オープニング

 インヤンガイ、とある街区。
 食の大通りと称される場所がそこにはあり、食通をも唸らす様々な料理を味わえる。
 基本的には、屋台通り。通行人は思い思いの食べ物を購入し、食べ歩くのが主となっているのである。
 その、通りの端の方にある、小さなレストラン「センキャク」の店主が頭を抱えていた。
「客が、入らん」
 がらんとした店内には、食事をしている者は誰一人としていない。ただ一人、エプロンをつけたウェイトレスが、ふわ、と欠伸をしているだけだ。
「そんな依頼を、あたしにされたってねぇ」
 探偵、アヤメが苦笑する。血相変えて彼女が営む薬屋に店主が駆け込んできたものだから、何事かと思って足を運んでみたものの、結果はご覧の通り。
 閑古鳥を何とかしてほしい、という、緊急性が高いとは言いがたいものであった。
「探偵ってのは、何でも依頼を受けてくれるんだろう?」
「それはそうだけどさ。そうなんだけどさ」
 アヤメは肩を竦める。
 大体、この屋台通りのゴール地点に、何故レストランを営業しようと思ったのかが疑問である。
 腹一杯になっている通行人が、レストランに足を運ぶとも思えない。
「とりあえず、何か食べさせてもらおうかね。お勧めのやつ」
 アヤメは溜息混じりに言い、空いている椅子に腰掛ける。店主は「はいよ」と大きな返事をし、しばらくしてから丼を抱えて出てきた。
「……これ、なんだい?」
「何って……ぎょぎょっと丼だが。魚たっぷりの」
 魚たっぷりだから、ぎょぎょっと。
 アヤメは「やれやれ」と言いながら、レンゲで口に運ぶ。
「まっ……ず!」
 驚くべき味だった。元は食べられるものを、よくもまあこんなにもできたものだ、と感心するレベルである。
「目玉となる料理がないと、勝てないと思ったんだがなぁ。やはり、場所が悪いか」
「その前に、やるべき事がたくさんあるんじゃないかね」
 アヤメはひきつりながら、店主に提言する。
「なるほど、メニューの充実だな?」
「……ともかく、色んな意見をまずは聞いてみればいいんじゃないかい?」
 そう言いつつ、喉奥から出てきそうな何かを、ごく、と水で流し込むのだった。

品目シナリオ 管理番号1820
クリエイター霜月玲守(wsba2220)
クリエイターコメント こんにちは、霜月玲守です。

1.人が興味を持つような企画。
2.店主自身の料理の腕向上。
3.呼び込みなど。
4.その他。

 以上4点から選び、閑古鳥を追い出してください。
 また、メニュー充実の為に、新たなメニューを考えてお書き添えくださいませ。
 素敵なネーミングと内容のお料理、お待ちしています。

 因みに、現段階でのメニューは「ぎょぎょっと丼」とコーヒーやオレンジジュースといった飲み物だけです。

 それでは、ゆるく適当に、宜しくお願いいたします。

参加者
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
祭堂 蘭花(cfcz1722)ツーリスト 男 16歳 忍者(忍術使い)
音成 梓(camd1904)コンダクター 男 24歳 歌うウェイター
シャチ(cvvp9290)ツーリスト 男 20歳 放浪の戦闘料理人
ワード・フェアグリッド(cfew3333)ツーリスト 男 21歳 従者

