―AMATERASUは消滅する― スーパーコンピュータSAIによって支配されているAMATERASUが消滅の危機に晒されていることが、先だって確保されたカミアによって発覚した。 不在化現象。 それは世界からも記憶からも全てが消え去ってしまう、原因が今も尚判明していない事象に見舞われたからだ。 記憶からも失われてしまう事柄を、SAIを開発した始まりの12人が割り出しに成功した。 この世界で【運命の日】と呼ばれているその日まで、超高度都市管理設備であっただけのSAIが、いまやナギ様ナミ様と崇められているのもその日からだ。 SAIが人々をコントロールしたのも、不在化現象を知った人が出たときのパニックを抑えるものだった。 その現象を知りつつ、避けられない運命であるのならば現象を受け入れSAIからの支配から逃れて滅びていくのが人間の在り方だとレジスタンス総帥カグヤは主張する。 だが捕獲されたカミアによって、僅かながら消滅を免れる可能性が浮上する。 始まりの12人は、運命の日を境に全員姿を消した。それは、不在化現象を突き止めたが状況を打破する方法は結局見つけられないものの自らを人柱として事態を瀬戸際で食い止める方法を見つけたからだという。 だが当然それも永遠とはいかない。12人の命が尽きると同じくして不在化現象を食い止める力も失われる。そのことに気づいていた12人は、新たな人柱を人に求めるのではなくバイオロイドで代用出来ないかと考え、その実行をカミアに託した。カミアは計画実行のため、定期的にバイオロイドに自分を襲わせるようSAIにプログラミングを施し、性能の向上を確かめていたのだ。 カミアは、いないはずの“外国人”がいるというこのあり得ない状況に、滅びないという可能性もあると確信し、バイオロイドによる人柱計画を更に前進させようとしていた。だが、運命に抗おうと模索するカミアに対し、運命を受け入れようとするカグヤと彼女が率いるレジスタンスは―― ※ 「公表に賛成だ」 “外国人”はカグヤに同意する。 広く情報が開示されるということで世界を救おうと立ち上がる者達も居るであろうし、消滅の危機を放置しておくということも出来ない。 世界消滅の危機はあながち他人事でもないのだから。 世界図書館での意見を募った結果――とは言えないので、仲間内で話し合った結果と伝えてある。嘘ではない。 カグヤは強張らせていた表情を少しだけ緩めて、ロストナンバーに深く頭を下げた。****** わあああああ、という、鬨の声かと錯覚するような熱気をはらんだ声がこだまする。 カミアはまだカグヤの元に居た。宛がわれた部屋の扉を開けると、熱狂の残滓を感じることが出来るが、SAIから敵襲があったわけでも無さそうなのだが人の気配は殆どない。 「あっ、こんなところに居たんですか!?」 冴えない青年―須柄弥太がカミアに驚く。 「何があった? 一気に静かになったようだが」 「聞いてなかったんですか? もー、連絡したじゃないですか、とうとうカグヤ様が不在化現象のことについてレジスタンス一同に話すって」 「知らないな」 涼しい顔のカミアに須柄は舌打ちせんばかりの顰め面で返す。 「まあ結果はレジスタンスで先に大暴動ですよ。……解らんでもないですけどね、いきなり訳の解らない方法で死ぬけど受け入れろとか、怖すぎでしょ。しかも抵抗する手段すらないんだから、希望がないんですよね」 「バイオロイドのことは話さなかったのか」 「してませんね。確実に成功するわけでもないから、下手に希望を持たせたくなかったんでしょ。カグヤ様なりに気を使ってるんでしょうけど、あの人の気の遣い方ってどっかズレてるんですよね」 「それで、当の本人は?」 「医務室ですよ、皆がここを飛び出していくときに怪我しまして。外国人の方が助けてくれなかったらもっと酷かったかもしれません。あと、まあ……ちょっと、茫然自失っていうか、そんな状態でして」 信じていたのだろう、縛られた生よりも自由な滅びを選ぶと。 不在化現象のことは知らされていなかった頃から、SAIの支配に否定的な者が集っていたのだから、カグヤが信じ込んでいたのも無理はないのかもしれない。 「彼らはどこへ?」 「よくは聞えなかったんですけど、管理都市TOKYOに行くとか何とか。目的はSAIでしょうね、ぶっ壊すとか言ってましたから」 「それは困る」 相変わらず古びている眼鏡のブリッジを押し上げて、カミアが須柄をねめつける。 カミアはまだバイオロイド計画を諦めては居ない。万が一にもSAIが破壊されてしまってはバイオロイドの技術が失われ、今現在たった一つの希望すら断たれてしまう。 それに、桜塚のことがある。 現時点で彼がどう転ぶのか解らない。 「僕もTOKYOに行こう」 「なにするんですか」 「桜塚を説得する。それから、こうなった以上はSAIから人々を解放するしかあるまい」 このまま放置すればレジスタンスによりTOKYOの住人は齟齬を拡大させ、精神を壊しかねない。 「SAIを破壊せずシステムをダウンさせる。ただ、そのためには、暫くの間、レジスタンスを止めておいてもらう必要があるが?」 「レジスタンスの方は僕も頑張りますよ。外国人の方も協力してくれるようだし、何よりアンタになんでもやらせるってのも、なんか腹立つし」 「何故そう思われるのかが理解出来ない」 「永遠に理解できなくていいです」 興味が無さそうで、しかし全く理解できないともとれる表情のカミアを置き去りにして、須柄はさっさとその場を後にした。その後姿を見送ったあと、カミアも歩き出した。 ※ 管理都市TOKYOの中央に位置する管理棟、地上5階地下5階の吹き抜けに巨大な柱のように聳え立つスーパーコンピューター――ナギの前で、いつもそこに控えるように佇んでいるバイオロイドを追い出し、桜塚悠司はその前に立った。 「知っとったはずやねんけどなぁ……」 伏せられた目蓋の奥から放たれる痛々しい空気からもその肩に背負われたおどろ雲からも想像出来ないほど、それは明るい声による呟きだった。 SAIのインターフェイスであるバイオロイドがいつも手を翳しているオペレーションボードをそっとなぞる。バイオロイドではない彼の指先にSAIが反応することはない。 無言のSAIに悠司は口の端をあげ笑顔を作って顔をあげた。 「この世界のことも……お前らのことも……」 ナギは何も答えない。 ナギは何も語らない。 それでも悠司はここへ訪れた時とは比べ物にならないほどスッキリした顔で言った。 「わかっとるよ。俺がやるべきことくらい」 ※ 管理都市TOKYOーー 巨大な壁で囲まれたそれは、まるで刑務所か牢獄だ。それとも、この荒れ果てた大地から何かを守っているとでもいうのか。 壁の中に入るには東西南北にそれぞれある四つのゲートしかなく、ゲートをくぐるには脳に埋め込まれたチップが必要だが、レジスタンスらは、それを自ら放棄しているがゆえに入ることが許されない。いつもならシステムを欺瞞し侵入を試みるところだが、今はそのための準備をしていなかった。 西側ゲートの前で、開けろ、SAIに引き合わせろ、と外壁のすぐそばからレジスタンスが、中に居るバイオロイド・サイバノイドに向かって叫び続けるが、彼らは不気味なほど沈黙を保っている。 外国人――ロストナンバー達が駆けつけるも、人数の差は歴然、レジスタンス達は激昂していて話にならない。 ―俺達にただ死を待てというのか! ―打開策もないのに! ―SAIを破壊すればいいんだ! ―そうだ、そうすれば何とかなるはずだ! レジスタンスが主張することももっとももではあるが、だからといって今何の策も立てずに乗り込むことに価値があるわけでもない、とロストナンバーが止める。 その様子を南側ゲートからマスタIDによってSAIに乗り込んだカミアは外壁に取り付けられている監視カメラで把握していた。 本来ならば監視役として常駐しているバイオロイドの姿が見当たらないことに不信感を覚える。 ―桜塚、か? 思い当たる人物は一人しか居ない。彼がどういうスタンスでいるか判らないのは正直なところ痛い。味方、というほどではなくてもSAI守備側についてくれればかなり頼もしいのだが。 「よ」 誰も居ないと判断したはずなのに、かるい調子でカミアに声をかけてくる人物がいた。 「そろそろくる頃やと思った」 桜塚悠司。カミアがくることを予測してバイオロイドを遠ざけていたのだろう。 「精神感応出来る君に説明は不要だと思っている」 「……」 「僕は2人を助けられる可能性についても考えているんだ」 「……希望的観測やな」 「あり得ないことがこう何度も起きれば、奇跡を信じてみたくなるものだ」 「そんなに起きとったっけ?」 「そもそも、あり得ないことなどあり得ない。だから、君はゲートの前のレジスタンスに対して、バイオロイドに手を出させないようにしたのではないか?」 「……ちっ」 「奇跡の価値は人が起こしてこそ。もう一足掻きしてみないか」 「……」 返答は無かったが、カミアはそれを賛同と受け取る。 無人SAIシステムに接触して都市管理機能とサイバノイド・バイオロイドの管理機能の一部をダウンさせる。 監視カメラ機能はちゃんと生きているので、通話機能をオンにして外壁に居るロストナンバー達に話しかけた。 ※ 外壁に居るレジスタンスはロストナンバーに感情をぶつけるが一向に引かない彼らと対峙していた為か、少しずつ熱を下げて冷静さを取り戻していた。 重低音が辺りに響く。ゆっくりと外壁を覆っていた扉が開いてTOKYOの住人であるサイバノイドがロストナンバー達を凝視している。 『聞えるか』 「カミアか?」 『システムの一部はダウンさせた。これから管理システムをダウンさせるから、そちらは抑えておいて欲しい』 そのおかげで隔壁が開いたらしい。 その時。 「……おい、これ、なんだ? これもカミアの仕業か?」 レジスタンスの一人が気付く。 視線の先には大型のタブレットが備わっている。日頃はTOKYO内でのニュースや天気、時刻表や施設の情報などが自由に切り替えて見られるものであり、ロストナンバーは知らなかったが、全国ネットであり、SAIから発信されているものである。 そこには、不在化現象に関する事柄が羅列されていた。 ロストナンバーとレジスタンスは不在化現象を知っている。だが都市内にいる住民達は知らない。 あちこちに設置されているタブレットを住人達が囲んでいる。 明らかに動揺している空気が伝わってくる。 「おいカミア、なに流してるんだよ!?」 『僕じゃあない』 「じゃあ誰が……?」 追求している場合ではないのかもしれないが、援護なのか背後から撃たれたのかよく判らない状況な為か、つい詰問口調になってしまう。 『カグヤかもしれない』 カグヤは、桜塚とレジスタンスの正面衝突を回避するため、ネットワークにハッキングを仕掛けたのだろう。通常なら成功しないところだが、折しもカミアが順次ダウンしているところだったのでうまくいってしまったといったところか。真実を開示することによりTOKYOの住人らを煽って、住人を盾に桜塚の動きを封じようとした――のかもしれない。 桜塚とレジスタンスが戦ったら、レジスタンス側が全滅する可能性が高いので、この方法を取ったのだろう。 カミアが説得(というほどではないかもしれないが)したため、桜塚は敵対はすることはない。 カグヤの目論見としては取り敢えずTOKYOの住人に暴動を起こさせ、桜塚を治安維持に駆り出させることだったのだろうが、結果として他の管理都市にも広まってしまった可能性がある。 システムダウンにより催眠状態から目覚めた住人達のざわめきは収まらずに、むしろどんどん不安が波打つように広がっていく。 これにはレジスタンスも冷静さを多少取り戻したようで、事態の収拾に乗り出そうとはする。のだが。 「ナギ様だ」 「そうだ、ナギ様とナミ様なら何とかして下さる」 誰かが言い出し、それはあっという間に広がっていき、先ほどのレジスタンスのように鬨の声を上げてある方向へと大挙する。 「SAIがあるのは向こうなのか……?」 住人の波にもまれながら行く先を見ると、一際高く塔の様に聳え立つ建築物が視界を占める。 熱気に当てられたのか、SAIに行く前に防御施設でもあってそれを破るためなのか、武器を手にしている。 着のみ着のまま突入しようと試みている者たちも数多くいるが、大半は「世界が消えるのはSAIのせい」といきり立ち、防衛システムを破るために武器や、それに準ずる物を手にしていたのだ。 「おい、まずいぞ、これ」 「カミア、なんとかしてくれよ! SAIのところに居るんだろ?」 『別の管理都市にも不在化現象のことが広まってる。そっちは君達が何とかしてくれ、僕は他都市の方を抑えなくちゃならない』 つかえねぇ、と誰かがこっそり思ったのはナイショにしておこう。 レジスタンスはロストナンバーと気まずそうに目を合わせて、かるく頭を下げる。 暴動鎮圧の共同戦線が無言で組まれた
AMATERASUは壱番世界によく似ている。 何度も訪れたこともあり、壱番世界の地理事情も通じていることもあってか、川原撫子はSAIに行くとだけ言い残して、疾風の如く駆けて行った。 レジスタンスから聞いたSAIは現在地の広大な庭園から見えるツインタワーを越えてモノリスも越え、SHINJUKU・YOTSUYAを越えた先にある。 広大な土地とそれを覆う巨壁に守られたSAIに突入するのは、本来であれば容易なはずは無い。が、この混乱とカミアが一部システムダウンした恩恵で撫子ほどのスキルがあれば、敷地内に入り込むのは困難ではないだろう。 「それにしても」 「どうした」 「撫子さん、凄いですよね。ここからこう……じゃなくて、SAIの場所って壱番世界と同じなら、6キロくらいありますよ。走っていったらかなりキツいんじゃ」 「そうかあ? ちょいとしたジョギングにもなりゃしねェだろ」 「6キロ、よく判らない。けど、ルン、走れる」 けろりとした清闇と胸を張るルンに、洋はちょっと落ち込んだのはここだけの話し。 ※ トレイルランニングに比べたら、街中で人ごみを掻き分けて進むことのなんと楽なことだろう。 ましてや今は使命がある。 混乱している、とはまさしくこのことかといわんばかりのさまだ。 撫子は度々SHINJUKUの街を彷徨う人々に呼び止められ、事情を尋ねられた。が、全てを話すには長い前提があるしましてや時間が無い。それに話したとしていの状態の住人に聞き入れられる可能性は高くはない。 ――災害用放送設備みたいなの使えればいいんだけどな。 胸に抱える思いはひとまず置いておいて、冷静に対処すべきことの過程を計画する。 設備を使って事情を話すのが効率が良さそうだ。 直接顔を合わせて話をしたい撫子としては少し不本意だが、より大勢に訴えたいことがあるから、そのあたりは妥協しなければならない。意地を張るべきところは張り、引っ込められる部分は引っ込める。 聞いてもらえなくても、聞えなくても、伝えなければならない。 ※ 「道、塞ぐ」 きょろきょろとあたりを見渡しながら、ルンが提案し、清闇も同意する。 「だな。数は向こうの方が圧倒的だし、一人ひとり説得してる時間もねェ。食い止めるのが一番簡単で危なくねェな」 「地図借りてきましたよ」 近くにいた、いまだ混乱しているレジスタンスにSHINJUKU周辺の地図を用意させた洋が二人に駆け寄る。 「道のりはほぼ一直線ですね。やっぱり、壱番世界とそんなに変わらないみたい。食い止めるなら……そうですね、この御苑あたりが広くていいんじゃないでしょうか。4号線が御苑はずれを走っています。SAIへの道途中だから食い止めるには丁度いいかと」 ちょうどSHINJUKU・YOTSUYAの合間にある広々とした土地は、かつて国民公園としてAMATERASU住民全てが自由に入ることが出来た場所らしい。らしい、というのはレジスタンスから仕入れた情報であり、その彼も自由だった頃の記憶が曖昧になっている。 「お前さんは俺の背中にでも乗ってくかい?」 ルンの様に人類を超越した運動能力がありそうには見えない、金町洋に、清闇が声をかける。 「えっと……とーっても魅力的なお話しなんですけど……あたしはカグヤのところに行こうかと思ってまして」 (↑メモ:おんぶだと思っている。龍になった姿を見たら乗っておけばよかったとちょっと後悔する) 「あそこにいる彼に連れて行ってもらおうかと。 この辺人居ないですから危なくは無いと思います」 「適材適所ってヤツか? 気ィつけるんだぞ。悪気はねェだろうが、今のここの住人は気が立っちまってるからな」 「だといいんですけど。 お気遣いありがとです。清闇さんとルンさんも気をつけて」 この二人に限って滅多な事にはなりはしないだろうが、清闇の言うとおり、通常ではないのだから。 「洋、行かない? 大丈夫か?」 「カグヤのところ行ってきます。案内も居るから大丈夫ですよ。そちらも気をつけて」 言いながら、洋が先ほど地図を徴発……もとい、貸してもらったレジスタンスの背中を押しながらコミューンの入り口へと向かわせる。 ルンと清闇は彼女から地図を受け取っていたのだが。 「ギョエン、どこだ。ルン、知らない」 「俺も外国の地図の見方なんて知らねェなあ。 はっはっはっ、洋に聞いときゃあ良かったな!」 ※ 「うぅん……なんか心配だなあ、あの二人」 洋の予感は当たっているが、確認しに行く時間が惜しい。レジスタンスの青年はセントラルパークの管理事務所から地下へと潜って行く。 なんでも、大昔の戦争時に作られた地下シェルターがあり、そこをコミューンの拠点に使っているのだという。 それらはAMATERASU中に点在している。洋は知らないが、かつてロストナンバーがFUJIコミューンに訪れたことがあり、元々は地下道だったところを当時の政府が改築し、シェルターとして活用していたものを転用したところだった。 「あなたはどうしてカグヤ様にお会いになろうと?」 「うーん、特別なことを話したいわけではないんですけどね」 まだどこかビクビクとしている青年が、やはりビクビクしながら洋に尋ねる。 あたしってそんなに怖いか? ちょっと傷つくんだけど? カチンとくるものがありつつも、表立っては穏やかにする程度には、洋は大人です。そんな主張。 「カグヤさん落ち込んでるみたいですけど、彼女はレジスタンスのリーダーで、それは今も変わってないですよね?」 「ええ、まあ……。 数年前に彼女がレジスタンスを立ち上げたとき、そりゃあ健気なモンでしたよ。年端の行かない女の子があのSAIに立ち向かおうってやったんですから」 若く、(恐らく)愛らしい少女が勇敢にも強大な敵に立ち向かう。同じ思想の者は大抵同調し手を取り合い立ち上がるだろう。 その後もカグヤは特に失策も無く、それなりのカリスマでレジスタンスをまとめ、広げていった。 けれど、最後の最後で大きなミスを犯した。 いや、ミスといえるものではないかもしれない。 最初からすれあっていなかったのだろう。 解放されたいと運動している者がゆるやかだろうがなんだろうが、消滅を望むべくもない。 当初からそれを掲げていれば、今回のような事態は多少なりとも抑えられたかもしれない。 全てが“かもしれない”なわけだが、言ってもはじまらない。 「正直どうしたらいいのか、どうしたいのか、判んないんですよね。死にたかないですよ? でも、この不安定な気持ちをぶつけたから助かるかって言ったら違うでしょ。だけどじっとしていられない気持ちも、なんか判る気がするし」 指紋認証と英数字のパスワードを慣れた手つきで解除していく。 「カグヤさんを信じてないんですか?」 「それとも違います。あの人はあの人なりによかれと思ってやってたわけだし、SAIとの関係性だって、まあ、最初から言っていたら不信がられてレジスタンスに入らなかった可能性だってあるじゃないですか」 そもそもレジスタンスへ参入した者達はSAIの支配に対する反抗であるわけだから、実はSAIがあえて作った組織です、などと掲げていては誰一人として参加しないだろう。話して欲しかった、という気持ちはあるかもしれないが、それは感情的結果論であって、では自分がカグヤの立場であれば話せたかとなると、答えはNOだ。ましてこの世界で、SAIにもレジスタンスにも頼らずに生きていくことは至難の技だろう。 「怖いし、辛いですよね」 「え?」 「自分達が支配される側だと知って、世界の危機が目の前にあるって。 ……あたしはあくまで“外国人”ですから。この国の行く末に対して何を成すべきかを決めるべきは貴方達この国の人達です」 カツンカツンと硬質な音が当りに響く。 「あたしには……あたし達には、少し、わかります。状況は違いますけど、似たような境遇なもので」 迫る脅威に晒されているロストナンバーと壱番世界。AMATERASUが迎えている消滅の危機をまるきり他人事といえるほど、洋は薄情ではない。 情報公開の仕方を少しばかり間違えたのではないか、と素直な感想としてはそれに尽きる。 ある日突然、「このままだと世界は消滅するよ、むしろ今まさに消滅している途中で誰にも気付かれずに痕跡も残さず記憶にも残らず消滅するけど、それを受け入れて消滅しようね」と言われたら冷静を保てるものの方が貴重ではないだろうか。 「カミアさんと連絡取れませんかね、多分SAIに居るみたいなんですけど」 「どうですかね。俺らみたいな一般人はSAIにアクセスなんて出来ないですし、そもそもSAIに近付いたらIDでレジスタンスだってバレますしね。まあ、カグヤ様ならできるかもしれませんけど」 洋も、カミアあたりに連絡をつけ、広域放送の利用権限をこちらにも使わせて欲しくて連絡をつけたかった。 放送を利用して情報提供するのは自分ではなく、もっと相応しい人物にしてもらう心積もりではあるが。 「こちらですね」 長い下り階段と曲がり道こそ無いもののくねくねとした廊下を抜けたところに、硬質な扉にたどり着いた。医務室と掲げられている。言葉は同じなんだな、と暢気なことを思ったが、すぐにロストナンバーに言語は壁にならないことを思い出す。 扉がゆっくりと開かれる。 ※ 御苑を間近に見下ろす国道4号線にて、SAIへと向かっていた住民達は信じられないものを見ている。 AMATERASU世界ではおとぎ話の中にすら最早存在しない、龍が、4号線を封鎖するかのように鎮座している。 その姿は龍信仰のある国出身者や龍が実在する世界出身者であれば、その雄大さに感動したかもしれない。 普段は刺青として体に浮かび上がっているが、清闇の龍としての己自身を切り離し大地へと染み渡らせたのが、この龍だ。 影であるので厳密には清闇そのものではない。本人が怒りや敵意を持つ相手には相手を飲み込むほど獰猛であるが、今TOKYO住民を見おろしている姿からは、そのような恐ろしさは感じない。 竜の足元付近には、どこから持ち出したのか、乗用車が何台も縦横に並べられていた。押しかけてきた者達は上下の光景に圧倒され、より現実的な乗用車積み重なりの方へと意識を向けている。 更にその乗用車の前には清闇がおり、乗用車の上にはルンが乗っている。 ルンは住人達が攻撃を仕掛けようとしたらその武器を打ち落とすため、高台にいる。ただし住民をこれ以上あおらないために、武器は隠したままだ。 ◆ 「道、ふさぐ。行かせない、問題ない」 「だな。それが一番確実で被害がなさそうだ」 二人はこの場所に陣取る前、かるく打ち合わせのようなものをしたのだが……、ルンと清闇の性格上、喧々諤々と話し合う必要もなく、道をふさぎ通行を妨げSAIに行かせないと言葉少なで決まった。 眼下にはチラホラとだが、煙が上がっているのが見える。煙量や上がる場所が増えては いないので、不幸中の幸いであろうか。 「―後でするから後悔って言うんだよなァ。我を失って闇雲に走り出しちまった連中を止めてやるのが慈悲ってモンか」 「血を見る。騒ぎ広がる。駄目」 「おう。ましてや銃みてぇな派手な武器でも持たれたら、余計に喧噪が広まっちまう。それはよくねぇ」 銃はその殺傷能力は勿論だが、音と光で相手を威圧し戦意を高揚させる。 怯ませる目的でこちら側が使うのもルンは渋い顔をした。 「武器壊す。はじく。そっちがいい。誰か、死んだり、怪我したり。だめ。止まらなくなる。戦争になる」 大袈裟な、とは清闇は勿論言わなかった。戦争とは少し違うが、騒ぎがこれ以上大きくなっては食い止められるものも出来なくなり、騒ぎと混乱は大きくなっていって、最悪の場合、TOKYOU住民達自身の手で終焉を招く可能性がぐっと高くなる。 「脅かして足止めってのが一番理想的だな。よし、それは俺に任せてくれ。いい置石になれるぜ」 「あ」 「ん?」 ルンが視線をやった先には、乗用車が何台か停められていた。この辺りの住人のものだろうか。車事情には全く明るくない二人には判らない。 「あれ、良さそう」 バッファロー(推定1トン)を素手で殴り倒して引きずって運べるバーバリアンであるルンにとって乗用車(概ね1トン)を押して運ぶなど、全く老躯の無いことである。 ◆ と、いうことで、二人で乗用車をすいすいと運び、高く積むのはより背の高い清闇が担い、その間に身軽なルンが運び入れる。 尋常ならざる身体能力を持つルンと清闇だからこそ出来る迅速さで乗用車バリケードを作り上げた。そして清闇が影の龍を呼び出してどっしりと構えたところで、国道4号線を利用していたTOKYO住人達を迎えたのだ。 住人達はまず鎮座する龍に威圧された上に、積みあがった乗用車に圧倒され、その上に乗る少女、乗用車の前に悠然と佇む偉丈夫。 「な……なんなんだよ……お前ら……」 先頭に立つ青年がやっとのことで出した声は恐怖か緊張か苛立ちか。随分と掠れていた。 「右往左往しちまいたくなる気持ちも判らんでもないが、まあ、落ち着けや」 穏やかな口調の清闇に些か彼らは幾分驚いた顔をする。恫喝でもされるのかと思ったのだろうか。 「落ち着いていられるか! 死ぬんだぞ?! 俺達を騙していたんだぞ?!」 青年が一歩前に出るのと同じくして後ろに立ち居並ぶ住人達が一斉に同調の声を上げる。そのあまりの声量に驚いたルンが耳を塞ぐ。 「別に誰も足掻くななんて言ってねェだろ」 一切取り乱さず、落ち着いたままの清闇が両手で彼らを宥める仕種で声をかける。笑みを浮かべてはいないが、落ち着いたときに見かければ穏やかで優しげな表情だとすぐに判ることだろう。 「死ぬかもしれねェんだ。おっかねえのは当然だろ」 手を離したルンも、住民同様清闇の言葉に耳を傾ける。構えた武器を打ち落とすために用意してある弓を番えてはいないものの、目線はTOKYOU住民を捕らえ続けている。 「何も今すぐ全部終わっちまうときまったわけじゃねえだろ? それなのに、全部ぶち壊しちまったら勿体ねェよ」 いくら敵対心が無くとも、不用意に近付けば相手を煽る可能性が高いから、清闇はあえて一歩も踏み出さない。 「てめえら、今、何をしている? 同じ不安を抱えるもの同士、何とかしたくて、一緒にここまできたんだろ? そんなてめえらならできるんじゃねェか? 同じ不安を抱えるもの同士、手を取り合って現状打破の為に立ち上がることがよ。方法があるってんなら、俺達も手伝う」 しん、と沈黙が落ち、間も無くざわざわと声が上がる。まだ混乱に埋もれているようだが、先ほどのいきり立っていた混乱とは大分雰囲気が違う。 ルンと清闇が一度だけ顔を見合わせ、住人達をじっと見守る。 これで動きを止めてくれればいいのだが。 「じゃあ方法教えてくれよ! あたし達にはどうしようもないのよ、なんなのよ! 方法なんて無いのよみんな消えてなくなるのよ!」 ヒステリックな女性の声が落ち着いてきた空気をびりびりと破く。 水の波紋の様にヒステリーが広がって行き、再び住人達は興奮の坩堝に落ちる。 「む。いけない」 「無体はしたくなかったんだけどな」 ルンが足止めに用意した罠と矢を番えるが、清闇が制止する。 直後、影の龍が、それこそ腰が抜けそうなほど恐ろしい咆哮をあげる。 その声に空気がビリビリと震える。何故かルンは目を輝かせている。 やがてTOKYOU住民達がゆっくりと、ばたばたと倒れこんでいく。 さほどの時間もかからず、あたり一帯、倒れている住人で埋め尽くされていた。 「清闇、なにした?」 「なァに、悪ィがただちょいと眠って貰っただけさ」 言葉の通り、覗き込んだ顔はこの上も無く幸せそうな顔をして眠っている。見回す限り全員、だ。 「すごい。これなら安全。ルン達も、こいつらも、助かる」 「一応見張っとかねェとな。何があるか分からねェし」 目を合わせ頷く。 「なんや。来なくても良かったやん」 聞き覚えの無い声が背後――SAIの方から聞えた。咄嗟に距離をとる二人に、その男は両手を挙げて敵意が無いことを示す。 「効かねぇ奴がいたとはなァ」 「たまたまや。多分な」 「お前、誰だ。何者だ」 「アンタらとは敵対せえへん。 ――カミアに協力しててん。で、ここらで足止めーって思ってきたんやけどな。あんたらがいてくれはったおかげで俺働かずに済んだみたいや」 「なんで協力してんだ? いや、疑うわけじゃねェんだが、今この時点でカミアに協力してるやつは俺達以外に見当たらなくてよ」 清闇は知る由も無かったが、彼――桜塚悠司は精神感応能力がある。だからこそ、清闇の言葉に嘘偽りが無いことも、手に取るように判る。 ルンと清闇の取り繕う様子が一片も無い辺り、桜塚には些か居心地が悪い。 「……カミアとは昔なじみっちゅうか、SAIとは深い因縁があるっちゅうか……いや全部ホンマやねんけど」 視線を逸らす桜塚をルンが興味深そうにじっと見つめている。 「ここで足止めしてェんだろ? まあ仕事奪っちまって悪かったけど、とりあえずは俺が術を解除しない限りは全員気持ちよく夢の中さ」 二人とも桜塚の言葉を一切疑っていない。 彼らは本気でSAIを、この世界を何とかしたいと思っている。“外国人”であるのに。 だからこそ、桜塚も縋りたくなったのかも知れない。 「俺はな、桜塚悠司や。ずっとSAI側についとった。――SAIの中身を、助けとうて」 ※ 「あなたがカグヤさん、ですか?」 ノックのあと、ゆっくりと開いた扉の奥から憔悴した女性が出てきた。年のころは洋と同じくらいだろうか。長い黒髪が特徴的な女性だ。 「あなた誰?」 やさぐれた言い草の声色はあまりにもか弱くて、これがレジスタンスの総帥だろうかと首を傾げたくなる。 「今までお世話になってた“外国人”ですよ。 あなたこそ、こんなところで何をしているんです」 「私はもう何も出来ないわよ。誰も私の言葉なんて聞いてくれなかったじゃない! 私なんて……私なんて、所詮その程度だったのよ」 「あなたが、というより、情報開示の方法ですかね、それが拙かったんじゃないかと思います。だって誰だって突然消えてなくなる、なんて言われたらはいそーですか、なんて、簡単には受け入れられないと思いますよ」 「……」 「今、あたし達“外国人”も、レジスタンスの人達も事態を沈静化させるために奔走してます。 今までレジスタンスのリーダーとして働いてきたあなたの力を、今でも必要としているはずです。まだおさまらない暴走を落ち着けるために、あなたの力を貸して下さい」 返事はない。すつと目線をそらされ、カグヤは俯いたままだ。 「タブレットで色んな都市に現状を知らしめているのも、あたなですか?」 「……誰か、賛同してくれるって気持ちも少しあったわ。でも、TOKYOUの住人と桜塚悠司を戦わせるわけにはいかなかったから。彼らが蜂起すれば桜塚はきっと手を出せない。防戦一方よ。だから……」 「あたしの仲間の“外国人”が、今TOKYOU住民を足止めしています。彼らは乱暴なことはしません」 「そんなこと言われたって、なにをどうしろって言うのよ? もうジタバタするしかないのよ? それで何になるって言うのよ!」 「だったらジタバタするしかないでしょ!」 なるべく冷静であれと努めていた洋だったが、カグヤがあまりにもグダグダと言うので、ついうっかり大声を出してしまった。気付いたときにはカグヤは目を丸くしている。怒鳴られたことなどもう長いこと無かったのだろう。案内してくれた青年はあわあわとうろたえている。 「状況は違いますよ、違いますけど、あたし達の国も、今危ないんです! もしかしたら消滅するかもしれないんです! だけど、最後までジタバタ足掻ききらないとどうしようもないじゃないですか! 皆が一つの意思を持つべきときに、自分の気持ちを見失ってどーするんですか!」 「……」 長い時間なのか、ほんの僅かな時間なのか、それが判らなくなるということは洋自身もひどく緊張しているのだろうか。 カグヤは視線を移ろわせてぎゅっと拳を握る。小さな、女性らしい手だ。 「……一緒にもいてくれる? 一人だと、ちょっと怖いわ」 洋と、その後ろに控える青年に声をかけ、カグヤは立ち上がった。 僅かに震えるその手をぐっと握り、洋は笑顔で彼女を引き上げた。 ※ 「あ、見つけましたぁ☆」 カミアの眼鏡がずり落ちた。 桜塚が外に出たことで慢心して監視システムを注視していなかったとはいえ、まさか、若い女性がSAI中枢まで単身乗り込むなど、考えもしていなかった。 「あなたがカミアさんですよねえ☆ TOKYOU全体に放送できる施設ってありませんかあ☆」 「君は……“外国人”か。そんな施設をどう使う」 「ちゃんと伝えなくちゃダメですぅ☆ 不在化現象のことだけ話してぇ、解決策もあるってことを伝えなかったからこんな騒ぎになっちっゃたんじゃないかなと思うんですぅ☆」 「それは僕に咎はない」 「そういう状態じゃなくってぇ! ちゃんと話をしないのに全部判って貰おうとか、都合よすぎですぅ!」 「彼らが大人しく話を聞くと?」 「んもー。そこは問題じゃないんですぅ。聞いて貰えなくっても、聞えなくても、情報や気持ちは伝え続けなくちゃならないんですぅ!」 さすがの撫子も、わずかばかり息が上がっている。走り続けたせいと言うよりも、気持ちの高揚からくるものだろうか。 カミアの手が所在投げに機器を弄る。ずり落ちた眼鏡のブリッジを空いている手で押し上げながら、じっと撫子の顔を見つめる。 「カグヤは、一番大事なこと……まだ希望があるっていうことを言わなかった。人は生きたいんです、生きる努力をしたいんです。生きることを諦めたくはないんですぅ!」 「ならば君はどんな演説を打つというんだ?」 「この世界はSAIが守っていること、ちゃんと言えばいいじゃないですかぁ☆ 12本の楔で結界を作って、みんなの安全を図りながら結界の維持と不在化現象の究明を進めていたって! SAIと相性の悪い人達はレジスタンスが受け皿となっていたことだって、何も話してないじゃないですかぁ! ここで生きるためにこの措置をとったんですよね? ここで生きるために……あなた達だけじゃなくて、住人全員で力を合わせましょうよ、意思と力を借りればいいんですぅ!」 撫子とカミア、SAIの中枢に二人きりな筈だが、どこからとも無く、ざわざわと音が聞えてくる。今の彼女にはその音は無いも同然だ。 カミアの近くにある、タブレット端末の表示が変わる。内容は、今までの不在化現象により消滅の事実ではなく―― 「楔のことが書かれてますぅ……」 「君の仲間がカグヤを説得したのかもしれないな。 ……君の様に」 「? どういう意味ですぅ?」 首を傾げる撫子に、カミアは手元の機器を指し示す。 そこには、Speaker ON/OFF と表示されているパネルがあり、ONの方は緑色のランプが点灯していた。 「ズルい人ですねぇ」 「そんなことはない。合理主義なだけだ」 「外の様子ってどうなってるか解りますかぁ?」 「今私は忙しいのだが」 「そんなこと言わないで下さいよお☆ 監視カメラとかの映像見せて下さぁい☆」 一応当たりの機械を適当に弄ると拙そうな予感はするのか、あちこちを見渡すだけで撫子はスイッチに触れたりはしていない。 「……ほら、向こうだ。 国道4号線のあたりの映像だ」 そこに映し出されていたのは、巨大な影の龍と、偉丈夫とバーバリアンの女性、あと青年がひとり。 「彼が桜塚悠司だ。 ――SAIの兄、だ」 ※ 「兄。兄、キョウダイ。血縁者。SAIはキカイ。どういうことだ?」 「簡単な話や。SAIの中枢は人間の脳みそ使こうてる。それが俺の弟妹や。ずっと二人を奪い返す機会を探してたんやけどな」 「てめえら、それを了承してたってのか?」 「ンなわけあるかいな。……いや脳みそだけにされるかっちゅーことは知らんかった。薄々は思ってたんやけどな、まさかって」 混乱するルン、義憤にかられる清闇。気持ちが手に取るように判ることが、なんだかとてもありがたい。 「でもなあ。有り得ないことが何度も起きれば奇跡を信じたくなるものだーって言われて、な。どうせ消滅するんやったら、その前にちっと悪あがきすんのも、まあ……悪くない」 後ろ向きな希望的観測。 それでも、自暴自棄になるより、ずっといい。 「どうする? これから。こいつら、ここに寝かせたまま。それはそれで可哀想。地面、とても硬い」 「ああ、それは俺がなんとかするわ。あんたらの言葉、きっと届いてる筈や」 放送で聞えてきた撫子のことも含めているのだろう。携帯してきた桜塚のSAI対応タブレットにも、カグヤからの真実が流れている。 「俺達でできることなら、いつだってなんだって力を貸すぜ」 「ルンもくる。きっとくる。必ずくる。安心しろ」 「――おゥ。ありがとう、な」 ※ 「これで何かが変わるのかしら」 「多少は変わりますよ。事態はすぐに変わるんです。それを好転させられるかどうかは、自分達次第でしょう」 「……そう、ね。そうよね」 情報を流していた手を止め、カグヤは洋を振り返る。 「まだやり直す時間はあるかしら」 「無いとしたら作ればいいんです。だから、時間はありますよ」 額に巻いてある包帯が少し痛々しいが、その言葉で、やっとカグヤは笑顔を見せた。 ※ これから先、AMATERASUがこのまま消滅するか、人柱計画が間に合い存続する道が拓けるのかは、まだ解らない。 何の前触れも無く消滅する可能性も大いにある。 だが今回のことで、“外国人”からの言葉を受け、住人達は己の意思で考え、行動し、最後まで諦めることはしないだろう。 人間はどう足掻こうとも、いつか死ぬ。それが自然の摂理だ。 だからこそ、精一杯生きることが、生命が皆持つ使命なのかもしれない。
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