オープニング

 世界図書館に付属するチェンバーの1つ、“絶滅動物園”
消滅してしまった世界や、滅びへと進みはじめた世界の動植物を集め飼育する施設でドードーは毎日動物や植物の世話をしている。動物たちに餌をあげ、小屋から出してブラッシングをした後、植物に水をやろうとホース片手に歩く途中、樹の根元で寝ているアドの姿を見つけ苦笑する。
 今日も変わらず穏やかな零世界の空を見上げ、ドードーが植物に水を与えていると、ふと違和感を感じ、辺りを見渡す。色とりどりに咲き誇る花々と、もうすぐ果実が実りそうな樹木の先、いつでも種をまけるよう整備されたまっさらな畑の中に、昨日まで咲いていなかった花が一輪、咲いていた。
 水を止め、ホースを置いたドードーは慌ててアドの元へと駆けだし、大きな体躯を屈め地面で丸まって寝ているアドへと声をかける
「ア、アド、アド、咲いた、花」
『んあー? そりゃドードーが世話してんだから花も咲く……』
「ケイハの、花、咲いた!」
 その言葉にアドが飛び起きドードーと顔を見合わせると、ドードーはアドを抱え走り出す。花のアーチを潜り、樹木の壁を通り抜け広い畑の前で足を止めると、茶色の畑の中にぽつん、と色が落ちている。
『……咲いてるな』
たった一輪。だが美しく咲く花を見て、アドは導きの書を取りだしページをめくる。
「どう?」
『……あるな、ケイハ』
「どう、する? 俺、どうしたら、いい?」
『……一応、リベルに世界計を見て貰う。ドードーはいつものセットを……んーーーー。三つ頼む』
「わかった」



 三枚のチケットの側にドードーが小さな鞄を置くと、アドが皆の顔を見渡し、説明をはじめた。
『ケイハに行き、植物や土の回収をしてきて欲しい。今ドードーが置いた鞄の中に必要な物は入っているんで、それに入れて持って帰ってきてくれ。植物は花でも種でもいい。土もどんなのでも構わない。ま、あえて希望を言うのなら……』
 アドが最後の書類を見るよう、皆に促す。
『丁度、ケイハでも貴重な花が運ばれている。運んでいるのは年齢、性別がばらばらの農夫達と、ネシュカーラという神職につく人が数人だ。花を積んだ荷馬車で移動しているんだが、この人達が豪雨のせいで発生する土砂崩れに巻き込まれる、と導きの書が知らせている。助けて分けて貰うってのが、妥当なんだが』
 ふぅ、と小さく溜め息を付く。
『ケイハはプラス階層の平和な世界の筈だが、調査に行った者達に死傷者がでた為、調査を止めていたような世界でもある。どんな危険があるかもわからないから、現地の人と関わるかどうかは任せる。どうしてもこの花じゃないと駄目というわけでもない。目に付いた花や土を持ってきてもいい』
 一人の旅人が控えめに手を挙げ、問いかける。
「その……、まだ間に合うのか。ケイハは」
 ドードーの仕事は消滅した世界の動物を保護する事だ。それゆえ、こうして彼がいる依頼は当然、これから向かう世界の崩壊を伝えている。
 ケイハは既に一度、階層が変わっている世界だ。まだ崩壊の回避は可能なのか、それとも、既に手遅れなのか。
 皆の視線がアドの看板へ向けられると、看板には
『まだ、間に合う』
 と、文字が現れ、幾つか安堵の溜め息が漏れ聞こえた。
とはいえ、ケイハが今も滅びの道を進んでいる事に変りはない。アドの言う、現地の人間と関わるかどうか、というのは、ケイハという世界に関わるのかどうかも、自分で決めて良い、という事だ。目の前で死なれるのも、滅びを迎えられるのも、良い気分ではない。命を賭けて頑張った結果が報われない事も、あまり経験したくないものだ。
『さぁって、行ってくれるヤツは?』
 赤い瞳が旅人を見た。