ノベル

「へい、ぎょぎょっと丼!」
 どんどん、とぎょぎょっと丼が川原 撫子の前に置かれる。レンゲですくい、口に含み。
「うぶっ!」
 ぶっと噴いた。
 見事な放物線を描く。まるで虹のよう。
「店長、これ」
「ぎょぎょっと丼だ。魚たっぷりだぜ」
 わなわなと手を震わせながら丼を指す撫子、いい笑顔で親指を立てる店長。
「新鮮な魚介類をふんだんに使うた丼っちう発想自体は、悪ぅないと思うんやけどなぁ」
 シャチが苦笑交じりに言う。見た目も、正直よろしくない。
「店長、まずこのぎょぎょっと丼を完食しなさいぃ! 話はそれからですぅ!」
「へ、それは川原さんに出したぎょぎょっとど……」
「いいから、食べなさいぃ!」
 だむっ!
 ぱかっ!
 撫子の拳によって、傍らの机が叩き割れる。割れた机は、綺麗に床へと倒れていく。
 さながら、桃太郎の桃のよう。
「これはっ! 食材と、お客様と、料理への冒涜ですぅっ! この机のようになりたくなかったら……完食しなさいっ!」
「……おう」
 撫子に言われ、店主は丼の中身を食べ始める。もくもくと。
「普通に食っとるな。味覚、壊れとるんかもしれんなぁ」
「あれを普通に食べれるなんて、おかしいですっ」
 感心混じりに言うシャチに、ごくごくと水を飲みながら撫子が答える。
「本当に、見事なくらいお客さんが居ないよな。閑古鳥が鳴いてるぜ」
 肩をすくめながら、音成 梓は言う。すっきりとした店内は、まるで閉店中のようだ。
「え、閑古鳥? どんな鳥? 鳥、どこにモいないヨ?」
 店内をきょろきょろと見回しながら、ワード・フェアグリッドが言う。
「閑古鳥っていうのは、こういう寂しい店内の様子のことなのです。見ての通り、がらんとしているのです」
 シーアールシー ゼロがワードに説明する。
「僕、故郷では食堂茶店の店員でさー。こーいう話、聞いてて寂しいし……どーも放っておけないんだよね」
 祭堂 蘭花が言うと、梓が「分かる!」と大きく頷く。
「俺もウェイターやってるから、飲食店のピンチには黙ってられなくてな」
 がし、と二人は握手する。飲食業に携わるもの達の、熱い思いだ。
「えっト、つまり、この店ニお客さんガ来るようにすれバいいノ?」
 ワードがきょと、と小首をかしげながら尋ねると、一同はこっくりと頷き返す。
「スタンプカード、作ってみたらどうかな? 常連さんが増えるし、お得な感じが出るし」
 蘭花が言うと「なるほどですぅ」と、撫子が頷く。
「それなら、簡単に始められそうですし、いいと思いますぅ」
「スタンプ溜まったら、どうしたらいいんだ?」
 店主の問いに、梓が「簡単だって」と答える。
「コーヒー一杯無料とか、割引とかすりゃいいじゃん」
「なるほど」
 ぎょぎょっと丼を食べつつ、店主がメモを取る。
「ダーツゲームも楽しいかなぁって思ったんだよね。メニューの名前が書かれた的を回して、当たればそのメニューの割引券がもらえるとか」
 メモをとる店主の隣で、蘭花が続ける。
「もちろん、外れもあるのですよね?」
 ゼロの問いに、蘭花は「もちろん」と答える。
「簡単に当たったら、コスト的に厳しくなるからね」
「なら、外れたら謎団子を一つプレゼントなのです。いや、当たったら?」
 ゼロはそう言いながら、もう少しでぎょぎょっと丼を食べ終える店主の前に、丸い物体を置く。
「何だ、これ」
「謎団子・怪なのです。店主さんが作るのは、これの亜種『謎団子・陰陽』なのです。お近づきのしるしに、どうぞなのです」
