世界樹侵攻の後、ある意味復興の象徴の一つとなっているおでん屋屋台。 そのオヤジが帰ってくるまでに多種多様な意思によりつくられた出汁つゆは脇におかれ、樹海で採取された様々なおでん種が、オヤジ特性のおでんつゆにつかり今日も芳醇な香りを漂わせている。 夜の来ないターミナルの一角、そんな屋台で肩を並べて飲むのは、常連のティーロと、珍しくティーロに絡んでいる軍人が一人。 軍人は身動きする度に顔を若干しかめつつ、杯を傾けていた。「どうしたよコタロ。今日はやけに絡むじゃねーか」 空になったお猪口に熱燗を注ぎながら話しかける魔導師に、軍人――コタロは一気にそれを飲み干して、勢い良くお猪口を置いた。 タン、と響く甲高い音に気を取られた次の瞬間、視線を戻してみれば半眼となった蒼の双眸がティーロの顔を、じっと見てくる。 表情には現れていないが、かなり酔っているらしかった。「……実は……貴殿を漢と見込んで、相談したいことがある」「ほう、コタロがオレに。いいねいいね、何だよナンパの仕方か? 酒のススメ方? いやーなんでも聞いてくれよ」「……撫子殿に……告白されたのだが」「あぁそうなんだ、へー……ようやくか! 今更か! だから難聴系は今日び長持ちしねーんだって!」 思わず拍子抜けかけたティーロが、先日のやりとりのままに言う。「ま、なんにせよいい事じゃねーか、それでなんでそんなに荒れてんだよ!」 ニヤニヤ笑いながら背中を叩けば、珍しく、痛みでほんの少しだけ顔をしかめた軍人。「どうした、そんな強かったか?」「……少々、ムチ打ち気味なのだ。油断していて、胸を突き飛ばされた拍子に少々」 何故、誰に突き飛ばされたのかはこの際敢えて聞くまいと思ったが、何も聞かないでは相談にならない。 かくてあれやこれやと事情を聞き出していく、ティーロ。 曰く。 撫子の事は嫌ってはいない、己にとって数少ない大切にしたい存在であるとは思う。 だが自分はそれを友情の範疇であると思っていた。今もどうなのかは判らない。 彼女の思いには極力応えたいとは思うが、そんな中途半端な状態で応えて良いものか。 過去にコタロが好いた相手――確かサクラコといった筈だった――は、自分にとって友情と慕情の境界が極めて曖昧な存在だった故に、今は、より一層その境界が判らないのであると。 そして話したのは、これまで殆ど話すことの無かった、過去の行為。「サクラコを殺せと言われ、自分は教官殿を……そして、その現場に居合わせたサクラコに、自分を殺させた」 その時に触れた女の手に、初めて明確に女を意識した。 幼い頃から共に切磋琢磨しあってきた少女であり、朋輩。 まだ、自分は過去を引きずり続けている。 そしてサクラコと同じ韻律のその名前に、彼女をどうしても想起してしまう。 撫子に過去を重ねていないと言えば嘘になる。 それは相手にとって余りにも失礼だろう、それもまた迷いの理由である――そう述べて酒を煽るコタロを見て、ティーロは年頃の息子を見る父親さながらの笑みを浮かべた。「男とと女ってのは巡り合わせがあるんだよ」 恋愛というのは自由なもので、巡り合わせを大切に楽しむもんだ。「べき」とか「せねば」はそこには無い。「なるようになるもんさ」 そう言うティーロに、雨に打たれた子犬のような風情を漂わせコタロが視線を投げてきた。「撫子とくっついて、壱番世界に帰属するのも悪くないんじゃねぇか?」 その提案に、応える声はない。 しばしの沈黙。 オヤジはそんな二人を気遣うように、裏の椅子に腰掛けて視界から消え、下ごしらえを続けている。「ティーロ殿」 不意に、コタロが視線を向けてきた。「貴殿のこれまでの話の端々から……故郷には、縁のあった女性が居たらしいと、解釈している」 何か、思い切りをつけるようにコタロは再び杯を煽り、空にして半身をティーロへ向けてきた。「良ければ、聞かせてはもらえないか。貴殿の……巡り合わせを」 師に道を尋ねる弟子のような口調で問いかけてくるコタロ。 同じようにして盃をほすと、ティーロは半身を向きあわせ、これに対するのだった。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>コタロ・ムラタナ(cxvf2951)ティーロ・ベラドンナ(cfvp5305)=========
