オープニング

 ――ヴォロス・デイドリム。
「皆さん、初めまして。ウェズンと申します」
 ロストナンバー達の前に現れたのは、小柄な青年。丁度カルートゥスを3、40年若返らせるとこんな感じだろうか? それほどまでにそっくりな青年だった。
「父から話は聞いております。皆様が、父のプロジェクトに協力してくださるそうですね」
 ウェズンは小さく微笑み、少し安堵したような様子だった。しかし、直ぐに表情を曇らせる。
「ですが……私は、皆さんにお願いしたい事があります」
 彼はひどく戸惑ったような様子で言葉を続け……やがて、苦悩に満ちた表情で言った。

 ――父のプロジェクトを、一緒に止めて欲しいのです。

 そう言ったウェズンの目は、とても悲しく、それでいて、固い決意の滲むものだった。

 ――ヴォロス・デイドリム近郊の砂漠。

「ここまで運ぶのに手間取ったわい」
 そう、小柄な老人が言いながら額の汗を拭った。傍らには、船が置かれている。
 ロストナンバー達の前にいる老人は、デイドリムの有名人であり、ある国の元宰相、カルートゥスであった。
「竜刻で船を飛ばす実験に、付き合ってくれてありがとう。きっと飛ばしてみせるから、楽しみにしておれ!」
 カルートゥスはにっ、と笑う。が、直ぐにロストナンバー達へ早速指示を飛ばす。
「まずは、この辺りに簡易のラボを作る。白い天幕を貼るから、手伝ってくれんかの?」
 ロストナンバー達は指示通りに動きつつも、彼の息子からの依頼を思い出していた。

 今回、ロストナンバー達は二手に分かれて行動している。カルートゥスの実験を手伝う班と、彼の息子・ウェズンと共に竜刻を回収する班だ。
 早速砂漠へ向かう前に、ウェズンは実験を手伝うロストナンバー達に1つの事を頼んでいた。

 ――何故、そこまでしてあの船に拘るのか。
   何故、『星の海』へと行こうとしているのか。
   それを探って欲しいのです。

「私の推測になるのですが、恐らく父は『星の海』へ行こうとしています。けれども、幾つかの実験例を取り寄せ、検証しましたが……今の技術では『星の海』へ向かう前に墜落する事が多く、非常に危険なのです」
 ロストナンバー達の前に広げられた、幾つものレポート。そのどれもがよくて怪我人多数、悲惨な物で死亡という結果に達している。
「その事を父は知っている筈なのです。それでも、父は……『星の海』へ行こうとするでしょう」
  ウェズンは真剣な表情でそう言い、静かに言葉を続ける。
「実は、父は不治の病に侵されています。お医者様の見立てではあと数ヶ月の命なのだそうです」
 カルートゥスは見た目こそ元気なものの、10年前から病魔に冒されているという。その頃から必死になってあの船を作っているそうだ。そして、同時に日課にしていた星の観測にも力を入れているとも……。
「私が問いただしても、父にのらりくらりとかわされてしまい……。情けないのですが、私以上に貴方々の方が話してくれそうな気がしているのです。どうか、父から本音を聞き出してください」
 よろしくお願いします、とウェズンは頭を下げた。

「どうしたんじゃ?」
 不意に、カルートゥスが問いかける。余命数ヶ月とは思えないほど元気な老博士は、無邪気に笑って背中を叩く。
「儂は、この研究にかけているんじゃ。儂の夢の為に、力を貸してくれ、旅人諸君」


*********************
※注意
このシナリオは、シナリオ『【竜刻はスピカに願う】悟りし者の苦悩』と同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる当該シナリオへの複数参加はご遠慮下さい。

品目シナリオ 管理番号2423
クリエイター菊華 伴(wymv2309)
クリエイターコメント菊華です。
前回『じーちゃん、メイムに行く』によってフラグが成立し、2本同時リリースと相成りました。

こちらはデイドリムの近くにあり、影響を受けている砂漠・エリアルにて『竜刻の力で空を飛ぶ』実験を行います。

まぁ、竜刻の暴走は(今の所)予見されていないのでそこの辺りは気にせずに
・この船で何処へ行こうとしているのか
(息子の予測が当てはまっているか否か)
・その理由
を聞き出していただきます。
……が、相手はじーちゃん。
のらりくらりと交わす可能性がありますので、本音を出させる工夫もお願いします。

