クリエイター阿瀬 春(wxft9376)
管理番号1147-14007 オファー日2011-12-30(金) 22:00

オファーPC 雀(chhw8947)ツーリスト 男 34歳 剣客
ゲストPC1 灰燕(crzf2141) ツーリスト 男 28歳 刀匠

<ノベル>

 白羽の矢が茅葺の屋根に立っている。
 川から溢れ出した冷たい霧さえ黄金に染めて、朝陽が昇る。陽は山の稜線を朱に染め、禍々しいほどに白い光を撒き散らす。眩い白光に晒され、真白の矢羽根が陽そのもののように輝く。
 凍った地を這う霧が渦を巻く。ごとり、と破れ紙の木戸が開く。かじかむ指に白く温かな息吐きかけて、長い黒髪を一束ねにした女が着物の裾で朝霧を払いのける。華奢な身を打つ白い朝陽に黒い眼細め、陽の流れに誘われてその眼を己が家の屋根へと向ける。
 黒い眼が瞬きをする。唇が色を失って慄く。白い喉が言葉を失くして上下する。霧に足掬われたように身が揺らぎ、ささくれた戸口を掴む。指に棘が刺さる。
 指先に滲む血にも痛みにも気づかず、女は屋根に突き立つ白羽の矢を見つめ続ける。
 女のまろい肩に男の節だった手が触れる。火傷と切り傷のあるその手に、女は震える手を重ねる。
 血が、と案ずる男の手を引き、女は男を戸の外へと招く。血の滲む指先で、屋根に刺さる白羽の矢を示す。
 屋根仰いで、男は筋骨逞しい肩を萎ませた。大量の白い息をひび割れた唇から吐き出して、女の肩を抱く。女は蒼白い額を男の肩へと押し当てる。
「守り刀を、選ばねばな」
 男は嗄れた声で囁く。女は男の肩に額寄せたまま、首を横に振る。
「生きて、くださりませ」
 女の声が湿る。
「生きて、良き刀を打ち続けてくださりませ」
 鍛冶師のごつごつとした手が、幼子を撫でるように優しく女の髪に触れる。女は肩を震わせる。男の簡素な着物の襟に縋りつく。
「人柱となるがおまえさまの務めとは決して思えませぬ」
「礎となるも立派な務めだろうて」
 男は静かな眼を霧立ち込める川へと向ける。霧が渦巻く。轟々と激しく流れる川が陽の昇る大地を遮る。
 鎮まること知らずに轟き続ける川の向こう岸には、此方よりも大きな町がある。交易の要でもある町へ行くには、ずっと下流域にある穏やかな川に架かる橋を渡るか、上流域の険しい山を越えねばならぬ。橋さえ架かればそれは遥かに容易くなる。今は貧しい村も少しは潤う。
「刀を、打ってくださりませ」
 女は一途な眼で男を見仰ぐ。
「人の手助ける美しき刃生み出すこの手を」
 男の手を両手に取る。
「荒ぶる川鎮めるために使われること、私は是と致しませぬ」
 敵意孕んだ瞳を川へと向ける。朝陽に薄らいで行く霧の中、音立てて流れる川の只中に、巨大な影がぬうと立ち上がる。
 朝陽に真白な鱗を煌かせ、霧舐めるように二股に分かれた舌を揺らめかせ、ひともとの巨木にも似た大蛇が激しい川の流れを受けている。血の色をした鋭い眸が心地よさげに細くなるのを、女は確かに見止めた。
「決して、是と致しませぬ」
 人が橋架けようとする其の流域には、人が住むよりも先、妖蛇の一族が棲家としていた。


「めおとばし、と申します」
 長い黒髪が風に暴れる。橋桁の下から高く、猛く、跳ね上がる水の飛沫が、その髪を、白装束に覆われたまろい肩を濡らす。
「正しくは、めおとばしら」
 濡れた袖が持ち上がる。もう片手は胸の前で白鞘の守り刀抱いて固く動かない。
「此方に女」
 蒼白い指が女の立つ古びた橋の此方と、
「彼方に男」
 彼方を交互に示す。そうして、女の黒々とした眸が正面を向く。
「夫婦を柱とし、各々守り刀を懐に呑ませ、沈めまする」
 淡々と喋る女の前には男が立つ。轟く川に危うく架けられた橋の上にあって、男は怖じる風でもなく、それどころか薄い唇にあえかな笑みさえ佩いている。
「求め合う夫婦を礎として架けられた橋はどのような水にも流れぬと、そう謂われております」
 ご存知か、と女に問われ、男は否と首を振る。
 川がごう、と唸る。橋柱が今にも砕けそうに軋む。橋の此方にも彼方の岸にも、幾人もの物見高い人々が恐ろしげに女と男の対峙を見守っている。橋が軋む度、此方と彼方から悲鳴が上がる。数十年の昔に架けられた橋は、今は人々の生活の要。流れてしまえば人の流れが滞る。交易が途切れる。生活に支障が出る。
 絶えず跳ね上がる川の飛沫が女の背後に真白に散る。それはまるで今にも獲物を呑もうとする白蛇の顎。
 女の身体が夥しい水に打ち据えられる。
 男を呑もうと跳びかかった大量の水は、けれど男に一滴も触れられず、消える。
 感情を深く沈めた女の黒々とした眸に、初めて忌々しげな光が浮かぶ。白い喉晒して女は男の頭上を仰ぐ。男の頭上、鷹が獲物狙うように弧を描いて黒雲湧く空を舞うは、白銀の焔纏いし鳥の妖。鳥妖の翼が優美な線描いて羽ばたく毎、男に掛かる冷たい飛沫のその全てが鳥妖放つ白銀の焔に焼き尽くされる。
 泥の色した飛沫が一滴も残らず、蒸気となることも許されず、唯消える。
「今は斯様な謂れも忘れ去られたか」
 女は濡れた睫毛を伏せる。
「今は、幼子が老いて死ぬまでの時程で斯様な謂れも忘れ去らせるか」
 男は何を思うてか、雪色の髪の下、金の瞳をすうと細める。関心寄せるは女の語る橋の謂れか、女の身上か。それとも女がその胸に抱いた白鞘の守り刀か。
 橋の下で川が渦巻く。大蛇に巻かれたように橋柱が軋む、何千の石礫に打たれたように橋桁が揺らぐ。男の纏った墨色の着物の裾が揺れる。今にも流されそうに危うい橋に在って、男は何気なく通りがかった仕種のまま、伸ばした背筋もゆったりと構えた胸元も身じろがせることなく佇む。


