オープニング

「え? これ、使わないの?」
 細身のナイルが訝しそうに振り返る。手にした鞭や手錠を不安そうに揺らせて、首を傾げる。その白い肌にはそこら中にみみず腫れや痣が残っているが、それが逆に不安そうな表情や紫の瞳を際立たせる。
「苛める方がいいなら、アスターに頼むけど…ほんとに僕でいいの?」
 構わない、と応じて掌の薬を差し出す。
 赤と青のカプセルはまるで宝石のようだ。
「薬はやらないんだけど…」
 拒むふりもテーブルに置いた金で消えた。いそいそ口に放り込んで呑み下すと、すぐに効果は現れた。
「なに……これ……凄い……すご……」
 譫言のように呟きながら組み敷かれて平手打ちされると快感に仰け反って泡を吹く。が、何度も極めてその顔はすぐに虚ろなものに変わっていった。
 身動きしなくなった相手をそのままに去っていく。
 汚れた、穢れた存在よ。


「口紅は嫌いだという人はいるが」
 真っ赤な紅を塗りたくりながら、レイザは盛り上がった筋肉を光らせ振り返る。
「もっと濃くつけろって言う人は少ないな」
 鏡の前から戻ってくると、跪いて膝の間に座り込む。赤に縁取られた暗い穴が欲望を誘う。
「こんなので満足なのか?」
 顔を上げた相手に薬を示す。
 赤と青のカプセルは救いの証だ。
「あまり効果があるとは思えないな」
 首を振りながら呑み込むと、やがて顔を紅潮させながら息を吐いた。
「こいつは…凄いな…くらくら、する」
 美丈夫にはいささか不似合いな紫色のドレスを崩して倒れ、切なげに息を弾ませる。
「もう、もたない…来てく…」
 差し出した手は遅かった。痙攣が始まる。呼吸が止まるまで数分。
 汚れた、穢れた存在よ。


「そりゃ、どうしてもってわけじゃないよ、けど、それなら指名する理由はないじゃん?」
 ビットは不満そうに編んだ茶色の髪を弄くった。側に置かれた便器や様々の小道具を、未練がましく横目で見る。
「他の奴だっていい訳だし」
 掌の薬を警戒心とともに眺めたが、一言二言添えると、ぱっと顔を輝かせた。続いて、そんなふうに喜んだ自分を恥じるかのように顔を赤らめ、
「そういうことなら、うん、問題ないかな」
 すぐに効くの、それともじわじわ来るの、そう確かめながらぺろりと舌なめずりする。
 赤と青のカプセルは約束の地への道標。
「あああ……あ」
 掠れた声を上げてすぐに腹を抱え込み、潤んだ瞳でこちらを見上げた。
「ねえ……まだ……? まだ……だよね……でも何か変だこれ…っ」
 顔を激しく振るように引き攣り、ばったり倒れる。上半身に羽織ったシャツに吐瀉物が散る。だが、苦悶表情はない、むしろ、くるりと巻き上がる瞳は夢に溺れる。
 汚れた、穢れた存在よ。


「…ふーん、そうなんですか」
 こっくりと頷いたジールは大きな黒い瞳をあどけなく見開いた。
「ここは昔、聖地だったんですか」
 今もだよ、そう教えてやると、指先に体をくねらせる。
「僕、知りません…もっと教えて下さい…」
 ああならば教えよう。
「ここにおられたのは、我が師だ」

 この忌むべき男娼窟『ズムダーゴン』は、昔、聖なる場所だった。
 我が師、ゾイシャがインヤンガイの辺境に小さな庵をたてられたことも奇跡だったが、そこに集った弟子達に教えたのは自らの欲望を律し、自らの命を尊ぶ教えだった。
 インヤンガイでそんな教えに意味があるわけもなく、ましてやゾイシャ師が傍目には見目麗しい少年であったことが禍いだったと口さがない者達が言ったが、我が数日、師の側を離れたとたんに惨たらしく弄ばれ屠られるほどの罪がどこにあったと言うのか。
 死の直前にもゾイシャ師は説いた、恨むな憎むな、ただ憐れめと。
 我は血の涙を流し、ゾイシャ師をかき抱いて嘆いた。そのたおやかな仕草、その柔らかな微笑み、その甘い肌が今失われていこうとしている。
 我と師の間には師弟を越え、命を越えた深い繋がりがあった。夜ごと世界の幸福と我らが為すべき仕事について語り合った。我らの結びつきは聖なる務めであり、それらをねじ曲げ狂わせる種々の営みは、我らの誓いを汚すものである。
 命果てた師の亡骸とともに、我は我が名前を葬った。
 雌伏の時間は短かった。
 師を弄んだ輩が『ズムダーゴン』を作り上げ、そしてまた、師を襲った理由が、ただその場所が欲しかったからという理由を知った後、死に至る強力な媚薬の開発を完成させるまでには、なおさら。
 彼ら全てに相応しき死を与えるのは聖なる仕事に他ならない。
 快楽の闇に溺れ沈み狂うがいい。己の欲望に心を蝕まれ、体を喰い尽くされ、ウジ虫のようにのたうちながら息絶えるがいい。

「これ、何?」
 口の中に入れてやると、ジールはちゅうと指先を美味そうに吸った。
 赤と青のカプセルは制裁。
「甘くないな…ざんね………ひ…」
 小さな声を零れさせて、体の上から転げ落ちる。
「いや……あああああ…………っ」
 悲鳴が響き渡って瞳が見開かれ恐怖に怯える。量が多過ぎたのだろう。
 吹き零れる体液から擦り抜ける。
 

 師よ。
 師よ。
 愚かだと罵って下さい。
 我は不肖の弟子です。
 けれど、貴方を送る祭壇はきっと必ず取り戻してみせます。
 そのときにはどうか、我が名を呼んで招いて下さい。
 シーライ、この愚か者、と。



「インヤンガイからの依頼です」
 鳴海は陰鬱な顔で溜め息をついた。
「『ズムダーゴン』という男娼窟で、また殺人が繰り返されています。殺されているのは、男娼達の中でも、特殊な性癖の客を相手にする男娼達で、いずれも毒殺の可能性が高いです」
「犯人は客の可能性が高いってことだよな?」
 ヴァージニア・劉が眉を寄せる。
「誰がそいつらの相手をしていたか、ってのは不明なんだ?」
 エイブラム・レイセンが肩を竦める。
「外見は掴めているそうです。二十二、三の中肉中背の男。細い眉に一重の細い目、総髪を後ろでひとまとめにしていて、夕方に現れることが多いそうですが、来た時がわからない、と」
「は?」「はあ?」
 劉とエイブラムがそれぞれに顔をしかめる。
「探偵ラオ・シェンロンの話では、そういう外見の男が、殺人があった前後に『ズムダーゴン』で見かけられているそうなんですが、いざ探そうとするとどこにもいないらしいです」
「ちょっと待った」
 劉がぴらぴらと手を振った。
「抱いてる時は居るんだな?」
「はい」
「で、男娼が殺される、と居なくなる」
 何だそりゃ、と唇をねじ曲げた劉の隣で、エイブラムがじいっと鳴海を凝視している。
「鳴海」
「何も隠してませんよ! ラオも私も、正直お手上げですって!」
「そうじゃないって。今一つ思いついたことがあるんだが」
 エイブラムはにやり、と歯を剥き出した。
「そいつ、今も生きてるのか?」
「あ……そっか」
 そいつはひょっとして、暴霊、か。
 劉がぱちん、と指を鳴らした。
「欲望塗れの体を一つ調達できりゃ、乗っ取って『ズムダーゴン』へ連れ込むなんざ、お手のもんだろうよ」
 エイブラムが薄笑いをする。
 暴霊が体から離れてしまえば、乗っ取られた男はわけもわからずその他の客に混じってしまうだろう。外見も、被っていた暴霊が見せた幻ならば、その男を捕まえたとしても無駄なことだ。
「だとすると、逆に止める方が難しいぜ」
 エイブラムの指摘に劉は唸った。
「男娼を殺す理由は何だ? どうやったら消える? 力づくでいくかそれとも」
「ま、とにかく行ってみようぜ」
 エイブラムがくすくす楽しげに笑って、劉を促した。
「その好きものの顔を拝んでやろう」

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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>

エイブラム・レイセン(ceda5481)
ヴァージニア・劉(csfr8065)

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品目企画シナリオ 管理番号3033
クリエイター葛城 温子(wbvv5374)
クリエイターコメントこの度はご依頼ありがとうございました。
以前お届けしましたシナリオの男娼窟、『ズムダーゴン』をご希望でしたので、再訪しております。

今は『ズムダーゴン』は殺人鬼の跳梁する場所となっており、店の存続さえ危ぶまれそうです。
真犯人はわかっております。
その動機も明らかです。

がしかし、PC様方には、未だ真実は明かされておりません。
さて、どのようにアプローチなさいますか。

『ズムダーゴン』が壊滅しても、いずれどこかに、似たような店はできることでしょう。
インヤンガイはそういう世界です。

参加者
ヴァージニア・劉(csfr8065)ツーリスト 男 25歳 ギャング
エイブラム・レイセン(ceda5481)ツーリスト 男 21歳 ハッカー

ノベル

「…これで全部か?」
 情報端末に繋いでいた襟足のコードをするすると外してエイブラムはラオを振り向く。
「ああ、『ズムダーゴン』で殺害された男娼の情報はそれで全てじゃ」
「ふーむ」
 殺された男娼達の共通点はほとんどない。年齢もばらばら嗜好もばらばら。
「あえて言やぁ、SM、女装、ペドフィリア、排泄性愛とまあ、どっちかってぇとマニア向きぐらいが共通点、いやもう一つ共通点があるか」
 気がついて、再び端末にコードを繋ぐ。
「全員『ズムダーゴン』に勤めてる。店そのものの記録はどうなってる?」
「昔は小さな建物だったようじゃ、そうさな、小規模の宿泊施設のようなものがあったかの。『命の道』とかいう宗教組織のようなものがあったが、インヤンガイで真っ当なものが残るわけもないの」
「…それでも結構な出入りはあったようだな。別段これと言って怪しいところもない、と言うよりインヤンガイじゃそっちが『異常』か」
 呼び出した『命の道』の総帥はまだ少年の域を出ないような若さだった。色白の肌、ぱっちりと見開いた二重の黒い瞳、通った細い鼻筋に雪の中に血を落としたような鮮烈な唇。次々に開く画面が総帥の名前と経歴を知らせる。
 ゾイシャ・エラ・ミーン。享年19歳。15歳から教えを説き始め、その美貌と『命を尊び、欲望を律せよ』との辻説法の類稀な説得力で信者を集める。医学的な心得もあったらしく、医者にかかれない貧困層はすがりつくように彼を求めたようだ。事実、少年の回りには不可思議な出来事も頻発した。彼を疎ましがった勢力がどれほど襲おうとしても、事前に察知していたかのように、その襲撃予定場所から姿を消す。そして何事もなかったように、本拠である宿泊施設に戻ってくる。
「勘が良かったのか、別のカラクリに長けてたのか……ん、こいつは誰だ」
 初期のゾイシャの画像に必ず映り込んでいる一人の男を洗い出す。シーライ・ブォン。細い眉に一重の目、中肉中背、総髪を後ろでひとまとめにしている。
「そっくりじゃな……じゃが、その男は」
「ああ、死んでる」
 シーライは元々医者だった。薬剤開発に携わったこともある。ゾイシャが使った薬の一部は、シーライの開発したものでもあったようだ。だが、シーライはゾイシャが絶命するよりも早く殺されていた。
「こいつが開発していた薬…本来なら、パニックや絶望感を緩めるために使われていたもんなのか。意識レベルを下げる一方で、一部の感覚は鋭敏に研ぎすまされる……幸福感、絶頂感、充実感、それに性衝動の増幅…はぁん」
 シーライが作り上げたその薬に目をつけたのは、インヤンガイの組織だった。配下を、収入源たる娼婦を、敵組織の下っ端を、思い通りに操れると踏んだが、もちろん、シーライは協力を拒んだのだ。
 シーライが殺されてからも、ゾイシャは教えを説き続けていたようだが、防御を失った少年がインヤンガイの牙に引き裂かれるまでに時間はかからなかった。
「どうやら、シーライが暴霊化してるって見込みは合ってそうだな」
 きゅるるっ、とコードを引き外し、エイブラムは立ち上がる。
「どうして男娼を殺して回ってるのかは、本人に聞くか」


「んっ…おい」「あんっ」
 濃厚な口づけから顔を逸らせて、劉は通りに現れたエイブラムを振り向く。
「何さ、純心な口してるから教えてあげようってのに……あ」
「俺なら気にしなくていいぜぇ」
 半裸よりもっとついている布が少ない青年が、エイブラムの笑みに微かに顔を赤らめる。その相手に今の今まで唇を奪われていた劉は、不機嫌そうに拳で口を拭った。
「もっと絡んでくれてても」「ほっとけ」
 上から下までじろじろと眺められて、劉は顔を背ける。ふわりと体に纏いつくドレスは薄物で、きわどいベビードールが透けて見える。それでも軽くまとめた髪や細い首を飾ったチョーカー、細いピンヒールの足下は華奢さが目立って、あからさまに女装だと知らせながら、危うげで妖しい。
「これはちょっと邪魔か」「お、いっ」
 体を寄せて左手で劉を撫で回しながら、エイブラムがギアの糸を仕込んでいくのを眉を寄せて堪えると、首筋に口づけられて思わず震えた。チョーカーを唇で捉えたエイブラムが舌先を使って解こうとする。繰り返し触れる舌に腹の底に奇妙な熱が溜まる。
「感じてるな」「ほっとけ…っ」
 子どもの頃、劉は食い詰め変態画家のモデルをやって駄賃を貰っていた。縄で縛られたり首輪をされたりしたが、女装だけは死ぬ気で抵抗した。女装したが最後、あのクローゼットの中へ閉じ込められ、見えない闇に貪られる、そういう恐怖が体をすくませた。
 今は、仕事だと割り切れば自分を保てる。一筋縄じゃいかねー経験を積んで俺も何か変わったのかな、そう考えながら、『ズムダーゴン』の男娼とのキスにも応じてみせた。
 だが、今エイブラムが与えてくる感覚は別物だ。自分が男であるはずなのに、貪られ開かれていくような感触に、堪え切れない震えが走る。
 くすくす嗤うエイブラムは楽しんでいる。糸が体の中に入り込む感覚、同時にエイブラムが感じている気持ち良さが流し込まれて、目眩がして呼吸が上がる。
「てめ…仕事…しやが…れ」
「あっれえ、俺ちゃん、ちゃんと仕事してるって」
 耳を舐めながらエイブラムが囁き、来てるぜ、と続けた。はっとして薄目を開く霞んだ視界に、通りの向こうからやってくる一人の男が飛び込んでくる。中肉中背、細い眉に一重の目、総髪を背後で一つにまとめ、『ズムダーゴン』の入り口で絡む二人に気づいて足を止める。
「あ、お客さぁん?」
 エイブラムが明るい声をかけた。
「ちょうど良かった、この子、強情な子で困ってんだ、一緒にやらない?」
 一瞬戸惑った顔でこちらを眺めたが、劉の姿をじろじろ眺めた後、きしるような声で呟いた。
「女装しているのか」
「そうなんだよねえ、女装が趣味なばかりか……後はさあ」
「は…ぁうっ!」
 思わず上げた切なげな自分の声に、劉は体が熱くなった。思い切り握られた場所に急速に熱と疼きが溜まっていく。動かすな、と言いたかったが、それさえも呑み込む真っ赤な霧が脳を支配していくのは、エイブラムが仕込んだ糸のせいもあるのか。
 それでも、瞬きして男を見やり、劉は紅を引いた唇でうっすらと笑ってみせた。
「気持ち…いいよ…一緒に遊んでく…?」
「……」
「御覧の通り、俺は男に嬲られるとぞくぞくくる難儀なタチなんだ…アンタも俺を苛めてくれるかい…?」
「よかろう…案内しろ」
 男が頷いた。


「あ…っ」
 劉がドレスを引き裂かれつつ鞭打たれて仰け反る。両手を縛られ鎖に吊るされ、震える爪先が床を掠める。
「もうちょっと強く?」「あああっっ」
「もうちょっと?」「ひっ…」
 エイブラムの歌うような声音とともに降り注ぐ鞭は、体を傷つけるよりも心を鞭打つ類のものだ。身動きとれないまま、体が傷むぎりぎりの境界で、痛みとそこから解放される限界を行ったり来たりする快感を味合わせる。
『俺は薬に強い。どんな強力な麻薬をかっ食らおうが死にゃしねえ。まあ多少厄介な事になんだろうけどな』
 打ち合わせで劉が苦笑いしながら続けた。
『恥ずかしい話このトシまで童貞貫いてこじらせた。エクスタシーってのがどんなもんか一回体験してみたかったんだ、ちょうどいい。後始末は頼んだぜ』
「頼まれちゃったもんね。俺ちゃん、もうそういうことにはとっても真面目にご奉仕しちゃうタイプだし?」
 鞭打たれる劉の顔はわずかに紅潮している。自分の中に目覚めてくる奇妙な感覚を堪えようとでもするように、眉を潜め、顔を歪め、開いた唇から喘ぐように舌が覗く。
 二人の絡みを眺めていた男、シーライが、ふいにゆらりと体を起こした。指先に摘んだ赤と青のカプセルを用心深く劉の舌に載せる。
「は…んっ」
 一瞬鋭い光を過らせた劉があっさり呑み込み、続いて自分にも差し出されたそれを、エイブラムは満面の笑みで受け取る。
「何これ? 薬? 逝っちゃえるのかな?」
「飲め」
 きしるような男の声ににやりと笑って呑み下す。
 男の声を分析すると、おそらく本体の年齢は70前後だ。体としては激しい運動に耐えられないから、今夜は二人の絡みの見物に回ったのだろう。瞳をぎらぎらさせて見つめているシーライの視線に体を晒して挑発しながら、糸を介して肉体情報を操作する。
 薬剤は昔シーライが開発していたものをベースに、毒性を付加されていた。
 薬剤としては不要な化合物を幾種類も検出する。相互作用により、致命的な呼吸障害、筋痙攣を引き起こし、急激な血管収縮も引き起こすのがわかった。肝臓腎臓膵臓などへのダメージも大きい。脳血流も一気にダウンする。
 それらの効果を消し去り、症状だけを模倣するように代謝を組み替える。
「ひあ…」
 掠れた声で劉が身悶え、手足をばたつかせる。糸を介して意識が吹っ飛ぶほどの大量の情報が叩き込まれてくる。処理し切れない脳が低酸素を起こす。それらが快楽にすり替わるのは一瞬だけで、後は死へまっしぐらに突っ込むことになる。
「ふ……いいね……これ…」
 吊り下げられた劉をそろそろと床に降ろしてやると、相手は唇の端に軽く泡を溜めて体をひくつかせている。中心は激しく反応したままだ。さぞかし辛いことだろう。だがその辛さもエイブラムの糸で快楽へ置き換わらせている。
「ねえ、こっちこない…?」
 囁きながらふらふらとシーライに歩み寄っていくと、相手の顔に恐怖が過った。なるほど、今までこれを服用した後に、ここまで保った男娼などいないのだろう。
「あ、…ああ」
 不安と困惑、だが医者としての好奇心が恐怖を上回ったらしい。まずは劉の効果を確認したいのか、エイブラムを遠巻きにして床に倒れている劉に近づいて屈み込む。薄い胸を上下させてのたうつ劉の手足に、千切れたドレスが絡みつき、汗に濡れた体が悩ましく光る。覗き込む男の喉がごくりと鳴った、その次の瞬間、劉の体が床から消えた。
「は」「ちっ!」
「なあ、おっさん」
 きりりっ、とエイブラムの糸に比べると冷徹で惨い鋼糸が、男の背後から首に巻きつけられた。エイブラムの舌打ちは、もうちょっと劉の快感を味わっていたかったという意味だったが、続く強烈な嘲りを含んだ殺意の美酒に微笑する。
「何で男娼を殺した?」
「な、んの、こ…」
 男がどさりと床に倒れ込み、のしかかった劉が容赦なく締め上げる鋼糸にごぶごぶと泡を吹く。
「大方アンタもそのゾイシャってのに欲情してたんだろ。ゾイシャが見目麗しい美少年じゃなくむくつけき男でも信心は変わらねえって言い切れるか」
「…っ!」
 びくんと大きく男が跳ねた。体の作りから言えば信じられない筋力で劉を背中にのせたまま飛び起きる。
「こいつっ!」
 振り落とされそうになった劉ががしりと男の体に脚を回し、なおも鋼糸を締め上げていくのに平行して、エイブラムは近づいた瞬間に男に張り巡らせたギアの糸で、肉体とずれ込む暴霊の情報を感知した。男の目がぎょろりとエイブラムを見返す。さきまでの一重の目ではない、細い眉も消えつつある、武骨で皺だらけの顔、ふさふさとした眉毛が現れかけては消え去り消え去っては現れる。
「お前らなど……お前らなどに……聖域を…渡すもの…か…」
 血の泡を吹き零しながら、男は呻く。
 どうやら、この男が死なない限り、シーライを切り離すことは難しそうだ。
 エイブラムの思考を感じ取って、劉が両手に力を込める。
「お生憎様、くそったれの掃き溜めでしか生きてけねえ人間はどこにでもいる。ここはそういう奴らの聖域だ、あんたの方が異分子なんだ!」
 痛罵と同時にぶっつりと切断された首が飛び、勢いで劉が後ろに転がった。がすぐに立ち上がり、血と汗に塗れた拳で顔を拭って、吐き捨てる。
「これで終わり、だ!」


 終わりじゃない。
 エイブラムは転がった屍体から離れようとする暴霊にギアの糸を深く忍び込ませる。物体ではないが情報体であることには変わりがない。
 正攻法は面倒なんで他人任せで漁夫の利ってな。事件解決したら店にふっかけてもいいな。
 冷ややかな怒りは暴霊の全ての要素に喰い入り、記憶を抉じ開け、生々しく柔らかい感覚に牙を食い込ませる。
 男娼は気の毒だとは思う。だが、出されたモンをほいほい使うのは自業自得だとも思っている。それに対する義憤ではない。
 暴霊は快楽を侮辱したのだ。
 シーライがするべき事は、本当ならば教えとやらに準じて行うべきことだ。なのに、教えに反するような快楽で殺害を繰り返す、この矛盾はどこから来るのか。
 簡単だ、それが快感だから続けてるんだ。
 なのに認めねようとしねぇ。てめぇの快楽のための殺人を、全く別の正義で飾り立てて正当化し、快楽の本質を貶めている。
「俺はそういうのが大っ嫌いなんだよ」
『ひ、ぃ、あああ』
 エイブラムの中に取り込んだ薬から得られる快感を、全て暴霊の感覚に注ぎ込んでやる。シーライの理性の箍が外れていくのを感じる。何も考えられず、快楽の嵐に叩きのめされ踏みつぶされていく自我が、悲鳴を上げて粉々になっていく。剥ぎ取られていく知性、犯せと叫ぶ声に全身を食い尽くされるシーライの前に、記憶の中のゾイシャを放り出してやった。
『ぎ、ぃああああああああ』
 怯えたゾイシャの顔を叩きつけるように抱え込む自分の姿に、シーライが絶叫する。もがく師の顔を挟み、口を抉じ開け、突っ込み、押さえつけて下半身を暴く自分に泣き叫ぶ。
 その狂乱にエイブラムはひんやりと嗤う。
 アンタ、男娼に師を重ねてんだよ。
 自分がヤりたかっただけだろ? 
『チガウ…』
 結局、誰だって気持ちイイことしたいんだよ。
 方法は人それぞれで、理解できないモンもあるがな。
『ワタシハ、聖ナル務メヲ』
 自分でも理解できないこと、俺が気持ちよーく教えてやるよ。
 ダメになるまで何度でもな。
『う、わ、あ、あ、あ、あ、あ……』
 閃光が奔るような衝撃にギアがのたうつ。
 頑丈に、厳重に、幾重にも包まれて来た情報体の一画が、穿たれ探られ切り開かれて一つの光景が浮かび上がる。

『嫌だ、助けて、シーライ、シーライ、シーライーーーーっ!』
 唇に血を這わせて絶叫する少年が男達に次々とのしかかられる。貪られ暴かれいたぶられていく悲惨な光景のすぐ真側に、細い眉の一重の目の、中肉中背の男の霊が佇んでいる。
 その顔には、笑みが浮かんでいる。
 自らの欲望を自覚せぬまま、敬愛する師が蹂躙される様を見つめ続ける男の姿が。
 そして、少年の意識がついに闇に飲まれる瞬間に、突然少年はその男の姿をまっすぐ見た。
『シー……ライ…』
 泣き笑いする、その表情。
 恨むな憎むな、ただ憐れめ……。
 その祈りは、ついにシーライには届かなかった。


「なぁんだ、アンタが殺したかったのは、ほんとはアンタそっくりの男達か」
 エイブラムが苦笑した。
 この場所に来れば思い出す。自分が師を見殺しにしたことを。師を犯しいたぶる男達と同じ存在でしかないことを。
 だがしかし、自分と師の在り方は違っていたはずだ。
 それが愚かしく無様に見えるのは、自分と師との間にあった温かな交流とは違ったやり方を望む者があり、応える者があるからだ。
 それらさえ消えてなくなれば、自分は再び師とともに、温かなあの関係に戻れるだろう。
 独りよがりで自分勝手な、その理屈。
 ギアが与える情報に食いちぎられ崩壊していく暴霊を顧みることなく、エイブラムは倒れたまま息を弾ませている劉に近寄り、抱き上げる。
「気持ちよけりゃ、それでいいってのに」
「えい…ぶ…ら」
「まだ苦しいよな、劉?」
「っっ」
 耳元で囁かれて劉は跳ねる体を持て余す。
「さて、媚薬の効果が収まるまで、相手してもらうか。売れっ子、寄越しな!」
 ひょいと遠くに向かって叫んだエイブラムの体から、熱い波が伝わってきて、劉は仰け反る。
「…の前…に…てめぇ…糸……きり…やがれ……っ」
 体が保たねえ。
 劉の呻き声に、後始末を頼んだんじゃねぇのかよ、と楽しげに笑い返して、エイブラムは歩き続けた。

クリエイターコメントこの度はご参加ありがとうございます。
大変遅くなってしまい、申し訳ありません。

さて、肉体側を劉様が、精神側をエイブラム様が担当して始末されたという感じです。
忠実なる弟子は、実は師の危機に自分の魔性と向き合っていたのでした。それを意識から隠しておくための犯行とも言えますが、エイブラム様にとっては、そんな理由付けさえ馬鹿馬鹿しいことでしょう。

WRとしては、この後のお二人というのがいささか気になるのですが、決して仲良くしっとり、ということにはならないんだろうなあと思ったり。


またのご縁を御待ち致しております。
公開日時2013-12-07(土) 12:30

 

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