「……そのように気にしていただく必要はないのでありますよ、本当に」「何、理由の大半はそれにしても、たまにはこうして気の抜けるような一日を過ごすもよかろう。貴殿をダシにしているだけと取って、おつきあいいただきたい」「ふむ、なるほど……ならば、そうさせていただくとしようか」 隻腕の軍人ヌマブチと、隆々たる肉体を誇る機動騎士ガルバリュート・フォン・ブロンデリング・ウォーロード。 ふたりが、インヤンガイはリューシャン街区、その中でも特別賑やかで活気のある職人街へと降り立ったのにはわけがあった。依頼を受けてのことではない。フリーチケットを使用しての、いわゆる自由旅行である。 いくさ場に身を置くことこそ本分とでもいうべきふたりが、戦闘ではない理由でここへ来たのには、数か月前に勃発した大きな戦いが関係している。 マキシマム・トレインウォー。 天文学的な確率、神のいたずらとでも言うべき世界群同士の邂逅によって起きた最終決戦で、ガルバリュートはヌマブチと対峙し、結果的に彼の腕を吹き飛ばすことになった。 さまざまな事情、思惑、しがらみ、信念が絡んでの結果だ。 どちらが正しくどちらに非があるかなどと、単純な言葉で切って捨てられるものではなく、ヌマブチは気にしていないと言ったものの、おさまりのつかないガルバリュートはとある提案をし、彼の意をくんだヌマブチが同意してこの小旅行と相成ったのである。「さて……ここだ。店主殿、参ったぞ! 例のものを見せていただこうか!」 ありとあらゆる技術がそろう職人街の一角、雑多な品々が積み上げられた小さな店の前でガルバリュートが声を張る。「お、ガルバさんかい。いらっしゃい、待ってたぜ」 すぐに、なめした革のように日焼けした、小柄な親爺が姿を現し、親しげな笑みをガルバリュートへ向けた。「紹介いたそう。義肢屋『再光(ツァイゴゥアン)』の店主、ダレエン殿だ。ダレエン殿、こちらが」「おう、ヌマブチさんだな、話は聞いてるぜ。いろんな種類のを用意しといたから、好きなだけ試してみてくれよ。気に入った奴があれば買って行ってくれ、ガルバさんの友だちってぇんなら安くするぜ」 いかにも腕利きの職人といった風情の、頑固そうな、しかし陽気そうでもある親爺である。彼は、この一帯では一番の機械技師であり、同時に、当代随一と謳われもする義肢職人でもあるのだった。 そう、彼らはヌマブチの失われた左腕に変わる義手を求めてここを訪れたのだ。 ヌマブチ自身の、今すぐ、何としてでも左腕をもとに戻したい……という思いは薄く、むしろこの状況を戒めのようだとすら感じているほどだったが、ガルバリュートの熱意にほだされたのと、あまりけんもほろろに断るのも申し訳ないという思いもあって、「見るだけなら」ということでここへやって来たのだった。「よろしくお願いするであります」 素晴らしい姿勢のよさで、折り目正しく一礼するヌマブチへと頷いてみせ、「じゃあ……まずはこいつだ」 ダレエンは山と積み上げられた品々の中から最初のひとつを取り出し、ヌマブチへと手渡す。差し出されたのは、黒光りする、ごつくて重厚な印象の義手だった。 受け取り、説明を聞きながら装着する。「ほう……これは、確かに悪くないでありますな。見かけほど重くもないようだ」 それは驚くほどしっくりとヌマブチの腕へ馴染んだ。「おお、イイじゃねぇか。よし、次はこいつだ」 ダレエンが次々と義手を出してくる。 それは例えば軽量義手であったり、義手と神経を霊力でつなぐ高性能義手であったり、刃物や銃火器などの武器類を取り付けられる戦闘用義手であったりした。そのどれもが素晴らしくヌマブチの腕にフィットし、彼に、ほんのひととき、失われた腕の存在を再認識させた。「ほほう、素晴らしいものばかりでありますな。これは、よいものを見せていただいた」「と、言うからには、購入に至るほどのものはまだない、ということであるかな」「いや、そういうわけではないのでありますが……」「ふむ、なら、次からはウチの“とっておき”ばっかりだ。心してつけてくれよ」 次に取り出されたのは、たくさんの機械部品が取り付けられた、少々規模の大きい義手だった。肘の辺りにつけられた部品がどうもエンジンのように見え、一抹の不安を覚えるものの、勧められるまま装着する。「ふむ、まあ……悪くはない。ダレエン殿、これは?」「ブースターつき義手だ。装着者をすげぇ勢いで加速してくれるぜ」「義手が、であるか?」「ああ」「……つまり、ヌマブチ殿を?」「まあ、亜音速に近い速度はそろそろ実現できそうだぁな」「待て、生身の某にいきなり亜音速とかいじめであります、」 か、を言い終わる前にスイッチが入った。 ビュウとかシャッとか、そんな生半可なものではなかった。 ボン、という音を立ててヌマブチの身体が横滑りに吹っ飛んだ。 義手はそのままヌマブチの身体を空へ引っ張り上げ、吹き飛ばし、キラァン、という錯覚さえ伴ってお星さまにする。「ははは、ヌマブチ殿には大きすぎたようであるな!」「だなぁ、もう少し軽量化と、制御の簡易化につとめなきゃいけねぇな」「言うことはそれだけでありますか……」 どうにかこうにか戻ってきて、モザイクがかかったずたぼろの姿でヌマブチが呻くものの、ふたりは特に堪えた様子もない。ダレエンなど、「こいつは義肢百八天王の中では最弱」みたいな顔をして、品物の山を漁っては次なるお楽しみ――もとい、ヌマブチのための義手――を提示する体たらくだ。 若干の不吉を拭えないまま、試着は続く。「じゃあ次はこれだ。内部に発霊機を備えていて、火を起こしたり雷を発生させたり、周囲を一気に凍りつかせる程度の冷気を発生させたりできる。まあ、戦闘特化型だな」 ダレエンの言うとおり、それはさまざまな現象を引き起こした。装着者の補助となってくれるであろうことは確かだ。「おお、これは面白い。まるで魔法のようであるな!」「異議あり! その物言いには反論せざるを得ぬ! 魔法と科学は別モノなのであります!」 口を滑らせたガルバリュートへ、ものすごい勢いでヌマブチが食いつく。 ――ヌマブチの、魔法に関する講義はそこから小一時間続いたそうだ。「しょうがねぇな……じゃ、こいつはどうだい?」 次に装着したのは不思議な義手だった。 腕はともかく、手の部分は五本指の形状をしておらず、丸い円を描く針金が縦に何本も組み合わされた不思議なつくりをしていた。「……?」「まあ、こいつをやってみなよ」 白い液体の入ったボウルが手渡される。 と、スイッチが入った。 ぶうん、じー、かしゃかしゃかしゃかしゃ。「こ……これはッ!」 ヌマブチはカッと目を見開いた。「生クリームが、あっという間に泡立てられるであります!」 ボウルの中では、白い液体がふんわりとした滑らかなクリームへと転じている。 ――要するに、電動泡立て器型義手。「うわあすごい、これは便利……って、生活密着型すぎるやないかい!」 ツッコミ魂に衝き動かされるあまり、語尾さえ変わっている。 ちなみにダレエンは、フードプロセッサ型義手とミキサー型義手、蒸し焼き型義手に揚げ物万能義手までいろいろ勧めてくれたが、ヌマブチは「某、そこまで料理が得意なわけでも好きなわけでもないので、これはその道のかたに勧めてほしい」とすべてを諦めた菩薩の顔で断った。「ふう……ヌマブチさん、アンタなかなか玄人好みだね。俺をこんなにアツくさせるたぁ、やるじゃねぇか」 額の汗など拭いつつ朗らかな笑顔で言うダレエンだが、ヌマブチ的にはハードルを上げているのは店主殿でありますと裏拳を放ちたい気分だ。「ヌマブチ殿は眼が超えておられるな。このガルバリュート、紹介者として鼻が高い」 おまけにガルバリュートからの助けはいっさい期待できない。 某ひとりでこのボケっ放しふたりを相手取るのは困難であります、と、ヌマブチが全裸で猛獣の檻へ放り込まれたようなニヒルな笑みを浮かべる間に、今度は少し毛色の違う義手が並べられる。 磨き上げられたメタリックな義手の、手の甲辺りに、誰かが苦悶するような影がちらちらと映るもの。 渋いいぶし銀の色をした義手の、拳半分が、べったりとした赤黒い何かで汚れている――拭っても拭っても少し経つと再び浮かび上がってくるそうだ――もの。 触れたとたん背筋が寒くなり、装着すると吐く息が白くなり、手足が冷たくなり震えが止まらなくなって、骨まで凍えてしまうもの。 装着すると、「許さない……恨んでやる、憎んでやる……お前を、永遠に、見ているぞ……」と、ぼそぼそとした声が聞こえるようになり、誰かの憎しみに満ちた視線を感じ始め、精も根も尽き果ててしまうもの。 義手を身に着けて戦場に行くと、何者かに急き立てられるような気持ちになって、気づけばバーサーカー化し、敵も味方も関係なく殺さずにはいられなくなるものなどなど。「こいつらはいわゆる中古品てヤツだ。出どころ? まあ、訊くだけヤボってことさ。曰くつきのものばっかりだから、使うんなら安くして――……」「いえ、結構でありますっていうかそんなガチガチの呪いアイテム却下であります」 どう考えても碌なことにならない未来しか見えず、全身全霊で拒むと、ダレエンとガルバリュートに「やれやれ、気難しいお客だぜ」的な溜息をつかれた。あれっコレ某が悪者の流れ? とヌマブチが遠い目をしていると、「なら仕方ねぇ、俺も本気を出すぜ。こいつは、めったな客には見せねぇ代物だ、覚悟しな」 キリッとした男前の顔になったダレエンが、倉庫の片隅へとふたりをいざなう。「なら、こいつでどうだい? そうそう、この穴に腕を入れてくれ、ちょっと特殊な義手なもんでね」「はあ……こうでありますか」 いろいろな感情が諦観へと到達しつつあるヌマブチが、『壁』の穴へ腕を通すと、ずごごごごごと周囲が振動し、ずしぃいいいぃんと何かが立ち上がった。振動で埃が舞い上がり、小さな部品があちこちの棚から落ちてくる。「うむ、その……これは?」 すでに何をどう突っ込むべきか考えあぐねる表情でヌマブチは『義手』を見上げる。 ――身の丈三メートル。 少し小太りの体型、朗らかな顔立ち、右腕には買い物籠、割烹着風の外装。 壱番世界は日本風に言うなら、昭和四十年代を髣髴とさせる巨大なかーちゃんが、ヌマブチの、彼に残された上腕半ばと『手をつなぐ』形状で鎮座ましましている。 ダレエンが白い歯を見せて笑った。非常に誇らしげである。「俺の最高傑作、全自動型義手『お母(か)んといっしょ』だ! ありとあらゆる家事を完璧にこなすうえ、装着者に危害を加えようってやつには頭蓋骨が陥没するくらいの強烈な一撃をお見舞いするぜ!」 これならどうだ! とばかりに親指をぐっと立てられ、「いやいやいやいや、これに一撃されたら頭蓋骨陥没どころじゃないっていうか、その前にこれもう義手っていうかむしろ単なる全方位型の面倒見のいいロボット、」「むう……なるほど、ここまで至れり尽くせりの義手はそうそうあるまい。何より、この温かみのあるフォルムと来たらどうだ……!」「だろう? やっぱりガルバさんは話が判るね! おっと、しまった」「いかがされた、ダレエン殿」「男ってのはいつでも親父の背中を追いかけているもんだ、こっちの、『お父(と)んといっしょ』のほうがよかったかな? こっちと付け替えるかい?」 こちらも昭和四十年代を髣髴とさせる印象の、頭頂の毛が薄くなった、気難しそうな和装のおっさん型義手を勧められ、ヌマブチはアルカイックスマイルを浮かべて首を横に振る。「いや、どちらも収納が大変そうだから遠慮させていただく」 「そろそろ疲れてきたから帰りたい」感たっぷりの哀愁漂う軍人氏は、ツッコミの着地点も見失いつつある。 と、そこへ、どおおおおおんん、という大きな音が響いた。 わずかな振動が足元から伝わってくる。「なんだなんだ、どっかの馬鹿が抗争でもおっ始めやがったのか!?」 ダレエンが表へ飛び出してゆく。 それを爆発音だと確認するまでもなく、瞬時に『戦うもの』としての己へ立ち戻り、ふたりは非戦闘員であるダレエンを庇うように外を伺う。「おいおい、ナニがあったってんだ、シュエラン!」 慌ただしく走っていく探偵を目ざとく見つけ、ダレエンが呼ばわると、このリューシャン街区を根城としている腕利きの探偵は、「スクラップ置き場で暴霊が発生しやがった。鉄屑を喰ってどんどんでかくなってやがる……まるで、機械の竜だ。職人街の金属を狙ってこっちへ来るまでそう時間はかからな、――お」 これまた目ざとくロストナンバーふたりを見つけ、「おっいい物件見っけ」的な表情をした。「さっき助っ人要請したばっかりなのに速いな! ひとつ頼むぜ!」「何だ、アンタたち行くのかい。よっしゃ、好きな義手を持ってけ、何でも使ってくれ。アンタたちの手助けができるうえ店の宣伝にもなるなんざ一石二鳥じゃねぇか、な!」 ふたりがそうだとも違うとも言う前に、話は決まってしまったようだった。 ものすごい量の義手を押し付けられつつ、ヌマブチは小さく息を吐く。「……まあ、あとで正式な依頼扱いとして処理してもらえばいいか」「うむ、助けを求める手に背を向けるなど騎士の名折れ。――全身全霊にて参ろうぞ!」 ガルバリュートは全身の筋肉を隆起させて戦意を表明している。「さて、では行くとしよう。やるからには、被害は最小限に抑えたいでありますからな」「その通りである……いざ、参らん!」 颯爽と現場へ向かおうとするふたりを、ダレエンが呼び止める。「ああそうだ」「うむ、いかがされた、店主殿」「好きな義手を進呈するが、死んだら返してもらうからな、そこだけ気をつけろよ? まあ、アンタたちなら大丈夫だろうけどな!」 悪気はないのだろうが不吉極まりない言葉に若干テンションを下げられつつ。 ――さあ、新生ヌマブチとガルバリュートの暴霊退治だ!=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロード(cpzt8399)ヌマブチ(cwem1401)=========
ごおおおおん、と鋼鉄竜が咆哮する。 うつし世へ顕現し猛り狂う巨大な暴霊を見上げ、ヌマブチとガルバリュートは目くばせを交わす。 いかに彼らといえども、これをふたりのみで相手取るのは骨が折れそうだ。被害を最小限に抑えるためにも、このビックリアイテムたちを有効活用するほかない。 「……店主殿」 ヌマブチが呼ばわると、ダレエンは首を傾げた。 「死んだら返してもらう、ということは、死なねば返さずともよい、ということでありますな」 「ん?」 「少々、乱暴な使い方をさせていただくことになると思うが」 ヌマブチが言う傍から、派手な爆発音と断末魔の絶叫が効果音として響く義手――ちなみにドッキリ用義手だそうだが、ヌマブチにはついぞその使い道が判らなかった――をブースター型義手に装着したガルバリュートが、それをミサイルのように発射している。 けたたましい音を立てて射出されたそれは、いつの間にか追尾装置でもついていたのか、暴霊の周囲をぐるぐるまわり、咆哮する鋼鉄竜の意識をそちらに引きつけた。 歩みを止め、うるさい蝿でも追うように竜がこうべを巡らせる。 「うむ、見事な働き」 ガルバリュートが拳を握った。 同じようなブースター型義手に、閃光を発する義手――『暗い夜道も安心義手』、だそうだ――や黒煙を立ちのぼらせる義手――『どこでも連絡、カンタン狼煙くん』というタグがついていた――を装着し、次々と射出しては暴霊の足止めを行う。 「ははあ、腕に装着せず補助として使うか……考えたな」 ダレエンは感心している。 ヌマブチはここぞとばかりにたたみかけた。 「といったわけで、『死なねば返さずともよい』という店主殿のお言葉、忠実に受け止めさせていただくが、よろしいですな?」 この事態において、出し惜しみなどしていても仕方がないという思いがあって、半ば揚げ足を取るかたちで言質を取ろうとしたのだったが、からからと笑った店主は、手元にあった義手を掴んでヌマブチへと放り投げた。 「馬ッ鹿野郎、このダレエンをそこいらのチンケなやつらといっしょにするもんじゃねぇや。必要ならどんどん持ってけ、壊れようが壊そうが構わねぇよ」 「……よろしいのでありますか?」 壊れても上記屁理屈を振りかざし、責任を回避する方向へ持っていくつもりだったヌマブチとしては、拍子抜けとすら言わねばなるまい。 理屈をこねまわした舌戦には滅法強いヌマブチであるので、ダレエンに追及されたところで逃げ切る自信はあったのだが、無論、心置きなく使えるほうがいいに決まっている。 「ウチの義肢は世界一だ。俺はそのことに誇りを持ってる。そいつがこの街の役に立つってぇんなら、それ以上言うべきこともねぇや。なんせ、ウチには1080の義肢があるからな、多少減っても商売に差し支えることもねぇ」 その数煩悩の十倍である。 「アンタたちの活躍、頼りにしてるからな」 にやりと笑うダレエンへ向け、ヌマブチは軽く頭を下げる。 「承知いたした。かたじけない」 「――まあ、その代わり、次の義肢の実験台もといモデルにはなってもらうけどな!」 「うむ、問題ない。店主殿が満足行くまでおつきあいいたそう。……主にヌマブチ殿が!」 「ああ……たぶんそう来るだろうな、と思ったであります」 予想通りと言えばいいのか、当人が応える前に力強くうなずくガルバリュートをアルカイックスマイルで見つめつつ、ヌマブチは散乱する義手をざっと検分した。 「……ガルバリュート殿」 「うむ」 おりしも、囮への興味を失ったのか、鋼鉄竜は周囲を飛び回る義手を無造作に払い落とし、こちらへと踏み出そうとしているところだった。あれに踏みしだかれれば、ヒトの集落など容易く砕け散る。 「行かせぬぞ……無辜の民が幸いを護るは、我らが誉れ!」 ガルバリュートがトラベルギアのランスを構えて突撃する。 「父祖よ、我が姫よ、ご覧あれ! 騎士ガルバリュートの、美しき戦いを!」 朗々たる口上とともに、空気すら震わせて突っ込んだガルバリュートの、“惑星を呑む蛇”こと超巨大宇宙蛇ドラゴナコンダすら撃退したという一撃が、鉄屑で出来た竜の左脇腹辺りをごっそりとえぐる。ぱらぱらと金属片が飛び散った。 しかし暴霊とて黙ってはいない。 ごおごおと吼えた鋼鉄の竜が、周囲の金属片を操り、鋭い雨と変化させて降り注がせる。驟雨のごときそれは、到底防ぐこともかわすことも出来るものではなく、隆々たる筋肉が、降り注ぐ金属片によって切り傷や打撲痕を刻まれてゆく。 が、 「ぬう……やるな。しかし、この憐れなる宇宙囚人めには至福の甘露!」 ぶっちゃけたところ、すべての苦痛は、ガルバリュートにとっての悦びである……らしい。 「さあ、もっとだ……もっと、この肉体を打ち据えるがいい! はしたない奴隷騎士に苦痛という名のご褒美を……!」 言っていることは立派な変態であるが、“ご褒美”によって常人ならば激痛のあまり身動きもできなくなるような攻撃に耐え、さらに戦意をたぎらせてゆくのだから、ポジティブシンキングの極みと言うべきなのかもしれない。 「ふんぬ!」 ほとんど爆弾級の重量でランスの一撃を叩き込み、暴霊を吹っ飛ばしたのち、見かけによらぬ軽やかさな足運びで――しかも、これが妙に品のよい所作なのだ――ガルバリュートが戻ってくる。 ふと流した視線が、陳列された商品のひとつを捕らえた。 「ヌマブチ殿!」 ヌマブチを呼ぶ表情は真剣そのもの。 「こんな義手があったぞ」 そこには近未来の大砲を思わせる特大級の義手が鎮座ましましている。 「サイズからして、拙者向けであるな。ふむ、しっくりと馴染む。……ふむふむ、この義手にはなにやら素晴らしい特殊技があるらしい。説明書を読むからしばし待っていただきたい。なになに、まずその場で三回転半腰振りへそ出しマーメイド……」 よく判らない文言がガルバリュートの口から飛び出してくる。 戦闘中に説明書を熟読し始める辺りからして突っ込みたいがそれどころではない。 ごあああああ、と咆哮した竜がこちらへと突進を始める前に、ヌマブチはひそやかに忍び寄って、“骨まで凍える義手”を金属のつま先へ引っかけていた。恐ろしい寒気がするので手に持つことすらいやだったのだが、背に腹は代えられない。 ヌマブチが呪怨系義手を引っかけると同時に、身の丈十メートルを超える機械竜がびくんと痙攣し動きを止める。見れば、つま先が凍りつき、不気味な錆を浮かび上がらせ始めていた。 「なんたる呪いアイテムか……」 自分が身に着けていたらどうなっていたか、を想像して薄ら寒い思いを味わいつつ、ヌマブチは次なる義手の選定に入る。 その眼前では、ガルバリュートが、おそろしく複雑でおそろしく小刻みでおそろしくせわしない、シュールな動きを繰り広げている。ガルバリュートいわく、この手順を踏むと何かすごいことが起きるらしい。 「腕を大きく上げて“空中で蓮華”のポーズ! そこから流れるような優雅さでコハクチョウの動き!」 あふれ弾けんばかりの筋肉を汗でしっとりと濡れ光らせるガルバリュートを見ていると、今が何をすべき時なのかよく判らなくなってくる。 「そして、最後に……ウルトラマッスルのポーズ!」 ウルトラマッスルって何でありますか、と、ヌマブチが突っ込む暇もあらばこそ。 ――きゅどむ。 何かが空を斬り裂き遥か先にそびえ立つ放送塔の天辺を消した。 それが、ガルバリュートの装着した義手から発せられた、シャレにならない威力の砲撃だったと気づくのに大した時間は必要なかった。 「ふむ。反動で肩から先が吹っ飛ばなかったのが不思議なほどであるな。相当進んだ無反動技術が垣間見える。見事である」 非常に進んだ文明を持つ世界出身のガルバリュートはごくごく普通に納得しているが、ヌマブチとしては生身の人間にこの威力とかどんな狼藉でありますかと心底突っ込みたい。 突っ込みたいがやはりそれどころではない。 なぜなら、轟くように咆哮した鉄屑の竜が、更に金属片を吸収し巨大化したからだ。 「まずいでありますな。ひと息に仕留めねば被害が甚大になるばかりだ」 ヌマブチは装着した義手を見下ろし、その様子を確かめた。 つくりものとはいえ、両腕がそろうことで、世界樹旅団のもとへ身を寄せていたころの――Dr.クランチの配下として行動したころの記憶が、否応なしに、引きずられるように脳裏をよぎる。『特殊な力を備えた左腕』という共通点もそれを助長した。 苦みを伴った何かが込み上げてくる。しかし、その、ちりちりとした感覚が不快感だという気づきに至れず、もやもやとした無自覚のそれを振り払うように、ヌマブチは暴霊への対処に没頭する。 つながった回路に意識を集中させる。 左腕から廻ったエネルギーが、身体中を渦巻き、徐々に勢いを増して義手へ蓄積されてゆく。義手の指先すべてに、まばゆいばかりの光がともり、熱を放ち始める。 循環させたエネルギーを指の先端からシャワー状に射出し、辺り一帯の敵を薙ぎ払い灼き尽くす、まさに戦争のための道具と称するのが相応しい、義手というよりは兵器である。 「む、いかん、ヌマブチ殿! それは広範囲にすぎる!」 ガルバリュートが制止しようとするが、ヌマブチはエネルギーの収束を止めなかった。 「ここでカタをつけねば、被害を最小限に押し留めることは不可能であります」 だから誰かを巻き込むことをよしとする、そういう意味で言ったわけではなかった。 ただ、そのときのヌマブチは、ちりちりとした不快感――多分に苦い記憶を含んだそれを振り払うのに躍起になっていて、己が発した言葉の危うさ、己が手にした力の危険について、思いが至っていなかったのだ。 咆哮する竜へと射出口を向ける。 濃縮されたエネルギーが一斉に撃ち放たれる。 それは無数の螺旋を描きながら、超高熱の光る雨となって竜へと襲いかかる。 その時だった。 「た、助け……」 がらがら、と瓦礫の崩れ落ちる音がした。 見れば、竜の足元近く、若い母親と幼い男児とが、よろよろとよろめきながら必死で逃げようとしているところだった。 「!」 ヌマブチは息を飲む。 間に合わない、そう確信し、すべての罪を背負う覚悟でヌマブチが奥歯を噛みしめた瞬間、大きな影が真っ直ぐに突っ込んで行った。 「ふんぬうぅッ!」 裂帛の気合いとともに、ガルバリュートが、崩れ落ち横倒しになったコンクリートの壁を持ち上げる。そしてそれを、盾よろしく母子の前で掲げる。 閃光、轟音、砂煙、誰かの咳き込む音。 「……無事であるか」 ややあって砂煙が収まると、そこには、砕け散る壁を放り捨てながら、へたりこんだ母子を助け起こしそっと避難させるガルバリュートの姿があった。半裸の上半身に兜のみという、常識的に難のある出で立ちではあるが、その様は少なくとも騎士道の何たるかを示していた。 ヌマブチは内心で息を吐く。 顔には出なかったが、ひどく安堵した。 「かたじけない」 万感の思いを込めて頭を下げると、ガルバリュートは兜の奥で軽快に笑った。 「ヌマブチ殿の得手と拙者の得手は違う。貴殿の苦手は、拙者が補佐いたそうぞ。その代わり、拙者の苦手を、貴殿が補佐してくれればよいのだ」 ――実を言うと、騎士道などというものはヌマブチには判らない。 彼は自分が虚ろで、空っぽで、そして外道だと理解し自覚している。 しかし、ガルバリュートの言葉、実直で高潔な魂に、常のヌマブチには珍しく、わずかな羨望と憧憬が込み上げた。それは、実際のところ、ガルバリュートという男に対してヌマブチが常々抱いている感情でもあった。 普段は、その内心をかたちにすることはないのだが、今回ばかりは、 「……熱い男だ」 ぽつり、ほぼ無意識に言葉がこぼれ出た。 「僕には、時にそれが、ひどくまぶしく思える」 「ヌマブチ殿?」 彼の口調が少し変化したことに気づいたか、ガルバリュートが小首を傾げる。ヌマブチはかすかに笑い、この、どうにも誇り高く人の好い騎士を促した。 「行こう。まずはカタをつけなくては」 「うむ……そうであるな」 朗らかにうなずき、ガルバリュートが何かの器具を拾い上げる。 「それも義手か?」 「うむ、起死回生、とっておきの品だそうだ。この義手を拙者の背中に繋ぐと……」 「と?」 「文字通り拙者が盾になるという画期的な義手である!」 視界を遮るほどの巨体が左腕にくっつく。 「えっ」 思わず素で声を上げたら、子どもたちにも(番組、エンタメ的な意味で)大人気の義手だそうだ、とガルバリュートが力説してくれる。 「……いや、これは、その」 義手と言っていいものかすら判らず、どう突っ込めばいいか量りかねているヌマブチの眼前で、ガルバリュートがヒーロー物でやるような変身ポーズを完璧なまでに美しい動作でキメている。尺をフルに使っている辺りがもはやプロだ。ただしとてつもなく視界の妨げになるうえ、どこに何の意味があるかは判らない。 「ヌマブチ殿、かような時はふたりの力を合わせる友情パワーという動力が一番いいらしい。――行くぞ!」 ヌマブチの返事を待たず、どむん、と音を立てて巨体が飛んだ。 当然、ヌマブチは腕を引っ掴まれた状態だ。 「!?」 あまたの修羅場こそくぐってきているが、ヌマブチは普通の人間である。 ……のだが、 「一直線に参るぞヌマブチ殿。我が命など平和に比ぶれば! 騎士道とは死ぬことと見つけたり!」 その辺り、斟酌してくれないガルバリュートは、スキル:巻き添えを発動させつつ暴霊へと突っ込んで行く。ジェットコースターとはこのようなものだろうか、と、義手=ガルバリュートに(物理的に)引きずられ振り回され半ば逆さになりつつヌマブチはアルカイックな笑みを浮かべる。 しかし、衝撃から冷めれば、ヌマブチには自分がなすべきことがよく見えた。 ガルバリュートの、隆起した肉体が暴霊の部品を砕き、弾き飛ばし、削いでゆく。 咆哮する鋼鉄竜の打撃及びビーム攻撃を飛行しながらかわし、巨体に似合わぬ俊敏さ、小回りの利いたそれで暴霊の装甲を剥ぎ続ける。彼が暴霊を弱体化させたのち、ひと息に勝負をつけようとしているのは明白だった。 ひときわ大きな音を立てて、竜胸部の金属塊が砕け散る。 あらわになった内部には、血の色に濡れ光る回路が、不気味な拍動を見せていた。 核だ。 「いったい何があって、こんなにも荒ぶったのかは知らないが」 独白し、見据える。 幸い、ヌマブチの腕には先ほどの義手が装着されたままだ。 暴霊の猛攻を今度は慎重にエネルギーを巡回させ、一点へと集中させる。 「もう少し近寄れるか」 「無論だ。すれ違いざまに貫くがいい」 暴霊の放つ高温の熱線をかいくぐり、ガルバリュートが宙を駆けあがった。 じゃっ、じゃっ、という物騒な音が耳元をかすめる。 当たればただでは済まないだろうそれを意に介さず、またガルバリュートが自分を危機にさらすはずがないという信頼もあって(ただしネタ時は除く)、ヌマブチは真っ向から核のみを見ていた。 「行け……ヌマブチ殿。我らの友情コンボを見せつけるのだ!」 ガルバリュートの咆哮。鎌首をもたげた竜が、ふたりを噛み砕こうとあぎとを開く。ガルバリュートの拳が巨大な頭部を殴り飛ばす。ぐらり、と鉄屑の身体が傾いた。その隙をヌマブチは見逃さなかった。 ――そして、一閃。 揮われた義手から高濃度のエネルギー派がほとばしり、核を貫く。 暴霊の巨体がびくりと痙攣し、動きが止まる。 核が粉々に砕け散ったのを確認すると同時に、鋼鉄竜にひびが入った。 ぴしぴしと音を立てながら全身を侵蝕したひびが、それぞれの先端まで到達した瞬間、大音響とともに竜は崩れ落ちた。 もうもうたる砂埃のあと、すぐに静けさが戻ってくる。 「どうであったか?」 義手を解除して自由の身となったガルバリュートの問いに、ヌマブチは首を振る。 「やはり己に左腕は不要、と」 危うく無辜の命を犠牲にするところだった。 機械の左腕は強力だし強靭だが、魔法と同じように、過ぎた力は遠巻きに見て楽しむくらいがちょうどいい。 「自分のような人間には、戒めがある程度でちょうどいい」 がらんどうのろくでなし、人でなしは、そう結論づけ、骨を折ってもらったのにすまない、と小さく頭を下げる。どこまで理解しているのかは判らないものの、ガルバリュートは、静かにそうかと頷いて、 「だが、例え今回の義手が気に入らずとも、貴殿にはいつも心の左腕が存在する。それだけ、覚えおかれよ」 朗らかに言い、ヌマブチの肩を叩いた。 「しかし、暴霊騒ぎでせっかくのひと時がだいなしだな。また埋め合わせをせねば」 「……いや、それは、」 その『埋め合わせ』に妙な胸騒ぎを覚え、ヌマブチが制止するより前に、 「おっそうだ、新しい義手のモデルと試用者が要るんだった。あんたたち、つきあってくれるんだろ?」 ふと思いついた風情でダレエンが声を上げる。 もちろん嫌な予感しかしない。 「いや、その、ちょっと用事が……」 ――無論、ヌマブチの主張が受け入れられることはなく、あれよあれよという間に『埋め合わせ』のスケジュールが決まるのもまた、抗い難い運命なのだった。
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