クリエイター蒼李月(wyvh4931)
管理番号2189-21739 オファー日2013-01-26(土) 05:00

オファーPC メアリベル(ctbv7210)ツーリスト 女 7歳 殺人鬼/グース・ハンプス

<ノベル>

Humpty Dumpty sat on a wall,
  Humpty Dumpty had a great fall.
    All the King's horses,
      And all the King's men
        Couldn't put Humpty together again!


 鐘が響くよ鳴り響く
  正午の鐘が鳴り響く
   いつもメアリは歌うのさ
    鐘の音合わせて歌うのさ



「嗚呼今日は何て素敵な日!」
 メアリの日課はいつもこう。
 お昼の休みをもらった途端、いちもくさんで駆け出すの。
 ぱたぱたぱたぱた駆け上がり、お外にでたら、何もない。
 遮るものは何もない。
 この街一番の鐘楼で、メアリはこうして毎日叫ぶ。
「嗚呼今日は何て素敵な日!」


 強い風が、鐘を揺らす。
 ぎぃ、ぎぃ、と軋んだ音を立てながら揺れる鐘はこの街自慢の大鐘楼のものだった。
 大鐘楼の頂上、機械仕掛けの鐘突き場。
 ここからなら街全体が見渡せ、街の外、遙か向こうの山だって見えるのだ。
 そしてここには誰もこない。
 いるのは鳩のハンプとその仲間。
 晴れた日には彼らと一緒に歌いながら、メアリはいつも空を見上げるのだ。
 その青く澄んだ空は、くすんだ色の日々を過ごすメアリにとって唯一の、だが、最高の気晴らしで。
 だから彼女は、晴れた日に鐘楼へ昇る度にその空を賞賛し、その空を味わえた今日に感謝する。
 それが、メアリの。
 両親の暖かさをほんの少しだけ覚えてしまった頃に失った、孤児の少女の。
 おままごとのような、慰めの儀式だった。
 実際それ以外、慰め等、何もなかったのだ。



「おいメアリ! 襤褸のメアリ。今日はどこへ行ってたんだい?」
「ほっといて! どこにいようがメアリの勝手だもん!」
 夢のような素敵な時間はあっさりすぎる。
 日が中天を過ぎてしまい、勤め先へ帰ったときから、メアリはすぐに現実に降り立たなければならない。
 特に、勤め先からの帰り道は彼女をその日一日の夢から覚めさせる、嫌な儀式の道だった。

 鳩と戯れる時の彼女はおとぎ話のお姫様。
 楽しそうに笑い、身につけるのは絹のドレス。
 綿毛の舞う花畑で軽やかな鐘の音を背景に歌う姫。
 でも実際は、その逆で。
 着ているものは継ぎ接ぎの襤褸。
 頑張って清潔であるように洗っていても、元の素材の悪さは隠せない。
 少し上の年頃の少年達にはからかわれ、小綺麗な街の少女からは無視される。
 嘲弄と冷笑。
 家への道の、いつもの広場。
 集まって騒ぐ少年少女の視線に耐えかねたかのように、メアリは小走りになってその場を後にした。

 彼や彼女は裕福な一角に住む人達。
 メアリは違う。
 貧民街からお屋敷まで日々働きに出てきているだけだ。
 偶さか豊かな商人の旦那様と知り合って、その賢さを買われ小間使いを言いつかった、ただそれだけの女の子。
 旦那様の家で幼い子供らと遊んでいる時は自分もその中の一員になったような錯覚に陥る。
 でも、一度服を戻してしまえばそれまでだった。

 それ以上に、広場を通る度思い知らされる。
 毎度毎度声を掛けてくる少年は、旦那様の息子やその友達。
 彼らの嘲りの視線や声が、「お前はここにいていいような娘じゃない」と告げてくる。
「いいの、メアリは幸せだもの」
 富裕層の街と、貧民街の区切りとなる川を渡る前に、メアリは一度、そう呟く。
 それは、薄く儚い彼女の鎧。
 ぼろぼろに傷つきながらも、白い光を保ち続けている少女の、精一杯の、防御壁。

「おいメアリ! 今日の駄賃はいくらだ!?」
 川を渡り、家に着き。扉をあけた瞬間に響くだみ声が、メアリの背筋をびくりと振るわせる。
「これだけなの、ごめんなさいミスタ」
 かつて川向こうに住んでいた両親とは違い、この街区に住んで長い男。
 メアリのような孤児を数人飼って働かせ、自分は呑んで暮らしてる。
 だがまだ幼いメアリにとってこの男が唯一の庇護者で、ここから逃げ出した時、メアリは今以上の酷い生活をする事になるのだとわかっていた。

 孤児の家無し子に、街はそれほど優しくない。

 家のないメアリは食い詰め者と変わらない。この街の住民として見られない。
 旦那様の家で働けるのも、辛うじて家を持つ「住民」であるからで。
 だから、メアリは逃げられない。
 旦那様から渡された駄賃を奪い取られ、まだ隠し持ってるんじゃないかと罵倒され、髪を引きずられて襤褸屋の奥へと連れて行かれても――それでも、可愛いメアリは逃げられない。


When I was a little girl,About seven years old,
 I hadn't got a petticoat,To keep me from the cold.
   So I went into Darlington,That pretty little town,
     And there I bought a petticoat,A cloak, and a gown,


「おいあっちへ行ったぞ!」
 必死で走る、幼い娘。
「なんて奴」
「恩知らず」
「だがあんな幼い子が本当に?」
「トニーが見たってさ」
 背後で交わされるいくつもの声。声。声。
 微かに抱かれた疑問も雇い主の息子の証言でかき消された。
 それはまるで、暗闇で見る悪夢。
 走っても走っても先はもう見えなくなってしまった。
『よければうちに住み込みで働かないか』
 歌を聴いて気に入った、ただそれだけで雇い入れた幼子。
 その性質の良さを気に入り、今の窮状を察した旦那様がある日告げてくれたその言葉は、メアリを本当の幸せへと連れて行ってくれるかに思えた。
 どうして気づけたことだろう。
 ナイトメアの蹄の音は、とても心地よいのだと。
 福音の後にもたらされるのは、決まって奈落への片道切符なのだと。


『あいつが盗んだんだよ!』
 ある日メアリが鐘楼から帰ってお屋敷に着いたとき、ちょっとした騒ぎが起きていた。
 旦那様のお気に入りのダイヤのついた時計がなくなったのだという。
 誰かが盗んだに違いない!
 旦那様の子供達が騒ぎ立てる。
 みんなが帰ってきたメアリを見ていた。
 慕ってくれたはずの幼子達が向けてくる、懐疑の視線。
 困惑したような、それでいてひょっとして、という想いを浮かべる旦那様の表情。
 誤解を疑惑へ、そして確信へと変えたのは、旦那様の上の息子の言葉だった。
『昼前に、父上の時計を手に取ったのを俺は見たぞ! きっとあいつが盗ったんだ。あのろくでなしのミスタ・サヴァンに言われてやったに違いないよ!』
 そこから先は、一直線。
 冷たく尖った視線が、少しだけ緩められたメアリの心に突き刺さる。

「違う、メアリじゃない!その時間は鐘楼にいたの!」
「嘘つけ、この泥棒!」
 追いついた少年が、メアリの手を捕まえて叫ぶ。
「離してよ!」
 メアリが思わず投げつけたのは、路傍に落ちていたこぶし大の石。
 それは少年の目に当たり、メアリの頬に血を纏わせる。
「――あ」
 恐怖に囚われ、メアリは再度走り出す。

「こいつ!」
「よくも……!」
 激昂した少年の友人達の半分がメアリを追いかけてきた。
「違うもん、メアリじゃないわ! メアリはその時鐘楼にいたの!」
 何度叫んでも誰も聞いてくれはしない。
「誰もお前を見ていない!」
「罰あたりなその手を切り落としてやる!」
 背後で叫ぶ声は殺気立ち、大人や子供、誰彼構わずみんながメアリを追いかける。
 石畳を走る人の足音が、メアリへ悪夢を押しつける。
 ナイトメアの足音が、ひたりひたりと寄り添ってくる。
「いやよ、いやよ、メアリは幸せなの、幸せなのよ!」



 Rain rain go away,
  Come again another day.
   Little Mary wants to pray;
    Mare, mare, go to nether,
     Never show your face more !



 逃げて、逃げて。
 鐘楼の中に飛び込むメアリ。
 背後の足音を聞きながら、彼女は必死で階段を上る。
 そうよ、今日はとっても素敵なお天気だもの。
 きっときっとすばらしい空が待ってるわ。
 幸せな現実が、扉の向こうには待ってるの。


「嗚呼今日は何て素敵な日!」


 開け放った扉の向こうは、酷く曇った暗い空。
 花瓶の底を割ったかのように激しい雨が地を叩き、強い風が鐘楼の鐘をぎしぎし揺らす。
 転び、すりむき、それでも走り続けたメアリの服はすっかり雨に濡れていて。
 それでも彼女はここに来るまでそれに気づいていなかった。
 だから、うちひしがれてしまう。
 鳩のハンプも今はいない。
 きっと雨に濡れない素敵なお部屋にいるんだわ。

「いたぞ!」
「こっちだ!」
 ただ前に、前に。
 鐘の下を潜り、入り口と反対側の壁に手をついて。
 雨に打たれたメアリの背後で開いたままの扉からは、男達の声が響いてくる。

 街の有力者の息子を傷つけてしまったのだ。
 警吏や店の者達が、総出で探していたのだろう。
 やがて彼らはメアリの眼前に姿を現した。
 幼いメアリはただ壁を背に、頬をゆがめて首をふる。
 ただそれだけしか――できはしない。

「さぁこっちへこい」
「ひったててやる」
「トニーに怪我させやがって、ゆるせねぇ!」
 
 大人も、子供も。メアリへ向ける、憎悪の視線。
 雨に濡れ、泥にまみれ、息を切らして走ってきたメアリの身体は冷え切っている。
 歯の根があわず、ガチガチと音を立てながら。
 メアリは少しでも男達の手から離れようと壁に腰を預け、身を乗り出しかねないところまで後ずさる。
 男達がそんなメアリを追って鐘の下まで踏み込んだ時。一際強い横風が、大鐘楼に襲いかかった。

 それはまるで、紙芝居をみているよう。
 鎖の切れる音に上を見る男達。
 その彼らの頭上から落ちてくる、大鐘楼の鐘が鳴る。
 まるで断頭台の刃のように、あるいは刃を磨かれた斧のように、男達の頭を割り、首を落とし、腹を割いた鐘が、高らかに街に鳴り響く。
 つぶれた男達の臓物が、血が、身体の破片が、幼いメアリの顔や身体、襤褸の着物に飛び散った。

「あは……あはは、ほら見て、ここはメアリのお城だもの! メアリをいじめるからみんな罰があたったのよ!」
 腰掛けたまま、高らかに笑う、幼子に浮かぶのは、狂気の色のみで。
 仰け反って、分厚い雲の向こうにある空を見ようとするかのように身を乗り出したまま笑うメアリを襲う、わずかの風。
 けれど、今のメアリにとってはそれだけで。
 それだけで、十分だったのだ。

 雨とともに空中に投げ出される、小さな娘の身体が一つ。
 地面にたたきつけられる水しぶきは一層強い音を立て、時を告げる鐘の音が、6時の時刻を知らせようと、一斉に鳴り響く。
 街中の鐘が鳴り響く。

 悪夢の中で、素敵な世界を夢見た少女。
 そのあっけない最期を迎えた彼女を悼むかのように街中の鐘が鳴り響く。


Ding, dong, bell,
 Pussy's in the well.
  What a naughty boy was that,
   To try to drown poor pussy cat,
    Who never did him any harm,
     And killed the mice in his father's barn.


 これは、その街に伝わる罰あたりな娘の話。
 もはや歌ですら伝えられることのない、哀れな哀れな娘の話。


 それからだ。
 ”彼女”は夜に現われる。

 鐘の音が零時を告げる時。
 可愛い悪夢が訪れる。
 すやすや眠る子供達の、夢の中に現れる。

 ハンプティ・ダンプティ従えた、赤毛の小さな女の子。
 悪夢の落とし子、メアリベル

「さあ、メアリと一緒に遊びましょ」
 誘われてついていってはいけないよ。
 可愛い少女が向かうは、ハデスの住まう、地下深く。
 悪夢の溢れる井戸の底。
 軽やかな足音響かせて、彼女は笑い、呼びかける。
「さあ、メアリと一緒に遊びましょ」
 ついて行ってはいけないよ。
 行ったら最後、きっと戻ってこれやしないのだから……。




         嗚呼今日は何て素敵な日!




クリエイターコメント 期限いっぱいまでお待たせいたしました。
 可愛いメアリベル様の始まりの悪夢、お届けさせていただきます。
 このオファーをどのように味付けしたらいいのだろうといろいろ考えましたが、このようにしてみました。
 いかがでしたでしょう。
 メアリベル様の素敵な赤と黒の世界観(と勝手に思っています)の空気を表現できていましたら、幸いです。

 この度はご依頼いただきありがとうございました。
公開日時2013-06-18(火) 22:30

 

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