また、今回は『悟りし者の苦悩』とリンクしています。

うまく行った場合は次回のシナリオの結果に有利なフラグが立つ所存です。

参考シナリオ
『玩具箱の街デイドリム』
『【竜刻はスピカに願う】じーちゃん、メイムに行く』

プレイング期間は7日間です。
それではよろしくお願いします。

参加者
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?
カルム・ライズン(caer5532)ツーリスト 男 10歳 魔道機器技術士見習い
ユーウォン(cxtf9831)ツーリスト 男 40歳 運び屋(お届け屋)
新月 航(ctwx5316)コンダクター 男 27歳 会社員

ノベル

起:絡まる想い

 ――デイドリム近郊の砂漠

 老博士カルートゥスの手伝いをする為、4人のロストナンバー達が共に行動をしていた。だが、彼らの使命はそれだけではない。この老博士から『星の海』へ行きたい本当の理由を聞き出す事が最大の目的だった。

「うわぁ……っ!」
 木製と思わしき、大きな船に、白竜の少年、カルム・ライズンが瞳を輝かせる。一見キャラヴェル船に似ているものの、甲板は透明なドームで覆われている上、スクリューのような物が船尾付近についていた。
「これは、鉱石樹という特殊な木を使っておる。ドームにはちょっと特殊なガラスを使っていて、一応竜刻の力に耐えられるよう文様も掘り込んであるんじゃよ」
 カルートゥスは青い瞳を輝かせるカルムに、にっこり微笑んで説明をする。そして、船の整備に当たっていた川原 撫子はポニーテイルを揺らし、笑顔で手を振る。
「博士~☆ 船の掃除と整備はぁ、終わりましたぁ! 次は何をしましょう?」
「部品スペアの確認終わりました」
 拠点となる天幕から新月 航が姿を現して報告する。それにカルートゥスはうんうんと頷くと船を見上げていたカルムを呼び寄せ、1つウインク。
「さて、カルム君や。ちょっと大変かもしれんがドームの文様のチェックを頼むぞい。ほい、これが文字じゃ。掠れている部分があったらそこにこのインクを垂らしておくんじゃぞ?」
「はーいっ」
 カルートゥスの指示にカルムは笑顔で手を上げ、インクを貰うと早速舞い上がる。その背中を見送ると彼は撫子と航に少し待つように、と指示をする。
「じいちゃん、こんな具合でいいかい?」
 ひゅうっ、と風を切って舞い降りたユーウォンが、小袋をカルートゥスへと渡す。中を開くとそれは白い小石で、カルートゥスはうんうんと頷く。
「これじゃ。この月桂石は光源になるんじゃ。これが無いと照明に事欠くんでの?」
 ほくほく顔で答え、カルートゥスはその石を懐にしまうと撫子たち3人に向き直った。そして空を見上げ、一つ頷く。
「次は昼ごはんの準備じゃ。昼食が済んだら夕刻まで身体を休めて置くように。空を飛ぶ準備がまだ残っておるからの!」
 それに頷く面々だったが、元気そうなカルートゥスを見ていると余命僅かとはとても思えないのだった。

 ――デイドリム

 老博士の息子、ウェズンから話を聞き、撫子達は真剣に考えていた。
「元気そうに見えたけど、あの時といい無茶してたんだね……」
 メイムへ一緒に行った事のあるカルムはそんな事情が……と胸を痛めているようだった。が、少年の傍らで撫子が気合の入ったような顔で天を仰ぐ。
(それならば、星の海から生きて帰ってくればいいんですぅ☆ その為ならがんばっちゃいますよ~!!)
 ぐっ、と拳を握り締める彼女に、航が何かを感じ取る。彼も、なるだけなら老博士に協力したい、と思っていた。
「僕は、カルートゥスさんの気持ちが判る気がする。……だから、ウェズンさんとは向き合って欲しい」
 真面目な顔で頷くと、撫子と眼が合った。彼女もまたにこっ、と笑って2人は頷きあう。どうやら、思いは同じらしい。
「大きな夢があって、それに人生の締め切りが近づいて来ている。それなら誰だって焦っちゃうよね。……おれなら、それだけで納得できちゃうんだけれどもねぇ」
 ニンゲンは複雑な事を考えるねぇ、と内心溜息を吐きながらもちらり、とカルートゥスを見る。老博士はしゃん、と背筋を伸ばし、元気に歩き回っている。その姿から、僅かな焦りを感じ取っているのだろう、ユーウォンは翼を一度羽ばたかせ、もう一度溜息を吐いた。
「それでも……力になれるかわからないけど、どうにかしたいな」
 カルムの言葉に、一同頷く。
 そうこうしているうちに、彼らはカルートゥスに呼ばれる。4人は僅かな不安と期待の中、共に砂漠へと向かうのだった。

