オープニング

 世界司書アインの下に集まったのは数人のロストナンバー達。
 先だってイルファーンに渡された依頼内容を踏まえて集った者達を前に、アインは一度、頭を下げた。
「魔女により大いなる禍がとある国へもたらされるという預言に関する依頼――イルファーンさんに依頼したときにわかっていた情報については、既にお示ししたとおりです」
 魔女と呼ばれ、一族を処刑された女占い師。
 その占い師が大いなる禍をもたらすことができる力を備えて母国に舞い戻る。
 大いなる禍の源は竜刻に何らかの細工がなされたものにより引き起こされるものであること。
 竜刻は都市のいくつかの地点にしかけられ、一定の仕掛けがなされたところで発動すること。
「竜刻の力そのものについてや、引き起こされる災禍の内容には何らかの不確定要素がからんでいるようで……預言書に現れてきません」
 内容の再確認を行ったアインが、そう説明した。

「つまり、僕達はその仕掛けを止めるか、その魔女と称された彼女を止める事が必要、ということだね」 
 怨嗟に突き動かされ行動する女性をとめること――負の連鎖を断ち切りたいと思う事。
 それは、イルファーンがこの依頼を受けようと思った根源の想い。
「復讐という気持ちもわからないではない……だが、止めてやるべきなんだろうな」
 黙してアインの言葉を聞いていた緋色の武装神官、アクラブが応じた。
「問題は如何に目立たず、異端狩りに巻き込まれずにその目的を達成するか、だ」
 深い森の色の瞳持つ青年ハクアが、考え込むような色を宿し考え込む様子を見せると、のほほんとした声がそこに応じる。
「目立たないことなら得意なのです。世界に安寧が増えるようにしたいので、ゼロは頑張るのですー」
「おれ様の姿ニャら異端と思われる事なくあっちこっちを探れるのにゃ。色々潜り込んでみるにゃ」
 そんなゼロに抱きかかえられながら言うのは、三池幸太郎だった。

「――そのことです」
 アインが困ったような表情で五人を見た。
 ここから先は預言書によらない状況ですが、と一言置いた上で
「先だっての竜星の闘いでこちらに籍を移したロストナンバーであるフランさん、そして同一の存在ともいうべきマスカローゼさんの双方からもたらされた情報があります」
 ほう、とアクラブが眉根を上げた。
「アルヴァク地方の国家の一つ、シュラク公国には、世界樹旅団の者が関わっている、というのです」
 場に、先ほど以上の緊張が張りつめた。

 旅団本体は先だっての竜星の闘いの後、ヴォロスではなく別の世界を当座の目標に定めたらしい。壱番世界への度重なる襲撃も記憶に新しい。
 しかし、新たな戦力が振り向けられる可能性もあれば、既存の旅団員による妨害行為もありえる状況と言えた。
「彼女達に詳細な内容を聞くことはできないのですか?」
 イルファーンの言葉には、アインが首を横に振った。
「本来はそれができれば一番なのですが私もまだつい先ほど聞いたばかりでして……現時点で詳細を詰めるには、預言の時期が迫りすぎています。情報がもたらされるのが遅すぎました。皆さんにはヴォロス、アルヴァク地域へ急行していただき、当該都市国家に潜入――魔女とよばれた女性の企みを防ぐことに、まずは専念していただければ、と」
 そういうと、アインは申し訳なさそうな顔で、再度頭を下げた。
「或いは、この魔女の件も、何かしらの関わりがあるのかもしれません。そうでないかも。そうでなくとも、何かしらの干渉はありえますし――恐らくその辺りが、不確定要素となっているのでしょう。……こんな状況での依頼となって甚だ申し訳ありませんが、よろしく、お願いします」
 下げたままの頭を更に下げ、アインは言葉を結ぶ。



 シュラク公国。

 ヴォロスはアルヴァク地方西方の大森林を背にして東を臨むその国家は、城壁に囲まれた巨大な街とその中心に位置する城によってなる都市国家である。
 竜刻の力を宿した多様な装備を手にする精兵の騎士団を持ち、森林より迷い出る魔獣討伐の経験を重ねる事で鍛えられた兵達を備えるこの都市国家は、軍事国家としての側面を持つ。
 背後の森林に住まう森の民と不可侵の約定を結び、東方の大砂漠への道すがらに点在する草原の部族の殆どを従えた今、かつてない兵力基盤を有するに至っている。覇王としての道を歩み始めたこの国の若き王オルドルには、名高い宝が二つあった。
 一つは王の妻であり、アルヴァク一と称される美貌を誇る賢姫エルシダ。
 今一つは、そのエルシダの兄にして先代国王の代より頭角を現し、今では辣腕の宰相として名声を響かせ始めた青年、サリューン。

 政務をサリューンが、外交をエルシダが、軍事をオルドルが為す、俄かには信じがたい政体をとるこの国は、オルドル即位後のわずか一年たらずで支配地を各段に増強した。
 更に先だってのアルスラ侵攻では、砂漠の都市国家群により構築された防衛線の内側まで攻め込み、橋頭堡を築いたばかりである。
 北の強国アルケミシュの軍事力がほぼ潰えた今こそが、シュラク公国にとっては領域を拡大する最大の機会だった。
 勿論、それは天佑によるものではない。
 この世界でこそ理由はしられていないが、アルケミシュ軍壊滅の原因であるマスカローゼの行動を事前に知りえていたからこそ、軍を動かす準備が可能であり、いずれの国も動く事ができないタイミングでの進軍が可能となった。
 その、シュラク公国において政務を取り仕切るサリューンは今多忙を極めている。
 即ち、軍の進発を十日程後に控え、その前段階として諸々の準備をしなければならない状態にあり、必要以上の他者との会話もできないレベルにあるはずだった。しかしそんな彼が、城の奥深くでとある女性と会見を行っている。