「ちょい待ち! 先に誠意を見せてもわらな、話は始まらへん」
 シャチが止めた瞬間、ごくん、と店主はぎょぎょっと丼の最後の一口を食べ終える。
「あんさん、今までどんな努力してきたんや?」
「どんな努力、というと」
「あんさんに、お客はんい旨いもんを食わせたいという気持ちがあらへんと、話にならんさかい」
 シャチに言われ、店主は「ふむ」と頷く。
「まず、呼び込みとチラシ配りはしたな。あと、日々料理の研究は重ねている」
「やる気はあるようやな。全て人任せにしてるようやったら、一時期の繁盛で終わってしまうのは目に見えてるさかい」
「日々の研究を重ねた結果が、ぎょぎょっと丼なんですかぁ?」
 訝しげに、撫子は言う。「ていうか、味覚壊れてますぅ」
「大丈夫や。ワイがぎょぎょっと丼をぎょっとする程ごっつ旨い飯に、生まれ変わらせたる!」
「なら俺は……あんただぁ!」
 びしっと梓が指差す先に居たのは、欠伸をしていたウェイトレスだ。いきなり指名され、思わず「ぶほっ」と咳き込んでいる。
「接客は思いやりの心だ。お客さんに気持ちよくすごしてもらおうってのを意識しなきゃ」
「え、でも、お客って」
「ちゃんとやっておかないと、来た時困らないか? いきなりできる訳がないんだから」
 梓の言葉に、ウェイトレスも「そうですね」と俯く。梓は「よし」と頷き、銀色のトレイを持って立つ。
「まずは見本を見せるからな、しっかり見ておくんだぞ!」
「はいっ」
 早速、ウェイトレスへの指導が始まる。
「じゃア、僕ハチラシ描こうかナ。皆の様子、見て描くヨ」
 ワードはそう言いながら、紙とペンを取り出す。
「絵の描き方なラ、父さんニ教わったかラ、こういうニギヤカな絵、描くノ得意」
 えっへん、とどこか誇らしそうだ。
「じゃあ、スタンプカードとダーツセットも作っておこうか」
 蘭花が取り掛かろうとすると、ゼロがちょこんとワードと蘭花の傍に座る。
「謎団子よりも先に、基本的な腕を磨くとの事なのです。まあ、後でやってもらうのです」
「その、謎団子ってどんなものなんだ?」
「謎団子は、ナレッジキューブで作るのです。だけど、店主さんにはこのインヤンガイで調達できる霊力で代用してもらうのです」
「霊力っテ、店主さんハ持ってるノ?」
 ワードの問いに、ゼロは「大丈夫なのです」と答える。
「呪術師の修行をしてもらうのです。別に本格的な呪術師になるわけではなく、謎団子の創造のみに特化すればよいのです」
「だけど、時間かかりそうだね」
「そこで、謎団子なのです。百個を一気食いしてもらえば、修行期間の短縮するための超栄養を摂取できる上、作成のために必要なイメージを精神に定着できるのです」
 熱く語るゼロを横目に、ちらりと蘭花は店主の方を見る。
 撫子とシャチに、びしびしと鍛えられている。それに更に呪術師の修行まで加わるらしい。
「大変だなぁ」
 スタンプカードの見本を作りつつ、蘭花は苦笑する。
「ええト、インヤンガイっテ、コピー機みたいなノ、あったっケ?」
 ワードが絵を描きながら、ふと疑問を口にする。
「あるんじゃないかな? 霊力が電力代わりになってるってくらいだし」
「良かっタ。自分デいっぱい描かなきゃいけないかト、思ったヨ」
 蘭花の答えに、ワードはほっと息をもらす。
 そうこうしていると、厨房から「どや!」と声が上がった。
「これが、ワイの力によるぎょぎょっと丼や」
 シャチは満足そうにいい、店主の前に丼を置く。見た目が既に、店主が作ったものとぜんぜん違う。
「こ、これは美味しそうなのですぅ」
