日時は世界図書館と世界樹旅団の戦争が終わり、ナラゴニアから伸びた植物がターミナルをも覆った後の出来事。 場所はその樹海の中、アコル・エツケート・サルマによってナラゴニアの落下地点から少し近い場所に降り立ったのは、物好き屋が率いる世界図書館の一団と、同じくナラゴニアから有志によって集まった世界樹旅団の一団だ。「待って! 僕らは戦いに来たんじゃないんだよっ!」「ふざげんな! なら何故アンネが悲鳴をあげだ!」「こっちは平気だよジュガジュ! むしろあんたが武器を下げな」「だがごいづら仲間!」「武器を収めてください。争いたくないのは本当だけど、今のあなたには刀を下ろせないわ」「あ、あわわっ」 そして現在彼らは一言で言えば『膠着』状態に陥っていた。「ふむ、本当に植物しか無いようじゃのぅ……」 この事態が起きるほんの数分前、最後尾のアコルは2つの事実を知った。彼は詮索重視のため最小単位に縮めた体で何十本もの木々に触れてきた。触れた種類は違えどその木々はどれも生まれたての未熟な魂で出来ており、植物以外の息吹を霊的な視点では全く感じれなかった。これはここ一帯の植物は別の場所から転移されたものではなく0世界で急速に生えてきたものであり、植物以外の動物はあの世界樹からは生み出されなかったことを意味する。「おかしいわね、鳥もだけど虫も全然見ないわ」 南雲・マリアも別の形で知った。決して整備されていない道の隙間を縫うように歩き、時折物好き屋達先頭集団から遅れない範囲で横の草木を払い様子を伺っていたが、手折ることで苦い草木の汁の臭いはしても、葉っぱの破片以外の落下物は無く、これまで一度も葉に寄生していそうな虫の類は見聞きもしなかった。「あれ?」 物好き屋も前方に別の発見として薔薇色の髪、マリアと同じ色の人間を見つけた。彼はマリアが後ろに居ることは知っており、髪の毛と認定したのはその下が抹茶よりも濃い樹海の中では目立つ若菜色のコートを羽織っていたからだ。勿論相手が誰なのかは知らない。 そして物好き屋よりも先に気づいた祭堂・蘭花は直ぐ様樹々に身を隠した。音も立てず、牡丹色の肌が指先すら見えなくなるまで完璧に、周囲の樹々に同化したのはこれまで培ってきた忍びの技の賜物。対して物好き屋は技を持ち合わせておらず、細い枝を払ったことも合わさって、気づいた時には音を出していた。「「「…………………………」」」「キッ」「あっ」 そして幸か不幸かその音にびくりと反応した薔薇色の髪の、眼鏡をかけた若い女性は振り返ってしまい、硬直する。勿論頭上には番号は無く、彼らの知る中に似た人相は思い出せない。そして物好き屋が反応する前に、「キャアアアアアアァァァァァァァッ!!!!!!」「大丈夫かいアンネ!?」 盛大に悲鳴をあげて女性が尻餅をついた。そして女性のさらに後方から別の女性の声が聞こえて来る。「あ、大丈夫だよ。僕達は戦いに来た訳じゃなくて……」「物好き屋さん達大丈夫ですか!?」 勿論原因はこちらなのは明らかなので、必死に物好き屋が弁明する中念の為居合いの構えをとりつつマリアが物好き屋の元に駆け寄る。 アコルは追従しなかった、先頭集団はロストナンバーでは一般的な人型で悲鳴を上げたので、自分の容姿で気絶でもされないかと憂いたのだ。「あんたたちは……世界図書館かい?」 やって来た女性は叫んだ女性の倍近い40前に見えた。こちらは動きやすさを重視した和装で、左手は尻餅を付いた女性を遮り、その右手にはなかなか物騒な武器を持っているのが3人には見える。しかし武器を構えず、彼女はそのまま物好き屋に歩み声をかける。「今聞こえた限りじゃあんたたちも戦う気は無いんだね?」「はい、僕達はこの樹海を探索に。貴方もですか?」「そうだよ。あぁ、あたしの名前は安西っていうんだ。うちの仲間があんたたちを驚かせたようだね、そこはすまなかった」 まっすぐ物好き屋を見つめ安西と名乗った女性は先程の女性、アンネとは対照的に落ち着き、彼の話を聞いてくれそうだ。一先ず一難去ったと感じ、少しだけ肩の力を抜き話そうと安西達に向かおうとして、がさりと左に誰もいないはずの左側で枝が揺れた。「伏せてっ!」 最初に動いたのは臨戦態勢を解いていなかったマリア。開き足の要領で物好き屋の左に割り込み、降ってきた頭より大きな塊をなぎ払う。「二人がらばなれろ!!」 一瞬の金属音の後、地面が大きく震えた。正体は金属製のスレッジハンマー、木の根は綺麗な円状に凹み、さばいていた乱入者はその巨体を隠すことなく、再びスレッジハンマーを構えようとして、その左肩を蘭香の投げた苦無が撫でる。「グヴゥ……」「ひっ、やっぱり殺しに来てるじゃないですかぁ~~」 直ぐ様方向を見出し、蘭香を攻撃対象に見据え乱入者の男。一気に高まった緊張に未だ立ち上がれないアンネが必死に安西にしがみつき。こうして一触即発の雰囲気が完成した。(……さて、どうしようなぁ) 現在はジュガジュという乱入者にマリアと蘭香が対応し、その様子をアンネが後ろで怯えながら見ている。ここまでアコルの姿が見えないが、最後尾にいたこともあり何か意味があって隠れているのかもしれないだろう。旅団側の戦意は1人だけだがこれまでの行動を見る限り穏便に済むかは微妙だろう。 ふと物好き屋が安西の方を向くと、彼女も同じ眼で彼を見た。ジュガジュが彼女の話を聞いている以上、このまま彼女に任せれば彼はある程度は抑えられるだろう。後はこの後をどう収めるかが重要だが、最悪転移能力の使用も考慮する必要があるかもしれない。(まぁ、どっちもこんなの終わらせたいよね。僕らは探索に来たんだし) 状況はお互い少々不利な状況だが未だ樹海の探索がまだ少ない以上、早々に解決する必要があった。そして物好き屋含む全ロストナンバー達はお互いが僅かに思案した後、行動を始めたのだった。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>物好き屋(ccrm8385)アコル・エツケート・サルマ(crwh1376)南雲 マリア(cydb7578)祭堂 蘭花(cfcz1722)=========
(おやおや、血気盛んじゃのぉ……) アコル・エツケート・サルマは世界図書館の4人の中では最も有利な立場にいる。彼は世界樹旅団3名には未だ認識されていない。それを活かせば世界樹旅団に気づかれずに襲撃もできれば、他3人に任せて独りお先に行動することもできる。しかし、アコルはそれらを選ばなかった。 (あの場を任せてワシだけで探索するのも手じゃが、単独行動はワシとは言え危険を考えるとあまりしたくはないところじゃ) アコルの視線は森の奥、物好き屋達と対するジュガジュが出現した場所を向いている。 彼はここからアンネの悲鳴を聞いて不意打ちを仕掛けた。その前の彼の行動はアコルには知る術は無い、が (ふむ、数は2つ、動かない所を見ると埋葬されたのか……まぁ話せそうじゃろう。助力は多いに限る) 理由は彼だけが持つ秘術、おかげでおおよその方針はついている模様だ。 (ちぃと説得しようかえ。はー、全く面倒くさい奴じゃ) 声の代わりにその尾のように長い吐息を吐き出して、葉音で相手に気づかれないように慎重に死霊へ説得を試みた。 「先ほども言ったけれど、そちらと戦うつもりはありません。ヘタに騒ぐと周囲に潜んでるワームに気付かれるかもしれないし」 話を切り出したのは物好き屋だ。彼は争いを望んでいなかった。勿論他の3人も荒事は望んでいないが、物好き屋には彼らがどのような行動を採るか正確に分からない以上、今自分ができる範囲で、これ以上の関係悪化を抑えるために引き続き安西達に意思を示す。 「ホントなら嬉しいですよねぇ……」 「……本当が? でもアンネびっぐりじでだ」 未だ体を安西に隠しながらも、相槌を打ち共感の意思を旅団側のアンネが見せる。だが解れない彼女の表情が気にかかるのか?騒動の張本人であるジュガジュはその武器の手を緩めない。 「いやいや、僕らはココ探索してる時に仲間がちょっと人違いしただけだって!勘違いしたのはそりゃ申し訳ないけどー、手を出してきたのはそっちの方でしょ?だからお互いさまって事で!」 そこに必死に頭を振りながらまくしたてたのは祭堂・蘭花だ。 「それにホラ、別にキミ達も僕らと戦いに来たワケじゃないっしょ?ココで僕達と揉めててもそっち利益にはならなんじゃないの~?」 言いつつ蘭香は左右を確認し、アコルの姿は見えないが、残り2人が明確な敵意を出してないのを確認してから旅団側を見る。 ジュガジュの方は相変わらず訝しげながらも武器は放さず、アンネは安西と物好き屋のこれまでの言動と少しずつ場の空気が緩和していることを察知してか、どう転ぼうか思案しているようだ。安西も特に動きに変化はなく一応説得は可能だろう。 ここは不測の事態を考慮して忍具の煙玉を引き出したい所だが、少しでもタイミングを違えて警戒心を煽ることは禁句だ。さて、いつ出そうかと蘭香が時期をを見極める最中、1つの金属音が空気を変えた。 「お゛っ、おい゛……」 澄んだ金属音は南雲・マリアがトラベルギアを納めた音。その様子はほぼ正面にいるジュガジュの目の前で起こり、初めて狼狽と心配が混ざった表情で彼女を見る。 「……わたしは口がそんなに上手じゃないから行動でしか示せません。でも、少なくともこうすれば信じてくれますか?」 マリアは武器が無ければ一撃で倒せそうなほどに華奢な容姿だ。だが武器を持つジュガジュの手は動かず、武器を持たないマリアはただただジュガジュと目を合わせ、不毛な争いよりも嘘も偽りもない誠意だけを語る。 そして1分を過ぎてもそのスレッジハンマーは下ろされず、その頭部はゆっくりと地面に着地した。 「……因みにさっきのだけど『殺すつもりなら苦無はもっと狙い安い急所を狙ってたはず』だっけ?」 「そう!苦無投げたのは攻撃止める為だからね。しかも本物じゃなくてフェイクだから!いざこざ避けるつもりなのに本物使う訳ないしー」 「つまりお互いが本当に敵意はないってことだ。他に意見はないかい?」 安西がやっと口を開いた。ここで潮時だと彼女も確信したからだ。そしてその意思は皆が思うからこそ彼女の問いかけに全員が同意し、やっとこの状況から解放されることを全員が感じることができたのだ。 「よかったぁ、血を見なくて済みました」 またアンネがその場にへたりこむ。しかしその表情は安堵に緩み晴れやかだ。それを皮切りに周りもその表情を綻ばせる。 「ねぇ、僕ちょっと聞きたいんだけどアンネさん達はこの樹海でワームや何か変わったこととかってなかったかな?」 「え?変わったことって? 私もワーム以外は植物しか……」 「じゃあその植物でさ、何かナラゴニアにも似たような所ってないかな?場所とか」 「ええぇぇええぇと……」 早速蘭香は情報収集を始める。ここでかかった時間を挽回しようと忍刀を用紙、煙玉をトラベルギア兼筆記具の白灯を構えて矢継ぎ早にアンネに質問攻めを繰り出している。 「……ごめん」 「いえ、こうして分かってくれただけでも私達は嬉しいですから、そんなにかしこまらないでください」 こちらでは戦意も息も消沈したジュガジュをマリアが慌てふためきながらも彼女なりに宥めようとしている。そしてもう一箇所では安西と物好き屋も意見交換を始めている。 「改めて、うちのジュガジュが迷惑をかけたね、すまなかったよ」 「いえ、大事にならなくて良かったと思うし。安西さん達はこの後どうなのですか?」 「あたしたちはこのままナラゴニアに戻るつもりだね。そっちはどうだい」 「僕らはそちらが良ければ協力してほしいんだけど。こちらも貴方達の助けになれるかもしれないし」 「手助け?まぁ対立しなきゃ手を取りたいけど……」 「……どうしたんですか?」 「あぁ、さっきからね、なんか知らないけど頭に変なのが響いてるんだよ。なぁ、これってまさ」 先程から安西が頭を掻き続けている。それは癖にしては大げさで、掻くというよりは何かを探す動作に似ている。そしてその様子に物好き屋も気付き、怪訝そうに声をかける。それに安西が答えようとして、 「こっちは徒労に終わったのぅ」 アコルがやっと登場した。安西の真後ろを音を立てないまま首だけ伸ばすように現れる。 「1人は死んだのを自覚して、もう1人はジュガジュの名前を出したらあっという間に消えてしまったのぅ。しかし安西の言うとおり図書館への恨みは無かったようじゃし」 そのまま先程と変わらず音を最小限に抑えながらも、全長3mを越すその巨体はその場にいる『初見』も含めた全ての視線を独り占めにする。 「……ワ」 「わ?」 「ワーームが喋ったああああァァァァ!!!?!?!」 「チョッ!!?」 そして初見だったアンネだけが盛大な勘違いをし、短時間とは言えまた周囲が騒然となったことは、ここに記入しておく。 「ほんっとうにああいう人間じゃないのってだめなんです私。本当に悪いとは思いますけど……」 「そうじゃぞ。いくらお爺ちゃんでもアレは傷ついてしまうのう」 「あぅぅ」 マリアと同じ薔薇色の髪をすっぽりとフードで覆い、申し訳なさそうにアンネは呟く。 そこに指がわりに尾先で土に円を描きながらアコルは相槌をうち、更に申し訳なさそうに頭をアンネが背を丸めてゆく。 「でも苦手なのって誰だってあるわ。私も本当虫だけはダメだから、本当虫が出てきたらアンネさんみたいに私も……」 そんなアンネの様子をジュガジュと共に心配層に眺めつつ眺めてたマリアは、助け舟を出すも自身も己の想像の産物に背筋を冷やした模様。 「でもそんなにアコルさん落ち込んでる風には見えないんだよねぇ」 蘭香の感想としては、アコルの表情は悲愴の欠片も見当たらず、安西と別れた時に「あ、おっぱいが……」と残念そうに呟く事こそあれど、むしろアンネの表情を時折ほくそ笑みながら眺める様子は楽しんでいるといった方が正しいだろう。 「それにしても物好き屋さん達はいつ頃戻ってくるんでしょうね」 「どうですかね。安西さんの鑑定があるからちょっと遅くなるかも」 そして物好き屋と安西は5人とは別行動を採っていた。 「わしら以外にも結構な数が居る様じゃのう」 「そりゃそうですよ。ナラゴニアの真下ってナラゴニアを支える根がある地帯ですよ。そこで勝手にされたら私たちが怖いです」 現在アコル達は当初の目的地であるナラゴニアの直下地帯に到着した。直下地帯の名の通り、その真上には世界樹旅団の住む都市ナラゴニアが、数本の太い根に支えられて存在し、その街を空中に浮かしている状態だ。 世界樹は先の戦争でロストレイルにより風穴を開けられてから多くの機能を停止し、現在は只の樹木のように静まりっており活動してるかどうかも怪しい状況にあり、もし何かの拍子で根が解れ傾けば、場合によっては街が傾くような惨事も、可能性がないわけではない。 だからこそこの地域は早くから世界樹が街を支えられるか等、こちらも私営ではあるが一部の世界樹旅団側が調査に訪れており、アンネ達以外の旅団員を何回も見かけた。 「そういえばトレインウォーでも世界樹の根をかじってたヤツもいたし、確かに住んでたら気になるよね」 蘭香も納得した様子でこの話を書き留め、2人に遅れて真上を見上げる。 世界樹の根の下は、見方によっては子供がデタラメに編んだ籠の目にも見えた。 しかしその目の隙間も大小様々の太さのが入り組み、その内側からは土が透けることも街が垣間見えることも無い程に過密に、永く歳を重ねて増やしてきたのだろう。 太さは目視でもアコルの全長よりもはるかに太い根が何本も組み込まれ、中心の太い根を中心に樹海と化した0世界に根を張り、その周囲を中央よりも一回り小さい、それでも十分に太い数本の根が支える姿は、真ん中にも柱のついたテーブルにちかい。 「まぁ、この辺でよいじゃろぅ」 既に10m以上の全長に戻りつつあるのに、己の胴よりも十数倍太い幹がそこにあった。それは外周を支える根の1つであり、別れた物好き屋達から一番近くにある場所だ。 「じゃぁこの辺りかな? 僕は根が気になるから登ってみるね」 「そうじゃのぅ、わしも飛べることだし上から視てみるのも一興じゃろうに」 「じゃぁ私は登るのは難しいから根の周囲に何かないか調査したいです」 蘭香達は後から来る物好き屋達が追いつき易いこの根を中心に、暫くは当初の予定通り何か変わったものがないか思い思いに調査を始める事となった。 「それで人が探せるのかい?」 安西は物好き屋の取り出した携帯電話の画面を覗いていた。 「人って言っても個人じゃなくて、正確には生体反応を探知してマップ上に表示してくれる機能かな」 説明する物好き屋は携帯電話の方ではなくトラベラーズノートを見ている。たった今蘭香達から場所や行動範囲を示すメールが届いたからだ。 彼らが居るのは1アールの広さも満たない小さな空き地。こちらは自然に出来たのではなく、すぐに真横を見れば広間を作るために伐採された木々が横に積み上げられている。ここで彼らは先に調査していた安西達が見つけてきたガラクタを、安西の知り合いの旅団員の行う調査結果を待っている。 結果的に言えば物品について目欲しいものは見つかって無い。 見つかったのはナラゴニアかナレンシフから飛来したであろう何かの金属片や漆喰片、誰かの遺品と思しき身元不明の装飾品や衣服の破片、あるいは何かに使ったであろう空薬莢や使用済みの呪符などの消耗品など、これといってめぼしいものは見つからなかった。 一応安西が気になった謎の部品を現在鑑定中だが、これまでの結果からあまり期待は持てないだろう。そんな結果に花咲く話題もなく、待っている間の暇つぶしの種から盛り上がった話題は先程の移動前で、ふと話題に出た安西の人探し、小野田雛のお話だ。 「確かに使い方によっては範囲を絞って探せそうだよ」 「生体探知ならアコルさんの方が上手かな? 姿を現してればの話だけれど」 「…………」 安西の言葉が止まった、これで2回目だ。1回目はその子が行方不明になる直前の他の依頼参加者の話を聞いた時全員が死亡か行方不明になっていると語った時で、見極める以外は湯水のように言葉を途切れさせなかった相手の沈黙に、1回目同様変える話題も話術も思いつかない物好き屋も噤み、しばし重い沈黙が流れる。 「……まぁ、この世界に居ない可能性も有るからね。このまま依頼先に居てくれれば万々歳だが、ここに居んならもう反応してないだろうね」 「……ごめんなさい」 それは少女が生きていない可能性。 僅かな可能性をかけて探している相手には一番聴きたくない、一番信じたくない言葉。 彼自身も何度か聴き、その言葉の意味と鋭さが解るからこそ、思わず吐露していた、 「謝る必要は無いよ。あたしが感傷的になっただけだし、ない時だってあるもんさ。それを承知でまた探しているんだ」 ……『また』ならはそれは『何度かあった』のかとも採れる言葉。彼女も見目以上に長く生きているのだろうか、そして何度かこの経験も繰り返したのだろうか。その大きさは彼女にしか知らないし、彼自身の定規では測れない事だからと流そうとした。 「……ま、ここで止めちまえばどっかで生きてると思えるし、骸なんざ見たかないけど、もしホントに死んで野ざらしだったら嫌だからね」 だからこそその言葉はどちらに言い聞かせているのか彼には判らなかった。 「一度縁を結んだ以上は、最後まできっちりけじめをつけるのが礼儀だろう」 そして最後の言葉から彼女は自分自身に言ったのだと彼は解釈した。 「あ、アコルさんいた」 「ほぅ、蘭香ちゃんか」 アコルは休息を取っていた。根の中でも比較的隙間の大きい箇所にその長い尾を絡ませてから体長を調節し、木々と己の隙間を埋めた。その後世界樹の網目を天井に、日影ぼっこ宜しく、少なくとも蘭香が来るまでゆっくりとくつろいでいた 「ねぇねぇアコルさんは何か見つけたの?」 「見つけた。と言うよりは視えたかのぅ」 「みえた?」 勿体振るというよりは言葉を選ぶ物言いに興味を示してひらりとアコルのそばへ飛び乗る蘭香。因みに彼らの居る場所は地上からかなり離れているが、落下の危険を全く考えていないような軽い足取りだ。 「わしはのぅ、妖術師として霊を使って色々な事ができるのじゃ」 「うん」 「その術の1つに付近の霊や魂を視て、それがどんなものか、何を思っているのかがあってのぅ。先程から世界樹の精神感受を見ておったのじゃ」 「おぉっ、なんかスゴイ。それで世界樹とか、このあたりの植物とかはなんて言ってたの?」 「それはのぅ……」 まるで祖父と孫の語り部のようにアコルが紡ぎ、尾ごと足を揺り動かして話を聞き入る蘭香。 「一先ず問題はないということじゃ」 「え?」 思わずそれだけ?と小首をかしげ、長耳がきれいに畳まる蘭香。対し、そんな蘭香の様子にもどこ吹く風でアコルは話を続ける。 「世界樹も他の植物も、形や大きさが違えど身は赤子同然の若いのばかりでのぉ、流石に世界樹はその魂の大きさは他とは一線を画しておったが、それでも静寂、いや静穏が相応しいかのぅ」 「ん……つまり暴れる気配が無いから今は大丈夫ってこと?」 「ん、まぁ、そうなるかの」 「じゃぁ、そっちは大丈夫かな。あ、物好き屋さんもさっき戻ってきたからそろそろ降りてきてだって」 「ほいさぁ」 ある程度納得した所で蘭香はするりと落ちていった。勿論そのまま垂直に落下するのではなく、すぐに1つの根に足を引っ掛けて宙に飛んだ体を引き戻し、力を殺しながら今度は手も足して体重を支えながら、最後はスノーボードの要領で足腰だけで滑るように降りていく。 「若いもんはえぇのぉ。さて……」 そんな様子を微笑ましく眺めつつ、鎌首をもたげて改めてアコルは根で出来た天井を眺める。 それは普通の人が見れば複雑で巨大な桑茶の根にしか見えない。しかし魂が視える人にはまた違う景色を見せるという。その景色は今回はアコルにしか見えないものだが…… 「いやはや珍しいものを見れたのぅ」 少なくとも、アコルは存分に堪能したようだ。 さて、今回の世界図書館に報告できるものは以下の4点になった。 1つはアコルが診断した現在の世界樹の様子、1つは物好き屋が安西から譲ってもらった均一の太さの棒で、これは図書館側でも診るために持ち帰るとのこと。また1つはマリア達地上組はこちらは樹海に植物以外は特に発見できなかったことの報告で、そして最後の1つが蘭香が世界樹の根の上で描いた地図だ。 「今回は密集した樹ばっかだから、近道を見つけれ無かったのは悔しいよね」 「でもこの森って、全部緑じゃないのね。一部だけど赤とか桜とか他の色もあったんだ」 「でもここからじゃちょっと遠いよね。これだけ集まったしそろそろ帰還していいと思う」 結局世界樹の根には特に気になるものもなく、収穫は地上部と大差はなかった。 しかし蘭香はその根を登ることで、自分の背では見えない高い視点と、移動中では把握しづらい定点を得ることで、ここよりもかなり遠い場所に、木々とは違う赤や橙、黄色などの箇所があることが分かったのだ。蘭香の当初の目的であるターミナルからナラゴニアまでの近道は、残念ながら今回通ったルートでは密集した木々が多く、物資や交流用の道には、道を探すよりは道を造った方が効率が良いことが判っただけでも暁鐘だ。 今回の調査はここまでだが、次回も調査があるならば地図は測量の面で役に立つかもしれない。こうしてこれらの情報を携えて、一同は帰還することとなった。 そこはこれまでに比べれば狭い空間だった。 広さは大きく見積もって5平方メートル、その半分は掘り返されており、その中心には盛り上がった2つの土山がある。 そしてマリアは1人その土山に手を合わせていた。間に置いた花束はアンネと一緒に摘み取った両手に乗るような可愛らしい大きさの、でも心がこもったものだ。 「そ、それじゃぁお疲れ様でした。そっちも気をつけて」 後ろからそのアンネのビクビクした声が聞こえるのは、ここが最初の旅団員達と遭遇した地点のすぐ近く、事切れていた旅団員を埋めていた仮墓所だからだ。 ほんの1ヶ月前では世界図書館と敵対していた組織だが、彼女の心には負の感情は無い。 「終わっだが?」 声を掛けたのは彼らを埋葬したジュガジュだ。他のメンバーは最初に遭遇した場所でそれぞれが別れの挨拶をしており、マリアもこれが終わればすぐ物好き屋の元に戻ることになっている。 彼女が頷くと同時にジュガジュは前に出る。背負っているのはナラゴニアから持ってきたスコップだ。アンネと共に地上部を調査した時に、この場所はワームに食われない為の仮墓所で、後から来る仲間と共にこの遺体をナラゴニアの墓所に移すそうだ。 「あの、本当に手伝わなくていいですか?」 「い゛や、いい。最後までやりだい」 黙々と作業をこなす彼の背中に、マリアは暫し見つめる。 最初の彼は自分達に敵意を剥きだしていた。仲間を殺され、その原因につながった世界図書館が仲間を襲ったものだと勘違いして、自分達に一矢報いたいとさえ願っていた。幸いにもその誤解は仲間の説得によって何とか解け、こうしてお互いがほぼ一日行動を共にしても諍いは起きることはなかった。元々対立していても話し合えば戦わずに済むのだ、と改めて感じたのだ。 だがそれは自分の、マリア自身の気持ちであって、他の人、特に怒りを露わにしていたジュガジュさんが本当に思っているのかどうかは未だは解らない。調査の時もあまり喋らず、あまり自分の意見を言ってくれない相手が、本当にこれで納得してくれたのかマリアにはいささか気になった。 もし思う所があるだろうから、正々堂々、一本勝負をしても良いと彼女は考えていた。それで禍根が少しでも薄まるなら、彼の中で一区切りが着くのならと思っていた。 「仲間の……」 「え?」 突然ジュガジュが喋りだした。本当に突然の発言に一瞬呆けた表情のマリアだったが、次のセリフでその表情が引き締まった。 「祈っでぐれでありがどぅ」 「マリアさん、そろそろ戻るよ」 「……!」 返事の代わりにマリアはジュガジュの背に一礼した。 ジュガジュは振り返らず、マリアも振り返らずに仲間の元へ戻る。 結局その言葉にどこまで意味が詰まっているのかは判らない。 しかし、そのたった一言の言葉は、マリアの心に今日一番に響いた言葉であった。 【Fin】
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