覚えつつも、彼は暫くの間灰人の墓を見つめていた。

 そこから少し離れた場所で、東野 楽園は墓を作っていた。彼女が弔いたいのはナラゴニアで世話になった銀猫伯爵だ。楽園はカナリアのように愛らしい声で、彼女と同じ名前を持つ『In Paradisum』を歌いながら手を動かす。
(心優しい伯爵が天国で愛する人と結ばれますように)
 木で作った十字架を立て、『マリア・マチルダ』白い薔薇を手向ける。それは嘗て銀猫伯爵が愛した女性と同じ名前だった。
(貴方の事も、貴方の言葉も忘れない)
 いつか、全てを許せるように、と祈りつつ少女は去り際、薔薇の花弁に唇を寄せた。
 一方、別の場所では坂上 健が墓地の土を掘っていた。彼は、先程慰霊碑から持ってきたサングラスをここに埋めよう、と思ったのである。手を土まみれにしながらある程度掘ると、そっとサングラスをその中に置き、また土を被せた。その間、何か言おうとするも、口がパクパク動くだけだった。言葉が、出てこない。結局、健は黙って瓦礫の一欠片を置くと、その上に酒をかけてやった。
「おやすみ」
 やっと出た言葉と共に、涙が溢れる。胸に広がる苦味と痛みに、健はただ俯いていた。いつの間にか、晶が傍にいた。彼は健になんと言葉をかければいいのか、少し考えていたが、ややあって、だまってその場を離れた。
(今は、そっとしておいたほうがいいでしょうね)

「あら……」
 マスカローゼが顔を上げると、そこにはジャック・ハートがいた。彼は紙袋と保温水筒を見せ、いつものように野性味のある笑みを浮かべる。
「根を詰め過ぎンなヨ、マスカローゼ」
 しかし、その目は比較的穏やかだ。彼はマスカローゼに、自分の事を脇に置き過ぎてて心配になるんだ、とそっと肩を叩いた。
 墓地から少し離れた所に腰掛け、2人で紅茶を飲む。紙袋を開けると、中からサンドイッチが出、マスカローゼは礼を述べてゆっくり食べ始めた。
「墓地に来たのは誰かを弔う為でしょう?」
 その問に頷くも、ジャックはきっぱりとこう言った。
「でも俺ァ、死人より、今生きてる仲間の方が万倍大事だ。闘えば生きてれば、必ず誰かは死ぬ」
 そう言った上で、彼はマスカローゼの目を見、しっかりと告げる。
「俺ァ、お前には、お前自身の意志できちんと生きてほしいんダ。にそんなに難しいコト言ってンのか?」
 マスカローゼは、暫くの間、黙ってジャックの目を見続けていた。何と言えばいいのか、解らなくなった。ジャックはただ静かにマスカローゼの手を取った。

 その頃。カタコンベを訪れる2人のコンダクターの姿があった。その内の1人、ファルファレロ・ロッソは辛気臭ぇ場所だな、と悪態を吐きながら石造りの階段を下りる。それを見かけたアーティナが顔を上げれば、ファルファレロは苦笑した。
「誰かを弔いに来たのですか?」
「強いて言うなら、自分自身さ。……皮肉な話だけどよ」
 壱番世界には、彼の墓もある。ただ、本人曰く誰も来ないから寂れているだろう、との事だったが。娘と喧嘩し、家に居づらくなってここへ来たのが実の所なのは黙っていた。静かに地下墓地内を歩きながら、己を自重し、母親を初め己の手で殺した人々の事を追憶する。
「なぁ、R.I.Pのもう一つの意味知ってるか?」
 ふと、ファルファレロに問われ、アーティナは首をかしげる。彼は静かに黒い瞳を伏せて答えた。
 ――Remember in place……この場所を忘れるな、という意味だ、と。

「へぇぇ、0世界にもこんな場所あったのねぇ。墓場だけでも相当レアだと思ったのに」
 そう言いながら降りてきたのは臼木 桂花。彼女はメスカルの入ったスキットル片手に階段を下り、辺りを見渡す。静かに並んだ柩や備えられた物を見つつ、彼女は傍らのドッグタン・ポチと興味深そうに歩いていく。ふと、目に止まったのは『導きの書』らしき物が置かれた柩だった。文字はかすれて読めないが、嘗て活躍した世界司書なのだろう。
(零世界の人間関係はもっと薄いと思ってたけど)
 新たな発見があるものだな、と思いつつ、ベンチに腰掛けてメスカルを飲む。僅かに聞こえた男女の声に耳を傾けながら、桂花はポチと共に並ぶ柩を見渡すのだった。

転:灯火の広場にて。
 ターミナルの静寂を破り、靴音が響く。ややあって止まったその場所は、修復を終え蘇った世界図書館だった。ここでも彼は、幼き世界司書、ミミシロの為に黙祷を捧げた。けれども、本音ではこの行為に意味を見出せなかった。彼らを殺した行為への罪悪感など毛頭もない。けれど、それでも……。

 ゆらゆらと揺れるロウソクの炎を見つめ、シーアールシーゼロはそっと、跪いた。先ほどフランから貰ったロウソクに火を灯し、空いている場所へと置く。
「亡くなった人々全てに安寧がありますようになのです」
 そっと呟いて目を閉ざし、少女は祈りながらも死について考えてみる。ゼロには、同類と呼べる存在がいない。尚且つ、ターミナルには『死なない』存在も多数存在している。その為か、『自分がそうなったらどのように迎えるのか、それとも迎えないのか』『死を迎えたらどうなるのか』を知らない。彼女は暫し立ち尽くし、その事について考えた。
 もし、彼女がそれを声に出していれば、近くにいた百田 十三はどう答えただろうか。彼はぼんやりと何かを思いつつ、煌びやかな灯火に瞳を細めている内に出身世界である魍魎夜界を、そして、大切だった人々の事を思い出していた。その場で荼毘に付された友人、遠くから葬列を見送るしか無かった師匠。そして、誰にも弔われなかっただろう婚約者……。十三は黙って目を閉ざしていたが、ややあって口を開いた。
「俺にも1つ、火を貰えるか」
 傍にいた予祝之命が火を差し出してくれた。十三は一礼し火を分けてもらうと、そっと近場に置いた。
 ――師匠、直至、伽夜……務めを果たし、俺もいつか必ず行く。
 だから、今は安らかに眠っていて欲しい、と心を込めて手を合わせ、彼はもう一度瞳を閉ざした。
「全ての命に、安らぎがありますように」
 予祝之命が、2人の祈る姿に目隠しの奥で瞼を軽く伏せる。彼女の優しい声色に、ゼロも、十三も静かに頷くのだった。

 灯りが見えたので立ち寄ったヴァージニア・劉は目を丸くした。
「へぇ、壮観だな。ターミナルにもハロウィンってあるの?」
「ううん、慰霊祭の一環なんですって」
 彼の問いに、メルチェットが答える。蝋燭の煌きに二つに分けて結った金髪を揺らし、少女は劉を案内した。その中を、彼はどこか落ち着かない様子で歩いていく。まだ母親がまともだった頃、イヴに行われた教会のキャンドルナイトへ行った事があった。それを思い出してしまうからだろうか。
 ややあって、彼は傍らの木に掛けられたカンテラから、煙草に火をつけた。煙を吐きながら思う。人を殺した事は悔やんでいない。それが自分の仕事なのだから。しかし、もしそれ以外に道があったならば……?
(俺は、こうしちゃいねぇかも、しれねぇな)
 どこか遠い目で煙草を吹かす劉を、メルチェットは僅かに寂しげな目で見つめていた。

「蝋燭を2本もらえないか?」
「はい、どうぞ。必要になったらまた言ってね」
 相沢 優がフランに問えば、彼女はそっと蝋燭を渡してくれた。彼は礼を述べると傍らの蝋燭から火を貰って近くに置いた。彼が弔いたかったのは、ブルーインブルーで宰相を勤めていたフォンスと、嘗てのトレインウォーで共に戦った灰人だった。今でも群青宮でのフォンスの姿を、共にロストレイルの中で戦った灰人の姿を思い出せる。
(どうか……)
 だから、切実に、祈る。
 ――どうかその魂が安らかであるように。
彼らが愛した人達が、いつまでも彼らの事を忘れない様に。
 優はただ、静かに跪き、心を込めて祈る。灯火に浮かび上がるその姿は、もしかしたら、在りし日の『牧師』を思わせたかもしれない。灰人を知る人々は、そう思っただろう。
 そんな彼の姿をフランが見つめていると、見知った顔がほほ笑みかけてくれていた。
「フランちゃん、ずっと1人で配ってると疲れませんかぁ?」
 小さな箱と水筒を持った川原 撫子が肩を叩く。よく見ると人も大分まばらになってきていた。自分が変わりをやるから、休憩してはどうだろう、と提案する彼女の声を聞いたのか、メルチェットが蝋燭入りのバスケットを受け取った。二人は近くのベンチに腰掛け、共に紅茶を飲むことにした。
 柔らかなケーキを口にしつつ、フランと撫子は少しばかりおしゃべりに興じる。そのさなか、撫子は心配そうに口を開いた。
「あの、お祈りしたり、マスカローゼちゃんとお話したい事があれば行ってきて下さいぃ。私、その間変わりますからぁ」
「大丈夫よ。もう、済ませているから。……ありがとう」
 フランがやんわりと答えれば、撫子は少し不安げな表情を見せる。それを嬉しく思いながらも彼女は撫子の手を取って笑ってみせた。

結:休憩所にて。そして……。
「少し、お茶でも飲もうか」
グラウゼの言葉にロンとシオンも頷く。3人が休憩所へと足を運ぶと、桃色の髪を揺らしてジューンが微笑む。
「いらっしゃいませ。お席へご案内いたします」
 カウンターの奥では『トゥーレン』のマスターであるウィルが忙しそうに働いている。よく見ると、サシャ・エルガシャも手伝っているらしい。彼女は淹れられたばかりだろう珈琲を客に運んでいた。
「それじゃあ、何か軽食を頼みましょうか」
「そうだな、少し疲れたし……」
 ロンとシオンの言葉にグラウゼが頷き、ジューンにサンドイッチと珈琲を頼む。そして、ジューンにのみ聞こえるように土産用のクッキーを頼んでいた。
「畏まりました」
 ジューンはぺこり、と頭を下げてメニューを手にカウンターへ戻る。そしてオーダーをウィルに告げた。その短い間にも、彼女は、休憩所を訪れる人々が亡くした友の話をしていたり、静かに思い出に浸る姿を控えめな柔らかな声で給仕しつつ観察していた。
(もしかして、こういう行為の方が人間にとっては自然なのでしょうか?)
 彼女いたコロニーには、慰霊碑も墓も無かった。だからと言ってセブンスゲートの人々が他者の死を悼んでいない、と言う訳でも無かったが、初めて見るそういった物に、彼女はいたく興味を持っていた。

「ホットミルクを頂けないかしら?」
 リーリス・キャロンはサシャにオーダーを頼むと、静かに人々の感情を見た。彼女は人々にバレないよう注意しつつ吸精しようとここへ足を運んだのだ。暫くしてホットミルクが運ばれてくるとリーリスはふぅふぅと冷ましながら少しずつそれを飲んでいた。そこでふと、考える。ここでこんな風に感情が場所を支配する事があっただろうか、と。
(イベントでもこんな風に場が染まるほどの感情はなかった気がするんだけどなぁ)
 まぁ、しかし。これで1ヶ月間陰陽街に行けなかった分が事足りそうだ。そう思っていると、同じように人々の様子を見ていたジューンと目があった。
「追加でクッキーも貰えるかしら、お姉さん?」
 その言葉にジューンは畏まりました、と笑顔で答える。が、あまり減っていないミルクに優しい笑みを零す。それに、リーリスはつん、と答えた。
「あたし、猫舌なのよ」
「あら、そうなの?」
 近くで紅茶を飲んでいたルディが眼鏡を正しながら苦笑する。それに少し肩を竦めつつ、リーリスは吸精できるタイミングを図っていた。

「そろそろ休憩にしましょうか」
 暫くして、休憩所を手伝っていた2人にウィルが言う。そこで、サシャはミルクティーを注文し、淹れてもらった。
「ビスコッティはご自由にどうぞ」
「! ありがとうございますっ」
 サシャは喜んで受け取り、奥のテーブルへと持っていった。そこではティアラもミルクティーを飲んでいた。サシャがビスコッティを持ってくると、ティアラも嬉しそうに微笑む。
 椅子に座り、早速ミルクティーを1口。柔らかく、心安らぐ甘味にサシャは口元を綻ばせた。
「美味しい……。温まります」
「そうね、胸の奥もあったかくなるわよね」
 それにティアラが相槌を打つ。と、サシャの目に止まったのは幾つもの童話だった。彼女はそのうちの1冊を借り、読みながら死者の冥福を祈り、亡き旦那様との思い出に思いを馳せる。そうしていると、幼少期に色々な童話を、旦那様から読み聞かせてもらった事を思い出した。
(眠れない時は何度もせがんで困らせたっけ……)
 思わず苦笑していると、自然と本の表紙を撫でていた。顔を上げると、黒猫にゃんこと目があった。彼の傍らには、見慣れない黒髪の少女がおり、どこか思いつめた顔でココアを飲んでいた。何かを感じ取ったサシャは、自然と呟く。
「無理に忘れなくてもいいんです。覚えている事が弔いになるから」
 その言葉に、少女の目から涙が溢れる。にゃんこが慰めるように寄り添い、目でサシャに感謝の意を現した。

「何と言えばいいのか、解らなかったんだにゃ。……ありがとう」
その一言に、サシャは赤くなって首を振った。

――ターミナル・某所。
 ヌマブチは1人、空を見上げた。ターミナルの空はいつも青い。けれど、慰霊祭の間だけは星空になっていた。それも、もうすぐ戻るだろう。
 彼は黙って軍帽を目深に被り、赤い瞳を閉ざす。確かに、自分は黙祷に意味を見いだせない。けれども、形だけだとしても、死者への礼を忘れてはならないと思う。殺人に麻痺し人の心を欠く自分だけは。
(人で在る道を選ぼうとするならば、この思いが最後の一線でしょう)
 彼は1人、慰霊祭の会場へと目を向けていると……風に乗ってこんな声が聞こえた。

 ――おはよー、新0世界ー!

 突き抜けて明るい声を上げたのは、高台にいたマスカダイン・F・ 羽空だった。彼は0世界そのものを弔おうとそこにいた。
(って言っても、こんだけ樹があれば花は足りてるよね~)
 そんな事を思いつつ、マスカダインは静かにターミナルを、それを囲む樹海と、その奥に見えるナラゴニアを見つめた。
(色々思い出したの。信じてたモノ壊されて)
大切な事も、逃げて忘れたかった事も、何もかも。誰かの為に生きようなんて言っても、きっと本当の自分から逃げている、多分。だから、彼は自分の命も、世界も捨てた。
(本当は誰も弔う資格なんて、命を失くすな、なんて言う資格無いの)
 マスカダインはすぅ、と深呼吸した。あの出来事でこの世界は生まれ変わったように見える。それは、自分と同じようで、思わずくすり、と笑う。そして、叫んでいた。

 静かに死を悼み、死と向き合うその中で、人々はそれぞれ色んなものを抱えながら、思いながら歩いていく。その背中を見ながら、亡き人々は安らいでいくのだろうか。

 蝋燭の火が1つ、また1つと消えていく。その最後の火が消えたとき、ターミナルの空は元通りになった。

 ――また、新しい日々が始まる。

(終)

クリエイターコメント菊華です。
ようやく完成いたしました。長い間お待たせしてごめんなさい。そして、少しでも雰囲気を出そうと頑張ってみました。

今回は静かに弔う事に重点を置いたつもりです。少しでも心の整理とかにつながればいいな、とも思っています。

 皆様、ご参加ありがとうございました。また縁がありましたらよろしくお願いします。
公開日時2012-12-03(月) 21:50

 

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