 その前に、ウェズンに同行する仲間の1人からカルートゥスの実験に対してどの用に考えているか聞かれ、4人ともカルートゥスの願いを叶えたく思っている事を伝えたのだった。

 ――デイドリム近郊の砂漠

 撫子が調理をし、ユーウォンと航でテーブルをセッティングする。その途中に戻ってきたカルムは休んでいたカルートゥスに報告をすると、彼は手帳にメモをして頷いた。
「そうじゃの。後でカルム坊と航くんでもう一度点検して貰えないかの? 休憩に差しさわりのない程度にで良いから」
 カルートゥスの頼みに、少年と名前を呼ばれた航は頷く。と、調理場から撫子が顔を覗かせた。
「ご飯できましたぁ☆」
「わーいっ♪」
 撫子の声に全員が顔を上げる。一番に飛び出したカルムは配膳の手伝いをし、全員そろって昼食を取る。羊の肉とほうれん草の煮物とパサパン、豆と野菜の炒め物を食べながら、4人はそれとなくカルートゥスを見る。老博士はそれらを全て美味しそうにペロリと平らげると「撫子ちゃんはいいお嫁さんになるのぉ」と満面の笑みだった。
(こうしてみると、全然そんな風に見えないや。でも……大丈夫なのかなぁ?)
 カルムはそんなカルートゥスの様子を、心配そうに見ていた。その姿はさながら、大好きな祖父を労わる孫のようにも見えた。
「この後はどうしましょう?」
「そうじゃな。日暮れまで休んでおいてくれんかの。砂漠じゃし、酷く暑くなるから、体に負担がかかるんじゃよ。オアシスの水で体を洗っておくとさっぱりしていいぞい」
 カルートゥスはそう言うと席を立ち、かっかっかっ、と笑いながらその場を後にした。それに続くように、航が追いかける。何やら質問でもあったのだろう、とその背中を見送る一同だったが、ユーウォンもまたお茶を飲んでしまうとふわっ、と浮かび上がる。
「あれ? どこ行くの?」
 カルムが首をかしげるとユーウォンは背中の羽をパタパタさせながら
「じーちゃんの話を聞きに行こうと思っているんだ。直球勝負って事だね」
 腹芸なんて苦手だから、とユーウォンは笑ってその場所を後にした。

「ん? なんじゃいな?」
「いえ、少し気になる事がありまして」
 航は、カルートゥスを呼び止めて『星の海』へのレポートを取り出した。出発前にウェズンから参考資料として貰った物で、時間があればそれを読んでいた。
 航は仕事柄色々な人に接し、夢を諦めなければならなくなった人の無念さも数多く見てきた。それ故に可能な限りカルートゥスの夢を叶える手伝いがしたい、と思っていたのだ。
(けれど、ウェズンとは向き合って欲しい。何も告げられずに家族に置いて行かれるほど淋しいことはないからな)
 カルートゥスから専門的な説明を受けつつ、資料を読み込んでいく航。そんな青年を、老博士はどこか眩しげに見つめる。
「航くんは勉強熱心じゃのう」
「墜落の原因が推測できれば、その対策もとれますから。博士は、何か対策を取られているんですか?」
 航の問いかけに、カルートゥスはくす、と楽しげに笑う。
「わしの予測では、竜刻が大地から離れたくないと思っているからなんじゃ。そこで、竜刻に『大地から離れていない』と思わせれば上手くいくと考え、結界で包む事を考えたのじゃ」
 また専門的な内容に、航は目を輝かせる。科学ではなく魔法や竜刻の力を使って空を飛ぼうとし、『星の海』とやらを目指す博士の姿を見ているうちに、やはりどうにかして夢を叶えさせたい、と思ってしまうのだった。
 そうして、話をしているうちに、カルートゥスは言う。
「このプロジェクトが成功すれば、わしにやり残した事は無くなる」


承:浮かび上がる疑問、沸き起こる想い

(うーん、やっぱり気になりますぅ☆)
 撫子が後片付けを行いながら考える。彼女はここへ向かう前、カルートゥスにばんばんアピールしていた。その時交わした会話を思い出し、撫子は愛らしい顔を僅かに曇らせる。

 ――出発前

「ふむ? 一緒に『星の海』へ行きたいじゃと?」
「はぁい☆ お手伝い、一生懸命がんばりますからぁ、是非乗せてくださぁい☆」
 カルートゥスは撫子の申し出にきょとん、としてしまった。どうやら、全く考えていなかったらしい。暫くの間悩んでいるようだったが、撫子はにこっ、といつものように笑ってみせる。
「会場設営の短期バイトとか工事現場とか、こういうバイトは結構手を出しましたから得意なんですぅ☆ どーんと大船に乗ったつもりで使ってくださぁい☆」
 ポニーテイルを揺らし、弾ける笑顔で胸に手を置く撫子。カルートゥスは僅かに表情を緩めたが、少し寂しそうな顔になる。
「危険じゃよ、撫子ちゃん。……もしかしたら聞いているかもしらんが、『星の海』を目指した者の多くは、そこへ向かおうとして命を落としているんじゃ」
 だから、『星の海』へは1人で行くつもりだ、と真剣な顔でいい、撫子の両手を取った。
「博士……?」
「お前さんを見ていると、妻の若い頃を思い出すのじゃ。だからこそ、尚更じゃな」
 それだけ言うと、カルートゥスはいつもの楽しげな表情に戻って、からから笑う。
「手伝いは、期待しておるぞ。今回の実験の際は乗せてあげようかの」
 そう言って背を向け、楽しげに船へと向かう老博士の背中を、撫子は追いかける。そして、その両手をやさしく包み込み、きっ、と凛々しい笑顔を向けた。
「だったら、生きて帰ればいいんですぅ☆ 一緒に行かせて下さい、貴方の望みに付き合わせて下さい! そして無事に一緒に戻りましょう!」
 そう、力強く言う撫子の頬に触れ、カルートゥスはより悲しげな笑みで答えた。
「その気持ちは、嬉しい。……けれども、撫子ちゃん。君達まで、老人のわがままに付き合わせる訳には、いかんのじゃ」


 ――現在

(……こうなったら、意地でも生きて帰らせてみせますぅ! なんか帰る気なさそうな気もしましたけどぉ~!)
 撫子が決意を新たに拳を握っていると、テーブルに書類が置いてある事に気がついた。
「これは何でしょう?」
 気になっていると、どこからともなく風が吹き、ひらり、と書類がめくれる。その際、撫子の目に入ったのは……船の設計図。飛ばないようにと拾い上げ、枚数を確認していると、詳しい情報を見る事ができた。
(この船は、ざっと15人くらい乗れそうですぅ。そして、流石に壱番世界のようなエンジンは積んでいないみたいですけど……)
 ここに魔術に明るい人物が入れば、より詳しく知る事が出来たかもしれないが、撫子は壱番世界出身であり、魔術には詳しくはない。傍らのロボタン・壱号でも解らない為、彼女はとりあえず後で博士に聞いてみようと思うのであった。

 一方、その頃。航はカルムと共に船を見ていた。自由に見学していいとカルートゥスから許可をもらっており、ついでに点検漏れがないかも見ておくことにした。航は真剣な目で見ながらも、内心で呟く。
(この船には、博士の過去の思い出が深く関わっているのだろうな。その痕跡が見つかればいいのだが)
 原動力となる竜刻を置く魔法陣やら、舵やら、ヴォロス独特の技術に目を輝かせる2人であったが、ふと、カルムがある物に気づく。
「ねぇ、これって……」
「多分、星座の図だね」
 航はまじまじとこれを見ながら、ぽつり、と呟いた。
「これは、乙女座っぽくみえるな。その横になにか書いてあるぞ?」
 彼の言葉に、カルムが駆け寄って目をパチクリさせた。そこに書かれていたのは、誰かに向けて書かれたであろうメッセージだったのだ。小さく、掠れていたもののどうにか読む事が出来た2人は、その内容に息を飲んだ。

