オープニング

 それは、壱番世界でいうならば夏の終わり、学童生徒的年代のティーンにとってはとってもとってもブルーインブルー(世界名ではなくて、こー、気持ち的に)になる運命の日、「8月31日」のできことだった。
「壱番世界の無人島で、盆踊り大会を大々的に執り行いたいと思います。つきましてはチケットの発行と、参加者募集の周知にご協力ください」
 大真面目にそんな提案をしたのは、バードカフェ『クリスタル・パレス』の店長、ラファエル・フロイトである。不意を突かれた無名の司書は思わず『導きの書』をばさーっと床に落とした。
「うわ、意外なひとが意外なこと言った」
 本を拾い上げ、埃を掃いながらも、司書は首をかしげる。
「盆踊り? て、もう遅くない?」
「いえ、観光客30万人と言われる某県某市の『風の盆』の開催は9月初旬ですので、時期としては許容範囲かと。また、『おわら風の盆』という名称は保存会により商標登録されておりますので、イベント名での使用は差し控えます。無人島での開催のため、壱番世界に実質的な影響は与えませんが、『風の盆』運営に携わっておられるかたがたや踊り手さんのお気持ちには配慮いたしたく」
「……あー、うん。商標権や著作権的なことってさ、法的な可否以上に、関係諸氏の感情を尊重するのが愛だよね。まぁその辺はいいとして、そもそも何で盆踊りなの?」
「クリスタル・パレスの従業員福利厚生施策の一環です。福利厚生の充実と強化が店員の働き甲斐を増進し、良質な接客サービスの提供に大きく貢献いたしますので」
「……あのさ、鳥店員さんたち、そんなストレスたまってんの? 秘密のビーチで十分発散してたじゃん。それにシオンくんとか見てると、とてもそうは思えないんだけど」
「察してやれよー。ストレス発散が必要なのは苦労性の店長なんだってば」
 ラファエルの隣にいるシオンは、すでに心はお祭り気分であるらしく、藍染の浴衣(仕立屋リリイが技術の限りをつくした有翼人用デザイン)を着込み、団扇をぱたぱたさせて風を送ってくる。
「前にさ、無人島に転移した翼竜族のわがまま王子を保護したことあったじゃん? 結局あいつ、店長が面倒みることになって、あれからずっと店の厨房で下働きさせながら再教育中なんだけど」
「うんうんうん! 金髪碧眼の13歳、ミシェル・ラ・ブリュイエールくん。ねえねえ、彼、まだお掃除と皿洗い専門なの? そろそろフロアデビューできるんじゃないの?」
 巨大怪獣化して大暴れし、あわやシラサギのコロニーを全滅させるところだったミシェルは、ロストナンバーたちの尽力により無事に保護された(シナリオ「ブラザー・コンプレックス ―飛べない翼竜―」より。※特にお読みにならなくても問題ないですー)。
 ターミナルで、無名の司書から最初の説明を受けたミシェルは、同席したシオンが、「鳥ってわけじゃないけと、翼つながりってことで!」と、クリスタル・パレスへ連れて行った。
 そして、まだ、環境の変化に適応しきれていないミシェルを危ぶんだラファエルは、自ら保護者役を申し出たのである。
 しかし……。
 七人の兄王子たちに寄ってたかって甘やかされてきた末っ子ミシェルは、店長の全力的教育を持ってしても、なかなかターミナルに馴染めず、カフェの従業員にもなりきれない、というのが現状のようだった。
「まだ皿の汚れが残っているじゃないか。そんな心構えでお客様にご満足いただけると思うのか。いつまで王子様根性にしがみついているつもりだ。やり直し」
「でも……。皿洗いや床掃除なんて、ぼく、したことがなくって……。立ちっぱなしで足が疲れたよ……。う……。ううっ……」
「あのぉー、店長。ミシェル泣いてるしさー、今日はもうそのへんで……」
「おまえまで甘やかしてどうするんだ、シオン。そうやってなし崩しにするから、この子は何も向上しないんじゃないか」
 という一幕が、クリスタル・パレスの厨房であったらしい。
 ラファエルはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ、ミシェルにはまだギャルソンは無理でしょう。ホスピタリティの何たるかがまったく理解できていませんのでね。息抜きには早かろうと、チェンバーのビーチには行かせず留守番をさせたのですが、気分転換も必要だろうとシオンに言われまして」
(……ああ。つまりこの企画、シオンくんの提案なんだ?)
(うん。店長、けっこうこれでスパルタなんだよ。店員教育が厳しいのなんの)

 * * *

「……と、いうことで、屋台だ」
 開口一番、何が『と、いうことで』なのか不明なまま恐ろしく唐突に神楽・プリギエーラが言い、傍らの小柄な少女がこくこくと頷く。
 着物に白いエプロン姿の、背中に明るい茶色の翼を負った可憐な容色の彼女は、『クリスタル・パレス』の鳥店員である。名前を小町(こまち)と言い、鳥形態の時は可愛い雀になるという。
「盆踊りと言えば屋台、屋台と言えば盆踊り、ですよね?」
 『クリスタル・パレス』が主体となって準備を進めてきた、無人島盆踊り大会の一角である。
 盆踊り会場ではすでに大きなやぐらが組まれ、粋なちょうちんが吊るされて、すでに準備万端な人々が、祭りの開始を今か今かと待ちわびているし、海岸では鶏とペンギンのペア(もちろんこの二羽も『クリスタル・パレス』の店員である)がなにやら面白い催しを行っているようだ。
 そして、神楽と小町がいるこの辺りには、たくさんの屋台が建ち並び、盛大な食べ歩き天国と化しているのだった。
「ラファエル店長は甚平にたすきがけで焼きそば屋台『くりぱれ』を営業してらっしゃいます。いなせで素敵ですよね」
「向こうには彩音茶房『エル・エウレカ』の出張屋台カフェがある。贖ノ森は残念ながらここには来られないので、私が対応するが、涼しげな夏スイーツと抹茶を預かって来ている、よければ顔を出してやってくれ」
 神楽が言うには、屋台ブースには自分で出店することも出来るし、材料を持ち込んで何か作ってもらうことも出来るのだそうだ。
「目玉はやはり有志たちが『電気羊の欠伸』で採って来た氷のカキ氷屋かな。遠未来の氷というのは面白いぞ、是非一度味わってみてくれ」
 最近行き来の始まった異世界・シャンヴァラーラ内にある異質の【箱庭】、四十世紀以上の技術を持つ『電気羊の欠伸』での、すったもんだのアイテム採集話は報告を待つとして、そこで集められた奇妙な氷や食材、物品などが、今回の屋台ではふんだんに使われているらしい。
 そのため、あちこちでエキセントリックな光景が繰り広げられているが、ハプニングが日常のロストナンバーたちにしてみれば、今更気にしても仕方ない、といったところだろうか。
「全力で盆踊りを楽しんでから、普通の屋台で普通の美味を楽しむもよし、遠未来の食材に挑戦するもよし、自分で屋台を運営するもよし。好きなように、めいめいに過ごしてくれればいい」
 要するに、夏の終わりを皆で楽しく過ごそうと言うことだ、と結んでから、神楽はふと思い出したように再度口を開いた。
「ああ、それと、浜辺で人間大砲というのをやっている。それに参加すると、リリイが仕立てた浴衣や、『電気羊の欠伸』の不思議な氷がもらえるらしいから、そっちにも挑戦してみてくれ。特別賞の等身大その人型氷なんか圧巻だぞ、放っておいても溶けないらしいから、部屋に飾っておいたら涼しくていい夢が見られると思う」
「そうですね、きっと魘されて飛び起きるほど極彩色のいい夢ですよね。しかもその氷、時々ポーズが変わってるらしいですよ。残暑の夜をひんやりさせてくれるいいアイテムかも知れませんね」
 まったくもって真顔の神楽と、にこにこ笑顔でやや黒いことを言う小町。
 若干のツッコミどころを残しつつ、夏休み最後の思い出作りが始まる。



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!注意!
パーティシナリオでは、プレイング内容によっては描写がごくわずかになるか、ノベルに登場できない場合があります。ご参加の方はあらかじめご了承のうえ、趣旨に沿ったプレイングをお願いします。
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品目パーティシナリオ 管理番号865
クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
クリエイターコメント※パーティシナリオが三本運営されておりますが、時間軸などによる参加制限は特にありませんので、ご自由にご参加くださいませ。

皆さんこんにちは。
夏休み最終日に、浮かれたお祭パーティシナリオを出させていただきます。

今回は神無月WRと桐原WRという頼もしい方々と組ませていただきまして、誰よりも記録者がはしゃぎ張り切っているという体たらくですが、皆様の夏の最後の思い出を作るべくはっちゃけさせていただきたい所存ですので、どうぞよろしくお願い致します。

食べ歩き天国な屋台ブースでは、基本的に行動は自由ですが、選択肢を以下から選び、ひとつに絞られたほうが、登場率が高くなるかもしれません。

1)通常屋台で食べ歩き
屋台と言えば……な、スタンダードな食べ物をいただきます。
具体名と、食べた時の反応をお書きください。
※まりばなWRからお借りしたラファエルさんは焼きそば屋台『くりぱれ』を、贖ノ森火城から営業を任された神楽は出張カフェ『エル・エウレカ』を運営しています。NPCへのお声がけも賜ります。

2)『電気羊』食材使用屋台で食べ歩き
青羊アクアの司る領域にて採集してきた様々な不思議食材を使った屋台での食べ歩きです。不思議なカキ氷を初め、色々な料理やスイーツがあるようです。想像力を働かせて確定ロール的にメニューをお書きくださるもよし、お任せもよし。
どちらの場合も、トンデモ食材による斬新な食べ物が出てきたときの反応をお書きください。

3)屋台で商売をする
商売人の皆さんの営業も大歓迎。
『屋台』での営業が可能と思われるものでしたら、ジャンルは問いません。
営業・接客態度などをお書きください。

4)お友達と交流
お祭の楽しみ、喜びをお友達PCさんと分かち合いませんか。
PCさん同士のプレイングが一致すれば、屋台での食べ歩きにプラスさせていただくことも出来ます。



それでは、美味しいにおいの漂う屋台ブースにてお待ちしております。
夏の終わりの大賑わいを全身で楽しみましょう。

参加者
蓮見沢 理比古(cuup5491)コンダクター 男 35歳 第二十六代蓮見沢家当主
エレナ(czrm2639)ツーリスト 女 9歳 探偵
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
鰍(cnvx4116)コンダクター 男 31歳 私立探偵/鍵師
テオドール・アンスラン(ctud2734)ツーリスト 男 23歳 冒険者/短剣使い
レヴィ・エルウッド(cdcn8657)ツーリスト 男 15歳 冒険者/魔法使い
間下 譲二(cphs1827)コンダクター 男 45歳 チンピラ
日和坂 綾(crvw8100)コンダクター 女 17歳 燃える炎の赤ジャージ大学生
煌 白燕(chnn6407)ツーリスト 女 19歳 符術師/元君主
月原 祕水(cvvu8183)ツーリスト 男 27歳 龍神と融合した元人間
アインス(cdzt7854)ツーリスト 男 19歳 皇子
須郷 政宗(cdry8110)コンダクター 男 42歳 会社員
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
雪峰 時光(cwef6370)ツーリスト 男 21歳 サムライ
理星(cmwz5682)ツーリスト 男 28歳 太刀使い、不遇の混血児
緋夏(curd9943)ツーリスト 女 19歳 捕食者
コレット・ネロ(cput4934)コンダクター 女 16歳 学生
石川 五右衛門(cstb7717)ツーリスト 男 39歳 海賊
チェキータ・シメール(cden2270)ツーリスト 女 22歳 自由人。時々ペット。
湊晨 侘助(cfnm6212)ツーリスト 男 28歳 付喪神
ツヴァイ(cytv1041)ツーリスト 男 19歳 皇子
バルブロ(ceac1010)ツーリスト 男 30歳 魔(法)剣士(あるいは魔法騎士)
灘 惠介(ctwu1426)コンダクター 男 25歳 パティシエ
ファーヴニール(ctpu9437)ツーリスト 男 21歳 大学生/竜/戦士
有馬 春臣(cync9819)ツーリスト 男 44歳 楽団員
ロナルド・バロウズ(cnby9678)ツーリスト 男 41歳 楽団員
芦野 智久(cpaa6553)コンダクター 男 27歳 研究者
藤枝 竜(czxw1528)ツーリスト 女 16歳 学生
村山 静夫(csrr3904)ツーリスト 男 36歳 ギャング
灰燕(crzf2141)ツーリスト 男 28歳 刀匠
歪(ceuc9913)ツーリスト 男 29歳 鋼の護り人
ジュリアン・H・コラルヴェント(cutn5843)ツーリスト 男 26歳 専属エージェント
オフィリア・アーレ(cfnn8798)ツーリスト 女 10歳 人形に取り憑いた幽霊
木乃咲 進(cmsm7059)ツーリスト 男 16歳 元学生
フェリシア(chcy6457)ツーリスト 女 14歳 家出娘(学生)
一ノ瀬 夏也(cssy5275)コンダクター 女 25歳 フリーカメラマン
神喰 日向(cyvt1721)ツーリスト その他 16歳 夢喰
真遠歌(ccpz4544)ツーリスト 男 14歳 目隠しの鬼子
仲津 トオル(czbx8013)コンダクター 男 25歳 詐欺師

ノベル

 1.賑やかな一時

 屋台スペースは早くから盛況だった。
「ユウ~、こっちこっち、『くりぱれ』ココにあったよー!」
 浴衣姿の日和坂 綾などはその代名詞のような人物だっただろう。
 彼女は、この時間帯からすでに、お好み焼き、タコ焼き、カキ氷、わた飴、りんご飴、揚げパンの間にアイスを挟んだアイスドッグなどを両手に抱えて食の祭典を満喫しているのだった。
「ラファエルさん今日は、お疲れ様です」
 縦横無尽の働きをしていたラファエル・フロイトは、ふたりを目にして微笑んだ。
 因みに優は焼き鳥とたこ焼き、そしてチョコバナナを手にしているだけで、綾に比べるとずいぶん大人しい印象を受ける。
「おや、いらっしゃい」
 イケメンウォッチングを兼ねている綾などはラファエルの悩殺スマイルにくらくらだ。くりぱれ謹製焼きそばを頬張りつつ、ラファエルの妙技にうっとりしている。
 そこへやってきたのがエレナだった。
「エルちゃん今日はー、食べに来たよー!」
 フリルとレースとリボンで彩られた西洋風浴衣の裾を翻し、相棒のびゃっくんと林檎飴とともに駆け込んできたエレナは、優の姿を目にしてにっこり笑った。
「今日は、ゆっちゃ! ゆっちゃも『焼きそば』の呪文を唱えに来たの?」
「今日は、エレナ。……呪文って、何?」
「え、呪文じゃないの? 『焼きそば』って」
「いや、食べ物の名前だけど……」
「あれっ、そうなんだ。壱番世界の食べ物って面白いね」
「あー、異文化コミュニケーションっていう奴だね」
 ラファエルが、パックに入った熱々の焼きそばを少女探偵に手渡す。欧風文化の世界から来たエレナに箸は難しかろうと、『クリスタル・パレス』でいつも使っているフォークをつけるというお気遣いぶりである。
 少女は興味津々でフォークを操り、くるくる巻き取ったそれを一口食べて、
「初めて食べる味だ! パスタと全然違う……けど、美味しい!」
 透き通った青の双眸を輝かせた。
「お、それはよかった。――ん、向こうに『エル・エウレカ』があるんだな。綾、俺ちょっと行って来るわ」
 と、優が向かった先では、一体どうやって持ち込んだのか、不思議な植物や鉱物に囲まれた、そこだけ別世界のようなプチ屋台カフェが展開されていて、見知った顔がスイーツに舌鼓を打っている。
「あ、優だー」
 七色の光を放つ氷に練乳や白玉、アズキをてんこ盛りにした、見ているだけで頭がキーンとなりそうな山盛りカキ氷を手に、満面の笑顔で手を振るのは蓮見沢 理比古だ。
 下手をすれば十代後半にも見える驚異の幼顔の彼だが、実年齢で言えば優の倍である。人間大砲でぶっ飛ばされてリタイア中という側近だか守り手が仕立てたという浴衣がとてつもなく様になっていて、優は笑顔とともに手を振り返した。
「アヤは甘い物一本狙いってとこ?」
「うん。ここのメニュー全制覇する勢いかな」
 無邪気に笑う理比古に、彼の護衛を兼ねているらしい男たちが「ん?」という顔をするが、当人は気づく風もなく、山盛りのカキ氷を嬉しそうに攻略してゆく。
「えーと……俺は抹茶で。それと、何かお勧めのスイーツがあったら」
 ひとまず自分の目的を果たすべくオーダーすると、神楽・プリギエーラが頷いた。ずっしりとした茶碗に、見事としか言えない手際のよさ、美しさで茶をたててくれる。
「全国茶品評会で農林水産大臣賞を受賞したという丸久小川園の高級抹茶『平安』を使用してある」
「わあ、何か物凄い高級感あふれる感じだね」
「ああ、結構な値段がしたらしいぞ。菓子は贖ノ森謹製の『空花』だ」
「あ、これ、花火をイメージしてあるのかな。綺麗だね。いただきまーす。……お、美味い……幸せー」
 と、そこへ、テオドール・アンスランが友人のレヴィ・エルウッドとともにやってきた。
「おや、テオドラじゃないか、いらっしゃい」
 顔を覗かせた神楽がナチュラルに名前を間違えながらかすかな笑みを見せ、しばし前に壱番世界で起きた、すったもんだの阿鼻叫喚魔女ッ(漢の)娘事件を連想させられたテオドールが現実逃避のような、世を儚むような遠い目をする。
「……そうだな、その名前は今後に生かそう。ともあれ、久しぶりだな」
 健気にも前向きな思考に切り替えたらしいテオドールが、穏やかな笑みを浮かべて再会を喜び、
「先日はありがとうございました。また、新作のお菓子をいただきに行きますね」
 すでにすっかり『エル・エウレカ』の常連と化しているレヴィが微笑とともに礼儀正しく挨拶をする。
「ああ、いつも来てくれてありがとう、と贖ノ森も言っていた。よければまた遊びに来てくれ」
「はい、是非。今度はテオ兄さんも一緒に。ね?」
「そうだな」
 実の兄弟のような睦まじさで微笑みあい、テオドールが涼しげな水饅頭と抹茶を、レヴィが白玉入り宇治金時を注文する。
「――ん、この、水饅頭というのだったか、この菓子は甘さが穏やかでいい。抹茶の苦味との上品な調和が素晴らしいな」
「テオ兄さん、この宇治金時も美味しいよ。僕たちの故郷にはない味だ」
「ああ、卵や乳製品を使っていない菓子と言うのは、こういう風になるんだな」
「うん、僕たちの食べ慣れたお菓子とは違うけれど、味わい深くていいね。……ふふ、よかった」
「どうした、レヴィ」
「ん? テオ兄さんもここが好きになったみたいだから」
「ああ。そうだな、是非本店に足を運んでみたいものだ」
「うん、今度、一緒に行こうね」
 レヴィの言葉に頷き、テオドールが土産用の菓子を購入すべく神楽に声をかけると、差し出されたのは、涼しげな風合いと歯応えが楽しいわらび餅だった。
「これも、不思議な菓子だな。しかし、きっと去り往く夏を惜しむにはふさわいいものなんだろう……楽しみだ」
 まだまだ秋とは言い難い、しかし確実に過ぎ去ってゆく季節を思いつつ、ふたりが甘味に舌鼓を打っていると、
「あっ、ようやく見つけた!」
 カメラと大判の封筒を手にした一ノ瀬 夏也がやってくる。
「まずは抹茶とお勧めの夏スイーツお願いします!」
 夏也に神楽が出したのは、濃厚にして芳醇なる抹茶と、抹茶を加えて練り上げた生チョコレートをベースにしたムースに、甘さ控え目の小豆餡とカステラを添えたものだった。
「わ、美味しそう! この緑色と香りが食欲をそそるんですよね……いただきます!」
 満面の喜色をたたえて甘味に突撃した夏也は、しばし無心でそれらを味わった後、一息ついたところで封筒を差し出した。
「これは……ああ、あの時の」
 神託の都メイムで見た夢に覚悟を試された。
 それらを受け入れて、なおこの道に生きると決めた。
 その決意を込めて、夏也は、神楽の――その時の付添い人であった人物の写真を撮らせてもらったのだ。
「……ありがとう、よく撮れている」
「こちらこそありがとう……あの時の夢のお陰で、私、ほんの少し強くなれたと思います。あの、それで、この写真、私も持っていていいですか? 私の、一番根本的で強い決意を秘めた一枚なので」
「無論だ。少々、面映いが」
「はい、ありがとうございます」
 そう言って、静かだが強い笑みを見せ、お茶と菓子をすべて平らげて――この辺りが女子の女子たる所以だ――、夏也は暇を告げた。
「ご馳走様でした! 今度は私、向こうの、電気羊食材を使った屋台に行ってきますね」
 うきうきと、弾むような足取りで歩き出す。途中、通りかかった屋台群はロストナンバーたちが営業しているようで、こういうのもいいなあ、などと思いつつ、夏也は目的地へと急ぐ。

「へーいらっしゃいらっしゃーい」
 屋台を営業しているロストナンバーのひとりにファーヴニールがいた。
 青い生地に鰯・鰆・鮃に鯛など、無数に魚偏の文字が散らばった前掛け風エプロンに身を包み、身の丈ほどのどでかい鉄板を抱えた彼は、自らの電撃を熱源に鉄板焼き屋を絶賛運営中である。
「ふふ……デュンさんには雇ってねえよと斬って捨てられたが、ここでなら誰にも突っ込まれまい……!」
 正直、自分が熱源という辺りでツッコミどころは満載だが、そこはスルーだ。
「へーいらっしゃいらっしゃい、餃子にカレー焼きそば、フレンチトースト、ミックスジュースもあるでよー」
 売り物のチョイスが若干奇妙なのもスルーだ。
「あー、ニルさんだー!」
「ホントだ、やっほー!」
 そこへ、あふれんばかりの涎を堪えている藤枝 竜と、両腕に山のように食物を抱えた綾とがやってきたので、屋台のお兄さんは笑顔になった。
「おー、来てくれたのか、いらっしゃい。何にする?」
「全種類お願いします」
「うわあ即答だね竜さん」
「だって……どれか食べ損ねたら、後悔するかも知れませんし」
「うんうん、判る判る」
「っていうことでニルさん、片っ端から下さい」
「何という大雑把で雄々しいオーダー……まあいいや、了解。どれも自信作だから、たんまり食べていってくれよな!」
 にやりと笑ったファーヴニールが、じゅうじゅうと香ばしい音を立て、食欲をそそる匂いを立ち昇らせる鉄板の上で金属製のヘラを巧みに操り、パックに様々な食べ物を詰めてゆく。
 女子高生ふたりは歓声を上げてそれらを受け取り、次々に頬張った。
「んー、おいひい~! この餃子、皮がパリッとして、中から肉汁の洪水で、最高ですね! ラー油を少しつけると更に味わいアップ!」
「こっちのカレー焼きそばも美味しいよ、竜さん。カレーのピリッとした風味が食欲を更にそそる感じ。焼きそばとカレーって合うんだなあ」
「ニルさんはすごいですねー」
「はは、ありがとさん」
 大食漢武闘派女子高生たちが大食い選手権もかくやという食い気を発揮している傍では、二足歩行する鷲の姿をした村山 静夫と、何やら妖しげな雰囲気が漂う商品を陳列した木乃咲 進とが、めいめいの屋台営業に精を出している。
「甘ぇもんや冷てぇもんも良いが、箸休めにひとつどうだい?」
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 外れなし外道ありのロシアン肉まん屋営業中だぜ!」
 お隣さん同士の静夫はお好み焼き屋、進はロシアン肉まん屋で、少々不穏な部分もあるものの、双方なかなかの客の入りである。
「……そのお好み焼き、美味そうだな」
 飢えないための商売だが、食い気も充分の進が静夫の屋台を覗き込んで言うと、静夫はからりと笑って胸を張った。
「特製ソースをかけた熱々だ、冷めても美味いぜ、ひとつどうだい」
「おー、いいね。でも今手元不如意なんだ、この肉まんと交換とかどうだろ」
「まあ……構わねぇが。その外道ありってのがちぃと気にかかるんだがな……」
「大丈夫大丈夫。ほら、俺のこのキラキラ輝くピュアな目を見てくれ」
「……そのピュアって奴は、自分で言ってもいいもんなのかね……」
 やや遠くを見る目で呟く静夫。
 同意するように、鉄板上のお好み焼きがじゅうと音を立てた。
 そのお好み焼きを見て目を輝かせたのはフェリシアである。
「すみません、ひとつくださーい!」
「おっ、毎度。ありがとよお嬢ちゃん」
 壱番世界、特に日本的な文化とは無縁な世界からの覚醒者であるフェリシアには、焼きそばやお好み焼き、たこ焼きなどは物珍しく、それがまた楽しくて、テンションは右肩上がりだった。
「これがお好み焼き……ふわっとした生地、カリッと焼いた豚肉のどっしり感とキャベツの甘味がちょうどいいわ。それにこのソース……濃厚で、鼻の奥から野菜とフルーツの香りが抜けて行くのも絶妙にマッチしてる。この、紅生姜のピリッとしたアクセントも素晴らしいし……」
 初体験で不思議な味だがどれも美味しく、気づけばフェリシアはグルメリポーターばりの独り言を漏らしていた。駄々漏れ、というのが相応しい独り言っぷりだが、当然、自分では気づいていない。
 そこから少し離れた場所では、湊晨 侘助が氷と果物を削って混ぜ合わせたフローズンジュースを売っている。
 彼は氷採集に同行したひとりだったが、付喪神である侘助は物を食べるというのはあまりないので、どうせなら屋台をやろうと思い立ったのだ。
「甘くて冷たくて美味しいジュースやでー、よかったらどうぞー」
 持ち腐れ、と言われる顔のよさをいかしつつ愛想よく商売していた侘助の元へ、
「甘いモンはないんか?」
 両手にカキ氷や林檎飴などを抱えた灰燕がやってくる。
「ジュースは甘いと思うで?」
「果物の甘味では物足りんわ。もっと甘い方がええの」
 しれっと言う灰燕の傍らでは、
「……刀の分際でおこがましいことを……!」
 彼の契約相手である焔の鳥妖、白待歌が怒りに震えている。
「あら、不味かったか」
 何故かと言うと、店の看板には、侘助が彫った白待歌の氷像が使われていたからだ。
 無駄に精緻で優美な、本物そっくりのそれに、
「このようなもの、創り主とともに灼き尽くしてしまうに限ります」
 冷ややかに激怒しつつ、全身に白銀の焔を纏わせた白待歌が、氷像を侘助もろともに灼いてしまおうとするより早く、
「氷の質を取りながら燃え盛るか……あァ、よォ似とる」
 灰燕がどこか楽しげに、嬉しげにそう言ったので、白待歌は焔を消して黙り込んだ。
 ――主人が喜ぶのは嬉しいのだが、胸中複雑な鳥妖である。



 2.エキセントリックなグルメ探訪

 ところ変わって、『電気羊』製の材料が出回る不思議屋台群周辺である。
「はあ……ひどい目に遭ったでござる」
 雪峰 時光は溜め息をつきながら不思議屋台界隈を歩いていた。
 時光もまた、先日屋台の食材を調達するために『電気羊の欠伸』を訪れたひとりで、彼が受けた仕打ちの数々、諸々の不幸や災難は前述の報告書を参考してもらうとして、
「思い出しただけで体感気温が十度ほど下がるでござるな……」
 彼は果敢にも、折角だから、と不思議食材を試しにきていたのだった。
「ああ、すまぬ、ご主人。そこの料理を一品くだされ」
「へい、毎度」
「うむ、かたじけない。ほほう、これは汁物でござるか、よい匂いでござ……ぎゃああああああああ!?」
 断末魔のごとき絶叫の原因は、出されたスープに小型髑髏が入っていたためである。
 成人女性の拳程度のこの髑髏、何で出来ているのか知らないが恐ろしく精緻で、ぽっかり開いた眼窩が恨めしげにこちらを見ている様など、ホラー以外のなにものでもない。
「お客さんどうされました? そいつぁお肌がトゥルントゥルンになるって評判の髑髏型寒天風氷茸ですよ?」
「む、そ、そうでござったか……お、驚いたでござる……」
 ほっと胸を撫で下ろし、
「本物っぽすぎて怯むでござる……しかし、拙者もサムライ、この試練を乗り越えてみせるでござぎゃあああああああああ!」
 スープと向き合い、スプーンですくったところで、ころん、と目玉が転がり出てきたのを目にしてそのまま失神する時光だった。
「おや、あんなところにも、安眠を貪る人が」
 それを見ていたのがシーアールシー ゼロだ。
「ゼロはここで万人に安眠をもたらす物が見つかるという気がするのです。根拠はないのですが……今、それが確信に変わりました」
 と、ゼロが巡らせた視線の先に、「『電気羊』産地直送の食材のみを用いたお好み焼き」という張り紙のある屋台が。
「間違いありません……これです」
 店主が鉄板で焼いているそれは、透き通っていて虹色をしている。
 おまけに一部が脈打つように発光しており、動いていないはずなのに絶えず蠢いているように見えるという、正直もっとも敷居の高い類いの食べ物だった。
 しかしゼロは躊躇いなく歩み寄ると躊躇いなく注文し、
「では、いただくのです」
 躊躇いなく頬張って、――そのままぶっ倒れた。
 後頭部直撃級の、擬音にするなら「ズダアアァン」という勢いで。
 当然、店を遠巻きに見ていた一般客は、その恐るべき効果に、蜘蛛の子を散らすような速さで逃げていったが、ややあって目覚めたゼロは、
「このようなまどろみは初めてです。素晴らしい料理でした」
 料理人を尊敬の目で見つめ、礼を言うのだった。
「……こんな食べ物があるのか、ここには」
 月原 祕水は、覚醒直後につき何もかもが珍しく、不思議屋台の食べ物をこちらのスタンダードと思い込んでいたため、すべての食品に驚きの連続だった。
「この……さいだーというのは、爽やかでいいな。一口ごとに味が変わるのか……故郷へ持ち帰りたいくらいだ」
 しゅわっとした爽快な味わいを大層気に入った祕水が、他の屋台も覗いてみよう、と歩き出す横では、両腕に不思議料理を抱えたバルブロが、それらを次々に頬張っている。
「ん、これも美味い」
 何を食べても幸福を感じられるバルブロなので、噛み砕くと悲鳴が聞こえるたこ焼きだとか、目玉そっくりの一口カステラだとか、やわらかいピンク色をしているくせに激辛の蒸しパンなどが出てきても、特に動揺することはなかった。
「ちょっと、何ヒトの盗ってんのー! っていうか、それは要らないからバカ猫が食べなよ」
「はあ? これは私が買ったものだ、私が食べる権利がある。常夏頭はその、『食べると髪が全部枝毛になる心太』でも食べていろ」
「そんなもの要らな……あ、でも食べ物は粗末に出来ないから食べる。……味は悪くないんだけどなー、しばらくブラッシングには苦労しそうだなー」
 っていうか何故このメニューを採用したのか判んない、と愚痴りつつ、一緒に不思議氷を採集に行った中である緋夏とチェキータ・シメールが、先日と同じ「仲良く喧嘩する」を地で行きながら不思議屋台群を歩いてゆく。
 お互いにたかりつつ、お互いの買ったものをつまみ食いしつつ、変なものは押し付けて、美味しいものは死守、これが彼女らのスタンダードである。
「ねえねえデカ猫、その、氷なのに肉の味がする冷たい唐揚げチョウダイ」
「馬鹿たれ、これは私があとで食べようと楽しみにとっておいたやつだ、やらん」
 手を伸ばしてくる緋夏を、びしっと尻尾で叩いて牽制し、自分の取り分を死守するチェキータだった。

「あーもう、なんでこんな彼女もちと一緒なんだかー」
 テンションあがらないよねーなどと地味に嫌がらせをしつつ、ロナルド・バロウズは有馬 春臣とともに不思議屋台を訪れていた。
「誰が彼女持ちだ。違うと言うておろうが」
 ご立腹の変態先生だが、異世界の食べ物には興味津々である。
「何があっても連れ帰ること、それが貴様の任務だ。さもなくば全力で貴様の心をへし折ってやる、いいな」
「えー? そんなの俺の仕事じゃないしー」
「ほほう。ならば我が能力によって魔女っ子再びの露と消えるか。面白い」
「ぶふぁっ!? 言うにこと欠いてそれか!?」
 無論、ロナルドにとって例の事件は忘れたい思い出堂々の一位だ。
 その脅しをかけられては頷くしかない。
「まあいいや、んじゃ大丈夫そうなコレにしなよ。たこ焼きじゃない、コレ」
 親切を装いつつ、有馬に面白い物を与えてゆく。
 当然ながら、後のことは考えてない。
 彼が後悔するのは、たこ焼き状のぷりんとした何かを食べた春臣が笑ったり怯えたり踊ったりした後熟睡の体勢に入り、ロナルド自身は軽くつまんだ瑞々しい果実のような何かの効果で全身がミラーボールのように煌めいた辺りのことである。
「確かにテンションがどうとか言ったけどさ……これはちょっと、度を越してると思うんだ……」
 項垂れるロナルドに、幸せそうな春臣の寝息が重なった。

「あら、これ、美味しそう。へえ、氷の果実にお酒で風味付けしてあるのですって」
 オフィリア・アーレはジュリアン・H・コラルヴェントを誘って食べ歩きスペースへやってきていた。
 面倒だと渋るジュリアンを誘い出すには少々骨が折れたが、来てしまえば気晴らしにもなるし、よかったと思う。
「こっちは口の中で弾ける氷ですって。ミント味なのね」
「……太るぞ。って、結局僕が食べるのか!」
 食べきれなかった分を押し付けられ、ジュリアンが憤慨するのへ、オフィリアはあっけらかんと返す。
「あら、だって、少しずつたくさん楽しみたいじゃない」
「理屈は判るが納得は行かない」
「こっちの、生きた氷の魚からとった出汁でつくったスープもいけるわよ」
「氷なのに生きていて、氷なのに出汁がとれるのか……色々突っ込みたいが、たぶん無駄なんだろうな……」
 そんな気安い言い合いやコメントのあと、
「ね、ジュリアン、見て見て。五味を一度に味わえる焼きそばですって!」
「……試すのか?」
「怖いの?」
「そんなはずないだろ」
「じゃあ、はい」
「ああ。……! こ、これは……」
「な、なに、どうしたの? 普通だと、お、思うけど」
「はは、そ、そうだな。……降参なら降参と言ってもいいんだぞ?」
「べ……別に、平気よ」
 美味不味を云々することも出来ないような、とんでもない味わいの焼きそばに、お互いに意地を張り、必死に平気な振りをする、仲がいいのか悪いのか、楽しんでいるのかいないのか判らないふたりである。
 そんな中、間下 譲二はと言うと、
「祭っつったらビールだろ。んで、ビールっつーたら枝豆に決まってんじゃねぇか、なあ」
 自分が摩訶不思議屋台群に迷い込んでいることに気づかぬまま、お目当てのものを屋台で発見し、いそいそと買い込んでいた。
「ん? この枝豆、やけに粒がずっしりしてやがるな……こりゃ、かなりいいやつなんじゃねぇか? 丹波黒豆みてぇな。ありゃ高級品だかんなー」
 ラッキーだったぜ、などと思いつつ枝豆を口にすると、
「ぶほっ!?」
 オッサンが二週間続けて履いた靴下の味がした。
 無論、強烈である。
「ちょ、な……あーくそ、ビールだビー……ぐほぁ!?」
 そして口直しとばかりに呷ったビールは、三日間煮込んだカレーに納豆と沢庵とくさやを加え、蜂蜜を足して裏ごししたような味がした。
 無論、一般的な味覚の持ち主には太刀打ちできない味である。
 ――どうやら、枝豆とビールに見えるだけで、まったくの別物だったらしい。
 漏れなく噴き出してしまい、激しく咽る譲二を、
「コラッ、てめぇ、何食い物を粗末にしてやがんだ、ああ!?」
 店の親爺がしかりつける。
「馬鹿言ってんじゃねぇ、げふっ、粗末にせざるを得ねぇようなモノ売るんじゃ……」
「屁理屈抜かすな!」
「屁理屈じゃねぇ!? って、あれ……?」
 こっぴどく怒られていた譲二は、親爺の怒声が投げかけられるたび、それが快感になっていることに気づいた。
「いやいやいや、なんなんだこれ、」
「何ブツブツ言ってやがる、しっかり反省しねぇか!」
「ああん、もっと……ハッ、何言ってんだ、俺!?」
 あらぬことを口走り、青褪める譲二は、視界に、何か得体の知れないものが映り込んだような気がして――そう、金髪碧眼の、筋骨逞しい、女装した髭面のオッサンのような――そちらを見遣り、そして、
「ああ……これが、神秘体験ってやつか……!」
 何かに目覚めたような晴れやかな表情のまま、後頭部からの昏倒という、目くるめく彼岸へと旅立つのだった。



 3.それぞれの足跡

 再び、一般屋台群。
「祭が賑やかなのはいいことだ」
 煌 白燕は、参加しなくては意味がない、とばかりに、祭の賑わいの中に身を置いていた。
「そういえば、城を抜け出して祭の屋台を巡ったりもしたな。あれはあれで緊張感があって楽しかった」
 それを思う時、ほんの少し痛みがよぎるのも確かだが、今は楽しまなくては、と、屋台を巡ってゆく。
「どれも新鮮で、どれから食べるか悩むな。ん、店主、その赤い大きな飴はなんだ? 林檎飴? 美味しそうだな!」
 つやつやとして赤い林檎飴をひとつ買い求める白燕の脇を、コレット・ネロを両脇からエスコートした、灰色の浴衣姿のアインスとツヴァイが通り過ぎてゆく。
 三人は、コレットの希望で不思議屋台をぶらついたあと、普通の屋台で普通の食べ物を買うべくやってきたのだった。
「やっぱここは『くりぱれ』だよな!」
 というツヴァイの主張で、三人はまず焼きそば屋台『くりぱれ』を訪れていた。
「ようラファエル、ビーチじゃ世話になったな!」
 威勢よくツヴァイが挨拶をすると、額に玉のような汗をにじませつつ焼きそばを焼いていたラファエルが手を止め、微笑んだ。
「おや……いらっしゃいませ」
「美味そうな焼きそばだな、俺とこっちのレディにひとつずつくれよ。あ、そっちの青い髪のやつはいいか……」
 ら、とツヴァイが言い切る前に、彼のこめかみに小銃が押し当てられた。
「……寄越せ」
 低い脅しに、焼きそばのパックを受け取っていたツヴァイが固まる。
 その隙を見逃さず、アインスは弟から焼きそばを強奪し、
「あの、アインスさん、半分こしたらいいんじゃないかな……?」
 コレットの言葉に、優雅な動作で肩を竦める。
「ふっ、実は愚弟は蟻を食べて育ったんだ。気にするな」
「あーうんそうそう、実は俺アリクイの末裔で……ってなんでやねん!?」
 思わずノリツッコミの体勢に入った後、我に返ったツヴァイが、ぶつぶつ言いながらもうひとつ頼もうとしたところへ、
「あ、じゃあツヴァイさん、私と半分こしない? 分けて食べたら、きっと美味しいわ」
 コレットがそんなことを言い、ツヴァイは照れつつも満面の笑顔になった。
「おう、そ、そだな! 分けて食うって美味いもんな!」
 ちょっとはしゃいだ弟の様子に、アインスが、コレットには聴こえないよう舌打ちしている。
「じゃあ、焼きそば分けてもらったお礼にわたあめを奢るぜ! わたあめって、あのもふもふって感じがいいよな」
「わ、ありがとう。そうね、雲を食べているみたいな気持ちになるわよね」
「雲かー、あの雲も、実はわたあめみてーに美味いのかなー」
「……確かめてみたいなら、今すぐにでも肉体と魂を切り離してやるぞ?」
「はっはっはオニイサマったらブッソウなんだからー」
 トラベルギアである小銃を手にしたままのアインスに乾いた笑いを漏らすツヴァイだったが、コレットは、ふたりの間を通うギスギスした空気にまったく気づかないまま、可愛らしい仕草で焼きそばを頬張って、ご満悦だ。
「美味しい! ねえ、ふたりとも、美味しいね」
 といっても、実は味オンチの彼女にかかれば何でも『美味しい』なのだが。
 勿論兄弟の胸中は複雑だが、コレットはにこにこと幸せそうに、楽しそうに笑っていた。

 『エル・エウレカ』では、石川 五右衛門が、同行の須郷 政宗や芦野 智久とともに、
「しかしまァ……よく食うな」
 アイスクリームを食べている理比古を、いっそ感心したように見ていた。
「正直、アヤのどこにあれだけの菓子が入ってるのか、疑問だ」
 同意の頷きを返すのは、医学者であり研究者でもある智久だ。
 彼は、普段のような白衣姿ではなく、伸びた髪を結び、現在リタイア中の忍が仕立てた浴衣を身に纏っていた。
 『家族』に誘われてこの島にやってきてからも、暑いし人は多いしで少々面倒だと思っていた智久だが、蓮見沢の家に居候している面々にとっては絶対とでも言うべきこの幼顔の当主が、『家族』や友人たちに囲まれ、大好きな甘い物を食べて幸せそうにしているのを見ると、まあいいか、とすんなり納得もするのだった。
「まったくだぜ。おいアヤ、あんま食いすぎンなよ、腹ァ壊すぞ?」
 呆れた風に五右衛門が言い、
「そうだな。夕飯が食べられなくなったら困るだろう」
 理比古の口元についたアイスクリームを、指先で――どことなく妖艶な仕草で――拭いながら政宗も同意する。
 しかし当主様はそんなことでは怯まない。
「えー? だって、こんなに美味しいのに。……食べちゃ駄目?」
 上背こそあるが、華奢な印象さえ与える理比古が、小首を傾げて上目遣いに言うと、
「……まあ、好きなものを好きなように食べるのが一番だ」
「ちょ、政宗、お前ナニ速攻で折れてンだよ」
「五右衛門も一緒に食べよう?」
「おう、んじゃそっちの抹茶パフェ奢ってやるぜ!」
「そういう五右衛門も一瞬だったな」
「うるせェよ智。テメェだってアヤにあんな風に言われたら速攻だろうが」
「……たぶん、虚空ほど早くはない」
「いやまあそれは俺もだけどよ」
「そういえばアヤ、さっきくじ引きが出来る屋台で飴を当てたんだ。俺はそんなに甘いものが好きなわけじゃないから、これ、やるよ」
「わ、ありがとう智久。……大きいねー」
「ああ、一等賞だった」
「にしてもでけえな。アヤの顔くらいあるンじゃねェかこれ」
「……アヤの顔を舐めるとか妄想すると色々滾ると思わないか」
「テメェは黙ってろ政宗」
 若干の変態発言に一部溜め息をつきつつ、恐ろしい勢いで陥落していく護衛たちである。
「へー、すげーなここ」
 その賑やかなやり取りの横で、灘 惠介は感心しながら『エル・エウレカ』を覗いていた。
「や、本職としては気になるっつーわけでよ」
 実は人気パティシエの彼は、不思議屋台のトンデモっぷりにびびって逃げてきたとは言えないまま、お勧めのスイーツと抹茶を注文し、
「ん、この白玉氷ぜんざい……甘味のバランスが絶妙だな」
 その味わいに感嘆している。
(いっそ、雇ってくれとか頼めねーかなー)
 惠介がそんなことを思っていると、ばさり、とどこかで大きな羽音がして、
「あ……」
 恐ろしい勢いで抹茶パフェを攻略していた青年が、弾かれたように空を見上げた。
「どした、アヤ?」
「……? なんだろ、ごめん、俺もよく判んないや」
 つられて空を見遣った惠介の視界をかすめていったのは、純白の、大きな翼。
 そこに、彩り豊かな布が重なった……ような気がしたが、詳細は定かではない。



 4.ハプニングも楽し?

 その頃、かじかじさんこと鰍のカキ氷屋では盛大なハプニングが勃発していた。
 鰍本人は至って真面目に、アクアの領域からもらってきた虹氷晶を使ってカキ氷を売っていたのだが、周囲の面々が彼に『普通のカキ氷屋』であることを許してはくれなかったのだ。
 まずは、等身大自分氷を、置き場所に困って店先に置いてしまったことが鰍の不幸の始まりだった。
「うわそっくりだねぇ、見分けが付かないね。いやあ圧巻圧巻」
 わざわざ見物に来たという、顔馴染の仲津 トオルが、飄々と、どこまで本心か判らない口調で言うのへ、
「冷やかしは帰れ!」
 ずばっと言い捨てたところで歪と真遠歌がやってきた。
 鰍が目にいれても痛くないほど可愛がっている弟分たちである。
「お、来たのか。カキ氷つくってやるからゆっくりして行けよ」
 トオルへの態度とは百八十度違う親しげな笑顔で迎えると、
「いや、その」
「あの、鰍さん」
 ふたりはなにやらもじもじしている。
「ん? あ、もしかして」
「あ、はい、」
「もっと賑やかなところで遊びたかったんだろ。まあ、この辺りじゃしゃーねぇわな。あっちの方で射的とかやってるし、行ってきてもいいぜ?」
「いや、そうじゃなく手伝、」
「あー、心配すんな、俺のツケってことでいいから。まあ、何なら美味い屋台を調査して来てくれ、その報酬ってことで、な?」
 実は歪も真遠歌も、普段世話になっている礼に屋台を手伝いたかったのだが、鰍にはまったく伝わっておらず、お兄さんオーラをにじませた彼に遊びの許可までもらってしまってちょっと落ち込んでいた。
 そこへ、
「かじかじさーん、カキ氷―!」
「かじかじさーん、遊びに来たぜー」
 神喰 日向と理星とが、異口同音に間違った名前を呼びつつやってくる。
 理星はどこかで甘い物を仕入れてきたらしく、目にも美味な菓子をたくさん手にしている。
「おーふたりともいらっしゃ……いやいやいやだから違うって」
 諦観の溜め息をつきつつ律儀に訂正しようとする鰍を尻目に、
「ん? かじかじさん何コレ? コレもカキ氷用? オレ一遍こういうのやってみたかったんだ、砕いちまうぜー?」
「あ、それ、」
 理星が止めようと口を開くより早く、
「よーし、日向様の必殺☆脳髄陥没パンチを食らいやがれっ」
 ごしゃっ。
 頭蓋骨が粉砕されるような鈍い音とともに四散する鰍型氷。
 ごろごろ転がるパーツが凄まじくシュールだ。
「ちょっ、何してんのォオオオオオ!?」
 あまりの惨事に絶叫を放つしかない鰍、
「ごめんごめーん」
 反省皆無でウィンクなどしてみせる日向。
「や、これもカキ氷の材料かな、って思って。ごっめん☆」
「何その悪びれなさ! あっ何か痛い! 氷が削られるたび痛い!」
「今削ってんのは大腿部です。んじゃ次はこの後頭部?」
「ヒィ生首!? ちょ、やめて、死にそう、マジで!」
「大丈夫だって、ほら、なんだっけ、あれだよ、プロポーズ効果」
「それを言うならプラシーボだ――ッ!」
 頭を掻き毟りながら叫ぶも、日向の手は止まらず、あっという間に十人分以上のカキ氷が出来上がった。
「あああああ……」
 前のめりで落ち込む鰍だが、できてしまったものは仕方がない。
「嫌な予感、してたんだ……」
 アルカイックスマイルを浮かべつつ、原形をとどめてないだけマシだ、と、特製のシロップをかけて周囲にそのカキ氷を配ってゆく。半分は自棄である。
「? どうした、何故落ち込んでいる?」
 真遠歌と話していた所為で状況を飲み込みきれていない歪が、カキ氷を受け取りながら首を傾げる。
 そして、カキ氷をまじまじと見つめ、
「お前はこういうのも上手に創る……羨ましいな」
 そう、穏やかに微笑んだ。
 本心からと判るので、鰍も突っ込むに突っ込めない。
 傍らの真遠歌は、いっそ日向の方が鰍を手伝えている、と少し落ち込みつつも、せめて精一杯気持ちを込めてこのカキ氷の美味しさを伝えようと意気込んでいた。
「あの、鰍さん」
「ん、どした、真遠歌」
「はい、鰍さんの(作った)カキ氷、とっても美味しいです!」
「いや、うんありがとうな……って、その表現だと俺がカキ氷になってるみたいに思……痛ァっ!? やっぱり何か痛い……!?」
 鰍が驚愕の表情をしているところへ、ひょっこり戻ってきたのはトオルだ。
「やあ、色んなお店があって面白かった……あれ? カジさんは?」
「俺はここだけど?」
「もうひとりいたじゃない。はっ、まさか失踪……!?」
「……殴っていいか?」
「アハハジョウダンダヨー」
「何その片言っぽい言い方!? ……まあ、とりあえずカキ氷になったから、アレ。よければ食えば?」
 溜め息を堪えつつ、顔馴染にカキ氷を手渡すと、トオルはそれを大層喜んだ。
「サンキュー。おっ、美味い。カジさん、このカジさんのカキ氷、すごく美味いよ! さすがだね!」
「いや、ちょ、だからその表現……痛たたたッ、痛い痛い、絶対なんかおかしいってその氷……!?」
 まだまだ賑わいを見せる屋台群の片隅で、鰍の悲鳴が木霊する、そんな昼下がりである。

クリエイターコメントご参加ありがとうございました!

皆さんの素敵なプレイングに笑いを堪えつつ、楽しく書かせていただきました。
あのネタもこのネタも使わせていただきたかったのですが、文字数の関係で色々と涙を飲みました。このリベンジは、また別の機会にでも。

ともあれ、それぞれのお祭事情を楽しんでいただければ幸いです。もちろん、神無月WR、桐原WRのノベルと合わせて読んでいただくと更に楽しんでいただけるのではないかと。


それでは、どうもありがとうございました。
また、次なるシナリオにてお会いできるよう祈りつつ。
公開日時2010-10-07(木) 09:30

 

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