「要ちゃん? 副隊長?」 かたかたと下駄を鳴らして先を歩く青海 要をナオト・K・エルロットは絡まる浴衣を乱しながら必死に追いかける。「なあに」 そっけない声とともに振り返った要はツインテールを編み上げたアップ、細い首筋は紺色の浴衣の襟に吸い込まれていて、いつもと違ってどきりとする。薄い水色の綺麗な花が飾る裾、黒塗りの下駄に薄紫の鼻緒の足下がひどく華奢な感じだ。「あのですね、俺にこの、浴衣?っていうの、仕立ててくれたのはすんごく嬉しい」「よかったじゃない」「けど一つ気になってることがあるんだけど」「何よ」「なんで全身ジェリーフィッシュ柄?」「……ぷっ」「おい」「似合ってます、隊長」 片目をつぶりながら敬礼をされてはそれ以上反論もできず、ナオトは引きつり笑いを返すしかない。 壱番世界へ行きましょう、隊長、そう要から誘われた。 もとよりナオトと要の間では、決定権は要にある。たとえナオトが隊長と呼ばれていて、要が副隊長の地位に甘んじていても。 しかも依頼でもなく、誰かと一緒(たとえば棗とか!)でもなく、純粋に二人で(二人きり!)夏祭り(夜イベント!)へ出かけよう、着ていくものも準備してあげる(お手製!)と盛り上がり要素てんこもり、断ることなんてあり得ない。 実際、ターミナルで仕立てた浴衣を着せつけてくれて、何だか背中とか袖とか裾とかにやたらと柄があるなあとは思ったものの、壱番世界へ降り立つまではそんなものだろうと思っていたのだが、こうやって周囲を見るといささか目立つ。 特に男女となると、花を散らした浴衣の女性に、縞や入り組んだ模様の紺色の浴衣の男性という組み合わせが圧倒的に多い。手にした丸い紙のようなものをぱたぱたやりながら、女に寄り添い、可愛いねとか似合うねとか囁きかけている男連中は、側の女性ときっちりペアで、ナオトと要の雰囲気とはいささか違う。「隊長? 団扇、欲しいの?」 周囲をきょろきょろ見回すナオトに、要が尋ねてくる。「うちわ?」「じゃあ、はい、金魚柄」 くすくす笑いながら要が買ってくれたのは、赤い魚が数匹、水色の水流の中を泳ぐ図の『うちわ』。「クラゲに魚って、ブルーインブルーじゃあるまいし」「ブルーインブルーね……英国紳士、じゃないのになあ」 繰り返した要が、どこか不思議な眼差しで呟きながらナオトを見上げた。「英国紳士?」「あ、ううん、こっちの話」「はいはい今度は何、たこでも買ってくれんの?」「ああ、じゃあ、あれね」 つい、と目をそらせた要がいそいそと走り寄っていく屋台ののれんには、のたくった赤いタコが描かれていて。「えええええ、まじタコ? そんなの売ってんの? いや要ちゃん、俺はもう」 これ以上海産物にまみれても、と慌てたが、「行こ、隊長!」 あたし、一杯行きたいところあるんだ! 振り返る要の笑顔が弾けるように明るくて。「お化け屋敷、盆踊り、花火……鼈甲飴」 指折り数える声が蕩けるように柔らかで。「……ええい、こうなったらタコでもイカでも持ってこい!」 覚悟を決めて追いかける。どんな格好だって、今夜要の隣に居るのは、他の誰でもないナオトなのだ。「あ、じゃあ、おじさん、イカ焼き一つ!」「マジっすか!」 笑う要に突っ込みながら、ナオトの心も体も浮き立った。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ナオト・K・エルロット(cwdt7275)青海 要(cfpv7865)=========
「あのさ」 両手にいろいろ抱えたナオトは、なおも夜店を物色する要に呼びかける。 「壱番世界のお祭り? 夏祭りって、どうしてこう魚系なわけ?」 別に海に近いわけじゃないのになあ、とナオトは首を傾げながら、たこ焼き、イカ焼き、ゲソ揚げ、たこせんべい、ホタテ貝焼きなどを律儀にもぐもぐと平らげていく。がっしりした腕にはほかにも金魚の団扇、金魚の飴細工、魚の絵柄の水風船、くじ引きで引いた珊瑚系のキーホルダー、金魚が泳ぐ水袋などが溢れている。 「暑いから…水辺のものが恋しくなるのかもね」 くすりと笑った要が髪の毛をかきあげる、その仕草にナオトは見とれてしまう。 