 小さな滝の下にでもいるかのような大粒の雨が絶え間なく降り注ぐ中、白いローブを纏い、頭に魚の骨の様な兜を付けた男が走って行く。足下を流れる水は川の様で、泥水に足を取られながら小高い丘を駆け上がると、彼と同じ格好の女性が立っていた。唯一違うのは、彼女の兜の方が大きい事だけだ。女性が振り返ると、男は悲鳴のような声で訴えかける。
「キキョウ様! 向こうはもう無理です!」
「ありがとう! 小屋へ戻り出発の準備を!」
 そう言われ、男は急ぎ来た道を戻っていく。
すぐ側に居る人の顔も見づらく、正面を向き合い大声を張り上げないと会話すらままならない悪天候の中、キキョウは顔を顰めて空を見上げる。
「ウツギの一件以来、落ち着いていたと思ったけど……」
 止む気配の無い豪雨に大地は削られ続けている。幾つもあった筈の道はその殆どが遮断され、このままではそう遠くないうちに孤立するだろう。最悪の場合、今立っている大地が丸ごと、あの忌まわしき海へと落ちてしまう可能性もある。
まだ道がある内に急ぎ出発するべきか、雨が止むのを待つべきか。それとも……ネシュカが我らを救うのを信じて待つべきか……。判断を間違えば誰かが命を落しかねない状況はキキョウの心を蝕み、じわじわと焦りを産む。
「……これがネシュカの試練だとしたら、救ってはくれない、か」
 呼吸を整え、仲間達のいる小屋の方角を振り返るが、小屋どころか少し先の景色すら雨粒に遮られて見えず、雨が止む事を待つのは諦めた。自力で移動するにしても悪天候に加えてこの悪路を進み行くのだ。農夫達は荷馬車に乗せ、乗れるのなら馬にも優先的に乗せて、後は……。
「花を捨てたら、リンドウ王はお叱りになるだろうか」
 苦笑し、困った様に言うとキキョウは睨むような、嘆くような視線を空へと向け、雨の中を走り出した。


雨雲の上では、1羽の鳥が旋回していた。

品目シナリオ 管理番号1430
クリエイター桐原 千尋(wcnu9722)
クリエイターコメントこんにちは、桐原です。

プレイング日数が5日になっております。お気をつけ下さい。

オリジナルワールド、ケイハへのお誘いにあがりました。

OPにあるように、助けるか否か、接触するかどうかは、皆様次第です。

このノベルは皆様の行動でケイハの未来も変わります。ノベルの結果に、ケイハの世界の結末に良い悪い、というものはありません。
皆様が、したいと思った事や行動を、してください。

それでは、ご参加、お待ちしております。

参加者
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
清闇(cdhx4395)ツーリスト 男 35歳 竜の武人
アコル・エツケート・サルマ(crwh1376)ツーリスト その他 83歳 蛇竜の妖術師

ノベル

 水平線の境目が解らない程の青い世界をアコルはタイムを頭に乗せて飛行する。時折かかる白い雲もアコルの動きに散らされて消え、飛んでいる場所が高いせいか波も見えない。水平線を教えるかの様に島が見え、周囲が彩られる。白い砂浜と森の緑が広がり、綺麗に揃えられた畑に広がる色は作物の実りを伝えているが生憎、豊作とは言えないようだ。
「綺麗な世界じゃの」
 愛しむ様な声を零しアコルが視線を地面から前方へ移すと、分厚い雨雲が大粒の雨を降らしている。辺りは見ていて気持ち良い晴天だというのに、そこにだけポツンとある雨雲は空に穴が開いた様にも見えた。
「さて、お主らの仲間はどこかのう……うん? どうしたんじゃタイム」
 タイムがぱたぱたと羽を動かし何かを訴えるのを受けてアコルが辺りを見渡すと、遠くで一羽の鳥が飛んでいる姿が見えた。雨雲の上まで飛げる鳥はそういない。セクタンであるタイムは可能だろうし、今は清闇の鱗を持っていて風圧も関係無い。そんな場所に群れて移動する渡り鳥でもなく、たった一羽の海鳥が旋回しているのだ。
「こんな頑張らず木陰で休んでおればええものを」
 アコルに気がついたのか、海鳥は大きく旋回し姿が小さくなるが逃げる事も降り立つ事もせず、遠くで旋回し続けた。不思議に思いアコルは鳥に近づくと海鳥のはまた旋回し距離をとる。
 近づきすぎず離れすぎない距離を保つ鳥を見て、アコルの口からちろり、と赤い舌が覗く。確固たる意思や目的を持って動いているその様は、ただの鳥にできる動きではない。特に攻撃してくる様子はなく、監視、観察目的のようだと判断したアコルは、念の為近寄らない様に、とタイムに告げた。
「ん? おぉ、仲間を見つけたか。がんばって移動しているようじゃが、流石に酷い有様じゃの」
 大雨の中を移動する一行を見つけ、アコルは八手珠でノートに簡単な地図を描き、彼らの場所と向かっている小屋を記した。依頼で聞いた人を巻き込む程の大規模な土砂崩れはまだ起きていないようだが、小さいのは多々起きているらしいく、障害物を避けて移動する一行は泥だらけだ。アコルがノートをしまうと、タイムが飛び立った。ノートの地図とタイムと視界を共有した優は直ぐに彼らに出会えるだろう。
「お主らも来るかの?」
 雲一つ無い青空を見たアコルの瞳には、泥に汚れていない、彼らと同じ服を纏った人々が映っていた。




根元から倒れている木を飛び越え、深く跡が残っている馬車の轍や馬の足跡を頼りに雨の中を走り続けていた優がタイムの視界を確認すると、景色が変わっている事に気が付き木陰へと移動する。持ってきた雨合羽は用途を成さず、むしろ走るのに邪魔でさっさと仕舞った。濡れた髪をかきあげ両手を振って雫を飛ばすと、ノートを確認する。どうしたって濡れてしまうのだが、できるだけ濡らさない様にしようとする辺り優らしい。
ノートとタイムの視界を確認し、自分が来た道が正しかった事に優は小さく拳を握ると、ノートを仕舞い駆けだした。鼻から吸った空気は冷たく泥臭い。森の中の、雨でぐしゃぐしゃの道を走っていると、ここが別の世界だという事を忘れそうだ。
ロストナンバーになって数年、何度も世界を行き来して依頼を受け、様々な物事を見聞きしてきた。狼狽せず、どんな物事にも対処し、それなりの行動が出来る様になった。それでもニュースやネットで災害写真を見れば気落ちする。ケイハが滅びの道を進んでいる世界だと聞き、優はこの依頼に参加する事を決めた。壱番世界も滅びへと進んでおり、ケイハを救う事で壱番世界を、これから先多くの世界も救う方法へと繋がるのならと、思ったからだ。
森を抜け、開けた道の先に小屋が見え、近くまで行き様子を伺おうと思うと同時に小屋の側に人影を見つけた。優と同じく相手も気がついたらしく優へと近づいてくる。失敗した、と優が悔やんでいると、声をあげ駆け寄ってきた人は羽織っていたローブを脱ぎ優に着せてくれた。
「君! 大丈夫か! 一人か? さぁ、こちらに」
「いえ、あの」
 予想外の事に戸惑いながらも、優は落ち着いて相手を観察した。大きな兜と細身の剣が腰に下がっている。雨に濡れた洋服も白く、細かな刺繍が施されているがどこも肘や膝のあたりから泥だらけだ。優に着せてくれたローブも全て、本当は眩しい程白いのだろう。遠慮しなくていい、と耳に届く声やローブ越しに肩に置かれた手も、兜の奥に見える顔からも優しそうな印象を受ける。困惑した様子で控えめだが優が断り続けていると、彼女は誰か一緒にいたのかと聞いてくる。
「いる、といえばいるんじゃがの」
 声が聞こえ振り返ると森の入口にアコルがいた。優が名を呼ぶより早く、木の幹より太い胴を持つ巨大な蛇を見た彼女が優の体を引き寄せ、腰に下げていた剣に手をかける。泥水を踏む足音が幾つか重なりあった。雨に叩かれる木葉の音だけ響く中、優は引き寄せられた腕を強く掴んだままゆっくり視線を動かすと、泥道に残る自分の足跡をなぞればアコルが同じ場所に変わらぬ姿でいると、安堵の息を吐いた。剣を抜こうとする腕の震えを感じ、優はまた視線を動かす。何時の間にか現れた清闇が柄の先端を掌で抑えている。本来の姿が黒竜である清闇には足跡も残さず現れるくらい造作もない。
「やっぱり驚かせてしまったようじゃの。わしはウミヘビじゃないから安心してえぇよ」
 その言葉に彼女の体が少し揺れるが、手は剣から離れない。優が兜の隙間から顔を覗き見ると、アコルに向けられていた視線が清闇へと移動した。兜越しに薄紫色の瞳が赤と金の瞳を睨みつけ、幾度か瞬きをすると、二人の手が剣から離された。戦う事が避けられ優が体の力を抜くと、彼女は見渡し、忌々しそうな声を落とす。
「そうか、君達は……ロストナンバー、か」
「なんじゃ、知っておるのか」
「直接会うのは初めてだけどね。これも試練なのかな」
「試練?」
 清闇が問う様に言うと、体を伸ばしアコルが応える。
「ネシュカーラは神官での、わしらは手伝う事しかできなさそうじゃよ」
「手伝う……自力で通り抜けないと、って事?」
「てェなると、俺たちが運ぶんじゃぁだめなのか」
「運ぶ? ……どうも、話が見えないな。君達は、何をしにここに来たんだ?」
「そりゃ助けに来たに決まってる」
 事も無げに言う清闇に対し、問いかけた彼女が驚いた様子でいるとアコルがのう、と声をかける。
「この雨の中なんとかここまで移動したようじゃが、お主、この先に進むべきかどうか迷っておったんじゃろう? わしらはお主らが進む手助けをすると言うておるんじゃよ。そんな難しく考えることでもあるまいて」
「……なぜ」
「困ってる奴を放っておくのは寝覚めが悪くて嫌だってェだけさ」
 無言だが、明らかに戸惑った様子の彼女を見て優は握ったままだった腕を軽く引き、彼女の視線を自分へと向けさせた。彼女達が通ってきた道を辿ってきた優は、一行がどれだけ疲弊しているのかを知っている。進むにしても戻るにしても、手の打ちようがないのは目に見えている。助けが来た事は嬉しいのだろうが、自分達を信じていいのかどうかも、迷っているんだろう。
――この人が、ロストナンバーをどう聞いているのかはわからない。でも――
「もしこの状況を救える人がいるのならば、それは貴方自身の決断です」
 優の力強い視線から逃れるように、彼女の瞳が僅かに揺れる。危険な現状から脱出したいが突然現れた優達を信じ、命を預けて良いかも決め兼ねている様子だ。彼女の迷いを、大きな決断にとても勇気がいる事を知ってる優は少しでも良い方に行く様にと必死に言葉を探す。
「俺たちなら安全な道を案内できるし、花を運ぶのも手伝います。時間は余りないけど、迷っているのなら、何か気になるのなら話し合いましょう。だから……」
「君達が、……君達が、一体どうやって私達を助けるつもりなのか、教えて貰えるか」
 優の言葉を遮りそう言い放った彼女はそれから返事をすると付け加えた。どこか不遜な態度をとる彼女は、そんな都合の良い話があるものか、と疑っている様だ。
「あァ、いいぜ。俺ァ清闇ってんだ。と、おまえさんがキキョウでいんだよな?」
「わしはアコルじゃ。見ての通りただの蛇龍じゃな」
 失礼な態度も言動も気にせず了承し、名を名乗った二人に呆気にとられた彼女は、兜越しでも解るきょとんとした顔を向けられ、優は僅かに微笑むと同じ様に名乗る。
「優です。まずは俺達ができる事から説明ですね」



二頭引きの荷馬車が三台、その両側には兜をつけた神官が馬に跨り、それぞれを囲うように並び走っている。
協力する際、キキョウは優達に条件を出した。〝 自分以外の人と関わら無い事〟これは優達が歓迎されていない事実を知る事でもあるが、今は彼女達を助ける事が先決だ。条件を満たす為、優は神官と同じローブを羽織り、大蛇程の大きさになったアコルをローブの下に隠し持つ。タイムを通し、道を案内をする優は先頭の荷馬車を操るキキョウの隣に座っている。アコルは精神攻撃を馬や人に施し、心に落ち着きを与えている。勿論、害はない。
 この場にいない清闇は先行して道を塞ぐ障害物を避けており、格段に走りやすくなった道を駆け抜けていく。隣からさっきはすまなかった、と声が聞こえ、優が考えていると、ローブの隙間からアコルがひょっこりと顔を出す。
「気にしとらんよ。それに、ウミヘビと勘違いすると言われてて、姿を現したのはわしじゃからの」
 霊と対話のできるアコルは彼女達を探す際、この世界にいる霊達に協力を求めた。その時、率先して手伝うと一際多く集まったのが神官達だった。彼らの中には生贄に選ばれた者達もいたが、彼らも、普通の人でさえも死して尚、ケイハと他者を心配し慈しむ純粋な者が多かった。無垢な子供の様な純粋さは時として無知にも繋がるが、アコルの目にはこの世界ががとても綺麗に映った。
 アコルの能力を知らない彼女は不思議な返答に肩をすくめるが、蛇がローブの中へ消えていくと穏やかな声で呟いた。
「本当に、不思議な人達だな」
「あの、良かったら少し聞きたいことがあるんですが、いいですか」
「あぁ、いいよ。とはいえ君達はこの国、ケイハをよく知っているようだけれども……」
「そうでもないですよ。例えばその兜。着けて無い人もいますよね?」
「これは海の生物と戦える神官だけがつけてるよ。神官にになれるのは神の力を授かった者だけだ。神の恩恵を受け、神の声を聞き、魔術が使える者は皆神官になる。しかし、皆が皆海の生物と戦えるわけではないからね。戦える者は、勝った証としてその生物の頭骨を兜にして着ける。それが、この兜だネシュカーラが神官だとは知っているようだが、神ネシュカについては知らない、のかな?」
「その、名前なら……聞いた事あるんですが」
「はは、そんな怖がらなくて良いよ。そうだね、世界は全て神が創り今も見守っている。神は鳥の姿をしていて、花や果実等を好むんだ」
「花……もしかして、今運んでいる花も?」
「前に、供物として捧げていた花だよ」
 僅かに声が低くなった気がし、優が言葉を続けられないでいると、ローブの下からアコルが顔を出してきた。
「鳥といえば、雨雲の上を海鳥が飛んでおったんじゃがの」
「それは神の御使いだよ。私達の願いや生活を見届けては神に伝え、神の声を届けてくれる鳥だ。……ん?」
 声に促され優が前方を見ると清闇が立っていた。大きく手を挙げ、止まるように促されると彼女は声を上げ一行を止め、清闇の元へと駆け寄った
「ここを境に地滑りが起きる。ここでやり過ごして、それから行く方がいい」
「もう少しで雨雲の下を抜けられそうなのに……」
 晴れ間が見え始めた空を見上げ、優は溜息を落とした。




