「オンラインゲーム、というのを知っているか」 贖ノ森火城の問いかけに、同意の言葉が幾つか返り、何人かは首を傾げた。「インヤンガイに壺中天というシステムがあることは知っている者もいるだろう。端末を通してネットワークに接続し、情報をやりとりするものだが、特筆すべきはそれを、五感を通して行うことだな。ヴァーチャルリアリティを使用して行うインターネットと考えてもらえばいい」 最近で言えば館長救出劇の場ともなった、壱番世界には存在しない高度なネットワーク技術の説明の後、「その壺中天で、今、人気のオンラインゲームがある。【猟人世界】というものなんだが、プレイヤーはひとりの猟人(リエレン)となって広大で自然豊かな世界を行き来する。そこで、モンスターを倒して『材料』を得てゆき、それによって武器や防具、様々なアイテムを自らこしらえることで成長してゆく、という内容なんだそうだが、そこに暴霊が発生したらしい」 今回起きた事件について触れた。 火城が言うには、その【猟人世界】内に発生した暴霊は、ボスモンスターのデータを乗っ取った挙げ句、霊力を喰らってパワーアップすべくプレイヤー何名かの精神を捕らえてしまったのだという。「しかも、厄介なことにどうやら暴霊は複数らしい。少々事態がややこしいようだから、まあ、その辺りのことは現地の探偵から聴いてくれ。今回の依頼を寄越した男だ」 そう言って、火城は、人数分のチケットを取り出し、ロストナンバーたちに手渡したのだった。 * * * * *「ん、あんたたちが今回の協力者かい? まあ、ひとつよろしく頼むよ」 くたびれた風采の、しかし穏やかな目をしたその男は、探偵のシュエランと名乗った。傍らでお茶を出したりメモを取ったりしている、やさしげな美人助手はハイリィというのだそうだ。「早速だが、本題に入らせてもらう。正直、我々もまだ事態を把握しきれていなくてな、暴霊が三体いることまでは判ったんだが、今のところその実態が掴めたのは下級ボスモンスターに取り憑いた奴だけだ」 暴霊に取り憑かれた下級ボスモンスターは、今のところ三人の猟人を『巣』にストックしているらしい。 どういう種類なのか、と問われて、シュエランは画像をプリントアウトしたものを旅人たちに見せる。「……大きいな」 誰かが呟く。「そうだな、このボスモンスターとしては、最大規模に近いサイズじゃないか。幸い、知能はあまり高くないようだが」 それは、身の丈二十メートル近いサイズの、巨大で勇壮な翼と凶悪な棘つきの尻尾を持つ、見るからに手強そうな真紅の竜だった。 名は、紅毒竜。 【猟人世界】では、ルーキー猟人が最初に躓く強力モンスターとして知られているのだという。「で、だ。あんたたちには、これから【猟人世界】に入ってもらうわけだが、ログインするとそこでまず好みの武器の素体と基礎防具一式をもらえる。素体の他には、そのエリアの地図、砥石、回復薬や毒消し、ヒケシノミ、罠なんかがもらえるみたいだな」 武器の素体は、刀・太刀・短剣・双剣・長剣・大剣・斧・斧剣・巨鎚・音鎚・槍・銃槍・弓・洋弓・銃弓のいずれか一種類から選ぶことが出来、更に強化によってどんどん攻撃力を増加させることが可能だ。「そうだな、今回挑んでもらう下級ボスモンスター、紅毒竜なら、あんたたちの技量であれば一回の『強化』で斃せるだろう」 ただ、問題なのは、それを強化するためには、フィールドを歩き回って採集・採掘を行ったり、自分でモンスターを狩って狩って狩りまくったりして、よい『材料』を手に入れなくてはならない、ということだ。もちろん、防御力も上げなくてはならないから、初期装備である『基礎革防具』一式を同じく強化しなくてはならないだろう。「とはいっても、紅毒竜の出るエリアは初心者向けだから、採集・採掘ポイントも多いし、比較的倒しやすいわりにいい『材料』を持つモンスターが多い。回復用や補助用のアイテムも精製しやすいと聞いているし、そこそこ頑張れば、それなりの強化が出来るはずだ」 要するに今回は様子見だな、と言ってから更にシュエランが語った、【猟人世界】へ入る際への注意事項は以下の通りだ。 体力ゲージと持久力ゲージに留意。双方、0になるとゲームオーバーである。 身体能力の大半は引き継がれる。空を飛べるものは飛べるし、五感の優れたものはそれを有効活用することが出来る。ただし『あまりにも異様な怪力』や『人間離れし過ぎた動き』などは、処理能力の限界を超えるため再現できないことがある。 魔術や魔法、超能力など、特殊能力の使用は不可。無理をして使おうとすると外へ放り出される可能性があるという。 トラベルギアは使えるが、特殊効果はほとんど掻き消される。 ヴァーチャルリアリティの世界ではあれ、現実の肉体と同じような生理現象や肉体の障害が起きるため、それに関する準備が必要となる。 ……つまるところ、【猟人世界】とは、己が肉体と技量、そして鋭い洞察力のみがものを言うガチンコバトルフィールドなのだ。「ああ、ちなみに猟人はかなり頑丈だ。普通はあのサイズの竜に踏まれりゃ即死だろうが、回復さえしておけば何回踏まれても死ぬことはない。といっても、衝撃も痛覚もあるからあまり嬉しいものではないだろうけどな」 若干不吉な物言いの後、シュエランは猟人たちの補佐をしてくれるNPCについて触れた。 プレイヤーは、友獣(ヨウショウ)という人間の子どもサイズの小型獣人をパートナーに選ぶことが出来、名前や性格から語尾まで、好みのものに設定することも可能なのだそうだ。「友獣には幾つか種類があってな。友猫(ヨウマオ)、朋犬(ポンチェン)、侶獅(リューシー)、伴狼(バンラン)、供竜(ゴンロン)の中から好きなものを選んで連れてゆくことが出来る。ただし、一匹だけな。それと、友獣は種類によって扱い易さが違うから注意してくれ。特に、一種類だけえらく扱い難いというか懐き難い奴がいると聴いた。……どれだったかは忘れちまったんだが」 要するに、友獣への扱い及び働きによっては、戦いが有利になったり不利になったりする、ということだろう。「友獣は精緻な人工知能がプログラムされているから、本当に生きているような反応をするし、主人と一緒に戦うごとに成長していく。つまり、扱い方接し方によって強くも弱くもなるし、友好度が上がりも下がりもするということだ。それを育てるのも楽しみのひとつなんだろうな」 そこまで説明し、シュエランは壺中天のシステム端末へと旅人たちを誘った。「まあ……ひとまずは、慣れるところから始めるしかないだろうからな」 シュエランの独白を聴きつつ、旅人たちはログインの準備を始める。