「それでは私はそろそろ行かせてもらうよ」
「ああ。――しかしいいのか? 私にとっては都合のよい事象でしかないが、ユリア……あなたにとってはようやく戻る故郷だろう?」
 書類に埋もれた机を挟んで向かい合う、一組の男女。
 片方は白く輝く髪を丁寧になでつけた青年宰相サリューン。
 相対する女の名は、ユリア。
 かつて、類い稀なる占い師として近郊の小国で名を馳せた女。
 ――そして、その国の王により斬首されたはずの女。

 彼女と彼女の一族の死刑は大々的に行われるはずだった。
 だが、一族の殆どが首を落とされた後、ついに女が斬首されるというその瞬間に女の周囲を眩い光が取り巻いた。そして、そのままに行方を眩ましたのだと伝わっている。
 曰く竜刻の力により脱出した、曰く魔の者だった、曰く曰く曰く。
 ロストナンバーにしてみればおおよその想像がつく事象でも、唯人の目には異常な事態である。
 公式には斬首されたことになった女についての憶測は更なる憶測を呼び、国王を疑心暗鬼に陥れた。
『貴方様の王国は、一夜の内に滅びを迎えることでしょう』
 過去より未来へと至る迄、問いかけられしありとあらゆるものを見通すと謳われた占い師の一言に怯え続けた王は、魔女として殺そうとした女こそが正に己の国を滅ぼすものなのではという妄執に憑りつかれた。

 魔女は死んでいない!
 魔女は魔女の姿をしているとは限らぬ!
 魔女の知人達もまたこの国を滅ぼす為の郎党であるに違いない!

 その想いは、国に残された魔女の縁戚から知己に至るまでを公開で処刑した程度で収まるものではなく――魔女狩りの嵐が、唐突に国に吹き荒れた。
 優れた竜刻の使い手であれば「魔女の薫陶を受けた者では」と疑い、異端と思える能力を持つ者がいれば、魔女が姿を変えたのではないかと疑う。
 結果、国は荒れた。
 本来国を守るべきはずの異能の者は残らず殺害され、或いは逃亡した。
 優秀な能力を持つ者達も国を見限り、今や国王の側近として残るのは処刑されるのを畏れ爪を隠す者と、国王の狂気に乗じて己の権勢を高めようとする佞臣のみ。
 それは、既にしてありし日のその国の姿を残すものではなく。

「故郷……そう、だな。世界を超えた後に再び帰り来れた地という意味ではそうかもしれない」
 目に深い影を宿した女が哂う。
「――だが、もう家族もいない。友も死んだ。私が愛した祖国アルミラは愚王の狂気に呑まれ、滅びたも同然。今更その行く末を気にする必要がどこにある?」
 そう言って女は踵を返し、部屋の出口へと向かう。
 その扉を前に立ち止まると、振り返らぬままに再度口を開いた。
「マスカローゼ達による竜刻研究の成果は見事なものだ……私の仇は、私自身で討たせてもらおう――悪いが、今回についてはあなたの手駒たる王と騎士団に出番はないぞ」
「結構だ、戦力と物資がその分温存できる。私の目的は、スレイマン王国を護る盾である彼の国の崩壊であり、容易にアルスラ・スレイマン両国領域に侵攻可能な彼の地の城塞だからな。……あぁ、そうだな、城はあまり壊さないようにしてくれると助かる」
「保障はしないが、心には留めておこう――最も、この竜刻達の織りなす雷と地下からくみ上げられた炎が、手加減をしてくれればの話だがな。……いっそ、私自身で制御もせずに暴走させてくれようか」 
 言い捨てて扉をでていく女の背に並々ならぬ決意を見てとったサリューンは、椅子に背を預け、扉の向こうの女へと小さく言葉を吐いた。
「マスカローゼの轍を、繰り返してくれるなよ――」



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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。

<参加予定者>

イルファーン(ccvn5011)
アクラブ・サリク(chcz1557)
ハクア・クロスフォード(cxxr7037)
シーアールシー ゼロ(czzf6499)
三池 幸太郎(ctxr4035)

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品目企画シナリオ 管理番号2149
クリエイター蒼李月(wyvh4931)
クリエイターコメント この度は企画のご提案ありがとうございます。
 余所の地域でのお話としての運営を考えましたが、アルヴァク地方と絡められたら絡めてほしいとのご要望もありましたので、こうした形でご提供させていただくことといたしました。
 ……はい、OPで色々、色々でてます。
 皆様思うところはあるかもしれませんが、当座の目標は魔女ユリアの目的をとめることとなります。
 ユリアは複数の竜刻を都市国家であるアルミラ各所に仕掛け、一定の指向性を持たせる事で相互干渉をおこさせ、竜刻の力を増幅させる方法を用いようとしています。
 これをとめるには、何らかの方法で竜刻を探し出し確保するか、ユリア自身を探し出し、竜刻を用いての復讐をやめさせる、或いは武力により排除する必要があります。
 彼女は都市国家アルミラの内部で本シナリオの間は行動します。
 魔女として処刑された時と容貌に変化はありませんが、流石に顔を隠す等の変装はしていることでしょう。
 街中で何かしら異端と思われる行動をとると、周囲の人により通報され、すぐに巡回中の兵隊に取り囲まれることになります。
 王様は城の奥深くに引き籠り、側近以外の誰とも会おうとしませんし、通常の手段では侵入が難しい隠し部屋の中に居を定めています。
 そこに現れた場合、異端の術を操る者として魔女の一味と思われる事でしょう。
 ちなみに目立った竜刻使いや異端児レベルの武芸者等は既にこの国にはいません。
 取り囲まれ、取り押さえられそうになっても皆様なら切り抜けられることでしょう。
 ただし警戒レベルはあがりますのでその後通常の探索行動等の難易度は上がると思われます。
 普通にしている場合は、旅人の外套効果もありますので、基本的に気にされることはないはずです。
 それでは皆様の良い旅をお手伝いさせていただければ幸い、ご参加を心よりお待ち申し上げます。
 

 ……なお、日程の都合上期限は長めに取らせていただいております、ご了承くださいますようお願いいたします。
 また、本シナリオは時系列的にはホワイトタワー襲撃直前の一日、という扱いになります。したがって、本シナリオに参加することでその他のシナリオに参加できなくなる、ということはありません。

参加者
イルファーン(ccvn5011)ツーリスト 男 23歳 精霊
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
ハクア・クロスフォード(cxxr7037)ツーリスト 男 23歳 古人の末裔
三池 幸太郎(ctxr4035)ツーリスト 男 26歳 化け猫
アクラブ・サリク(chcz1557)ツーリスト 男 32歳 武装神官

ノベル

 重層的な何かを持って本来外に放出されているはずの熱量を無理やりに小さな器へと圧しとどめているような、そんな奇妙な雰囲気を感じさせる市街地の賑いだった。
「ハクア」
 横にいた朱い髪の武人が不意に呼び止めてきた。
「あれでいいだろう」
 そういうアクラブの視線の先にいるのは、二人の近衛兵。
 それこそが、二人が探していた存在だった。
「お城の兵隊さん、ですよね?」
 兵隊へ近づいていったハクアが気軽に声をかける。
 アクラブはといえば、すぐ近くの路地裏へと身を潜めた。
「何だ貴様」
 この地域ではあまり見られないハクアの風体を見て、兵達はやや眉根を寄せて応じた。
「いや、旅の者だがちょっと怪しげな話を耳にしてね――ここじゃなんだから」
 そう言ってすぐ近くの路地裏を示すハクアに対し、多少の警戒を抱きつつも二人の兵は黙って応じる事としたらしかった。
 背こそ高いが武装している風でもない青年が一人。
 いざとなれば二人がかりでどうとでもなろう――その油断により、彼らはあっさりと昏倒させられたあげく、衣服をはぎ取られることになる。



 近衛の目印らしい該当を身に纏ったハクアとアクラブ。
「ならば俺は街中で聞き込みを続ける」
「あぁ、頼む」
 一旦ばらばらに動いて、それぞれの手法をとることになっていた。
 ハクアは兵隊として城への潜入を試み、アクラブは王命と偽ってユリアの事を街で聞きこむ。
 ゼロと幸太郎は街を練り歩いて竜刻を探す事を優先しつつ、魔女へのアプローチをかけていくと言っていた。
 そしてイルファーンは、もう少し異なった方法を試してみる――と。
 聞いてみれば半ば賭けのような部分もあるようにハクアには思えたが、それもまた一つの手法。
「上手くいくと、いいんだが」
「何がだ?」
 思わず呟いた言葉を尋ね返され、ハクアは一度首を振った。
「なんでもない。さぁ、俺達もさっさと動こう。残された時間は少ないんだからな」
「うむ。朗報を期待しておいてくれ」
 互いに頷き合い、背中合わせに歩みを再開する。
 小さいとはいえ国家レベルの都市。
 その中にいるたった一人の侵入者。
 ――闇雲に探すには、時が足りない事は明白だったからこそ、互いにやれることをやりきるつもりだった。



「ここは呪われた街だそうじゃないか」
 旅の占い師、という名目で客を取り始めたイルファーンが、誰彼構わず不穏当な発言を繰り返して数時間が過ぎようとしていた。
 手札をめくり、ある者にはその顔の相を見て。
 至極真っ当な占いをした後に、必ずそう告げた。
 そして付け加えるのだ。
「急いで逃げた方がいい。この街には滅びの兆候がでている――僕の占いを受けてくれた人達も、ね」
 閉塞感に満ちた街だからこそ、そうした噂が広がるのは早かった。
 そして、密告が行われるのも――或いは噂そのものが軍部に伝わる方が早かったかもしれない。
「貴様が噂の占い師か! 王命により拘束する」
 問答無用、を地でいく隊長の言葉と共に、イルファーンの両脇を二人の兵が捕らえ、引き立てようとした。
 しっかりとつかまれていたはずの腕は、しかしある一瞬でするり、と抜け出した。
 感覚の違和感に茫然としかける隊士を脇に置き、イルファーンは隊長と見た男へと告げた。
「僕を捕らえようというなら特段の異論はない。引き立てられなくてもついていくよ。ただし、あなた方の王に伝えてほしい」
 一呼吸置いたイルファーンは、それまで占い師を装う為にかぶっていた黒い布を外し素顔を顕わにした。
 玲瓏と響く声音に加え、雪を抱いた山麓のような――あらゆる人を受け入れる抱擁力と、時にその命を優しく彼岸へ送り届ける凄烈さの二つの印象を与える容姿が効果的に隊長の意識へと響いていく。
「――王の代でこの国は亡ぶ。僕はその理由を知っている」
 巫女の託宣の如き言葉は、かつて斬首に処された魔女の言葉と等しいほどの存在感を持つもの。
 これは、己が手に負える事柄ではない。
 そう隊長に思わせるには、十分な力をもった一言だった。



「恐れは闇を生み、そして、闇が更に恐れを生み出す……負の連鎖反応に陥っているんだにゃ」
「国が滅ぶと言う予言が切欠となり実際に国が傾き滅ぼうとしているのです。運命に悪意があるかのようなのですー?」
 イルファーンが敢えて拘束されるべくせっせと占いを展開している頃、幼い少女と猫が二人、開けた場所で作戦会議を開いていた。
「竜刻は見つけ次第、回収するのは当然として、単純に暴走する可能性も考えなければなのです。幸太郎さんにもゼロの持参したタグをお渡ししておくので、見つけたらよろしくお願いするのです」
「任されたニャ」
 香箱を組んだ三池幸太郎は、言葉の軽さとは裏腹に重々しく頷き、差し出されたタグを受け取った。
「暴走を懸念しつつも、まずは竜刻を見つけ出し抑えるのが肝要だニャ。菱形か、或いは四隅か。どっちかわからにゃいけど儀式的な要素が必要なら意味をもった位置に配されているはずだにゃ」
「仕掛けられた竜刻は四つなのです?」
 はてそうだっけ、とゼロが問い、「そうにゃ」と幸太郎は頷いた。
 自信を持って頷く様子に、その情報だけ漏らしてしまったのかしらんとゼロは想い、頷く。
「鬼門と反鬼門ってのがあってだにゃ。おそらく、この街の龍刻も、その類の配置が考えられるにゃ」
「となると、霊的な感じで重要そうなポイントだったり、街の門だったりそういうところを探すのがよさそうなのです」
「そうなるにゃ……方針が決まれば、後は探すだけだにゃ。おれ様はこの姿でないと入りにくいような場所を重点的にあたるから、おめぇは今言ったような場所や、城を取り囲むような場所で妖しそうな場所を探すのがよいんじゃないかにゃ」
 幸太郎の言葉に、ゼロも頷いた。
「魔女さんは処刑時の状況からしても、ロストナンバーの可能性が高いと思うのです。ですからすれ違う人の真理数のチェックも忘れずに、なのです」
「おうともよ……それはなんだにゃ?」
 確認の言葉とともにゼロが取り出した物を見て、幸太郎は再び訪ねた。
「もし仕掛けられた術が高度なものならば、きっと想定外の魔力は無視できないはずなのです。そういう存在を創りだせば魔女さんの方から接触してくるかもしれません。ですのでゼロはこれを使うのです」
 それはかつてゼロがこの地方を旅した時に手に入れた物品。
 この地域特有の生物を象った彫刻、そこに宿るわずかな魔力が、見かけを変えぬままゼロの中で巨大な物へと育ちゆく。
「『ゼロの持つ御守の魔力』を巨大化したのです。王さまの下には占い師や竜刻使いがいないでしょうし、これに気づくとしたら件の魔女さんだけなのです」
 それに、と補足する。
「もし接触がなかったとしても、御守として造られたものなのです。立派に護符の役目を果たしてもらうのです」
 屈託のない笑みを浮かべて彫刻を示すゼロに、幸太郎も笑みを浮かべた。
 それと、と言葉を続ける。
「ゼロはやっぱり一緒に行動するのがよいと思うのです。魔女さんだけがこの街にいるとは限らない以上、単独行動は困ったことになる可能性があると思うのです」
 手分けをして探す事を提案した幸太郎へ逆に提案を行うゼロ。
 しばし考えた後、幸太郎はうなずいた。
「よっしゃ、それならつかず離れずでいくのにゃ。足で当たるには中々広い、急ぐのにゃ」
「ではいくのですー」
 座位を崩し立ち上がった二人は、一先ず当てずっぽうに定めた目標へ向けてあるきだす。
 ローラー作戦でしらみつぶしに怪しげな場所を訪ねつつ、途中途中で魔力がたまっていそうなところを探るという、地道な作業の開始だった。



 目抜き通りを抜け、北方の城壁と一体化した城へと帰城を装い向かうハクア。
 扇状に広がる形で斜面に沿って作られたこの城郭都市は、斜面を登るほどに身分の高い者達の家が立ち並ぶようになる。
 それは、周囲に比して広大な敷地を持つらしき屋敷の側を通りかかった時のこと。
 ふ、と頭上が翳り――見上げれば壁を乗り越えるようにして人が降ってくる。
「う、わ――!?」
 もつれ、地に伏せた二人。
 衝撃に一瞬視界を塞がれたハクア。仰向けに倒れ伏したままゆっくりと目を開けると漆黒の外套に身を包んだ女。
「――っ! 失礼した」
 ハクアより一瞬早く我に帰ったらしい女が立ち上がり、そのまま駆け去ろうとする。
 その奇妙な急ぎ方に疑念を抱いたハクアだったが、次の瞬間、その理由に気づいた。
 真理数が、ない。
「待て!」
 立ち上がり、少し追いかけて女の腕を掴んだ。
「世界樹旅団の者かっ!?」
 無理やりに振り向かせた女の貌を、覗き込み――確信する。
 焔を宿す紅い瞳。けれどもそこに情熱は無く、凍てついた闇が凝りどこまでも深い洞のような印象を与えている。
「――放せ」
 瞳に宿る絶望の力を吐き出すような、意志の籠った言葉。
 だが、もし彼女を自由にすれば予言の未来実現へ向けて時計の針を進めてしまう事になる。
 受け入れられるものでは、ない。
 自分も故郷では異端狩りの対象だった。だからこそ彼女の気持ちがよくわかる――それでも、だ。
 彼女が企図する術が発動すれば多くの者が死ぬ。
 何も知らない赤子も死ぬ。
 死がこの地に降り積もる。
 それは、止めなければならない。
「おまえが、この国を滅ぼそうとしているのは知っている」
 腕を掴んだままのハクアの台詞に、ユリアが振り払おうとする動作をしばし止めた。
「俺も昔異能故に迫害を受けた――おまえの気持、理解できなくもない。復讐をしたいと願うお前を止めないし、止められないと、そう思う。けれども、だ。それに他の者達の命を巻き込むのは間違っているんじゃないのか」
 ひたと相手の瞳を見据え、ハクアが言葉を紡ぐ。
 緑翆と緋色の視線が相対する。互いの意志の強さを競いあうように。
「ここで生きる人やその家族には、選択できる未来がある。その彼らの未来の為にも、無数の命を道連れにする方法はやめるべきだろう。無辜の民を傷つけて、更なる怨嗟の連環を紡ぐべきではない――そう思わないか」
 不意に、哄笑が通りに響いた。青空に、その嗤いが溶け込んでいく。
「世界図書館の者が言う世迷言は素晴らしいと言っていたのはマスカローゼだったか。いやなるほど、無辜の民を傷つけるべきではない、呪いの対象は、怨嗟の対象は――須らく正しい対象に向けられるべきだな」
 腹の底から可笑しそうに笑う女が、一瞬呆気にとられたハクアからその腕を取り戻す。
「私が呪っているのはな、青年」
 一歩後ずさりつつ女が言う。
「王だけではないのだ。あの愚王のくそったれな命令に唯々諾々と従う者しかいなくなったこの国であり、この国の民そのものなのだよ――」
 言葉を残し、身をひるがえして駆けだしたユリアを追おうとしたハクアだったが、不意に数匹の蟲が顔に体当たりをしてくる。
「くっ!」
 思わず目を閉じさせられたものの、力任せに振り払って後を追おうとしたハクア。だがその一瞬の隙で、女を見失ってしまっていた。
 一瞬の、沈黙。横を見上げれば、主は既にいなくなって久しいらしく廃墟となった貴族の屋敷。
「一先ず、皆に知らせておくか」
 トラベラーズノートを取り出しながら一人ごちる。女が吐き出した強い感情が、正面から浴びた彼の肩に、澱のようにのしかかっていた。



 『俺は王城へ向かう。彼女が出てきた屋敷の探索は、お前達に任せたい』
 ハクアからの連絡を受けたゼロと幸太郎は、しばし考える。
 丁度アクラブが街の民より得た情報として知らせてくれた内容に、合致する部分があったのだ。
 ――魔女の一族はそもそも貴族の出であり、一族は既に処刑されたが、その屋敷は未だ残されたままである。
 ――王は即位時からその性根に卑屈な部分があり、父祖の代から補佐役についていた彼女の一族を、王は疎ましく思っていたのだろう。
 ――その結果が、魔女の預言をとりあげての一族総処刑につながったのではないか。
「きっと、てめぇが育った屋敷にゃら知られにくい場所に隠す事もできるってことだにゃ」
「ゼロもそう思うのです。一先ずそこを探して、起点にできるかどうか確かめるのがよいとおもうのですー」
 扇状になった街の東側に位置する飲み屋街。
 猥雑な賑わいが多少なりとも存在するその周辺で、猫らしきもの達等への聞きこみをしつつ探索や聞き込みをしていた二人は知らされた地点へと足を向けることとした。
 その途上、屋台から賑やかな声が聞こえて自然視線がそちらへと引きつけられた向く。
「親父、これうまいな! 力が漲ってくるようだぜ」
 輝く白い歯を見せて豪快に笑うその男。
 真理数を持たず、青い作業服。傍らに置かれた黄色いヘルメットには「安全第一」の文字。
 臓物を煮詰めた汁をうまそうに啜るその土木作業員の風体は、話に聞く世界樹旅団の民によく似ていた。
「ドンガッシュさん、なのです」
 幸太郎を抱えたゼロがそう呟くと、幸太郎も、「だにゃ……」と頷いた。
「おっ、なんだあんたらも喰いてぇのか?」
 視線を感じたのか振り返った男がそう語り掛けてくる。
 「美味しそうなのです、いただくのですー」と言いかけたゼロだったが、おい、と幸太郎に突っ込まれて自分達の目的を思い出す。
 それ以上に、世界樹旅団員の目的を邪魔しに来ている以上、その他の世界樹旅団員の接触するのは危険でもある。
 しかし魅力的でもある。
 うーんうーんと唸るゼロと幸太郎だったが、今は時間の無さが勝った。
「また今度ご相伴にあずかるのですー」
 そう言ってぱたぱたと走り去っていく少女を眺め、ドンガッシュは肩を軽くすくめるのみだった。



「かつての魔女が侵入しているという噂がある――何か、知らぬか」
 王の名を使い、街中で民に確認して回るアクラブ。
 だが、聞こえてくる直近の話はというと、仲間の話が殆どだった。
「イルファーン、少し派手にやりすぎじゃないのか……?」
 苦笑したアクラブはそのまま、魔女の容貌や生前の様子、王との関わり方や家族、家の場所等を聞く方向へと作戦を変えた。
 武人然とした雰囲気は近衛兵を騙っても疑われる事なく通じ、民は畏れを抱く「王の使い」に聞かれるままに、疑念を抱かず記憶を辿る。
 容貌や、好んでしていた恰好、よく訪れていた場所等細切れの情報ではあったが複数の人間を通じて収集したアクラブは、これ以上は難しいと見切りをつけると王城へ足を向けた。
 そろそろ、仲間達が引き籠った王の下――恐らくは、魔女が向かうであろう場所へ至る道を見つけているはずだったからだ。
「魔女が望むこと、か」
 物を想い、歩くアクラブ。その脳裡にちらつくのは、かつて異端とされた己の姿だった。



「何度も言わせないでくれないかな。王以外に、話す気はないよ」
 城の地下。
 彼が言う事は一定している。
 かつて処刑されたユリアは国が滅ぶと告げた。しかし何故滅ぶかは語らなかった筈。その真実を知りたくはないか。
「王が会うというならば、その理由を話してあげよう」
 まずは内容を言えと迫る警吏。穏やかだがきっぱりとした口調で断るイルファーン。
 無為の時間の中で幾度も繰り返されたやりとりだった。
「僕が信用できぬなら縄をかけて引き立てればいい。怪しい行動をとればただちに槍や剣を突き刺すがいい」
 常の彼からはあまり想像ができないような挑発的な視線で、警吏の顔をねめつける。
「それとも怖いのかな? 誉れ高き一国の王が、賤しき占い師如きに怯えて引き篭もるなんて笑い草だ」
 舌打ちを一つ行った警吏が、再び執行官へ鞭を振るうよう告げる。
 振り上げられた蛇腹の鞭が、露わにされたイルファーンの上半身、その白磁の肌に再度痕を刻み込んでいく――やめよ、との声がかかったのは、十数度目の風切り音が鳴った頃のことだった。
「王――!」
 警吏らが慌てたようにその身を引き、道を開ける。
 下がれ、と身振りで告げた壮年の男が、ゆっくりとイルファーンの下へ歩み寄ってきた。
 吊り下げられているが為に見上げる形となった王は、イルファーンの頤を片手で掴み、口を開いた。
「望み通り、対面してやったぞ――満足か、旅の占者」
「引きこもりはやめたのだね」
 不自由な姿勢を気にする風情も見せず、そう揶揄する青年。その頬を打擲する音が、湿気を帯びた部屋に木魂する。
「――国が滅ぶのは君が余りに愚かで傲慢だからだ」
 口の中を切りでもしたのか。端から紅い血を一筋流しつつ、青年は言い切った。
「この私が、なんだと?」
 濁った瞳を宿すその眼を歪めながら、王が尋ねる。
「君の傲慢さと愚かさが、国を滅ぼすと言ったんだ。人の真の姿を見ず、人の本質を見極めず、己の蒙昧なる想いに囚われ悪戯に命を弄ぶ愚王よ。君の行いが、全ての根源となる」
「戯けたことを――」
 再び、イルファーンの頬が撃たれた。先ほど以上の力が加えられ、激しく首が揺さぶられる。
 鉄輪を嵌められて鎖に繋がれた腕の、金具との接触部の皮膚は裂けはじめ、血がじっとりと滲み出している。
 だが、青年の瞳に込められた意志は、屈する様子を見せようとしない。
「僕の言葉を妄言と嗤うなら何故彼女を処刑した? 何故こうして今僕を捕らえた? 疑心と恐怖に敗けた、その心の弱さこそ国を滅ぼす元凶だというのに」
「ならば応えよ。この俺の行いが滅びの根源となるというならば、如何様にして滅ぶというのか」
 青年を卑下するようにして吐かれた言葉。しかし、その実、王の胸の裡に常に渦巻いていた疑問なのだろう。
 そう見て取った青年が、また微笑みを浮かべた。意識的に、酷薄な、それでいて喜悦を滲ませた笑みを浮かべる。
「この国を滅ぼすのは、僕だ」
 ぴく、と王の眉が動いた。
「歴史は繰り返す。僕は数代前の王に仕えた占い師。国の滅びを予言し処刑された……その復讐をしにきたのさ」
「聞いたこともないわ!」
 イルファーンの言葉を、王が即座に否定する。
 そして、次の瞬間瞠目し、一歩後ずさった。
 先程まで鎖で壁に繋がれていたはずの青年が、今確かに地へと両の足をつけ、王の前に傷一つない姿で立っていたからだ。
「真を見極められぬ愚かな王よ――虐げられし者の想い、しかと魂に刻み込むのだね」
 その言葉が、最後。
 薄靄のように存在感を希薄にしたイルファーンが、一つしかない出入り口を経由することもなく、その身を室内から消し去った。
 それは、さながら魔女の消失を思い起こさせる光景で――警吏達は我先に悲鳴を上げて出口へと向かい、王はといえば、静かにその場にへたり込んでいるのみだった。



「王は、どこにいる?」
 ハクアが問うのは、王城の奥深くに詰めていた現在の王の側近とされる人物の一人。
 足元には数人の倒れ伏す人影。
 兵の偽装により城奥深くまで侵入し、宮内長官の座にある人物の部屋まで到達した末の状況だった。
 王の側近たる長官を警護する者達は既に気絶し、残った長官はといえばハクアの魔法により封鎖された部屋からでること叶わない。
 しらん、と白を切ろうとするも、ハクアの緑翆石の瞳と、その手に持った銃の放つ威圧感が、それを許さなかった。
 銃そのものの動作を知らずとも、それが己の命を奪うことの可能な武器であることは、ハクアの態度からも明らかであり、長官はあえぐようにして言葉を紡ぐ。
「王は……地下の牢だ! 数か月ぶりに部屋から出てきたかと思えば、旅の占い師とやらに会いに行っているぞ。だが知ったところでなんとする。貴様一人だけであの部屋に到れるはずも――」
 段々と勢いのついてきた長官の台詞は、ハクアによって無理やりに幕を下ろされる。
 気を失った男の横で、ハクアはトラベラーズノートを取り出しながら、一人ごちた。
「悪いな、俺は一人じゃないんだ」



 イルファーンが地下から姿を消し、ハクアの情報に基づきアクラブが城へと向かった丁度その頃。
 かつて魔女の住んでいた屋敷の内部で、幸太郎とゼロが竜刻と思われるものを探し出していた。
「こいつぁ、家族の肖像かにゃ」
 賽の形に切り出された竜刻。
 黄金の杯に入れられたそれが置かれていたのは、団欒の場であったらしきサロンの壁際、家族数人が集合している絵の前だった。
 この国の民と同様の恰好をした男と、女。そしてその腕に抱かれた幼児と、腰ほどの高さしかもたない少年。祖父母らしき人物の姿も一緒に描かれている。
「きっと、この女の人が魔女さんなのだと思うのです」
 賽の竜刻がゆっくりと、その力の波動を強めつつあることを感じる幸太郎が、一つ頷いた。
「きっと何かの仕掛けの効果だにゃ。段々と、それも急速に力が強くなってるんだにゃ」
 トン、とゼロの腕を蹴った幸太郎。
 地面に降り立つ瞬間には変幻を終え、人間並みの大きさの獣人体へと変化していた。
「とりあえず暴走はしないように、ぺたり、なのです」
 器ごと封印のタグを張るゼロ。それを見ていた幸太郎が、少し考え込む様子を見せる。
「たしか、あの札は、暴走防止用だったにゃ……」
 つまり、正しい稼働をする分については恐らくとめることができない。
 かといって、その挙動を止める方法を突き止めるには、時間がない――下手に動かすことが、いいことかどうかもわからない。
「にゃんだけど、にゃんとかしないとにゃ。とりあえず、妖力で、一時的に隔離空間に閉じ込めておくにゃ」
 杯をとりあげ、わずかに開けた空間の穴へとそれを取り込ませ、封印を試みる。
「これで、問題なくなるといいんだけどにゃ」
「そうだねぇ、まあ無くなるんじゃないか」
「お、そうなのかにゃ、それだとありがたい、にゃ……」
 聞きなれぬ声が割って入り、ゼロと幸太郎の二人は同時に背後へ向き直る。
 視線の先には、女――肖像に描かれた、一家の母であり、妻である人物の姿があった。
「不可思議な力が存在しているからと会いに行ってみればちょこまかと移動しているから探したんだがな。なるほど、世界図書館の者達か」
 気配を殺しているわけではない。実体が、そもそもそこになかった。
「この姿は気にするな。うちのドクターがくれた道具の産物だからな」
「その虫が本体かにゃ?」
 女の周りで小さく飛ぶ蠅のようなものを見て、幸太郎が尋ねた。
「便利なものだろう? アレは少々狂ったところもあるが各自の望む部品を提供してくれるのはありがたい」
「映像投影が、ユリアさんの望んだ能力なのです?」
「便利だからな――折角目的のためにアレに部品を埋め込ませたんだ、邪魔してもらっては困るのだよ」
 そう言って近寄ってくる女性。
 映像だけだから問題ない、とは言えなかった。
 竜刻は恐らく今封印したものだけではない。
 そしてそれらは天変地異を起こすための仕組みだろう。
 ならば、何かしらの攻撃手段を持っていても不思議ではなかった。
 故に、ゼロは語り掛ける。
「ユリアさんの家族の友、ユリアさんの友の友、その友の友の友もこの国に生きているはずなのです」
 ぴたり、とユリアの足が止まった。
「王だって、ほんとうに王の意志で貴方達を処刑したのか怪しい部分があるのです。アルケミシュ軍を壊滅させた人は恩人を仇と惑わされていたのです」
 それに、とゼロは続けた。
「復讐を望むなら、王を放逐し貴女が王になればよいと思うのです。もし貴女が自身の預言に囚われてるというのなら、古い国号を廃し国号を新たに定めれば予言は成就するのです。人に悪意があるかのごとくに振舞う運命ならば、人に欺かれたごとくに振舞わせるのを推奨するのです」
 そうでなければ、あまりに人が哀れに過ぎる。
 ふっ、とユリアが笑う。
「この国の民が生きるか死ぬか――それは民が決める事。天変地異は切っ掛けに過ぎん。全ての祭りは……」
 種明かしでもしようとしたのか。ゼロの発言に冷徹な言葉を返そうとしたユリアだったが、その瞬間、明後日の方向を見やるように動きを止めた。
「本体になんかあったかにゃ?」
 幸太郎が訝しげにその様子を眺める。
 不意にどこかそう遠くない場所で、ドン、と衝撃音がした。
 次の瞬間、くつり、とユリアが愉しそうな笑みを浮かべる。
「どうやら、手間が省けたようだ。――この国の民がいかなるものか、その目で、とくと確かめるがいいさ」
 そう言って、魔女はゼロをひたと見据え、不意にその姿をかき消した。



 聞こえるかい、と脳裡に声が響いた。
 ユリアはその時、既に城への潜入を果たし、クランチの部品の能力により操る機械を通してゼロ達と会話をしているところだった。
 直感的に、それが世界図書館の者の声だと悟る。
『聞こえるならば、話がしたい』
 それは、ユリアを止める意志に溢れた言葉。
 民だけでも救おうという、強い意志。
「わたしはここにいるぞ」
 城の中でもやや高い位置にあるバルコニー。
 そこに立ったユリアが、穏やかな口調でそれに応じた。
 途端、空間を構成する空気が揺らぐ。
 現れたのは、白の中に、意志の籠った緋を宿す青年。青い宝玉が、その瞳と対照的に強く輝いている。
「こうして会うのは初めてだね。僕はイルファーン。率直に言おう――王を憎むのはやむをえない、でも民を巻き込むのは駄目だ。殺すなら王一人を殺すんだ」
「断る……そう言ったらどうする」
「ならば、こうするとしよう」
 言葉と同時に、巨大な雷が王城へと落ちた。
 それは、城の尖塔の一つを砕き、崩落させるほどのもので、その轟音は都市国家全土へと響く。
「今の落雷で王は死んだ。さあ、仇が死んでなお復讐を続けるかい? もはや大義を失った、無意味な大量殺戮を」
 それは、イルファーンの賭け。王だけでなく、人がいないことを事前に確かめたその尖塔へ落とした雷は、女の眼をごまかす為のもの。
 気づかれたら。或いは彼女が民を巻き込まないという一握りの良心させ残していなかったら。
 そうした考えを抑え込み、ただ復讐に憑りつかれた魔女に、少しだけでも良心が残っている事を信じての乱暴な手段。
 しばし崩落の光景を眺めているのか黙り込んだユリア――だが、彼女は不意にイルファーンへと向き直る。
 その瞳に宿るのは狂気。それも、信念と絡みあい、濁った最も厄介な類のもの。
「一つ聞こう。君は、王とは何だと思う」
 唐突な問い。イルファーンが、目を瞬かせると、ユリアは続けた。
 その手には、隠し持っていた懐剣を抱く。
「王とはその者だけで構成されるに非ず。王とは国と一であり、国とは即ち民だ。民は王に力を与え、代わりに自身の庇護を求める――わかるか、彼の王をここまで生かしたのはこの国の民なのだよ。私の復讐は王一人を殺すだけでは足りないのだ」
 滔々とまくしたてる魔女の弁。横から割り込む声がある。
「お前はそれでいいのか?」



 武人然とした男の声は、強い意志を宿した物。
「このまま貴様がこの国に災厄をもたらせばやはりあれは魔女だったと言われるだろう。それでも構わないと?」
 すぐ近くまで来たアクラブの発する威圧感は、しかし殺気を感じさせるものではない。
「お前の気持ちはわかる――だが、だからこそ言わせてもらうぞ」
 一歩近づくアクラブから逃げるように、女がバルコニーの際ぎりぎりまで身を引いた。
「そこから堕ちるのではなく高く飛んで見せろ。街を滅ぼせばお前は本当の魔女であったと語り継がれるのだ」
「――知らんな」
 冷静であった女の貌が、崩れる。
 そこにあったのは、ただ情念に焼かれ、最早世界の全てを憎むしか生きる道を求められなくなった女の姿。
「貴様らは皆同じことを言う。王だけを恨め、無辜の民は関係ない――違う! 奴らは私達が処刑されるのをこぞって見物にきたぞ! 王の横暴を止める事もなくだ! 罪を見て、放置することは罪にならないというのか。弱い民ゆえに低きに流れるのを許せと……良いとも、ならば民の姿を見ていくがいい。愚かな――罪なき隣人達がこれだけ減ってなお己が保身に汲々とし、愚王を放置してきた民の姿をだ!」
「――っ! だめだ!」
 伸ばされた手は、この日、しばらく前に言葉を交わした青年のもの。
 叫びとともに、手に持っていた懐剣を抜き放つと、彼女は己が胸に突き刺す。懐剣に塗られた毒とその刃が、急速に命を蝕んでいく。
 その勢いのままに、ユリアはバルコニーからその身を躍らせていた。

――部品が壊れた時、或いはお前の心臓が止まった時に発動する、それでいいのだな?
 クランチの台詞が、脳裡に響く。
 胸に宿る彼女の中の部品は、今確かに、その懐剣によって砕かれていた。



この国に住まう民に、私が見た未来を教えよう。

 黄昏に染まる空。
 黒衣を纏った魔女が、不吉な予言を齎していく。

愚王に従う民よ、天は怒っている。
雷と火が、この国を滅ぼすだろう。逃れたくば、王を弑せ。遠慮する必要はない。国を荒らした男ではないか。
命が惜しいだろう。家族の命を救いたいだろう。兵を襲え、城を焼け、城門を解放し、君側の奸を滅し、国を傾ける愚かな男をその座から引きずり下ろせ。
その有り様に天が満足したならば……私の預言は外れるだろう。



 イルファーンの説得の言葉を聞き、王の生存を明らかにするのはまずいとみてその身柄を隠しにいっていたハクア。
 彼が戻ってきたまさにその時、バルコニーから身を投げたユリアに伸ばした手は、空を切った。
 すぐさま陣を描き魔法を発動させた彼はゆっくりと宙をすべり、彼女の側へと降り立っている。イルファーンもまた、アクラブとともに地へと降り立つ。
「……本当はな」
 横たわったまま、弱々しい呼気とともに、傍らに座り込む青年達を見上げてユリアが口を開いた。
「復讐等ばかばかしいと、わかってはいるのだ――だが我が子の首を目の前で落とされ、こうして首が落ちたのはお前のせいだと夫に罵られ……それをあの王は嗤って眺めていた。広場に集まった民も、だ」
 それでも、と彼女は言う。
「サリューンがこの地を攻めると言ったとき、どうしようもなく思ったのさ――この地を滅ぼすのは、私でなくてはならない、と。未来を占じる以外なんの力も持たぬ私だったがな。竜刻と、クランチの部品の力を借りればどうにかできるのではないかと」
 その言葉に込められた想いは為す術もなくなるほどの憎悪であり、同時に、生まれ育った地への歪にねじくれた愛情であるようだった。
「この国の民が以後どう動くかは知らん――放置すれば、シュラクに飲み込まれ、ドンガッシュの手により作り替えられるだけ……蜂起して、内紛により滅びたならば、この国の滅亡の因は私に帰すようになる。我が一族とともにあの黄昏の空に消えた、あの国に戻るのだ……」
 それは黄泉路を辿る直前の錯乱が言わせるもの。
 既にその想いは妄執の域となり、狂気に塗れた女の想いは論理を超え、ただその拘りにのみ囚われる。
 閉ざされた女の眼に映るのは、覚醒の瞬間に見た空の色。
 今空を染める朱の色。黄昏に染まる王城を見上げ、彼女はゆっくりと息を引き取っていく。



「ひ、ひひ――魔女め、やはりこいつが、こいつが原因だったんだ……!」
 鼓動を止めた魔女を囲む三人の背後。
 ハクアによって放り込まれた部屋を脱出していたらしき王が、城の壁に手をつきながらこちらを見ている。
 その目に先ほどまでわずかにあった正気はなく、ただ笑みを浮かべ自分は正しかったという言葉を繰り返すのみ。
「お前だ」
 ゆっくりと近寄ったハクアが王の襟首をつかむ。
「この国を滅ぼすのは魔女じゃない。国を滅ぼすのは王としての力も自覚もないお前だ」
 それだけを言い、ハクアは王の身体を投げ捨てた。
 その肩におかれた手は、アクラブのもの。
「――ゼロ達が、残った竜刻達を回収しおえたそうだ。この国が災厄により滅びる事は無い……災厄によっては、だがな」
 依頼は達成された。
 国を滅ぼす竜刻は回収・封印され、魔女の凶行は止められた。
 この国の今後の動向について抱く想いはそれぞれにある。
 それでも、帰還の時間は迫り来て。
 一度ターミナルへ戻らねばならないだろう。そう、言外に告げるアクラブの表情に、ハクアもまた、顔を顰めつつ頷きを返した。

クリエイターコメント(力尽きているようだ)

 遅れてしまい申し訳ありません。
 ぎりぎりまで悩んだ結果、気づけばこのありさまでした……(がく
 え、えっと一言だけ!
 色々あーだこーだと悩んだあげくですが、こういう結末となりました。
 皆様にとって、何らかの形で、意義のある旅となっていれば、幸いです。
公開日時2012-10-07(日) 19:30

 

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