クリエイター宮本ぽち(wysf1295)
管理番号1151-10356 オファー日2011-04-24(日) 18:58

オファーPC クロウ・ハーベスト(cztz6189)ツーリスト 男 19歳 大学生(元)

<ノベル>

 クロウ・ハーベストはふと目を開いた。
「……あれ?」
 視界に映るのは見慣れた天井だ。壁に貼られたポスターの中ではロックミュージシャンがギターを振り回している。
 ベッドの上で半身を起こしたクロウは改めて室内を見回した。
 何だろう、この違和感は。いつもの、自分の部屋だというのに。
(おっかしーな)
 浅い午睡のうちに夢を見ていたことは覚えている。まだ夢の中にいるような気がして手を握り、開いた。掌はじっとりと湿っていた。
 
 痩せた腹が空腹を訴えている。午睡特有のけだるさを引きずり、クロウはぶらりと外に出た。
「親愛なる国民の皆さん! 今日、皆さんにこの報告ができることを光栄に思います。東域で行われていた作戦が成功を収めました。我が国の勝利です。正義の勝利です。私たちはテロリズムには屈しない! 今この瞬間、我々の歴史に輝かしい1ページが書き加えられ――」
 街頭の大型スクリーンでは政府首脳が自己陶酔気味の演説を振るっている。台本を読み上げるような熱弁をあくび混じりに聞き流しながらクロウは視線を巡らせた。ホットドッグのワゴンでもあれば良いのだが。
 目に飛び込んできたのは食べ物ではなく老婆の姿だった。大きな荷物を背負った老婆が、メインストリートの交差点の前でまごまごとしている。
「バーさん、どした? 大丈夫か?」
 クロウは気さくに声をかけた。
「はあ……荷物が重くて、疲れて……」
「どこまで行くんだ? 荷物持とうか」
「――何だって?」
 皺だらけの老婆の顔が一瞬にして険を帯び、クロウはひゅっと息を呑んだ。
(……あれ?)
 何だろう、この違和感は。黒雲のような――しかし、確かに心当たりのある――この感覚を何と名付ければ良いのだろう。
「荷物を持つ? それだけ? それで人助けのつもりかい?」
 責めるように老婆は言う。
「あんた、特別な力を持ってるんだろう? 何でもできるんだろう?」
 皺に埋もれそうな目が冷たくクロウを糾弾している。 皺くちゃの口の周りに苔のような泡が溜まっている。
「その力で私を家まで送ろうとは思わないのかい? そっちのほうが私を助けることになるとは思わないのかい?」
 歩行者用信号が青に変わった。車列が止まり、人の波が流れ出す。しかし老婆は動かない。クロウもまた動けない。
 その時だ。
 悲鳴のようなブレーキ音が耳をつんざいた。続いて、腹を打つような不吉な衝撃音。
「きゃああああ!」
 今度は本物の悲鳴が響いた。はっと顔を上げたクロウの視線の先、血まみれの男が棒きれか何かのように転がっている。その傍らにはバンパーに血と肉片を付けた乗用車が停まり、転がり落ちるように降車した運転手が何事か喚き散らしていた。人が溢れる交差点はあっという間に阿鼻叫喚の巷へと変わった。
「大丈夫か!」
 クロウは人波を押しのけて男を助け起こした。朱に染まった男は動物じみた呻き声を上げるばかりだ。だが、まだ生きている。
「待ってな。今、救急車呼ぶから」
「――何だって?」
 血で塗りたくられた顔が一瞬にして険を帯びた。
「それで人助けのつもりか?」
 ちぎれかけた手がクロウの腕を掴む。
「お前の力があれば事故を止められたんじゃないのか?」
 潰れかけた眼球がクロウを責め立てる。肉の削げた首からチューブのような気管が覗き、ひゅーひゅーと空気が漏れ出している。
(……あれ?)
 ざわざわと、胸の黒雲が大きくなっていく。事実、クロウの視界は雲でもかかったように陰り始めていた。しかしそれは雲ではなかった。周囲の人間がクロウを取り囲み、口々に糾弾し始めたのだった。
「そうだ、そうだ」
「あなたは彼を見殺しにしたのよ」
「助けられたくせに」
「力を持っているくせに」
 どうして何もしなかった何でもできるくせにお前が力を使っていれば妻は子供は夫は母は死なずに済んだ!
「『理』の外側にいるんだろう」
 人はどんどん増えていく。
「使いようによっては何でもできますよね?」
 腹にナイフを突き立てられた女。火事で黒焦げになった老人。海で溺れてぶくぶくに体を膨らませた子供。
「神様みたいなもんじゃないの。どうして力を使わないの」
 皆がクロウを責めている。救いを求める手の群れがクロウを目がけて這いずってくる。
「あ――あ――あ――」
 恐怖めいた危機感に駆られ、クロウは一本の手を取った。誰であるかなどどうでも良かった、呪詛のような声から逃れたくて、ただただ必死に力を振るった。しかし、呪いの声がひとつ消える度、別の場所で怨嗟が生まれた。
「そいつを助けてどうして僕を助けないんだ」
 クロウはその男を救った。
「不公平よ。その人は良くてどうしてうちの子は駄目なの!」
 クロウはその母親と子供を守った。
「どうして」
「そいつだけ」
「私も」
 人だかりがざわざわと膨れ上がる。悪夢のような無限ループの中、クロウはただただ力を行使した。どす黒い雲を必死に掻き分けるように腕を振るい続けた。
 その時だ。
 轟音が降ってきた。ジェット機のような凄まじい音だった。思わず耳を塞いだ途端、背後で爆発音が炸裂した。
 恐る恐る振り返ったクロウは茫然とした。
 空爆だ。街が、炎に包まれている。
「国民の皆さん――どうか落ち着いて――報復が――我が国はこのような卑劣な行為に屈しない――」
 切れ切れの演説を伝えながら街頭テレビが崩れ落ちていく。次々と爆弾が落とされる。高層ビルがおもちゃのように折れ、沈む。
「どうして」
「どうして」
「どうして」
 ずるずると、遠い国の戦死者たちが這いずってくる。
「お前の力があれば」
「戦争だって止められたのに」
 焼け、爛れ、溶けたフィルムのような皮膚を全身から滴らせている。
「俺たちだって」
「駆り出されずに済んだのに」
 おうおうと、同じ国の兵士たちが陽炎のように揺れながら慟哭している。
「何でもできるくせに」
「……やめろ」
「どうして何もしない。助けない」
「やめろ……」
 まるで地獄だ。ごうごうと炎が燃え盛っている。足を取られ、クロウは無様に尻もちをついた。首の曲がった兵士がクロウの足首を掴んでいた。兵士はクロウの顔を見るなり救われたように笑った。その拍子に彼の顔の皮膚がぺろりと剥がれ落ちた。クロウは這いつくばって嘔吐した。焼けるようなアスファルトの上で、血とも肉ともつかぬ粘液が煮立っていた。
 眩暈がしそうだ。もがく度、手に、足に、ぬらぬらとした物が触れる。死骸の欠片が糸を引いて絡みつく。
「なあ。神様だろう」
「みんなを救ってくれよ。なあ」
「やめろ……やめてくれ!」
 業火の中で、クロウは狂ったように悲鳴を上げた。熱波が容赦なく喉を焼いた。しかしクロウは絶叫し続けた。
「俺は神様なんかじゃない! なりたくもない! そんなものより俺は――」

(普通の人間でいたいんだ!)

 クロウははっと目を開いた。
「……あれ?」
 視界に映るのは見慣れた天井。壁に貼られたポスターの中ではロックミュージシャンがギターを振り回している。ベッドの上で半身を起こしたクロウは改めて室内を見回した。
 いつもの、自分の部屋だ。窓の外の陽光はけだるく黄ばみ始めている。
(……夢……?)
 まだ夢の中にいるような気がして手を握り、開いた。掌はじっとりと湿っているのに、口の中はからからに乾いていた。
 わんわんと、脳味噌の奥で耳鳴りが渦巻いているような気さえする。茫と見つめる掌はかたかたと震えていた。
「俺は……」
 この手に宿る力を使えば多くの人間を助けることができるだろう。しかし全ての人間を助けていたらきりがないし、そんな大層な存在になるのも御免だ。ただ普通でいたい。小市民と揶揄されようと、平凡で、幸福な毎日を送れればそれで良い。
 多くを見捨てている罪悪感がないと言えば嘘になるけれど。
「………………」
 湿った寒気が背筋を撫でた。気味の悪い寝汗が体から熱を奪っていた。
「……何か食うか」
 気を紛らわすように呟いた。痩せた腹が空腹を訴えていることは事実だ。
 パーカーを肩にひっかけて部屋を出た、その瞬間。
「――普通の人間?」
 掠れた声が耳朶を打ち、ひゅっと息を呑んだ。
 それは少女の声だった。ここにいない筈の彼女の声だった。だが――だからこそ、クロウが聞き違える筈がなかった。
「普通って? 力を持ってるのに?」
 目の前の光景が瞬時に塗り替えられる。無機質なコンクリート。鼻をつく、錆びた鉄の臭気。
「どうして来てくれなかったの」
 二人の少女が折り重なるようにして横たわっている。金色の髪にえび茶色の血がこびりつき、白髪染めに失敗した時のようなムラを作っている。
「どうして来てくれなかったの」
「ねえ。どうして」
 違う。彼女たちはこんなことを言う人間ではない。それなのに、クロウの体は凍りついたように動かない。
「どうして。どうして」
「力を使って、来てくれさえすれば」
 ちくりちくりと、胸に埋め込まれた棘が疼く。
「あたしたちは助かったのに」
「ねえ、あなただって」
 恐怖に喉を塞がれ、息ができない。
 二人はぐるんと顔を上げ、双子のように声を重ねた。
「――あなただって苦しまずに済んだのに」

(やめてくれ!)

 クロウははっと目を開いた。
 見慣れた天井。壁に貼られた、ロックミュージシャンのポスター。のろのろと体を起こし、視線を動かした。窓の外の陽光はけだるく黄ばみ始めている。
(……夢……?)
 ゆっくりと手を握り、開く。掌はじっとりと湿っている。背中を、冷たい汗が伝った。
「夢……か」
 自らに言い聞かせるように再度呟いた。静寂で耳が痛い。音を求めるようにテレビの電源を入れた。
「親愛なる国民の皆さん! 今日、皆さんにこの報告ができることを光栄に思います」
 映し出された政府首脳の姿に、クロウの胃の腑が激しく収縮した。
「東域で行われていた作戦が成功を収めました。我が国の勝利です。正義の勝利です――」
 痩せた腹が空腹を訴えている。食べ物を買いに出かけねばならない。だが、どうしても体が動かない。

「……俺は……俺は……」
 見つめる掌が震えている。眩暈がしそうだ。
 ああ――また眠気が。

(了)

クリエイターコメントありがとうございました。ノベルをお届けいたします。
オチを付けてみました。不気味さを演出できていると良いのですが。

さて。少し首を傾げられたかも知れません。
彼女たちが亡くなってそれなりに時間が経っているような感じなのに、クロウさんが出身世界で暮らし続けているように描写しています。これではキャラクターデータとアンマッチですよね。

果たして、本当に夢は醒めたのでしょうか?

楽しんでいただければ幸いです。
公開日時2011-05-29(日) 21:30

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル