オープニング

「星を見に行きたいな」
 いつものターミナルでの待ち合わせ。
 駅前で姉を出迎えた昴は、開口一番、真っ先にそう告げた。
「めずらしい」
 姉は首をかしげるように妹を見つめる。
 彗が不思議に思うのも無理はなかった。
 姉妹はこれまでにも何度か、待ち合わせて一緒に過ごしたことがある。
 だが、その日なにをするか等、明確な目的を決めて会うことはほとんどなかった。
 たいてい顔を合わせて話をするうちに予定が決まるので、特に考える必要がなかったのだ。
「じゃあ、壱番世界に行こうか?」
 そう問われ、昴は口をつぐむ。
 壱番世界は昴と彗の故郷だ。
 だが二人が覚醒したのも壱番世界なら、姉と離ればなれになり、家族とともに苦しい日々を過ごしたのもまた、壱番世界なのだ。
「……たまには、もっと、別の世界の星も見てみたいな」
 「お姉ちゃん、どこか良いところ知らない?」と問えば、彗はしばし記憶を辿った後、静かに答えた。
「ヴォロスに、光る鉱石を抱く洞窟があると聞いたことがあるわ。壁も天井も光るから、天然のプラネタリウムみたいだって」
 「鉱石が光るってだけだから、空の星とは違うけれど」と、こちらは小さく続ける。
「行きたい! 行ってみてみたい!」
 空にある星はこれまで何度も見てきたのだ。
 たまには、違った雰囲気の星を鑑賞するのも良いだろう。
 姉妹はすぐにターミナルでチケットを手配すると、その足でヴォロスへと向かった。


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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。

<参加予定者>
南河 昴(cprr8927)
天倉 彗(cpen1536)

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品目企画シナリオ 管理番号1834
クリエイター西尾遊戯(wzyd7536)
クリエイターコメントこのたびはオファーありがとうございます。
星を抱く洞窟への旅をご案内いたします。

当日、PCさま方がどう過ごすのかをお教えください。
ご要望は余すことなく、プレイングに盛りこんでくださいませ。

それでは、想い出深き一日となりますように。

参加者
天倉 彗(cpen1536)コンダクター 女 22歳 銃使い
南河 昴(cprr8927)コンダクター 女 16歳 古書店アルバイト

ノベル


 極寒の地で。

 孤独の家で。

 喪った『欠片』を想い、
 いつも宙をみあげていた。



 こんなさびしい幻想から
 わたくしは はやく浮びあがらなければならない――。



   ◆ ◆ ◆



 待ち合わせの日。
 そろってヴォロスを訪れた彗と昴は、洞窟の入り口を見あげて佇んでいた。
 天頂に浮かぶ陽光が色濃い影を落とし、なかの様子はよく見えない。
 草木に埋もれた道しるべを見つけ、ようやく目的の場所と確信できた。
「……だれも、居ないね」
 ロストレイルを降りてから町で買出しを済ませ、乗合馬車を降りた後は、途中から二人で歩いてきた。
 その間、洞窟に向かうという者にはひとりも出会っていない。
「ヴォロスでも、もの好きしか来ないみたいね」
 彗は別段気にならないらしい。
 先に入り口に踏みこみ危険がないことを確認すると、振りかえって昴を手招く。
「明かり、いる?」
 カンテラを掲げて問いかけると、姉は静かに頷いた。
 火が灯ったのを確認し、彗はカンテラを受け取り、先に進んでいく。
 ステンドグラスの色明かりが薄闇の洞窟を鮮やかに彩り、揺れた。
「お姉ちゃん、まって!」
 駆けだそうとしたところで、姉のするどい声。
「昴」
 振り向いた彗が手で制するのを見て、頷く。
 姉がカンテラを手にしたのも、先に歩きだしたのも、昴が転ばないよう気を遣ってのことだと気付いたのだ。
 洞窟から吹く風がひやりと肌を撫でる。
 ほっと息を吐きだし、昴は足元のセクタンを見やった。
「アルビレオ、わたしが転ばないように、見ていてね」
 セクタンは「任せて!」と腕を振りあげ、意気揚々と昴のとなりで足踏みをはじめる。
 彗はその一部始終を眺めた後、カンテラを掲げながら、改めて洞窟の奥を目指した。

 進むにつれ洞窟の闇は深くなる。
 だが岩肌は白く、カンテラの光をよく反射した。おかげで、さほど視界には困らない。
 この空間はどういった成り立ちでできあがったのか。
 昴は乳白色の鍾乳石を撫で、まるで生き物の骨のようだと思った。
「お姉ちゃん、寒くない?」
 ふいに掛けられた声に、彗はいつもの調子で答える。
「平気よ」
 口にしたあとで、まるで突き放すような返答ではないかと気づき、あわてて「昴は?」と振りかえる。
「わたしも、大丈夫」
 妹の穏やかに声に、彗は短く安堵の息を吐いた。
 陽光に触れぬ空気は冷気をはらんではいたが、どこかに風穴でもあるのだろう。
 微風が流れているおかげで洞窟内は思ったよりも快適だ。
 彗はじっと闇を見据えながら、別のことを考えていた。
(本当に私は、彼女の消えた姉なんだろうか。こんな受け答えをしていて、『本当の私』と違うと、昴を落胆させやしないだろうか)
 姉妹の足音は遠く反響し、この空ろがどこまでも続いていることを教えた。
 岩肌に埋もれた鉱石がカンテラの明かりを反射して青白くまたたく。
 彗は二つの足音を聞きながら歩いた。
 規則的に響く足音。
 ぱたぱたと、不規則に重なる足音。

 薄闇に踊る鍾乳石の影。

 夜空にも似た青白い瞬き。

 波紋を描き、はぜる水音。

 それらが胸の内でないまぜになって、彗の心をざわつかせる。
 ――振り返った時、昴の姿がどこにもなかったら?
 ――ただ、足音だけが、虚ろに響いているだけだったら?
 彼女が消えてしまったら。
 今、このときが夢だったら。
 不安が脳裏をよぎるたび、彗は肩越しに昴の姿を確認した。
「そんなに振りかえらなくても、大丈夫だよ」
 自分が転ぶのを心配して、たびたび振りかえるのではないか。
 そう受け取った昴が小さく頬をふくらませる。
「お姉ちゃんこそ、カンテラを持ったままあっちこっち向いてたら、あぶないよ」
 足元では、そうだそうだと賛同するようにアルビレオが飛び跳ねている。
 見つめる昴の姿は、変わりなくそこに在る。
 彗はカンテラの明かりを見つめ、ほっと息を吐いた。
「……気をつけるわ」
 ひやりとした空気が、いつかの極寒の夜へ、彗を呼び戻そうとしたのかもしれない。
「大丈夫。大丈夫よ」
 己に言い聞かせるように、繰りかえす。
 彗は昴を隣に伴うと、再び奥をめざした。


   ◆


 少し歩くと広い空間にたどり着いた。
 ドーム状の天井はまさに天然のプラネタリウムのようだ。
 薄暗闇のなか、洞窟の壁や床に散りばめられた鉱石がぼうっと光を放つ。
 彗は周囲の明かりで十分視界が確保できることを確かめ、ランタンの明かりを消した。
 水が沸いているのか、広間の足元には大きな湖がある。
 天井の星が水鏡に映りこみ、まるで宇宙の真ん中に立っているような不思議な感覚におそわれる。
「お姉ちゃん見て! プリオシン海岸みたい!」
 湖に向かって駆けていく昴とアルビレオの背中を見おくる。
 鉱石は水中にも数多く見られ、光を増幅する。
 なかでもひときわ強く明滅するのは竜刻であるらしい。
「そういえば、竜刻も化石みたいなものなんだっけ」
 童話の舞台のように化石や獣の骨が混ざってないかと、昴が湖面を覗きこむ。
「プリオシン、海岸」
 昴の指すその海岸が、どんな情景なのか。
 彗は問わずとも知っている自分に気づいた。
 ある詩の一節を思い出したのだ。
「『……みをつくしの影はうつくしく水にうつり
    プリオシンコーストに反射して崩れてくる波は
    ときどきかすかな燐光をなげる……』」
 奇しくも湖畔には朽ちかけた標が掲げられ、水面にその影を落としている。
 一瞬の、違和感。
(…………『覚えて』、いる?)
「お姉ちゃん、どうしたのー?」
 遠く呼ぶ声に我にかえり、彗は天井を一望できる場所に荷物を置くと、足元に布を敷いた。
 その上に町で買い求めた昼食をならべ、昴を呼ぶ。
 買い求めたといっても、パンや野菜やハムなどを買って姉妹が好きに挟んだものだ。
 あわせて用意した水筒には、あたたかいお茶が入っている。
 戻ってきた昴が姉のそばに腰かけ、手渡されたサンドイッチを手に感嘆の声をあげる。
「これひとつで、おなかいっぱいになりそうだね」
 パンパンに詰まったサンドイッチは彗が作ったものだ。
 かぶりつけば中身がはみ出てしまいそうなボリュームだが、野菜や肉など、栄養バランスまで考えられた内容だ。
 どこから食べればこぼさずに済むだろうかと、昴はいろんな角度からサンドイッチを眺めている。
 彗は手にしたサンドイッチ――昴が作ったひと口サイズのサンドイッチを見つめ、一回で口に入れる。
(……食べやすい)
 彗にとって昼食は空腹と栄養を満たせれば良く、形状にまでこだわってはいなかったのだ。
「覚醒した世界では、いつもこんなふうにご飯をたべてたの?」
 問われ、彗は手にしていたお茶に目線を落とす。
 彗が覚醒した世界は、壱番世界のように安定したところではなかった。
 荒廃した土地には都市の残骸が点在し、乏しい物資は奪い合わなければ手に入らなかった。
「こんなサンドイッチでも、あの世界ではごちそうだった」
 灼熱の昼と、極寒の夜。
 そして、ときおり訪れる霧の36時間。
 世界図書館に見つけ出され、ロストレイルで昴が迎えに現れるまで。
 彗はその世界で武器を手に取り、孤独と死ととなり合わせの日々を過ごしていた。
 だが、それをここで語る必要はない。
 そう判断して、記憶に残る情景を語りはじめる。
「とにかく、寒かったわ」
 昼と夜の気温差はすさまじく、環境に順応できないまま体調を崩し、倒れる者も多く居た。
 装備をそろえようにも、まともな物資はほとんどない。
 ぼろ布をかき集め、肌を隠すだけで精一杯で。
 日中は容赦なくさす陽光に体力を奪われ、夜は肺を凍りつかせるほどの寒さに震えた。
 絶望のなかにあって、唯一の慰めが夜空だった。
「雲のない日の星空の美しさは、格別だった」
 ただ、どれだけ夜空を見あげても、見知った星座に出会うことはなかった。
 記憶にある星図と、眼前の星を照らし合わせるたび、まるで一致することのない事実に絶望が深くなる。
 それでも天上を見あげ続けたのは、『そうすること』を体が覚えていたからだ。
 夜がくるたびに星を探した。
 孤独と不安を積み重ねてでも、そうせずにはいられなかった。
「宙を見あげ続けることが、『私自身』を繋ぐ、よすがだったのかもしれないわ」
 年月を経るごとに空ろになる記憶。
 失くしたパズルの欠片をさがすようだった。
 欠片は見つからず、どこが欠けたのかもわからず、ただただ迫りくる喪失感にさいなまれる。
 だが今、こうして昴と天井を眺めていて、当時のような喪失感は少しも感じられない。
 いつも感じていた隙間を、ぴったりと、昴が埋めてくれているようだった。
 二人で星空を眺める。
 『そうすること』が、本来の姿だとでもいうような感覚。
「昴は? なにをして過ごしていたの」
 問いかえされ、頬張っていたサンドイッチから口を離す。
 ――正しくない記憶なら忘れてしまおう。
 ――いっそなにも覚えないでおこう。
 そう決めたあの日から、日々の記憶はぼんやりとして判然としない。
「いつも、ひとりで遊んでたよ。雪がふった日には、雪だるまをつくったり」
 父と、母と、姉と、自分に見立てた、大小四つの雪だるま。
 姉が姿を消した冬も。
 父が去った冬も。
 母にかえりみられることのない、今も。
 昴はひとり、雪だるまをつくる。
「そういえばクリスマスにも、雪だるま、作ってたわね」
 姉を出迎えたとき、かたわらに二つの雪だるまを並べていた。
 覚えていてくれたことが嬉しく、昴が微笑む。
「お姉ちゃんみたいにね、星も見てたんだよ。こうやって、星座をさがして……」
 昴は立ちあがり、洞窟の天井をあおぐ。
「九月の夜には、はくちょう座とこと座が浮かんでて……。あ、ほら。あのあたりとか、はくちょう座に見えるかも!」
 壱番世界の空とは違うが、配置の似た光を繋げ、昴は洞窟の空に次々と星図を描いていく。
「あれ、アルビレオみたい! ロボット座!」
 昴の声に、アルビレオが肩の上で飛び跳ねる。
 彼の名前ははくちょう座につらなる星に由来する。
 それだけに、自身の形をした星座となれば、喜びもひとしおだろう。
「それなら、あれはジェリーフィッシュセクタンかしらね」
 なんとなく繋げた光がクラゲの姿に似ていることに気づき、彗が示す。
 昴が教えられたとおりに指先で光をなぞり、「じゃあ、あれはジェリーフィッシュ座ね」と笑う。
「大昔のひとは自分で星座を決められたんだよね。いいなあ」
 しゃがんだり、見あげたり、両手を広げたり。
 しばらく他愛ない話を交わしながら、二人ならんで、新しい星座を創って過ごした。


   ◆


 楽しい時間はすぐに過ぎていき、やがて洞窟を出る時刻が近づいてきた。
 ロストレイルの出発時間があるので、間に合うように駅まで戻らなければならない。
「あのね、お姉ちゃんに、わたしたいものがあるんだ」
 昴のさしだしたそれは、プラネタリウム上映の半券だった。
 何年も前の日時が印字され、もぎり部分はきれいに切り落とされている。
 同じものが二枚。
 彗はそのうちの一枚を受け取り、見つめる。
「なんで二枚あるのか、ずっと考えてたんだ」
 彗にはまったく覚えのない物だが、昴はおぼろげにこの日のことを覚えていた。
 お気に入りのワンピースを着て、プラネタリウムを見た記憶。
「きっと、こうして二人で見にいったんだね」
 昴は年月を経てくたびれた半券を指先で撫でながら、洞窟の星を見あげる。
 こうして天上を見あげる時、昴は独りではなかった。
 そばに必ず、あたたかな存在があった。
 それだけは間違いなく、感覚として覚えている。
 彗も同じだ。
 あたたかい記憶と繋がっていたからこそ、ひとり佇む虚無感に襲われようと、今も変わらず、星を数えてきたのだ。
 姉にも、妹にも。
 同じ日を過ごしたという確たる証拠はない。
 けれど、壱番世界でともに星を見あげていた。
「持っていて」
 「ね」と微笑んだ昴の微笑を見て、彗は目を見開いた。
 ――黄金の空を背景に、昴が笑っている。
 そんな情景が、ふいに脳裏に浮かんだのだ。
(この、半券の日の記憶だろうか)
 手にした紙の感触を確かめるように、じっと指先の半券を見つめる。
(私は、本当に壱番世界と、昴と、繋がりのある人間なのか――)
 小さな半券一枚。
 それだけで、これまでに抱いていた不安が一気に和らぐのを感じた。
 血と硝煙。
 孤独と絶望。
 色を失っていく世界で、ただ星空だけを見ていた。
 静寂と青い光。
 壱番世界と自分とを繋ぐ『欠片』。
 孤独の地まで迎えにきてくれた、大切な妹。
「……大事にする」
 半券を包むように、手の内に秘める。
「見る度に、きっと、この宙を思いだすわ」
 見あげた星空がにじむ。
 もろく、儚いよすがであろうと、それは間違いなく、かけがえのない存在の証なのだ。
 彗は手早く荷物をまとめると、昴に向かって手を伸べた。
「一緒に帰ろうか」
「うん!」
 彗の差しだした手を、昴が握りかえす。
 手の内の確かな温もりを感じ、姉妹はどちらともなく顔を見合わせ、微笑んだ。



   ◆ ◆ ◆



 洞窟を出ると、空は夕焼けに染まっていた。
 その色を前に、彗の中に去来する想いがある。
 ――出かけるときはいつも、二人いっしょに帰り着くことを重視していた。
 過去の記憶を思うときも、世界図書館を通じて出会い、一緒に出かけるようになってからも。
(どうして?)
 ――昴のこと、おねがいね、お姉ちゃん。
 脳裏に蘇った懐かしい声に、郷愁を感じられずにはいられない。
 いちばん小さなその子を、だれもが大切に想っていた。
 二人いっしょに戻ることが、なによりも重要だった。
(そうだ。そうだった)
 過去を取り戻すことはできなくとも。
 今度こそ、目の前に在る『さいわい』を守りたいと、心から願う。

 姉の口ずさむ『星めぐりの歌』を聴きながら、昴はオープンガーデンでの世界司書の言葉を思いだしていた。
 司書は『迷い』は貴いものだと言った。
 0世界に帰属するということは、その『迷い』さえも手放すということだと。
 見あげた姉が、優しく微笑んでくれる。
 その笑顔を見るたびに、「忘れたくないし、忘れてほしくない」という想いが強くなる。
 やっと出会うことができたのだ。
 今日という日を忘れたくない。
 やさしい日々を、終わらせたくない。
 昴は姉の手を握りなおし、告げる。
「また、プラネタリウムに行こうね。お姉ちゃん」



 帰ろう。

 一緒に帰ろう。


 銀河を走る列車に乗って。
 しっかりと手をつないで。

 今度こそふたり。
 離ればなれにならないように。






 ――Ilia Vojago Nun Komencigas.

クリエイターコメント長らくお待たせをしてしまい、大変申し訳ありませんでした。
再度ご縁をいただき本当にありがとうございます。
西尾の感じるままに描かせていただきました。
お二人で過ごすやさしい記憶が、これからたくさん増えていきますように。

それでは、また別の機会にお会いする、その時まで。
公開日時2012-09-09(日) 20:20

 

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