オープニング

 ターミナルの一画に、『ジ・グローブ』という小さな看板のかかった店がある。
 気まぐれに開いたり閉まったりしていて営業時間は判然としない。いつ行っても店には誰もおらず、ただ机の上に白黒のまだらの猫が眠っているだけだ。
 猫を起こさぬように呼び鈴を鳴らせば、ようやく奥から店の女主人が姿を見せるだろう。
 彼女がリリイ・ハムレット――「仕立屋リリイ」と呼ばれる女だ。
 彼女はターミナルの住人の注文を受けて望みの服を仕立てる。驚異的な仕事の速さで、あっという間につくってしまうし、デザインを彼女に任せても必ず趣味のいい、着るものにふさわしいものを仕上げてくれる。ターミナルに暮らす人々にとって、なつかしい故郷の世界を思わせる服や、世界図書館の依頼で赴く異世界に溶け込むための服をつくってくれるリリイの店は、今やなくてはならないものになっていた。
 そして、その日も、リリイの店に新たな客が訪れる。
 新しい注文か、あるいは、仕上がりを受け取りに来たのだろう。
 白黒のまだらの猫――リリイの飼猫・オセロが眠そうに薄目で客を見た。

●ご案内
このソロシナリオは、参加PCさんがリリイに服を発注したというシチュエーションで、ノベルでは「服が仕立て上がったという連絡を受けて店に行き、試着してみた場面」が描写されます。リリイは完璧にイメージどおりの服を仕立ててくれたはずです。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・依頼した服はどんなものか
・試着してみた反応や感想
を必ず書いて下さい。

!注意!
魔法的な特殊な効能のある服をつくることはできません。

品目ソロシナリオ 管理番号1740
クリエイター西尾遊戯(wzyd7536)
クリエイターコメント●西尾の描く仕立屋のひととなりについては、過去の納品済シナリオをご参照ください。

●衣装デザインお任せもOKですが、ある程度具体的なオーダーの方が描きやすいです。
デザインをうまく表現できないときは、「あのNPCやPCさんが着てるみたいな服が良い!」というプレイングもアリと思います。
web検索でヒットするようなものであれば、キーワードを添えていただければ参考にします。

ご依頼いただいた方に喜んでいただけるよう、心を込めてお仕立てさせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。

参加者
雪深 終(cdwh7983)ツーリスト 男 20歳 雪女半妖

ノベル

 リリイが開店準備をするために扉を開けると、そこに見知った男の姿があった。
 本日の客人である雪深 終だ。
「いらっしゃいませ。お待たせしてしまったかしら? またお会いできて嬉しいわ」
 リリイが目を細め、終に声をかける。
「いや。今、来たところだ」
 女店主に向かって目礼。
 店内に入ろうとして入り口の花壇に気づき、足をとめた。
「前は浴衣のご依頼だったわね。今日はどんな『季節』をお求めかしら?」
 かつて訪れた際には、熱の季節を求めた。
 だが今回は、別のものが欲しい。
 終は花に手を伸ばす。
 触れるか、触れないかのところで手をとめる。
 すぐに指先を拳におさめると、そのまま身を引いた。
「春を」
 ふわりと風がそよぎ、終とリリイの髪を撫でる。
 握りしめた指先を、そっとひらく。
「……今年も、春はもうすぐ、の筈だ」


 中庭のテラスに案内され、終は眼前に置かれた湯飲みをじっと見つめる。
「今日はきちんと冷ましていてよ」
 微笑を浮かべる店主は、以前に会ったときのことを覚えていたらしい。
 そっと両の指で包むとほど良くぬるく、猫舌の終が飲んでも問題はなさそうだ。
「ありがたい。助かる」
 安心して湯飲みに口をつけ、息を吐く。
 茶の味も、テラスの植物の様子も、以前に訪れた際と特に変わりはないように感じる。
 テーブルの端で丸くなるオセロの背を撫でながら、終は口をひらいた。
「春物を、そう改まったのでなく普段使いとして、頼みたい」
 仕立てて欲しい品物は、羽織と袴、シャツ、そしてストール。
 今着ている衣装と同じだけあれば事足りるという。
「他にもなにか合わせるのに良いのがあれば、任せる」
「色柄の希望はあるかしら」
 以前は水の入った桶を手に訪れて、「こんな柄がいい」と告げていた。
 しかし、あいにく今日は手ぶらで訪れている。
「春に相応しいのは、どんなだろうか」
 一案として春を代表する花色の生地を見せてもらうものの、終は小首をかしげたままだった。
「矢張りどうにも、純粋な春のそれは俺には違う、ような、気がする」
 春色が嫌いなわけではない。
 だがどうにも、落ちつかないのだ。
 生地から春の日差しを感じるようであり、触れることもためらわれた。
「身につけて居心地が悪いようでは、だめね」
 リリイは客人が触れることのなかった生地を手早く片付けていく。
 そのまま思案しはじめた終の様子に、重ねるように問いかける。
「質問を変えましょう。貴方のもつ、『春』の印象をうかがいたいわ」
「……なんとなく、春の事はよくわから……ない……事もないが、なんだろうか」
 「ええと」と、ひとしきり考えこんだ後、ぽつりとこぼした。
「雪」
 ふっと、脳裏に浮かんだ。
「桜に雪、とか……。『雪月花』のような、そんな雰囲気だろうか」
 風雅で美しい。
 冬と春の境の静謐な情景。
 そこまで思い描いて、胸中に疑問が浮かぶ。
 こころまで凍りつくほどの、あの、白い世界に住まう女。
 ――仮に雪女が実際に居たとして、春が来るのをどう思っているのだろう。
 もの思いに沈みそうになったところをオセロに擦り寄られ、終は我にかえった。
「オセロ。お客様の邪魔をしてはだめよ」
 テーブルから降りるよう命じる女主人に「構わない」と告げ、
「少々具体に欠ける発注のような気もするが、貴方に任せて悪い事もないだろう。よろしく頼む」
 椅子から立ちあがり、頭をさげた。


 数日後に報せを受け、店を訪れると、すぐにリリイが現れた。
 仕上がった品を渡され、試着をして欲しいと言う。
「貴方の要望半分、私の提案半分、といったところかしら」
 前置きの後、リリイが手渡したのは肌触りの良い白の木綿シャツ。
 灰がかったベージュ色と蝉の羽色が、上から下にかけてグラデーションに染めあげられた袴。
 羽織は素朴な光沢をはなつ紬(つむぎ)を使い、リバーシブルで使えるよう仕立てられている。紬は軽く、張りもあり暖かい。
 表は深みのある蘇芳(すおう)の地に水紋と雪輪紋をひかえめに散らし、裏は生成りの地に白や桜、菜の花色で淡く満開の桜を配した。
 模様はすべてリリイの手による刺繍仕事だ。どちらも水紋に月が隠され、手が込んでいる。
「ストールはさし色として、好みで使い分けてちょうだい」
 若草は渋く、芥子は鮮やかで、どちらもアクセントとして使えるだろう。
 リリイは最後に髪をまとめるための組紐と、蝶の飾りがついた羽織紐をさしだした。
「髪は、整えたら少しは気分が変わるかもしれなくてよ? 羽織紐は女性向けの小物だけれど、丁寧な細工物だから男性が持っていても良いように思って。良かったら使ってちょうだい」
 生地を手に入れる際に、頼んだ者が買ってきたらしい。
 さっそく羽織に取りつけると、銀細工の蝶が胸元で揺れた。
 普段使いには彩度を抑えた蘇芳の羽織が良いだろうか。生成りの羽織は華やかで、普段にはどうだろう、と鏡を見やる。
 しかし狂い咲く桜模様を見ながら、吹雪に霞む桜があるとすれば、こんな感じかもしれないとも思う。
 悪くはない。
「0世界の時節の変わり目に、本来の繊細さなど望むべくもないが、肌に触れる空気に代わって布がそれを伝えてくれる」
 仕立屋は終の声に微笑む。
「貴方のお役に立てたのなら、私も仕立屋冥利に尽きてよ」
「リリイは仕立屋として良い仕事をしてくれる、と感じている。……礼を云う」
 先に仕立てた浴衣のように、この衣装もまた、終に四季のうつろいを届けるだろう。
 春。夏。秋。冬。そしてまた、春。
 いのちは春に生まれ、冬に死ぬ。
 凍りつかせて、時を奪って。
 しかし、終はこうも思う。
「冬は春のために在る……のだと思う。一つの季節は次の季節のために在って、そうやって季節が巡って、雪解け水も姿を変えていって」
「それなら、冬はきっと『はじまりの季節』ね」
 その強い口調に、終は女主人の顔を見た。
 雨雪が大気を湿らせ、大地を潤す。
 湿った大地は自然を育み、やがて豊かな実りをもたらすだろう。
 いのち尽きれば枯れ落ち、ふたたび雪がすべてを包む。
「極彩色にうつろう景色に寄り添って、生きるの」
 それはきっと、とても素晴らしい経験に違いないと、偽りの空の下に暮らす女は言った。



 店を出た後、終は擬似的につくられたターミナルの空を見あげ、考える。
 かつて出会った女が『そう』であったとして。
 彼女は、白い世界の終わりと、彩りに満ちた世界の訪れを望んだだろうか。
 そして己は、雪女と同じ回答を『是』とするのだろうか――。

 埋めた小鳥は骨と化した。
 捕らえた蝶は崩れ朽ちた。
 冬はすべてを凍てつかせ、等しく、その時を奪った。

 だが、別の女は『はじまり』であると言う。

 季節を重ね、魂を重ね。
 雨雪は巡り、いのちはくりかえす。

 巡る季節に寄り添いながら。
 ひとは、いのちは、四季を駆け逝く。


 やがて、白い花弁が雪のように舞う季節がやってくる。
 住まうチェンバーは常なる冬山で、狂った時候の交じり合う箱庭ではあるものの。
 まじないのように、いのりのように。
 小さく、小さくつぶやいた。


 ――春よ、来い。

 ――早く、来い。


 声は青空に吸いこまれ、誰に届くことなく、とけて消えた。



クリエイターコメントお待たせいたしました。
二度目のご来店、まことにありがとうございます。
いろいろと考えた末に、あえて、色柄をやや華やかに仕上げました。
各部につきましても、お言葉に甘えて自由に演出しています。

どうか仕立てたお品がご満足いただけるものでありますように。
そしてはじまりの季節の息吹が、PC・PLさまにも届くよう願って。

それでは、また別の機会にお会いする、その時まで。
公開日時2012-03-05(月) 21:30

 

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