「む、確かに」
 撫子と店主が交互に頷く。
「ちょっと食べてみぃや」
 シャチに言われ、撫子と店主はぎょぎょと丼を口に運ぶ。……うまい!
「作り方を教えるさかい、まずはワイが言うとおりに作ってや」
「ちゃんと基本を全うするんですよぉ? 当分の間は、逸脱は完全禁止ですぅ! 料理と科学は同じですぅ。材料と重さと手順が一緒であれば、8割までは同じ味の再現ができますぅ」
 撫子がすかさず店主に注意する。シャチに教わりつつも、店主はぎくりと体を震わせたからだ。
「アレンジ加えようとしたんか。先に基本を押さえとかんと、いけんじゃろうが」
 シャチは苦笑交じりに、いや、笑っていない。語尾的にも、笑っていない。
 店主は慌てて「すいません」と謝る。
「どうやら、なんとかなりそうだねぇ」
 店の端で、アヤメが呟く。
 一人しか居ないものの、ウェイトレスは梓が徹底的に鍛えている。
「ほら、ここで笑顔! やわらかい物腰と笑顔を出せば、お客様はサービスに満足してくださるんだぞ」
「こ、こうですか?」
「違う! それだとコップの水がこぼれるだろう? それに、もっとにこっと笑ってー。頬、ひきつってるよ、もっと自然に」
「し、自然に、といわれても」
「ほら、自然に!」
 ずい、とウェイトレスに鏡を差し出す。
「もう少ししたら休憩に入るから、それまでは全力でするんだ」
 梓はそう言い、にこ、と笑う。こっそりと「クッキーもあるからな」と悪戯っぽく言いながら。
「料理の方もなんとかなりそうだし、あたしはそろそろ」
 シャチや撫子の方を見てそう言い、アヤメは店から出ようとする。
「あれ、何処に行くのですか?」
 ゼロが気付き、声をかける。
「もう、あたしに用事はないだろうからさ。適当にやっておくれよ」
「なにを言っているんですかぁ、アヤメさぁん」
 す、と撫子がアヤメの背後に立つ。そして背を押し、すとん、と椅子に座らせる。
「店主さん、料理の新作を試したくなったら、自分で試食の上、アヤメさんが美味いっていうまで、メニュー表に加えるのは禁止っ!」
「えっ」
「はぁ?」
 店主とアヤメが同時に声を上げる。
「なるほど、そりゃええ考えや。ワイらが毎回確認することなんて、できへんしなぁ」
 こくこく、とシャチが頷く。
「うん、できタ!」
 ワードが描き終えたチラシを持って、嬉しそうに持ち上げる。
「こっちも、スタンプカードとダーツができたよ。あとは、印刷だな」
 蘭花も嬉しそうに笑う。
「印刷終わったラ、配りに行くヨ。僕は飛べるシ、こういう仕事なラ上手くできル……かモ」
 えへへ、とワードが笑う。
「せや、だったら試食も一緒にしたらどうや? ワイ、作っておくさかい」
 シャチが言うと、ワードはぱあ、と笑う。
「お客さんニ、味も知ってもらったほうガ、来てもらえるかもしれないしネ!」
「僕も手伝うよ。印刷終わったら、いろいろメニューも考えてきたし」
 蘭花もにっこりと笑う。
「へぇ、どんなメニューなんだ?」
 一旦休憩に入っている梓が、話しかける。梓の隣では、手作りクッキーを目の前に置き、ぐったりとしているウェイトレスがいる。しっかりと鍛えられたらしい。
「デザート系を考えてきたんだよね。終点近くなら、デザート類を充実させれば、いろいろな人が入りやすいかなって思って」
「分かりますう! 小さめで、これなら抓めるって誤認させるのも大事なのですぅ。それに、匂いも大事ですぅ。それなのに何故、匂いがしなくて胃に思いものを準備したがるのかな」
 ふふふ、と撫子が言う。店主はシャチに「そこ、違うやん」と突っ込みを受けている。
「一応、新緑チョコケーキと、新緑シェイクを考えてみたよ。しゃっきりとすごせるようにって言う意味を込めて」
 蘭花はそういって、ついでに、と付け加える。
「お店に緑、つまりお客様が沢山生えるようにっていう意味もね」
「素敵だネ!」
 ワードはにこにこと笑いながら、何度も頷く。
「俺は、中華風バーガーなんてどうかなって思ったんだ。中華まんを半分に切って、間に野菜とエビチリを挟んでみる、とか」
「美味しそうやなぁ。エビチリ抑えとけば、酒のつまみにもなるしな」
 梓の提案に、シャチが店主の方を見つつも、頷く。
「そうですぅ。お酒と漢方茶をメニューに入れたらいいと思うのですぅ。座る人が、多少増えますぅ」
「ああ、そういえばお酒って載ってないねぇ」
 撫子の言葉に、アヤメがメニュー表を確認しながら言う。
「そこで、謎団子なのです」
 びし、とゼロが言い放つ。
「新メニューに謎団子、この文字だけで驚きがあるのです。更に、味はどうなるかのドキドキっぷりも、たまらないのです!」
「味は一定じゃないんや」
「そうなのです! そこが、味噌なのです」
 シャチの突っ込みにも負けず、ゼロは大きく頷く。
「超美味が出るか、超不味いがでるかのスリルが味わえるのです。こんな料理、他にはないのです」
「まあ、ないだろうな」
 こく、と梓が頷く。
「で、できた!」
 店主が、新・ぎょぎょっと丼を完成する。見た目は、シャチが作ったものに良く似ている。見た目は、少なくとも美味しそうだ。
「はい、アヤメさん。試食ですぅ」
「しょっぱなからかい」
 苦笑交じりにアヤメは言い、レンゲを使って口にする。
「……悪くないねぇ」
 アヤメの言葉に、シャチが店主の背をびしっと叩く。
「やるやんか。あんさん、ワイの教えたとおりに作れるやん」
「逸脱するな、といわれたので」
「当たり前なのですぅ。アヤメさんから許可されてからなのですぅ」
「では、謎団子なのです!」
 ずいずい、と謎団子が百個入った袋を、ゼロは店主に押し付ける。
「じゃあ、その間にワイは試食のを作っておくさかい」
「僕も手伝うよ。というか、新メニュー作っておかないと、教えられないよね」
 シャチの言葉に、蘭花は言う。
「なら、ワイもそれを手伝うわ。手はいくらでもあったほうがええやろうし」
「うん、ありがとう」
 二人が厨房へと向かうと、ワードは「それじゃァ」と描いたチラシを手にする。
「チラシ、印刷してくるヨ」
「私も手伝いますぅ。アヤメさん、案内してくれませんかぁ?」
 ワードが行こうとすると、撫子がそう言ってアヤメを誘う。アヤメは「やれやれ」といいながらも、立ち上がる。
「あ、じゃあ、スタンプカードもお願いしていいかな?」
 厨房へ向かいながら蘭花が言うと、撫子は「了解ですぅ!」と返す。
「よし、俺らも練習再開すっか」
 梓は、休憩していたウェイトレスに声をかける。ウェイトレスは「はーい」といいながら、立ち上がる。
「ほら、はいは一回」
「はいっ」
 各自が持ち場に向かう中、店主はゼロの謎団子をひたすら食らう。
「うまっ!」
「当たりなのです。幸運が訪れるのです」
「まずっ!」
「厄払いなのです」
 物は言い様である。
 こうして合計百個の謎団子を食した後、なんやかんやで店主は無事謎団子を生成することに成功した!
「ついにできたのです、謎団子・陰陽」
「で、できたな」
 店主が作り上げた謎団子・陰陽を見て、ゼロは感慨深そうに頷く
「これで、ゼロ以外の誰かがナレッジキューブなしで謎団子を作成できることが判明したのです。世界群の食糧事情を、謎団子シリーズが改善する日も近いのです!」
 ぐ、とゼロは拳を握り締める。店主は、妙にぐったりしている。
「お、できたんならこっち来いや。デザートの作り方を、教えるさかい」
 ひょいひょい、とシャチが店主を呼ぶ。蘭花と一緒に作ったらしい、鮮やかな緑色のケーキが並んでいる。
「美味しそうだネ!」
 扉が開き、印刷を終えたワードと撫子、そしてアヤメが帰ってきた。
「あ、扉は閉めなくていいのですぅ。座らせる利手を考えるなら、店舗の扉は閉めないっ」
 扉を閉めようとするアヤメに、撫子はそう言って止める。
「それは一理あるな。カフェとか、オープンにしてある方が入りやすいもんな」
 ぐったりしているウェイトレスの隣で、梓は言う。
 がっつりしっかりとしごいたのであろう。梓の入れてくれたお茶を、大きな息を吐き出しながら飲んでいる。
「新作のケーキもできたよ。店主さんも、何とか作れるみたい」
 蘭花が言うと、店主が「なんとか」といって笑う。まだ蘭花やシャチが作ったものには見た目で及ばないものの、スタート地点のぎょぎょっと丼を考えれば、格段の進歩だ。
「謎団子も、無事マスターしたのです」
 ゼロはこっくりと頷く。
「作ると、疲れるけどな」
 店主からの突っ込みは、さらりと受け流して。
「試食も作っておいたで。どや、中華風サンドと新緑チョコケーキや。一口サイズやけどな」
 シャチはそう言い、バスケット一杯に入っている試食をワードに見せる。
「うわァ、美味しそうだネ! ひ、一つ食べてモ、いイ?」
「ええで。中華風サンドは、エビチリと肉の二種類を作って見たんや」
「肉、食べたラ、胸焼け起こすんダ。だから、こっちノケーキヲ」
 ワードはそう言って、ケーキを口に運ぶ。
 ほろ苦く甘い香りが口いっぱいに広がり、思わず笑顔がこぼれる。
「では、呼び込みをするのです。やはり、屋台通りの入り口がよいのです」
 ゼロはそういうと、給仕服に着替える。白くて可愛い給仕服が、ゼロに良く似合っている。
「じゃア、このチラシ持って行ってヨ。僕ハ色んなところデ配るかラ」
 ワードはそう言い、印刷してきたチラシの一部をゼロに渡す。
「俺にも分けてくれるか? 店の前で、呼び込みするからさ」
 梓はそう言いながら、ワードからチラシを受け取る。
「ほな、じゃんじゃんお客さん連れてくるんやで。店主はんの指導は、任されたさかい」
「じゃあ、私はレジを担当しますぅ。スタンプカード、押せばいいのですよね」
 撫子が印刷されたスタンプカードを見ながらいう。
「うん、そうそう。じゃあ、僕はダーツゲームの方を管理しておこうかな」
 蘭花はそう言って、ダーツの的を壁にかける。
 的には様々なメニューが書かれており、半分くらいは「半額」とか「2割引」とかいったお得なもの、残りは「はずれで何もなし」や「スタンプなし」といった軽いもの、そして「友達五人に宣伝」や「謎団子挑戦権」といったお遊び要素がある。
「この、謎団子挑戦権って、何なのです?」
「美味しい不味いがあるって聞いたから、どんな結果の味がきても美味しいような演技ができたらタダになるっていう、ゲームだよ」
「金はとるんやろ?」
「もちろん。あくまで、挑戦権だから」
 蘭花が言うと、一同に笑いが起きる。
「じゃあ、やりますか!」
 梓が言うと、皆いっせいに「おー!」と掛け声を上げるのだった。


 食の大通り、入り口。
 様々な屋台からいいにおいがしている中、白い給仕服を着たゼロがチラシを配っている。
「屋台通りを入り口から最後まで踏破したもののみが食べることのできる店、センキャクなのです!」
 ゼロはそう言って、チラシを配る。
「謎団子・陰陽など、他では食べられないメニューが、食通な貴方を待っているのですー」
 いろんな人に配りつつ、ゼロは言う。こっそりと「新メニューができても、食べてもらえなければ意味がないのです」と呟きつつ。
 しばらく進むと、空からワードがチラシと試食を持って現れた。
「あのネ、そのチラシ、僕が書いたんダ。えっト、試食どうゾ」
 ずい、とバスケットから一口サイズの試食を手渡される。どうやら、中華サンドのようだ。
「それハエビチリが入ってル。こっちハ、新緑ケーキ」
 ワードはそう言いながらケーキの試食も手渡すと、また別の人にチラシと試食を配りにいく。
 更に歩いていくと、歌声が聞こえてくる。綺麗なカウンターテナーが歌うのは、ヴィヴァルディの「愛よ、お前の勝ちだ」から「彼女の瞳が僕に向けられたなら」だ。
 歌っているのは、梓だ。開いている店の扉の近くで、その美声を惜しげもなく披露している。扉が開いているため、店内でも聞けるのがありがたい。
「良かったら、寄っていってください」
 歌の合間に、声をかけてくる。にこやかに、笑いながら。
 恐る恐る店に入ると、梓と似ている笑い方でウェイトレスが声をかけてくる。柔らかな物腰は、店での過ごしやすさを示しているようだ。指導が良いのだろう。
「何になさいますか?」
 ウェイトレスの言葉に、お勧めというぎょぎょっと丼を頼む。ぼんやりと歩きながら、そういえば何も食べてないことに気付いたのだ。
「ちゃう! まだ、アレンジは早い言うとるじゃろうが!」
 厨房からシャチの突っ込みが聞こえる。前半関西弁、後半広島弁。なんとも不思議な言葉となっている。
 目の前に出されたのは、新鮮な魚介を使った丼だった。なかなかに美味しい。
「ダーツゲームは、いかがですか?」
 蘭花に声をかけられてみると、なるほど、ダーツの的が壁にかかっている。今日は無料でできるとの事で、チャレンジしてみる。
「あ、ざんね……おめでとうございます! 謎団子挑戦権です」
 残念なのか当たりなのかいまいち判断がつかないままに説明を聞くと、どうやら昔どこかで見た嫌いなものを美味しそうに食べる演技をすればいいだけらしい。
「上手くいけば、本当に美味しいかもしれませんよ」
 蘭花は付け加える。美味しそうに食べられなかったら料金を徴収されるとの事だったが、面白そうなので頼んでみる。
 なんとも言いがたい、団子が出てきた。ドキドキしながら口に運ぶ。……まずい!
 思わず吐き出しそうになるのをこらえ、ごくり、と飲み込む。
 水を飲んでようやく演技を思い出すものの、時は既に遅し。
「残念でしたー。でも、厄払いだと思ってくださいね」
 きっちりと伝票に「謎団子・陰陽」と書かれてしまった。
「お会計をいただきますぅ。そして、こちらがスタンプカードとなりますぅ」
 撫子に会計をしてもらい、スタンプカードにスタンプを押してもらう。
「スタンプが溜まったら、コーヒーが一杯無料なのですぅ」
 なるほど、と頷き、スタンプカードを受け取ってから店から出た。まだ店頭では梓が歌を歌っている。
――また来ようかな。
 そのような感情が、自然とわきあがるのだった。


 後日、メンバーがいなくなった「センキャク」ではあったが、教えてもらったメニューやサービスで、前よりも客が入ってきているらしい。
「これ、どや? アヤメはん!」
「馬鹿だねぇ、不味いよ」
 そうして店が閉まった後、よく上記のような会話が聞こえてくるという。
「殺生や、何で不味いとか言うんじゃ!」
「不味いから、不味いって言ってるんだよ」
 すっかり関西弁と怒りの広島弁が織り交じった喋り方をするようになった店主と、洗練された動きをするウェイトレス、それに揺るぐことのない味のメニューたちは、センキャクから閑古鳥を追い出したのだった。


 ところデ、とワードは呟く。
「結局、閑古鳥っテどこにいたノ?」
 おそらく、誰にも答えられはしないだろう。たぶん。


<さようなら閑古鳥!・了>

クリエイターコメント この度は「閑古鳥掃討作戦」にご参加いただきまして、有難うございました。
 少しでも、ゆるーく楽しんでいただければ、幸いです。
 それでは、またお会いできるその時まで。
公開日時2012-05-01(火) 21:40

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル