マキシマム・トレインウォーを経て、0世界の景色は一変した。ターミナルからは見渡す限りの樹木、樹木、樹木、樹木……あとナラゴニア。 最後のはとりあえずおいておくとして、白黒の市松床が緑の絨毯に大変身したのだ。となれば当然。「気になるよな」 マフ・タークスは樹海を見下ろしながら呟いた。樹海自体の謎もさることながら、園芸師である彼にとってはその植生も大いに気になるところなのかもしれない。「気になりますね」 呟きに返事。やはり植物とは縁のある青燐がいつの間にかマフの隣で樹海を眺めていた。「……行くか?」「行きましょう」 何処へって? もちろん、樹海へ。 幸い図書館も樹海調査を推奨していることもあって、許可は割と簡単に下りた。色々あって現在図書館は大忙しのため、多少時間だけはかかったが。 メンバーは先の2人の他、「僕モ、気ニナルヨ。一緒ニ行ッテモイイ?」やはり樹海が気になっていて探索向けの能力を持つ幽太郎・AHI/MD-01Pと、「俺も行くッス。未知の材質とかあるッスかね?」メカニックな興味を隠さないゼノ・ソブレロと、「ふむ、ちょうどよい。私も同行しよう」長時間探索に向いているであろうバルタザール・クラウディオの3人が加わることになった。 そんなわけで。 5人はターミナルからナラゴニア方面へと樹海の中を進んでいった。とはいえ戦闘は出来る限り避ける方針なので直進というわけではなかったが。 幽太郎のセンサーや青燐が植物の声を聞くことで高い危機回避能力を発揮し、一見通れなさそうな道をマフが目ざとく見つけながら、それぞれの興味に従って樹海を調べていた、のだが。「おいおいおいおい」 マフは半ば呆れるように言葉を漏らした。というのもこの樹海、植生がめっちゃくちゃなのだ。 高山植物と熱帯植物が肩を並べ、満開の桜の隣で色付いた紅葉がはらはらと葉を落としている。土筆とススキが群生しているかと思えばドラグーンファイア(ヴォロスの唐辛子の一種)の蔓がキャンディフラワー(モフトピアの飴の花)に絡み付いていたり。 生息世界の違いはともかく、生息環境他の関係で本来ならあり得ないはずの光景がそこかしこで見られるのだ。一体どうなっているというだこの樹海は。「うーん、植物ばっかりッスね」 ゼノが呟いたとおり、植物がカオスに豊富な一方、それ以外の物は今のところ土以外ほとんど見当たらない。たまに他のロストナンバーやワームがいたり、先の戦争や樹海誕生後の戦闘による残骸と思われる破損部品や薬莢などが落ちていたりするくらいである。 しばらく進み、そろそろ1度目の野営場所を決めようかといったところで青燐は植物から変わった情報を聞かされた。「え? ……なるほど、円盤があるのですね」「どうかしたのかね?」 その様子に気付いたバルタザールが声を掛けた。ちなみに今回の探索、マフが見つけた道により密生地を進んでいるため周囲は薄暗く、彼の消耗は日なたのそれと比べて大分抑えられている。「不時着したナレンシフがあるらしいと、植物たちが」「ふむ」 となると、近くに旅団員もいるのだろうか? あるいは既に移動済みなのか。 安全確認も兼ねて、ひとまず幽太郎のセンサー範囲内に捕らえられるまで移動。すると。「アッタヨ、ナレンシフ。アト、野営中ノ人間ガ3人ニ鳴子ノトラップ」「警報機みたいな物ッスか」 ロープと鳴子を組み合わせ、音により何者かの接近を告げる古典的な罠だ。となるとナレンシフに乗っていた旅団員だろうか。「音は拾えるか」「ヤッテミルヨ」 果たして、野営中の3人の様子は――。「あうー、早く帰りたいよぉ」「そだね。水が植物とグリモア頼みだし、そろそろ身体かゆい」「仕方ないじゃない、ナレンシフもウッドパッドもうんともすんとも言わないし。それも壊れてるんでしょ?」「うん、呼べない変身できない、グリモアも飛行や転移系は全部ダメだよ」「不時着の衝撃で壊れたんじゃ仕方ない」「あうぅ」「この際何処の誰でも良いから拾ってくれないかしら? 