 鍛え抜かれた身体の上を水滴が滑り落ちていく。大岩を前に一人佇む清闇の手には一振りの刀が握られている。刀を軽く振ると腕や身体についた水が飛び散り、大岩が幾つかの石板に姿を変えていた。清闇は手早く石板を道に並べると歩き出した。大きな障害物を避け、泥だらけの道を少しでも行きやすいようにと考えた結果、荷馬車が嵌りそうな場所を岩で塞いでいる。到底一人で持てる重さではない筈の障害物を軽々と持ち上げ、道を綺麗にしていると清闇は誰かに呼ばれた様に手を止め、何もない空間を見つめる。
 アコルが霊認識する様に、清闇は精霊を認識する。自然現象そのものともいえる精霊に好かれやすい清闇だが、今は普段と違い精霊は清闇に従順だ。いつもは眼帯に隠している金の瞳。眼帯を外すだけで瞳は彼の意思に関係なく、問答無用で精霊を従わせてしまう、魅縛の力を持つ瞳だ。両親より受け取ったこの瞳は気に入っているが、有無を言わさず使役する事を良しとしない清闇はいつも眼帯で塞いでいる。しかし、今回ばかりはその眼帯を外さねばならず、露わにしている。
 ロストレイルを下りて直ぐ、清闇は精霊の協力を得て雨を抑える為に一人雨の中を走り回った。ケイハの精霊は人懐っこく、元々好かれる清闇でも驚く程集まってきた。ケイハは精霊も生存しやすく、お互いに関われないながらも人と精霊がとても良い関係を築いているようだ。彼らなりにこの豪雨を止めようとしていたらしく、清闇が豪雨の緩和と土砂崩れ防止に地盤を強化して欲しいという呼び掛けにも快く承諾し、むしろ清闇に力を貸して欲しいとまで言いだした。彼らだけの力では時間が掛かかりすぎ、土砂崩れを止めるのは無理なのだろう。
 多くの精霊が集まり楽しそうな空気が広がる中、清闇が右目の眼帯を外す。騒々しかった気配はぴたりと止まり、周囲にいた精霊は清闇の願いを叶える為、方々へと散っていく。
 精霊は清闇が自分達を束縛する力を持っている事を知っている。眼帯をする事でその力を抑えようとも、そこにそれだけ強大な力が存在する事を、まして己の存在に関わる精霊に隠せる筈もない。清闇自身、彼らの意思を奪う様な事も好きではなくいつも眼帯を着けている。しかし、今回のように力を使う事で少しでも時間が短くなり、人の命を救えるのならば、清闇は眼帯を外し魅縛の力を使う。
 清闇は腕に温かさを感じ、空を見上げる。分厚かった雨雲は白さが増え、切れ間から差し込んだ太陽が丁度、清闇の腕に当たっていたようだ。清闇はロストレイルを下りてすぐに感じた、この世界の優しさと心地よさを思い出す。以前の報告にあった悲しい出来事と弟に聞いたケイハでの事、人と世界とがアンバランスながらも均衡を保とうとするこの世界は、こんなにも温かさで満ち溢れている。
 キキョウは誰ひとり欠かさず、全員で帰る事を模索していた。彼女の部下達も彼女と同じ気持ちだったからこそ、力を合わせあの悪路を通り抜けて来たはずだ。精霊も人を愛し、キキョウ達を助けたいと、ケイハの世界を救いたいと言った。
 彼らは生きようとしている。崩壊へ向かっているというこの世界で、力強く生きようとしている。
「生きてェ奴がいるなら生かそう。例え、世界が滅びを選んだとしても」
 抗えるのなら、その為になら自分の力を出し惜しみせず使い、手助けをする。清闇がそう強く思うと、頬を撫でるような優しい気配がした。清闇は険しい顔で後ろを振り返ると綺麗になった道を眺め、ゆっくりと山へ視線を動かす。
「場所がわかるなら、その手前でやりすごすか」
 言い終わると同時に地面を蹴り、走り出した。



