オープニング

「今回のは依頼じゃなくて、エミリエからのお願いです!」
 世界図書館、司書室の中でエミリエ・ミィは元気に宣言した。
 右手に導きの書を持ち、左手はまっすぐ上にあげてぶんぶんと振っている。
 ロストナンバーが彼女に注目したことを確認すると、彼女はぴしっと指先を突きつけた。
「ひざまずいて、エミリエの足を舐めなさいっ!」
 ――そして、空気が凍りついた。


「ごめんなさいっ! ほんっとーにごめんなさいっ!!」
 相変わらずの世界図書館の一室、今度はエミリエがぺこぺこと頭を下げている。
「あ、あのね! アリッサがね! 壱番世界ではこういうのがウケてるって言うからね! あのね! 悪気はなくてね!」
 必死に弁解し、アリッサから貰ったという雑誌を差し出した。
 若年層向けのファッション雑誌のようで、流行のグラビアアイドルの表紙にポップな字で煽り文句が並んでいる。
『ホワイトデー、彼をおちょくる100の方法』
『人気アイドルの人を食ったやりかた~慣用的な意味から、性的な意味まで~』
『エイプリルフールにあえてのノー・ライアー。~友達ゼロ人からの春遊び大特集~』
『引きこもりにおすすめの超人気スポット ~押入れの魅力について語る~』

 随分と過激なタイトルをロストナンバーが読み上げていくと、エミリエは必死に手を振った。
「あ、あのね! お願いっていうのはね! スポット紹介の方!!」
 ぱらぱらと雑誌をめくって記事を読み進めると『世間の動く黄金の真昼に、一人で暗闇にいる大人の時間』だの『家族の目を逃れるオアシスの構築』だのと、色々な記事が並んでいる。

「あのね、ロストナンバーの皆さん、保護してターミナルに来てもらったのはいいんだけど、出身世界が違うととまどう事も多いみたいで、友達の作り方もよくわからない、って人が多いんだよ。だから友達もつくりにくいし、隣の人がずっと引きこもっていると、ご近所トラブルになりかねないなーって思っちゃって」
 そういいながらエミリエは窓を開ける。
 涼しい風が吹き込み、眼下に巻貝を彷彿とさせるターミナルの町並みが飛び込んできた。

「ほら、この世界には色々なスポットがあるんだけど、みんなはそこで友達作ってるんだよね? そこで、お願い。おすすめのスポットを紹介した記事を書いてほしいの。それを使って新しいロストナンバーさんに紹介するから」
 彼女はそういいながら、大きな模造紙を広げる。縦横ともにエミリエの身長くらいはあった。
「この模造紙にあちこちのスポットを載せようと思うんだけど、エミリエは世界図書館でお仕事してる時間が多いから、あんまりターミナルの中を出歩いた事がないの。嘘だけど」
 さらりと嘘だと宣言し、彼女はにっこりと微笑んでみせた。
「文章はどんなものでもいいし、相談してくれてもかまわないけれど、できるだけ初めてここに来たロストナンバーさんが『遊びに行ってみたいな』と思えるところがいいな」

品目シナリオ 管理番号416
クリエイター近江(wrbx5113)
クリエイターコメント・プレイングの締切がちょっと短いので注意してください。
・シナリオの内容は取材旅行です。各参加者様が提案する場所を、参加者様で巡る形になります。
・紹介するスポットは実際に『遊歩散策』に登録されているものでもいいですし、実際の登録はされていないものでもどちらでもかまいません。
・ただし主催者様以外の方がスポットを紹介する場合は、主催者様の許可を得てください。
 (スポットの掲示板のどこかに、主催者様の名前で許可の書き込みがあればOKってことで)
・登録されていない場所を書いた後に本当にスポットを作成してもかまいません。
・近江はプレイングにもスポット紹介にも書いていないことを捏造する可能性があります。その気満々です。予めご了承ください。
・記載するスポットは、できれば一箇所を詳しく解説することがおすすめです。多くても2箇所までにしてください。
・自分の紹介スポット中に、こんなことになります、とかも推奨です。
(例:部屋をあけたらえっちな本が満載で、あわてて閉めますとか)
・他人のスポット巡り中にこういう行動をします、とかもおすすめです。
(例:やけに過激なあおり文句をつけたがるとか、スポット饅頭のようなみやげ物を捏造したがるとか)
・シナリオの都合上、自分のお勧め以外の所にもつき合わされ、近江の妄想の元、キャラが勝手に動きます。イメージが壊れる可能性があります。
・「大げさに書きます、控えめに書きます、○○を強調します、後は好きにしてください」みたいな指定は近江が喜びます。暴走注意。
・実在すれば見に行きます。もし相談されていればできる限り参考にさせていただきますが、プレイングにない描写(スポットでされていた会話等)や、たとえプレイングにあっても参加者様以外のキャラの描写はお約束できません。ご承知ください。

参加者
日和坂 綾(crvw8100)コンダクター 女 17歳 燃える炎の赤ジャージ大学生
クロウ・ハーベスト(cztz6189)ツーリスト 男 19歳 大学生(元)
虎部 隆(cuxx6990)コンダクター 男 17歳 学生

ノベル

● Overture
 ターミナルの昼下がり。
 エミリエの依頼を完遂するため、取材準備を行う男女三名がいた。 
 模造紙のスペースの配分は決定しており、残るは現地の取材を通して、まだ見ぬ魅力を発掘するだけ……ではあるのだが。
 欠伸をひとつ、口火を切ったのは虎部だった。
「さぁて、どっから行こうかねぇ?」
 相棒のナイアも同じように欠伸をあげ、ぐいーっと背を伸ばす。
 彼らが囲むテーブルには何枚もの付箋紙に、写真。
 その中の一枚、筋骨隆々の大男の写真をつまみあげ、綾が挙手する。
「はいっ! もちろん、一番は私! ガル様んとこ行こ、ガル様んとこ! いいよね、クロウさん?」
「ガル様ぁ? ……あ、なるほど。Bar『軍法会議』か。のっけから激しい選択肢だな、おい」
 クロウと呼ばれた青年が苦笑する。
 その間にも綾は荷物をひっつかみ、席を立つ準備をしていた。
 相棒のセクタン・フォックスフォームのエンエンは彼女を見上げ、パタパタと尻尾を振っている。
「あ、エンエンも一緒に行こうね!」
 ぴょん、と飛び上がって同意を示したエンエンを肩に乗せ、もふっとした尻尾の感覚にものすっごい幸福感を味わいつつ、彼女は外へ走り出した。
 ――さぁ、楽しいことが待っている!

●漢の酒、戦士の酒
 駅前通りから少し歩いて路地裏に曲がった所、掃除の行き届いたドアを開けます。
 少し薄暗い店ですが、ちょっと勇気を出して入ってみましょう。
 そこにいるのは物静かなマスターと、漢達。
 鍛え抜かれた肉体を休めるため、一時の安息を求める戦士たちの休息所。
 名前のせいか、常連の持つ空気か。
『戦い』を生業とする者が集まるその店先には大人の雰囲気が漂います。
 運命の女神が微笑むならば、もしかしたら杯を酌み交わしている相手とは、どこかの戦場で戦ったことがあったかも知れません。
 戦に魅せられて、戦に巻き込まれて、戦に駆り出されて――。
 事情は人それぞれ、聞くも聞かぬも話すも黙るも、それはあなた次第でしょう。
 さぁ、ご同輩。一献、いかがかな?

 ことん、とペンが机を転がった。
 原稿をまとめた感覚で、綾が「んーっ!」と気持ちよさそうに伸びをする。
「って言う形でまとめようと思うんだけども、どうかな?」
 そう言って綾はクロウに原稿を回す。
 受け取ったクロウはそのメモに目を走らせてから、店内を見回した。
 薄暗い店内は、シックな内装と甘いジャズのような音楽に包まれている。
 この店に溶け込むためには、彼ら三人はやや年齢が幼すぎる。
 だが、異質として弾かれるべき雰囲気はなく、取材を行っている虎部に対してもホストたるガルバリュート氏は鷹揚に笑って応じていた。

 遠目に彼の容姿を見て、クロウは「おぉ」と声を漏らす。
「しっかし、すげぇ筋肉……ってか、むしろすげぇ痕だよな」
 彼の言葉通り、ガルバリュードの体には無数の傷跡が刻まれている。
 そして、よく見ればここの客、戦士達の腕、肩、顔、と少し観察すれば古傷だらけの猛者ばかりである事がわかる。
「正直、俺らみたいな若者が来ていいとこなのか?」
 あはは、と、綾が苦笑した。
「歩く大胸筋、ガル様だしね。……うん! 正直なトコ、イベント以外は制服で入りづらい雰囲気がないとは言わない! ミリタリーマニアと戦士、兵士みたいな漢の住処って感じで、オジサマご推薦のお店だし? あ、でもねでもね、ちゃんとノンアルコールの飲み物もあるし、0世界で一番キレイな女装と評判のファ……あ、実名出しちゃダメ? あ、えと、その、あのね、メ、メイドさんも居たりするし、筋肉マニアも、渋い人も、女戦士さんも、静かに飲みたい人も、迷わずGo! だよ」
 そうだなとクロウが相槌を打ったところで虎部がメモ帳片手に戻ってきた。
 マスターにお礼を言って席を立つ。
 薄暗い店内から、明るい街路に出てくると、時間の感覚に混乱することもあるが、ターミナルでは日常茶飯事のことだ。
 最後に、Bar『軍法会議』の概観を写真に収める。
 その写真を受け取った虎部はペンを取り出すと『戦士達のヴァルハラ ~ただ今、筋肉増量中~』と宣伝文を書き込んだ。
「ところでさ、あのマスターの筋肉見たか?」
「ああ。あのものすっごい傷な。戦士の勲章ってやつか?」
 虎部はクロウの前で手を振った。
「あれ、敵からもらった傷なんて一つもない、って言ってたぜ」
「格好いいじゃないか。すべて鍛錬で負った傷だ、ってか?」
「……すべてプレイでできた傷だそうな」
 二人の男の間に、それ以上の言葉はない。
 遥か前方、次のスポットへまで待ちきれない! といういい笑顔の綾が手を振っている。聞こえていなくてよかった。
「……じゃ、行こうか」
「あー。うん、そうだな」
 虎部はメモ帳を1ページ破き、くしゃっと丸めてポケットにつっこんだ。

●Round 3 fight !!
『求む! 燃え滾る熱い闘志!!』
 虎部が赤いペンでメモ帳にキャッチフレーズを書き込んでいた。
 目の前では、腕自慢のロストナンバーが各々の武器を手に、モンスターと戦闘を行っている。
 観客の応援はヒートアップし、モンスターの咆哮も熱気を孕んでいた。
 このスポット内のすべてに活気が満ち溢れている。
 虎部はメモ帳をポケットにしまうと、マイクを持つように手を口にあてた。
「はいっ、解説のクロウさん。ここはどういう所でしょう?」
「いや、いきなりレポーターかよ。……ええと、そうだな。ここはバトルアリーナ『ヴァルハラの風』 ここでは用意されたモンスターと戦う事が出来る。参加できる人数は試合によってまちまちだが、先着順だから決断は早いほうがいいぞ」
 それに、と言葉を続ける。
「最近はロストナンバー同士での対戦も始めてるんだ。模造紙に書く時は『取材当時』って書いておくか。ちなみに応援は基本的には自由にできる」
 それと、とクロウが周囲を指差した。
「たまにスタッフからドリンクや食料のプレゼントがあったり、売店もあったりで……小腹が減ってきたな。売店でなんか買うか?」
「お、いいねいいね」と虎部が応じる。
 綾もにっこりと挙手していた。
「おっちゃーん、フライドチキンあるか? ……ああ、一本でいい。……わかったよ、ンな目で見るなよ、おっちゃん、三本にしてくれ」
 何かを訴えかける二人の熱い視線に負け、クロウは三本分のナレッジキューブを支払う。
 もぐもぐと肉を頬張りつつ、虎部がメモ帳を取り出した。
「ここのホスト、カルヴィナートさんを紹介しないと」
「ああ、そうか」
 クロウがきょろきょろとあたりを見回すが、どうやら姿を見つけることはできなかったようだ。
「今日はいないみたいだが、美人のおねーさんだ。闘技場には似合わないような気もするけどな。わりと話の面白い人だぜ。一度、話してみるといい」
「ふーん、そっか。おい、せっかくだから戦っていくか? 俺のシャーペンの芯が火を噴くぜー!」
 鶏肉の残骸をゴミ箱に投げると、虎部は空席を探り飛びついた。
 早々と登録を済ませると、スタッフの説明の後、彼は闘技場へと降りる。


 綾はちょこんとしゃがんでいた。
 じーっと見つめているのは闘技場の売店にあったセクタンのストラップである。
「ああ、かわいいなぁ、これ」
 クロウが横から声をかけた。
「買っちゃえば?」
「ああ、そうだよね。ナレッジキューブ持ってるし、ああ、でも、ごはんの心配が……。エンエンにも何か食べさせてあげたいし……」
 彼女は腕組みをして、真剣に考えている。
 クロウはその様子を見てくすくすと笑った。
「取材終わったらエミリエから報酬が出るかも知れないし、それから来てもいいんじゃないか?」
「そ、そうだよね。その時に考え……あれ? タカシは?」
 綾は視線をさまよわせる。
 奥にあった闘技場で、彼はばったりと倒れこんでいた。
 だが、アナウンスを見る限りでは彼の勝利らしい。
「ど、どうにか勝ったぞぉー! ふんぐるイェーイ!」
 渾身の力を振り絞ったのであろう、彼は寝転がった姿勢のまま空にピースを突き出した。
 クロウが観客席から身を乗り出す。
「おーい、タカシー!」
「おう勝ったぞ!」
「すまん、見てなかった」
 その言葉を耳にして、彼の手はぱたりと地に沈んだ。


●So shock the...
「さて、今から草食寺に入る」
「烏丸さんとこだよね!」
「さて、今日はどんな手で来るか……」

 三人は草食寺と書かれた看板の前で顔をつきあわせていた。
 取材の許可は得た。得たのだが……。
 もっとも何が起こるか分からないところ、そして最も混沌としていて、そして、人によってはもっとも楽しいと思われる場所。
「紹介したい。とても紹介したい。俺達三人はそう思っている」
 クロウの言葉に、虎部も綾もこくりと頷いた。
 表情は――真剣、そのものだ。
「だが、あの独特の雰囲気に慣れない人にはあまりおすすめできない」
 ふたたび、二人はこくりと頷いた。
「だが、俺達は踏み込む。何故ならここ以上に楽しい場所はそうはない。……行くぞ」
 クロウは頷き返すと、扉に手をかける。
 がらり。
 あけたドアの先、広いお堂の中には一人の住職が座っていた。
 見るも無残な襤褸をまとい、弱々しくこちらを見上げてくる。

「よく……、いらせられましたな……。ご覧の通り、この寺は荒れ寺。旅のお人、あなたをもてなす茶も菓子もございません……。どうか、拙僧の意思を継ぎ、この寺の秘密を、……おおお、秘密を……、そして、あの暴君をどうか討ち取っ……」
 がらり、とクロウは扉を閉めた。
 振り向き、二人と顔を見合わせる。
 ――うん、そうだな。
 ――いつもの、ことだな。

 意を決して再びドアを開ける。
 一転して、今度は激しいロックミュージックが流れてきた。
 先ほど弱々しくしゃがみこんでいた男が、今度はマイクを持って叫び踊っている。

『Can G's eye bow such to, goes in.
 Fan need "yeah" how rats meet a jesus.
 Show ken, go own, Kali could do.
 it's shy, cool yark, shall it shit!
 She kick who it cool?
 Could who eat shit kid.
 She kick so cool the cool!
 Cool soul could the shit! kick it!』

 じゃかじゃか鳴り響く爆音を背に、ほらな? と、クロウは振り返った。
「ここは『草食寺』だ。……さっきボロボロの姿で何か言ってたが、今はマイクを持って歌っている、あいつが僧職系男子の烏丸和尚だ。では紹介しよう」
 勝手知ったるとばかりクロウは寺へとあがりこみ、虎部と綾がそれに続いた。

 お堂の中央でクロウは右手をあげ、住職を指した。
「この住職、――世にも奇妙な坊主、烏丸 明良の寺なんだが、ここにまともな寺のイメージは当てはめちゃいかん。さっきのボロ姿も、今、歌っているのも、何となくそうしたかったから、ってだけの理由のはず。とにかくカオス。ネタの乱舞。――だけどみんないい人。きっと、たぶん」
 虎部が頷く。
「だが、賑やかに笑いたい、ネタを披露したいって人には、ここ以上に打ってつけの場所はない……こんなもんか? あ、そうだ、こないだの枕投げの記録見ようぜー。……おお、カオスカオス。ここ、紹介記事にどう書く?」
 記録を見ながら、クロウはけらけらと笑っている。
 傍らでメモを取っていた綾が慌てて手を振った。
「それ書き始めたら、模造紙、全部そこでなくなっちゃうよ?」
「えー、そうか? 残念だな。じゃあ折角だから奴、烏丸のコレクションの詳細を明らかにしようと思う」
 勝手知ったる他人の寺。
 クロウは押入れをスパーンと開けた。

「…………あー」
 一拍置き、無言のままがらりとドアを閉める。
「ね、ねぇ? 今あったのって?」
 綾がどうにか口を開いた。
 虎部が大きく頷く。
「ああ、間違いない。あれこそ――」
 そして意識は暗転する。

●four seasons
「はいっ。ここは春秋 冬夏さんとこ。その名も『木漏れ日の下で』その名の通り、大きな木の下に、丸テーブルと椅子が並んでて、オープンキッチンまであるところです」
 丸めたメモ帳をマイクに見立て、綾がレポーターのように手を広げる。
 テーブルに沿うかのようにずらりと並んだ見事な本棚を物色していた虎部がふと首をかしげた。
「……あれ? 俺ら、ここの紹介してたんだっけ?」
「そのはずなんだが、……あれ、おかしいな。さっきまで別の所にいたような」
 クロウも椅子に腰掛け、丸テーブルに肘をついた姿勢でコメカミに手をあてる。

 そんな二人を横目に、綾はテーブルの上に置いてあったクッキーをひとつ掴み、口に放り込んだ。
「ううん、おいしー! さっすが冬夏。……あ、えと、紹介、紹介」
 クッキーを紅茶で流し込み、蒸せる胸を叩いてあたりを見回す。
 暖かな日差しの中、緑の大木が悠然とそこに立っていた。
 雄大な自然を思わせるその根元、そのスポット名の由来である木漏れ日が差し込んでいる。

「どう見ても中学生くらいに見えるんだけどその実は女子高生! そんな冬夏のスポットは、広~いキッチンと本棚があって……のんびりまったり隠れ家的癒し空間? 冬夏お手製のジャムとか一杯保存されてるし、料理の作り方とか教えてくれるから、私はバレンタインの時、ここで友チョコ用のオランジェット作ったよ」

 言いつつ戸棚からいくつかの瓶を取り出した。
「勿論オレンジピールは冬夏特製! 自分のペースでお料理作らせてもらえるトコ、他にないんじゃないかなぁ? それにね、冬夏はかわいいし、おもてなしスッゴク大事にしてるから、覗いて貰えるとウレシイな」
 ようやく疑問から開放されたか、クロウが手近なスコーンにジャムを塗り口に運ぶ。
「おおっ、うまい! タカシ、これ」
「うん。スコーンは焼きたてかな? パンの香ばしい香りは例えようがないな、歯を立てるとかりかりっとしてて、でも中身がふわふわしててな。そのスコーンと一緒に出てきたこの苺のジャムが新鮮な酸味を損ねないよう作ってあって、これがまたとろっとしたクリームと一緒に食うとうまいんだ。紅茶はあったっけ?」
 彼に紅茶を差し出し、クロウは微笑む。
「綾が「台所の神様だー」って言うのも分かる気がするな、確かに。もっとも俺はソーセージやハンバーグをはさみたいね。コーラがあれば完璧かな。……ほら、俺ってば、アメリカ人だし。うん」
「食べ物の好みもそっちなのか。頼んでみたらいいんじゃないか?」
 取材そっちのけで早めの夕飯をぱくつきはじめた二人に、綾はぱたぱたと手をふる。
「おーい、もしもしー。お二人さーん? ……あちゃあ、だめだ。完全にお食事モードだよ。ごめんねー、冬夏。あの二人、全部食べつくしちゃうかも」
 二人の旺盛な食欲を見て、いつのまにか綾の横に立っていたホストの少女はブルーの瞳を楽しそうに細めた。
 綾が「ああ、顰蹙買わないでよかった」と呟き、気を取り直す。
「お菓子食べに来るのもよし、読書しにくるのもよし。午後の昼下がりに紅茶を飲みながらおしゃべりするのもよし。のんびりなごやかな時間を過ごしたい人におすすめかな? ……そういう意味ではさっきの草食寺の対極? ここも面白い人も楽しい人もいるし、ぜひぜひ一度遊びに来て欲しいなっ」
 大きな二重花丸を書き込んだ手帳を閉じ、彼女は満足気に微笑む。
 うん、やっぱり0世界は素敵だ!

●お風呂
「水曜スペシャル!! 『東川口、広いし』探検隊!! 銭湯オウミに響き渡る悲鳴、平和な癒し空間に現れる鬼の正体は!? じゃじゃーん、ばばーん、ぱっぱらっぱー!!」
 効果音まで喋り、虎部は銭湯を指差した。
「大トリは俺、虎部タカシのお勧め。銭湯『オウミ』だ!」
 彼の言葉通り、壱番世界にあった昭和の銭湯を思わせる味のある大きな銭湯だった。
 ターミナルで純和風の建物は珍しく、その建物はそれだけで十分に存在感に溢れている。
「やー、なつめちゃんと要、取材に来たよー!」
 からりとドアを開けると盤台に可愛い少女が座っていた。
 彼女達に挨拶すると、虎部はくるりと振り返る。
「広い湯船と自称カワイイ看板娘が出迎える癒しの空間! マッサージチェアもあり。懐かしいスタイルの銭湯だが……実はここには鬼が棲む。もし女風呂を覗こうなんてしたら、妖怪ツインテールが制裁。あれこそ、トラベルギアだ。もし覗こうなんて……」
 言いながら勢いつけて虎部がジャンプする。
 途端、番台から勢いよくモップが飛んできた。
 すこーんといい音を立て、彼の即頭部に命中した後、モップは床に落ちてからからとすべる。
「ぐ、ぐおおお……」
「おーい、タカシ。大丈夫かー?」
 つんつんとクロウがつつくと、彼はがばっと起き上がる。
 突如、ぐっと拳を握り締め、天井向けて突き上げた。

「よし、俺は今から二階にある双子の部屋を取材してくるぞ! 可愛い看板娘の可愛いお部屋は読者も知りたいと思う…なあ……あ、あー、……いや、その……あの、ええと……」
 番台の少女はにこにこと笑顔だが、何かこう、虎部には殺気のようなものが見えたらしい。
「……くぅ、力に屈した報道、か。仕方ない、名物の紹介でもしよう。オウミ銭湯名物は『ホットケータイヤキ』だ」
「ホットな、携帯? ……焼き?」
 綾の頭に、こんがり焼きあがった携帯電話のイメージが浮かぶ。
「ホットケーキ生地でタイヤキ焼いた。中身は餡子からカスタードクリームまで様々。独特の食感! 辛いの混ぜてロシアン試食もありだ!」
「あ、ホットケーキ・タイヤキ。か。そうだよね? 携帯焼くわけないよね?」
 あははと笑う綾に、クロウが「あたりまえだろ」とつっこむ。

 どっと笑いが起きて場が和んだ一瞬の隙をついて、虎部が走り出した。
 番台の横を駆け抜け、いざ禁断の地へ。
「俺は女風呂に入るぞ、要ー!!!」
 ……番台の少女は動かない。ジト目になった以外は。
 虎部がかけこんだ脱衣所は女性用のエリア、そして駆け込む湯船も男子禁制の禁断の地。
 彼は今、ある意味いろいろ夢の詰まった場所に踏み込んだ。
 そこにいたのは……。
「……あれ、八甲田さん?」
 このスポットのホスト、青海姉妹のセクタン、八甲田さんと富士さんだった。
 彼の後方で冷ややかな声がする。
「あのね? 取材を受けるのに女風呂にお客さんいれたりしないわよ?」

「……こ、ここのまとめ、ええと、まあ可愛い店主がいる。湯船に使ってお話はいかが? 休憩所でゆったり、所によりどたばた。甘いもの好きや風呂に入らない人でも大歓迎! とりあえずスポットには勇気を出して最初の1歩!」
 ぴっ、とメモ帳にチェックをつける。
「さて、これで取材は終了だ!」
 きりっと真顔になった虎部の顔面に、ふたたびモップが直撃した。

 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

「こんにちは、日和坂 綾です」
 世界図書館の掲示板の前、取材結果の模造紙を背に綾はぺこりと頭を下げた。
「……あの、あのね。……あはは、何言うのか、忘れちゃった」
「おいっ」
 袖からつっこみが入る。
「あ、あの、えっと……うん、いいや、私の言葉で喋っちゃうね」
 彼女は緊張の中、拳を握る。

「あのさ、私も初めてのチェンバー訪問は戸惑ったからさ。みんながわいわいやっているところに踏み込んで行くのが怖いな、とか、空気壊しちゃったらどうしようって心配する気持ち分かるんだ。……と言っても私は人の気持ちが読めない事にかけちゃ、そりゃもう誰にも負けない自信があるから、的外れどころか的を壊して踏みつけてぐちぐちゃにしてるかも知れないけど」
 あはは、と苦笑を浮かべる。
「自分の住んでるチェンバーを他の人にも開放してるってコトは、オーナーさん、みんなと仲良くしたいって意味だと思うんだよ。だから、ドアを叩いてくれた人、遊びに来てくれた人、声をかけてくれた人がイヤなわけない。絶対に嬉しいに決まってる! 入ってっていいかどうか戸惑ってるキミ以上に、不安になってるキミ以上に、スポットのホストさんは楽しんでくれるかどうか、気に入ってくれるかどうか不安なんだよ」
 目の前は静寂に包まれている。
 反応は、まだ、ない。

「絶対に楽しいなんて言えないし、大勢の人が気に入っているからって誰しもが気に入るわけじゃないと思う。だからホントはね、遊びに来るヒトが多いとか少ないとか、盛り上がってるかどうかを考えるよりも、オーナーさんと話が合うかとか話すペースが合うかとかの方が、ずっと大事なんだと思う。だから」

 うん、そうだ。
 だから――。

「もし、キミがどこかのスポットを気に入ってたり、そうでなくても誰かとこの世界についておしゃべりしたくて、でも皆の中に入ってっていいのかな? なんて考えて、足を踏み込めずにいるのなら、……ぜひ、最初の勇気だけ、出してください。きっとそこから楽しいことが始まるはずだから!」

 ――かつての、私がそうだったように。

「今日紹介したトコはドコもオーナーさんが頑張ってるトコだけど……キミだけの居場所を見つける一助になるとうれしいです。最初はイベント参加から入ると、挨拶も最小限から始まって手探りで友達作りやすいかなって……、ああもう、ダメだ。ぐだぐだだっ、ううううう、ストップストップ! クロウさん、も一回台本見せてっ」
「おいおい、綾ー、本番まで後何分もないんだぜ。大丈夫かよ」
「ごめんね、タカシっ」
 笑いあう二人とは対照的に、クロウはマジメな顔を崩さない。
「あれ、どしたの? クロウさん」
「……いや、面白いなー、って思ってさ」
「へ?」
 クロウは手にしていた台本をくしゃっと握りつぶす。
「綾、おまえ、本番ぜーんぶ自分の言葉で喋れよ、きっとその方がいいぜ」
「む、無理っ!!」
 クロウは手を伸ばすと、ぽんぽん、と綾の頭を叩いた。
 にこっと微笑んでみせる。
「……よし、本番行くぞー」
「え? え? えええー!? だ、だから無理だって!!」

 この模造紙は、今も世界図書館の隅にずっと貼ってあります。
 その効果は――

クリエイターコメントその効果は、これを読んでいただけた方が判断してください。
ってことで、こんにちは、近江です。

ご参加ありがとうございました。
プレイングの前準備に駆け回っていただく事で
スポットのあちこちにご迷惑をおかけしてしまいましたが、
功績はプレイヤーの皆様、ご迷惑をおかけした罪は近江のものです。
ご理解の程、よろしくお願いいたします。

さて、今回はスポット紹介です。
参加いただきました三名様、ちょうどあちこちのスポットの参加者様ということで、
いろいろなスポットの取材をしてきていただけました。
「依頼は依頼」「スポットはスポット」ってわけないで、
せっかく同じ世界での話なのですから、あちこち混ざり合って楽しめたらな、と思います。

>日和坂さん
ご参加ありがとうございました。
個人的にはエンエンをもっと出したかったのですが、
字数の都合であまり描写できませんでした。
今回は自分が活躍するよりメッセージを伝えたい!という趣旨でプレイングをいただきまして、
……スポットライト当てちゃいました(笑
各スポットの皆様によろしくお伝えくださいませ。
またご縁がありますよう祈っています。

>クロウさん
ご参加ありがとうございました。
つっこみ属性、かつ、まとめ役をお願いしてしまいました。
アメリカンなところはちょっと少なめですが、いかがでしたでしょうか?
WRの立場からは、戦闘シナリオで書いてみたいな?と思いましたが、
お兄さん役もいいもんですよねっ! ね?(押し切る)
また機会がありましたら書かせてください。

>虎部さん
セクタンのナイアさん、あまり描写できませんでした。
ああ、それが心残り……。
スポット「銭湯オウミ」様の紹介に特化させておられましたが、こうなりました。
ちなみに私も「オウミ」ではありますが、無関係です。
言っておかないと、青海様に迷惑がかかってしまいます。あうあう。
ボケもつっこみもできる楽しいキャラでした。
またご縁がありますこと、お祈りしております。


で!
そう、それで!ですよ。『暴走注意』と書いたにも関わらず。
「暴走超OK」
「暴走大歓迎」
「暴走時の~」
って、三人そろってプレイングにあるとは。
ああ、もう、愛してますっ!

って事で、またコメントが長くなってしまいました。
読者の方、もしよろしければ今回紹介させていただいたスポット、覗いてみてくださいね。
取材の感想を述べてあげると……あ、どういう反応なのか、ちょっと気になりますね(笑
公開日時2010-03-31(水) 19:30

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル