クリエイター櫻井文規(wogu2578)
管理番号1156-10379 オファー日2011-07-29(金) 00:07

オファーPC ジュリアン・H・コラルヴェント(cutn5843)ツーリスト 男 26歳 専属エージェント
ゲストPC1 オフィリア・アーレ(cfnn8798) ツーリスト 女 10歳 人形に取り憑いた幽霊

<ノベル>

 一メートル先もろくに窺い見ることもかなわないような霧で包まれている。細かな水飛沫が頬といわず身体といわず、どこともかまわずに張り付き濡らす。すれ違う人々の顔もどこか遠いものであるかのように思えて、ジュリアンは薄青の双眸を細めた。落日し世界が茫洋とした赤黒い闇に包まれるとき、すれ違う人々の姿形もまた茫洋としたものとして思える瞬間があるが、その感覚にどこか通じるものがあるような気がする。確かどこかの世界でそれを誰そ彼――たそがれと称していたように記憶してはいるが、それがどこにある世界であるのかまでは詳しく記憶していない。
 すぐ近くをすれ違う相手の顔さえろくに窺い見ることもかなわないような霧の中、肌に絡みつくような潮の気配を感じながら、石畳の路地の上を足早に歩き進む。ロストナンバーの保護を引き受け、この土地に降り立ったのは、確かまだ明け方の早い時間だったはずだ。視線を上空に向ければ、いくぶんか薄まりつつあるのか、霧の向こうに薄い紫色を浮かべた空がある。霧のせいで分かりにくくはあるが、朝は確実に訪れているのだ。 
 早朝であるにも関わらずそこここに人の気配が感じられるのは、この界隈が港に面しているからだろうか。漁を生活の糧とする者たちの朝はずいぶんと早い時間から始まるものだと聞いたこともあるし。――そんな、取りとめのないことを考えながら歩いていたジュリアンの耳に触れたのは、しかし、漁に携わるような内容のものではなく、陰惨な、仄暗い気配の感じられるようなものだった。

 おい聞いたか。また出たらしいぜ
 またか? これで何度目だ……? 犯人はまだ捕まってねえんだろう?
 犯人が捕まるまでウロつくんかもしれねえなあ……
 そうじゃねえ。知らねぇのか? 殺したなあ人間じゃあねえ。例の、化け物魚だって話だ
 霧の魚か? そういやぁあの夜も霧が濃かったなぁ……

 猟師たちはそう言葉を交わし霧の中に消えていく。
 ジュリアンは耳に触れた彼らの声に小さな息を吐き出し、わずかに眉をよせた。
 聞こうとするまでもなく、彼らが口にする噂話は自然と耳に触れる。それらをつなぎ合わせれば、必然的にひとつの物語を構築することが出来るのだ。――いわく、今ジュリアンが歩き進めている通りの奥にある屋敷の使用人が殺されたのだという。霧の濃い日の夕刻、屋敷の大奥方が馴染みの職人のもとに修理に預けていた人形を取りに遣わされたのだ。職人いわく、人形は確かに使用人が引き取ったらしいのだが、屋敷に戻る帰途、何者かの手によって惨殺されたのだという。その死体が果たしてどのような惨状で見つかったのかは定かではない。何しろ噂は尾ひれを山ほどつけて街中いたる場所に広がっているのだから。
 むろん、真相を知りたければ当日の新聞記事でも見つければいい。降り立ったのは大きな街中なのだ。しかるべき施設でも探して訪れれば過去の記事を見つけることなどさほど難しいことでもない。が、今はそれよりもロストナンバーの保護が優先事項だ。いまださわさわと漂う霧のようにさざめきあう声の中を、ジュリアンは歩みの速度をゆるめることもなく石畳を踏み鳴らし続ける。

 潮の気配が色濃くなった。一時は薄くなったかのように思えた霧は、気付けば再び濃密なものへと変じていた。視界が奪われる。かろうじて、時間帯が朝であるということだけは幸いしただろうか。これが仮に夜であったのならば、なるほど確かに、すれ違いざまに腹を刺されたとしても、何ら不思議ではないだろう。犯人の顔すら判別できず、自分が果たして誰に殺されたのかも理解することなく、粘つく潮風を含んだ霧の中で末期を迎えざるを得ないのかもしれない。
 霧さえ晴れれば、おそらくは活気にあふれた美しい港町なのだろう。霧の中垣間覗き見ることのできる家屋は石を積み造られ、決して狭くはない路の両脇にゆったりとした適度な距離をもち並んでいる。歴史の厚みをも漂わせているそれらは、晴れやかな空の下にあれば、きっと素晴らしい景観をもって訪れる者たちの目や心を癒しもするのだろうが。

 ふ、と。トラベラーズノートに変化を感じて、しまいこんでいたノートを取り出しページをめくる。同時に、開いた紙の上に細かな雨粒がはたはたと落ちてきて筋を描き流れ落ちた。雨が降ってきたのか、あるいは霧が濃くなってきたのか。考えながら視線を持ち上げ空を検めようとしたジュリアンの視界の端に、ふと、黒衣の少女が映りこんだような気がした。しかしそれはごく短い、本当に一瞬のことだった。降り出してきた雨の中、行き交う人々は霧の中右往左往しながらうごめいている。急な雨も珍しいことではないのだろう。あわてているような気配はまるでなく、変わらずさわさわとした、どこか遠くのものに感じられるようなざわめきがあるだけだ。
 ノートの上には保護対象者と思しき者の所在がつかめたこと、そちらに同行してきた者が数人向かっていることなどが記されていた。位置的にはジュリアンが今いる場所から幾分か離れた場所にあるようだ。
 小さな息をもらし、ジュリアンはノートを閉じて再び視線を持ち上げた。遠くからかつかつかつと誰かが小走りに走ってくる気配がする。見るともなく視線を向ければ、胸に人形を抱きかかえた女が霧の中を走っていくのが見えた。何かに追われているのか懸命な形相で、時おり肩越しに後ろを検めるような素振りを見せながら走っていくその女は、すぐ近くにいるジュリアンの存在に気がつく気配もなく霧の中に消えていった。
 ジュリアンは女が吸い込まれ消えていった方角に目を向けて片眉をわずかに動かした後、女の後を追う恰好で石畳の上を歩き進めた。むろん、女の行方を追うわけではない。単純に、ただ同じ方向に足を向けているだけだ。
 やがて霧の中現れたのは他の民家や建物よりも一際大きな、屋敷と呼ぶに相応しい外観をもった一軒だった。
 見事な細工の施された壁門の近くで足を止める。――なるほど、おそらくこれが、噂の舞台となっている屋敷なのだろう。霧の中、住む者の気配も感じさせず、屋敷はただ静かにそこにある。視線を向けた先、門扉の前に、葬儀にでも赴くのだろうか、黒衣を身につけた少女の姿があるのが見えた。じっとりとうつむいたその顔はレースのヴェールで覆われて覗き見る術はない。背格好からすればせいぜい十歳ほどといったところか。霧に濡れた長い茶色の髪は風に踊ることもなく、ただうっそりとした空気をまといながら立っている。
 
 トラベラーズノートに再び異変が生じた。手にとりページを繰る。――どうやら保護対象者は同行してきた他の誰かが無事に保護してくれたらしい。ならば後は特にこれといった目的ももたず、この街の中を散策続けるだけだ。散策を続けながらロストレイルの乗り場へと向かい、出発まで短い休息をとるのも良いだろう。
 屋敷を通り過ぎ、霧の中を進む。相変わらず人の気配はさわさわと漂い、どこか夢の中のもののような遠さを感じる。屋敷はすぐに霧の中に消えていった。
 かつかつかつ。再びあの音がする。立ち止まり音の方に顔を向けた。人形を抱きしめた女が懸命な形相でジュリアンのすぐ横を走り抜けていく。やはりジュリアンの存在に気がついていないようだ。後ろを検めながら走っていく女は、しかし何に追われているのか。追う者の姿などどこにもない。
 路地はほどなく袋小路へと行き当たり、ジュリアンは再び来た道を戻ることにした。先ほどから幾度かこんな小路にあたっている。この街の路地は迷路のように入り組んでいるのかもしれない。街の外には神や妖精といった名を冠した者たちがいるという。そういった者の侵攻を防ぐためだろうか。あるいは、街を満たす霧の中に身を潜めた邪悪な何かを迷わせるためのものかもしれない。ミノタウロスは迷路の中に封じ込められていたという。ならばこの街に住まう者たちは皆一様に彼に捧げられた贄ということか。
 路地を戻る。ほどなく、屋敷は再びジュリアンの前に姿を見せた。靴音を鳴らし、女がジュリアンの横をすり抜けていく。ジュリアンはもう女の姿を追うことはせず、代わりに屋敷の門扉の前に立つ少女に目を向けた。
 少女は先ほどの場所からわずかに逸れることなく立っていた。胸の前で両手を合わせ、祈るような格好でうつむいている。
 幾度も霧の中に消えた女が再び現れ、少女のすぐ傍を走り抜けていく。少女の顔を覆うヴェールがふわりと揺れた。
 
「いつまでもそこで立っているつもりか?」
 誰に気付かれることもないままに。そう続けてわずかに首をかしげたジュリアンの声に、黒衣の少女が弾かれたように顔をあげた。靴音を鳴らし走っていた女の姿がふっと宙に溶けて消える。

 風が吹き、霧がいっせいに消えていく。雨は止んでいた。霧の晴れた視界の中、街の住人たちがあげる歓声が響く。
 広がったのは空を満たす夕焼けの朱だった。いつの間にか時間は数時間ほども過ぎていたらしい。気付かないままに霧の中を彷徨っていたということか。
 数瞬の間、夕焼けに染まる空を仰ぎ眺めた後、ジュリアンは再び少女に目を落とした。――が、少女の姿はもうどこにも見当たらなかった。ほんの刹那の後、少女は姿を消したのだった。

 人々の歓声が空気を揺らす。霧が晴れるのはとても珍しいことなのだろう。家々の中からも顔を覗かせ、空を指して何事かを語りあっていた。だが不思議なことに、霧は晴れたのに、そういった光景もどこか遠い夢の中の景色のようだ。
 ジュリアンは静かに石畳を歩く。幾度となく現れては消えていた女は、もう姿を見せることはなかった。

クリエイターコメントこのたびはご発注まことにありがとうございました。大変お待たせしました。ノベルのお届けにあがらせていただきました。

情景描写多め、心理描写は少なめでというご指定でしたので、全体的にちょっとぼんやりとした霧の街をイメージしたものとしてみました。いかがでしたでしょうか?お気に召していただけましたらさいわいです。

それでは、またのご縁、心よりお待ち申し上げております。
公開日時2011-11-11(金) 22:00

 

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