 川沿いには石を高く積んだ堤がある。数十年の昔、堤は幾度積んでも川を棲家とする大蛇によって崩されたと言う。その荒ぶる妖を鎮め、川沿いに堤を築かせるを可能にしたは、一組の夫婦。土甕にその身を封じ、堤の礎に生き埋めとなることで大蛇の棲家に石積むことを赦させたのだと言う。
 村人のために犠牲となった彼らを祀る祠は、数十年を経た今も堤の傍にひっそりと建っている。
 小さな村中を歩き回って作った片掌に掴めるほどのささやかな花束を、女は石組みの祠に供える。土の上に着物の膝をつき、白い息と共、祈る。
 家の隣の鍛冶場から、夫が鉄打つ音が響いてくる。耳に響くその音を、女は愛した。涼やかな刃打つ男の身体を、澄んだ刃のような心を、男の熱が籠められた刃の美しさを、愛した。
「誰が大蛇の贄になど」
 密やかに、女は囁く。寒風に着物の裾乱して立ち上がる。
 祈り籠めた瞳で、川に沿うて山へと続く道を見つめる。山に棲まう妖は多い。危険な山を越えて村にやってくる者は少ない。
 その山よりの砂利道を下りて来る者がいる。
 隊さえ組まず、ただ一人、険しい山を越えてきたとも思えぬ淡々とした足取りで歩く男。
 村に近付く旅装の男を、女は遠目から見つめ続ける。頭に深くかぶり笠、口許覆うは細い布。遠目に見えた姿は、風の速さで見る間に近付く。小柄痩身の身に纏うは着物に袴の軽装。袖口には手甲、裾は脚絆。腰には刀。
 擦れ違うほどに近付いた見知らぬ旅人の、笠と布でほとんど隠れたその顔を横目に見て、女は息を呑む。
 何者にも興味を示さぬような、唯先だけを見据える旅人の眼は、夫が打つ刀にも似た鋭い銀の色。
 女に一瞥もくれず、男は道を先へと進む。
「もし」
 男を眼で追い振り返り、女は必死の声で呼びかける。
「お待ちください、旅の方」
 女が袖掴まんばかりに声掛けて、男はようやく足を緩めた。刃と同じ輝き宿した銀の眼が感情を映さず女を見る。刺し抜かれるほどに鋭い眼に、女はたじろぐ。人ではない、と本能に近く思う。
 なればこそ。
「川に棲む大蛇を斬って頂きたいのです」
 男の瞳に宿る刃の光に誘われ、女は願いを口にする。斬る、の言の葉を受けて、男の無関心な瞳に刃の光が灯る。
「望まれるものは、」
 女が対価を口にするよりも速く、砂利を蹴立てて男は飛んだ。
 女には男が翼を得て飛んだとしか思えぬ跳躍力で、男は恐ろしい身軽さで人の背丈ほどの堤へと飛び乗る。かぶり笠の頭を巡らせ、細い腕を持ち上げる。
 男が示すものを確かめるため、女は堤に手を掛け足を掛け、どうにか頭だけを堤の上へと持ち上げる。
 川からの風が着物の袖を男の腕に貼り付かせる。
 細身に見えた男の身体が鋼の筋肉に鎧われていることに女は気付いた。
 男の指が示すのは、岩砕く勢いで白い波立て激しく流れる川から鎌首もたげる大蛇の姿。一枚一枚が人の頭の大きさはある白い鱗が、薄曇りの天から零れる淡い陽光集め、凍える川の飛沫を浴び、白々と輝く。氏神の杜護る巨木を幾本束ねても足りぬ巨体に、大蛇を遠目に見慣れているはずの女が悲鳴を呑む。
 大蛇が棲家と人の領域の境でもある堤に立つかぶり笠の男を見止める。天に鈍く輝く太陽ほどある血色の眸が胡乱げに細くなる。侵入者の気配を探るように、二股に分かれた舌が裂けた口許から覗く。
 大蛇の視線受けて、女は堪らず息を詰める。蛇の視線が貫くは己ではなくかぶり笠の男。けれどそれでも、女はその場に縫い止められる。指の先も動かせなくなる。
 女の様子に斬るべき相手の確信を得たか、男は小さく頷いた。低く腰を落とす。跳躍の構えから間髪いれず、跳ぶ。川岸に降り立ち、砂利を蹴立て大岩を踏み、疾駆する。男から紛うことなき殺意を読み取り、大蛇は深紅の口を大きく開く。猛々しく並ぶ鋭利な牙を怒りと共に剥き出しにする。
 女にはかぶり笠の男が荒ぶる川面を駆けているように見えた。激しい流れの下にある濡れた岩をその足で確実に掴んで駆けているとは思いもよらない。女は男が山から人里へと下りてきた気紛れな妖なのだと信じた。
 川面から男が跳ぶ。男が横跳びに川面を離れた瞬間、大蛇の強靭な尾が水面を割る。水音を押し消す轟音が響く。白い大波が跳ね上がる。男の身が立ち上がる飛沫と共に宙に舞う。小さく丸めた身が空で一回転する。
 大蛇が威嚇の声を高々とあげる。
『此処は遥か昔より我が一族の棲家』
 大蛇の顎から放たれるは、老いた女の嗄れた声。
『それを知って尚刃を向けるか』
 男は応えぬ。空より降る速度とその身に宿る鋼の力、抜き打ちの刃の力を絡め、――一閃。
 曇天の空に白刃が光る。一切の迷いのない刃が空を翔る。
 男の身が風と波に惑うように川面に落ちる。
 大蛇が血色の眼を見開く。
 女は呪縛が解けて身じろぎする。止まっていた息を思い出して大きく胸を膨らませる。
 女が白い息を大量に吐き出す。大蛇の白い首が胴から離れる。川に血の滝が落ち、血に押し流されて首が川に落ちる。外気より温かな血が生臭い蒸気を吐く。
 川統べる大蛇が死に、川が鎮まる。荒波が撫でられたように小さくなる。水の轟きが静まり、水に呑まれ続けていた岩々が川面に顔を出す。大蛇の頭が落ちた場より少し下った岩の上に、流されたらしい男がその身を引き上げている。
 怨念の塊じみて、大蛇の白い胴が水面に血の飛沫撒いて暴れる。先の先でも大人の胴はある尾が激しく水面を叩く。男の一閃で切り離された蛇の頭が力なく川を流れて下る。
 尾が不意にぐたりと水面に横たわる。水に呑まれて川底に沈む。
 男が川の岩に立ち上がる。その傍らを大蛇の頭が流れて、
『我が恨み』
 大蛇が末期の力か恨みの力か、血の眼を落ちんばかりに剥く。水を跳ね上げ大顎を開く。白い鱗を岩に叩き付け、鋭い牙で岩を咬む。男は驚く様子も見せずにかぶり笠の頭を僅かに傾げる。無造作に刀抜き放ち、大蛇の片目に刃を深く突き立てる。
 老女の声で、大蛇は断末魔をあげる。
『容易くは拭えぬと知れ』
 呪いの言葉を撒き散らす。岩を食む牙の力が緩む。蛇妖の眸に宿った命の灯が掻き消える。先に川底に沈んだ尾を追うて、斬り離された頭も己が棲家とした川の底へと沈む。
 引き止め礼を重ねようとする女を銀の眼に映す事無く、かぶり笠の男は川面に覗く岩から岩に飛び移り、下流へと走る。山から下りて来たのと同じ旋風の速さで、女の前から消える。


 古びた、けれど頑丈な橋の上には、白装束の女が立つ。頬を伝うは女の涙か、暴れ川から高く激しく巻き上がる冷たい飛沫か。
 女と対峙するは、ひとりの男。足元の橋がどれだけ危うく軋んでも揺らいでも、眉ひとつ動かさず泰然と立っている。男の頭上舞う白銀の焔纏いし巨鳥が翼羽ばたかせる度、冷たい飛沫を焼く雪色の焔が降る。
 女は男から眼を離す。橋の向こうにある町へと、橋の袂で怯えながらも女と男の対峙を物見する町の人々を見遣る。
「己が力示さんとする金の亡者が」
 恨みと怒り籠もった声で吐き捨てる。
 途端、女の姿が変容する。人の姿かなぐり捨てて、橋見下ろす巨大な白蛇の姿となる。物見高い町人たちから悲鳴があがる。
「あァ、あれか」
 女の変化にも、人々の悲鳴にも一切構わず、男はのんびりと顎に手をやる。己を見下ろす蛇妖からふいと顔を逸らし、橋の袂に立てられた札を見遣る。
 札には町の豪族が己が資金で以って橋を立派な拵えのものに架け替える旨が書かれている。
 男に応じる代わり、蛇妖は鎌首をもたげた。大木のような尾が白波の川面を奔る。橋の袂の立て札を打ち砕く。他人事のように見物していた人々が尾に打ち据えられて宙を舞う。不運な何人かが荒れ狂う川波に呑まれる。
『此の橋は私のもの』


 殺された大蛇の怒りの声のように川が吼える。
 白い川波が押し寄せる。堤が揺れる。積み上げられた石が悲鳴を上げる。堤に阻まれ、千切れた波が冬空に踊る。堤に護られた村の道に血のような黒い水溜りを作る。
 凍える水に白装束の身を幾度と打たれ、女は閉じた瞼を震わせる。女を囲うは、殺気だった村の住人と人柱の儀式取り仕切る巫職の老女。
 荒れる川の轟きに村人達は怯える。鎮め祀るべき大蛇の妖を、あろうことか旅の刀使いに依頼して殺させた女に対し、容赦のない罵詈雑言が囁かれる。
 悪意の塊となった人々の囲いを押し退け、男が一人、女の足元に転がり出る。
「おまえさま」
 女は色失った唇で囁く。人々の罵りには構わず、男は女を抱く。
「共に」
「いいえ」
 男の懇願にも似た言葉を、女は僅かな笑みさえ浮かべて振り払う。
「死した妖の怒り鎮めるには、私ひとりで事足ると婆さまが」
 女は凍えて蒼白い手を己が胸に、帯に差した守り刀に添える。
「おまえさまの刀を一振り、頂いて参ります」
 その守り刀は、男が精魂傾けて打ったもの。男の肩に一度きり頬を寄せ、何事かを囁いて、女は男を押し退けた。
 巫職の老女に頭を下げ、女は堤に架けられた梯子伝って堤に登る。
 堤の上には、ひと一人入れるだけの小さな石柩。女は躊躇うことなく柩に身を横たえる。男が嘆き叫ぶも、村の人々に引き倒され口を塞がれる。
 巫職の老女が祝詞奉る。堤に上がった男達の手により石柩の蓋が閉ざされる。
 女は人柱として川に沈んだ。