 ――そこで君が出迎えてくれると信じている――

「誰かに会いにいくんだ! 『星の海』って、どんな所なのかなぁ……」
 カルムが考察を巡らせている傍らで、航は何か落ちているのを見つけた。そっと拾い上げると、それがバンクルである事に気づく。
(これは……)
 その内側に彫られた文字に、航は目を見開く。そして、彼の中で一つの予感が生まれていた。カルムにもそれを見せると、少年は小さく呟いた。
「やっぱり、思い出の場所……なんだね、博士」

「ん? ええと、ユーウォン殿じゃったかな」
「うん。ちょっとじーちゃんの話、聞きたくなってね~」
 ユーウォンは、天蓋で休んでいたカルートゥスを訪ね、蒼い目を細めて笑った。カルートゥスも中々寝付けなかったらしく、喜んで彼を出迎えると冷たいミントのお茶を用意してくれた。
 鼻腔を抜ける爽やかな風味と仄かに広がるライムの風味を楽しみながら、カルートゥスは『星の海』の魅力や実験に関しての意気込みを語る。それを静かに聞きながら、メッセンジャーは内心で思うのだ。どんな話でも、耳と心を揃えて聞きたい。自分はカルートゥスを深く知らないし、相手も自分を深く知らない。だからこそ、少しずつでも深く知りたい、と。
(本音が聞けたとしても、気持ちが感じられないのなら、意味がないよね)
 老博士の話に相槌を打っていると、カルートゥスがふと、ユーウォンに問う。
「そういえば、ユーウォン殿はメッセンジャーだったかの?」
「そうだねぇ。色んな物や言葉を届けるのが仕事だよ。じーちゃん、何か送りたい物とかあるのかい?」
 ユーウォンが楽しげに問いかけると、カルートゥスはからから笑って懐から3通の手紙を取り出した。
「まぁ、もしもの時が来た時に息子夫婦と弟子に。最後の1通は関わってくれた全ての旅人さん達にじゃ。よろしく頼むぞい」
 カルートゥスはそう言うと、ユーウォンに「眠ったほうがいい」と言ってくれた。空を見ると確かに日はまだ高く、彼も「確かに預かったよ」と一礼し、一旦出直す事にした。
(やっぱり、じーちゃんの夢を応援したいな。楽しそうに船に話をするじーちゃんの目、とってもきらきらしているんだもの!)
 ばさり、と音を立ててその場を離れるユーウォンの背中を見、カルートゥスは小さく一礼して寝床に戻った。それにユーウォンは気づいていなかった。

 やがて太陽は沈み、冷たい風が吹く。夕焼けの赤々とした空の下に出た一行は、軽食を取ると船の前に集まった。
「今回の実験は、竜刻の力で空を飛ぶ実験じゃ。調整を終えたら早速飛んで見ようと思っておる。この実験が成功すれば、大きな第一歩になるんじゃ!」
 カルートゥスがそう力説し、船に筆で何か書き込む。それに釘づけになる4人に、彼はにっ、と笑ってみせた。書かれた文字はこの辺りのものだろか、非常に読みづらい。けれども、よく見ると、壱番世界でいう英文の筆記体に見えなくもなかった。
「えーっと、読めそうですねぇ☆」
「スピカ……?」
 撫子と航の言葉に、カルートゥスは「よく読めたのぉ」とほくほくとした笑顔を見せる。彼曰く、この辺りでは竜刻研究者ぐらいしか使わない、古い文字であるらしい。二人の声に反応し、カルムとユーウォンもまたハッキリと読めるようになる。
「それって、この船の名前なの?」
 カルムの問いに、カルートゥスが大きく頷く。老博士はどこか遠い目で空を見上げ、力強くこう言った。
「スピカ。この辺で信仰される『星の海』の神の一柱じゃよ」
「すっごいなぁ! 『星の海』を目指すのに相応しい名前だな!!」
 ユーウォンが蒼い瞳をキラキラさせて歓声を上げれば、撫子達もまた素敵な名前だ、と頷く。カルートゥスは船に触れながら言葉を続けた。
「竜刻の力で飛ぶ船故に、制御の文様が色々刻まれておる。その欠損は墜落や暴走につながるんじゃ。今回は制御部分を中心にデータをとるつもりじゃ」
 老博士の説明に耳を傾けながら、4人は改めてこのプロジェクトを成功させたい、と思った。だからこそ、カルートゥスの秘める想いが、より知りたくなったのだった。


転:重なる言霊は心を揺らす

「飛んでる時はどんな感じなんだろう? 早く見たいなぁ!」
 カルムは船に触れながら、わくわくした様子で見上げる。その無邪気な姿にカルートゥスは優しく瞳を細めた。実験直前の最終調整中、白竜少年と老博士は図らずしも2人きりになっていた。
「わしも、楽しみなんじゃよ。さぁ、準備を整えるとしようかの」
「うんっ」
 カルートゥスに促され、カルムは頷いて傍らを歩く。ふと、少年は老博士を見、僅かに顔色が悪いような気がして不安を覚える。が、カルートゥスはにっこり笑うと血色がよくなり、気のせいだったのかな、とも思ってしまった。
「ねぇ、カルートゥスさんが行きたい場所って、思い出の場所なの? 例えば、大切な人との約束がある、とか」
 何気ない少年の問いに、カルートゥスはふと足を止める。そして、ややあって穏やかな顔で星空を見上げた。それは、何かを懐かしむ目で、同時に、冷たい決意を感じさせるものだった。
「ああ。死んだ女房との、約束の場所じゃ。漸く、約束が果たせそうじゃ」
「それは素敵だねっ! 奥さんも喜ぶよ!」
 カルムが嬉しそうに相槌を打つ。けれども、カルートゥスの背中が妙に遠くにあるように思え、急に寂しくなる。ふと、笑顔は曇り、じっ、と老博士を見つめてしまう。
「どうしたんじゃ、カルム坊」
 その声で我に返ったカルムは、ポケットからお守りを出し、老博士の手に握らせた。何故だろう、彼は『星の海』へ行ったらそれっきりのような気がして、どうにかして生きて帰ってきて欲しい、と思ってしまった。
「これ、僕が作ったお守りだよ。カルートゥスさんには、元気でいて欲しいから」
 受け取って欲しい、と赤い瞳で見つめるカルム。カルートゥスが手を開くと、手縫いであろう小さな巾着袋があった。中には幾つもの綺麗な石が入っていた。カルートゥスは暫くそれを見つめていたが、笑顔でそれをポケットにしまう。
「ありがとう、カルム坊。大切にするよ」
 優しく少年の頭を撫で、カルートゥスは優しく笑う。先程のような冷たさは消え、最初に出会った時のような、弾むような光が目に宿っていた。

 実験は、まず『正常に起動するか』という所からはじめる。カルートゥス自ら魔力を文様に注ぎ込み、船が浮かぶか否か、見極めるという簡単な物だった。
 そばには、記録係としてユーウォンがおり、航と撫子は念の為に砂地に文様を書いて魔除けとし、カルムが空中で経過を観察する。
「これが上手くいかないと、始まらないんだねー」
「その通りじゃ。今の調子なら、上手くいきそうじゃ」
 ユーウォンに、カルートゥスは笑って答える。魔力を制御盤らしき文様に触れて注げば、暫くして鈍い音を立て、船が浮かび上がる。外にいたカルム達からの報告や、景色の変化から、ユーウォンもまた船の上昇を感じ取った。
 船のドームから見る星空は、どこか朧げで。遠いような気もしながらも、ユーウォンは「凄い」と呟き……空を見上げる。
「『星の海』にほんの少し、近づいたわい。……後は、この船がちゃんと飛ぶか、じゃな」
 星空を見上げ、カルートゥスが呟いた事で、ユーウォンは星空こそが『星の海』である事に気づいた。
「もしもの時の為にユーウォン殿に手紙を託しておる。頼んだぞ」
 カルートゥスの言葉に頷きながらも、ふと思い出したのは故郷で『亡くなった人への手紙』を預かった事だった。あの頃は、手紙を預ける人の気持ちがよく解らず、疑問に思った物だ。よく覚えているのは、『ニンゲンのそんな気持ちは何よりも大切にしなくてはならない』という事を、父親から叩き込まれた事だった。
「じいちゃんの想い、確かに預かったよ。はは、何だか新米だった時の事を思い出しちゃったね」
「どんな話さね?」
 カルートゥスに、ユーウォンは父親の教えを語る。それを聞き、カルートゥスは確かにな、と静かに頷く。
「想いを託されるって責任重大じゃな」
「そうだね。想いで一杯になった手紙は、本当におもいよ」
 老博士の言葉に、ユーウォンは小さく笑う。幾重にも年月を重ねた大人だけが零せる、落ち着いたそれに、老博士はもう一度だけ「頼んだぞ」と呟いた。

 浮上実験の後、もう一度整備する事になった。満天の星の下は冷え込み、皆ポンチョを纏っての作業だった。指先が悴まないようにと薬草から作った軟膏を塗り、全員で気合を入れて作業する。その間にも、心まで凍りつかないように、と話しながら作業をしていた。
「『星の海』ってどんな所なんです?」
「その場所って、有名な場所なの? それとも、あまり知られてない秘境とかなの?」
 航とカルムが、紋章の書き加えをしながらカルートゥスに問いかける。ユーウォンから貰った情報を元にしているとはいえ、本当に星空なのかは本人の口からも確認をとっておきたかった。
 カルートゥスはくすり、と笑うと満天の星空を指差した。
「儂が目指しているのは、あれの事じゃよ。光り輝く光の園、自ら光る宝石の浮かぶ世界。そして……」
 そこまで言おうとして、口を噤むカルートゥス。どうしたの? と不安そうにカルムが覗き込めば、老博士は苦笑する。
「いや、年寄りの妄言じゃ。気にしないでくれたまえよ」
「そんな事ないですぅ☆ ぜひ聞かせてくださぁい!」
 撫子がキラキラと目を輝かせて向かい、傍らではユーウォンがうんうん、と頷いている。誰も笑わないから、話して欲しい、と航が促すも、老博士はただ優しい眼差しを向けるだけだった。
 けれども、ポケットに手を突っ込んだ時。ふと、石の感触を覚えて表情を変えた。顔を上げればカルムが自分を見つめ返している。そして、撫子と航もまた、静かに言葉を待っていた。そして、ユーウォンが小さく頷く。
「そうじゃな。……まどろっこしいのは苦手じゃ。なぁ、ユーウォン殿?」
「そうだね。もう、腹割って皆で話そうじゃない。その方が、いいよね、じいちゃん」
 カルートゥスはユーウォンと顔を見合わせて頷き合うと、カルム達もまた、少しだけ安堵感を覚える。どうやら、カルートゥスは心を開いてくれそうだった。
「もしかして、ウェズンから理由を聞き出してくれ、とか頼まれておったんじゃろ?」
 そんな問いかけに、航は黙って頷く。最初は言わないつもりだったが、カルートゥスの様子から、白状しても大丈夫だ、と判断しての事だった。
「僕は貴方の夢を応援したい。だから、止めるつもりはありません。けれども、息子さんはただ、あなたの身を心配してるだけなんだ」
「それは、わかっておる。あの子は唯一の子だからのぉ」
 航の切実な言葉に、カルートゥスは静かに頷き、撫子達一人一人の目を見て、改めて口を開いた。
「息子に言いたくなかったのはな、『星の海』でそのまま死のうと思ったからなんじゃ。この体があとどれぐらい持つかは分からん。だから、妻の待つ場所へ向かおうと、な」

 ――そこで、彼女が出迎えてくれると信じて――


結:暁の空へ船は翔ぶ

 朝焼けに、船の影が揺れる。静かに音もなく浮かび上がる船は、やがて少しずつ太陽に向かって飛んでいく。
 船に乗った一同は、無言で登りゆく太陽を見つめ、目的地であるウェズン達のいる場所へと向かった。

 ――数時間前。

「そんなの、ダメだよっ!」
「だから、連れて行けないって言ったんですね!」
 老博士の独白に、カルムと撫子が声を上げる。しかし、彼は2人に笑ってこう言った。
「けれども、わしは考えを改めた。ウェズンの思いと、お前さん達の思いを、無駄にはしたくない。……生きて、この地に戻ろうと思う。その為に力を貸して欲しい」
 カルートゥスはそう言って、4人に頭を下げる。
 暫くの間、静寂がその場を支配したが、最初に口を開いたのはユーウォンだった。
「勿論だよ。空飛ぶ船や、世界の果てを見てみたいっていう、尻馬乗りの野次馬根性だけどさ、じいちゃんの夢、応援してるからね」
「出発前にも言いましたけどぉ、本気で一緒に『星の海』に行って生きて帰りたいって思ってるんですぅ☆」
 撫子が両手を握りしめて言えばカルムも、航も笑う。カルートゥスは力強い味方を得る事が出来、心からの笑みを浮かべた。

 ――現在。
 【スピカ】と名付けられた船は、ゆっくりと朝の風に乗って飛んでいく。その調節をしながら、カルートゥスは上機嫌に笑った。船の傍らをカルムとユーウォンが舞い、老博士の傍では撫子と航が装置の具合をチェックする。
「でもぉ、てっきり神託の時に見た『光の竜』さんに会いたいんだと思っていましたぁ。よかったら、奥様について話していただけますかぁ?」
 撫子がふと問いかければ、カルートゥスは恥ずかしそうに答える。
「ポルクシアというんじゃが、彼女は実に聡明でな。本来ならば、わしではなく彼女が宰相になってもおかしくなかったんじゃ。けれども彼女は、体が弱くての」
 どこか遠い目で語りながらも、老博士は胸ポケットに入れた包みに触れ、何度も頷く。航は彼の体調を気遣いつつ操作を手伝っていたが、その途中でふと、気づく。
(カルートゥスさん、少し熱っぽい……?)
 何気なく、額に触れてみれば、ほんのりと熱かった。航は発作が起きるのではないか、と内心嫌な予感を覚えた。

 暫くして、オアシスが見えてきた。そこに天幕を見つけ、カルムが声を上げた。
「みつけたよ! ウェズンさん達の拠点だ!!」
「よぉし、高度を徐々に下げていくぞい! 撫子ちゃんと航くんで先ほどの装置の竜刻を取り外し、文様をゆっくり撫でるんじゃ!」
「「はいっ」」
 カルートゥスの指示に従い、2人は装置から竜刻を外し、文様に触れる。その間にもユーウォンがウェズン達へ飛んでいき、到着を告げる。
「じいちゃん、向こうも受け入れ態勢が整ったみたいだよ」
 ユーウォンが報告すれば、カルートゥスは笑顔で応じる。その間にも船は徐々に高度を下げ、遂には砂漠へと降下し、ゆっくりと着砂した。
 実験結果などを纏めた一行は、ハシゴを使って砂地へと降りる。実験の成功を心から喜び、一同は「次こそは『星の海』へ!」と意気込んでいた。けれども、その時、カルートゥスが突然咳き込み、その場に崩れるように膝をつく。
「! カルートゥスさん!」
 航が助け起こすと、ぬるりとした物が顔についた。よく見ると、カルートゥスの口が真っ赤に染まっている。どうやら喀血したようだ。
 慌ただしくなる中、応急処置を施そうとした撫子達は、確かに、老博士の願いを聞いたのだ。

――スピカよ、儂を『星の海』へ連れて行っておくれ。

 カルートゥスを天幕に運んだあと、看病のためにカルムは部屋に残った。ユーウォンはウェズン班の面々と情報を交換し、撫子と航はレポートなどを手に考察にふけっていた。確かにカルートゥスの事は心配だが、『星の海』から生きて帰る為には墜落原因の推測などをする必要があった為だ。
 そうしているうちに、ユーウォンがウェズン班から得た情報を2人に伝えた。そして、その内容に、2人は閃いてしまう。
(ヴォロスにとっての『宇宙』は、そのまま『ディラックの空』でぇ……)
(『星の海』へ到達するには何らかの魔術が必要である。という事は……)

――『竜刻』の力では、そこに到達するには、何かが足りないのでは?

 (終)

クリエイターコメント菊華です。
今回はリプレイが大幅に遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。ごめんなさい。

今回のシナリオの結果、最悪の事態はとりあえず回避できそうです。そして、あと2回で決着がつきそうでもあります。

お陰様で、カルートゥスは『星の海』で死ぬ(竜刻の暴走を除く)という選択を捨て、生きて帰る決意をしました。が……タイムリミットは着々と近づいているようです。

因みに『星の海』の正体に関しては『悟りし者の苦悩』をご覧下さい。

次回もよろしくお願いします。
それでは、縁がありましたらよろしくお願いします。

付け加え
今回参加した皆さんには以下のプレゼントがあります。

銀の指輪
(カルートゥスからの、プレゼントで、一度だけ身代わりとなって危機から守ってくれるとの事)

船の模型
(今回の実験に使用した船の模型。貯金箱になっています)
公開日時2013-07-23(火) 22:40

 

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