探偵から「至急こられたし」という連絡にあなたたちが探偵事務所にやってくると、そこには白衣に身を包ませたリンヤンがにこにこと笑って立っていた。「今回はね、君たちにお願いするのは、人体実験……じゃなかった。君たちにぜひともうちの子の学習に協力してほしいんだ」 リンヤンが指を鳴らすと、その影からぬっと黒装束の高身長な人型が出てきた。 いや、それは影から出てくると人そのものであった。全身を細いが、筋肉のついた肉体にぴったりと覆い尽くし、灰色の両目と、短く刈り取った髪の毛だけが出ている。「これ、俺が作った対テロリスト対策用の戦闘型術機なんだよね。そう、つまりは戦闘用の術と最新の科学と俺の最高の脳で作ったわけ。戦闘能力は最高だし、術だって今の影から出てきたでしょ? 影操りを取得させたんだから~。自分が触れた影のなかを移動できるんだ。ふふ、すごい? すごい? この子はね、正義のためにも戦うんだよ? すごいでしょ? 俺だってたまにはちゃんと仕事してるんだよ~。それも学習型だから、戦えば戦うだけ強くなれるの!」 力いっぱい自分の能力を自慢するリンヤンに、どう反応していいものか。とにかく、素直にすごいと言ってやるのはなんなくいやだ。「ただね、まだ本当の戦いの現場を知らないんだよ。だからね」 ちらりとリンヤンが旅人たちへと視線を向ける。 あ、なんとなくいやな予感。「今回、マフィア組織を倒してほしいんだよね。小さな組織だから君らだったら負けないよ。それには君らの能力を使ってほしいわけ。もちろん、特殊能力、特技、身体能力となんでもいいんだけどね、この子に君たちの戦闘を見せてほしいんだ。実際の戦闘のデータはなににも勝るものだからね? それに、君たちっていろいろと人並みはずれてるじゃない? あ、これ褒めてるよ? 本当の戦いは常に危険だからね、君らを見ることはとってもプラスとだと思うんだ」 そこでリンヤンは思い出したように、白衣のポケットから小さな――セクタンと同じ大きさのキノコの形に、手足がつき。その手には大きな葉っぱをもった可愛らしい人形のようなものを取り出した。「あ、ちなみに、この子も今回の学習参加の子ね。この子は戦闘じゃなくてサポートタイプなの。ほら、君たち、セクタンもってるでしょ? あれと同じ~ たださ、最近、アイディア不足でこの子の能力をどうするか決めてないんだよね~。だからセクタンいるなら、その能力も活用してほしいな~。セクタンの能力から、この子のサポート能力のアイディアにしたいし、出来ればセクタンにサポートについていろいろと指導してほしいわけ」 リンヤンの手のなかでキノコがぺこりと頭をさげる。なんとも礼儀正しいようだ。「ちなみに、影使いの子がシエンで。キノコがキノちゃんだから~。あ、ちなみに今回、二人は戦闘参加はなし、ただ見て覚えてもらう予定。君らの影のなかにはいって君らの行動を見て実際の戦闘を学習してもらいます。もちろん、君らが呼べば影から出てくるし、やるべきことはするからね」 そこでリンヤンはごぞごそとまたしても白衣から書類を取り出した。「さて、今回のマフィアさんなんだけどね、まだ麻薬取引をしてる証拠がなくて警察も手こずっててさ。……実は局長からお前もたまには仕事しろって、ここの担当任せられたんだよね。だから今回はこの子たちの戦闘学習、さらには今後の戦闘のアイディアとかとりたいなぁと君らにお願いしてるわけ。つまりは俺得なことを考えちゃったわけ。うっ、そんな目でみないで! 俺は頭脳派なの!」 つまりはこいつの仕事に巻き込められて、利用されているということなのか。「利用じゃないよ。あえていうならば科学貢献? 平和貢献?」 ……。「えー、ごほん。依頼内容の説明をします。……今日君たちは、まずは、マフィアの取引相手という演技をしてもらいます。つまりは囮調査! 君たちが相手のマフィアさんを騙して彼らが所有している麻薬を奪ってほしいの。そしたら証拠として、警察も動けるしね。ね、難しくないでしょ? あ、ただしマフィアぽくみせる黒いスーツしか貸さないからね? マフィアさんとの取引に使うお金の偽造とかなんかそれぽい薬の偽造とか相手さんをうまーく騙すこととかほぼアドリブで君らがやっちゃって。あとマフィア組織の情報についても今回はここまでね。なんでって、そりゃ、実際の戦闘ではすべて自分たちで用意するし、調べるからね、出来る限りリアルな体験をこの子たちにさせたいから。けど、それと同じくルールはなし。侮ると痛い目をみるよー? ふふ、マフィアさんはね、武道派で有名でかなり武器とか隠してるから。怒らせると銃や刀で攻撃されるよ? ほら、思わぬアクシデントで戦うことも考えといてね~あと、君らだったらないとは思うけどさ、戦闘不能に陥る・生命の危機的状況のときはそこで学習は中止して、シエンが君らを連れて影渡りで逃げるくらいはしてくれるから」★ ★ ★ 探偵事務所から旅人たちを送りだしたリンヤンはにこにこと微笑むと、パソコンを取り出した。 リンヤンはあるところへと連絡をとりはじめる。「えーと、じゃ、彼らがマフィアの事務所にはいったら十五分後に警察の囮調査員が侵入したって匿名の連絡お願いしますね。ふふ、相手のマフィアさん、武道派で有名だから、きっと部下を連れて殴りこみにくるだろうな。……思わぬアクシデントもちゃんとセットして、これでよりリアルな学習をできるからね~」 人の悪い笑みをリンヤンは浮かべていた。
じいぃぃぃ。 つぶらな瞳の熱狂的な視線に李飛龍は険しい顔をした。 その視線の主は――リンヤンが預けていったキノちゃんとシエンだ。先ほどから穴が開くほどに四人のことを見つめているのだ。 「こいつらを育てろというのか」 子育て。それも、キノコと人間ぽいものをどう育てろというのか。真剣に飛龍は悩んだ。 「エルたちの戦いを見せればいいんでしょ」 横からエルエム・メールが言う。 「あ……見てるだけか。よし、俺がカンフーを覚えるんだぞ」 こくこくと頷くキノちゃんとシエン。 「なにいってるの! えっと、シエンだっけ? この天才舞闘家のエルが戦い方を教えてあげるんだから!」 「俺のカンフーだって覚えて損はないぞ!」 競うように自分の技を見せようと言いあいするエルエムと飛龍の傍らではレウィス・リデルは涼しげな笑みを浮かべて、指で顎を撫でた。 「少々、裏のありそうな依頼主でしたけどね。まぁ結果に支障がなければ構いませんけどね……」 その横ではクロウ・ハーベストが頭をぼりぼりとかいてリンヤンの置いていった資料を手にとり中身を確認して顔をしかめた。 「……あのさ、盛り上がるのはいいけど、下調べは必要だぜ。これ、資料じゃないだろう」 リンヤンの置いていった資料には「ここがマフィアの事務所」というかなり適当で大雑把な手書きの地図しかないのだ。 いくら調査からリアルな体験を「子供たち」に見せるにしても、これはあまりにも情報が少なすぎる。 「下調べ……面倒くさ。って、決行は今日だよな? 今日一日で下調べからやるって、あきらかに時間が短いだろう、これ」 リンヤンは軽い口調でいっていたので聞き逃していたが、これはあきらかに難易度が高い依頼だ。 あの口調と、キャラに騙された! ――クロウは頭を抱えた。 「他の取引先との交渉中にお邪魔してもいいじゃないんですか? 下調べに時間をかけすぎるのも困りますからね」 「そのタイミングで入るっていうのも難しくないか」 「……確かに、そうですね。それにこれは子供たちに我々の仕事を見せるのが依頼内容ですからね」 「子供たちに見せる、か」 じぃ。――視線を感じて見ると、レウィスとクロウの足元でキノちゃんが訴えるように見つめている。 「……わかってる。ちゃんとやるって。……はぁ」 「精々、「子供たち」の手本になるように頑張りましょうか」 ぽんとレウィスに肩を叩かれてクロウは頷いた。 「よし、こうなったらいろいろと使ってやろう。たまにはいいだろう。うん。で、二人はなんか作戦とかあるのか?」 クロウの声に、一体どっちの戦闘をより子供たちに見せるべきかと討論していたエルエムと飛龍は、同時に黙りこむと、眼を瞬かせた。 「え? 遠慮なくぶっ潰せばいいわけでしょ?」 「暴れればいいんだろう」 エルエムと飛龍の発言にクロウは力いっぱい首を横に振った。 「いや、今回は相手のところに捜査でいくわけだし、情報もないんだけど」 「捜査……みんな、任せた!」 ぱっと笑顔で告げるエルエム。 「エル、そういうの苦手なの。あ、相手のところに交渉とかするときって賑やかでもいいよね? あいじんとかじょーふとか、そんなかんじに後ろで調子あわせるから、交渉はよろしく!」 果たして、エルエムが「愛人」、「情婦」の意味を知っていて口にしているのかは疑問であるが――ここまで笑顔で策はないと言い切られては期待するだけ無駄だ。 「え、えーと、飛龍さんは」 「うむ。そうだな」 真面目な顔で考え込む飛龍はちらりとリンヤンの置いていった「マフィアぽくみせるための黒いスーツ」を一瞥。 「俺は用意するものがある」 「用意? あ、交渉のための小道具とか」 頼りにできると期待したクロウに、ふっと飛龍は寛大かつ男前に微笑んだ。 「スーツセットとサングラスを買ってくる」 「……は?」 「このスーツでは、戦うときに支障が出るからな」 「えーと」 「サングラスもどうせ壊れるだろうがな。ん、ああ、薬ぽいものも必要だな。わかった。買い物は任せてくれ! それっぽいものを購入してこよう!」 「買い物! エルも行く。じょーふ、とかあいじんとかって、派手な服のほうがいいもんね!」 では買い物に行ってくる、と言ってなんだかんだと言いあいしながら楽しそうに去っていくエルエムと飛龍。 どうも二人は暴れること前提で話を進めているようだ。その前に高く高く山となっている問題――情報不足、敵をいかに油断させるかという難題があるのだが…… あとに残されたのはクロウは力いっぱいレウィスの肩を掴んだ。 「……!」 「口に出来ない苦悩はわかるけど、落ち着こう。私の考えとしては、高階層の金持ち相手の密売のため麻薬入手ルート確保としてマフィアに声をかけたというのは設定で行こうと考えているけどどうかな?」 こくこくとクロウは頷く。 「じゃあ、私は念のために顧客リスト・取引のための金……セクタンに作ってもらうのも考えたけど、無理そうだから……今回は私がそれぽく偽造しよう」 「……頼む。俺は……情報を仕入れてくる」 前途多難。 そんな言葉がクロウの頭にどっしりとのしかかってきた。 「っと、よし」 クロウは能力で一時的に得た読心術、催眠術を駆使してマフィアの事務所の情報を手に入れていった。 その働きのおかげで事務所の正確な見取り図、事務所にいる人数、さらには彼らが所有する武器と大方わかった。 「ふぅ……ただいま」 探偵事務所に戻ると、買い物に行っていたエルエムと飛龍も戻っていた。 「あ、お帰り。どう、これ、あいじんにみえる?」 赤い派手なドレスを身に付けたエルエムか胸を張る。愛人というよりは、年齢よりやや背のびしてお洒落をしたという感じだ。 「よし、キノちゃん、ここに切れるんだ。そうだ。よしよし、うまいぞ」 飛龍はキノちゃんに鋏を持たせて買ってきたスーツセットに切り込みをいれている。 「なにしてるんだ?」 わざわざ買ってきたばかりのスーツの背中、足と切り込みをいれるのにクロウが覗き込む。 「これは使い捨てだからな。このようにしておけばもしものときに役立つからな」 「エルのも、キノちゃんが切り込みいれてくれたんだよ! もしものときのために」 もしものときって、なんだよ、それ――クロウが疑問に眉間に皺を寄せると、ぽんぽんと肩を軽く叩かれて振り返るとレウィスがにこやかな笑みを浮かべて立っていた。 「そちらは?」 「ああ。見取り図とか、人数とかだいたいわかった」 「それはすごいな。こちらもエルエムたちが買ってきた片栗粉を薬に偽装して、金も上の一枚目だけは本物であとは紙を切って束にしておいたよ。それっぽく見えるかな?」 テーブルの黒いスーツケース。そのなかにはレウィスが用意したらしい偽札が半分と片栗粉がちゃんと詰められている。 さらにその横には黒いファイル。 手にとってみると、びっしりと名前が書かれている。 「すげぇ……」 「ほとんど適当な名前を書いただけで、たいしたことはないよ」 「いや、これだけあれば騙せるだろう」 はじめはどうなるかと不安だったが、これでなんとかなる。 ほっと安心して、もうすでに依頼が終わったかのような気分だ。――まだ、なにもはじまってはいないのだが。 「そっちこそ、これだけをよく短期時間で調べましたね」 「うん? ああ、今回はいろいろと使ってやろうって思ってさ」 「今回だけ?」 レウィスの目が面白そうに細められる。 「そりゃあ、いつも能力使えば楽だろうけどよ……なんか良くないだろう」 唇を尖らせて言い返すクロウにレウィスは口元に鮮やかな笑みを浮かべた。 と。 ぽんぽん。 足を叩かれたのに、クロウが視線を落とすと、鋏を持ったキノちゃんがいた。 「クロウの服も切り込みをいれたいんじゃないのか? 見ているだけといったが、わりと手伝いもしたいようだぞ。もしものときのためにもしてもらったらどうだ?」 「切り込み……いや、俺はいいよ。俺は借りものを着るし」 そもそも、もしものときってなんなんだ――? その数時間後にクロウはいやでも知ることになる、もしものときのためのスーツの切り込みの意味を――。 「今回の役だが、俺がボス、エルエムが愛人、レウィスが相談役、クロウが護衛、だな」 事務所の構造を頭に叩きこみながらこれから自分たち役を飛龍が確認する。 「マフィア相手の交渉は私がやってみましょう。もしものときは、クロウの催眠術に頼りますけど」 「よし、俺とエルエムはそれらしく振舞って雰囲気を作ろう!」 飛龍は俳優なので、設定さえできればあとは――台本はないアドリブでする劇をするというノリだ。 「任せてよ! エル、がんばるんだから! マフィアぽい雰囲気でいくよ!」 キノちゃんとシエンは今回については「見ているだけ」ということで、四人の影のなかへと潜った。 作戦開始――。 どん、とドアを乱暴に開けられる。 とたんに事務所のなかにいた黒いスーツに身を包ませたマフィアたちはぎょっと顔をあげた。敵の襲撃かと数名が銃を持ちドアを睨む――ずかずかとドアから無遠慮にはいってきた飛龍はふんと傲慢に鼻を鳴らす。 「ふん、こぎたねぇところだな。まったく。そう思わないか、お前」 「ほんとー、ね! こんなの、えーと、ウサギ小屋みたいなものじゃない」 飛龍の右手にいるエルエムが胸を張って調子を合わせる。 「何者だ。てめぇら!」 「俺を知らないのか! ああん! バカにしてるのか!」 腹の底から響く飛龍の声に、マフィアたちが飲み込まれて黙る。 声で脅した隙をついて、スーツケースを片手に持ったレウィスが前へと出る。 「この方はボス・飛龍さまです。今日は私たち、麻薬組織「キノ」との交渉の日ではないですか」 「なんだ、交渉? そんな組織聞いたことな」 すかさずレウィスの後ろにいたクロウが前に出て催眠をかける。 「俺たちは名のあるマフィア、あんたたちも知ってる大物……今日は取引の日だろう」 マフィアたちの動きが止まった。 「……取引」 「麻薬?」 「こいつらは名がある組織?」 催眠が効き始めて困惑するマフィアたちにレウィスが前へと出て、にっこりと念を押す。 「さぁ、取引を開始しましょうか。あなた方のような小物は本来は相手をしないような大物なんですよ?」 「あ、ああ……こりゃ、失礼、さぁ、はやく座ってくれ」 マフィアがしきりと首をかしげながらも奥にあるソファを示すのに、レウィスはにっと口の端を持ち上げて笑った。 ソファにはボス役である飛龍と、その右手には愛人役のエルエム。左手には交渉役としてレウィスが座る。 クロウはいつでも動けるようにソファの後ろに、厳かな顔をして立つ。 相手のマフィアたちはしきりと困惑していたが、レウィスがスーツケースをテーブルに置くと、顔つきが変わった。 「以前、お話したように、新しいルートを開発するのがこちらの目的です。ここら一帯ではあなたがたは大変、名の知れていることですから、ぜひこのチャンスに手を組みたいとボスがおっしゃっているんです」 ちらりとレウィスの視線が飛龍に向けられる。 「ああ。そうだ! ここで一つ、お前たちと手を組んでやろうと思ってな!」 「そうだ、そうだ! えっと、あ、私の男の言うとおりなんだから!」 マフィアたちは真剣な顔で頷き、レウィスに視線を向けた。 「で、品は?」 「こちらに」 レウィスがケースを開けると、偽装の薬もときと札束もどきがあるのに真剣なマフィアたちが息を飲む。 「……あんたたちみたいな大物と取引できるとは、こちらととっても箔がつくってもんだ」 「それはうれしいですね。互いにいい関係を気づきましょう。それでは――」 レウィスが口を開いたとき、ばんっとドアが乱暴に開けられた。 「兄貴、タレこみだ! サツの犬が、ここにきてるってよ!」 武装した男たちが怒りに形相を鬼のように歪め、乗り込んできた。 それに飛龍とエルエムが、待っていたとはかりに飛び出そうとした――が、それをレウィスのテーブルに隠れている手が制した。 「何事ですか、騒々しいですね」 レウィスが立ち上がり、入ってきたマフィアたちを冷たく一瞥する。 「てめぇサツの犬だろ! 騙されるな、兄貴、こいつらは俺らを捕まえようとしてるんだ」 「失礼な。無能な警察ごときと一緒にしないでいただきたい」 ――まだか! ――エルはもう飛び出したいよ! 飛龍とエルエムの目がぎらぎらと輝いてレウィスを見つめる。――ちなみにマフィアたちには飛龍とエルエムの目はまさに血に飢えた獣のように見えていて、いい具合に誤解させた。 「おい、よせ。怒らせるな。こいつらは只者じゃねぇ!」 「兄貴、騙されるな!」 マフィアたちの混乱にレウィスの目に、ふっと冷たい色が走る。 「私は己の利益の為に、一度受けた依頼は最後まできっちりこなしますよ」 レウィスの手はぬいぐるみに隠してあった銃を取り出し、撃つ。 それが合図となった。 「よし、いくぞ!」 「うん!」 待っていた。このときを! ――飛龍とエルエムの顔が生き生きと輝きを放つ。 そして、二人は服に手をかけると、がばっと脱いだ――もしものときといって、切り込みをいれていたおかげで二人は素早くいつものスタイルへと素早く変化する。 「はぁあああ、いくぞ。俺のカンフーを目に焼き付けろ!」 「コスチューム、ラピッドスタイル! 戦いは先手必勝! スピード! リズム! シエン、よく見てなさい!」 飛龍、エルエムともに大変、楽しそうである。 もう、こうなっては止まる間なんてありはしない。 「くそ、こいつらサツだ」 「ぶち殺せ!」 マフィアたちが銃、刀と取り出し戦闘態勢にはいる。 そのなかで一番出遅れたのはクロウだ。 「うわ、二人ともはやって……うおっ!」 マフィアが撃った銃弾がクロウの額に思いっきりあたり、床へと倒す。 「ふん、素人め! てめぇら、一人仕留めたぞ、いっきにカタをつけるぞ」 「クロウウウウ、おのれ、貴様らぁあああ!」 クロウが倒れたのに飛龍が怒りに吠える。 「エルが仇を討つからね!」 エルもまた叫びあげる。 事務所に怒りと血の緊迫した雰囲気が流れる―― 「いってなぁ! 普通死ぬぞ、これ!」 がばっと、死んだと思われたクロウは勢いよく起き上がって叫んだ。 いや、殺すつもりで撃ったんだが――その場にいたマフィアたち一同が内心つっこんだ。 「まぁ、いい。そっちがそう来るならこっちだってな……!」 起き上がるとクロウの右手が膨れ上がりはじめ、みしぃとスーツが破ける音がした。 「……って、しまった。これ借り物じゃないかよ! うわ、やべ、脱がないとって――がはっ!」 上着を脱ごうとしたとき、またしても銃弾が頭を直撃してクロウは床に倒れこむ。 「この化け物め! しねぇ!」 マフィアがクロウに向けてマシンガンを放つ。 だん、だんだんだんっ――! 何千発ともいえる弾をすべて使い果たしたのにマフィアは息を荒くさて、床に倒れて動かないクロウを見て満足げに笑う。 「ふ、死んだか」 「――っ、だから痛いって! 服に穴あいちまうだろう!」 がばりと起き上がり方向違いの怒りを発揮するクロウ。 「うわぁああああ、死なない! こいつ、死なない。痛いとかじゃねぇだろう! 怖い。恐いよ。ママン!」 「落ち着けサブ! 爆弾持って来い、爆弾! いや、ランチャーだ。ランチャー出してこい!」 マフィアたちは、クロウ相手に恐慌状態に陥った。 「……クロウ!」 「レウィス? どうしたって……なんで俺の後ろに隠れるんだよ!」 「武器を取り出すので、その間、弾除けになってくれると助かります……お願いしますね?」 「はぁ? って、あいたたたたたた!」 混乱したマフィアと、レウィスを狙って銃弾がクロウに向けて放たれる。 そして、見事に生きる盾となったクロウ――の服はびりびりに破けていく。借り物なのに。 一方、クロウは倒されたと――いや、生きてぴんぴんしていて、弾避けなんてしているのだが――怒りに我を失った飛龍は怒りと悲しみの拳を放つ。 「クロウの仇っ! ほぁっちゃあああ!」 マフィアの顔面に拳を打ち付け、一人を倒す。刀を持つ相手にはヌンチャクで利き手を絡め取り、延髄蹴りを顔面に食らわせると、壁を背にして背後からの攻撃に備える。 「エルエム! あたぁ!」 ヌンチャンを手裏剣に変化させ、エルエムの背後を狙う敵へと投げつける。 「ぐあ!」 エルエムは目の前の敵を蹴り倒すと、飛龍によって隙の生まれた背後の敵を殴り倒した。そして、彼女は飛ぶ。それによって虹の舞衣がひらりと動き、飛龍の周りにいた敵の視界が奪われる。その隙を飛龍は活かして、一人を蹴り、一人は締め技で落した。 エルエムと飛龍は互いに視線を交わす。 戦う者同士には言葉はしらない、ただ戦いの場があれば分かり合える。 エルエムと飛龍は戦いの場で、言葉ではない拳という共通の言語を持ち、分かり合っていた。 最後に残った重火器持もつ敵に飛龍は叫ぶ。 「小狼、奴に火を噴け!」 火の玉がいくつも出て、マフィアの服に火をつける隙が生じるのに二人は動く。 「いくぞ。エルエム!」 「うん、飛龍!」 飛龍の拳が、エルエムの蹴りが――見事にマフィアの顔面に決まった。 最後の敵を床に倒し、エルエムと飛龍は戦士の顔で見つめ合った。 「一丁上がりだな。……いい蹴りを持ってるな、エルエム」 「飛龍も! いい拳をもってるよ!」 「拳で、友情が芽生えたみたいですよ」 「いててて……俺、撃たれただけなんだけど……本当に、ハナっから潰せば早かったよな。これ。……参考になったのか、これ?」 制圧した事務所の端でレウィスが微笑む横で、びりびりのスーツを着たクロウがうんざりと呟く。 ★ ★ ★ 探偵事務所でリンヤンはにこにこと笑って四人を出迎えてくれた 「ご苦労さま。なんか知らないけど、ばれちゃったんだって? なんでだろうね? え、俺がわざわざ教えたとか? そんなことするわけないでしょー。ううん、けど、小さなところとはいえ一掃できて、また少し治安がよくなるよ。ありがとう~」 「……ええ、本当に、「誠意ある」依頼人のおかげで、多少面白い展開になりましたね」 にこやかにレウィスが応じる。しかし、目が笑っていない。その背後にはどす黒いオーラが漂っている。 がリンヤンは笑顔だ。 「誠意あるだなんてー。俺の心がほしいの? 困ったねぇ、レウィスくんはー」 「心なんて寒いことを言わないでくれませんか? そもそもあなたの心なんていりませんからね。ふふふ」 「やだなぁー。レウィスくんったらー、はははは」 「ふふふふ」 「はははは」 クロウは黙ってキノちゃんを両手に、その光景から背を向けた。 「教育上、ああいうのはよくない」 「シエン、エルエム、お前たちも見るな」 大人として飛龍はシエンとエルエムの肩を掴んで、レウィスとリンやンのやりとりから子供と戦友を守った。 「ま、レウィスくんの嫌味プレゼント攻撃を聞き流すのはこれくらいにして……キノちゃん、シエン、おかえり。さて、何を見たのかな? パパに、報告してごらん? どうだった?」 リンヤンがにこにこと笑ってキノちゃんとシエンに話しかける。 すると、キノちゃんがこくこくと頷いて、キノ、キノノと声をあげる。――四人にはさっぱりわからないキノコ語だが、リンヤンは真剣な顔をして相槌を打っている。 「うん? うん。催眠術? 言いくるめ。へー。すごいね。だましたんだ。え、それで、脱ぐと強い? 銃にあたっても痛い痛いくらいで平気? ……は? はい?」 話を聞き終わったリンヤンが無言で四人へと視線を向ける。 「エルエム、飛龍さん、クロウくん、なに、人の子供に露出狂の道へと引きずりこんでるの? なに脱いでるの? ねぇねぇ脱いで、銃弾が痛いくらいで済むとかなに、それ!」 「脱ぐのは必要なことだ」 「そうよ! 服なんて邪魔だもん!」 「俺は脱いでもない! いや、撃たれたけど……ってか、いや、借りたスーツ、駄目にしちゃったんだけど……やっぱ弁償?」 乾いた笑みを浮かべるクロウにリンヤンはにこりと微笑み、片手をあげた瞬間――ひらりと、白衣がひらめいた瞬間――たたーんとメスがクロウの服を突き刺し、壁に張り付けにした。 「うおっ! な、なっなっ」 「科学者なめんなよ。リンヤンの持つ百八つの特技のひとつ、メス投げ! 良い子も悪い子も危ないから人に向けてはなっちゃだめだけどねぇ。……クロウくん~。人の子に変な趣味教えて、さらにはスーツはだめにした~? ふーん、お金での弁償はいいよ~。かわりに、身体で払ってくれるとうれしいなぁ。ねえ! クロウくん! 大丈夫、新しい快楽に目覚めるかもよ? 優しくしてあげるよ。さぁて、新しい新薬の実験とか、あ、改造くんその四号とかもいいなぁー」 「っ! まてよ、脱いだのは俺じゃない! いや、スーツを脱ごうとしたけど……それにスーツをだめにしたのはマフィアのせいだ! 俺のせいじゃない! って、うわぁああああ!」 事務所に憐れなクロウの悲鳴がとどろいた。
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