 地崩れが起きそうだという清闇の言葉に従い、キキョウ達はその場で待機していた。大きな揺れの後、直ぐに移動できるようにと皆荷馬車や馬から降りていないのだが、優の乗っていた先頭の馬車にはキキョウとは別の神官が御車として乗っている。念の為、周囲を警戒する清闇達に「任せっぱなしでは試練にならない」と言いだした彼女は彼らと共に地面に立っている。
 小雨にまで落ち着いた雨の中、ずっっ、と重たい音が聞こえた瞬間、大きく揺れた。幾つもの馬の嘶きと、落ち着かせようとする声がする中で
「ほいほい、落ち着くんじゃよ、ほぉうら、いい子じゃ」
 アコルの冷静な声が響くと人も馬も瞬く間に落ち着きを取り戻す。その様子に人の方が一瞬、何が起きたのかを忘れ、戸惑いながら辺りを見渡してゆさゆさと揺れる木々を見てやっと、そうだ揺れたんだと、思い出す程だ。
「とまって……ますよね」
「キキョウ、一気に駆け抜けたほうがよさそうだ」
 揺れが収まった事を優が確認すると、清闇は真面目な口調で急いで先に行くよう、促した。頷きキキョウの声に従い皆が進みだす。気持ち足早に、しかし慌てない様にと、緊張した面持ちで馬を操る神官が進み、御者も手綱を大きく振る。が、荷馬車はがくん、と縦に振れるだけで進まない。馬が鼻を鳴らし前に進もうとするが、ずるずると足が滑るだけだ。その様子に清闇達が荷馬車の下を覗きこむと、清闇お手製の岩板が地面から浮いていた。
「今の地崩れで断層ができたみたいだな。岩板が邪魔になってらァ」
「仕方ない、人を下して馬車を持ち上げ……」
 ため息交じりに言う言葉は、目の前で荷馬車を持ち上げ、移動させる清闇の姿を見て、呑みこまれる。出来るとは聞いていたし、今まで通ってきた道もそうやって作られていると理解はしていたが、目の前で人や積荷が乗ったままの荷馬車を持ち上げられると、言葉を失う。
「君達ロストナンバーは、皆こうなのか?」
「いやいやいや! 俺にはできませんからね!? 人それぞれですが、清闇さんとアコルさんはちょっと桁が違うっていうか」
「わしゃただのじいちゃんじゃよ」
「俺も普通だぞ?」
 二人の返答に優とキキョウが視線を合わせ、困った様に笑う。
「あれ……? アコルさんどこに……。なんだ、これ」
「どうした、優?」
「いや、ローブの中にアコルさんいなくて……それに、なんか、山の間を黒い線の様な物が走って……」
 優の言葉にキキョウが山を振り返ると、息を飲み、叫ぶ。
「皆、進みなさい! 何があっても止まらずに! 早く! ……馬車を、頼みます!」
 キキョウが山側へと走り出すと、石や木々を巻き込んだ鉄砲水が山の上から迫って来るのが見え、優も駆けだした。森の側までたどり着いたキキョウの体が僅かに白く光り、輝く壁が現れると間一髪で激流を止める。が、勢いを増した水は連続して打たれ続ける大砲の様な威力があり、防壁にはぴしり、と亀裂が入る。大木が流れて来たら堪え切れるかどうかという壁にもう一つ、淡い光の壁が重なった。壁と同じ淡い光を纏った剣を構える優と眼を合わせ、僅かに笑いあうのを見た清闇は荷馬車を持ち上げ、前に進むよう、皆を鼓舞した。清闇の目は濁流の向こう、森の奥にいるアコルの姿が見えてる。元の大きさに戻した体を木に絡め、その巨体と倒れた木を利用して築いたバリケードは流れくる木々や大岩を塞き止めた。隙間を流れる水までは止められなかったが、アコルの機転がなければ皆が安全に移動できる時間はもっと短かっただろう。段差のない場所まで最後の荷馬車を送り、今もキキョウを心配する神官に声をかける。
「必ず助ける、行け」
 馬が駆け出したのを見届けた清闇は、深く足を曲げ、飛ぶように優達の元へと戻る。着地の瞬間ぱしゃりと水飛沫が上がり、その音に優がこちらを振り返る。清闇は優がコロッセオで鍛え、友人と技を考え、日々強くなろうと様々な努力をしているのを知っている。その証拠に武人として成長し続けた彼は今、清闇の行動を理解し防壁を消してその場にしゃがみ込んだ。しかし二人と違い、お互いをよく知らない彼女には清闇の考えが伝わるわけもなく、二人で支えあっていた水を一身に受けたキキョウの防壁は砕け散り、その体は勢いに押され後ろへ吹き飛ばされる。急な出来事に驚いた優は焦り彼女の姿を追うが、清闇の腕に抱きとめられているのを見てほっとした。同時に彼女の様子がどこかおかしく、首を傾げる。
 清闇とアコルがケタはずれだと言っているが、優は自分も変わってきている事に気が付いているのだろうか。優にとっても見慣れてしまった清闇の行動は本来、驚きに目を見張るものだ。後ろに飛んできた人を片手で支えるのは、荷馬車を持ち上げるのだからまぁ、納得できる。しかし、その状態で、二人掛かりで塞き止めていた濁流を剣一本で霧散させるなど、目の前に広がる光景だというのに理解するのに時間を要する。剣技と呼ぶのも生温い。これはもはや神技だ。
「優、皆はどうだ」
「大丈夫。雨雲の下は抜けて、後ろを気にしてるけど今も前に進んでる」
「おし、じゃぁもういいな。二人とも、口閉じてろよ」
 返答する間もなく、清闇は優も抱え飛び上がると同時にアコルも空へと飛び出した。濁流と轟音を背後に聞きながら空中で清闇がアコルの背に降り立つと、アコルは空へ空へと昇っていく。ごうごう、と息が詰まるような風が吹き抜け、止まる。
 おそるおそる目を開けた二人の前には、散り散りになった雨雲の切れ間から差し込む光に照らされた地平線が広がっていた。



 小高い丘の上から緩やかな下り坂を進むキキョウ達を見降ろしていると温かな風が吹き、優の持っている花が揺れた。花の香りが広がり、自然と彼らは花を見つめ彼女の言葉を思いだす。
 花を譲って欲しい事を伝えると、彼女は運んでいた花を譲ってくれた。小さな黄色い花を白く半透明のがくが包む姿が鳥の卵の様に見える事と、ネシュカが供物として求めた事もあって【神卵花】と呼ばれているらしい。
「花を求めていたのになんで生贄なんか……。なァ、キキョウ。ケイハで何が起きているのか教えてくれねェか」
「何が、と言われても原因はさっぱりだよ。正直、君達が来た事が原因だと思っていたくらいには」
「それは……」
「あぁ、すまない。君達のせいじゃない事くらい流石にわかるよ。神も王も、世界すら変わり始めているようだけど……その原因になるような事なんて見当もつかなくてね。せめて……神だけは元に戻って欲しくて、今まで捧げた事のある供物を捧げてる」
 肩をすくめて言うが、もう生贄を捧げたくないという意味にもとれた。
「手が必要なら呼んでくれ、いつでも駆けつける」
 清闇がそう言うと二人も頬笑み、力強く頷いた。三人の顔をしっかりと見直したキキョウは姿勢を正すとこう告げる。
「ネシュカに導かれし旅人よ。助けてくれて、ありがとう。君達の未来に良い風が吹く様に、祈っているよ」


 花を枯らしたくはない。
 しかし、花が根付き実を結ぶ事は崩壊を意味する。

 彼らの思いを余所に、花は風に揺れていた。

クリエイターコメントこんにちは、桐原です。
ご参加ありがとうございました。そしてお届けが遅くなりまして、申し訳ありません。


プレイングが救助優先でしたので犠牲者は一人もなく花も捨てず、キキョウたちは無事帰れました。ありがとうございます。


ケイハの世界についても書かせていただきましたし、キキョウはロストナンバーの見方が少し変わりました。


よろしければ、またケイハの世界にいらしてください。

改めて、ご参加ありがとうございました。
公開日時2011-10-02(日) 20:10

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル