「カンナ、仕立て屋に寄ろうよ」 いつもお手製の真っ白な花嫁衣装に身を包んでいる友人、ニコル・メイブがそう言ったので、村崎 神無は驚いた。 「何を仕立てるの?」 対象的に神無はいつも黒い服を着ている。彼女の特徴は手首を繋ぐ強固そうな手錠であり、普段の陰気な表情も控えめな色彩の服装もそれを見れば吹き飛んでしまいそうな印象の強さだ。 それでも、ニコルと居る時はやわらかく年相応の表情が時々見られる。 そのほとんどが戸惑いの表情であったけれど。 「別に、何も考えてないよ!」 理由も告げられずにコロシアムで殺し合いまで付き合ったことのある神無である。このくらいで驚いていては友人は務まらないかもしれない、そう思い直して「ウーン」とショーウィンドウと神無を見比べていたニコルが足を進めるのを待つことにした。 「あ、そうか」 キラキラと猛禽類を思わせる瞳が輝くのを見た。ほんの少しの嫌な予感。 「良い事思いついた!」 手を合わせてくるりと一周。白いベールが綺麗に広がる。 「私がカンナの、カンナが私の服を注文するの。どうかな?」 「……え?」 神無は一瞬何を言われているのかわからず、言葉を失った。 ――彼女が私の、私が彼女の……。 ――彼女が私の?? 私が彼女の?? 白と黒の二人。 「そ、そんな事私には」 「ね、そうしよカンナ!」 ニコルが神無の手を引き歩きだす。 先ほど、コロシアムのことを思い出したのは何かの予感だったのだろうか。 神無は両肩に手を添えられ、仕立て屋のドアを開く。 「いらっしゃい、白と黒の対比が綺麗なお客様ね!」 部屋の隅の椅子に優雅に腰掛けていた店主は二人の姿を見てにっこりと微笑んだ。 神無はホラ、とちらりと思う。私たちの服の趣味は恐らく真逆なのだ。 「こんにちわマリィ! 今日はね、ちょっと思いついたことがあって相談なの!」 「あら、新しいチュールレースの話はまた今度で良いのね?」 「マリィ?」 神無は思わずその名前を聞き返した。彼女の名前はこの界隈で有名な仕立て屋の名前にとても似ている。 それは不躾ながらも良くされる質問であるのか、店主はちらりと舌を出して答えた。 「リリイ・ハムレットに憧れる仕立屋の一人よ! マリアンナって言うの。マリィってあだ名、気に言っているのよ?」 「そうだったの、私は神無。ごめんなさいね」 「ううん、気にしていないわ。よろしくね!」 マリィは手を差し出してから、一度手錠に驚いたふりをして見せた。ふりだと解ったのは、あまりにその表情がコミカルだったからだ。彼女は笑った顔のまま両手で神無の手を取った。 「レースはまた今度! 今日はね、服を仕立てて欲しいの」 「仕立ての相談ね、じゃあこちらに来て二人とも座って?」 ニコルが嬉しそうに脚の綺麗なスツールを引いて飛び乗るように座った。神無は服や布に溢れながらも、渋い上品さを失わないその店内をきょろきょろと見渡しながら腰を下ろした。机には大量のリボンのサンプルが邪魔にならないように端に寄せてあった。 「マリィ、カンナは私の友達なの。で、あのね、相談って言うのは、 私が彼女の服を考えて、彼女が私の服を考える、という遊びをしたいと思っているのよ。付き合ってくれるかしら?」 ニコルはズバリと「遊び」だと告げた。これから仕事を頼むというのに、遊びだなんて失礼にならないか、と神無は少し心配になってしまう。 しかしマリィはサイドテーブルのトレイに伏せてあった茶器を並べながら快活に言った。 「まぁ、それは面白そう! でも、貴方のことだからどんな服にするか、まだ考えていないんじゃない?」 「へへー実はそう」 実はも何も、さっき言いだしたばっかりなのだからそれはそうである。神無が不安そうに目を泳がすのを目ざとく見つけ、マリィは安心させるように目を細めて見せる。彼女の笑顔は小さな鼻と微かに浮いたそばかすが相なってとてもチャーミングだ。 「あまり細かく決めなくても構わないわ、簡単なイメージで、後は私に任せてくれればよろしいの」 綺麗な姿勢で胸を張るマリィにニコルは拍手を送った。 マリィは「今のちょっとリリイさんっぽくなかった?」と満更でもない様子。 「じゃあね、カンナの服はー」 「ちょっと待って」 マリィの繊細な指がすっとニコルの唇を抑えた。 「そのイメージは、相手には出来上がるまで内緒。そうしない? その方がずっと面白いでしょう?」 悪戯と言うにはあまりに無邪気な風に、彼女はそう提案する。 「そんな、」 神無が驚いて口を開けると、角砂糖がころりと放り込まれた。 口の中で崩れる砂糖の甘さと驚きが相なって、神無は絶句する。 「そうしようそうしよう、マリィはさすがだね!」 拍手していた手を組んで、祈るようなポーズを取ったニコルがマリィを称賛するのを見て、神無は「この二人には勝てない……!」と思った。 ニコルは話を聞かないし、マリィは話をさせてくれない。 「では、こちらの紙に好きにイメージを描いて、店内のお洋服も見て貰えたら嬉しいわ。参考になるといいけれど」 端にレースの細工のある綺麗な紙が一枚ずつ、それからペンが一本ずつ、テーブルに並べられた。それから頃合い良く染まった紅茶の入ったカップが角砂糖の添えられたソーサーと一緒に二人の前に並べられる。 「ゆっくりしていってね」 本当に、神無は何も言う事の出来ないまま、なし崩し的にニコルとマリィの提案を受け入れる形となってしまった。 * * * * * * * * 「ワクワクするね!」 「どちらかというとドキドキするわ」 服の完成の連絡を受けた二人が、再び店のドアの前に居た。 「恨みっこなしだからね」 「恨まれる様な服を考えたの??」 「そんなことはないけど」 ニコルが歯を見せて笑うので、神無はこわばらせた肩を落とした。 もう覚悟をするしかないだろう。よしっ、っと心の中でけじめをつけて、 「こんにちわ」 ドアは神無が自ら先に開いた。 「お、やる気!」 後ろで嬉しそうな声があがる。 「いらっしゃい、二人とも、ばっちり出来ているわよ」 前と同じように椅子に腰かけていたマリィが笑顔で手招きした。 今度はニコルがキョロキョロと自分の服を探すように店内を見ている。逆に神無はマリィの後ろをじっと見つめていた。 前と違い、二枚の天鵞絨のカーテンの閉じた一角がある。 「そう、二人の衣装はそれぞれ試着室に入れてあるから、着替えたらせーので見せっこしましょ?」 「そこまで準備してくれたんだね! ありがとう!」 今にも飛んで行ってカーテンを開けてしまいそうなニコルのベールを神無がそっと引っ張った。 「どっちが私の服かしら?」 神無が冷静に尋ねる。 ニコルが「おー」と言ってから指差した。 「こっちじゃない? ほら、黒いリボンが留めてあるよ。でもって、私の方は白いレース」 神無は念のため、確認するようにマリィに視線を送った。 「そう。大丈夫、あってるわよ! ささ、早く着替えて見せてちょうだい。私も楽しみなの」 優雅ながら意思の強そうな笑みに後押しされて、神無がそっとカーテンに手をかける。 「こっちは覗いちゃダメよ!」 パッと笑顔を振りまいてから、ニコルがカーテンの中に姿を消した。 「わー!」と、微かな歓声が聞こえる。 神無は自分は声を上げまい、と心に決めてから、カーテンを開く。 * * * * * * * * 「せーの」 ――ザッ マリィの掛け声でカーテンを大きく開いて、前に歩み出る。 ニコルは軽快な足取りで、神無はおずおずと足を進めた。 「あら、二人とも御似合よ!」 軽い拍手にニコルが一周回って礼をして見せた。神無は自分の格好が何となく慣れず気恥しく、しかし、自分の考えたニコルの衣装を見たくて、目線が下から前へとせわしなく動いた。 二人の衣装はともに首元に花の飾りのついたワンピースだった。 しかしニコルは普段着ないような黒をベースにした……花嫁衣装の印象から離れた歳相応の格好。 胸元から上と袖は白黒の縦縞で、胸元から光沢のある黒のスカートがAラインで広がっている。丈も膝上。足は黒のタイツが包み、靴は胸元と同じ花が飾られたチェックのラウンドトゥのパンプス。 それからハーフフレームの伊達眼鏡をかけていて、頭には白黒の縞とチェック模様が半々になった大きなリボンをつけている。 「何だか新鮮ね! どちらかというと、普段のカンナの服に近いかな?」 全身がモノトーンでまとめられたその衣装を、ニコルはそう称した。 「胸元のお花が素敵だわ! それと、カンナとお揃いっぽいのが良い!」 神無の衣装は淡いグレー。さすがに白としないのは、マリィの気遣いだ。 ニコルの服に柄が入っていたのに対して、神無の衣装には柄はない。そしてニコルは半そでだったが、神無は落ちつきを失わないよう緩く肘までを包むパフスリーブ。 それから胸元からのスカートはシフォン素材でゆるくプリーツが入れてあり、雰囲気は軽やかだ。 神無がやや気にしているのは足がほぼ素足なこと。ニコルと違ってタイツがない生足は出しすぎじゃないかと心配になる。靴はニコルと同じ型で灰色一色。頭は幸いリボンではなく、服と布を合わせたヘアバンドが付属していた。 灰色のワンピースは手錠の存在感を少し緩和しているようにニコルは思えた。つけた注文の中で、「手錠に違和感なく」という項目だけ、書きながら少し自信が無かったのだ。 マリィは良くやってくれたと思う。 「カンナはやっぱり黒以外も似合うわ! うん、可愛いよ!」 「そうかな……ニコルも良く似合ってるわ」 「眼鏡はどう? 少し頭良さそうに見えるかな?」 「そうね……」 微笑んだ神無にニコルは悪い気もせずにっこりと笑顔を返した。 「ね、この格好でこのまま遊びに行こう! カフェでお茶を飲んで、こないだのウィンドウショッピングの続きもするのよ!」 「え、ちょっと、それは恥ずかしいわ」 「いいじゃない、減るもんじゃないよ!」 「うーん、減る減らないじゃないのだけど」 店に入る時と同じ強引なニコルと今度こそはと抵抗する神無である。 しかし、この店にはマリィが居る。 「はい、二人の脱いだ服、紙袋に詰めておいたわ。楽しんで来てね? 二人とも良く似合ってるわ!」 「え、詰め」 「これから着替えたら日が暮れちゃうよー、行こうカンナ! 私こういう格好で街の中、歩いてみたかったんだ!」 そう言われると、どうにも抵抗できない神無である。 やっぱりなし崩し的に押し切られてしまう。 涼しい足元を紙袋でこっそり隠しながら、神無はニコルに手を引かれてターミナルの街中に足を踏み出した。 (終)
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