「要するに、『別人になっていろいろやろう』という主旨の祭りです」 鳴海 晶、『失意の世界司書』とあだ名される男はしおしおと瞬きしながら溜め息をついた。「私も本当に別人になりたかった。いや、それはそれとして」 ヴォロスの一地方で行われるその祭りの詳細の情報は、未だ世界図書館に存在しない。「出来る限りの情報を集めてほしいのです」 そのためには参加して体験するのが何より。「祭りはいくつかの部分に分かれています」 一つ目、『ガルガ追い』 ガルガと呼ばれる大人三人分ほどはある図体の四つ足動物を追い立てて、狭い街中を駆け抜けるもの。5頭走らせるのだが、死傷者が出ることもある。 二つ目、『バイスト食い』 人の顔ほどの大きさのパンケーキをバイストと呼ぶが、それをどのぐらい食べられるかを競う。昨年の優勝者は53枚食べた。 三つ目、『私と踊る』 広場で行う仮面舞踏会フォークダンス系。なぜ『私と踊る』というタイトルかというと、毎年必ず最後に誰か一人は相手が仮面を剥いだら自分だったということがあるため。ちなみに、自分と踊った者には強運を授かるという。 四つ目、『未来の鐘』 街の礼拝所で行う占い。時々真実が見抜かれるというので浮気者は参加しない。「最後五つ目は、『真夜中の決闘』。祭りの最後にパホと呼ばれる偽物の剣を使って闘いますが、美しく闘ったものに街の有力者の娘達から抱擁とキスがあります。娘達は美人ぞろいですが……あくまでも街の基準での美人ですんで、そこのところはご注意願います」 鳴海はふっと溜め息を漏らし、必死な笑みを浮かべて励ますように付け加えた。「ちなみに、フェイ・ヌールという男が同行する予定です。何かあったら彼が面倒見てくれるそうです。どうぞ後悔ないように楽しんできてください」=============!注意!パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。=============
「兄さん、その右から二番目の二つ」 ロウ ユエが露店で指差したのは黄金の仮面。おどろおどろしい造形だが愛嬌があり、顔に一つ頭に一つ括りつける。 「ふうん……ガルガ追い。でかいな、これは確かに死傷者が出てもおかしくない……え?」 にこやかな笑みを浮かべたままのロウの後ろでパシン、と戸が閉め切られた。いつ間にか押し合いへし合いして『ガルガ追い』の通路に押し出されたらしい。 「おじさん、バイオリン弾いて皆のテンションと防御力をあげちゃうよー」 ロナルド・バロウズがバイオリンをかき鳴らし始めた。 「うーん、こうして狩りみたいな事するのも久しぶりなんだぁ。追いかける腕落ちてないけど良いんだけどなぁ」 キース・サバインが後方で緩やかに準備運動を開始する。ライオンの風貌に鳥を象った仮面、体を揺らすたびに飾りの羽が鮮やかに閃く。 「ふふん、狭いトコでの追いかけっこなら得意だよ!」 金色狼の仮面をつけたアルド・ヴェルクアベルの瞳はきらきら輝いている。 オーレオーラ! オーレオーラ! 通路の外から派手な叫び声が上がり始めた。色鮮やかな紅のスカーフをなびかせた男達が、誘うようにガルガの前に飛び出し始める。促され、一頭二頭三頭が石畳を蹴りつけた。四頭五頭がそれに続く。 「いーやっほーう!」 ファーヴニールが飛び出した。紫と銀の道化師の仮面が空に舞い、走り出した先頭のガルガの背中で飛び跳ねる。歓声が上がった。そんなやつは見たことがない。 「なるほど、面白いですね」 バイオリンを手にしたままロナルドも最後尾の一頭に跨がった。情熱的な音はなお激しさを増し、激走する紅のスカーフの男達が煽られたガルガと必死に駆ける。 「いくぞおおお!」 キースも全力疾走して走るガルガを追う。仮面の下から堪えようのない笑い声が響き渡る。 「あ、キース! 僕も一緒に行くよ~!」 アルドは曲がり角の建物の壁を蹴ってひらりと宙返り、ガルガに跳ね飛ばされた男の背中を踏み台にジャンプ、観客のどよめきに手を振って応じる余裕だ。 オーレオーラ! オーレオーラ! 「いや、待て、おい」 ロウが顔を引き攣らせた。何でガルガの前にいるんだ俺。 「これ、ガルガ追いじゃなかったか」 「なんかこの辺道狭いですね?」 その隣で、どこをどう抜けてきたのか、一一 一がひょいと顔を出した。 「あれ、何で皆さんそんなシリアスな顔を…」 「見えてないのか? 来たぞ、ほら!」 ロウが身を翻した。黄金仮面がくるりと巡って同じ顔が一を見返す。え、何、とわけがわからないままーはロウと一緒に走り出す。 「危ないよー! 走らないと死ぬよー!」 先頭のガルガに背中で跳ねていたファーヴニールが笑顔で警告したとたん、我慢の限界が来たのだろう、ガルガに勢いよく跳ね飛ばされて空に舞った。 「走らないと死ぬ?」 「はい、たぶん確実に」 テオ・カルカーデは巧みにガルガの側を走っては飛び跳ねて楽しみながら、一に応じる。 「はははたかがお祭りでそんな馬鹿n」 一がなおも笑顔で応じた瞬間、ロナルドがついに放り出された。それでもバイオリンを放さず演奏を続けるロナルドに歓声と拍手が送られる。ロウがすぐ後ろに迫ったガルガの直前で跳ね、その背中を踏んで間一髪押しつぶされるのを避けた。 「うぉおおおおお!」 キースは既にガルガと一体化、どちらかが止まった瞬間、どちらかを踏み倒すのは必然な勢いで激走、そしてーは。 「いやあああああああ!」 そのキースとガルガを引き連れて、まっしぐらに走り続ける。 「怪我したら治癒魔法もあるからねー」 「そうゆう問題ぢゃないーーーーっっ!」 アルドの慰めにーは叫んで速度を上げる。目指す最終地点、街の中央広場はまだ遠い。 かぁん、かぁん、かぁん。 鐘が鳴って、山本 檸於が礼拝所から出て来た。ファレル・アップルジャックをちらりと眺め、すぐに身を翻して消えていく。 「お先にどうぞ?」 陸 抗が促されて、戸惑いながらファレルを見上げた。自分のサイズでは見過ごされることも多いのに、きちんと応対してくれた相手に会釈して、中に入る。 巨大な建物だった。見上げる天井のアーチ、並ぶ椅子の群れ、正面にそびえる祭壇、その彼方から薄紫の香の煙が漂っている。急ぎ足に祭壇に駆け寄っていくと、 「何をお望みですか」 「俺あんたが見えないんだけど」 「私にもあなたが見えない」 「それって意味がなくない?」 「あなたは意味を求めているが、あなたは世界にどんな意味を求めているのかな」 「……俺はここにいる」 かぁん、かぁん、かぁん。 鳴り響く鐘の音に抗は少しだけ立ち止まり、唇を噛んで身を翻した。入口を駆け抜けながら、順番を譲ってくれたファレルに叫ぶ。 「あんただよ!」 会釈を返したファレルは礼拝所の中を進む。ぎっしり詰まった椅子、狭い通路、正面の祭壇に白いベールをすっぽり被った者が一人、性別も種族もわからない。 「何をお望みですか」 「…私が踊りたいと思っている相手はどこにいますか?」 相手がベールの向こうで微笑んだ、そんな気配にファレルが目を凝らすと、 「あなたはずっと自分と踊っているのでしょう?」 「私が…私と」 「確かめたいなら広場へどうぞ。あそこで『私と踊る』ことは約束されている」 かぁん、かぁん、かぁん。 華城 水炎は蝶の仮面を一瞬上げて、横を通り過ぎたファレルを見送る。男装の麗人といった風合いの衣装、礼拝所に入ると、正面の祭壇に進んで覗き込む。 「誰もいないのか?」 祭壇には白いベールが一枚落ちているだけだ。 「何をお望みですか」 「っ、どこだ……このベールか?」 摘まみ上げてみるとただの白い布。だが下に小箱があり、声が響いてくる。 「占いを続けるなら元に戻して下さい」 「……恋愛運は占えるか? 運命の人はいつ現れる!みたいなやつさ」 「もう現れて、去っていった。だが再びやってくる。そしてまた去っていく」 「……おい」 「そしてまた出会う。『運命』とはそういうもの。ただし、その人をあなたが認めるかどうかは別だ」 かぁん、かぁん、かぁん。 結局よくわかんねえじゃねえか。水炎は舌打ちして祭壇を離れる。運命が繰り返し訪れるのなら、ぐるぐる回るダンスに潜んでいるかもな、と広場に向かう。 「面白いですね、あなたは機械仕掛けなのかな」 すぐ側の柱の影から、水がにじみ出るようにロナルド・バロウズが現れた。もっとも、服のあちこちが綻び、いささか全体にくたびれた気配ではあるけれど。 「あなたの望みは仕立て屋?」 「いやいや違いますよ、これはちょっと手違いで」 「ではあなたの望みは何ですか」 「その前にあなたの正体を知りたいな」 バイオリンと弓を片手にまとめ、ロナルドは祭壇に近づき、素早くベールを取り除く。だが、そこには小箱はなく、椅子もなく、ぽかりと床下に続く穴が一つ。 「探しものがここに落ちている、そう告げたら納得しますか」 穴の奥から声が応じた。 「落ちてはいませんよ、探しているのは悪魔ですから」 「ならば礼拝所の外に居るのが道理でしょう」 ふざけた占いだな、とロナルドはベールを椅子に投げ捨て、身を捻って周囲を指し示す。 「ここの外だなんて、居場所を占ったことにはならない」 「なりますよ。ここには居ない。これほど断言する占い師もいないでしょうね」 ロナルドは一瞬切なそうに顔をしかめた。けれど、それを静かな微笑にかえて、ゆっくり優雅に一礼する。 かぁん、かぁん、かぁん。 馮 詩希は静まり返った礼拝所におそるおそる入ってきた。鳴り響いた鐘の音は占いの終わりを告げるものらしいですよ、さっきの男性はそう教えてくれたけれど。 「何をお望みですか」 正面の祭壇から声が響いた。だが、そこに人の姿はない。覗き込んでも、質素な木の祭壇がぽつんとあるだけ。 「未来の恋人を」 「今の、ではなく?」 今度響いた声は背後からだった。慌てて振り返ると、少し離れた椅子に白いベールをすっぽり被った者が居る。ゆっくり立ち上がって近づいてくるが、足元まで隠したベールで性別も種族もわからない。そう言えば足音もないようだ。 「あなたの中にあるのは特徴のない平凡な少年、目鼻立ちもはっきりしない、それでは未来はやってこないよ。あなたが見たいのは恋人なの、それとも未来なの」 「あなたは何者なの」 「私? 私は」 するっとベールが落ちるのを息を詰めて見守る、とその瞬間。 かぁん、かぁん、かぁん。 巨大な鐘の音が鳴り響いて思わず天井を見上げ、急いで振り向いた時にはぱさりと落ちたベールが床に広がるのみ。 「あの……もう、いいかな。鐘が鳴ったら前の占いは終わったって聞いて」 背後から声をかけられて、死ぬほど驚いた。 「あ、ああ、うん、どうぞ」 詩希は細かく震えながら、慌ただしくその場から離れた。 「…どうしたんだろう」 日和坂 綾はまるで怖いものでも見たような少女の後ろ姿を見送り、ゆっくり祭壇を振り返る。 「どうしたんでしょうね。何をお望みですか」 そこには穏やかに微笑む一人の男性が居る。 「占ってほしいの…私、ちゃんと望んだ場所に辿り着けるのかな?」 元の世界でずっと感じていた違和感。どうしても埋まらない齟齬。いつか家族と殺しあうのではないかという恐怖。 「ずっと怖かったんだ。……でも、ひょっとしたら、そう思えた」 コンダクターになれて嬉しかった。これで自分の生きる世界が選べるんだと。けれど、新しい世界に所属するには、その世界の人との強固な絆が必要になる。家族すら無理だったのに、私は誰かと絆を結べるんだろうか。 「………壊すことしか、知らないのに」 かぁん、かぁん、かぁん。 鐘が鳴り響いて、綾は瞬きする。いつの間にか俯いていた、その前からさっきの男性が消え失せていた。 「終わり? どうして? なんで?」 まだ占ってもらっていない。何の答えももらっていない。悔しさと苛立たしさで怒りが募る。 「ここは占いの場所でしょ! 『未来の鐘』でしょ!」 怒鳴っても叫んでも、返事はこない。誰も入ってこない。 「わかんなくても来たのに! こんなとこ、来なけりゃよかった……っあ」 脚を踏み鳴らして出ていこうとして、足元に落ちていた白いベールを思い切り踏みつけた。慌てて脚を上げるが、そこにはくっきりと綾の足跡が残っている。 瞬間、綾の心にもくっきり蘇ったのは、自分が叫んだことば。 『わかんなくても来たのに! こんなとこ、来なけりゃよかった』 「……そっか」 それでも、私、ここへ来たんだ。 答えを求めて。知らない場所に。知らない相手に。自分の心をまっすぐぶつけに。そうして、どこかに必ず、綾の足跡はこうして残っていくのだろう。 「絆って……こういうもん、かなあ…」 「『バイスト食い』が始まっているよ!」 黄色のスカーフをつけた女達が街を練り歩きながらバイストを振り回してみせる。 「どんなにてめえらが覚悟しようと、我慢しようと、出された物を純粋に喜んで食べる人間に敵う訳がねえだろ!」 広場の舞台では、木乃咲 進が宣言通りに、凄まじい勢いで隣に積み上げられるバイストを口に放り込みつつあった。 (折角飯が大量に喰える機会を、逃す訳にはいかねえ) 湯気をたてるバイストの香ばしい匂いが広場中に広がっていく。バイストは全部俺のもの!と言わんばかりの進の食べっぷりに、バイストを買い求める者もいる。 「純粋な三大欲求の一つに支配された人間以上に、大食いな人間は居ねえ事を見せてやる!」 「うふふ、色気より、食い気なのよ。そのために、ワンピースタイプの服を着てきたんだから!」 その隣は月見里 咲夜、「ご主人様って大食いだっけ?」な状態で固まっているセクタンのちとてんを横目に、パンケーキを潰しながらこちらもハイペース。バイストだけでは食い切れないという参加者のために用意されている木の実のジャムやクリームなどに手を伸ばし、満足そうに食べる姿はまたよだれが垂れそうな光景で、やはり娘達が売るジャムやクリームが次々求められていく。 「すごっ、よくあんなに食べられるなぁ」 思わず目を丸くして相沢 優が見入るのは、その隣で噛んでいる暇などないだろうという速度でバイストを平らげていくツヴァイの姿だ。 「別に大食いってワケじゃねーけど、パンケーキを腹いっぱい食べられるって聞いたら参加しねーワケにはいかねーだろ!!」 豪快な笑い声で言い放った直後から、食べる食べる食べる食べる。食べる食べる食べる食べる。できるだけ早く食べて脳が腹いっぱいサインを出す前に食べ尽くそうという作戦、必死に口に詰め込みながら既に40枚を越え、観客からどよめきが上がっている。何せ、昨年優勝者は53枚食べた後、担架で運び出され三日三晩下痢と吐き気に苦しんだという噂が流れているのだ。 「目標は、そうだなあ……90枚ってトコだな!!」 あっさり宣言したツヴァイには、既に人間の限界をどこまで越えられるかという期待までかかっている。競り合うようにその隣でバイストに手を伸ばす大男はぼちぼち危なそうな気配、何度かむせ返っているが、ツヴァイの方はまだまだ余裕で、会場にこれと思う美女でも居るのか、「優勝賞品って何だろ」と尋ねたりもしている。「可愛いモンならプレゼントしたいな!」とにこやかな彼に、優勝賞品はバイスト10年分などとは、まだ誰も教えていないようだ。 少し離れたところでは、レイモンド・メリルが優雅に穏やかに従者ルイーゼ・バーゼルトとバイスト一枚を分け合いながら食べていた。 「なるほど、これはこれで素朴な味だな、ルイーゼ」「はい」 赤の蝙蝠仮面をつけたレイモンドが、要求して準備されたナイフとフォークを上品に扱う。 「胃の許容量を忘れる程美味に感じられるのだろうな、彼らには」 レイモンドは『バイスト食い』を美味が提供される場所と誤解しているが、主に大食いをして頂く理由はなし、レパートリーを増やすためにレシピの確認もとっくに済ませたルイーゼは、どうすればこの野卑一歩手前の珍味な食材を主の望む「美味」に仕上げるか、紫の蝙蝠仮面の下で考えている。 「昔ひどい飢饉があった時、やってきた旅人が、それまで食べることなど考えなかった『バイスト』という穀物の調理加工方法を教えてくれたそうです。その旅人に敬意と感謝を込めて、今でも我等はこれほどこの食べ物を愛していると知らしめるもの行事だと聞き及びました」 「なるほど、大切で意義深い行事なのだな。ではなお味わって頂こう」 「いやあ、食べた食べた楽しんだ楽しんだ!」 藤枝 竜は『ガルガ追い』を見物しながらこちらへ流れてきた。 「きゃあああああ!」 既に『ガルガ追い』はクライマックス、広場の片隅に作られた『ガルガ囲い』の中へ追いつかれかけたーの壮絶な悲鳴とともに、まだまだ余力を残し、ガルガの背中を叩きながら駆け込んできたキースが見事にガルガを追い込んで喝采を浴びている。歓声と降り注ぐ焼き菓子や花を象った砂糖菓子の中をアルドがくるくる跳ね回って跳ね飛ばし、竜はそのおこぼれに預かったところだ。だが、 「ただで食べられる?何て素敵なイベントでしょうか!」 『バイスト食い』のイベントを聞いてきらりと目が光った。手を使わず食べるんですね、と勘違いを重ねて飛び入り、口だけでバイストを食べる妙技に観客から驚きの声が上がる。凄まじさに見かねた周囲が教えると、使ってよかったのかときょとんとしつつ、なおもスピードを上げていき、70枚をクリア。だが、次の瞬間限界が来たらしく、満面の笑みのまま背後に倒れた。 「担架担架担架!」 それでも去年の優勝者を超えている。慌てた周囲が竜を担架に乗せて退場させていく中、彼女はまるまると膨れた腹を撫でながら手を振る余裕を見せた。『大食い竜刻少女』は後にその彼女の勇姿をたたえて贈られた称号だ。 「凄い、竜さん、ーさん! 祭りの鑑よ鑑!」 それぞれの活躍に感涙にむせびながら両手こぶしを握りしめて叫んだのは青梅 要、だが彼女の真価を発揮する場所は別の場所にあった。 「『真夜中の決闘』? 美女のキス目当てとか、なんて破廉恥!! このあたしが退治してやるわよーっ!」 ツインテールを振って『バイスト食い』の会場から抜け出していく。 「く、そぉおおおぶおぶぼぶ」 絶叫を放って進が崩れた。枚数89.95枚。 「ふははははっはははぶはぶばぶ」 その隣で高々とこぶしを突き上げたツヴァイが最後の一枚をかろうじて飲み込み、その姿勢のまま固まる。 「担架担架担架担架!!!」 枚数、なんと90枚。運び出されていく両名に惜しみない拍手と賞讃が与えられる。もちろんツヴァイにはその病床の枕元に栄誉を称えて、バイスト10年分がこの後次々と積まれていくのだが、それを彼が目にした瞬間何が起こるのかは想像に固くない。そしてこの名勝負と大記録は、長く歴史に刻まれていくことになる。 踊りたい人が居る。でも、その人が来てないことも知ってる。ディーナ・ティモネンは切ない視線を会場に走らせる。 (せめて…自分に会って、強運を授かりたいな) 仮面を被っていても見間違えないと思う。何重にも輪を作り、仮面の群れは揺れながら会釈し、手を打ち合わせ、くるりと回り、背中で触れ合い、別の輪の相手の手を取ってそちらの輪に引き寄せられる。 赤の蝙蝠の仮面をつけた豪奢な装飾の男性と手を触れ合い、紫の蝙蝠の仮面をつけた上品な長いドレスの女性と背中を合わせて離れた。振り向くとその二人が背後で互いに手をつなぎあうのが見えて切なさが増す。出そうになった溜め息を噛み殺す。今踊ってくれてる人に失礼だ。 だが、真っ赤で光る石が一杯ついた仮面を被った今度の相手もやはり誰かを捜しているようだ。ディーナと視線を合わせても、すぐに周囲へ視線が動く。ディーナも同じように薄紫の羽根で作った仮面の後ろで瞳を彷徨わせているのだろうか。 (偽者でもいい…ううん、やっぱり本当のあの人でなきゃ嫌だ) 背後を通り過ぎた後ろ姿がそっくりに見えて、慌ててディーナは振り返り、輪から外れてしまった。そこにはもう誰もいない。躍りの輪の中で視界が滲む。 「こちらだ」 ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードは立ち竦んだ少女の手を引いた。 「姫もただの女性であれば…、こういうこともしたのであろうか」 一人ごちながら、祭りの最中だというのにひどく沈んでしまった相手の長い髪に気が引かれる。うろたえた見上げてきた少女の瞳はオーバーマスクのシュールさに驚いているのか、それとも半裸甲冑のガルバリュートの姿にか。だが、その真摯さまっすぐさに、姫の瞳を思い出した。 そうだ帰ろう、必ずきっと。 「さあ、楽しまなくてはな」 驚いた顔の相手ににっこりしながら、軽々持ち上げ、振り回すようにスイングする。躍りの流儀は違っても、着地のリズムは狂わないのできちんと相手を踊りの輪に戻す。怪力と鮮やかさに感嘆が上がると、力こぶと胸筋を見せつけ、再びの歓声を得る。次の相手も長く美しい金色の髪、風に舞い、身体に触れるその感触に、今度はヴォロス流に相手と手を打ち合わせてくるりと回った。 (きっとガルバリュートさんよね) コレット・ネロは背中合わせの相手の逞しさに真っ白な猫を象った仮面の後ろでくすりと笑う。外見は無論、立ち竦んだ少女をきちんと踊りの輪に戻したその優しさに確信している。周囲を見回して同じ髪型の二人を探しているが、まだ見つからない。踊った方がいいと教えてやろうと思っているのだが。 ここへ来てコレットは多くの顔なじみを作った。仮面をつけていても、いつもと違う服装をしていても、物腰気配雰囲気でもう見分けがつく相手も居る。 (帰り道、踊ったみんなで、あの仮面は誰で、誰と踊ったとか…そういう話をするのも楽しそうね) 意外な相手の意外な姿を見ているのかもしれない。そうやって見知らぬ相手と近寄り触れ合っていくことに興味が出ている自分に少し驚く。 「お祭りですねぇ、ふふふ。今、誰と踊っているのでしょうね?」 今触れ合った手は獣の手触り、独り言のようにつぶやいた相手は跳ねるように踊っている。コレットも合わせて跳ねるような動きで回り、次の輪に加わった。 「あれ、今の」 テオ・カルカーデは離れていった相手を見送る。周囲の踊りと少し違って、故郷独特の跳ねるような回るような動きになっていなかったか。ひょっとして自分だったのかな。急いで仮面を外していればよかったかな。 「あなたも自分を探している?」 次の相手に尋ねられて振り返る。 「‥‥興味深いですね。強運を授かるという事はどうでも良いですが、もう一人の自分が現れると言うのは興味深い。‥‥精霊? 神?」 相手は真っ黒の狼の面、耳に銀色の羽が飾られているのがゆらゆら揺れる。会釈し、手を打ち合わせ、くるりと回り、背中を合わせ、離れていく。 「少なくとも私は貴方じゃない」 「私もあなたではない」 答えてファレル・アップルジャックは次の相手に会釈する。もし『私』に会えたら、どこから来たのか、本当は何者なのかを尋ねたかった。ここで『私と踊る』ことは約束されている、と言われた。だが、ファレルはまだ自分に会っていない。 「どこに居るんでしょうか、『私』は。そしてそれは何者なんでしょうか」 その問いは自分への問いと全く同じだ。 「さ、踊りましょうか」 ファーヴニールは踊りに入っていなかった娘を誘った。深い紅の衣装をまとい、演技のような立ち振る舞いで近づく。民族衣装を借りたのだろうか、膝のあたりに美しい織のベルトがついたズボン、ふわりとした白いブラウスに同じ織の組紐の上着を羽織っている少女が戸惑いながら頷いて手を差し伸べる。 少女は春秋 冬夏、衣装を借りたはいいけれど、連れが見当たらず困惑していたから、ありがたく加わった。会釈して手を打ち、くるりと回って背中合わせ。周囲を囲む露店は温かな湯気とおいしそうな香りを満たしている。くう、とお腹が鳴ったのをごまかすように、次の相手に会釈する。後で露店を回ろう、と思う。 (もしも誰かに会えるなら。自分よりもクイーンに会ってみたい) 民族衣装の少女に会釈を返しながら、真っ赤な仮面の下でジャック・ハートは思う。 (全く年を取らないように見える、強大な力を持った女。化け物のように美しく、化け物のように強い、正真正銘の化け物。憧れなかったと言えば嘘になる) 手を打ち合わせ、くるりと回り、背中を合わせる。 (キングとクイーンさえ居れば、氏族の生活は最低限守られる。だから2人が世界から消えるような情報は伝えられない。公開処刑されるために戻る気もない) 馬鹿馬鹿しい高笑いを繰り返す仮面の裏に隠された真実。想いを繰り返し重ねて探す視線の先、居ないことがわかっている相手。さっきの薄紫の羽根で作った仮面をつけた娘もまた、満たされない想いを瞳に浮かべていた。 「くくくっ」 低く嗤ったのは娘だろうか、同じ目をしてここにいる自分に対してか。 次の相手が不思議そうな目で見上げてきて笑みを殺した。薄紅の花を模した仮面の奥の澄んだ瞳に会釈して離れる。 「ファーヴニールさん、じゃないよね」 エレニア・アンデルセンは戸惑いながら会釈を返す。仮面がたくさんあって、色彩の波に溺れそうだ。賑やかなお祭りはたくさんあった。仕事の都合で見て回ることは少なかったけれど、今回はファーヴニールが誘ってくれた。思いっきり楽しみたい。『ありがとう』ってちゃんと伝えたい。 「でも私の声じゃ駄目だから。どうしたらいいかなぁ?」 つぶやいた瞬間、次の相手が会釈してきた。深い紅の衣装、穏やかな声。 「今宵私は……貴女の手を取りましょう」 すぐにわかった、声で、姿で、その物腰で。体から喜びが溢れる。伝えたい、伝えたい、この想いを。会釈を返し、手を打ち、その瞬間に喜びが相手の掌に響く気がして見つめると、相手が仮面に触れた。剥がれ落ちる、その向こうに涼やかに微笑む二つの瞳、搦めとられるように近寄りくるりと回り、背中を向け、指を握りあい、そのまま二人、踊りの輪から離れた、まるで約束していたように。 「何だ?」 直前に相手が輪から離れてハーデ・ビラールは戸惑う。 あれがひょっとして自分と出会った二人なのか? 壱番世界では自分に会うのは凶兆らしい。世界が変われば吉凶もガラッと違うんだね?なんて言われたけれど。 「私は…どうしても強運がほしい」 二人が離れて崩れかけた輪を、その先の居た、蝶の仮面を付けて長髪を下ろし、煌めかしい男装をした女性が埋めるように近寄って、ハーデと組んだ。会釈し、手を打ち鳴らす。身長がハーデより低い、が、そんなことを感じさせない鮮やかなリード、見下ろしたハーデの視線の意味を感じたのだろう、片目をつぶって、 「背が低いのは愛嬌さ 貴女の胸に抱かれるためですよ」 囁きの甘さにハーデは戸惑う。そんな睦言など知らない。そんな世界など。 くるりと回って背中合わせ、相手がまた優しく囁く。 「…お嬢さん、顔を見せてもらえるかい?」 とっさに銀の仮面を押さえて離れた。次の相手にもそのまま相対して、どう振る舞えばいいのかわからなくなる。 (世界の望みに従っていれば迷うことはない。任務のことだけ考えていれば思い悩む必要もない) そうやってずっと生きてきたのに。次の相手に会釈する。 (1人で立つのが難しい人間だからこそ、私は1人で立たなければならない) 手を打ち合わせながら、視線を動かし、同じ肌色の人間を探す。 (選択を迷う必要すらない強運を手に入れなければならない) ならない、ならない、ならない、ならない。ハーデの世界はならないで埋め尽くされている。くるりと回って背中を合わせる。 (『私』はどこだ?) 「…レット殿」 次の相手が背中で呟く。きっと相手もまた誰かを探しているのだろう。幸運を、と離れていく相手に小さく囁く。 雪峰 時光は深い紺の目元を隠すだけの仮面の奥で、遠ざかる相手を見やった。コレットではない、それは確かだ。 (コレット殿は参加されるのでござろうか? 参加されているようでござれば、なるべく手を放さず共に踊り続けたい所でござる) 踊りの輪を、周囲の観客を、『真夜中の決闘』に集まる人々を目で追う。時光にとっては、自身と踊って強運を得るより、コレットと踊る方が価値がある。 (良い思い出を拙者に下され) 祈りながら視線を上げる。少し先で金色の髪が舞って期待する。 ハーデは息を呑む。目の前にやってきた相手は同じ肌色、同じ瞳の色、会釈する自分と寸分変わらぬ動き、手を打ち合わせる、その体温まで同じ。 (まさか) お互いに触れ合うようにくるりと回る、背中合わせになったとたん、ハーデはもう一度振り返り、相手の腕を掴んで引き寄せる。 「お前が、あっっ!」 その瞬間、腕は自分の掌で溶けた。腕だけではない、目の前の体が一瞬にして砕け飛び散り、十数羽のハトになって一気に飛び去る。 『バイスト食い』を観戦しながら、出された料理ではなく食器やナイフ、フォークをゴリゴリ食べ、ついでに手近の建物のレンガを食べていたアルジャーノの、食後に思いついたちょっとした悪戯を、ハーデは吐息とともに見送る。 「ロストナンバーになってみんな俺よりでかいんだから。『私』であっても踊りたいよな」 『未来の鐘』から広場にやってきた陸 抗は、溜め息まじりに踊りを眺める。「じゃあ、俺と踊るかい?」 振り返ると隣にちょこんと座る姿があった。同じサイズ、同じ服装、同じ仮面、悪戯っぽい瞳が見返す。近くのテーブルを示されて、飛び降り会釈し、手を打ち鳴らす。くるりと回って背中合わせ。呼吸する熱が同じ高さで背中を温める。次の相手に繋がれるはずの手は背後の相手に受け取られる。握り返してくれる掌の熱、再び会釈、手を打ち鳴らし、くるりと回り、背中に熱。もう一度。またもう一度。 「お前は俺?」 「さあな」 もう一度。もう一度。もう一度。堪え切れなくなって、手を繋いだ瞬間、相手を引き寄せ抱き締める。 「久しぶりだ」 胸に迫った気持ちを吐く。どれほど寂しかったかよくわかる。 「頑張れ」 耳元で声が響いて固まった。 「頑張れ、抗」 「く、そ」 滲みかけた涙に天を仰いで吐き捨てた。 踊りの輪の中央に一段高く盛り上げられた土舞台、周囲を花で飾られた場所で、パホが『真夜中の決闘』の参加者に次々渡されていく。薄く削った木の皮を筒状に巻いたもの、ぶつかると折れた剣が解れ、花びらが飛び散る。 今しも一一 一が飛び入り参加し、周囲を走り回って見事相手の脳天に一発、砕けて飛び散った花びらに歓声を浴びた。勝者を宣言されたとたんに、舞台下から駆け上がった迫力満点の女性に抱き締められてぎゃあだのぐえだのの悲鳴が上がる。 「華麗にってのは自信ないけど、腕試しだ!」 白狼の仮面を被って意気込む相沢 優の相手は陸 抗。 「抱擁は圧死になりそうだ」 やや緊張モードだが、勝ちに行く気十分、受け取ったパホは身体に合わせて小振りに直されているが、それでも結構な大きさで背中に背負う状態だ。 合図とともに抗は自分の姿を影絵のように投影して大きく見せながら優に打ちかかった。流れるような脚さばき、下がりつつ防御する優の動きも見事だ。一瞬の隙を突いて体を捻り、抗の背後に回り込み一撃、だが、既にその場に抗は居なかった。星空を背中に躍り上がって優に剣を振り下ろす、とっさに剣で受け止めた優と抗の間で砕けたパホから花びらが溢れる。 「うあっ」 飛び散った花弁に包まれかけた抗を急いで受け止めた優、おずおずと近づいてきた一人の可憐な娘がそっと優の掌の抗、それから優に唇を触れる。 「なるほど、これは扱いが難しい。偽物とはいえ、こういう獲物を扱うのも久しぶりか。さて、どこまで扱えるか……」 飛天 鴉刃は受け取ったパホを数回振ってみて面白そうに首を傾げる。鴉刃の相手は鉄板入り軍靴を身に着け、女の子とのキスを夢見て本気全開モードの坂上 健だ。 「あー、やっぱトンファー禁止か、クソッ。なぁなぁ、パホって2つ借りられねぇ?」 願いの通りパホが2本与えられたあたり、鴉刃には不利かと思いきや、戦況は互角、スリムな肢体に眼だけを覆う仮面をつけた鴉刃は突き主体で、2本のパホと顎を蹴りで狙ってくる健をものともしない。連続で相手の急所に攻撃を打ちこむ。防いだところを横薙ぎでパホを弾き飛ばし、健のパホが花びらと化して空に消える。その勢いのまま一回転して健の首にパホを寸止め、勝負あったかに見えた、だがさすがに格闘オタクもただではやられない。とっさに背後にとんぼを切って鴉刃の剣を蹴って砕き、残った一本で鴉刃の手元を押さえ勝者となる。 「やった、これでキ…げ!」「すてっきいいいい!」 どすどすと走り寄ったのはおそらくは街一番の豊満な美女、健を強く熱く抱き締めると彼が見えなくなるほど情熱的なキスを贈った。 「ぎゅああわあああ!!!」 健の感動の咆哮に次の数人が参加を断った中、 「町の基準での美人だから注意しろ、だと? ふっ、女性は女性というだけで美しいのだ。どのような容姿、体格の女性であろうとも、『美しい』と囁き受け入れる――それが本当の紳士と言うものだろう」 上品にパホを受け取り、優勝した後の対応まで考えているアインスの勇気に賞讃の拍手が湧く。相手はパンツ一枚でフロントダブルバイセップスで娘達の黄色い歓声を浴びている金 晴天、『絞っていない』状態なので肥満体に見られないかと気にしつつも、見せる筋肉は量、バランスともに圧巻、流れるようなカットが美しい。 「こう見えても、スタンドマンじみたバイトをしたことあるからな」 晴天は高く飛んで宙返りしながらアインスの攻撃を避け、剣を高く投げて移動しながら受け取って反撃、見かけよりも派手なトリッキーさに、美技に近い正統な動きで攻めよるアインスは翻弄され気味だ。巧みに宙返りして着地した隙を突いたものの、その剣を勢いよく蹴り飛ばされて花びらを浴びた。獲物がパホであるゆえの決着、首もとに晴天のパホを突きつけられ品良く両手を上げる。散った花びらを体中に飾ったアインスと、汗に濡れた体を光らせている晴天の双方に目を奪われながら、やってきた娘がうやうやしく勝者にキスを贈る。 「町の基準て所に疑問を感じるけど、たまにはかっこいい所を見せるぜ!」 意気揚々とパホを手にする虎部 隆は、キスを勝者に与えるために集まった女性達の中から、「昔よりワイルドでステキ!」と声をかけられ一瞬複雑な顔になる。彼の相手は、これも特別誂え、やや長めのパホを肩に担いで仁王立ち、気合い十分の青梅 要だ。 「要ずりぃ。剣だけで戦えー! ツインテでも相手にしやがって!」 くるくる舞う要のツインテールをからかいつつ、気合いと鋭さを増した要の攻撃をことごとく受け止め間一髪避けていく隆の動きに歓声が起こった。ついに要の、銭湯で鍛えた覗き魔退治のモップ捌きが炸裂する。隆が足下を掬われて転倒したその鼻先に、ずい、と要はモップ、もとい長めのパホを突きつける。 「覚悟っ」「ってえ!」 ばこんっ、と痛そうな音とともに花びらが隆に降り注いだ。慌てたように勝者を讃える娘が要に近寄り、羽交い締めに見えないこともない抱擁とキスを贈る。 「決闘か、いいじゃねぇかそういうシチュエーション!」 相方を模した銀猫の仮面を着けたオルグ・ラルヴァローグは楽しそうだ。 「で、相手は誰だ?親父仕込みのこの剣技、とくと見せてやるぜ!」 要求通りに短剣長剣のパホを2本渡される。相手はマグロ・マーシュランド、自分の狩猟術がどこまで通用するか試してみたいと、銛の形をしたパホを望んだ。 「無くても、出来るだけ大きくて重いので宜しくねっ」 オルグは威力より精度を重視した回転剣舞、マグロは長大なパホを軽々と振り回す。互いに円弧を描きつつ攻める姿に観客もどんどん身を乗り出して見守るが、なかなか決着がつかない。鋭くオルグが攻め入れば、マグロはパホの内側に入られても巧みに立ち位置を移動して攻撃範囲を確保、マグロが大きく空間を薙げばオルグは身を翻して剣先を避ける。だが気合い一発、オルグが長剣をマグロに跳ね飛ばさせて、そのまま一気に懐に飛び込んだ。舞い散る花びらを被りながら、相手の片手に短剣を掠め、勝負を決める。 並ぶ娘達の中から一際艶やかな美女が歩み出て、マグロを抱き締め、オルグに向かい両手を差し伸べ、キスしてもよろしくて、と微笑んだ。 「もちろん、どうぞ」 「これがパホか」 剣を確かめる歪は今夜は包帯を外し、隣の真遠歌の鬼面と同じものを被っている。パホを受け取り静かに刀身を撫でる真遠歌はさきほどまで周囲を楽しげに見回していた。普段は回りに馴染まぬ仮面だが、この時ばかりは同じ普通の姿、しかも兄と試合えるとは何と言う喜びだろう。二人が静かに構え合う気配には快い緊張と興奮がある。影のように歪が踏み込む。真遠歌が受け止め、すぐに絡み合わせるように攻撃を仕掛ける。ぎりぎりで受け止める、瞬時に返す、返されても怯まない、なお踏み込む、なお仕掛ける。ひらり、とパホから花びらが散った。また一枚、そしてまた数枚。それほどぶつかり合っていると見えないのに、互いのパホには確実に打撃が積もり、形を崩した部分から次々と花びらが振りまかれていく。 「俺は大丈夫、本気で来い」 歪が楽しげに誘った。真遠歌が一瞬戸惑ったように動きを緩め、相手を見つめ、すぐに一層激しく打ち込み始める、けれどそれさえもまた楽しみでしかない、互いの世界が、パホを絡ませるたび、花びらを散らせるたびに深まって重なり合っていくような美しい闘いに周囲から感嘆と叫びが上がる。 「続けてくれ、もっともっと続けてくれ!」 それは祭りに加わる者全ての願い、願いに答えて二人の姿はなお鮮やかに夜闇を舞い続けた。
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