1.猟人世界初体験 最初の集合はルーキーエリアの最南部、なだらかな丘陵が続くベースキャンプから。 ここで、まずは基本アイテムを選択して持ち出すのが習いである。 といっても、アイテム袋には最大で三十種類しかものを入れられない(※実際に大量のアイテムを巨大な袋に入れて持ち歩くビジュアルはないようだ)ため、自分が精製する予定のアイテムリストと必要・不要物を照らし合わせながら適切な品を選ばなければならない。 「じゃあ、紅毒竜に挑むのは統一時刻で六時間後ってことでいいんだな?」 ハンマーとしても使用出来るし、音楽を奏でて仲間の補助も出来る便利武器『音鎚』を傍らに置いたジャンガ・カリンバの確認のような問いかけに、方々から頷きが返る。 ジャンガの隣では、彼の選んだ友獣、侶獅のチーがマップを見えやすく掲げて『ごしゅじん』の次の言葉を待っている。 頷いたのは虎部 隆だ。 伴狼を選んだ彼は、「狩りっつーたらこれだろ!」ということらしく、槍を手にしている。 「情報収集の結果、紅毒竜はマップ最北部の岩山地帯を根城にしていて、『巣』もそこにあるってことが判った。ルーキーエリアのボスモンスターは『お約束』に則って誰かがそこを訪れるまでは移動しないらしいんで、装備を整え終わったら全員で向かう、ってのが妥当なんじゃないかな」 隆はそう言って、マップの西部に当たる沼地を指し示すと、 「俺と小竹んは武器防具の強化やアイテム収集がてらこっちから回るんで」 傍らで、自分の選んだ供竜にハァハァしては供竜自身に微妙な顔をされている小竹 卓也の肩をぽんと叩いた。 「自分は友獣たんとキャッキャウフフできたらそれで幸せなんで、どこでもいいよん」 超イイ顔で頷く卓也の選んだ武器は、「斧は昔から人間の生活に密着していて武器としても比較的簡単に振りまわせるし、スーツアーマー主流時代は有効武器であり、このまま一時間でも語る自信はあるけどつまり要約すると素晴らしい武器なのだ」ということでごついハルバートである。 「なら、私は南方から東に抜けつつ集合場所を目指すわ」 「じゃあ俺もあんたと同じルートで」 「判った、よろしく」 長剣装備のディーナ・ティモネンと、短剣を選択した木乃咲 進が草原地帯の続く南ルートを選択、 「んじゃ僕は東部で素材集めを頑張りつつ集合場所に向かうよ。何かおかしなことがあったらノートで連絡をもらえると嬉しいです」 刀装備のハギノが小さな森林を含む渓流沿いの東ルートを行くことを宣言すると、 「俺も東ルートを一緒に行っていいかい? 渓流ルートが確か一番回復系のアイテムが集めやすいんだ」 ジャンガが同行を申し出て、異論のないハギノは頷く。 「……私は、中央の大森林を。単身で問題ない」 最後に、利発そうな朋犬を連れたサーヴィランスが、銃弓――要するにボウガンの一種であるらしいのだが――黒光りするそれの調子を確かめながら自分の進行ルートを告げると、一行はめいめいに自分の進むべき方角へと歩き出す。 「じゃあ、六時間後に。皆のがどんな装備になってるか、楽しみにしてるわ」 隆がひらひらと手を振りながら言うと、皆からかすかな笑みが返った。 「ああ、そうだ、皆、体力と持久力……スタミナっていうのか、そのゲージには重々注意してくれよ。スタミナゲージは自分のしか見えないみたいだから、特にな」 別れ際、ジャンガが自分の頭上を指差して言い、各人、頭上を見上げる。 そこには、自分のキャラクター名と青で示された体力ゲージ、黄色で示された持久力/スタミナゲージとが浮かんでいる。体力ゲージが0になると強制的にベースキャンプへ送還、三回それを繰り返すとゲームオーバーである。スタミナゲージが0になると身動きが出来なくなり、結果的には敵にやられてゲームオーバーと言うことになる。 「体力・スタミナや攻撃力・防御力を上昇させるアイテムとか、つくりたいよねー。忍者としては調薬も出来る器用さをアピールしたい! ってことで調合リストをもらってきたんで、僕、ちょっと頑張ります。あとで皆に配るね」 ハギノがにこやかに手を振り、ジャンガや友獣たちとともに草原地帯への道へと消えてゆく。無言のままサーヴィランスが大森林地帯へ続く道へ進み、ディーナと進も同じように東部ルートへと足を進めた。 「さて、んじゃ俺たちも行くとしますかね、小竹んよ」 「セルたんかわええのう……ああもうたまらん……!」 「……うん、そうだな、実を言うと最初からこうなるって判ってた」 荒い鼻息と今にも蕩けそうな目つきで、すでに若干ヒいている風情の供竜に向かって手をワキワキさせる卓也の姿に、ごつい槍を担いだ隆は遠い目をしたとかなんとか。 2.あれもこれも 「食料の確保と、回復薬づくりと……」 ディーナは狼を小人化したような出で立ちの友獣とともに素材集めに勤しんでいた。伴狼という種族であるらしい友獣は、鉈に似た刃物を手に、愛敬のある動作で有用な植物や鉱石などを集めてくれる。 「スリングをつくって……と思っていたんだけど、そういうのは調合には『ない』のね。なるほど、ハンティングとは言っても、野営やサバイバルとは違うのか」 今回の依頼に際して、色々とつくるものを考えていたディーナだったが、要するに、どれだけ精巧であってもここは『ゲームの世界』であり、すべてが自由というわけではないらしかった。 「そういう『お約束』ってことじゃねぇの?」 自身も、友獣とともに様々な薬草を集めて、ものすごい色合いの、飲んだら死ぬんじゃないかと思われる補助薬をつくりつつ進が言い、ディーナも納得の顔で頷く。 「『出来ること』のシステムには限りや決まりがある、っていうことね」 「ああ。プログラムされていないこと=お約束の範囲外、ってな」 「そう考えると判りやすいね。……っていうか、その薬、何? 何か、使ったらかえって体調が悪化しそうなんだけど……」 「ん? これか? これは【コノサキンX】っていうんだ。十二種類の植物と七種類の茸で出来てる。植物の調合はわりと自由みたいで、掛け合わせれば掛け合わせるほど色んなものが出来て面白い。味の保障はいっさいないけど、攻撃力が20%上昇するんだぜ」 「それはやっぱり、まずさのあまり怒りで攻撃力が上がるのかな? ……紅毒竜との本番前にはもらうかもしれないけど」 「おう、いつでも言ってくれ。効果は体力ゲージが0になってベースキャンプに強制送還されるまで続くらしいしな。あとこっち、一瞬で体力が最大限まで回復する【コノサキンハイパー】。副作用の保障はないらしいけど、瀕死レベルに追いやられた時は便利だと思うぜ」 「それ、塗り薬? 飲み薬? どっちにしても見事なまでに露出した臓物系の色だね。……副作用って?」 「さあ、調合してみたら説明文に『副作用の保障なし』って一文が出ただけだから、俺には何とも。あ、ちなみに飲んでも塗っても効果は一緒らしい」 頼もしいのか恐ろしいのか判らないような会話を交わしつつ、回復・補助用の植物や菌類、虫や魚、石などを集めていく。 「逃亡中、武器の強化なんてしたことない、けど」 選んだ長剣に採取で得た石を掛け合わせると刃部分が強化された。 属性を持つ虫を防具に掛け合わせ、特定の属性への耐性を強化もした。 といっても、やはりあまり慣れていないのもあって、ディーナの強化は『そこそこ、それなり』といったものになっている。 その傍らで、進は、 「ん、これが【雷石】、こっちが【柳石】か。これで、属性ダメージを与える武器がつくれる、か?」 電撃を放つ【雷石】とやわらかくて鋭い刃にしやすい【柳石】を短剣に掛け合わせて武器をシャープに仕上げ、 「で、ははあ、こいつが蛇鶏。バジリスクみてぇだな……お、いい感じに軽いし、毒に対する耐性が+20か、こりゃいいや」 襲ってきた小型モンスターを倒して素材をはぎ取り、防具にかけあわせてはそれぞれの強化をはかっている。 それらが一段落したところで、ふたりは異変に気づいた。 「あっ、気づいたらスタミナが減ってきてる。あっという間にお腹が空くんだね、このゲーム」 「まったくだ。えーと、んじゃ肉を採集して焼かなきゃな」 「肉は、向こうに群れてる大きな草食獣からもとれるみたいだね。……あれ?」 「どうした、ディーナ」 「肉は生では食べられないんだよね」 「ああ。生のままだと、罠にしか使えねぇみたいだ」 「じゃあ、火を熾す道具はどこ? 『お約束』に則って考えれば、肉を焼く道具と言うのが存在するのよね? 私、それは考えていなかった」 「あ、ホントだ、俺もそういうアイテムはもらってねぇな」 簡易食料のようなものは配布されていたが、それだけでは恐らくこの長丁場を凌ぎきることは出来ないだろう。 「仕方ない、素材や肉を集めつついったん戻るか」 こういうのがヴァーチャル・リアリティの不便なところか、と溜め息をつき、進はディーナを促すのだった。 * * * * * 「化けられないってのは不便だけどねー、まあ、そういう条件下でもきっちり仕事をこなすのが優秀な忍ってモンでしょ」 ハギノは友獣中もっともポピュラーと言われる友猫のミケとともに材料集めに勤しんでいた。 「ミケ、今虫集めてんの? そっちの草むらに浄化草があるからついでに採っといて」 「ボクをお手軽に使おうなんていい度胸なのニャ」 「え、採ってくんないの?」 「……採らないとは言っていないのニャ」 「うん、じゃあそこのシズメの実採集もよろしくー」 「まったく、ネコ使いの荒いごしゅじんニャ……」 フゥとアンニュイな溜め息をついたミケが、ぶつぶつ言いつつ、 「別にごしゅじんのためじゃないのニャ」 ツンデレ発言をしつつも、丁寧かつ素早くアイテムを採集してゆくのを片目に見ながら、ハギノもまた素材集めに勤しむ。 「ミケー、見て見てこれ、すっごいメタリックカラー」 「チョウゴウ菌類ニャ。驚くには値しないニャ。中には虹色に輝くレアなチョウゴウ菌類も存在するらしいニャ」 「チョウゴウ菌類……ああ、防御力を上げる効果があるんだね、このキノコ。これに、ジェムハニーとオオイ土筆があればいいのか。アイテム名が駄洒落になっててちょっと面白いな。あ、ミケ、ジェムハニーってどこで採れるか知ってる?」 「そのくらい自分で調べるニャ」 「えー。そんなこといわずに教えてよ、ねー」 「……仕方ないのニャ。向こうの森の、大きな切り株の傍を調べてみるニャ」 ミケに呆れ顔をされつつ――友獣たちは驚くほど表情豊かである――、鉱物属性の虫たちが熟成したジェムハニーや恐ろしくパンクなデザインの果実などをせっせと採集し、攻撃力や防御力を上げる補助薬の他、投げる・飲む用の回復薬、毒消しや消火剤を調合していく。 ハギノがアイテムボックスから手に入れた『調合リスト』には調合の成功率を上げる力もあるようで、失敗することはほとんどなかった。 「よし、大半出来たかな? ミケ、どう思う? このくらいあれば足りるよね?」 「そのようニャ。しかしまあこのごしゅじんは驚くほど毒々しいものばかり好んでつくるニャ……」 「えへへ、褒められると照れるな。綺麗でしょー?」 「……それを褒められたと取るごしゅじんがすごいのニャ」 友獣にまで突っ込まれつつ、ひとまず準備を終える。 「さて、約束の時間まではまだもう少しあるし、肉でも焼こうか。ミケ、いっしょに食べよう。『同じ肉焼き器の肉を喰った仲』になろうよ」 「なんというパチモン慣用句ニャ……」 呆れつつもまんざらでもない風情のミケとともに、じゃあ肉を取りに行こう、と移動を始める。 「そういやさ、向こうに着いたら三名様を逃がさなきゃ駄目じゃない? あの紅毒竜ってやつ、餌とかで誘き出せないかなあ? ……いや、僕が餌役でもいーけどさ」 「そういうのは友獣の役目ニャ。ボクが盛大に囮になってやるからその隙に助けるのニャ。……別にごしゅじんのためじゃないのニャ」 少し友好度が上がったらしく、ツンデレ炸裂しつつもこちらのことを思ってくれている風情のミケに、ハギノはあははと笑ってじゃあよろしくと返した。 「あ、でも気をつけてね。自分がゲームオーバーになるのはそりゃ困るけど、僕、ミケがそうなるのも嫌だしさ」 「心配することはないのニャ。ボクたち友獣は、一定のダメージを受けると地面に潜って体力を回復するのニャ。しばらく戦線離脱するけど、すぐに戻ってくるニャ」 「そっか、じゃあ安心だ」 説明によれば、友獣は亜人であるのもあって、武器や防具もハンターたちに比べると性能の劣るものが多く、ダメージを受けやすいが、彼らがゲームオーバーになることはなく、一定の回復時間を置けばすぐに復活するのだそうだ。 「せっかくこうして一緒に冒険できるんだから、ミケがゲームオーバーになったりいなくなったりするのはやだなあってさ」 「……ごしゅじんは大袈裟ニャ。でも、悪くない気分ニャ」 ハギノの率直な言葉に、ミケがはにかんだような表情をしていると、 「だから、俺たち友獣は皆成人してるんだと何度いえば判るんだこのごしゅじんは! 友獣っていうのは、要するに出稼ぎみたいなものなんだよ!」 ジャンガの友獣、侶獅のチーのお怒り声が響いて来て、ふたりは顔を見合わせた。 「いや、すまんすまん、つい、な」 「つい、じゃないだろう。まったく、次に子ども扱いしたら尻を蹴り上げるからな!」 などという、漏れ聞こえてくる言葉を集めてみれば、どうやら、世話焼きのジャンガが、小柄な友獣を子どもと勘違いし、『独り立ちして狩りが出来るように教えて育てる』というライオンの教育方針のようなことを行って、実は成人している友獣のご機嫌を損ねたものであるらしかった。 「で、そっちの強化はどうなんだ」 「ん? ああ、音鎚の強化には毒牙竜の皮と牙、それから轟咆獣の骨を使った。防具には殻甲虫の甲殻と大鉱石、強化玉を使ってある」 「音鎚に、攻撃力強化と、解毒効果を入れたのか。まあ、妥当だな。いいんじゃないか。防具の強化もそこそこ評価できる。俺はゲドク草と薬草、それからイヤシメジとハッスルタケを手に入れておいたから、これで強化回復薬と解毒薬をつくるといい」 「……チーはちっこいのにしっかりものだな。よしよし、偉いぞ」 「だから、子ども扱いすんなって言ってるだろうが……!」 またしても『つい』目尻を下げてチーの頭を撫でてしまったジャンガが、怒り心頭に達したらしい友獣に跳び蹴りを喰らっているのを横目に見つつ、ハギノとミケは草食獣を狩って肉の採集に勤しむ。 そのうち、 「味方とか友獣に攻撃されてもダメージは受けねぇけどちゃんと痛いのな……」 とかなんとか言いつつ、尻をさすりながらのジャンガと、まだぷりぷりしているチーが合流したので、四人で大量に生肉をゲットしては焼いて、を繰り返し、戦闘が始まってからのスタミナ回復に備えて焼肉をつくりおきしていく。 「ひとり十個まで持てるんだね、焼肉。焼肉っていうか、なんか、『あの肉』って言いたいけど、僕としては。とりあえず、最大まで焼き終わったらちょっと休憩しようか。僕、心なしかホントにお腹すいてきた……この焼肉、美味しいのかな」 「当然ニャ。上手に焼けた肉は、肉汁たっぷりで中はほんのりレアな高級品ニャ」 「おおー、それを聴いたらなんか涎出てきた……!」 「チー、子ども扱いしねぇから、飯くらいは一緒に食おうぜ。同じ猛獣系獣人同士、出会ったのも何かの縁だろ」 「……仕方ないな。ごしゅじんの肉くらい、俺が焼いてやるよ」 諦めの域に達したような顔で、チーが溜め息をつき、自分が焼き上げた肉をジャンガに差し出す。当然ジャンガは目尻を下げて何か言いかけたようだったが、チーにギロリと睨まれて口を噤み、笑顔で肉を受け取ってありがとうな、と言った。 そんなわけで、一同、渓流のほとりでしばし休憩。 といっても、それほど強力なモンスターとは遭遇していないため体力ゲージは減っていないし、焼肉をひとつ食べればスタミナゲージも最大まで回復するのだが、そこは気分の問題だ。 「集合まではあと二時間くらいあるね。もう少し、補助・回復系の素材を収集しながら北上しようか。僕としては、捕まってる三名様を逃がす算段もしたいんだけど」 「それなんだが、巣から解放したら戦線に加わってくれねぇかと思ってるんだけどな、俺は」 「ああ、なるほどね。確かに人数が増えればやりやすくなるかも」 「それはどうかニャ」 「ん、何、ミケ」 「紅毒竜に捕まって巣に持ち帰られた時点で、猟人の体力やスタミナは尽きていると考えるべきニャ。もちろん、アイテムもニャ」 「俺も同感だ。初心者にとって紅毒竜はどれだけ準備をしてもしすぎということはない。このレベルで紅毒竜に挑むというのなら、最初から不確定要素は排除すべきではないか」 「……チーもそう思うのか。なら、最初から、先に逃がすことを考えるべきかな。しかし、チーもミケも冷静だな」 「友獣とはそういう存在ニャ」 「特に、初心者を補佐する友獣はな。ま、こっちも商売なんでな、しっかりやらせてもらうから、心配するな」 「おー、カッコいいね」 「ああ、頼もしいな。改めて、よろしく頼む」 と、友好度を高めつつ、一行は集合地点を目指して動き始めるのだった。 3.悲喜こもごも 「うわわわわわ」 隆は小型肉食竜に追い縋られながらえっちらおっちらと走っていた。 動きが鈍いのは、両手で大きなたまごを抱えているからだ。 「換金アイテムを集めるのとかお約束だろ! あわわやばい追いつかれる、誰かあいつら斃してー!」 『肉食竜のたまご』はかなりの高額が期待できる換金アイテムだ。 今お金を稼ぐ意味などなくとも、採集しないわけには行かない。 「ってことで小竹ん、頼んだ!」 たまごを採集すると小型肉食竜に追いかけられる確率が上がる。 攻撃を受けるとたまごを落としてしまい、採集はやり直しとなるので、味方にどう追っ手の対処をしてもらうかが鍵になるのだが、 「ウフフフフ、セルたんはホントに可愛いなあ……ゴフッ!?」 やはり相当引いている風情の供竜の周囲をうろちょろしていて事態を把握しきれていなかった卓也の傍らを通り過ぎ様、彼に足をかけて転ばせ、肉食竜たちを彼に群がらせて自分は早々にフィールドを離れる、という方法が正しかったかどうかは定かではない。 「ちょ、も、開始早々乙るとこだよ……!」 十分後、体力ゲージが半分ほどまで減った卓也が半泣きで(グラフィックがリアルすぎて、ちょっと頑張りすぎだろ壺中天、と隆は思ったとか思わないとか)言うのへ、 「あー、ごめんごめん。後でアイテム奢るから」 てへっ☆ といったまったく悪びれない様子で謝り、強化回復薬を差し出す隆である。 「斧系は重量があるから小型モンスターを相手にするには不便なんだよー。セルたんもあんまり助けてくんないし、ホント世を儚むかと思ったよ……うう、供竜とキャッキャウフフするという遠大な野望がー」 「ああうん、それはその、ごめんっていうかご愁傷様……」 なるほど卓也が嘆くとおり、隆の伴狼は数時間を過ごすうち打ち解けて来て、採集や戦闘も積極的に手伝ってくれるのだが、散々かまいたおしているにも関わらず、供竜のセルは卓也と一定の距離を保ち、またあまり卓也に関わってこようとはしていないのだった。 「どうやったら上がるのかなー、友好度。何か、アイテムとかあるんだろうか?」 「いやー、どうなんだろ? ……おっ、黒鋼蟲の女王発見! あいつの針を分捕って槍を強化するんだ、俺……!」 「え、黒鋼蟲? まじで? あれの甲殻で防具を強化しようと思ってるんだよね。よし、共闘で行こうぜ」 見遣れば、沼地の草むらから、身の丈5mを越えようかという、黒光りする甲殻を纏った六眼に八枚翅のボスモンスター級昆虫が、猛獣の唸り声のような恐ろしい羽音を上げつつこちらへ向かってきていて、ふたりは勇んで突っ込んで行く。 「いい素材寄越せー!」 女王蟲の放つ、羽ばたきによるソニックウェーブを回避し、後方へ回りこんだ卓也が斧を叩き込む。 ギイィー、と、どこか憐れっぽく女王蟲が鳴いたところへ、隆の槍が腹へと突き入れられ、青っぽい体液が飛び散るエフェクトが入る。 「小竹ん、トドメよろ!」 「おっけぇ! カチ割ったる!」 隆が何度か槍で貫き、動きを鈍らせた後、深く突き入れた槍で女王蟲をその場につなぎとめたところへ、背後から斧を大きく振りかぶった卓也が、重量感のあるそれを勢いよく叩きつけて止めを刺す。 「ふぃー、おつかれー」 「小竹んこそおつかれー。なかなかリアルな手応えだな」 「だね」 言いつつ、素材を剥ぎ取って、武器や防具の強化につとめる。 それから、 「あっ、あそこ、草食獣がたくさん……!」 「うおっホントだ! おにくー!」 スタミナ保持のための焼肉をつくるべく、のんびりと草を食む、牛と象のあいのこのようなモンスターの群へ突っ込み、大量の生肉をゲットする。 「ははあ、さすがに解体シーンはゲーム的に省略されてるのねー。まあ、あんまスプラッタなのも困るしな。つーか臓物系とかあっても、視覚的にも処理的にも困るし」 肉焼き器を出してきてどっしり腰をすえ、鼻歌交じりに大量の焼肉をつくる隆の傍らでは、 「あっ、そうだ、餌づ……もとい、肉で友好度って上げられないかな。おーいセルたん、美味しい焼肉ですよー」 供竜とのキャッキャウフフ作戦を諦めていない卓也が、焼きたての肉を葉っぱのお皿に載せて手招きすると、 「ああうん、ありがとう、じゃあいただくね」 子どもっぽい・人懐っこい・食いしん坊で性格設定したはずのセルたんは、ものっそいクールに肉を受け取り、やはり卓也から離れた場所でひとり、さっさと食事を終えてしまった。 当然のように失意体前屈ポーズになる卓也である。 「ぅぐおおおおお、セルたんと戯れたいよおおおおお」 地面に伏して男泣きに号泣する卓也を、セルはやっぱりクールな、他人行儀な目で見つめるのみだ。 ちょっとかわいそうになってきた隆はと言うと、肉を焼きながら何故供竜はここまで友好度が上がらないのか、を考えていた。 「そうか、えらく懐き難い友獣って、供竜なのか。……でも、何でだろうな。一番力が強そうな『竜』をそういう設定にするってことは、何か意味があるんだろう」 そこまで言って、 「……そういや、他の友獣は『友』『朋』『伴』『侶』で、コレって全部友達とか仲間とかそんな感じの意味だけど、供竜だけは『供』で、意味の違う文字なんだよなー……って、あ、そうか」 「あ、なるほど、もしかして」 「供竜は文字通り『お供』なんだな。『仲間』であるほかの友獣とは違って、付き従う従者なんだ。だから、他の友獣にするのと同じような接し方では友好度が上がらないんじゃないのか?」 「そうかも……じゃあ、どういう接し方ならいいんだろう……ああ、モフモフしたりギュウギュウしたりナデナデしたりしたいのにー」 「いやむしろしてただろすでに。それするから尚更友好度が上がらないんじゃね?」 「なんと……ドラケモスキーの自分にモフモフするなとは、なんという過酷な試練……!」 やはり前のめりで落ち込む卓也と、まあまあと宥める隆。 「あ、そうだ、お前も食えよ。インヤン風辛醤で食うと美味いぞ。……孤高の狩人、頼りにしてるからな!」 更に、隆が焼き終わった肉を分けてやると、彼の選んだ友獣、伴狼が嬉しげに受け取って可愛い仕草でもぐもぐしたものだから、 「くうぅ、超・嫉妬……!」 滂沱たる量の涙を流しつつ、卓也がハンカチを噛む仕草をしたとかしないとか。 * * * * * 「擬似狩猟とは……業が深いな」 サーヴィランスはそのころ、中央大森林を真っ直ぐに進みながら武器や防具の強化につとめていた。 「本来ならば、狩猟とは縁遠い世界のはずだがな。いや、縁遠いからこそ娯楽として危険を求めるのだろうか……」 それは、人々が食に不自由しない世界だからこそ痩身を求めてダイエットを繰り返すのと似ているのかもしれない。 「む」 目視出来る距離に小型肉食竜の姿を認め、サーヴィランスは銃弓を構えた。 狙い定めて引鉄を引くと、基本の矢弾が鋭い音を立てて飛び出し、肉食竜を直撃する。ギャッ、という悲鳴が上がるのへ、二発目三発目を撃ち込み、止めを刺す。 「……素手、というのがあれば一番よかったのだが」 このゲームでは、武器を装備しないということは出来ないらしい。 サーヴィランスは、普段近接武器を使わないので不得手なのだ。 そうなると、狙って引鉄を引くだけですべてが事足りる銃弓くらいしか選択できる武器がない。 「この気軽さは、なんとも気に入らないが……仕方あるまい」 肉食竜から外皮や鱗、爪や牙を採取しつつ呟く。 引鉄を引くだけで命を終わらせることが出来る飛び道具の類は、サーヴィランスに故郷でのことを想起させ、重苦しいものをもたらすが、もっとも得手とする素手での格闘や投擲による攻撃が出来ないとなれば、扱い慣れたものを選ぶしかないのだ。 「……まずは強化と補助アイテムの作成に没頭しよう」 弓、洋弓、銃弓の類は、矢弾に特殊効果を付随させることが可能なため、サーヴィランスは戦いを有利にするために麻痺性の毒を持つ虫や草、茸などを集めては、矢弾の材料となる肉食竜の爪や牙と掛け合わせて、麻痺弾をせっせとつくりつづけているのだった。 「サイモン、そちらはどうだ」 広大な中央大森林を行き来して素材を収集し、かけあわせてはアイテムをつくる作業は、実を言うと楽しい。 特に、実直にして優秀なる友獣が、傍らにいてくれるとあっては。 「……」 サーヴィランスが選んだ友獣は、茶色の毛並みの朋犬だった。 サイモンという名前が、実はサーヴィランスにとって深い意味を持つことを知るものはいないだろうが、サーヴィランスはこの無口だが誠実な『人間の友』を、その名の通り対等な友として遇していた。 サイモンにもそれは伝わっているようで、補佐に特化した性質を持つらしいこの朋犬は、黙々とサーヴィランスが必要とするアイテムを集め、『ごしゅじん』へともたらしてくれる。 それらを駆使して麻痺性矢弾をつくり、持てる最大量をつくり終わった後は自身の武器や防具の強化につとめる。この間にも、サイモンは回復薬の材料である薬草や茸などをせっせと集めてはサーヴィランスを補佐してくれる。 「……」 肉食竜の骨を銃身やフレームに、腱を弦に使い、銃弓の精度と威力を高めつつ計量化し、外皮や鱗を使って防具の防御力を強化しつつ、サーヴィランスはサイモンを無言で見つめる。 (……そういえば) 唐突に、今は亡き両親の笑顔が脳裏に浮かび、サーヴィランスは苦笑した。 (子どもの頃は、犬を飼いたかったな。十二になったら飼ってもらう約束で、――それは結局果たされなかったが) 朋犬を選んだのは無意識に近かったが、恐らくそのあたりの記憶が関係しているのだろうとも思う。 「サイモン、採集が終わったら次のエリアに……む!」 声をかけかけたサーヴィランスの眼差しが厳しくなったのは、進行方向から中型の獣竜がのっそりと現れたためだ。 「……私の後ろに。まだ最大の戦いが待ち受けている、無理は禁物だ」 前へ出ようとするサイモンを制し――思わず背後に庇った、というのが実は正しいのだが――、サーヴィランスは強化を終えたばかりの銃弓を手に身構えるのだった。 4.激戦、そして 始まりからきっかり六時間後。 そのエリアに全員で足を踏み入れた途端、大きな羽ばたきの音が聞こえ、地面が翳った。 「――空からか!」 ジャンガが空を振り仰ぐと同時に、羽ばたきによる凄まじい風圧がもたらされ、影の傍に陣取っていた数名がその風に押されてよろめく。 「体重とか関係ねぇんだな、これ……これも大型竜の『攻撃』の一種なのか……!」 数m背後への後退を余儀なくされた進が言うのと同時に、辺りを咆哮が震わせる。これには、その場にいた全員が身動きを封じられ、数秒に渡って金縛り状態となった。 「ちっ、こんなことまで……」 忌々しげなジャンガの舌打ち。 と、もう一度、今度は金縛り状態を起こさない咆哮が上がり、 「……こうして身近に見るとますますデカイな……!」 紅毒竜と呼ばれる今回のボスモンスター、巨大で勇壮な翼と凶悪な棘つきの尻尾を持つ、見るからに手強そうな真紅の竜が、鱗と同じ輝く赤の目で猟人たちを見据え、一直線に突っ込んできた。 それはまるで颶風のようで、 「う……わっ!?」 不運にも直線上にいたのは、進と隆だった。 距離の近かった進は凶悪な鉤爪のついた巨大な後ろ足に引っ掛けられて蹴り飛ばされ、隆はと言うと紅毒竜と頭突きをするかたちで激突されてものすごい遠くまで吹っ飛んだ。 「さすがボスモンスター、ものすごいダメージだな……!」 回避の練習をしていた隆は、咄嗟に前方へ跳んだお陰で当たり判定が小さかったのかそこまでの被害ではなかったが、ほとんど巨大竜に踏みしだかれたに等しい進は、体力ゲージが一気に半分ほど減っている。 「やばい、第二波が来る、避けろコノサキン!」 「いやいやそれ俺の名前じゃなく薬品名だから!」 すぐに身を起こした紅毒竜が、同一方向に吹き飛ばされたふたりに向かって再度突っ込んで来ようとする。回復も間に合っていないし、ここで喰らったら進は間違いなく強制送還だ。 ――の、わりに若干ずれた叫びを上げつつ、回避行動に移ろうとしたふたりだったが、 「まあ心配しなさんなって!」 「ふふふ、忍者のお仕事入りまーす!」 卓也、ハギノのそんな掛け声とともに、投げ込まれた閃光弾が凄まじい光を発して竜の視界を奪い、またその場に横転させて、更に飛んで来た回復薬によって体力ゲージの大半が復活したのでホッと胸を撫で下ろした。 「さんきゅーお二方! あとで焼肉奢るわ!」 「じゃあ俺はコノサキンハイパー奢るんで」 「後者は味見してから希望!」 ふたりが態勢を立て直す間に、少しはなれた場所からサーヴィランスの援護射撃が来て、剣を携えたディーナが背後から竜へと攻撃を加える。 「……ん、背中は硬いね。脚を狙った方が確実かも? あと、やっぱりゲームなのね、鱗がとか表皮がとかそういうのはあまり関係ないみたい。武器の優秀さによる、っていう印象」 ディーナが言う間に、ジャンガは改良した音鎚を奏で、パーティメンバー及び友獣の攻撃力・防御力アップにつとめる。 「よし、んじゃここからが本番ね! ミケ、行くよ!」 「判ったニャ。でも別にごしゅじんのためじゃないのニャ」 刀を抜いたハギノが、手榴弾を携えたミケとともに、身を起こし口から黒煙を吐いて唸る紅毒竜へと突っ込んで行き、 「よっし、小竹んサポよろ!」 盾で防御しつつ槍を構えた隆がじりじりと近寄ってゆく。 ハギノ、隆の攻撃がヒットし、赤い血の飛び散るエフェクトが何度も入った。 「はいはいお任せあれ……って、あ。ごめん、失敗」 続けて閃光弾を投げた卓也だったが、竜が尻尾による攻撃に移り、ぐるりと向こう側を向いてしまったため、それは周辺をウロウロしていた無害な小型獣に目を回させるだけの結果となった。 しかも、 「げ」 閃光弾を投げたのが卓也だと判ったのか、それとも俗にロックオン機能と呼ばれる追撃性質の所為なのか、ぎらりと真紅の双眸を輝かせた紅毒竜が彼目がけて突っ込んで来て、丁度岩壁を背にしていた卓也は顔を引き攣らせた。何せ、あの当たり判定の大きさでこの立ち位置では、咄嗟の逃げ場がない。 「やばっ……半分くらい持ってかれるか、これ……?」 仕方がないのであとで強化回復薬を使おうと諦めの境地に入りかけた卓也だったが、 「……しょうがないな、美味しいお肉もらったし、特別。まあ、一回だけだからね」 そんな言葉とともに、卓也の目の前に飛び出したセルが、 「あっセルたん危ない、俺のことはいいから逃げてー!」 卓也が思わず叫ぶのへ肩を竦めてみせ、 「供竜の実力、舐めちゃ駄目だよ?」 そんな台詞とともに、手にしたハンマーで突っ込んできた紅毒竜の横っ面をぶん殴り、なんと突進の勢いを殺した挙げ句盛大に吹っ飛ばしたのだった。おまけに竜はめまいを起こしたらしく、その場でもがくだけでまだ起き上がってこない。 「ああ、あれなら扱い難さの理由も判るわ。チートってこういうことだよな」 「うわ、供竜スゲー」 隆、進が感嘆の声を上げる中、 「せ、せ、せ……」 「せ?」 「セルたあああああああああああんんんん!!」 感動のあまりセルに抱きついて鬱陶しがられる卓也はもうデフォルトなのかもしれない。 「……来るぞ!」 そこへ、全体の把握役も兼ねているサーヴィランスの鋭い警告が響き、一行は紅毒竜が『怒り』状態に入ったことを知る。ちなみに怒り状態とは一定の攻撃を与えると起こるもので、行動速度や攻撃力の増加、特殊攻撃の追加などが挙げられる。要するに、更に厄介になった、ということだ。 「うわ、また……!」 紅毒竜は、口中に炎を燃え立たせながらまたしても全員が金縛り状態になるあの咆哮を響かせ、その後、勇壮な翼を広げて空へと舞い上がった。そして、上空から直径1メートルはありそうな火球を吐いて来る。 「ぅおわぁっ!?」 あわやのところで直撃を避けたのは進。 「ぎゃー、類焼とかもありなんだー!?」 地面へ激突した火球の跳弾を喰らい、装備の端っこに火が着いてしまったのが隆。これは消火剤を所持していたハギノがすぐに消し止めてくれたので被害はなし。 「くっそー、あんな風に飛ばれると、剣士系は手も足も出ないな。閃光弾も高すぎて届かないみたいだし!」 卓也が素早く閃光弾を調合しながら難しい顔をする中、サーヴィランスの銃弓だけが辛うじて紅毒竜にダメージを与えている状況だったが、そのサーヴィランスも、 「……!」 急降下してきた紅毒竜に真正面から突っ込まれて盛大に吹っ飛んでいた。 「うわ、サーヴィランスさん大丈夫!?」 見れば、体力ゲージは一気に四分の一を切っている。 駆け寄って回復薬を投げようとしたハギノ、サーヴィランスを護るべく第二波を迎撃しようとした隆・卓也・進・ディーナを、再度急降下してきた竜の尾が痛打する。体重の重い軽いに関係なく、これには必ず『吹っ飛ばされる』という効果が付随するらしく、盛大に地面を転がった五人は、自分たちに異変が起きていることを知った。 体力ゲージが紫色に染まり、しかも徐々に減っていくのだ。 実感としては、力が抜けて行くような印象だろうか。 「あっやべ、もしかして毒状態!?」 「毒って、吐くんじゃなくて尻尾のあの棘にあるのか……!」 初心者エリアのボスモンスターだからか、減っていく量は微々たるものだったが、強敵を相手取っているのに体力が自然に減っていくなどということは、戦いの妨げ以外のなにものでもないだろう。 「心配しなさんな、対策は万全だぜ」 まだ滞空している紅毒竜を警戒しつつ、一刻も早く回復を、という声が上がる中、ジャンガの声がして、音鎚の不思議なメロディが周囲をたゆたい、それと同時に毒は五人の中から消失していた。 「サンキュー、ジャンガさん! よし、次が来たらとりあえず地面に落とすぞ、皆!」 急降下の態勢を取る竜を見上げて隆が言い、全員が卓也から閃光弾を受け取る。 「高度がもっとも下がった瞬間に、竜の前方目がけて投げること! 全員でやればどれかは喰らうだろ、たぶん!」 「了解でっす。竜が落ちたら翼を狙うのがいいと思うんだけど、どうかな?」 「……ハギノの案に賛成だ。私も積極的に翼を狙う」 「んじゃ俺は爆弾持って突撃するわ。小竹んサポよろ!」 「はいはいこっちは手投げ爆弾も使っていきますよー」 「じゃあ、私は囮役で。正面から斬り込むことで皆の攻撃がやりやすいようにする」 「俺も囮役かな。雷属性の武器をつくったから、うまくいけば攻撃によって痺れさせることが出来るかもしれねぇしな」 「なら、俺は補助・回復につとめるよ。毒やダメージは心配しないでくれ」 それぞれが自分の役目を確認しあった後、急降下してくる紅毒竜に備えて身構える。 颶風とともに降下してきた竜の動きをしっかり見定めて回避、その鼻先目がけて一斉に閃光弾を投げつけると、周囲が真っ白になるほどの光が辺りを覆い、それが収まった時には、頭上に目を回したエフェクトの入った紅毒竜が、地面に落ちてもがいていた。 「よしっ、畳み掛けるぞ、一気だ!」 隆の号令で、全員即座に行動に移る。 「美人のおねーさんになら踏みつけられるのも大歓迎ですけどね!」 「ボクは美人のおねーさんでも遠慮したいニャ!」 ボケツッコミのコンビのようなハギノとミケが足元に潜り込んで下から翼を攻撃し、サーヴィランスは麻痺効果を持つ矢弾を使用して斜め前からの狙撃を開始。巨体の竜に特殊効果を発現させるためには数を打ち込むしかないため、進もまた手数で勝負に入っている。 ディーナは伴狼とともに、視界を遮られながらも尾を振り回したり噛みつき攻撃を繰り返したりする竜を正面から攻撃して翻弄し、卓也の手投げ爆弾が前脚(=翼)の爪を砕いたあたりで、特大の爆弾を抱えた隆が竜の足元へと到達した。 「よしっ、設置完了! 点火……って、あれ、火種……?」 特大の爆弾を三つ、素早く設置した隆だったが、実を言うと爆弾は衝撃を加えることでしか爆発しないのだ。 しかし、そこへ、 「……巧く避けてくれよ!」 サーヴィランスの援護射撃が来て、矢弾が爆弾を直撃、 ぐわっ! という大きな爆発音とともに特大爆弾すべてが吹っ飛んだ。 「うわわわわっ!」 咄嗟に持ち込み(?)可だったセクタンでガードしたものの、隆もまた相当な距離を飛ばされ、冷や汗とともに息を吐く。しかし、見遣れば、竜は翼を半分ほど破壊され、頭部の角や尾の棘なども砕けており、この爆発で紅毒竜がかなりのダメージを負ったことは明らかだ。 そのうえ、サーヴィランスの撃ち込んだ何発目かの麻痺弾によって竜の動きが止まり、 「よし、なら、これで更に……!」 進が突き立てた改良短剣が雷属性の痺れをもたらして、紅毒竜は完全に動きを封じられていた。 とはいえ、無論、それも永遠の時間ではない。 「よしっ、畳み掛けるぞ!」 隆、卓也、ディーナ、ハギノ、進がそれぞれの友獣とともに(といっても供竜を除く)攻撃を加え、竜の麻痺が解除されてからも手を休めることなく、サーヴィランスは遠方からの援護射撃を、ジャンガは音鎚で攻撃力・防御力を一時的に引き上げることに専念した。 派手な血しぶきエフェクトがあちこちで入る。 弱ってきているのだろう、動きもどこか鈍い。 そして、 「これで……どうだあっ!」 強化斧を上段から振りかぶった卓也が、雄叫びとともにそれを叩きつけた瞬間、紅毒竜は弱々しい鳴き声とともに大きく仰け反り、ゆっくりと倒れて動かなくなった。 地響きとともに倒れた紅毒竜から、黒っぽい影のようなものがスウッと浮かび上がり、風景に溶けるように消えると、『任務達成』の文字が周囲に躍り、勝利のメロディが流れる。 歓声と安堵の声が上がった。 「よっしゃあ! ささっと素材採集したら囚われの猟人たちを助けに行こうぜ!」 ボス討伐後一分でクリア扱いになり、採集が出来なくなるため、隆の音頭で全員が急いで剥ぎ取りを行い、『巣』へと猟人たちの姿を求めて踏み込む。 「他チームもそろそろ頑張ってる頃かな? 巧く事態が収束するといいねえ」 ハギノがそんなことを呟くと同時に、呼びかけに応じるかたちで洞窟状の『巣』の奥から弱々しい声が響き、一行は更に奥へと急ぐ。 七人が囚われの――粘性のある唾液の膜のようなものに絡め取られて身動き出来ない状態の猟人たちを見つけるのは、その数分後のことである。 そんなわけで、第一陣の任務は達成、成功。 とはいえ、一連の騒動は、まだ少し続く。
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