『私は何もかもを此処に沈めた』
 蛇妖と化した女は裂けた口から二股に分かれた真っ赤な舌を覗かせる。水底のような黒々と濡れた眸を爛々と怒りに輝かせる。
『そうして願った』
 白い鱗の尾が高々と持ち上がる。振り下ろされた尾は川の白波を割り、その下に在った岩を粉々に打ち砕く。橋よりも高く水柱が立つ。
『川の穏かなることを、橋の流れぬことを』
 尾が振られる毎、水柱が立つ。砕かれた岩の欠片が散る。巻き添えられた人々が川に引きずり込まれる。
 荒ぶる蛇妖にも、揺れる足元にも構わず、男は無関心に踵を返す。空にある白銀の鳥が主に従う。蛇妖が撒き散らす波も岩くれも、男に降りかかる全ては白銀の焔に撒かれて焼き払われる。男の肩に降るのは、粉雪のようにさらさらと流れる銀の灰ばかり。
 蛇の尾に絡め取られたように揺れる橋を危なげなく渡り切り、男は燃え盛る焔のその芯の色にも似た金の瞳で振り返る。己が怒りに呑まれ、蛇と化して暴れに暴れる女を静かに見据える。
 轟々と流れる川の音に中、不思議に通る声で男は言う。
「あんたの想うた男はもう居らんのじゃろう」
 透徹した言葉が、怒り狂う女の胸を貫く。金の瞳に射抜かれ、女は蛇身を凍りつかせる。
「これ以上囚われて何にする」
 主とする男の意志受け、欄干に白銀の鳥が舞い降りたその刹那、橋を白の焔が奔る。白蛇の鱗よりも白く、凍える川よりも冷たい銀の色した焔が橋の全てを呑む。川から巨大な鎌首もたげる蛇妖を包む。
 轟く音は焔か川か。
 橋も、橋護ろうとした蛇身の女も、瞬きの間に灰塵と化す。銀色の灰がゆるゆると静まる川に落ち、雪の如く輝きながら流れて消える。
 橋の袂で怯える町人に眼もくれず、男はふらりと通りがかったその足取りのままに町を過ぎようとして、
 ――ふと、足を止めた。金の眼が嬉しげな色を宿して細くなる。
 跡形もなく焼き払われた橋の傍ら、ひっそりと転がるは、女が呑んでいた白鞘の守り刀。男は女の手を取るように守り刀をその手に包む。


 妻が礎となった橋を、男は渡る。素朴ながら頑丈に築かれた橋の下から、穏かに流れる川のせせらぎが聞こえてくる。橋の架けられる前の荒れ狂う川の面影は最早どこにも見受けられない。
 男は暗い光孕んだ瞳を橋向こうの町へ遣る。妻が川底に沈められたあの日、妻が耳元で囁いた言葉が蘇る。
 ――橋を渡りませ
 そうして町で鍛冶師として名を上げてほしいと妻は言った。
 妻の言葉に従い、男は橋を渡る。
 橋を渡った男の行方を知る者は居ない。
 かつて大蛇を斬り捨てた刀使いの男の行方も、数十年を経て再び現れた蛇妖の女を橋ごと焼き捨てた男の行方もまた、杳として知れぬ。



クリエイターコメント お待たせいたしました。
 橋のはじまりとおわりのお話、お届けにあがりました。

 細々と捏造してしまいましたり、固有名詞が出てきませんでしたりしておりますが、……少しでも、お楽しみ頂けましたら幸いです。

 おはなし、聞かせてくださいましてありがとうございました。
 またいつか、お会い出来ますことを楽しみにしております。 
公開日時2012-01-21(土) 21:50

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル