「変形合体してみたいと思わんか?」 またいつもの如くに何の脈絡もなく世界司書アドルフ・ヴェルナーはその邪念に満ちた見た目に反した子供のようなキラキラした目で口火を切った。 ただの乗り物が一つのパーツに変形し、それらが合体して巨大なロボになる。現在変形合体が彼の胸アツらしい。変形合体こそ男のロマン!! と胸を張る彼の暑苦しいほどの熱弁を割愛して要約するとこういうことだった。 ヴォロスにある小人族の村が、暴走した竜刻によって動きだした要塞に襲われるという。要塞…もとい元要塞…いやいや、要塞を鎧代わりにした昆虫に。数百年前小人族で起こった戦争。その時に建てられ今は村外れに廃屋となっていた要塞に竜刻を宿した昆虫が迷い込み、動くはずのない要塞が動き出すというのだ。 動く要塞――ダークフォート略してダーフォの大きさは30cmあまりと小さなものだが、小人族の平均身長がつまようじほどしかないことを考えれば十分驚異といえた。その上、ダーフォは元々要塞が持っていた守城兵器を装備している。しかも、要塞はあくまで竜刻によって息を吹き込まれた鎧にすぎない。破壊してもすぐに復元されてしまうのだ。これを止めるには要塞の中にいる昆虫を見つけだし叩き潰すほかない。ちなみにその昆虫は壱番世界にてイニシャルGの愛称で親しまれている、あの昆虫に酷似しているということだった。 小人族の村は森の奥に隠れるようにしてあるのだが、木々などで分厚い壁を作っており、中に入るにはつまようじサイズになるほかない。「もちろん、お前たちが巨人として壁をぶち壊しながら進撃したいというなら止めんがな…」 そう言いながらアドルフはごそごそと何やら取り出した。 つまようじサイズのマネキンみたいな顔のない人形のようだ。「これはテレイグジスタンス…遠隔操作ロボットじゃ」 製作者アドルフの説明によれば、個人の生体データを登録することで、外見から特殊能力までをほぼ再現出来、自分のように動かすことが出来るらしい。これで小人族の村に入れるというわけだ。「そしてこれが…小人族の村で使われている乗り物じゃ」 それは雀くらいの大きさの小鳥だった。どうやらその周辺に多く生息する鳥らしい。よく出来た小鳥のロボットで羽の質感まで完璧に象られていた。そこに馬の鞍のようなものと手綱がついている。 小鳥のロボットは小人ロボットと同じ数だけあった。「ここをよく見てくれ」 アドルフは虫眼鏡を翳しながら小鳥の手綱に取り付けられたボタンのようなものを指した。「ここを、ポチッと押すんじゃ」 と、ミシン針で6体の小鳥のボタンを押していく。 すると6体の小鳥は突然小さな金属音を響かせながら変形を始めた。 一羽は、右手に。 もう一羽は、左手に。 別の一羽は、右足に。 また別の一羽は、左足に。 更にもう一羽は、胴体に。 最後の一羽は、頭に。 変形した各パーツは合体し、巨大――といっても30cmあまりのコンパクトサイズだが――ロボになった。 先ほどの柔らかな質感はどこへやら、濃いモスグリーンとはいえ何ともメタリックで無骨なそれである。胸にはZの文字。しかしヴォロスにこんなものを持ち込んで大丈夫なのか。「もちろん、どアホが襲ってきたら、みんなが寝静まる夜まで足止めし、夜陰に紛れて合体、こっそり小人族の平和を守るのじゃ」 アドルフはどこか明後日の方を見つめながらきぱっと言った。ダーフォが訛ってどアホになっているが、何となく大差はないように思われた。彼の目には今まさに地平線に沈まんとする夕陽が見えているようだった。その先に明日が見えるというのか。 アドルフは電話帳みたいな分厚い操縦説明書をドンとテーブルの上に置いて巨大ロボの説明を始めた。 右手は肘から先が射出しロケットパンチが出来るようになっている。飛んでいった腕はどうなるのだろう? ちゃんと戻ってくるのならいいが…と目を凝らしてみると、右手部分のコクピットが手首に付いていた。どうやら自分で操縦し神風特攻隊的な何かで突入しろということのようだ。戻ってくるのも手動操縦。最悪戻ってこれずに戦闘不能になったとしても、それはあくまで人形なわけである。「……」 左手もコクピットは手首に付いていた。腕は蛇腹になっていて伸びて対象を掴むと電撃を送り込むことが出来るらしい。但し充電に少し時間がかかるため乱発出来ない上に、長時間放電出来ないというから足止め程度の代物だろう。ちゃんとコクピットはアースされているのだろうか。 両足は9連ミサイル発射が可能だがそれよりももっと重要なことがあった。「一応、バランサーはついておるが、両足は息が合わないと歩くことも出来んから、熟練度が必要なんじゃ」 実は足の裏にランドスピナーと呼ばれる高速回転するローラーが付いており、足を上げずとも大地を滑るように疾走出来るのだが、彼はそのことに一切触れず、無駄に不安を煽るようなことだけ言った。つまり彼の説明以外の機能もいろいろ搭載されているということだろう。「……」 胴体は背中からロケットランチャーを発射できる他に、両足とタイミングを合わせて背中に取り付けられたジェット噴射機をONにすれば高くジャンプすることが出来るという。ロケットランチャーの説明を聞きながらロストナンバーの脳裏をよぎったのは赤外線しか発射されなかったアドルフの過去の遺物である。「……」 頭は目からビームが出るらしい。それは360°全方向だったりしないだろうな? いや平面的にならまだマシだが立体的に全方向なんてことがあったら…彼の数々の黒歴史が一同の不安をかき立てる。 