私達2人はともかくこの子がね……」「ふえぇ……」「なにがなにやらさっぱりだし。旅団や図書館の人が来てくれたらその辺りも分かりそうだけど」「図書館やだ、皆殺しにされちゃうもん」「いや、結構話が分かるって噂」「問答無用で殺されたって聞いたもん」「あっちもいろんな人がいるでしょうからねぇ……」「やだやだー図書館怖いよー。うえぇーん」「よしよし、怖くない怖くない。お姉さんたちがいる」「まったく、何でこの子がリーダーなのかしら?」「一番強いから?」「カードリーダーが壊れていなければね」「うぅっ、ぐすっ」 ――どうやら不時着したあと、野営しながら助けを待っている状況らしい。しかし周辺の植物の密生具合から考えて、地上からも上空からも発見は難しそうである。今回気付いたのは方針と探索メンバーの掛け合わせによる偶然だろう。 ただ、一番強いらしい人物は図書館をひどく恐れているようだ。下手に接触を図れば攻撃される可能性もある。ならば確実に探索を続けられるよう迂回するのも選択肢といえる。 さて、どうしようか。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>マフ・タークス(ccmh5939)青燐(cbnt8921)幽太郎・AHI/MD-01P(ccrp7008)ゼノ・ソブレロ(cuvf2208)バルタザール・クラウディオ(cmhz3387)=========
「んー、出来れば保護したいですよね」 「……彼女達ガ救助サレル可能性ハ低イ……周辺ニハ、ワーム、モ居ル……。コノママ放ッテハ、オケナイヨ。僕ハ助ケタイ。……モチロン……皆ガ同意シテクレタラネ……」 偶然見つけた旅団員は、悪い人じゃ無さそうだし出来れば助けたいというのが青燐と幽太郎の意見だった。 「そっとしておきたいッスけど、そういうことなら手伝うッスよ」 「別に構わないのではないかね」 ゼノとバルタザールにも特に反対する理由はなかったのだが。 「あー……任せちまってもいいか?」 マフは少し逡巡してからそう言った。 彼としてはやっかい事を避けたいのや子供――特に騒がしい部類のは苦手というのもあるが、何より過去対立していた時期に明確に旅団員に手を掛けたという事情がある。相手が自分のことを知っていれば面倒事になりかねないと思うのも致し方ないだろう。 その辺りの事情を考えればやはり接触は避けた方がいいのかもという意見も出たが、最終的には幽太郎の「一緒ニ探索デキレバモット色々分カルヨネ」との言によりひとまず接触しようということになった。 さて。その接触だが、どうするのがいいだろうか。 マフはそちらには関わらないつもりなのだろう、相談を横目に近くの植物の調査に専念している。時折モフトピアのお菓子な植物などを毒味と称してつまんでは摘み取っている。多分サンプル用だ、決してお菓子が欲しいわけじゃ……ないとも言い切れない? 「一番弱ソウナ僕ナラ、彼女タチモ安心デキルヨネ」 「俺が適任ッスかね、自分で言うのもあれッスけど見た目は一番可愛いと思うッス」 ファーストコンタクトに名乗りを上げたのは幽太郎とゼノだ。相手への第一印象からいざというときの対応能力まで諸々合算すると一長一短な気もするが。 「ふむ、幽太郎君の方が面白そうではあるな」 「おいそこのオヤジ」 バルタザールに思わず突っ込むマフ。面白そうとはなんだとか色々つっこみたくはあったがそこまでは口にはしなかった。だって後が怖いし。 「見た目が可愛いのはこういう時には強みですねー」 青燐はそう返しながら、植物に彼女たちのこれまでの様子を聞いてみていた。どうやら小型のワームとは2~3回ほど接触したらしく、トラップは対ワームの側面も大きいらしい。 「幽太郎殿、他に罠がないか調査して……何故涙目なのですか」 「ウン、分カッタヨ……チョットネ」 いやまあ、バルタザールの面白そうの理由がメタルドラゴンの幽霊に怯える幼女の図だったからなのだが。光学迷彩で近づけばそう見られても仕方ないかもしれないが、本人にすればショックな話だ。というかさりげなくバルタザールの幽太郎への視線から何かが漏れだしているような……? それはともかく、幽太郎が前方への集中探査を掛けると出るわ出るわ。スネアトラップ(木の枝に逆さ吊りにされるアレ)から落とし穴からワイヤー発火式火薬から蔓製大型トラバサミにいが栗籠他エトセトラエトセトラ。 「接触よりまず接近が難しくないッスかこれ」 解除なりなんなりすればいいのかもしれないが、そこまでするのもどうだろうという気もする。 「と、いうよりも」 ゼノの言葉に頷きつつ、青燐はあえて鳴子に手を伸ばした。 「これを鳴らして来てもらった方が早いんじゃないでしょうかー」 少々悪戯っぽく言いながら振り返る。相手の出方次第だが、少なくとも襲撃とトラップの両方に気を配らずには済む。 「いきなり何か撃たれねェだろうな」 「その時はその時ですねー」 「私の使い魔と幽太郎君のセンサーがあればすぐに気付くだろう」 マフの懸念はバルタザールの使い魔や幽太郎のセンサー、あと周囲の植物たちの目もあれば簡単に察知できるはず。青燐は全員の同意を取り付けて、鳴子を鳴らしながらその先にいるはずの旅団員に呼びかけた。 「ごめんくださいー、どなたかいらっしゃいませんかー」 つっこみ所は多々あるような気もするが、ある意味極めて正攻法でもあった。 「ひゃう!?」 鳴子の音と呼び声に、剣士に泣きついていたカードマスターことモモはびくりとして顔を上げた。 「誰かしら? 助けが来たならありがたいけど」 「ちょっと見てくる」 製薬師エディの疑問に、剣士ロザリーはとりあえず様子を見に行くことにした。 「ロザリーおねぇちゃん……」 「んっ、大丈夫。一応周り気を付けて」 「うん、わかった。おねぇちゃんも気を付けてね」 モモから防御系のグリモアをかけてもらい、ロザリーは声のした方向へと向かった。 「ふむ、1人。様子見といった所か」 「残リノ2人ハ動カズ警戒シテイルミタイ」 慎重に近づいてくる剣士をバルタザールの使い魔の兵士達がこっそりと観察する。幽太郎のセンサーでも近づいてくるのは1人だけのようだ。 「剣士殿ですか。話をするにはちょうどいいですねー」 「ま、とりあえず俺は身を隠しておくぜ」 青燐はそれとなく不意打ちだけには警戒し、マフは草に身を潜めるわけでもなくその姿を透明化させた。ゼノはワイルドカードから降りて来訪者を待っていた。 やがて。 「んしょ、っと……エディ、仕掛けすぎ」 味方の罠に苦労しながら、剣士が青燐達の前に姿を現した。 「いるけど……誰?」 先の呼びかけに律儀に返答してから、剣士は相対した4人に当たり前の疑問を投げかけた。一見自然体のようで、剣はいつでも抜ける体勢だ。 「世界図書館の青燐と申しますー」 「ゼノ・ソブレロッス」 「私はバルタザール・クラウディオ。クランと呼びたまえ」 「僕ハ幽太郎・AHI/MD-01Pダヨ……」 「世界樹旅団のロザリー。図書館……」 図書館と聞き、にわかに身を固くする剣士。 「アノ……僕達、悪イ図書館ジャナイヨ……?」 「いい悪いと敵対するかどうかはまた別……でも、そういうつもりでもないか」 搭乗者の居ないパワードアーマーをみたロザリーは僅かに緊張を解いた。そして周囲を見回して。 「用件は……の前に、これで全員?」 それはバルタザールの使い魔の気配を感じたのか、あるいはマフの気配を感じ取ったのか。 「ゴーレムなら私の使い魔だ。あと1人居るが植物調査に専念している」 「そう」 彼女がそれ以上追求することはなかった。 状況を知らないらしい彼女に一行はマキシマムトレインウォーから今までの経緯を簡単に説明した。 「……世界樹が沈黙、集団単位での敵対状況は解消、樹海は調査中で野良ワームや過激派も潜んでいる、か」 「大体そんな感じですねー」 「世界樹が沈黙したならナレンシフやウッドパッドはその影響か……」 他にも難民パスなどの話もされ、ロザリーはおおよその状況を把握したようだ。 「オ姉サン達ノ事、助ケタイノ」 「ありがと、正直困ってたから助かる」 幽太郎の頭……には手が届かないので背中を撫でるロザリー。 「でも、エディと私はともかくモモがな……気にしすぎか」 「一緒に行くのが難しかったらビーコンあるッスよ」 ゼノは遭難者や迷子に会う可能性を考慮して、SOS信号を発信できるビーコンを幾つか用意してきていた。持続時間も長いので気付かれないという可能性は低そうだが。 「うん、それも助かるけど……気付くのどっちか分かんないから」 「あー、それもそうッスね」 SOSに気付くのが図書館側か旅団側か分からないという難点もある。旅団じゃないと困る場合にはちょっと使いにくいかもしれない。 「まあ必要そうなら貰うよ。とりあえず」 一通りの話を聞いたロザリーは、残り2人の所へ案内したいと言った。 他の面々が慎重にトラップを回避する中、バルタザールは姿を霧に変えて悠々と移動していた。 「私にはこういう特技もあってね」 「へぇ、便利」 もう1人、透明化したまま浮遊状態でこっそり付いてきていたマフは一時的に姿を現しロザリーに声を掛けた。 「少しいいか?」 「猫?」 「マフ・タークスだ。猫じゃなくて山猫な」 「わかった」 「それでなんだが……オレは前に旅団のヤツを殺している」 マフの告白に黙って先を促すロザリー。 「おまえは大丈夫そうだが、他の2人がわかんねェ。姿消しておいた方がいいか?」 「ん……私も言われるまで知らなかったし、多分2人も知らない。わざわざ言わなきゃ大丈夫」 「そうか」 一言に旅団といっても様々な集団や人が居るわけで。どうやら彼女たちはマフの事を知らないようだ。 「急に出てくるとモモ――恐がりのちっちゃい子ね。驚くから、姿は出しといて」 「わかった」 そのまま無言で2人並んで移動する。 「……憎んだりしねェのな」 「経緯、知らないし。事情知らないのにどうこう言うのは好きじゃない」 ロザリーがマフの言を聞いても特に敵意を向けたりしなかったのは、どうやらそういう事らしい。 「あっ、ロザリーおねぇちゃん……と、誰?」 「説明するから。あとエディ、ちょっと罠仕掛けすぎ」 残り2人への説明はとりあえずロザリーに任せて一行は周囲を見回した。野営の為のあれこれやナレンシフを除けばこの辺り一帯は密生林となっている。どうやらこの周囲一体はヴォロスの温暖地域の植生となっているようだ。ちなみにトラップ手前ではモフトピアと壱番世界の植生がまだら状に広がっていた。個体単位でバラバラに生えている事もあればある程度の広さで一定の植生が見られたり、はたまた複数が混在していたり。ここまで見た限り、特に法則性は見られない。まるで数多の世界の植生を大小様々なピースに分けてランダムにつなぎ合わせたパッチワークのようだ。 「しっかし不自然極まりねェな」 「ですねー」 まだここのようにある程度の広さで一定の植生が見られる場所ならともかく、場所によっては共生している方がおかしな組み合わせもあったりする。謎は深まるばかりだ。 「こうやってじっくり見るのは初めてッスね」 植物に目を向けるマフと青燐を横目に、ゼノはナレンシフに目を奪われていた。強奪した事はあるもののこうして何の不安もなくじっくり見るのは多分初めてだ。たまらないというかなんというか、こうマッドな精神をくすぐる何かが湧き上がって仕方ない。 「不時着時ノ軽イ損傷ノミ……ヤッパリ機能自体ガ停止シチャッタノカナ?」 幽太郎が見る限り、そこまで致命傷となりそうな外傷は見受けられない。ただ目立ったエネルギー反応も見られないため動く可能性はまず無さそうである。モノがモノだけに幽太郎でもよく分からない部分が多いが。 「特に変わった物は無し、か」 バルタザールは周辺を使い魔に調べさせていたが、特にこれといったものはなかった。 ロザリーの説明も終わり、残り2人も事態を把握したようだ。心配していたカードマスター、モモの暴走も無さそうである。それでもまだ緊張しているらしいモモに、マフは先程採ったキャンディフラワーを差し出した 「食うか?」 「うんっ。ありがとう、えーと……ねこあくまさん?」 ツノがあるから、だろうか。 改めてそれぞれ自己紹介して、せっかくなのでここで1度野営することにした。ちょうどモノは揃っているし、罠に囲まれているので飛行タイプのワームでも来ない限りここは安全地帯でもあった。このメンバーで外敵等に誰も気付かないという事はまず考えられない。 水は旅団3人組がどうにかするらしいので、青燐が植物たちに枯れ枝が無いか聞いて図書館メンバーは薪集めに勤しんだ。地面に落ちているのはもちろん、マフと青燐が居るのでまだ落ちていないけど弱っている枝も植物本人の望みを聞きながら落としていく。そんな作業をしていると。 カチャ……ガチャガチャ。 不意に鳴子の音が響いた。一同に緊張が走る。 「……何モ、イナイヨ?」 しかし幽太郎のレーダーに怪しい存在は引っかかっていない。青燐は何故か全く緊張していない。他の5人は慎重に周囲を見回している――5人? ガサガサ……ガサガサガサ。 「ひぃっ」 草むらが揺れる。背の高い草の影に見え隠れするシルエット。そして徐々に近づいてきたそれは草むらを抜け、現れたのは全長1m程の顔のないゴーレム。 「キャー……あれ?」 思わず悲鳴を上げるモモ、しかし他の面々は青燐と幽太郎以外皆脱力していた。 「すまんな、うっかりワイヤーに触れてしまったよ」 口元をにやりとさせながら、ゴーレムと共に現れたのはバルタザールだ。言うまでもなく、誰が見てもわざとである。 青燐は分かっていたけどあえて言わなかった。幽太郎は程なく気付いたけど何となく言い出せなかった。マフは呆れた。ゼノはほっとした。製薬師のエディは噴き出した。 「~~っ! もーっ、もーっ」 ロザリーの背中に隠れていたモモはバルタザールに駆け寄るとお子さま流ぽこぽこパンチを放った。端からはじゃれ合っているようにしか見えない。バルタザールは余裕の笑みである。ロザリーはちょっとばかりジト目でバルタザールに近寄った。 「すまないね、反応が面白いとつい弄りたくなってしまう性分なもので」 「程々で。キレると無差別だから」 ロザリーに聞かれないよう、小声でやりとりする2人。まあでも、緊張はかなりほぐれたようなので結果オーライだろうか。 野営用に持ち込んだ食材に周辺で採取した野菜や果物、ナレンシフに残っていた非常食も持ち寄って、皆で焚き火を囲んだ。 「肉みたいでうまいッス」 「ふむ、よく煮込まれているな」 ラタトゥイユや大空豆の樹脂蛋白香草包み焼きなど、思い思いの料理を口にしながら雑談にふける8人。終始友好的に接していたのが功を奏して、旅団の3人もすっかり打ち解けていた。 「ああ、それはですね」 「ほう、詳しいな」 「そういうのもあるのですねー」 マフと青燐は職業柄やはり植物には詳しいエディと植物、特に薬草談義に花を咲かている。ここに来るまで未知の植物も少なくない数目にしていたが、彼女はその大半をナラゴニアの植物資料集で見た事があるらしい。このあたりはやはり世界樹が関係しているのだろうか。 「おおー、すごーい」 「ワイルドカードッス」 「かっこいいっ」 ゼノは頃合いを見計らってワイルドカードを取りに戻っていた。それを目にしたモモは目を輝かせている。どうやらこっち方面もいけるクチらしい。 「ね、ね、どんな機体なの?」 「そうッスね、元は汎用の……」 嬉々として始まるマニアック談義。居合わせたバルタザールと幽太郎、ロザリーもそれとなく聞き耳を立てている。 「ふむ、これはこれで興味深いな」 「メカも色々」 「ソウイウノモアルンダ」 いい感じに話が進んだあたりで、ふとゼノが思い出したかのように他の面々に尋ねた。 「あ、そういえば。コレの改造に使えそうなモノとか無かったッスか?」 「ん……トラバサミに使ってた蔦とかは結構いけるかも?」 「さっき兵士に探索させた感じではめぼしい物はなかったな」 「砲弾の破片とかはあったよー」 「ソウイエバコノ辺ッテ機械兵ト戦ッタ場所カモ」 そんな感じで食も話も進み。お腹の膨れたモモがうとうとし始めたのでとりあえず一眠りする事になった。見張りは主に幽太郎が、その他青燐が何かあったら植物に起こして貰うように頼んだりもしたが、特にこれといった異変も起こることなく一同はゆっくりと休息を取る事が出来た。 「うーん、さすがにでかすぎるッスねぇ」 起床後。再び食事を取りエディが周辺の罠を片付け、他の面々は出立準備に取りかかっていた。ゼノはナレンシフを持ち帰れないかと考えたがちょっとモノが大きすぎた。 「場所ハ登録シテオイタカライツデモ来ラレルト思ウヨ」 「まあモノがモノですから図書館かナラゴニア預かりになるかもですけどねー」 そんなやりとりもある一方で。 「おじさんもカード使うんだー」 「タロットベース?」 「その通り。私もカードを嗜むのでね、機会があればリーダーの直った君と手合わせしてみたいものだ」 前日、水確保のためウォーターポールのグリモアカードを使用したモモに興味を持ったバルタザールは、今朝の水確保に聖杯の3の魔術を披露していた。湧き出ていた水は今はほとんど乾いている。 「えー、でもおじさん強そう」 「君の剣術も見てみたいがね」 「……機会があれば」 そうこう話しているうちにエディも罠を全て回収して戻ってくる。全員揃った事を確認して、一行は再び樹海探索へと歩き出した。 密生したヴォロス温暖植生地域を抜けると、図書館の面々には見慣れない植物のエリアに入った。 「なんだこれ、見慣れねぇ蕾だな」 マフは手近にあった妙に膨らんだ蕾に手を伸ばす。 「あっ、それ触ったら――」 「わぶっ! な、なんだァ!?」 蕾はマフが触れると花を開き、中にあった種を勢いよく飛ばしてきた。 「ファイアフラワー、衝撃で開花してその勢いで種を飛ばす植物よ」 「ああ、カタバミとか鉄砲瓜みたいなもんか」 まああっちは実になってからという違いはあるが。 「やっぱり種を撒けると喜ぶんですねぇ」 青燐はのんびりそんな事を言いながらも植物に直接色々聞いていく。この植物は乾季雨季のある草原地帯に多く自生しているそうだ。さすがにどの世界の植物かまでは分からなかったが。 「エディ、どこの世界か分かるか?」 「ごめんなさい、そこまではちょっと」 そんなやりとりをしながらもマフとエディは薬の材料になりそうな植物を中心に採取していく。青燐は他に変わったモノはないかも植物に聞いていたが、もぬけの殻のナレンシフや戦闘の痕跡っぽいモノくらいしかないようだ。 「起伏ハ少ナ目、植物以外ノ土着生体反応ナシ、土中ノ水分含有量ハ……」 幽太郎は自身の能力を最大限に生かしてマッピングしながら各種のデータを採取している。 「うーん、少しはあるかなと思ったんスけどねぇ」 ゼノはワイルドカードの金属センサーで鉱物類を探ってみているが、何処まで行っても土ばかりでそっち方面の収穫は望み薄のようだ。 「クランさん、そっちはどうッスか」 「めぼしい物は無さそうだな」 調査は使い魔に任せてちゃっかりワイルドカードのコンテナに乗っているバルタザールが答える。もちろん何もしてないわけではなく。 「おねぇちゃん、これなーに」 「えっと……なんだっけ、エディ」 「ゼリーツリーよ。土地の性質によって実が変わるの」 「ほう、おもしれェな。食えるのか?」 「土壌に毒性がなければ」 「コノアタリハ大丈夫ミタイダヨ」 「毒はないって言ってますよ」 そんな感じで程良く皆が集まった所でおもむろにゴーレムがツリーをシェイク。 「にゃわわわわわ、もーっ」 「ふむ、大漁だな」 使い魔達が籠でキャッチするものの、無差別に落ちるから全ては掬いきれず、というよりあえて皆の頭にヒットさせて。降ってくる実に軽くあわてふためく様を見る紳士のお楽しみタイムを兼ねていただろう事は容易に想像つくが、もちろん誰も突っ込まなかった。だって……ねぇ? ちなみにこの実は少し固いが甘くて美味しかったそうだ。マフは袋詰めにして腰にぶら下げていた。 「異世界に行かずとも植物採取できるってのは便利だよな」 「そうね、資料でしか見た事のない植物も沢山あるし」 専門家同士通ずる所があるのだろう、マフとエディはすっかり意気投合していた。世界樹が関係しているからか樹海での植物知識はエディの方が一歩上だか、奥へ分け入るための道をマフが次々と見つけるのでお互い頼りになる相手になっていた。 「お、これは珍しいな」 いつのまにか混合植生域に入っていたようで、マフの目の前には知らない植物と壱番世界東洋の植物が入り交じった光景が広がっている。そしてマフの目を引いたのは壱番世界でも珍しい竹の花。 「ん? でもそれにしちゃァえらく若ェな」 竹の花は開花周期が極めて長く、また花を咲かせた後の竹は枯れてしまう。なのに目の前の竹はそこまで年季の入ったようには見えない。別の世界の品種だろうか。 「んー? 隊長様の命令だーなんて言っていますねー」 青燐は竹のそんな声を聞いて地面をよくよく探してみると、1本だけ明らかに違う植物が。 「一定範囲内の植物に開花命令を出す植物らしいわ。名前は確か……コマンドフラワーだったかしら」 「へぇー、この子が隊長さんですかー」 しばし青燐が植物たちと談笑する中、ゼノは幽太郎とバルタザールと一緒に良質の竹材を選んで資材用に切り倒していた。マフ達の監修もあるので植生には大きく影響しないはずだ。 「遠クニワームガ居ルケド、コッチニハコナサソウカナ?」 「あの感じなら大丈夫だろう。近くに戦力のあるロストナンバー達も居るからおそらくそちらへ向かうだろうな」 幽太郎とゼノが機械的探査を、バルタザールが魔術的探査をし、青燐が現地植物を味方に付けているこのチームは相変わらずの高い危機察知能力で非常に安全に調査を進めていった。 「あ、たけのこー」 ちなみにモモとロザリーは次の野営用に山菜採りに勤しんでいた。 混成植生域を抜けると近未来的な植生のエリアに出た。カラフルポップな草木は華やかではあるが少々毒々しくも感じる。 「モフトピアのお菓子植物って訳でもねェだろうしなァ」 「派手なのには手を出さない方がいいわ。重金属吸着用とか猛毒だから」 どうやら科学技術の進んだ世界の植生らしい。一見怪しさ満載の区域だが、人工的に生み出された植物が多いらしく安全か危険かの判断は見た目で分かりやすくなっているようだ。 一行は食べられそうな植物のありそうな一帯へと近づいていったのだが。 「いたた、痛いッス」 「つぅっ、なんだァ?」 突如何かが弾丸のように飛んできてゼノとマフを攻撃した。断続的に飛んでくるそれは植物の種。まるで小さなスナイパー集団に狙撃されているようである。 「コレ……植物ガ撃ッテル?」 幽太郎のスポット探査に映し出されたのは銃のように筒状に発達した花が狙撃している光景。 「ああ、これはセントリープラントね」 本来は農園などに植えられ、害獣などを駆逐する植物らしい。人間には友好的なのだそうで、獣人である2人だけが狙われたそうだ。 「こんにちはー。あの2人は私達の仲間ですよー」 青燐の説得によりセントリープラントは攻撃を止めた。主人である栽培者がいない状況のため少々混乱していたらしい。青燐の説明により状況を理解したセントリープラントはワーム以外撃たないようにすると約束してくれた。 そのセントリープラントに周辺警戒の一角を任せ、一行は2回目の野営の準備に取りかかった。少し離れた場所に沢山落ちていた極彩色の油分豊富な落ち葉や枯れ枝は今後のために少し多めに確保して、植生調査も兼ねて周辺の可食植物を採取して、水の用意をしたのはバルタザールかモモか。 これまで2日、どうやら植物だけが再現されたのか動物や鉱物から水に至るまで植物以外にほぼ何も無いエリアばかりだった。植物自体はワーム等に傷つけられたものを除けば元気だったが、通常の自然環境でなら聞こえるはずの動物の生活音などが一切しない樹海は不気味な静けさをたたえている。 だからだろうか、2日目の野営は意識してか無意識にかとても賑やかなものになった。 「いっくよー、セット『エレメントスパーク』」 「ほう、では私は――」 バルタザールとモモによるカード魔法披露合戦は派手な盛り上がりを見せ。 「そういえばゼノ、おまえあのカードリーダーは直せねェのか?」 「うーん、修理は自信ないッス」 「あれ、どちらかというと機械というよりマジックアイテム」 「あ、じゃあ余計無理ッス」 観客席ではそんな話しもされていたり。 「ではこの子は今なんて言ったでしょうー?」 「「わかるかー!」」 青燐が聞いた植物の声を当てるゲームでは珍回答が続出し。 「ココココワイヨー」 突発の肝試し大会なんかも行われ。 「酩酊草はいいわねぇ、ジュースがお酒に早変わりぃ~」 「くっそ、誰だマタタビ仕込みやがったの……ふにゃぁ」 大いにはしゃいでいい具合に酔っぱらいが数名出来上がった所で一同は樹海で2度目の眠りについた。 ちなみにマタタビを仕込んだ犯人は想像にお任せする。多分想像通りと思われる。 その後数日かけて樹海を調べた結果、樹海の植生自体には法則がないものの世界樹の記憶由来の可能性が高いだろう事が判明した。旅団側で植物に詳しいエディは大体の植物を知っていたのだ。 一方、再現されたのはほぼ植物だけのようで、土中にある程度の水分や栄養素は含まれているものの動物や鉱物はほぼ見られなかった。せいぜい小石が時々転がっている程度である。そして水場や地下水源も存在しない。ただし植物自体は元気なもので、ワームなどの外的要因を考えなければ常識の範囲内で樹海に大きな変化が起きることはなさそうだ。 その他の異物に関しては、何らかの戦闘によるものと思われるが大半だった。残りはどこかの調査隊の野営の忘れ物か何かと思われる。ルートが外れていたのか他の調査隊に回収されたのか、世界計の部品は今回は見つからなかった。 またエリアが限られているとはいえ墜落したナレンシフの位置をマッピングしたのは大きく、後に情報を受け取ったナラゴニアでは救出者と照らし合わせて行方不明者の調査が行われたとか。 「そろそろ戻りましょうかー」 「そうだな……少し寄り道してもいいか?」 「構わないが、どうかしたのかね?」 ゼノのワイルドカードのトランクも一杯になったことだしと帰途につこうとしたところで、マフから寄り道の話が出された。 「いや、確か樹海に畑作ろうとしていたヤツが居たの思い出してな。せっかくだァそっちにも顔出してみるかってな」 「いいわね、どんな作物育てているか気になるわ」 「じゃあみんなで行くッスよ」 わいわいがやがやと、周りに気を配り気になるものは調べつつ畑へと向かう一行。図書館と旅団が仲良く一緒に行動するその様は0世界の良い変化を表してるのではないかなと、歩きながら誰かが思ったとか思わなかったとか。
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