大正浪漫ふうレトロモダンな、黒地に姫すみれ柄の浴衣に、藤いろの帯には花のかたちの可愛らしい飾り紐。長い黒髪はふうわり丸めてヤマトナデシコなサイドシニヨンにし、アクセントは硝子のかんざし。 どこからどう見ても、壱番世界の情緒あふれる夏祭りを全力で楽しむ気漫々ないでたちで、白雪姫はつっけんどんに片手を差し出す。「遠野行きのチケットちょうだい。ヘンリー&ロバート・リゾートカンパニーに、ツアー料金は払ってあるのよ」「どしたの白雪ちゃん。シオンくんが以前『浴衣ってさー。女の勝負服だよねー』とか言ってたけど、そゆこと? リア充的なアレ? うんうんわかったプライバシーだから深くは聞かないわ。楽しんできてね」 無名の司書は目を丸くしながらもチケットを発行する。「えーと、何枚?」「…………いちまい」 ぷいと目を逸らす白雪姫に、司書の額に縦線が走った。「ご、ごめん。お姉さんいけないこと聞いちゃったかしら。白雪ちゃんが遠野の夏祭りに行きたいのに誰からもお声がかからなくて、仕方ないからぼっち参加の悲壮な決意をしたなんて思わなくて!」「うるさいわね!」 チケットを引ったくる白雪姫に、無名の司書は「そうだ」と、ぽんと手を叩く。「ついさっき、異世界で保護されたばかりのツーリストがいるのよ。壱番世界ふうに言えば、妖怪の『アズキアライ』と『ザシキワラシ』なんだけれど、いいひとたちよ。でもちょっとシャイなのよねー」 図書館ホールの柱に向かって、司書は手招きをした。柱の影に隠れていた、大きな目の小柄な老人と、ふっさりと髪を切りそろえた童女が、おどおどと顔を覗かせる。「遠野……。夏祭り……。行ってみたい」「線香花火、したい。スイカも食べたい」「そういうことなんでご案内よろしく!」「よろしくって何よ。知らないわよ!」「だって白雪ちゃんぼっちじゃん。誰かと一緒のほうが楽しいでしょ?」「ぼ、ぼっちじゃないわよ。待ち合わせ……、そう、ここで待ち合わせしてるもの、もうすぐ連れが来るのよ。だからもう一枚、チケットを発行しなさいよね!」==!注意!==========以下のパーティシナリオは同じ時系列の出来事を扱っていますが、同一のキャラクターによる当該シナリオへの複数参加(抽選エントリー含む)を「大歓迎」いたします。・遠野ものがたりなお、このシナリオに関連づけての、上記にご参加のPCさんのプレイングは、可能な限り採用したいと思います。ただ、パーティシナリオのみにご参加の場合、NPC白雪姫へのプレイングは反映しかねる場合があるのでご注意くださいませ(パーティシナリオでは、単なる、レトロな浴衣を着た謎の女の子としての描写となります)。================
***救世主は69歳&結婚経験アリ 「おお、司書殿、チケットは余ってるでござるか?」 飄々とした、おおらかな声。 ダンプ・ヴィルニアがゆっくりと歩み寄る。 「少しばかり遅れてしまったでござるよ。まだ遠野行きのロストレイルは出てござらんな?」 (……ふぅむ。大方、相手が見つからないまま、危うく遠野に行きそびれるところのようでござるな) 老成した竜人は、その場の空気をばっちり読み切ると、司書に気づかれぬよう白雪姫に頷いてみせた。 一瞬だけ、ほっとした表情を見せた白雪は、すぐに、きっ、と虚勢を張る。 「お、遅かったじゃない! いつまで待たせるつもりよ! もうあんたの分も発行してもらったわよ、ほら!」 「いやいや、これはすまぬな」 ダンプは、突きつけられたチケットを鷹揚に受け取る。司書は何度も目をしばたたかせた。 「え? え? えええええ? 白雪ちゃんの待ち合わせ相手ってダンプさんなの? 渋いわねー。いつどこで知り合ったの? いったいどんな関係なの? お姉さんに教えてみそ?」 「プ、プライベートは追及しないんじゃなかったの!?」 「ダンプさんとなったら話は別です」 司書はおもむろに、【年齢別ターミナル竜人コレクション:50代〜60代編】と表記されたノートを取り出した。 「なかなかこのタイプのツーリストとお話する機会がないのよねー」 「まあまあ司書殿。それがしのことが知りたいのであれば、後日、改めて教えてしんぜようぞ」 にじり寄る司書を、竜人は余裕でかわした。 「そーお……? じゃあ、遠野から帰って来たら司書室に寄ってね?」 司書は残念そうにノートを引っ込めた。白雪は、アズキアライとザシキワラシに手招きをする。 「さ、行くわよ。そこの妖怪ぐずぐずしてると乗り遅れちゃうわ」 妖怪たちはおどおどと近づき、ふたりを見上げる。 ダンプはゆったりと聞いた。 「名前は何というのでござるか?」 「……ヤマダ」 「……サトウ」 アズキアライが「ヤマダ」、ザシキワラシが「サトウ」であるらしい。 「では、ヤマダ殿とサトウ殿と呼ぶでござるよ」 「ヤマさんとサトちゃんでいいわね? ということで、はい」 司書に向かって、白雪は片手を差し出した。 何を求められたのかわからぬ司書は、んんん? と首を傾げてから、 「チケットはもう渡したし……、わかった、出発前の握手ね。んもー、白雪ちゃんたら可愛いんだから。いってらっしゃーい」 と、その手を握り、ぶんぶん振り回す。 「ダンプさんも行ってらっしゃいませ。申し訳ないけど、引率よろしくね。……わー、鱗の感触がたまんなーい」 さらに、ダンプの手を掴んで撫でさすった。 「なに間の抜けたことしてんのよ! 違うわよ!」 「あり?」 「線香花火を渡しなさいよ。妖怪たちが現地でやりたがってるんでしょ? 当然、用意はしてるんでしょうね?」 「ごめんごめん」 慌てて司書は、立派な造りの桐箱を差し出した。 「はい、これ。こんなこともあろうかと取り寄せた『ひかりなでしこ』。赤松の松煙を調合した火薬! 熟練の職人が漉いた和紙! 草木から取った天然染料! 一本一本丹精込めて造られた極上の線香花火よ。最後の瞬間まで美しい火花が散ること請け合いよ!」 「……ふん」 白雪は桐箱入りの線香花火を引ったくるやいなや、HG創英角ポップ体999ポイントの巨大な「ツン!!」を浮かび上がらせ、すたすたとホームへ向かうのだった。 ** 「……して、手前、名は何と?」 改めて自己紹介を行ったのは、ロストレイルに乗り込み、四人掛けの席に落ち着いてからである。 「……白雪姫よ。あんたは?」 「ダンプ・ヴィルニアと申す」 「本当は、別に連れがいたんじゃないの? わ、悪かったわね」 「いや、拙者はひとりでのんびりと楽しむつもりでござった。まぁ、これも何かの縁、よろしく頼むでござるよ」 ***祭りの前に ダンプ一行が到着したとき、すでにカッパ淵のロストナンバーは保護されたあとだった。散策している旅人も、今はいない。 清々しい風と、ゆたかな水と緑のにおいに、妖怪たちは嬉しそうに深呼吸をした。 道中聞いたところによれば、彼らの出身世界は、超高度化された文明を誇り、人間たちは宇宙進出に余念がないらしい。妖怪たちは「絶滅危惧種」の珍しい存在として、ガラスの檻に入れられ、展示されていたのだそうだ。 故郷において、アズキアライは、このような清流を知らない。ザシキワラシは、ぬくもりのある古民家を知らない。 「アズキ、洗う」 ヤマさんがさっそく、水辺に中腰になり、アズキアライの本領を発揮しはじめた。 シャキッ、シャキッ、と、小豆を洗う音が、爽快に響き渡る。 「ここ、いきたい」 サトちゃんが、ヘンリー&ロバートリゾートカンパニーが用意したパンフレットを広げ、「南部曲り屋・千葉家」を指さした。 「それでは行ってみるでござるか」 ** 緑に囲まれた高台に、重厚な石垣が組まれている。 ひとと馬がひとつ屋根の下に暮らす構造の曲がり屋は、ひとが生活する「母屋」、馬が生活する「馬屋」が、Lの字状に繋がっている建物だ。 重要文化財に指定されている千葉家は、今から二百年ほど前に建てられたのだという。 往時は二十頭もの馬を所有していたということだが、現在の千葉家に馬はいない。 しかしその家では今も生活が営まれていると聞き、ザシキワラシは両手を合わせ、つぶやいた。 「しあわせ、きますように」 千葉家を見学したのち、とおの昔話村へ立ち寄っても、夏祭りが始まるまでにはまだ時間があった。 「して白雪殿。どこか行きたいところはあるでござるか?」 「あんたは?」 「拙者、のんびりと辺りを散策しようかと。こういう『和』の風景は大好きでござるからな」 「和、ね」 白雪も、自分の浴衣を見、かんざしに手を当てる。 「浴衣って初めて着たけど、……まあ、悪くはないわね」 「いやはや、それがしのこの服装も口調も、そういう和に憧れてでござるよ。もうかれこれ50年以上前からこの口調を……、老人の昔話は退屈かな?」 「別に? お年寄りの話は長いと相場が決まってる――らしいけど。わたし、おじいちゃんとかいないから、よくわからない」 ぷい、と、白雪はそっぽを向いた。 ダンプは気を悪くするでもなく、わがままな孫娘にでも付き合うかのように頷く。 「さて、気を取り直して。まぁ一通り、回るとするでござるよ」 「うん……、めがね橋とか?」 「めがね橋がライトアップされるのは夜だそうじゃから、それまでは他を見てみようぞ。なに、それがしはただの付き添え故、気にせず行きたいところに行くがよいでござる」 「じゃあ、その……、あのね」 もじもじと、白雪は、消え入らんばかりの声で言う。 縁結び祈願のため、卯子酉神社へ行きたいと。 ** 途中、知り合いを見つけたらしく、白雪が立ち止まる。 「あら?」 「どうしたでござるか?」 「うん、わたしが鉄仮面の亡霊にとらわれたとき、助けてくれた女の子が、好きなひとと来れなくてしょげてんの」 「励ましたいのでござるな」 「そ、そんなんじゃないわよ。め、目障りだからイヤミ言ってくる」 ** 卯子酉神社にて、願いごとを書くための赤い布を手に、しばし白雪は固まっていた。 「目星はおるのでござるか?」 「べ、別に? 青いトリのこととか白いトリのことなんて、どうだっていいんだからね!」 「まぁ、神頼みも良いが、最終的には己の心が大事でござるよ」 いろいろ察したダンプは、しずかに目を細める。 「ダンプは、願いごとしなくていいの?」 「妻がいたのでな」 「ふうん。奥さんは故郷に残してきたのね」 「いや、妻はもう生きておらぬ。それがしが吸血して殺したゆえに」 さらりと風が吹き、境内の木々が葉を揺らす。 「……、ふうん」 「驚かぬのだな」 「わたしも、実の母親を殺してきたもの」 「理由があったのでござろう?」 「殺されそうになったから、返り討ち。理由になるんだか、どうなんだか」 「それがしはいつか、妻の墓の前で死にたいと思っている」 「ふうん。わたしは、もう故郷には帰らないわ。母親の墓参りなんてしない」 ばさり、と、鳥の羽音が聞こえた。見ればシラサギが二羽、連れ立って滑空している。 白雪ははっとなったが、それは知り合いのギャルソンではなく、この世界の鳥だった。 「壱番世界のシラサギのつがいは、一生添い遂げると聞いたことがあるでござる」 白雪はため息をつき、赤い布を持つ手を下す。 「――何か、話したいことがあれば聞くでござるよ?」 「誰にも、内緒よ?」 「うむ」 わたしはいつか、鳥たちの世界に行くの。 たとえ彼らに拒まれても、あの世界に住みたいの。 もしもあの世界が、わたしを受け入れてくれるなら、だけど。 「左様でござるか」 ダンプは、それだけを言った。 吐き出してすっきりしたらしく、白雪は赤い布にみっちりと願いごとを書き連ね、木に結んだ。 加えて、布をぴしっと指さす。 「ふ、ふふふっ、とりあえず、ヴァイエン候夫人の座がガラ空きなのと、候の養子が彼女ナシ歴19年なのは確認してんのよ! まとめてかかってらっしゃい、ロストナンバーも現地の鳥娘も!」 「これ、そんなに大声で言っては秘密も何もないでござる」 なんかもう、再帰属完了後の宣戦布告を始めちゃった白雪であるが、ダンプは微笑ましげに頷いた。 ***夏の鎮魂 とっぷりと日は暮れ、蛍が飛び交い始めた。 夏祭りの屋台で念願のスイカを食べたヤマさんとサトちゃんは、もうすっかり遠野の風景に溶け込んでいる。 会場付近にはやぐらが設けられ、盆踊り大会も開催されているようだ。すでに、見覚えのあるロストナンバーたちが踊りの輪に加わっている。 参加すればよいでござる、と、ダンプが言うまえに、妖怪たちはその中に加わり、踊り始めていた。……まったく違和感のない光景である。 むしろ、白雪のほうがためらっていた。こういった、大勢のひとびとが集うにぎやかな場には馴染みがないのだ。 おろおろと心細げにしている手を掴み、ダンプは、ともに輪に分け入る。 「一緒に踊るでござるよ」 「でも」 「ほれ、恥ずかしがらずに。皆も踊っているでござるし、な」 ** ひとしきり踊り、白雪は上気した頬を押さえる。 「楽しかったでござろう?」 「ま、まあね。……そうだ、線香花火しなくちゃ」 照れ隠しのように桐箱の蓋を開け、ダンプと妖怪たちに、一本ずつ渡す。 線香花火のひかりは、起承転結にたとえられる。 最初に小さな炎が出て、次に、赤い火玉が形成され、そして大きく火花が舞い散る。 最後には、はなかい光の矢がふっと落ちていく。 「花火というのは、鎮魂の意味があるそうでござるな。壱番世界やインヤンガイでのことでござるが」 「それって打ち上げ花火のことじゃないの?」 「そうであったかのう」 「……、あのね、ダンプ」 光の矢が落ちた瞬間、ごくごく小さな声で、白雪は何ごとかを言った。 そのときの彼女の心情を、ダンプ以外に知るものはない。 ――Fin.
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