それはさておき。 もちろん当然のことながら、この巨大ロボには必殺技が搭載されていた。 ある条件下でのみ発動するというファイナル・ウェポン。その名の通り、最後の武器は、他の武器を使い果たした時にのみ使用可能となる。 そして、その発動ボタンは全てのパーツについており、6人が心を一つにして同時にボタンを押さなければ発動しないという代物だった。 何故、そんな仕様なのか。 武器が強力すぎるから、と、アドルフは尤もらしいことを言ったが。彼の背後の机に高く積まれた壱番世界の特撮DVDの山を見る限り、恐らくは、そういうことなのだと推測された。セオリーってやつだ。 それとは別にイヤな予感しか起こさせないドクロマークのボタンが並んで付いていた。非常用ボタンとアドルフは言うが、たぶんどんな非常事態であっても押さない方がいいボタンに違いない。ロボの破損状況が7割を超えないと押しても何も起こらないらしいが…。 ロボの説明を一通り終えて、アドルフは更に何やら取り出した。 人形を遠隔操作するためのコントロールスーツとホバーポッドだ。ホバーポッドの外側には光学迷彩が施されており、周囲にとけ込めるようになっている。中に入ると空中浮遊し、どんな動作をしてもそこから動くことはない。これを拠点となりそうな場所に設置し、そこから人形を操るのだ。「健闘を祈っておるぞ」 そう言ってアドルフは一同を送り出したのだった。
「赤だ赤!」 ロボのパーツと精密ドライバーを手に嬉々として改造に勤しむ手塚流邂の背中から図面のコピーのようなものをチラつかせ断固とした口調で坂上健が言った。 「よし、きた」 流邂の返事はなおざりだ。彼の手の中のパーツは非常に小さい。アドルフから借りパクしたモノクル型の×100レンズ越しでも目を凝らしながらで何とかといった具合なのだ。そちらに意識が集中しているのだ仕方がない。 「夜陰に紛れるのであれば柿渋色ではないのですか?」 ジューンが健に声をかけた。 「柿渋色?」 「忍者装束の色だそうです」 「忍者は黒だろ」 「黒の場合篝火にあたると却って目立ってしまうということで、実際には柿渋色が使われていたとデータにありますが」 「へぇ~、なるほど。じゃあ、赤を基調で」 何が、じゃあ、なのか。 「バナーとユーウォンも頼むぜ!」 健は、流邂同様自ら改造したりアドルフに特注した改造パーツを取り付けたりしている2人にも声をかけ、流邂に渡したのと同じ図面――配色指示書を手渡した。よもや合体して色が全部ちぐはぐなんてことになったら目も当てられないのだ。それは夜を徹して作りあげた彼の自信作である。 「うん」 「わかったよ」 バナーとユーウォンは顔をあげて笑顔で応えた。彼らは特に色にこだわりはないらしい。 それからふと健は1人の男を振り返った。スーツをそつなく着こなし紳士然とした佇まいの男が、ロストレイルの狭い車内の少し離れた席で優雅に本を読んでいる。ヴィンセント・コールだ。巨大ロボとも特撮とも縁遠いどころか存在すら知らなさそうな英国紳士の風情に何とも言い難い違和感を覚えて、うっかり健が見入っていると、それに気づいたのか彼は本から顔をあげ何か用かという視線を健に送ってきた。彼がこの依頼に名乗りをあげた時、流邂が二度見した後、更にもう一度見直していたのを思い出す。彼は何か間違えて参加してしまったのではないだろうか。 無意識であるのかそれとも何かあるのか、胸ポケットを撫でているヴィンセントに内心で首を傾げつつ、健は何でもないとばかりに愛想笑いを返して自分の席へ戻った。 特に改造もパーツの追加の予定もないらしいヴィンセントのパーツは健が預かっている。健が2つ分のパーツを彩色するのだ。彩色にあたってヴィンセントも特に異論はないようだった。健の派手な配色図面を見て彼はわずかに頬を緩めただけである。 ちなみにジューンのパーツはユーウォンが改造するために預かっていたので彩色もユーウォンが担当してくれるらしい。 ――かくて出撃の準備を整えた6人は、ヴォロスに降り立ったのだった。 ▼ 「大きくなったー」 世界が。 体感的には巨大化したように見える雑草を見上げながらバナーが言った。ホバーポッドを設置し一番乗りでテレイグジタンス=TI人形を動かしているのだ。雑草の葉先を指で弾きながら感触を確認する。ほぼ自分と変わらない、というより自分そのもののようだった。 ホバーポッドは小人族の村の近くに設置している。あまり遠くては小人族の村まで小さくなった体で向かうには時間がかかりすぎると思われたからだ。普段は足蹴にしている小石や木の根、雑草や昆虫までもが巨大な障害物となるのだ。 「TIシステムは高価で高度なシステムです。それをこうも惜し気もなく…」 続いてシステムをオンラインにしたジューンがTI人形のボディを動かしながら呟いている。バナーはそれを振り返って。 「高価なんだー? でも壊しても怒られないと思うなー」 彼は以前、アドルフに貸し出されたアクロバットヘリが任務は完了したもののほぼ全壊した依頼に参加したことがあるのだ。 「むしろ嬉しそうだったような気もするし?」 「さすが噂に名高いマッドサイエンティストのアドルフ様です」 ジューンは感心している。 今のバナーの感覚では小石、実際には砂粒くらいだろうそれを拾ってバナーは軽く投げてみた。見事なまでに自分が再現されているようで、力が強くなったりしている様子はない。巨大ロボで強化するからいいのかな? 「TI人形に入って? 更にロボに乗り込むって変な感じー」 小人族との交流のためだとしても、最初からTI人形を強化しておけばいいんじゃ…と内心思わなくもない。 とにもかくにも今度は乗り物である小鳥に乗ってみる。 その頃には流邂とユーウォンも感覚を確認するように動き出した。 遅れて何かを仕込んでいたヴィンセントのTI人形も動き出す。最後に木の上の不安定そうな場所にホバーポッドを固定していた健がようやく動き出した。木の上に設置したホバーポッドを更に彼のオウルフォームのセクタン――ポッポに見張らせている。 それから。 「ちょっと待て、俺の手榴弾は? ギアしか転写されないのかっ?」 健がきょろきょろ辺りを見回しながら言った。 「普通に考えてTIシステムで通常武器は無理だと思いますが?」 ヴィンセントが健の肩を叩いて残念そうに首を横に振る。再現できるのは能力と旅の装備品までだ。手榴弾などの消耗品は、このサイズで作ったものを装備するほかない。 「って、それじゃ俺マジで片道切符の特攻担当!?」 「巨大ロボがあるから大丈夫だよ」 ユーウォンが元気づけるように笑顔で言った。 「いや、しかし、巨大ロボに乗り込むまでが問題なのだが…」 健がぶつぶつ呟いている。彼のトラベルギアは近接武器だからだろう。 「おれ、ホウ酸団子持ってきたよ」 ユーウォンが鞄からそれを取り出して言った。これでダーフォを誘導しようというのだ。 「そういえば、ぼくたちは小さくなってるけど、Gは小さくなってるわけじゃないよねー?」 バナーは首を傾げる。小さいのは小人族の人々だけで、それ以外は普通サイズのままではないのか。 「もしかして同じくらいか?」 健が嫌そうな顔をした。小さかろうとも奴のもたらす嫌悪感は尋常なものではない。それが巨大化など考えるのも嫌なのだ。 「じゃぁ、その大きさだとあまり役に立たないんじゃないか?」 流邂がユーウォンの持っているホウ酸団子を差して言った。 「それなら大丈夫だよ」 ユーウォンは鞄から自分と同じくらいの大きさのホウ酸団子を取り出してみせる。彼の鞄はトラベルギアで質量などを無視して持ち運びが出来るのだ。 それを見ていた健が、自分の手榴弾も入れといて貰えばよかった、と地団駄を踏んだが、ちぎればいくらでも小さくなるホウ酸団子と違い、自分よりも巨大であろう手榴弾の安全ピンを彼は果たしてどうやって抜くつもりなのだろうか。 それはさておき。 小鳥に跨がったユーウォンが行き先を確認しながら言った。 「痛覚があるよ。これ、爆発したらどうなるんだろう?」 「爆発?」 バナーは眉を顰める。TI人形が爆発するというのか、何故。だが、そういう事ではなかったらしい。 小鳥に乗り小人族の村へと歩き出しながら。 「ダーフォを倒した後ならドクロボタン押してもいいよね?」 ユーウォンが言った。とうやら彼は押したくてたまらないらしい。しかし万一のことを考えた場合、TI人形に痛覚があると本体に影響が出たりはしないのだろうか、と思ったようだ。マイナスプラシーボ効果というのもある。人形だから多少壊れても大丈夫だとも思うのだが。 「押すわけないよー!! どう考えても、あれ、自爆ボタンじゃないかよー!!」 バナーは全力で止めに入った。ドクロボタンは断固反対。だがそれに流邂が異を唱える。 「いや、合体が解除されるだけだと思うぞ」 そしてダーフォにダイナマイトアタックするのだ。メンバー的に皆自由そうで意志疎通は無理だろう、と当人のことは棚にあげつつ考えていた流邂だったが、ドクロボタンだけはファイナルウェポン以上に全員の心が一つになると思っていたようである。 「私も全パーツが弾け飛ぶのではないかと思います。それで相手を弾き倒すことが出来るとしたら、不利になればいっそ押すのもありではないかと」 ヴィンセントがにこやかに言った。実は自爆ボタンだったら浪漫だなと密かに思っている彼なのだが言葉にも表情にも出さなかった。 落ち着き払って穏やかに話す彼にバナーも、それならば、と気持ちが傾き始める。 「状況次第ではと思っていますが」 ジューンが言った。ジューンは自爆派であったが、せっかくバナーがその気になっているのに水を差すのは控えたようだ。ところが。 「何言ってるんだ!? 自爆しないロボなんてドクターの作るロボじゃないだろ!」 健は確信に満ちた声で断言した。ドクロボタン、即ち自爆スイッチ。 しかしここにきて一番に彼の言葉に反応したのはバナーではなかった。 「何ですとっ!?」 裏返る寸前の声を思わずあげたヴィンセントが、今にも吹き出しそうな鼻血を押さえるかのごとく顔の下半分を手で覆い、口元に浮かぶニヤケとそこから類推されるであろう内心を隠すようにそっぽを向いた。 (嬉しそう!?) とバナーは驚いた。 (嬉しそうですね) とジューンは解釈した。 (嬉しそう) とユーウォンは思った。 「嬉しそうだな」 と流邂は口に出し、ヴィンセントにサムズアップしてみせた。 「いや…そんなことは…」 手をおろし落ち着き払った口調でヴィンセントが視線を皆に戻す。 (漏れてる…) (漏れてるよ…) (漏れてますね) (だだ漏れてる) 彼は間違いなどではなく、はやまったわけでもなく自らの意思で、むしろノリノリでこの依頼に参加したのだ。 「言っとくがな、博士の部屋にあった特撮Vは全部俺の厳選Vだからな」 健が言った。 「何ですって!? あの『企業特撮シャインズファイブ』もっ!?」 思わず身を乗り出してから、皆の何とも言い難い視線に気づいたヴィンセントがハッとしたように咳払いをしてみせる。 「もちろんだ。俺はドクターがやってる店のアルバイターだからな。ってか、もうほぼ助手みたいなもんだからな。まさか、ワダツミ司令を知っている人間がこんな近くにいたとは…」 何故か遠い目をして健はフッとニヒルに笑ってみせた。ワダツミ司令とやらの真似でもしているのだろうか。 「永久欠番となったあの第7話も?」 ヴィンセントが言った。 「『過労ジャンパー!』」 ニヤリと健が返す。 「「同志っ!!」」 小鳥に跨がっていなければ、もしかしたら抱き合っていたかもしれない2人がサムズアップを交わしているのを、4人は半ば取り残されたように見守っていた。 「……」 「あ、いや…空気を読んだだけです」 ヴィンセントはその場を取り繕うように言った。 「……」 誰も信じてない目をしていた。 「でも、面白そうだよね。おれも見てみたいな」 ユーウォンが2人に声をかける。 「あ、俺も、俺も」 流邂が手を挙げた。 「ああ、それならZMAのレンタルショップの地下にプロジェクターがあるから大画面の大迫力でみんなで鑑賞会しようぜ」 「わーい」 「やったね」 「ぼ、ぼくもいいかな?」 バナーが手を挙げる。 「もちろんだ」 健は力強く頷いた。 「あの…私も」 ヴィンセントが控えめに挙手する。大画面というのがどうしようもなく魅力的だったらしい。 「あんたがいないと始まらないだろ、同志」 健が笑って言った。 「ああ」 ヴィンセントは綻ぶ頬を必死で取り繕っていたが、あちこちからいろんなものがだだ漏れしていた。 結局、ドクロボタンは押すのか押さないのか、ジューンの謎は深まったままだ。 ▼ 小鳥に乗って巨大な壁に開いた、細くうねったトンネルを抜けて壁の向こう側へ出る。小人族の村は、そのサイズになって見ると灌木の林に作られたのだろう普通の村と変わらない様相を呈していた。 並ぶ家々も店も、店に並ぶ商品も。 活気のある目抜き通りを歩いて、廃墟となっている要塞の場所を聞きだすとそこに向かって歩き出す。 それは集落の外れに朽ちたように建っていた。石造りの塔のような建物だ。半ば蔦に覆われ、或いは苔むしている。上の方に弓を射るための小さな穴や、大砲のためだろう窓がいくつも開いている。屋上には投石機のようなものが見えた。外から見てわかる守城兵器はそのくらいだろうか。ロボ自体はメタリック装甲であるため弓や石などでどうこうなることはないから、注意すべきは大砲ぐらいだろう。 ぐるりと要塞を回ってみたが入口らしきものは見あたらない。蔦で隠れているのかとも思ったがこれといって見つからなかった。 「私のサーチシステムでは仮称Gの位置を特定することは出来ません」 ずっと要塞を睨みつけるようにしていたジューンが言った。竜刻の影響のせいか、それともまだGもどきは要塞内に侵入していないのか。 「我々の昼間の任務は足止めです。どなたかが鳥に乗ったままダーフォに近付き、小人族の集落の逆側に誘導するのが良いと考えます」 どなたか。咄嗟に流邂が健を振り返ったら何となく他の面々も健を振り返っていた。 「なっ!? 嫌だぁ! 俺はロボに乗る前に散華するのだけは嫌だからなっ! せめてロボに乗ってからならまだ諦めもつくが」 全くもって彼の最後の言葉には誰もが同意した。ロボに乗るまでは。 導きの書に記された竜刻の暴走までの時間には少し間がある。この間に、小人族をこの辺に近づかせないよう準備をしたり、罠を張ったりすることにした。 ヴィンセントが村と要塞を分かつようにギアで巨大な氷の壁を作ると、ユーウォンが鞄から取り出したロープやGホイホイ、かのホウ酸団子を皆で設置していく。 程なくして。 ズズズ…。 と大きな地響きを立てて要塞が形を変え始めた。 「ゴーレムってこんな感じか…?」 流邂がそれを見上げて呟いた。 石造りというよりは土砂の固まりのように見えなくもない。そしてこのおぞましい外観…。しかし、Gもどきはいつ要塞の中に進入したのだろう。実はGもどきも小人族のように小さいのだろうか。 「本件を特記事項β10、クリーチャーによる殺傷事件に該当すると認定。リミッターオフ、クリーチャーに対する殺傷コード解除、事件解決優先コードA2、A7。保安部提出記録収集開始」 身構えるようにしてジューンが呟いた。 「行け! 健!」 と流邂が健の乗っている小鳥の尾の羽を引っこ抜く。鳥は大きく嘶いて走り出した。ロボのくせに。 「だから、嫌だって言っただろぉぉぉ!!」 健の雄叫びをゆっくりと動き出した要塞ダーフォが追いかける。 その後に続くように他の5人も走り出した。 疾駆する健。 しかし、その距離は思った以上に短い。 知っていた筈なのに忘れていた…わけではなかった。小鳥が完全に暴走モードに入ってしまい、制御不能になっていたのだ。 小鳥の右足が張られたロープに引っかかった。 小鳥の上体は慣性の法則に則って突き進むが足は止まる。 「ぎゃぁ!!」 投げ出されるように健は地面に落ちた。何とか転ぶことを免れた小鳥が健を置いて走り去る。健は痛みを堪えながら体を起こした。そこに。同じくロープに足を引っかけたダーフォが倒れ込んでくる。 「いっやっだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 倒れ込むダーフォ。 南無阿弥陀物を唱える健。 ぺしゃんこまで秒読みの中。 ダーフォが止まった。 体感的に(普通の身長だった時で換算したら)数10cmくらいの隙間を健がダーフォの下から這いずりでる。 ダーフォの巨体はヴィンセントの氷でぎりぎり支えられていたのだ。 「はぁ…はぁ…はぁ…、そういうのはもっと早く使ってくれ!」 健はヴィンセントに怒鳴ってから流邂を振り返った。 「何すんだ、あんた!!」 「だって、押すな、押すな、は押してくれの合図だろ?」 流邂がシレッと言ってのける。 「……!!」 怒りMAXで脳内からはみだしそうな罵詈雑言をどこから始めたものかと言葉を探している健にジューンの冷静な声がかかる。 「あの小鳥がいなくては巨大ロボが完成しないのではありませんか?」 あの小鳥とは健を見捨てて逃げていった健の小鳥である。本当によく出来た小鳥であった。ロボのくせに。 「っっ!! くっそ、後で覚えてろよ!!」 健は捨てぜりふと共に小鳥を追って駆けて行く。 「いやぁ、まさか、自分で自分の仕掛けた罠にかかるとはな」 「それより、あまり長い時間は保たないようですよ」 ヴィンセントがダーフォを見ながら言った。 足下を凍らされていたダーフォがその力を誇示するかのようにそれを引きちぎって立ち上がったのだ。 「とにかく夜まで何とかひきつけるぞ」 ▼ やがて太陽が西の空に沈むと、小人族の村はダーフォの驚異に気づくことなく眠りについた。 「もう、合体してもいいかな?」 わくわくと弾んだ口調でユーウォンが声をかけた。 「そろそろ頃合いでしょう」 ヴィンセントが頷く。 「とうとうこの時がきたか」 感慨深げに健が言った。本当にここまで長かった、と。 「じゃぁ、押すよ」 バナーがボタンに手を伸ばす。 「はい」 ジューンが頷いた。 「では、皆さん、ご唱和を」 流邂の声に。 「「「「「合体! ロストレイザーZ!!」」」」 起動ボタンが一斉に押された。 広げられた小鳥の羽が裏返り、その上に跨がる操縦者を中に包みこむように変形を始める。正面左右160°の視界を確保したメインモニタに巨大なダーフォが映し出され、それをまるで背景のようにしてシステムアップの表示ウィンドウがいくつも開いては閉じた。シートは椅子ではなく跨がったままのバイクタイプだ。やや前傾姿勢でハンドルタイプの操縦桿を握る。 全員のボルテージは既に最高潮に達していた。 上から降りてきたインカムを耳にセットする。 「声、聞こえるか?」 尋ねた流邂に。 「えぇ、良好です」 胴体部のヴィンセントがボリュームを調整しながら応えた。 「右腕、良好」 健が続く。ハンドルを操作しながらロボの右手をグーパーさせて感触を確かめている。 「左腕、大丈夫だよー」 バナーがサイドモニタに開いた電力ゲージを確認しながら応えた。 「右足、たぶん、大丈夫」 レブカウンターの針が振りきれるほどにアクセルをふかし、慌てて足を離しながらユーウォンが言った。操縦熟練度レベル2な彼である。ちょっと心許ないが。 「うん、その内、慣れるよ」 彼は自分にそう言い聞かせていた。 「左足、良好です」 ユーウォンが改造したシステムのチェックを終えて応えたジューンに、流邂が「よし」と頷く。 「行くぞ!」 「「「「らじゃー!」」」」 「ロストレイザーZ!! 発進!!」 ノリノリのヴィンセントに若干気後れしながらユーウォンがアクセルペダルを踏み込む。表示ウィンドウに出ているジューンのレブカウンターに追従するようにゆっくりと調整しながら右手のハンドルを握りこみギアチェンジしながら倒すとロストレイザーZの足の裏に取り付けられたランドスピナがキュインと音を立てて動き出した。 足だけが滑り出すんじゃないかと冷や冷やしたがちゃんと上体も一緒に動き出して人心地。 「まずはダーフォを集落から離しましょう」 というヴィンセントの指示にユーウォンはジューンとの通信モニタを開いた。 「了解しました」 と応えるジューンがモニタ越しにユーウォンを見やって一つ頷く。ユーウォンがハンドルを絞ると右足のランドスピナが回転を止めた。右足を軸に反転。 回れ右の瞬間、バナーの左腕がダーフォのなで肩っぽいところを掴む。電撃を叩き込むためではない。挑発するためだ。 それに乗ったのか草木の間を疾駆するロストレイザーZをダーフォが追いかけた。ある程度村から離れたところで再びユーウォンはハンドルを絞る。 対峙するロストレイザーZとダーフォ。 「あの要塞鎧に風穴を開けてやれ!!」 流邂の声にバナーの左腕がダーフォに向けて伸ばされる。といっても掴むわけでも何かするわけでもない。ただ、右腕とのバランスをとるためだ。 作戦は概ねこのようなものであった。 ジューンの生体サーチを利用しGもどきを探索、それを撃破する。ただし竜刻による干渉故かGもどきの位置が特定出来ないため、ダーフォ内部に貫通孔をつくる。ついでに、穴がどんな風に塞がるのかも確認しておく。 「行くぞ! ロケットパーンチッ!!」 健の右手が加速した。左足が地面を蹴る。それに呼応するように左腕が後方へ退いた。右腕が伸びきると同時、小型エンジンで更に加速した右手首がダーフォめがけて飛んだ。 「うぉりゃぁぁぁぁぁぁ!!」 健の雄叫びに。 ひょい。 それは文字通り、ひょい、だった。 「…外したっ!?」 と思った時にはその手首を叩き落とすようにダーフォのウィップのようにしならせた長い触覚が襲いかかってきた。 「ちょっ、待て、話し合おう話せば分か…ぎゃー!!」 べちっ、とはたき落とされ右腕は地面にめり込んだ。コクピット内で半ば逆さ吊りの健が低く呻く。 「所詮虫と分かり合おうなどとは愚の骨頂だったか」 「ったく何をやってるんだ…」 流邂の呆れた声がインカム越しに聞こえてくる。 「ほっとけ」 健は指先を器用に動かしながら何とか体勢を立て直しにかかる。しかしダーフォがそれを待っててくれるわけもない。かといって右手首にも興味はないようで、ダーフォの触覚は右手首を失ったロストレイザーZに襲いかかる。 それをバック走行でなんとかかわすと、間髪入れずバナーの左腕がダーフォをとらえた。 「いけー!!」 サイドレバーを目一杯奥まで押し込んで電撃を叩き込む。 だが、残念ながらその大半が土石で出来ているダーフォの導電率はそれほど高くなかった。 「……大丈夫っ!!」 自分に言い聞かせているのか、皆に向けて言ったのか、バナーはサイドモニタにオプションパーツのシステムウィンドウを開くとタッチパネルを操作した。 左上腕部から現れたのはガトリング砲だ。ロックオンさせるのは簡単だった。既に左腕はダーフォの体を掴んでいるからだ。後は引き金を握りっぱなしにするだけでいい。6本の砲身が回転しながら順に弾を吐き出し、毎分6000発を相手の腹に叩き込む。 小さな弾はダーフォの腹部を少しづつ抉っていった。絶え間ない攻撃に抉れた穴は徐々に深さを増す。Emptyのエラーメッセージが出るまで撃ち込んだ。小さな弾が作った小さな穴は思った以上のスピードで塞がっていく。ジューンはこの短い時間でサーチ出来ただろうか。 「離しなさい!!」 インカムにヴィンセントの声。離せというのが引き金からという意味だったのか、ダーフォから腕を離せという意味だったのか。 気づいた時にはダーフォの頭部が巨大な口を開いていた。 腹部にロックオンしていたため、そちらをモニタしていなかったのだ。 ダーフォの口の中に大砲があるのをバナーはぼんやりと見上げていた。 そこから放たれる砲弾はスローモーションで。 だがそれは自分の目の前をゆっくりと掠めていった。 間一髪フルスロットルでジューンとユーウォンがバックしたのだと気づいたのは後のことだ。 「ふわはっはっはっは、やはり、俺の出番のようだな!!」 流邂の高らかな笑声がインカムに響く。バナーはいつの間にか忘れていた呼吸を思い出して人心地吐いた。 「くらえ!! 目からビームだっっ!!」 流邂は言うが早いかそのボタンに手をかけた。彼曰く、それは人類の夢なのだという。 「わっ!? ちょっと待て流邂!! そっちには小人族の村がっ!!」 ロストレイザーとダーフォを結んだその直線上に小人族の村があった。しかも、以前アドルフが作った義眼型目からビームの射程を考えると充分村は射程圏内に入るのだ。 オート操縦で右腕に戻る途中だった健がそれに気づいて慌てて手動に切り替えロストレイザーZの目に向けて飛んだ。 目がビームを放つ。 それを遮るように健の右手首が立ちはだかった。 目を覆った右手、ビーム被弾。 「うわぁぁぁぁぁ!!」 半ば暴発気味のそれに流邂、二次被弾。 「ぎゃぁぁぁぁぁ、目がっ!! 目が焼けるぅっ!!」 しかも暴発の勢いで首がぐるぐると回り出した。360°全方向に回るように改造したのが仇になったか、目も回る。 「何のコントをしているんですか…」 ヴィンセントはやれやれとため息を吐いた。だが、得てして敵は本能寺(みうち)にあるものである。 頭部と右腕が使い物にならなくなったので、ヴィンセントは自ら武器の操作パネルを開いた。 「間合いをお願いします」 ユーウォンとジューンに声をかける。背中に搭載されているのはロケットランチャー。この武器はロケット推進で弾が飛ぶため他の銃器と違って初速が遅く威力も低い。最高速度に達したところが最も威力が高くなるため、射程距離をとって撃ちこむ必要があるのだ。 ユーウォンとジューンはミサイル攻撃で弾幕を張ると、右手首と頭部をやや放置気味にレブカウンターの針が振り切れるほどの加速で一気にダーフォとの距離を開け、ロストレイザーとダーフォの直線上から村が外れるような位置どりで反転した。 「うっぷ…」 ヴィンセントは片手で口元を押さえながらロケットランチャーの発射ボタンを押す。 しかし、遠距離からくるとわかっていて直線的に飛んでくる弾を避けるのはダーフォにとってそれほど困難ではなかったらしい。 「なっ!? ちょっと待てっ!!」 避けられたロケット弾が突然健の視界に入った。いや、健自身はかろうじて張り付いたロストレイザーZの腰にいてそのメインモニタにはZの文字しか映っていない。より正確を記すなら、健の本体の入ったホバーポッドの上で周囲を警戒している彼のセクタン――ポッポの視界に入ったのだった。 もちろん、周辺には彼以外のホバーポッドもあるのだが。 ロケットランチャーの爆風に煽られたのは木の上にホバーポッドを設置した健だけだった。空高く飛び上がってロケットランチャーの衝撃を避けたポッポの視界の中で健の入ったホバーポットが樹上から落ちた。落ちた先に流邂のホバーポッドがあった。 ゴインと後頭部に強い衝撃を受けて健が「ぎゃっ!!」と悲鳴をあげる。ポッポとも健とも視界を共有していない流邂は何の前触れもない衝撃に「痛ぇ!!」と頭を抱えてうずくまった。 「うーん…、ダーフォが小人族より本体に近付いていくのは考えたけど、これは考えなかったな…」 バナーがぽつりと呟いた。 「むむむ…やりますね」 ヴィンセントは青い顔をしながらダーフォを睨みつけた。実は彼は今、ロストレイザーZの乗り心地に乗り物酔いを起こしていた。キョロキョロとエチケット袋を探す。 カサカサと雑草を揺らしてスピーディーに近づいてくるダーフォにロストレイザーZが身構えた。バナーが腰に張り付いていた右手首を右腕に戻してやる。 「Zアタックです!」 エチケット袋を握りしめヴィンセントが言い放つ。それに応えるようにバナーの左手は右手と組んだ。意識を手放したのか、単なる故障か健とは通信が途絶えたままだが問題ないだろう。 両足がゆっくりと沈みこむ。 屈んだロストレイザーZにヴィンセントが「今です!」と声をかけた。 バナーはロストレイザーZの両腕を頭上高くあげる。膝を伸ばしジャンプするロストレイザーZにヴィンセントがタイミングを合わせてジェット噴射、更に上空へと飛び上がった。 そのまま重力加速度を組んだ両腕の拳にのせてダーフォの上にたたき落とす。Zアタックとやらはダーフォの右肩を掠めその2本の腕というか前足というかを叩き潰した。 だが。 「何っ!?」 「飛びすぎた?」 着地した両足が地面にがっつりめり込んでいた。 「ぬ…抜けない!?」 ヴィンセントの背中を冷たい汗が流れる。今の大ジャンプで乗り物酔いもいよいよピークだ。 2本の腕を再生したダーフォが2本の長い触覚を揺らしながらゆっくりとこちらへ近づいてくる。 「何とかしろぉ!!」 目からビームは健のアタックで使えなくなるわ、目は回るわ、身動きはとれなくなるわ、なんか知らないが全身は強打したように痛いわ、の流邂が八つ当たり気味の怒声をあげる。今にもドクロボタンを押しかねない勢いの彼をヴィンセントが不敵な笑い声で制した。 「ふわーっはっはっはっはっはーっ!!」 まるで悪役のような堂に入った笑い声だ。 「超巨人80の路線変更のショックに比べれば!」 実はかなり動揺していた彼だった。大声をだすことで冷静さを取り戻そうと試みる。余裕を見せるように。 「ふっ…こんなこともあろうかと…」 あろうかと…。 その時だ。 「おれ達にまかせて」 ユーウォンの声がインカムを通して届いた。 「!?」 彼がロストレイルの中でせっせと改造していたそれが活躍する時がきたのだ。 なんと両足は右手首同様足首で外れた。しかもつま先部分がドリルになり、踵にあるコクピットから操縦特攻が可能なのである。 ユーウォンはモニタ越しのジューンに合図を送った。操縦パネルを開いてドリルモードへ移行する。埋まった地中をドリルで堀り返しランドスピナで突き進む。 残った本体は予備の補助足が出るはずだ。おそらく、きっと、たぶん…。結果から言うと出なかったけど。 ロストレイザーZは足首から下を失った分沈んで、バランサーが何故か手動になっていたためそのまま前のめりに膝をつくと右肘と左手で上体を支えるように四つん這いになった。 気にしても今更なので放置する。 ユーウォンとジューンはそのまま地中を進んだ。ジューンのセンサー機能がダーフォの位置を捉えている。 呼応するように2つのドリルが地上へ、更にダーフォの腹部に穴を開けて突入。その体内とも呼ぶべきダーフォの中に乗り込んだことで、ジューンは生体サーチを全開にする。 しかしダーフォの中に突入してもその位置を正確にはかりかね、ジューンは操作パネルを開いた。バナーの左手の電撃はダーフォの表面を撫でただけであったが、内側からならどうだとばかりに自らの電撃も合わせて叩き込む。 「ジューンさん?」 突然ブラックアウトした通信モニタにユーウォンが驚いて声をかけた。インカムの電源は幸い独立していたのか彼女の声だけが返ってくる。 「…申し訳ありません、漏電したようです」 「……」 突き進んだ穴をダーフォはどんどん塞いでいく。 ユーウォンは中央付近で動くのをやめるとドリルモードをバナーから貰ったオプションパーツの注射器モードに移行させた。 注射器の中にはもちろん殺虫剤が入っている。 それを全噴射して再びドリルモードに戻るとジューンのユニットの後方に回り込み、ドリルモードを通常の指先にしてジューンのユニットを押し出すようにしてダーフォの外へ出た。 「ありがとうございます…」 ジューンの声だけが聞こえてくる。とりあえず、ユニットを本体に戻せば機械と親和性の高いジューンなら漏電もなんとか対策出来るだろう。 ジューンとユーウォンがロストレイザーに無事帰還を果たす。 四つん這いで停止していたおかげかヴィンセントは乗り物酔いが少し落ち着いていた。 ロストレーザーZが立ち上がる。 ようやく意識を取り戻した健と喧嘩をしている流邂を覗いた4人の見守る中、殺虫剤が効いたのかしばらくのたうち回るように動いていたダーフォが、突然、土を食べ始めた。 「……血迷ったか?」 思わずヴィンセントが呟いたが、どうやらそうではないらしい。元々、ダーフォの大部分は土石であったから。 こちらが変形合体するなら、あちらが変形することもあるだろう。しかし。 「テレビと違う…」 「何のテレビだ!」 健との喧嘩も忘れて流邂が思わず突っ込んだ。しかしヴィンセントはそれをスルーして脳内に流していたらしい特撮主題歌を突然声に出して歌いだした。 「♪上司のミスは俺のミス 部下の失敗、俺が尻拭い サービス残業こそ社畜の鑑 過労が怖くて社畜が出来るか 今こそ立ち上がれ 我らがシャインズマン♪」 「おーい!」 どうやら彼は自分を奮起させているらしい。なんかもう、本当に最初のイメージと違ってしまったが、その気持ち、察してあまりある。 自分だって一緒に歌いたい。 「健」 流邂が喧嘩相手の名を呼んだ。 「ああ…」 健はメインモニタを睨み付けている。 「巨大化が完了するまで待つ必要はありません」 ヴィンセントが言い放った。待つのがロマンというやつだが、現実にはそんな余裕はないものだ。 「今度こそ…ロケットパーンチっ!!」 と言っても今回は実際には飛び出さなかった。右ストレートが土を食べむくむくと巨大化していくダーフォを殴り飛ばすと、それで上体を起こしたダーフォにバナーがジャブを繰り出す。再びの右ストレートに左フック。 だが半巨大化でダーフォは先ほどよりタフになっていた。というより、殺虫剤効果でバーサク状態に突入したのか、見境なく暴れ出している。触覚で木々をなぎ倒し今にも小人族の村に向かって大砲を撃ちこみそうだ。 このままでは…。 しかしロストレイザーZにはまだ切り札があった。全ての武器を使い切った時にのみ発動するファイナルウェポン。ようやく、全ての武器を使い切ったのだ。 その時は迫っていた。 「ファイナルウェポンか……カノン砲ってやつかな? いや可愛い女の子がいないから無理か……」 ぶつぶつと流邂の呟きをインカムがしっかりと拾う。 「それはジューンさんに失礼だぞ」 健がそっと突っ込みを入れた。 「私は気にしませんが」 ジューンが淡々とした口調で返す。 「電磁波を発生させて自分が高速回転するような技だったらどうしよう」 ユーウォンが言った。高速回転に耐えられるかなあ…と。 「目からビームよりも強力なレーザーとか?」 「それはない」 流邂が言った。断言しているがあくまでこれは彼の希望的観測である。人類の夢は健によって頓挫したが、今も夢としてそこに君臨しているのだ。 「ふっふっふっふっ…それは押してみればわかることです!」 ファイナルウェポンを前に乗り物酔いは吹っ飛んだのか。まるで答えを知っているかのようなはしゃぎっぷりでヴィンセントが言った。確かにそれはそうなのだが。 (知ってるんだ…) (知ってるのか) (知ってるんですね) (なんかもうこの流れ飽きてきたな) 「今こそ、ファイナルウェポン発動!!」 ヴィンセントの声に、6人は一斉にそのボタンを押した。心を一つにして。 「ロストォソードォォォ!!」 ヴィンセントの声が一際高くなって響く。どこから流れてくるのか胸熱にさせる謎のBGMがインカムを通して鳴り響いた。 ロストソードって紛失中じゃなかったのか、と内心で誰もがつっこむ中ヴィンセントだけがその存在を全く疑っていなかった。 そういえば、と健は思い出す。 行きのロストレイルで彼はしきりに胸ポケットを撫でていた。きっとあの胸ポケットの中にロストソードとやらを入れていたのだろう。アドルフに特注したのか。 ロストレイザーZの胸にあるZの部分が開き光に包まれるようにして剣の柄が現れた。 胸熱BGMと雰囲気に呑まれるように健とバナーが柄を握る。しかし刃の部分がない。 するとサイドモニタに指示ウィンドウが開く。どうやら、決まった行程を踏まないとロストソードは完全起動しないらしい。 ウィンドウを見ながら健は自分がワクワクしていくのを感じた。それはバナーも流邂もユーウォンもジューンも同じだったに違いない。 「天を斬る!」 足を開き斜に構え、柄を縦に振り下ろした。 「地を斬る!」 柄を横に凪いだ。 「悪を斬る!!」 --古いっ! チャラッチャッチャッチャーという小気味いいBGMに合わせて流邂が目からビームボタンを押した。すると破損していたはずのそこから光が発し柄にレーザーの刃を浮かびあがらせる。 健とバナーはレーザーソードと化したロストソードを下から斜め上に斬りあげ上段に構えた。 「成敗っ!!」 そのまま半巨大化したダーフォの頭上へ飛び上がるとまっすぐに振り下ろした。殺虫剤効果付きの剣がダーフォを真っ二つにする。 付け焼き刃の巨大化ダーフォから土が剥がれ、元のサイズまで戻ったそれは裂け目から左右に分かれどうと倒れた。 「やったか!?」 しかしダーフォはしぶとかった。さすがはGもどき。敵は、人類が絶滅しても生き残ると言われるだけある、かのGに酷似した昆虫だったのだ。 断末魔の悪足掻きか地面の上でのたうちながらもくっつこうとしているが、もはや虫の息だ。このまま放っておいても死ぬだろう。しかしとどめをさしてやるのが温情というものである。 BGMの終了と共にロストソードは柄だけになった。 それを見て健は通信モニタに向かっていい笑顔で言った。 「今こそ一緒に散ろうぜ、なぁみんな!」 ▼ ドクロボタンを押した瞬間、意識はTI人形から生身の体に移行した。 ホバーポッドを出ると、きのこ型の爆炎が近くに見える。この爆発の中ダーフォの中にいたとはいえGもどきが無事だったとは思えない。 後は竜刻を回収するだけだ。 一同は、謎のエンディングを聞きながらやりきった感満載でしばらくその爆炎を見守っていた。 東の空に黎明は、まだ遠く――。 だが、明けない夜はないのだ。 ■大団円■
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