「なるようになるもんさ」 出来の悪い弟分への声かけ、という風情で笑って背中を叩いてくるティーロ殿の口調に、迷いは殆ど感じ取ることができない。 俺がティーロ殿に対して過去を尋ねてしまったのは、其のせいだろう。 ――過去は、気安く問うものではない。 自分自身が他人に過去を聞かれても――生来の口下手を別にしても――口を重くせざるをえないはずだ。 それでもなお、知りたいと考えた。 それは自分自身の、未来について初めて考えることを、したために。 ‡ 「25才ぐらいの頃かな。オレの師匠が"いいかげん嫁を取れ"って言い出してな。要は自分が引退するためにオレに身を固めさせようっていう魂胆さ。でも、宮廷でやっていくには結婚も必要だからな。仕方ねえ」 真剣な目で自分を見てくるコタロに少しだけ困ったような横顔を見せながら、ティーロはコップを煽る。 「相手の名はパオラ。大臣閣下の娘でな、まぁいわゆる名門貴族さ。俺は平民の出だったから、ハクをつけてやろうって親心だったのかもしんねぇけど――ま、それはそれでありかなと思ったさ。だがなぁ、そこででてくるのが、あのクソ女! マルツィアって奴さ」 それは、結婚式の当日の事だった。 『御免!』 「今まさに誓いの言葉を促されようとしたその時だぜ? 突然剣を抜き放ったまま突入してきた女が来てみろよ。そりゃ皆思うさ。『身辺整理をし忘れたか』ってな。けどまぁ、入ってきたのがマルツィア――国でも有名な姫将軍だから、誰もとめられやしねぇ」 思わず「おい」と叫びそうになったその、瞬間だった。 「刃――匕首がパオラの親父さんに向けて投げつけられたのさ」 祭礼に参列した貴人の随従が一人。 その手による暗殺計画は、姫将軍の斬撃により、地へと叩き落された。 瞬間、その随従が貴人たちの頭を越え、マルツィアの背後――大臣へと幾つもの刃を降らせる。 それは、ティーロの魔法により、地に叩き落されていく。 『貴様、油断が過ぎるぞ! 警戒を怠るなど』 『任務中に酔っ払う殿下に言われたくねぇな! おいこら、人の結婚式滅茶苦茶にしやがって、どうしてくれる』 『知るか、今はこいつを捕らえるのが先だ!』 刺客は、一人という人数において、かつてないほどの手練だった。 それは支援の術に長けた宮廷魔術師の精鋭たるティーロと、ナイフを操る術に長けた姫将軍の二人を相手にし、数十合を耐えたことでも、見て取れる。 それでも、数多の任務の中で培った連携が、次第次第に刺客を追い詰めていった。 最期の一撃が、男の腹に、叩き込まれる。 ――どう、と倒れ伏した刺客を部下に引渡し、マルツィアが、パオラとその父に向き直る。 『騒がせました――愚鈍な友ですが、よろしく頼みます』 「誰が愚鈍だ!」 タン、と硬い音をたててグラスが卓にたたきつけられる。 「人の結婚式を台無しにしておいてだぜおい。信じられるかよ、言うにことかいて『愚鈍』だぜ『愚鈍』! ――ったく、あんときゃ呆れたぜ」 一人エキサイトするティーロの話に、コタロはただ黙して答える。 「そんで、パオラが言うわけだ。『どうやら、わたしは貴方に相応しくないようです』ってな。あーあって思ったね。……ま、正直気が抜けた部分もなかったわけじゃないんだけどよ」 オヤジ、酒! と代わりを頼み、ティーロはまた、コタロに向き直った。 「パオラは、いい子だったよ。オレにも彼女と結婚して宮廷ん中で粛々と暮らす人生もあったかもしれない」 それでも、結婚式というその日に刺客が自分達を襲った。 そして、それをマルツィアが悟り防いだ。――自分とともに。 そしてその光景に何らかの想いを抱いたパオラが、婚儀を中止した。 全ては、流れの中で。 全ては、あるがままに。 「要はそういうことだ。全ては成り行きで"必然"なのさ」 無言で差し出された酒に口をつけながら、ティーロは言う。 「森や山、川は何故そこにある? 人は何故そこに生まれた? 山があるから川が出来る。住む人がいるからそこに街ができる。みんな"在る"から始まる因縁の積み重ねだ」 その口調は、普段のティーロの口調とは異なる、真剣なもの。 道に惑う弟分にしてやれる、精一杯の燈明であれとの想いが言わせるもの。 「オレやお前も、そんな因縁と無縁じゃいられねえ。男と女もくっついたり離れたりさ。壱番世界に一緒に帰属するのもいい、別の世界にいくのもいい、一緒にいない状態を選ぶのもいい――なるようになるよ」 なるようになる。あるがままにある。 大切なのは、その中で、どうありたいか、どう生きたいか、それだけだ。 「だから今の気持ちを大切にするんだ。過去の女じゃなく撫子を好いてるのかどうか、よく自分の心に聞いてみな」 「ティーロ殿……」 ただ、それだけを口にするコタロ。 そんな兵士の背中をポン、と叩きティーロは立ち上がった。 「オヤジ、勘定頼む。今日は景気付けにオレの奢りだ」 「あいよ」 おでん屋を後にした二人。 「じゃあな――今度会ったら、どうしたか、いや、どうするかかな? 聞かせてくれよ?」 誂うような口調でティーロは軽く手をあげると、それ以上何もいうことなく踵を返した。 悩めコタロ。所詮人生、なるようになるもんさ。 そう背中で言い置いて歩くティーロの姿が消えるまで、コタロは路上で立ち尽くす。 それでも、やがてゆっくりと歩き出した。 ‡ 足のむくがままに歩き、歩くがままに思考を遊ばせる。 己の未来。 どこでならば、自分の未来が思い描けるのだろうか。 撫子の育った、壱番世界か。 数多の電化製品と文化に恵まれた平和な世界――同じ世界に、全く異なる環境もあるとは聞いていたがコタロが撫子に案内されて目にした壱番世界とはそのような場所だった。 その世界に、請い請われ帰属する自分。 それは、どうにも思い描けぬものだった。 ではどこならば……思考の中で、あの赤い世界、カンダータを思い出す。 とこしえのいくさば。 永久戦場を形造る不毛の大地と、其処に生きる誇り高き人々の姿。 あの世界ならば、俺はあるがままに生きていけるのではないだろうか――俺という存在を受け入れてくれるのではないか。 ――俺は、受け入れてくれる場所が欲しかったのか。 今更ながら、漸くながらに気づく想い。願い。望み。 帰属という事象を為すことによって、受け入れてくれたという確証を持たせてくれる場所、そこが彼の地であってほしいという、その想い。 だが、積極的に動こうとは……どうしても、思えなかった。 それはコタロ自身の受動的な性格に依る部分も大きかったが、それ以上に、珍しく彼自身の明確な意思としての考えがあったからでもあった。 所詮、己は旅人。 通りすがりの、行きて来るもの、来て行くもの。風来坊たる身でありながら、根を下ろしたいと考えた。 しかし、だ。俺が如何にあの世界を望もうとも、それを押し付けるのは、只の我儘なのではないだろうか。 迷惑になるのでは、ないだろうか。 俺自身の意思による関与が彼らの迷惑となるなら――それならば、そのような我儘を認めるわけにはいかない。 それは俺の、本意ではない。 ただ、それでも自分自身は彼の世界を恋うのだと、コタロは思う。 助力を求められる限り。渡せるものが在る限り。 どんな形でも、自分が彼らの役に立てたならば、それだけで俺は幸せだ――そう、コタロは独り思う。 彼らが俺の力を必要としてくれるならば、俺は幾らでも銃となり、鎧となろう。 だが、道具は持ち主を選ばない。持ち主が、道具を選ぶのだ。 あそこは彼らの世界で、俺や他の旅人達は、助力を請われるからこそ、そこに力を貸せるのだ。 押し付けの好意等、何等の価値もないのではないか。 ――隣にいてもいいですか? 不意に、声が蘇る。 空回りしてごめんなさい、と言っていた彼女の震える肩が、瞼の裏に蘇る。 「時間を貰いたい」と告げたものの、それが単なる時間稼ぎでしかないことは、自分自身がよくわかっていた。 恋愛、というもの。人との関わりというもの。 自分自身が、それらのものに対して答えを出せずにいる現実に対しての、制止の懇願だった。 どうしたらいいかわからない。 どう答えたらいいかわからない。 ただ、一つの想いだけは見いだせる。 それをまだ、言葉にしていないだけだ。 そう思う自分自身の中で、また声が蘇る。 ――思いをどこへ捨てるというのか。 また言葉にしないままに逃げるのか。 伝えないままに、機会を逸し、終わるのか。 忘れろと、自分自身に言い聞かせ、無かったことにするのか。 想いを、殺すのか。 それだけは嫌だ。 それは、明瞭な意思だった。 歩き続けていた足が、ぴたりと止まる。 ゆっくりと持ち上げられていた手が、口元を隠すマフラーを、ゆっくりとずり下ろす。 ぼそぼそ、と試しに呟いてみる。 しばしの、沈黙。 だがそれは、呟くことで形作られた思いを反芻し、見つめなおし、確固たるものとして確信するための、沈黙。 次に会った時、この思いを告げようと、そう心に決める。 どんな言葉で告げれば良いのかは判らない。 けれど、伝えなければならない――否、伝えたいのだ。 これも、自分の我儘。 けれども……あの戦場から、これまでと同様に、帰ってきたその時は。 それが自分本位の我儘だったとしても、伝えたいと、そう思うのだ。 これから自分はカンダータへと赴く。戦場に赴く際に、そこから帰った後の目的がある――そうそう経験のないことだった。 『なるようになるもんだよ。よく、自分の心に聞いてみな』 ティーロの声が、脳裏に蘇ってきた。 自分の心。 あの戦場の民に、あの血と硝煙の世界に必要とされたい。 だが、彼女はきっとその世界を厭うだろう。 大抵の女性はそうした懐かしい薫りが充満する地を、好まないということは――甚だ怪しげではあるが――理解できていた。 相反する、二つの願望。 どちらも、自分だけでは想いのままにならず、自分の勝手で思いのままに振る舞い、迷惑を掛けたくもないと思う。 それでも、ティーロの言葉が、背中をほんの少し、押してくれる気がするから――少しだけ、望んでみてもいいのではないか。 そう言い訳をする自分がいた。 不意に、自嘲の笑みが、こぼれる。 どちらも紛れも無き己の望みであり、どちらも果たしたいと欲をかく。 その二つが充足される時、どちらかに、あるいはいずれにも迷惑をかけ、不快な思いをさせ、厭う目を向けられるかもしれないと思っても尚、望んでしまう感情が浮かべさせた笑みだった。 自分は、いつからこんなに欲張りになったのだろうか。 自問するも、すぐさま答えはでる。 それでも、これは俺の望みなのだと。 これが、俺の望みなのだと。 ――それでいいんだよ。 不思議と、ティーロの声が聞こえたような気がした。 少しばかり、先ほどとは異なる微笑をもらし、コタロは歩み始める。 一歩一歩踏みしめながら。 今度あったその時に。そんな思いを確かめるかのように、一歩一歩、歩き出す。 ‡ 「ったく、ふざけんなって話だよな」 今日、ティーロは旨い酒を呑むはずだったのだ。 今日あたり、カンダータからコタロが戻ってくるはずで、そろそろ何がしかの答えなりなんなり出てるんじゃないかと、そしてその答えを聞かせてくれるんじゃないかと、いつもの屋台で手ぐすね引いて待っていたわけだ。 どうであれ、それが旨い酒の肴になってくれるであろうことはかたくないはずだった。 「それなのに、見ろよオヤジ、このメール」 それは、コタロの行方不明を告げるメール。 予言を耳にしたものからその情報は伝播し、コタロと親しくしていたティーロにもまた、数名からその情報が舞い込んできたのだ。 「で、お前は?」と視線で問うてくるオヤジ。否、定かでない答えを定かとするものが問いならば、それは問いとはいえなかったことだろう。 「行くよ」 間髪いれず答えたティーロに、やっぱりな、という目でオヤジが視線を投げてくる。 死んでるかもしれないのに、低い可能性に賭けて助けにいくっていうのかい? そんな問いかけが聞こえてくるかのような、視線だった。 音をたてて置かれたグラスは空となり、ティーロはゆっくりと椅子から腰を上げた。 「ま、大丈夫。どうにかなってるだろうさ――生きる理由のある奴は、しぶといんだぜ?」 言いつつ、支払いをしようとするティーロ。 そんな男に、屋台のオヤジが無愛想なままで言う。 「いらねぇよ。出銭はゲンが悪い」 オヤジの言葉に、ティーロは再び笑みを浮かべた。 「そうかい、じゃ、ちょっと行ってくるわ」 飄々として歩み去る姿。 そんな後ろ姿を眺めてひとしきり。 屋台のオヤジは、明日に向けての仕込み作業に取り掛かっていくのだった。
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