ついさっき、金魚すくいに挑戦した。 小さな金属の箱に水をいれ、そこに赤や黒の金魚というやつを放ってあり、それを半透明の紙のスプーンで掬うのだが、巧みに金魚を追い込んで銀色の器に掬い込む要の指先は、ほんとに白くてしなやかで。 「ほらほら、そこ! ああん、だめ! 無理しないの!」 軽く叱りつけられるように焦れられてどきどきしなかったら男じゃないだろう。しかも相手は要で、隣で身をよじってナオトの動きに一喜一憂してくれるのだ。 「ほら破れちゃった! 隊長! こつを覚えて下さい!」 「……ごめん」 きらきら光る瞳ににやにや笑うと、真剣じゃないと叱られた。嬉しい。 「もう一回、挑戦してみる」 「今度こそ頑張って!」 乗り出す要の目の前で、ようやく黒を一匹器に飛び込ませたころには、何枚スプーンの紙を破っただろう。店の主人が、それじゃあ隣のお嬢さんが可哀想だよ、と赤い金魚をおまけしてくれて、要が嬉しそうだった。 「何?」 「あ、いや」 あまりにもじっと見つめ過ぎたせいか、訝しそうに要が見上げてきて、記憶に浸っていたナオトはうろたえる。 「な、棗ちゃんはどうしてるのかな」 「……気になる?」 「あ…」 要がちょっとむくれた気がした。 これはしまったと思うところなんだろうけど、何だか微妙に嬉しい気もする。 「ナツメは、0世界で読み応えの有る辞書を見つけたんだって。留守番してくれてる」 「棗ちゃんらしい」 「…隊長!!」 ふいに要が身を翻した。ぎゅっと手を掴まれて、抱えたものが落ちそうになったけれど、そのままぐいぐい引っ張られるのにまかせていくと、どうやらおもちゃらしい銃を並べた店に着く。 「あたし…あの賞品が欲しいであります!」 要がちょこんと額に指を当て敬礼してみせた。示したのはむくむくした茶色の一抱えもあるような犬のぬいぐるみ。 「いいけど…あれを撃つのかな」 荷物を要に預けて、もしそうならゴーストバスターのナオトにとっては大きすぎる的だよな、と首を傾げていると、店の主人にそうじゃないと止められる。 「お客さん、ふざけちゃいけねえ」 撃つのはこっちだよ。 渡されたおもちゃの銃の弾丸は3つ、狙う的は正面にぐるぐる回っている列車の模型に載せられた小さなコイン、しかも速度は速くなったり遅くなったりと一定ではない。 「あれのどれを落とせば、あいつがもらえるんだい?」 「あれかい? あそことあそこ、それにあそこの赤い奴を3つとも落としてもらわねえとなあ」 「えーっ、さっきの人は1つだけ落としてもらったじゃない!」 「お嬢ちゃん、大きさが違うだろ」 「ナオト…隊長っ」 「大丈夫…っと」 ゾンビやゴースト、モンスターに襲われながら標的を仕留めることに比べれば、3つの弾丸で3つ落とせと言われても気楽なものだ。タンタンタン、と軽く音を鳴らした後には弾け飛ぶ3つのコインとガッツポーズの要の笑顔。 「もらってくよ」 にっこり笑ってぬいぐるみを取り上げれば、店主ががっくりと肩を落とす。 「かっわいい…ナオトって呼ぼうかな」 「え、…ええーっ、それは…」 嬉しい気もするが、ナオトナオトと呼んで顔をすり寄せる要がちらりとこちらを見上げてきて、いささか、からかわれている気もする。 「あ、いい匂い、おいしそう! ……きゃ」 少し離れた屋台から、甘い焼き菓子の匂いがした。いろいろな動物の形をした柔らかそうな茶色の菓子が並ぶ店先に気をとられていると、要が犬のぬいぐるみを抱えたまま人混みに呑まれそうになった。 「ちょ、要ちゃん! 大丈夫?」 慌てて手を伸ばして要の手を掴む。小さく細く、自分の掌が武骨でがさがさしていると感じるほど滑らかな感触、握り込んで引き寄せると菓子とは違う柔らかな香りが間近に来て、どきん、と心臓が跳ねる。 「あれが欲しいの?」 尋ねる自分の声が、聞いたこともない優しい響きになっているのに気づいて、よりどきどきする。 「う、うん、ベビーカステラおいしそう、だよね。チョコバナナも、いいかな」 どぎまぎした顔で要が俯き、思わずナオトも俯いてしまう。 「お、おいしそうだよね」 「あ、た、隊長! ほら! お化け屋敷!」 「お化け屋敷い?」 思わず頓狂な声を上げてしまった。 「お化けって……つまり、ゴースト?」 こんなところまで来てゴーストを追い回さなくても、そう思いつつも、要が生き生きとそちらへ向かうなら、ナオトは行き交う人混みを時に盾になりながら掻き分けていくしかない。 「こんなの怖く無いわよ〜」 元気一杯入っていた要だったが、入ってすぐにがったん、と倒れてきた板に跳ね上がった。しかもその板に張り付くように寝ていた老婆ががあっと牙を剥き、手を伸ばす。 「っっ!」 びんっ、と見えない尻尾を毛を逆立てて立てたように見えた要は、無言でむずっとナオトの手を掴んだ。そのまま、どんどん先へ速度を上げて進んでいく。 「ちょ、要ちゃん」 「何っ」 「怖いの?」 「怖くなんかないって隊長やだ何を馬鹿なこと言ってるの大体こんなものは少し慣れたらすぐにぃいいいいっ、や、だああっっ、ナオトっっ!」 「はいはいこっちだよ怖くないよ」 必死に走り込んでいった先、鏡の向こうから飛び出してきたゾンビメイクの男に絶叫して、要はナオトの懐に飛び込んできた。手にしていた水袋が揺れ、水風船が飛び、キーホルダーが落ち、それでもナオトはしっかりと要を抱き止めようとしたが、くるりと躱され、背中から要に押されてゾンビ男と向かいあわせになる。 「はっ、ちょっと迫力不足だぜ」 「ぎゃっ」 びん、と鼻を弾いてやって、要を庇いながら外に出ると、何となく涙目になっていた要がつん、と顔を逸らせた。 「ナオトって一番一緒にお化け屋敷入りたくないタイプね」 「え、いや、だって俺ゴーストバスターだし! 本物見てるし!」 「空気読んで怖がってよ!」 「ゴーストバスターにゴースト怖がれって、要ちゃんこそ空気読んでよ!」 「もう、ほら、浴衣乱れてるから!」 「っ、それどういう突っ込み?!」 「いいから!」 直してあげるから大人しくして。 言い負かされてナオトは浴衣を引っ張ったり合わせたりしてくれる要を見下ろす。細くて白い指が、浴衣の胸元を撫でると体がぴんと張りつめていく。 「あ、り、がと」 「う、うん」 囁き声で礼を言われて何とか笑い返したものの、ナオトは、何だか頭が熱くて体が熱くて息が熱くて苦しい。 要ちゃんどんな顔しているんだろう。顔が見えない。もっと近づいてみたいけど、近づき過ぎて、このどくどくする拍動が伝わってしまうと一層困る。ってか、こういうのって知らなかったよな。ずっと今まで世界を救うことだけ考えてきて、それが使命だと思ってて、なのに今考えることは要ちゃんのことばかりで…。 「あ…」 ふいにナオトは気づいた。 これが、噂に聞く、恋ってやつ…? 「かな…め」 「う…ん…」 囁きなのに、どうしてお互いの声が、こんな人混みで聞こえるのかな。 もう少し距離を縮めようとする、その矢先、どおん、と派手な音が響き渡った。 「! 花火!」 ぱっと振り返った要のツインテールが緩やかに解ける。いつも通りの要の後ろ姿、けれどいつも通りなのにいつも通りでないことが一つ。 「あ、ねぇねぇ! 花火!! こっちが綺麗に見えるのよ!」 走り出しながら要が掴んだ自分の手をナオトはほれぼれと見つめる。小さい頃、双子の妹と亡くなった両親とで見つけたベストスペースへナオトを案内しようとしている、その要の心の近さは、説明されなくともナオトに伝わる。 頼りがいがあって、しっかりしていて、負けず嫌いの要が今こうやって、ナオトの手を引いて自分の好きな場所に連れていってくれようとしている。 どおん! 再び大輪の花。 夜店の明かりを背景に、空中に咲き乱れた光の花を見上げる要の顔は、微かに上気していて華やかで。 どぉおん! ナオトの心も強く鳴り響く。 「ナオト!」 「……綺麗だ…要」 「っ…」 振り返った要に、ナオトが花火を見ていたのではないことはわかったはず。 「花火がね!」 慌てて顔を背ける要に一歩歩み寄り、打ち上げる音に負けまいと叫ぶ。 「花火よりも!」 どぉん! 要の胸も鳴っただろうか。 どぉん! 今、ナオトの胸に響いた音ほどに。 どおん! 周囲から喝采が湧いた。
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