「インヤンガイからの依頼だ」 世界司書の戸谷 千里が自分達の姿を認めるとおもむろに口を開いた。「数日前から壺中天内のゲーム、【41】に潜った人間数名が戻ってきていないらしい。精神がゲーム内に閉じ込められ、目覚めていない状態のようだ」 ちら、と戸谷が自分達に目を向ける。「今回の君達の仕事は壺中天に潜り、囚われた者の救出・説得をすることだ」 よくよく話を聞けばゲームがクリアできなくて出れなくなった者の他に、現実逃避が過ぎてこのままゲームの中で暮らしたいと閉じこもっている者もいるという事だった。 ゲーム内に留まりたいと思っていても現実的にはそれは不可能だ。ゲーム内に留まっている間は飲食ができない。つまり、そのままにしておくと衰弱死してしまうからだ。 人間、逃避ばかりしてはいられないという事か。 集まった者達は誰ともなく溜息をついた。 前作【40(フォーティー)】から一年後という触れ込みでリリースされたゲーム、【41(フォーティーワン)】。 世界の危機に41歳男性が覚醒し魔族と戦うというモノなのだが、いまいち人気がなかった。 それもそのはず、変身シーンで叫ぶ台詞がちょっとアレなのだ。中年親父が叫ぶには抵抗がある……どころかちょっとおかしくね? これ、明らかに魔法少女とかそんなんだよね? という内容なのだ。それ以外にも理由はあるのだが、それはちょっと割愛する。 それでも現実世界に辟易し、ちょっとゲームでもしてリフレッシュしようと立ち寄った壺中天屋で今すぐプレイ出来るのはこれだけと言われてしまえば妥協してしまう。 息抜きだからどんなんでもいいやと始めたのが運の尽き。変身シーンの段になって「あ、無理」となる。しかしそこで異変が起こった。 ゲームを途中で終らせる為に向かったセーブポイント。 サークル内に浮かび上がる端末を操作してゲーム終了のボタンを選ぶ。 ――error「あれ、おかしいな」 何度操作してもゲームを終了できない、エラーの文字が出るばかりだ。 通常ならばゲームオーバーないし終了処理をすれば現実世界に戻れるはずなのにそれができない。「残念だったな! この世界から抜け出したければ我を倒せ! リタイヤなど許しはせぬぞ」 脳内に響き渡るのは魔王の嘲笑。 絶望が男の体を凍らせた。 「困った事になったネ。調査の為にゲームに潜ったモウが帰ってこないヨ。このままでは死んでしまうネ。なんとかしてくれないカ?」 モウがいないと商売あがったりネ。とメイが肩を竦める。「ところでオマエ達、オナカ空いていないカ? 壺中天屋に行く前にナニか食べない? そっちのおごりデ」 メイがいい笑顔で言った。
「いらっしゃい」 所々切れかかった派手な電飾看板を潜り抜けると、カウンターから声が掛かった。 ここは件の壺中天屋。この店で起こっている問題は伏せられているのか、店内はなかなかの賑わいをみせている。 「コンニチハ、モゥ・メイ探偵事務所のメイよ。役立たずのモゥの代わりに助っ人を連れてきたネ。彼等ならきっと役に立つはずヨ」 「おお、あんたか。待ってたよ」 男はメイの顔を見ると喜色を浮かべ、メイとロストナンバー達を店の奥へと招き入れた。 店の奥にはカーテンに仕切られた一画があり、カーテンの向こうには簡易ベッドが五つずつ足を向かい合わせる格好で左右に並んでいた。その右側が全て埋められている。 「今【41】はゲームの受付を行っていない。ここに隔離してんだよ」 それぞれのベッドの横には点滴スタンドが置かれており、栄養剤のパックが掛けられている。白衣を身に纏った初老の男性は医師だろうか、時折横になっている人の腕を取っては脈を測っているようだ。 「よう、じいさん。どうだい?」 「今のところはなんの変化もないな」 つまりはモゥ・メイ探偵事務所がこの事件を請け負ってから誰一人として目覚めていないということ。 「皆さんが目覚められないのは暴霊の仕業?」 問い掛けたのはジューンだ。 「おそらくな。本社の方で調べてもらったが、ゲームプログラム自体にはなんの問題もなかったそうだ」 「ゲーム内でやっちゃいけない事ってある?」 次に口を開いたのはユーウォン。 「ないよ。ってか、壺中天ってのは精神を飛ばしてるようなもんだからな、ゲーム内でどんなに暴れてもこっちはなんの影響も受けないよ」 「現実世界の武器って持っていけるのか?」 「いや、無理。武器も回復薬も全てゲーム内で手に入れるしかない。さっきも言ったとおり、精神を飛ばしてるだけだからな」 坂上健は残念と肩を落とした。 「ボク……頑張ル。ゲームニ囚ワレタ皆……今、助ケニイクヨ……!」 幽太郎・AHI/MD-01Pは決意も新に呟く。 簡単に説明を受けたロストナンバー達はそれぞれベッドに横になった。 横たわったロストナンバー達に次々と壺のような形状の受送信機を頭に取り付けられ、スイッチが入れられる。 オープニングロールが流れジャジャーンという効果音と共にタイトルが閃く。 カタカタというキーボードを叩く音にあわせ入力画面が現れた。そこに必要事項を入れていく。頭に思い浮かべるだけで入力されるのだからとても便利だ。 この内容で登録しますか? ――Yes. Enterの文字を押せばゲームスタート。 ぐるりと視界が回転した。 ぱちりと目を開けてまず目に入ったのは手。浅黒くごつい男の手だ。ぺたぺたと顔を触ってみればなるほど、いつもと違った大きさと手触りだった。 「どのような見かけになったのでしょう?」 体を反転させれば店舗のガラスが目に映り、ジューンはそちらに足を向ける。 頭にボーダー柄のバンダナ。髪はドレッドヘアーのようだ。面長の顔、垂れて半分しか開いていない目、目元の皺も相まってややくたびれた印象となっている。 服装はいろんな色の入り混じったTシャツにダメージジーンズ、スニーカー。腕にはミサンガやブレスレットなどが数種巻かれている。 手足が大きく、痩せ型の男性だった。 ただ、髪の色と目の色は現実世界と変わりなくピンク色をしていた。 ジューンが選んだのはアクセサリーを売る露店商だった。 「まずは武器を手に入れませんと」 言葉遣いはそのままで吐き出されるのは少し掠れた男の声。違和感が凄いのだがジューンに気にした様子はない。少しは気にして欲しいと傍に人がいれば指摘した筈だ。 「フム……」 顎に手を当て幽太郎はポーズを取る。 レトロなトレンチコートに帽子をかぶった渋い男、それが今の幽太郎である。 ロマンスグレーの髪に青い瞳。なかなかダンディではないか。 イメージとしては刑事コ○ンボか銭○警部といったところか。 しかしながらその面にはちょび髭と丸眼鏡があり、チャッ○リンをも髣髴とさせる。 腕には腕時計が嵌っており、ちょっとした携帯端末の機能も有しているようだ。 「マズハ、囚ワレテイル人ヲ探サナイト……」 幽太郎は早速端末を操り、レーダーで人を探し始めた。 幽太郎が選択したのは刑事。足で情報を収集しながら事件の解決を目指すのだ。 「やべーわ、これ……地味にへこむっ」 健はガックリとその場に両膝と両腕をついた。いわるorzのポーズである。 ガラスに映る頭頂部は寂しい事になっている。近い将来、かの宣教師ザ○エルを思わせるかのような禿になる事は間違いないだろう。 おかしい、自分は普通のサラリーマンを選んだ筈だったのに。 なんとなく健は今の自分がちょっと老けた感じの姿になるんじゃないかな? と思っていたのだ。 なのに、何故だ。今の姿ときたら少しくたびれたスーツを纏い、額には薄っすらと汗をかいた黒縁眼鏡のメタボおじさんなのだ。 考えたくはないのだが、未来の自分はまさしくこんな姿になっているのだろうか? 娘には「やだ、パパ、なんか臭い。もしかして加齢臭?」などと言われるのではないのだろうか。 まさか、そんな……。それだけは勘弁……! ユーウォンはガラスに映る自分を見てはしゃいでいた。 「これがニンゲン……」 どこかうっとりした顔で色んな角度から自分の姿を眺めている。 「ああ、この依頼を受けてよかった」 バーチャルの世界とはいえ、ニンゲンの親父になれるだなんて他ではできない事だ。 「昼間の親父さんってこんな感じかな?」 仕事をしている格好いい親父さんを想像しながら顔を引き締めてみる。 だがしかし、ちょっといいだろうか。本人はテンション高くくるくると表情を変えているのだが、一般的な見た目としてどうか、という感じなのだ。 いわば磯○波平スタイルの天頂の毛が無いバージョンと言えばわかりやすいか。おまけに体型もメタボと一緒に来た誰かとなんとなくかぶっている。 髪の色はオレンジ、目の色は青だ。どうやら髪や目の色については現実世界に影響されるらしい。 服装は休日の親父さんといった感じでポロシャツにチノパンというラフなものだ。 「あっと、いけない。要救助者探さないとね。お仕事、お仕事♪」 どこまでいってもご機嫌なユーウォンであった。 四人が転送されたのは壱番世界や0世界にある商店街のような場所。しかし、中央に行くにつれ荒廃した雰囲気へと変わっていく。 倒壊したビル、積み重なる瓦礫。草木は朽ちて生の息吹きが感じられない。 そしてまさに世界の中央に聳える山に居城を構える倒さねばならぬラスボス・魔王がいる。 冒険はまだ、始まったばかり。 とりあえず武器となりそうなものを拾いながらジューンは歩いていた。ショルダーバックに入れればドラ○もんの四次元ポケットのように嵩張らない。ゲーム内というのは便利なものである。 シュッと視界の端に何かが掠める。と、同時に悲鳴が轟いた。 ジューンが悲鳴の元へ駆けつけると蝙蝠に似た何かが男性に集っていた。 まずは走りながら石を投げる。 石に当たったモンスターはギャッと言いながらぼとぼとと男性の周りに落ちていった。 距離が近付くにしたがって、キィキィと聞こえていた鳴声は甲高い女性の声だとわかる。 モンスター達は「カネズル」「ヨコセ」「モット」「スイトレ」と鳴きながら男性に攻撃を仕掛けていた。 一方、男性はというと碌に抵抗もせず、頭を腕で庇い、足を縮こませて耐えるばかり。 「ちっ」 武器を鉄パイプに変え、モンスターを一匹一匹を叩き落としていく。 「ひぃぃぃぃいいい!」 頭上でブオンとうねる鉄パイプの音に男性はますます身を縮こませて悲鳴を上げる事しかできなかった。 最後の一匹を叩き落した後、ジューンはゼイゼイと肩で息をしていた。 「これが、人間の41歳男性……思ったより不便ですね。身体が不自然に重いですし、肩より上に上げづらいです。五十肩ならぬ四十肩、なのでしょうか」 普段の自分の体との違いに辟易しながら冷静に分析する。 ジューンの足元では蝙蝠に似たモンスターがビクリと痙攣し、霧散する。蝙蝠といっても本体部分はOLの姿をしており、普通の人間であれば攻撃するのに躊躇してしまうかもしれない。実際、男性がそうであったのだから。 「あ、あの……ありがとう、ございました」 「お怪我はありませんか?」 控え目に声を掛ける男性へとジューンは向き直り、常と同じ調子で微笑みかける。胡散臭ささが醸し出されるかと思ったが、意外と大丈夫のようだ。明らかに男性の緊張が解かれている。 「ええ、まあこれくらいは大丈夫です。かすり傷ですよ」 男性の頭上を窺うと体力ゲージが減っているが、微々たるもののようだ。 「それに、これもありますからね」 男性はショルダーバックから小さな瓶を取り出し振ってみせる。傷薬だ。 聞いてみれば男性はちょっとした息抜きの為にこのゲームを始めたらしい。ところが出くわすモンスターが大きさと羽はともかく、女性の姿だった為、攻撃できずに逃げ回っていたという事だ。 「私は医者ですから人の姿をしていると攻撃できなくて……。ゲームだとわかっているのに、駄目ですね」 せめて完全にモンスターの姿をしていればよかったのですが、と苦く笑う。 「でも、モンスターを倒さなければここから出られません。雑魚モンスターはともかく、魔王は倒さないと」 わかっています、と男性が薄く笑う。 「貴方は現実に帰りたいですか?」 「もちろんです! 私は帰りたい。病院には私を待っている患者も看護師もいます。彼等を残してこんな所で朽ちるわけにはいきません」 男性のその言葉を聞いてジューンはにっこりと笑った。 「では現実世界に帰る為に一緒にクリアを目指しましょう。戦闘は私が引き受けます。貴方は私の補佐をしてください」 「いいんですか?」 「戦うばかりがクリアへの道ではありません。HPが危なくなった人が出たら、その人を戦場外へ連れ出して処置をお願いします。一緒に現実へ帰りましょう」 ジューンの言葉に男性は強く頷いた。 「ア……イタ」 セーブポイントの程近く、ベンチに座る男性がいた。 「アノ……コノゲーム内ニ閉ジ込メラレタ人……ダヨネ」 幽太郎の声に項垂れていた男性が顔を上げ、ぼんやりと目を向けた。 「ああ、かわいそうに……あんたもゲームから出られなくなった口かい?」 「ウウン……ボク達ハアナタ達ヲ、助ケニ来タンダ……」 「こ……ここから出られるのか!?」 男性は目を見開き、幽太郎の腕を掴んで取り縋った。……が、 「いや、駄目だ。ここから出てももう何もない……。職を失い、家族も出て行っちまった」 男性は首を振り、幽太郎から力なく腕を離して再び項垂れた。 「エット……確カニ現実ハ厳シイヨ。……ダケド……ソレヲ乗リ越エテ、初メテ人間ハ成長デキルノ。モウ少シ辛抱シテミヨウヨ……。ソウシタラ、キット良イ事モアルヨ。……今ダッテ、僕ト出会エタ。コレハ……アナタニトッテ、良イ事……ジャナイ?」 首を傾げて問う幽太郎に、男性は息を吐いた。 「そうだな……。あんたに会えた事は俺にとって良い事なのかもしれねぇな。……生きてりゃいくらでもやり直せるもんな。ありがとよ、目が覚めたわ」 「……ヨカッタ。ジャア、現実世界ニ返レルヨウニ、協力シテクレル……カナ?」 「ああ、勿論だとも。よろしく、刑事さん?」 男性はバシリと自分の膝を叩き、力強く立ち上がった。 「僕ノ名前……ハ、幽太郎デス。ヨロシク、オジサン」 「幽ちゃんか……。昔の刑事ドラマを思い出すなあ」 へへっと鼻を啜る男性の目にはもう、悲観の色はない。もう大丈夫だ、と幽太郎は思った。 健はゆらりと立ち上がった。 「やべー、ここはゲームの世界じゃないか。なにガチへこみしてんだ、俺。これも暴霊の仕業なのか? 恐るべし、暴霊!」 「あんたなにしてんの?」 「ぅわお! ビックリした!!」 後ろから声を掛けられて健は飛び上がった。 振り向くとひょろりと細長い男が立っている。白衣を身に纏う彼は現実世界の自分の姿に重なる。 未来の自分の姿的にこちらの方が自分のキャラクターに合っている気がして健は目の前の人物を睨みつけた。 「いや、なんで睨んでんの? 俺、声掛けただけだろ?」 はっ! そうだった! 俺には使命があるんだった! ダメだ、冷静にならないと! 「俺はあんたのようにゲームに囚われている人達を助けに来たんだよ」 語った健を白衣の男は無感情に見詰めている。 「さあ、俺と一緒にラスボス倒して現実世界に戻ろうぜ!」 「断る」 「へぁ?!」 間髪いれずに断られ、健の口から変な声が出た。 「別にここから出たいと思ってないし、慣れればこの世界も住みやすいしな」 あれ、こいつ現実に見切りつけちゃった系? 面倒臭い奴に当たっちゃった?! 「いやいや、そうは言ってもさぁ……このままここにいたらあんた死んじゃうよ」 「……モンスターも適当に躱してるし、エネルギー補給も問題ないが」 顎に手をあてて事も無げに答える男に健は頭を抱えた。 「ゲーム内の話じゃなくて、現実の話! 今は点滴でなんとかなってるけど、このままじゃ飯を食えずに栄養失調で死んじまうっていってんだよ!」 「それはちょっと困るかも。……支払い的に」 「そうだろ! ……って、そっちかよっ」 健は一気に脱力する。だが、ここで蹲っていてもミッションは達成できない。 「とにかく行くぞ!」 問答無用で男の腕を掴み引き摺って行く。 ぶらぶらと歩いて――いや、捜索しているとなにやらコンクリート片の上に座ったり立ち上がったりを繰り返している人物が見えてきた。 耳を澄ませると拳を握って「よし!」と呟き、そしてまた「いや、駄目だ」とへなへなと腰を下ろしている。 ユーウォンが少し離れた位置でその様子を窺っている事にも気が付かず、ずっとその動作を続けている。 「あのヒトも保護する対象……だよねぇ」 繰り返される動きを目で追いながらそろそろと近付いて行く。 「おじさん、おじさん。なにしているの?」 ユーウォンが声を掛けると男性の体が一瞬ピュッと飛び上がった。 「あ、ああ……、人間か……」 ユーウォンの姿を認めた男性は腰を下ろし、安堵の溜息をつく。見れば男性が身に纏っているジャージは所々破れ、薄汚れている。 「いやなぁ、なんとかこの先に行こうと思ったんだけどな、ほら、そこ、道路があるだろ。あそこから先はモンスターが多くてな、このまんまじゃ進めそうにないんだよ。だけどなぁ……」 男性が言い淀むとユーウォンが首を傾げる。 「一人じゃ怖い? おれが一緒に行ってあげるよ、大丈夫だよ」 どん、と頼もしげに自らの胸を叩くが、男性の顔色は浮かばない。 「ああ、ありがとな。でも俺がここから動けないのはそれだけの理由じゃないんだよ、わかるだろ?」 男性は溜息を吐くがユーウォンは首を傾げるばかりだ。 「ここから先は変身しなきゃ敵を倒すのに難しそうなんだって」 「? すればいいじゃない」 なんでもない事のようにユーウォンは言う。 「ハァ?! や、だってさ、すんげえ恥ずかしいワード口にしなきゃなんないんだぜ。しかも変身って……!」 男性は真っ赤になってぶるぶると震えている。 実はこの男性、一度変身した事があるのだ。変身する為のワードも変身後の姿も実体験から知っている。だからこんなにも躊躇しているのだ。 「だって、ここには気分を変えに来たんでしょ。思いっきり面白くやらなきゃ損だよ!」 ノリノリなユーウォンに苦笑を漏らす。 「はっちゃけちゃおうよ。きっと楽しいよ♪」 「ふっ……そうだな。皆変身すりゃあおかしくねーもんな。よっし、じゃあ行くか!」 男性は勢いよく立ち上がる。 「そうこなくっちゃ! じゃあ、いっくよ~」 ユーウォンは頭に浮かんだワードを唇に乗せて叫んだ。 魔王の居城を目指しジューンと医者は歩き続ける。町を離れ、瓦礫を乗り越えて進むにつれて出会うモンスターは徐々に強いものへと変わっていった。 そろそろ誰かと遭遇してもいい筈なのだけども……。 そう思うのだが、未だ誰にも出会っていない。 モンスターをジューンが倒し医者がアイテムを拾う。それを何度か繰り返し、枯れ木の聳える土地へ足を踏み入れた時だ。 ズシン、と大地が揺れた。耳を澄ませば枝の折れる音も聞こえるが、どうやらこちらに向かって来ているわけではないようだ。 「行ってみましょう」 同行者の医者に否やはない。二人は頷き合い音の出所へと向かった。 幽太郎と男はごくりと喉を鳴らした。 今、二人の目の前にいるのはどっしりとした体型のドラゴンだ。 二人はやや硬質の木の枝を構えてドラゴンと対峙している。 「……モシカシテ……ラスボス?」 ラスボスがいるという山にはまだ距離があるがそう思うに値する存在感がこのモンスターにはあった。 「いや、四天王って奴じゃないのかい?」 冷静なツッコミを男がする。 男は行動を共にしている内にわかった事だが、職人気質でなかなか気風のいい男だった。気力さえ戻れば頼りがいのあるいい親父なのだ。 幽太郎はドラゴンに照準を合わせ携帯端末でサーチしたが、弱点となりそうなのは目と口の中ぐらいのものだった。しかも瞼を閉じれば固い皮膜に覆われ弱点とはなりえない。 銃も木の枝もドラゴンを倒す手立てにはならないだろう。 ならば今こそ変身すべきではないのだろうか。 正義の味方にちょっぴり憧れてた幽太郎は羞恥心を押さえ込み、頭に浮かんだ呪文を叫ぶ。 「フォーティワン……パワー……、メイク……アップ……!」 眩い光が幽太郎を中心に広がった。 幽太郎が変身している頃、健と白衣の男(以下白衣とする)はゲソ天のクラーケンというなんとも美味しそうなモンスターと対峙していた。 「クソッ! なんて美味しそうなモンスターなんだ、腹が減る!」 「同意」 本音駄々漏れの台詞を吐く健に対して白衣はクールだった。 「しかし、どうすればいいんだっ」 「倒して食えばいいだろう。ザ☆一石二鳥」 ビシッと両方の人差し指を健に指す白衣。 「しかし武器がない!」 「変身すればよかろう?」 「誰が?!」 「お前が」 「あんたも一緒に!」 「だが断る!」 「他力本願か!」 「お前は俺を助けに来たんだろう?」 「ぐぬぬ……」 どうやら口で白衣には勝てぬようだ。 言い争いをしてる合間にクラーケンは攻撃を仕掛けてきた。 躊躇している暇はなかった。健は腹を決める。 「俺は現実に帰るぞ! どんな手段を使っても、どんな手段を使ってもだ!」 健の眦に涙が光る。意を決して頭に浮かんだワードを叫ぶ。 「フォーティーワンパワー、メイクアップ!」 輝いてるぞ、健! 物理的にも。 健はひらひらドレスの魔女っ娘になっていた。頭には小さなティアラを乗せ、まるでプリンセスのようだ。 だが手に持っているのは撲殺メイス。いくら可愛い装飾がされているといっても凶悪だ。 健はやけくそに叫んでクラーケンに躍り掛かる。 「貴方のハートを撲殺しちゃうゾ♪ リリカルマジカルメイスアターック♪」 思い切りよく振り回したメイスが頭部に直撃し、ぐしゃりと潰れる。 倒れたクラーケンはゲソ天部分だけを残し、あとは跡形もなく消えた。 ゲソ天はHP回復アイテムになるので残さずショルダーに詰めた。 一足先に変身したユーウォンの足取りは軽い。 頭の禿げ上がったメタボ体型なのは変わりないが、変身前とは打って変わって身体が軽いのだ。それに無敵だ。今のところさしたる苦もなく敵を倒してきた。 ビジュアルはまど☆マ○の主人公といえばわかるだろうか、あんな感じだ。 ちなみに同行している男性はまだ変身してなどいない。 行くとは場所を移動するという意味で言ったのだ。変身するという意味じゃなかった。だから自分は卑怯ではないと自己弁護しておく。 ユーウォンも気にしていないみたいなのでよしとする。 あちこちでなにやら閃光と叫び声が上がり始めた頃、彼等の前にもモンスターが現れた。 スルメのミイラだ。とても固そうだが薄い。強いのか弱いのかちょっとよくわからない。 「またこれは大きな敵さんが来たもんだなぁ」 男は呑気に呟く。おかしなモンスターが多いな、と思う。普通のRPGに出てくるようなモンスターに自分達は出会っていない。 「じゃあ、今度もさくっといくよぉ」 ユーウォンは矢を番えてモンスターに放った。矢は光の軌跡を描きながらスルメのミイラに突き刺さる。 「やったか!」 だがモンスターは倒れない。怒気を放って液体を吐き出した。 油断していた二人はまともに浴びてしまう。 「酒!?」 急激に酔いが回り体が傾ぐ。このままではやられてしまう。 男は腹を決め、呪文を叫んだ。男の体を眩い光が包み、彼を魔法少女、いや、アマゾネスと変えていく。 ふわりと大地に足を踏みしめた時、そこには革の防具に身を包まれたアマゾネスがいた。 手には剣が握られている。 「覚悟しやがれ!」 男の振るった剣は触腕を一つ切り落とした。それは瞬く間にアイテムへと姿を変え、転がる。 「あ、あれは伝説のアイテム『ウ○ンの力』ではないか! これさえあれば!」 モンスターの攻撃をかわしつつアイテムを拾う。それをユーウォンに投げ渡し再びモンスターに向かいもう一閃と剣を振るう。 切り離された触腕が宙を舞いアイテムへと変化する。それを拾い口に含む。するとどうだろう、酔いの症状が見る見る消えていくではないか。 ユーウォンも敵の隙をついて飲んで完全復活だ。 「「もう怖いものなんてなにもない!」」 二人は同時に叫び攻撃を放つ。 攻撃を受けたモンスターは砕け散り、光の粒子となった。 魔法少女に変身した幽太郎はふわふわと広がるスカートから爬虫類の尻尾を覗かせ、地面に降り立った。 そこへジューンも加勢する。呪文を口にし、魔法少女へ。 ジューンはちょっとアダルティな姿となった。ハイレグの水着に腰の部分をひらひらとした布が覆っている。マジカ○エミのような格好といえばお分かりいただけるだろうか。 ジューンのハンマーがドラゴンの尻尾に振り落とされドラゴンは絶叫する。 その口内に幽太郎の口から放たれた青白いビームが撃ち込まれた。 ドラゴンの口に吸い込まれたビームは体の内側から破裂し、臓腑を撒き散らす。 しかしそれらは地に落ちる前に消え去り、一部はレアアイテムへと変化を遂げる。 それらを拾い魔王のいる山へ。 山の麓に辿り着くと完全装備のスイマーがロストナンバー達を出迎えた。そう、全員この場に揃ったのである。 「よくぞここまで辿り着いたな。しかし、ここが貴様らの墓場となるのだ!」 そう叫ぶ彼は何処からどう見てもスイマーだ。水泳キャップに水中眼鏡。上半身裸で競パンを穿いている。 「モンスター? 変質者じゃなく?」 誰かが呟いたが、それは全員の気持ちの代弁に他ならなかった。 「変質者ちゃうわ! 四天王が一人、スイ・マーだ!」 まともに名乗ったのは彼だけだった。ちなみに残りの四天王はドラゴン・ゲソ天のクラーケン・スルメのミイラである。 他の四天王は巨大だったのだが、このスイ・マーは普通の人間サイズだ。なにを恐れる事があろう。 スイ・マーは目はこちらを見据えたままで両腕を水平に浮かし、ゆらゆらと揺らめかしながらボックスステップを踏み始める。 ただそれだけの事なのにロストナンバー達は急激な眠気に襲われ始めた。 「くっ、しまった!」 「はははははははは! 掛かったな!」 スイ・マーは揺らめきながら高笑いをする。 「こんなこともあろうかと!」 医者がショルダーに手を入れ、レアアイテムを引っ張り出す。 大きく振りかぶってー、投げたー! スコーン……ボフ! レアアイテムは見事スイ・マーの頭部に命中し中身を撒き散らす。 「目がぁ! 目がぁ!」 スイ・マーはその場に倒れゴロゴロと転がった。その脇をロストナンバー達は通り過ぎ、ラスボス・魔王の元へと向かう。 健だけはスイ・マーの横でぴたりと足を止めた。 「撲☆殺」 そして、止めを刺す。 顔を潰されたスイ・マーはサラサラと黒い塵となって消えた。競パンだけを残して。 「ふん、あやつもやられたか。腑甲斐無い」 長い廊下の中央でロストナンバー達と魔王は向き合う。 「ようこそ、諸君。そして、さよならだ」 魔王の口元が歪み、一瞬後には目の前から消えた。 ドンドンドンドン!と壁と天井から轟音が響き、土煙がロストナンバー達を包み込む。 「くそ! 生き埋めにするつもりか!」 「こんなところでくたばって堪るか! 俺は、俺は現実世界へ帰って彼女をGETしたいんだぁー!」 親父どもが、健が吼える。 「フォーティーワンパワー、メイクアップ!」 絶望がこの場を支配しようとしたその時、また一人魔法少女親父が生まれた。今度はセー○ー戦士だった。 轟音を響かせ魔王の居城が山と共に崩れ落ちる。 「フハハハハハハハ! 世界を救う勇者など、魔法少女など存在せぬ。……我の勝ちだ!」 「はたしてそうかな?」 魔王が顔を宙に向けるとシャボンのような大きな膜で覆われたロストナンバー達がそこに浮かんでいた。 全員が地に足を着くと彼等を守っていた膜がパチンと弾ける。 「ふん、生きておったか。……だが、同じ事よ!」 うねりをあげて風が襲いかかる。 「ウウ……立ッテイラレナイ……」 幽太郎が弱音を吐く。 「まだまだぁ!」 「……仕方ないな」 まだ変身していなかった二人が呪文を叫ぶ。現れたのは巫女とナースだ。最早魔法少女が関係なくなっているのは気のせいだ。気にしてはいけない。 「これで全員揃いましたね」 「ダケド……ドウスレバ……。アッ!」 幽太郎がある事に気付く。 「全員ノパワーヲブツケレバ……魔王ノパワーヲ凌グ力ヲ……!」 「それしかねーか」 「うん、やろう」 吹き荒ぶ風の中、全員が輪を作るように手を繋げていく。 全員の手が繋がり、エネルギーが循環され増幅されていく。 「これがフォーティワンパワー」 体中を激しく巡りギリギリまで濃縮され空へ弾け飛ぶ。回転しながら旋回し、魔王を捕らえた。 「行っけぇー!」 皆の気持ちが一つになり魔王を貫きズタズタに引き裂いた。 断末魔の声が消えた後、一陣の風が吹き場を清浄化させていく。 「見て」 荒れ果てた荒野に緑が戻り、かつて魔王の居城があった場所は森となった。 崩れた建物は撤去され、新たな建物が立ち並ぶ。 魔王とモンスターの存在が人々の心から消え去り、お伽話として残るのみとなった。 エンドロールが流れる中、セーブポイントでログアウト処理をして一人、また一人と現実世界に戻っていく。 「ん? こりゃあ何だ?」 画面には三つの文字が並んでいた。 不思議に思いながらも全員ログアウトを選択する。 なにか忘れているような気がするけれど思い出せない。きっとこの事件には関係ない事なんだろうと誰もが思い、忘れていった。 ――Logout? ――Save? ――Continue? チカチカと光る画面と忘れられた身体が一体、寂しく転がっていた。
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