もう直ぐ、船は完成する。 ウェズンや旅人達のお陰で、私は君との約束を漸く果たせそうだ。 けれども、もうあまり時間はない。 もしもの事があったら大変なので、旅人の1人に手紙を託した。 私が約束を果たさないまま死んだ時は、彼らに託したい。 けれども、選ぶのは彼らだ。無理強いはできない。 星神の一柱、希望の【スピカ】よ。 どうかあと少しだけ私を生きながらえさせて欲しい。 『星の海』で彼女が、ポルクシアが待っているのだから。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * ――0世界・世界図書館。「竜刻の暴走が、予見されたよ」 目の前に現れた黒い仔猫が、『導きの書』を開いてそう言った。「デイドリムという名前の街で有名な博士、カルートゥスは、『星の海』……壱番世界でいう、宇宙へと行く為に船を作っていたんだ。それがいよいよそこへ向かおうとしている」 けれども、と子猫が言いよどみ……ロストナンバー達は不思議そうに首をかしげる。「そこへ向かおうとしたら竜刻が暴走するのか?」ロストナンバーの1人がと問うと、仔猫は静かに言い直した。「正しくは行く為の最終調整中に、だね。 どうか、その竜刻を回収して博士の夢を叶えて欲しい。お願いできるかな?」 仔猫は『導きの書』を捲り、真面目な顔で言葉を紡いだ。「今回は、竜刻となったリボンを回収してほしいんだ。博士の奥さんの遺髪を纏めていたものなんだけど、どうやら博士の思いが強すぎてそうなったみたいだね」 『導きの書』には調整中に他の竜刻の力に反応し、暴走してしまう、と記されていたそうだ。「実は、これが失敗すると大変な事になるかもしれない。船にある竜刻やウェズンさんの目に入った竜刻に共鳴して、デイドリム中の竜刻が暴走してしまう可能性があるからさ」 そんな事はきっとカルートゥスも、ウェズンも望まない、と世界司書は『導きの書』を捲り、真剣な表情で言葉を続ける。「あの親子にとって、そのリボンはとても大事なものみたい。だけど、大惨事を防ぐためにも、絶対回収してきてね」 司書はそこまで言うと『導きの書』を閉ざし、真面目な顔で一同を見る。「あと、もう一つ重大なことがある。ヴォロスの『星の海』……壱番世界でいう『宇宙』へは、ただ早く、高く飛ぶだけでは向かう事ができないよ」 確かではあるが、ヴォロスでいう宇宙はそのままディラックの空であり、壱番世界の人々が知る宇宙に行くには何らかの魔法が必要になる次元にあるらしい。 詳しく話すとロストナンバー達の掟に触れてしまう為、どうやって伝えるか、若しくは別の方法を使うかが鍵になるだろう。「この任務がうまくいけば、カルートゥス博士は恐らくヴォロスで初めて『星の海』の次元まで到達した人物になるかもしれない。それに、約束を果たす事ができる」 だから、どうか頼むよ、と付け加えて司書はロストナンバー達にチケットを手渡した。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * ――ヴォロス・デイドリム「このスイッチで魔法陣の文様が変わるはずじゃが、どうかの?」「はい、問題なくチェンジできます」 ラボでは、カルートゥスとウェズンが船の調整を行っていた。旅人達のお陰で和解した2人は、一緒に『星の海』を目指す為、日々実験と船の調節に力を入れていた。 カルートゥスの具合はまあまあという所まで持ち直し、ウェズンはこまめに父親を休ませ、整備を丁寧に行っていた。その他、いかにして『星の海』まで無事に行き、そこから帰ることができるのかと考察を重ねては試行錯誤を繰り返していた。「……そういえば、『星の海』へ無人の小船を飛ばしたらしいが、どうじゃったか?」「5隻ほど飛ばしてみましたが、全部墜落しました」 そういい、ウェズンは観察経過を報告し、レポートを手渡す。それに目を通したカルートゥスは小さく唸るように呟いた。「一体、何が足りないのじゃろうか? 出力等についてはこれでいいと思うのじゃが……」 老博士は文様を調べなおす息子を見、ふと、ポケットからお守りと……白い髪の束を取り出した。白い髪は亡き妻ポルクシアの物で、金の糸で文様が縫われた赤いリボンでまとめられていた。「どうすれば君へたどり着けるのだろう……ポルクシア」
起:全ては約束の為に ――ヴォロス・デイドリム:カルートゥスのラボ 竜刻と化したリボンを回収するべくやって来た6人のロストナンバー達を、カルートゥスとその息子夫婦、ウェズンとアトリアが出迎えてくれた。 「お~、いいタイミングで来てくれたわい。『星の海』へ向かう為の最終調整をやろうと思ってのぉ」 カルートゥスが楽しげに笑っていると、何度も訪れている川原 撫子がポニーテイルを揺らして駆け寄った。 「また来ちゃいましたぁ☆ ぜひお手伝いさせてくださぁい♪」 「久しぶりだな」 傍らにメルヒオールが並ぶと、カルートゥスはこれまた嬉しそうに肩を叩いた。ばさり、と風を切る音で上を見れば、オレンジ色の鱗が特徴的なユーウォンが楽しげにやってきた。 「じいちゃん、元気そうでよかった。あの時は心配になったよ」 彼が言うとおり、先日の依頼の時カルートゥスは発作を起こして喀血している。顔色を見ている限り、体調はよくなっているように見えた。けれども、目の前にいる老博士に残された時間は短い。 カルートゥスが撫子達と話すようすを見ながら金町 洋は背筋を伸ばす。彼女は先日ウェズンの手伝いをしていた為、この老博士とはあまりコンタクトを取っていなかった。 (ちゃんとお会いするのは初めてなんですよね) その傍らでは初対面となる桃色の瞳が綺麗なジューンと、眼鏡を正してニコニコ笑うマスカダイン・F・ 羽空の姿があった。 「軽く見た所、肺を患っているように見受けられます。容態は安定していますが、油断はなりません」 ジューンが静かに言うと、マスカダインは小さくため息をつく。それでも彼は内心でぐっ、と拳を握り締める。 (方法は大変かもしれないけれど、やっぱり『星の海』に行きたいって願いは叶えたいよね) その傍らでは相棒のデフォタン、はと丸=ロートグリッド(以下、はと丸と表記)がぴょこん、と彼の決意を汲んでか、励ますように跳ねた。 眼鏡を正しながら「行こうよ」と促すマスカダイン。彼に頷き洋とジューンもまたカルートゥスに挨拶をするのであった。 作業の前に食事をしよう、と老博士に提案された面々は、準備が整うまでの時間其々行動をする事にした。 「……うーん、つまり『星の海』に向かってもロストナンバーになるとは限らない?」 「そうだな。このレポートを読む限り、ディラックの空自体に飛ぶわけではなさそうだ」 マスカダインの言葉にメルヒオールは頷く。この2人は予め資料に目を通し、これまでの事を確認していた。その途中でマスカダインはちょっとした勘違いをしていた事に気付く。 『星の海』はあくまで『ヴォロス』の中にある。だが、ただ早く高く飛ぶだけでは行けない、という事らしい。 「んー、ヴォロスの星空は世界郡の光だと思ったのね。でも、それとはまた違う次元なのね? こんがらがっちゃったのね」 「ただ、行けなくはない筈だ。……その方法を見つければいい」 マスカダインはいつもの調子で飄々と言うが、瞳は真剣だ。メルヒオールもまた左手に資料を持ち、考察を絡めながら読んでいく。2人は呼ばれるまで今で資料とにらめっこしながら話し合いをするのであった。 そうしながら、マスカダインは考える。竜刻が大地を離れる事を拒み目的の場所にいけないのならば……竜刻に頼ならければいいのではないか、と。 ジューンと撫子はアトリアの手伝いをし、調理をしていた。元々こういう事が得意な2人にサポートされ、アトリアはオレンジ色の瞳を輝かせて感謝する。 他愛もない話に花を咲かせながらも、撫子はちらり、とカルートゥスを見た。命をかけて『星の海』へと行こうとする彼の夢をどうにか叶えたい。けれども、竜刻がその準備中に暴走する、という予言が出ている。しかもその竜刻は彼の亡き妻の遺髪を纏めたリボンで……。 (話し合いで、うまくいくといいのですが……) 相棒であるロボタン、壱号の光で我に返った撫子は、食事の準備を進める。その様子にジューンは静かに口を開いた。 「心拍数の増加を確認しました。心配事ですか、撫子さん」 「勿論、今回の任務についてですぅ」 その他にも色々あるのだが、言葉に出したくなかった。ジューンはそんな様子の撫子に対し、静かに言う。 「迷っているのですか? 暴走を予見された竜刻は、封印のタグを貼り回収しなくてはなりません」 「それは分かってますぅ☆ でも……」 撫子は自分の髪とカルートゥスを見、少しだけ唇を噛む。そして、なんでもない、と言って調理に戻った。そんな彼女にジューンは少しだけ首をかしげた。 ユーウォンはカルートゥスと『星の海』の話をしながら、今回の回収対象となった竜刻を見ていた。カルートゥスは先日来た旅人の少年から貰ったお守りと共に、例の遺髪をユーウォンに見せてくれたのだ。 「じいちゃん、これ、綺麗だね」 「それはそうじゃ。ポルクシアの髪じゃからな」 赤いリボンには、細かな文様が金の糸で縫われていた。それを見ているとユーウォンは少しだけ寂しい気持ちに襲われた。 (説得が行かなかったら眠っている間にこっそり預かる事も考えた。けれども、こんなに大事にしているなら、やっぱり説得したいな) 同時に思うのは、持ち主に返したい、という事である。世界司書は回収を依頼した。けれども、これはカルートゥスにとって大切な物。どうにかして、彼から離したくなかった。 (世界司書が何と言おうとも、じーちゃんに返してあげたい。だってこれは……) 真剣にリボンを見つめていると、カルートゥスは小さく笑う。 「綺麗じゃろう? このリボンはな、儂がポルクシアに求婚した時髪に結った物なんじゃ」 てれ混じりにそういう老博士の横顔が、一瞬だけ、恋する若者の顔に見えた。それだけ、今も亡き妻を愛し、同時に恋をしているのだな、と思うと更に胸の奥がちくり、と痛む。 「本当に、大切なモノなんだね」 ユーウォンが問えば、カルートゥスは「ああ」と優しく頷いた。 その頃、洋はウェズンと話をしていた。お墓参りや遺品の保存などの習慣があるのか、という確認と『ある提案』をする為である。 幼い頃に母親を亡くしている事もあり、彼女は遺品の奪取などは考えたくなかった。その他、カルートゥスの亡き妻・ポルクシアについても聞いてみたかったのもあった。 (いきなり遺品を譲ってくれ、だなんて唐突過ぎますからね) 洋の問いかけに、ウェズンは真面目に、やさしく答えてくれた。 この地方では遺品は個々人の遺言によって処分したり残したりするらしい。また、お墓参りの風習はあり、その辺りはどこか壱番世界・日本の風習と少し似ていた。 「この辺りでは、死んだ人間の魂は星になるって言われてるんです。父が『星の海』へ行きたいと願ったのは、母と会いたかったのもあると思います」 「あたしの来た国にも、亡くなった人が行く先という概念があるんですが似ていますね」 洋は昔父から聞いた話を思い浮かべつつ頷く。星になれば、いつでも家族を見守れる。ふと、脳裏によぎったのは、亡き母親の事だった。 (お母さんも、空で見ていてくれているのかな) 自分は母親に会う事ができない。けれども、家族が傍にいる。そして……。 洋は静かに頷いた。 「お母さんは見てくれてるって、お父さんが言ってました。きっと奥様も、今の博士のこと、見てくれてます」 お手伝い頑張りますよっ! と気合の入った笑顔を見せれば、ウェズンもまた優しく微笑んでありがとう、と言うのであった。 また、ウェズンに亡き母親の事を聞いてみれば、彼は静かに、優しくこう答えてくれた。 「母は体が弱かった。けれども父と絡繰の研究を重ね、私を大切に育ててくれた。とても心の強い人だったよ」 そして、心から絡繰と家族を愛していた、と。その話を聞き、洋は内心で1つ、頷いた。 ――絶対に、博士の夢を叶えたい。 傍らで、彼女の相棒であるドックタン、豆助が同意するように尻尾を振った。 それと同時に、話を聞けば聞く程、今回共に行動しているコンダクターの姿が思い浮かんだ。確かに違う部分が多い。けれども、何故だろう。好きな物を純粋に愛し、探求する姿はどこか『彼女』に似ていた。 暫らくして、食事の用意ができると旅人達はカルートゥス一家と共に食卓を囲んだ。この日は野菜と鶏肉をメインとした料理と、香りが優しいハーブのお茶、賑やかな会話で盛り上がり、心から大いにその時間を楽しんだ。 食事を終えた後、後片付けもそこそこに撫子は与えられた部屋へと戻った。そして、鏡の前に立つと、1つ頷く。 (これが代わりになるかは分かりませぇん。けれども……博士の願いとデイドリムには変えられないんです!) 彼女はおもむろにナイフを取り出すとポニーテイルへと当てる。そして、思いっきり切ろうとした瞬間、人の気配を覚えた。振り返ると、目を見開いたカルートゥスが駆け寄り、撫子の手を取る。力に自信がある彼女ではあるが、悲しげな目をする老博士から放たれる感情に、体の力が抜けるのを覚えた。 「何をするつもりじゃ、撫子ちゃん! 乙女が……乙女が髪を粗末にするもんじゃない!」 「博士……」 どうしてそんな事をしようとしたんじゃ、とカルートゥスが問えば、撫子は俯いて黙りこくる。けれども暫し見つめ合っていると、その後ろから声がした。 「じいちゃん、とても大切な話があるんだ。ちょっといいかな」 それは、青い瞳で心配そうに2人を見つめるユーウォンだった。傍らにはメルヒオールもいる。 「これは、博士がやろうとしているプロジェクトに関わる。だから、来て欲しい」 彼らの言葉にカルートゥスは1つ頷いた。そして、くたん、と座り込んだ撫子に手を差し伸べる。 「いこう、撫子ちゃん。みんなが待っておる」 承:絡み合う想い 「こんな具合でいいかな?」 「そうですねー。お茶の用意もできた事だし後は話し合うだけですねぇ」 マスカダインと洋は先ほどの食卓を綺麗にし、お茶の準備をしていた。そして、キッチンからアトリアが出てくる。 「い、いいのかしら?」 「はい、直ぐに終わります。ですからアトリアさんはウェズンさんと話し合いに参加してください」 ジューンはそういうと、優しく微笑んで送り出す。そして2人に「先に話し合いを勧めていてください」と頭を下げてキッチンへと引っ込んだ。 後はカルートゥスと他のメンバーが揃うだけとなったのだが、客室の方から声がする。それを不思議に思ったマスカダインがはと丸と共に首を傾げる。 「うーん、それにしてもちょっと騒がしい?」 「お待たせ。博士を連れてきたよ」 ユーウォンを先頭に、カルートゥスと撫子、メルヒオールが入ってくる。いつも元気な撫子が表情を曇らせているところから、何かあった事は解るが、彼女は黙ったままである。 「ど、どうしたの? 一体何が……」 「それがわからんのじゃよ」 洋が駆け寄るも、撫子は口を開かない。代わりにカルートゥスが困り顔でしょんぼりし、メルヒオールはどうしたものか、と内心でため息をつく。ユーウォンはそんな面々に穏やかに語りかけた。 「なんとなくの勘だけどさ。じいちゃんの事に関してなんだろ? 話せる時でいいよ」 彼にそう言われ、撫子は漸く「ありがとうございます」と小声で返す。何となく重い空気になったのを洋とマスカダインが笑顔で払拭しようと動き出した。はと丸と豆助も2人をサポートするように跳ねたり、しっぽをふったりした。 「兎も角、大切なお話があるのね。皆で博士の約束を叶える為の、重大な会議しようよ」 「お茶とお菓子もありますよ。長い話し合いになりそうですからね」 2人に促され、他のメンバーも席に着く。そして、そっと遅れてきたジューンが戻ってきた所で、話し合いを始める事にした。 「そうじゃな。まずは、大切な話とはなんの事かの?」 「じいちゃんの持ち物に関して、かな」 何時ものように飄々と問うカルートゥスに切り出したのは、ユーウォンだった。彼は青々とした瞳でじっ、と老博士を見つめ返す。 (はったりをかけてもばれるかもしれない。けれども……) ぐっ、と手を握り締めたユーウォンが再び口を開く。 「じいちゃん。さっき見せてくれた遺髪から危ない匂いがしたんだ。もう一度、見せて貰えないかな?」 「これか?」 皺くちゃな手で、懐から取り出された白い遺髪は赤いリボンによってまとめられ、三つ編みにされていた。細やかな金糸の刺繍が施されたリボンを見つめ……ユーウォンが口を開こうとしたそばから、撫子が頭を下げた。 「ごめんなさい、カルートゥスさん。私が髪を切ろうとしたのはぁ、奥様の遺髪を縛っているリボンと交換してもらう為だったんですぅ」 その言葉に、カルートゥス達だけでなく、ロストナンバー達も驚いていた。撫子は泣きそうになる気持ちを抑え、ユーウォンと目を合わせて小さく頷いた。 「申し上げにくいのですがぁ、メイムで『実験の途中で、竜刻が暴走して、デイドリム中の竜刻の暴走を招く』という予言を受けましたぁ。その竜刻がぁ、奥様のリボンだったんですぅ」 その言葉に、カルートゥスだけでなく、ウェズンとアトリアもまた驚きで声を失い、不安げに顔を見合わせる。その様子を伺っていたメルヒオールは内心で「やはり」と呟いた。 (博士の事だ。失敗・暴走の要因は丁寧に取り除いていた筈。それなのにこの反応という事は本当に知らなかったのだな) リボンの竜刻化をカルートゥスが知っていたならば、何かしら対処をしていない筈がない。資料を読み込んでいたメルヒオールはそう予測していたのだ。それ故に彼らの反応を素直に信じられる。 一方、リボンが竜刻化した事を知った理由をどう説明しようか悩んでいた洋としては、撫子の発言に助けられたと言ってもいい。そうしながら、彼女は自分達が無神経な言葉を放ってしまった時の為のフォロー等を考えていた。 「それは本当なのですか? 私や父は長年竜刻と向き合ってきましたが……」 ウェズンが恐る恐る問いかけ、ユーウォンは静かに頷くながらわずかに羽ばたく。 「うん。しかも、状態がとても不安定なんだ。おれは旅人だけど、竜でもあるから、わかるんだよ」 その発言に、更に目を見開くカルートゥス達。ヴォロスでは、竜は滅んでいる事になっている故、驚きを隠せないのだろう。カルートゥスは震える手でリボンを握り締め、その様子に胸が痛みながらもユーウォンは青い瞳を細めた。 「いつ、暴走するかも判らない。だから、船に持っていくには危険すぎるんだ」 「万が一、暴走してしまったら街が崩壊してしまうかもしれない。それに、ウェズンも目を失ってしまう危険性もある。再挑戦の時間も、恐らくは足りなくなるだろう」 メルヒオールが左手でカルートゥスの手に触れつつ言葉を紡ぎ、様子を見る。愛する人との約束を果たす為に実験を重ね、船を作ってきた博士だからこそ、説得すれば聞いてくれるのではないか、と彼は願いつつ言葉を紡ぐ。 カルートゥスはひどく迷っているようだった。妻の遺髪を黙って握り締め、何度もかぶりを振るう。信じたくない事が起こり、彼としても戸惑っていることがはっきりと解った。撫子はそんな姿を見ていられなくなり、唇を噛み締める。僅かな音を立てて赤く小さな雫が盛り上がり、痛みが広がる。 「これが竜刻に……。なんと皮肉な事じゃろう。ポルクシアは、儂に来るなと言っておるのじゃろうか?」 遺髪を握りしめて崩れそうになる博士を息子夫婦が支える。彼の弱気な言葉に洋は首を振り、どうにかしたいと口を開いた。 「そんな事はありませんよ! ちょっと気持ちが強くて、『星の海』に行く力になりたくなってこうなっちゃったのかもしれませんし! 暴走っていうのも、それじゃないですか?」 この言葉に、アトリアが頷く。老博士は「そうなのかのぅ」と力なく呟いたものの、少しだけ表情が元に戻ったようだ。 それでも暴走の危険性には胸を痛めているようで、手の震えは収まっていなかった。 (そうだよね。大切にしていたものだもの。一緒に『星の海』へ行きたかったんだね) 様子を伺っていたマスカダインもしょんぼりとした姿にため息を付いた。老博士を支えるようにいたウェズンとアトリアは静かに様子を見ていた。 「その竜刻は、どうにかする事ができませんか? 例えば力を押さえ込むとか?」 ウェズンの問いかけに、撫子は1つのタグを取り出した。世界司書から託された『封印のタグ』である。 「これで、一時的に暴走を抑える事ができますぅ。けれど……」 そこまで言いかけた時、ユーウォンがすっ、と前に出る。そして、カルートゥスの手に触れる。 「俺が、責任をもって預かるよ。未来の……ちゃんとここへ帰ってきたじいちゃん宛てのお届けものとして」 「!」 カルートゥスが、僅かに眉を動かす。静かに黙って聞いていたジューンが「まぁ」と瞳をパチクリさせ、洋達もまた驚きを隠せないでいた。 (それは、はったりですか?! 暴走しそうな竜刻は封印のタグで一先ず安全にはなりますが……) 洋が少し不安げに見ている横で、撫子が口を挟んだ。 「ユーウォンさん。流石にそれは難しいかと思いますぅ。封印のタグで抑えられたとしても封印しなくては結局危ないんですよ?」 「でも、これはじいちゃんの大事なものだよ。だからさ」 ユーウォンは、きっ、と強い意志を宿した瞳で言う。世界図書館がなんと言おうと、この竜刻を安全にしてカルートゥスに渡そう、と彼は考えているのだ。 (デイドリムの竜刻はみんな、やさしくて楽しい事が大好きだって聞いた。だからじいちゃんの強い想いに反応しちゃったんだね。……そんな竜刻が悲しい結果を呼び込むなんて、やりきれないよ。それにこのリボンは……) それでも撫子は首を振り、カルートゥス達の前に出る。そして、もう一度頭を下げた。 「そのリボンがとても大切なモノだとは解ってますぅ! でも、カルートゥスさんが奥様との約束を果たせなくなるのは、デイドリムが無くなってしまうのはとても嫌ですぅ!」 だから、何か代わりになる物を……と考えて髪を切り、渡そうと考えたのだ。その言葉に、カルートゥスだけでなく、ウェズンとアトリアもまた言葉を失っていた。今にも泣きそうになる撫子を見、ユーウォンもまた言葉を噤む。そうしながら、想いは同じなのだ、と深い胸の痛みを覚えていた。 撫子とユーウォンは目を合わせ、暫し無言でいた。ジューンはその様子を静かに見、洋達にどうするのか、と促す。重い静寂が満ちたその時、やんわりとした笑顔でマスカダインと、冷静な態度のメルヒオールがカルートゥスの傍に寄った。 「カルートゥスさんの希望のお星様は、お空の上にあるのね?」 「ああ……」 「あなたの想いを照らす光は、そこにある。だったら……このリボンには、誘導灯になってもらうのはどう?」 マスカダインの問いかけに、カルートゥスは幾分か力を抜いたように答える。それに、若い道化師は心を込めて提案し、そっと老博士の手を取る。 「今日まで支えてくれた、大切な守護には……旅立つあなたを見送る、皆を見守る、そして再び地上で迎える、誘導灯に、ね」 そう言いながら握り締め、瞳を合わせてにっこり、笑う。メルヒオールも同じ事を考えていたのだろう。自然な笑みで頷いた。 「星の海で奥方と再開したら、そのリボンの元へ帰ろう。きっと導いてくれる」 「道しるべ……」 老博士は、2人の言葉にはらはらと涙を零した。急に大切な物が竜刻となった事で色々な不安が膨れ上がっていたようだが、どうにか落ち着きを取り戻したようだ。それに対し、アトリアが一同に感謝を込めて目礼する。 「お義父さん、リボンを彼らに託しましょう。きっと悪いようにはしません」 カルートゥスは一言、「頼む」と遺髪を差し出す。それを受け取ったマスカダインに駆け寄り、撫子がタグを貼り付け、ユーウォンが預かる。その様子に、洋は一先ず安堵した。彼女が心配していた危惧は杞憂に終わり、少しだけ体の力が抜けたような気がした。 一先ず竜刻は回収され、状況は落ち着いたと言えるだろう。リボンの回収を他のメンバーに任せていたジューンはぽん、と手を打って注目を自分に集めた。 「皆様、お疲れでしょう。一先ず紅茶とお菓子で休憩した後、『星の海』へ向かう為の作戦会議を致しましょう。今の船ではまだ届かないようですから」 その言葉に、一同頷いた。竜刻を回収するだけが今回の任務ではない。そして、ここからがある意味本番とも言えた。 転:『星の海』へ届く為に 落ち着きを取り戻したカルートゥスは、ジューンに淹れてもらったハーブティーをゆっくり飲みながらメルヒオールと共にウェズンの書いた論文に目を通していた。 ウェズンは無人の船を飛ばし、そのどれもが『星の海』に行かなかった事からそこへ辿り着くのに何かが足りない、と思っているらしい。それと同時に竜刻が大地から離れたくないのならば、どうすればいいのか、という問題も、である。 「確かに、今のままでは『星の海』に辿り着く事は不可能だ。……が、手伝う事は出来る。皆で知恵を出し合えば、辿り着ける筈だ」 今回のメンバーの中で、魔術ならば自分が一番詳しい。壱番世界の知識ならば洋、撫子、マスカダインが協力してくれるだろうし、最年長であるユーウォンやアンドロイドであるジューンも技術的な面で助けてくれるだろう。 「儂は、多くの仲間に恵まれた。本当に幸せな事じゃ」 「ええ。皆で、力を合わせれば掴めない物はないんです」 感謝に瞳を震わせる父親を勇気づけるようにウェズンが肩に触れる。メルヒオールはなんとしてでも、老博士が約束を守れるようにしたい、と心から願うのだった。 (博士にとって、その約束こそが大事で名誉など二の次なのだろうな) 撫子とユーウォンはお茶とお菓子を口にしつつ、先ほどの事について謝り合う。そんな2人をフォローするように洋もまた傍にいた。 「まぁまぁ、お二人ともカルートゥスさんの為って思っての事ですし!」 「そうだね。でもちょっと熱くなりすぎたかもしれない」 「少し恥ずかしいですぅ……」 ちょっと気を落としているような2人に洋はまぁまぁ、と苦笑して肩に触れる。この2人の想いがカルートゥスの心を動かしたのは間違いないのだ。 大切な約束を守りたい。その思いは皆同じだ。それ故に意見が食い違う事もあるだろう。洋にはこの2人の気持ちがよくわかる気がした。 「竜刻回収は無事終わりましたけど、次が問題ですよ。カルートゥスさんが約束を果たす為にも、がんばりましょう!」 洋の言葉に、撫子とユーウォンは頷いた。 と、その時。別室に行っていたマスカダインが渋い顔をしながら部屋に戻ってくる。不思議に思ったユーウォンは首を傾げながら彼を呼び止める。 「ねぇ、何かあったのかい?」 「うーん、カルートゥスさんの船が『星の海』に行く為のヒント、メン・タピさんから聞き出せないかと思ってメールを書いたんだけど……」 食事の前、マスカダインはヴォロス出身の魔神であるメン・タピにメールを送っていた。過去の依頼にあった内容や竜刻を使った船の墜落等から、彼ならば何かヒントになりそうな事を教えてくれるのではないか、と考えたのである。特に引っかかっていたのは、竜刻の力の源、慧龍神の事であった。しかし、メン・タピから帰ってきたのは、次のような回答だった。 ――光の竜については判らぬ。恐らく、暴走に関する反応だろう。そして、慧龍にとって、ヒトはよっぽどの事がない限りどうでも良い存在故、些細な事で手を下すとは思わぬ。そうとしか言い様がない。力になれなくてすまぬ―― 少ししょんぼりした様子のマスカダインではあったが、洋達は気を取り直そう、と励ましてくれた。そんな4人にジューンがお茶のお代わりを注ぎながら言う。 「そろそろ始めましょう。時間は無駄にできません」 「それでは、作戦会議を始めましょう!」 洋が明るい声でいい、黒板をアトリアと共に持ってきた。彼女は率先して書記を務めるつもりだ。ジューンは相変わらずお茶やお菓子の準備を整え、傍に控えている。 「そうじゃな、どこから始めようかの?」 「えっとぉ、私から『何故船が落ちたのか』の説明をさせてもらいますぅ」 カルートゥスの問いに、撫子が手を挙げた。そして予め用意していた卵を取り出し、一礼してから口を開く。 「昔アルヴァク地方で亡くなられた方が似た研究をなさっていたのですが、その方曰くこの世界と星海の間は『卵の薄皮のような透明な膜』で仕切られて、世界が星海に溶けないよう隔てているそうですぅ」 そう言いながら、撫子は卵を割らず、針で小さな穴を開ける。こうして見せた方がわかりやすい、と思っての行動だった。その読みは辺り、カルートゥスとウェズンは息を飲んでいた。 「じゃあ、再計算が必要ですね。我々の計算に間違いがあった訳ですから……」 ウェズンがため息混じりに答えればそういう事ですぅ、と申し訳なさそうに撫子が頷く。けれども、【スピカ】の大きさならば大丈夫ではないか、と付け加えた。 「彗星が落ちても薄皮は破れませんでしたから、この船の大きさなら大丈夫だと思いますぅ」 その答えに一同、安堵する。大きさから変えなければならない場合は、かなり時間がかかるやもしれないのだ。 「計算までにどれだけかかる?」 「誤差とかの算出を含めても1日ぐらいでできるやもしらん。会議が終わり次第やろうと思うが」 メルヒオールの問いに、カルートゥスはこめかみを書きながら答え、撫子は生き生きとした老博士の目に少しだけ安堵を覚えたのだった。 「次は私です。カルートゥスさん、ウェズンさん、船の竜刻に使われる結界についての説明をお願いします」 そばに控えていたジューンが、静かに手を挙げて老博士達へと頭を下げる。興味を持ったメルヒオールが目を向けると、ウェズンがゆっくり立ち上がった。彼はテーブルに船の設計図を広げ、自ら指し示しながら説明をする。 「この船には、3つの結界があります。まず竜刻を覆う結界は、竜刻の力を制御すると同時に土地を離れる不安を薄れさせる効果を持ちます。次に、船の表面やドームに施された物ですが、熱や振動から搭乗者を守る為の物です」 竜刻が大地から離れたくないならば、大地にいると錯覚させればいいのでは、という予測から組み立てた魔法陣によって発動しているらしい。けれども、操縦の為には時折弱める必要もあるのだとか。その説明を聞きながら、メルヒオールはそこに改良の余地がある、と睨んだ。 「では、3つ目の説明を」 「3つ目は船室部分。竜刻保管庫です。船の操縦には数種類の竜刻と魔法陣を使いますので、余計な力に影響されないように『眠らせて』置くためです」 「余計な力というのは、『作動中の』竜刻の力の事?」 ジューンに促されてウェズンが説明すれば、ユーウォンが考えながら確認する。それに対しては「誤作動を起こさない為にと万が一暴走した場合の共鳴を防ぐためでもある」とカルートゥスが補足をする。 (資料によれば、7つの竜刻を使うのですね。この組み合わせによって操縦となると……) 洋はメルヒオールに資料を見せてもらいながら考察を重ねる。そして、安全性を高めるにはどうすればいいのか考えていると、傍らで静かに聞いていたマスカダインがぽむ、と手を打った。 「竜刻が大地から離れる事を拒むのなら、竜刻を使わないで『星の海』を目指せばいいんじゃないかな」 「……竜刻を使わずに?」 思わず、といった風にアトリアが聞き返す。カルートゥスとウェズンは顔を見合わせ、何やら話し合っているようだった。 「それは、自然の力を利用するという事かの? 竜刻を使用しない魔法機関を使う、という事なのかの?」 「多分、マスカダインくんはそのどちらでもなく絡繰的な技術で補う、と言いたいのかもしれません」 洋がそういえば、マスカダインは「そうなるのね」と眼鏡を正す。彼は科学的な技術を使って『星の海』へと向かえないか考えたのだ。 「火と水を使う料理しかり、燃料や薬……物理現象から人が生みだした力もいくらもあるよね? ロケットの動作機構もいうなれば複雑なからくり玩具の親玉なのね」 竜刻や魔法に頼ったこの世界では一から作ることに近い事かもしれない、と付け加えながらマスカダインはテーブルに両手をつき、表情を引き締める。ロケットという言葉に首を傾げるカルートゥスの傍で洋と撫子がどう説明しようか考え込むが、マスカダインは言葉を止めない。 「カルートゥスさん達の技術や知識と情熱をたっぷり持った仲間とがお互い力を合わせてがんばったならそれは不可能じゃないって思うの!」 「そう言われると、なんだかやれそうな気がします!」 ウェズンは、彼の言葉に心を動かされたのか、目を輝かせて立ち上がる。けれども、次の瞬間、ウェズンは純粋な瞳で 「しかし、魔法に頼らないとするならば、何を動力として船を動かせば良いのでしょう?」 この後、ロストナンバー達は如何にしてマスカダインが使いたかった技術を『噛み砕いて』説明するか悩んだ。そして、『可燃性の液体を使用し、内部で小規模の爆発を起こして動力とする装置』を使ってはどうか、と提案した。それを聞いたカルートゥスは少し難しい顔をしていたものの、ウェズンは興味を示した。 「お前さんがたのおかげで、【スピカ】をより良いものにできそうじゃ」 カルートゥスは出された意見を羊皮紙にまとめながら、ほくほく顔でそう言った。竜刻となったリボンの事はショックであったが、それを差し引いても有意義な時間を過ごす事が出来たようだ。 「少し休んだら、早速作業をしたい。……手伝ってくれるかの?」 その提案に、ロストナンバー達は勿論頷いた。 結:今、手を伸ばす ――君へと ユーウォンは、竜刻に関してノートを通じて世界司書に掛け合っていた。しかし、封印タグを貼ったとは言え暴走しそうな竜刻は危険なものである上、暴走しそうな竜刻の力を無害化する手段もないという。それ故に、持ち主へ返す事はできない、という答えに、ユーウォン悲しみを覚えてしまう。 唯一の救いは、カルートゥスが『星の海』から無事に帰るまで、回収を延期してくれる、という許可だった。これに少しだけ心が軽くなったものの、リボンが返せない事にはさみしさも覚えるのだった。 一行は早速作業にとりかかった。『星の海』までの再計算から竜刻制御の文様の工夫、結界の補強に絡繰を使った促進力の向上など、やる事は一杯あったからだ。因みにマスカダインが提示した絡繰に関しては、ヴォロスの世界では科学がかなり発達していない点と材料が足りない点から出来る範囲で行う事になった。 しかし、彼がもたらした考え方はいずれヴォロスに確変を齎すかもしれない。なぜならば、ウェズンが竜刻を要しない絡繰の研究を後に始めたのだから。それは歴史に名を残さないかもしれないが、確かに小さな一歩であった。 夜もふけるとウェズンとロストナンバー達は渋るカルートゥスを休ませ、自分達で作業を続ける。ユーウォンは軽食を配るその途中でこっそりとカルートゥスの様子を見に行く。と、老博士はやはり眠れないのか、温めた牛乳を飲んでいた。 (じいちゃん、やっぱり作業に加わりたいんだよね) そう思いながらユーウォンはそっとカルートゥスの元へやってくる。オレンジ色に似た鱗の旅人に気づいた老博士は、彼を近くに座らせて持て成してくれた。少しの間何気ない会話を楽しんでいたのだが、ふと、ユーウォンが切り出す。 「おれの故郷には、こんな話があるんだ」 「ふむ。どんな話じゃ?」 「それはね、見えているのに、たどり着けない場所があってね。そこは『世の境界』を越えた場所で、ただ歩いて越えようとすると死んじゃうんだって」 『星の海』はそれに似ているかも、と呟けば、カルートゥスは苦笑する。幼い頃はそんな風にも親に言われた事があるらしい。けれども、と老博士はにっこり笑って言葉を紡ぐ。 「そういう場所、だとしても儂は生きて戻ってみせるさ」 「その心意気、本当なのね?」 話を聞いていたのか、いつの間にやらマスカダインがいた。彼はカルートゥスに覚悟を問いに来ていたのだ。 「本当に、本当に遠い旅になるかもしれない。それでも、大切な想い出が生きたこの大地を振り切って、夢へと真っ直ぐ飛び続ける覚悟はありますか?」 「無ければ……あんな約束を、ポルクシアとする筈がない」 カルートゥスは、優しい笑顔で答える。その時、ユーウォンとマスカダインは確かに見た。カルートゥスの姿が僅かな間だけ、若返って見えたのを。 ウェズンと洋は寝る間も惜しんで再計算に勤しむ。メルヒオールが文様の魔術を改善し、ユーウォンが船に文様を書き加える。そして撫子とマスカダイン、ジューンが絡繰細工を駆使して船を使いやすくする。そうして改良が加えられた【スピカ】は、彼らの手によってより良いものへと変わっていく。 (この船で星の海を目指す……。その成功はヴォロスに何を齎すのでしょう?) ジューンは作業の中、一人物思いにふける。彼女の出身世界では、カルートゥス達が『星の海』と呼ぶ世界を旅していたのかもしれない。その科学技術とは全く違う技術で行こうとしている姿に、彼女は何とも言えない充実感を覚えていた。 「できましたっ!!」 「これなら、行ける筈です!!」 漸く再計算を終えた洋とウェズンが、両手を挙げて叫ぶ。その声を聞いた仲間たちが集まると、2人は達成感に満ちた笑顔でVサイン。その内容を見た撫子は感極まって思わずうるり、としてしまったほどだった。 作業が一通り終わった頃。既に夜が明けようとしていた。一行は洋の提案にのり、 起きてきたカルートゥスと共に墓参りへ行く事にした。 デイドリムにほど近い林に囲まれた墓地の片隅に、白い石の墓標がたっており、そこがカルートゥスの妻の墓だった。 全員で花を手向け、祈りを捧げる。そうしながら、それぞれが心の中でポルクシアへと呼びかける。その間、捧げられた香の香りが、様々な想いと共に天へと登っていった。 明け方の、淡いラベンダー色の空に星が広がり、静かに瞬いて彼らを見つめていた。カルートゥスはそれを仰ぎ、小さく呟く。 「この命は残り僅かじゃろう。けれども、儂はみんなに約束するよ」 ――約束を、果たす。そして、生きて戻る。 妻が愛し、子と仲間が生きるこの緑の大地へと。 「君たちや、君たちの仲間のおかげで儂は漸く『星の海』へ行けそうじゃ。本当にありがとう。じゃが……もう1つ頼みたい事がある」 そういい、彼は改めてロストナンバー達に向き直る。老博士はいつになく真剣な眼差してこう、言った。 「共に、『星の海』へ行って欲しいのじゃ。お前さん達や、お前さん方の仲間で希望する者があれば、一緒に行きたいと考えておる」 (終)
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