そこは小さな教会だ。 ニコル・メイブは傍らの男性に付き添われて静かにバージンロードを歩いている。 一歩一歩、足を踏み出すたびに彼女の胸は早鐘を打った。今日、この教会で自分はあの人と結ばれるのだ。幸せを感じるよりも、ただニコルは自分の胸の高鳴りに困惑し、そのシチュエーションに酔いしれていた。 荒野で出会った保安官の彼。まるで猫が獲物に飛びかかるように抱きついて。そして愛を告白した。彼は受け入れてくれた。 ニコルは幸せだった。この人を好きになった時からずっと、ずっと待ち望んでいたのだ。今日から、自分は一生この人の隣りにいて悩みも喜びも分け合うのだ。「さあ──」 神父が何かを言い、二人は向き合った。 恥ずかしくて俯いていたニコルは、男性の指がそっと自分の顎に触れるのに気付く。 上を向かされ、彼女はようやく相手の顔を見る。 それは穏やかな目をした男性で── ──★%◎#!!! 言葉にならない悲鳴を上げて、ニコルは飛び起きた。 そこは0世界の彼女の部屋だった。教会ではない。はあはぁと息を整えながら彼女はようやく現実に引き戻されていく自分を意識していた。 自分は夢を見ていたのだ。 結婚相手が──違う男性になっている夢を。 ベッドから這い出し、悶々と立ち尽くすニコル。 どうしてそんな夢を見てしまうのか。それも全て分かっている。あのクリスマスの出来事があったからだ。 ニコルはあれ以来ずっと不安を抱えていた。何故なら、いたずら妖精シェイムレス・ビィが公衆の面前で彼女の秘密を口走ったからだ。 そこにあの人は居なかったけれど、もし人づてに聞いてしまっていたら──? カッと顔を真っ赤に染めて、ニコルは思わず枕に鋭い拳の一撃を突き出した。ポスッと気の抜けたような音をさせて枕は破裂し、中身が部屋に飛び散った。 ふわふわと舞う羽毛の中、彼女は鏡に映る自分の姿をぼんやりと見た。 ……馬鹿な女。 自然と出る溜息。 あれから、あの人と顔を会わせ辛くなってしまったのだ。本当なら稽古がてら毎日だって遊びに行きたいくらいなのに。 このままじゃ駄目。旦那にも、ツァイレンにも、後ろめたいばかり。ニコルはもう一つ溜息をつく。 いや、違う。彼女は自分の思いを否定する。後ろめたいのは、きっと自分に対してだ。 ちゃんと、しなきゃ。 と、いうわけでお手紙してみた。 ──ツァイレン殿 先に教示された旨、考査を重ねしも我未だ大悟為らず。 ついては〇月×日、インヤンガイ美麗花園街区ムサンにて。 再度ご指南頂きたき所存也。 ニコル・メイブ なぜかまるで果たし状のようになってしまったのだが、彼女は手紙を出すことで頭がいっぱいで、そこまで気が回らなかった。 と、そうしたら返事がきた。 ──ニコル・メイブ殿 貴殿の申し出、嬉しき所存。 近隣に用事有、我インヤンガイに在り。 指定の場所にて待つ。 貴殿に相談したき事少々。 時間を拝借仕る。 ツァイレン ニコルは返事が来たのが嬉しくて、ロストレイルに飛び乗った。膝元には、ランチボックスか何かの包みを大切そうに抱えている。 指定場所は廃墟と化した指折りの危険区域、美麗花園の一角だ。そこは昔、小学校があった場所である。何らかのマフィアの抗争に巻き込まれ、建物は半壊しており、庭には色とりどりの花が咲き乱れている。 当然、暴霊も多く存在する。 ニコルは以前、この一角を通りかかって何故か心惹かれたのだった。生と死にまみれた場所だからなのかもしれない。 クッキーのお礼にと思ったお誘いが、何故か果し合いになっているという状況。この自分が思いついたあげくの暴挙にも、ニコルは「アレ?」ぐらいにしか思わなかった。 それよりも少し気になった。 ツァイレンが、相談したいことがあるという。 それは、一体何だろうか──? =========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ニコル・メイブ(cpwz8944)ツァイレン(chax5249)=========
彼は、ぽつんと立っていた。 色彩鮮やかな花が咲き乱れる庭の、ひっそりと隅に立つ樹の下に。取り囲むビルのネオンがぼんやりと明るく庭の草花の輪郭を浮き立たせている。 まだ相手が来ていないとばかり思っていたニコル・メイブは驚いて足を止めた。 彼がまるで生気のない幽霊のようだったからだ。気配を消しているのでもない。ただ存在が希薄なのだ。 そのまま霞となって消えてしまいそうで。ニコルの口から自然と彼の名前が滑り出た。 ──ツァイレン、と。 ああ、とまるで命を吹き込まれたかのように、ツァイレンは彼女に気付いて微笑んだ。樹の下を離れ、彼女の傍へとゆっくり歩いてくる。 「やあ、何だか久しぶりになってしまったね」 「どうしたの?」 その様子に、顔を会わせ辛かった気持ちなど、どこかへ行ってしまった。 「いや、考えごとをしていただけさ。何でもない」 ツァイレンは花を踏まないようにそっと足をよける。「ここは素敵な場所だね。手合わせをするにも良さそうだ」 「そんなことより、私に相談ってなに?」 眉を寄せ、ニコルは単刀直入に尋ねる。 「いや、もういいんだ。君の顔を見たら、なんだか気が済んでしまった」 「変なの。らしくない」 「そうかな」 頬を緩めるツァイレン。その横顔に、なぜかニコルは胸が締め付けられるような感覚に襲われた。 「ちょうど良かった。少しやり残したことがあってね。身体をほぐしておきたかったんだ」 「はぐらかさないでよ。相談あったんでしょ? 話してよ」 胸騒ぎは、幽霊のように立っていた彼の姿を見たからかもしれない。ニコルが食い下がっても、彼は笑って首を横に振るだけだ。 「じゃ、腕ずくだ」 ニッと笑う彼女に、ツァイレンも笑って頷いた。 「いいね。私から一手取れたら、教えてあげる」 突然、ニコルが蹴りを放った。ツァイレンは動かない。彼女は彼の足下にいた何者かを貫いていた。地面からわき出ていた子供の暴霊だ。 その瞬間に武道家の姿が消えた。滑るように死角へ回り込む、彼のお家芸だ。ニコルは身体を回転させながら跳び退き、手にしていた包みを近場の低木の植え込みにひょいと放る。 知っている。ツァイレンは斜め後ろから自分の肩に掌打を放つ気だ。ニコルは逆にその方向へと回し蹴りを放った。 ガツッという手応え。とはいえツァイレンは右腕と足で彼女の蹴りから身を守っている。隙間から目が合い彼はニヤと笑う。ニコルに攻撃を読まれたことを悟ったからだ。 パッと離れる二人。 彼らの殺気が呼び寄せたのか、崩れた校舎や庭の端々から数体の暴霊が顔を出す。が、二人は構えを取ったまま動かない。 ツァイレンが動いた。螺旋の軌跡を描きながらニコルへと迫る。迎え撃つべく彼女は膝蹴りで牽制し、差し込むような手刀を突き出す。が、ツァイレンは敢えて崩したリズムに乗って、あろうことかニコルの膝蹴りを踏み抜くように蹴った。 たまらず苦痛の声を漏らすニコル。初めて見た技だ。膝頭を砕く気か。 しかし体勢を崩すことになく、彼女は“視た”。手刀を弾き、自分の喉下へと伸びてくる相手の指を。ニコルは身体全体をよじるようにそれを避ける。全て、常人の目では捉えられない短い時間の中で。 地面へと倒れ伏すニコル。体勢を整えねばと無理にでも立つが、次の攻撃は来なかった。 見ればツァイレンは、子供の暴霊に取り囲まれていた。難なく拳であしらっているが、そのおかげでニコルは息をつく間が出来たというわけだ。 自らの“目”をこんなに早く使うことになるとは。それに──。気付いたことがあったがそれは後回しだ。彼女にも暴霊たちが近寄ってきたからだ。 「あそぼ……」 子供の霊に声を掛けられ一瞬だけニコルの手が止まる。しかし彼女は歯を食いしばり、手刀を見舞った。惑えば討たれるのだ。 と、ニコルの視界の端でツァイレンが動きを止めていた。 彼の前には少女の暴霊がいた。その口が、お父さんとつぶやく。 「お父さんに会わせて──」 ツァイレンの拳が下がり、どうして!? とニコルは驚いて声を上げた。彼女は半ば慌てて暴霊との間に割り込み、その少女を滅した。 「どうしたの?」 ニコルは振り返り、今日何度目かになる質問を相手に浴びせた。彼は棒立ちのまま、滅びていく少女を見つめていた。変だ。今日のツァイレンは絶対に変だ。 彼女は咄嗟に彼の左手を掴むと、袖をまくりあげた。そこには真新しい包帯が巻かれ血が滲んでいた。思った通りだ。彼はすでに怪我をしていたのだ。 「これは何? ひどい怪我。いつものツァイレンじゃない」 「君の言うとおりだ。本当に──今日の私はどうかしている」 ここまできて、ツァイレンはようやく認めた。 「君の世界では、人の魂は死ぬとどうなる?」 それは唐突過ぎる質問だった。ニコルはただ眉を寄せる。 暴霊たちは距離を取って彼らを遠巻きにしている。その強さを知り、もはや襲い掛かる気も無いようだった。 ぽっかりと空いた空間の中に二人。白衣の女と黒衣の男が残されていた。 「──何の話をしてるの?」 「教えて欲しい」 ツァイレンは袖を戻し、ニコルを見つめた。真っ直ぐに瞳を覗き込まれ、彼女は慌てて視力への集中を解いた。 「私の部族は……“大鷲の民”よ」 問われるがまま、ニコルは口を開く。 「人の魂は死ぬと、大空に帰っていくの。大鷲のように高く、高く」 「それはいいね」 彼は夜空を見上げ、消え入るように囁く。私の魂も死んだあと空に昇ればいいのに、と。 「ツァイレン」 ニコルは彼の名を呼ばずにいられなかった。 「──まだ終わってないよ」 彼女は構えをとった。普段のツァイレンに戻ってもらいたくて、それしか思いつかなかったのだ。 彼も構えをとった。無言のままだ。 ドレスの裾を翻し、数歩で間合いを詰めるニコル。繰り出した手刀をツァイレンは上半身を揺らせてかわす。 彼女には作戦があった。連撃を繰り出せば、相手は必ず隙を突いてくるはずだ。息も着かせぬほどのスピードで胸や肩を的確に狙っていく。 再度、目に力を集中すれば、拳に力を込めた彼の動きが視えた。 ──次だ、来る! ツァイレン、とニコルは相手の名を呼んだ。 「すき」 はっ、と彼が彼女を見る。微笑むニコル。 「──あり」 ニコルは迫る彼の右拳に掌打を叩き込んだ。相手の爆発力を逆手にとるための完璧な角度、完璧な間合いだった。 鈍い音とともに、二人はお互いに離れるように数歩跳び退いた。 「参ったな」 それは決定的な一打になった。 ツァイレンは痺れた腕を振り振り、自らの拳を見つめた。ニコルも右腕の痛みに顔をしかめた。こんなことをしたら腕が壊れてしまう。 「一手取ったよ」 誇らしげに言う彼女。しかしその優越感はすぐに消えてしまった。ニコルは顔色を変え、ツァイレンに駆け寄った。その拳が血にまみれていたからだ。 今の一打で腕の傷が開いてしまったのだろう。ニコルは自らの片袖を引きちぎり、血をぬぐい包帯代わりに彼の腕へ巻きつける。 「君のドレスが──」 「いいの」
このライターへメールを送る