オープニング

 ヴォロスの片隅に、その森はあった。
「おかあさあん……ここ、どこ……?」
 泣きじゃくりながら森の中を歩いているパルクは、長く突き立った耳をぴこぴこ動かしながら彷徨っている。
 森に入っちゃいけないよ、そう言われていたのは覚えている。でも、仕方がなかったのだ、あんなに綺麗な蝶々を見つけてしまったから。捕まえられるなら、どんなにドキドキするだろう、そう思ったら走り出していた。だから、いつ森の中に入ってしまったのか、わからなかった。
 気がつけば、絡み合った木々に行く手を遮られ、より濃い翳りを落とす枝に突き飛ばされ、細くうねうね続く小道をひたすら進むしかなかった。

 むかあし、昔、みずうみに
 しっぽを食べる蛇がいて
 どんどんどんどん食べてって
 それでもひもじいばっかりで
 ついには自分のしっぽ食べ
 どんどんどんどん食べてって

「……だれ…?」
 細くて優しい声だ。とんとん、と軽い足音がする。こんな薄暗くて気味悪い森の中で、どうしてこんなに楽しそうに歌っているんだろう。それでも、一人でいるよりは心強いには違いない。
 パルクが歌の聞こえた方向に走り出したとたん、
「ぎゃっ!」
 両脚に走った激痛に転がった。
「な………ひいいっ!」
 困惑は恐怖と混乱に置き換わる、それもすぐに絶叫と悲鳴に変わって、すっぱり断ち切られた両脚を抱えてのたうち回る。吹き出す血が周囲を染める。痛みが神経をずたずたにし、涙で曇った視界が見る見る暗くなって、パルクは見る間に呼吸を喘がせながら地面にぐったりと寝そべるだけになる。

 だってだってひもじいのだもの
 どれだけ食べても足りないのだもの
 お腹はからっぽ
 何にもない
 そりゃあそうさと爺さん笑う
 おまえさんの、体はどこだ
 
 とんとん、とんとん、と楽しげな足取りで近づいてきたのは、一人の少女だった。手提げ鞄のように下げていたものをぶらぶらぶらぶら振り回していたが、地面に転がる子どもの側で、ぽん、とそれを放り出した。
 ごろり、ごろ。
「…は…ぅ…ふ」
 涙で霞んだ視界に覗き込んできたのは小さな顔。苦悶に歪み、唇をねじ曲げ、血と泥に塗れ、白目を剥いた両眼も血走っている、ただし、首から下はない。絡みつく金色の髪、長く突き立った耳はパルクの一族の徴だが、ああそういえば、村はずれのゲントも森へ入っていなくなったと聞いたのではなかったか。
「おいしそう」
 ぐいん、と少女はパルクに顔を近づけてきた。
 青い髪。青い瞳。長い睫毛。けれどその口は顔を横切って並の数倍はある。分厚い唇が嬉しそうにむにゅむにゅ動く。よだれを垂らしそうな顔で、
「何がいいかな、シチューは一昨日、昨日は焼き肉、今日はそうだね、こんなに柔らかいんだもの」
 持ち上げたのは二本の足先、地面に転がっていたそれを両手で取り上げてべろりと長い灰色の舌で舐めた。
「あまあい! そぎ切りにしてサラダはどうかな」
 きゃきゃきゃきゃきゃ。
 高く響く声に、パルクは震えながら目を閉じ、狂ったように笑った。
 ねえ誰か。今すぐ僕を殺してよ。


「ぁあ?」
 苛立ち燃え立つ金と黒、アシメのショートカットつんつんヘアーの麻生木 刹那が、ただでさえよくない目つきを、なお鋭くして鳴海を見返す。
「何つった、んですか?」
「あ、あのですね、その、ご依頼を、ですねえ」
 既に鳴海は及び腰だ。助けを求めるように、刹那の両隣の恐ろし怖しの少女二人を交互に眺める。
「面白そうだね、ミスタ・ハンプ?」
 連れ歩いている下僕のハンプティ・ダンプティがよたよたと踊るように両手を上げてくるくる回り、自分の足に躓いてこけ、中身をぶちまけた。
「きききっ、おんなじ嗜好ね、むかつくんだよ」
 背中から生えた八本の蜘蛛の脚をわさわさ動かしながら、蜘蛛の魔女が歯を剥き出してみせる。
「えーとつまり、その魔女をどうにかすればいいの?」
 無邪気に尋ねるメアリベルの『どうにかする』ことがいろいろ物騒なことを知っている鳴海が、一気に顔を白くする。
「食べてもいいんだよね?」
 蜘蛛の魔女が確認する。
「あーじゃ、おれ、今回はパスってことで…よろしいですか」
「だめよ」「だめだって」
 両側からがしりと手を握りしめられた刹那も、何となく鳴海に似た表情になった。すぐにそれを消して、たいしたこっちゃねえよ、んだよそれが、と言う顔を作り、それとなく握られた手をぐいぐい引き抜こうとするが、少女二人の力は並外れて強い。今にも肩が抜けそうだ。
「なかなか手強そうな相手なので、できれば三人でお願いします」
「覚えてろよ、てめえ」
 どこか嬉しそうに続けた鳴海を低く脅しつけて、引き攣って固まった相手になおも目を細めて威嚇する刹那に、
「怖いの?」
 とメアリベル。
「怖じ気づいたんだ?」
 と蜘蛛の魔女。
「っかやろ、んなの、一瞬でアレだろ、ですよ」
 てか、いい加減手ぇ放せよ、お前らっ。
「わーい一緒だ」「一緒一緒」
 刹那の両腕にくっついて、わいのわいの騒ぐ少女達に鳴海はまったりと微笑む。「仲いいですねえ……っ、と、とにかくよろしくお願いしますっ!」
 ぎろ、と刹那に睨まれて、慌ててチケットを押し付けた鳴海は、実は刹那がホラーが苦手だとはまだ知らないのだろう、親切心で付け加えた。
「魔女の小屋にはいろいろと罠が仕掛けてありそうです。子ども達がたくさん犠牲になっているようですし、誰か生き残っているかも知れません。十分注意して下さいね」

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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。

<参加予定者>

メアリベル(ctbv7210)
麻生木 刹那(cszv6410)
蜘蛛の魔女(cpvd2879)

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品目企画シナリオ 管理番号2561
クリエイター葛城 温子(wbvv5374)
クリエイターコメントこの度はご依頼ありがとうございました。
跳ね回る元気な(ぶっ飛んだ)少女二人に連れられた方の運命や如何に(違)。
餓えを満たせない魔女が森の奥に住んでおります。
次々に犠牲になる子ども達、その恐怖さえも食すような彼女を、どう料理して頂きましょうか。

家の中には細くて強い糸が張り巡らされております。触れると切れる類ばかりではなく、触れると落ちてくる大鎌や鉄球などもあります。もちろん、毒を絡めた糸もありますし、絶対に切れずに巻きついてくるものもあります。
魔女はごちそうが手に入ったので、小屋でのんびり過ごしております。

お時間長めに頂きます。
よろしくご了承下さいませ。

では、いらっしゃいませ。
嘆きと悲鳴が溢れる巣の中へ。

参加者
メアリベル(ctbv7210)ツーリスト 女 7歳 殺人鬼/グース・ハンプス
麻生木 刹那(cszv6410)ツーリスト 男 21歳 喫茶店従業員(元ヤン)
蜘蛛の魔女(cpvd2879)ツーリスト 女 11歳 魔女

ノベル

「聞こえる聞こえる、キキキッ」
 蜘蛛の魔女は魔女の家の前でわさわさと背中の八本の脚を動かしながら、嬉しそうに歯を剥いた。
「泣いてる声と唸り声、それにぐーすかぐーすか、馬鹿みたいに眠ってる音」
「ってことは何か、魔女は今満腹でおヒルネなさってるってわけか」
 刹那が金の髪に跳ねた夕方の光に目を細めた。
「しかも、まだ家の中には生きてるガキがいるって?」
「寝ている間にこっそり入って、子ども達を助けようよ」
 あんな中においていかれてかわいそう、と唇を尖らせてハンプを抱き締めるメアリベルを、訝しそうに刹那が振り返る。
「マジ?」
 魔女に何にもしないで救助隊だけしようって、マジで言ってんのかよ。
「いけないかなあ」
 ベルベッドのリボンで結わえた一筋の赤毛をそっと指に巻き付けて、メアリベルは愛らしく呟いてみせる。
「だってだってメアリはか弱いレイディよ? 罠にかかったらすぐ死んじゃう……ミスタは大人の男の人だからへっちゃらよね?」
「いやいやいや」
 刹那がぶんぶんと首を振る。
「絶対それありえねぇから、おれが百万回死んでもお前絶対ピンピンしてるから」
「そうよ、何可愛い子ぶってんのよ」
 蜘蛛の魔女がメアリベルの抱えていたハンプをがしりと掴んだ。
「便利な従者ね。ちょっと借りるわよ」
 さすがに一瞬驚いたように両目を見開いたハンプをメアリベルの腕から引き抜くと、ずんずんまっすぐ魔女の家の前まで進んでいくと、扉を蹴り開けて叫ぶ。
「誇りもへったくれも無い畜生風情が一端の魔女気取りか? 笑わせてくれる。蜘蛛の魔女の琴線に触れた事を私の胃袋の中で後悔させてやるわ!」
 そのまま、開いた扉の向こう、薄暗い中にきらきら何かが星のように光る空間めがけて、強力な蜘蛛の脚でぶん投げる。
「でりゃあぁ!」「ハンプ!」「いきなりっっ?!」
 察した残り二人が駆け寄るのも遅く、下僕のハンプティ・ダンプティは蜘蛛の魔女の渾身の一投にくるくる回りながら吹っ飛び、壮絶な音をたててあちこちぶつかった挙げ句、壁らしき所に叩きつけられた。
「粉微塵ね」「あーあ」「うわああっ」
 おい待て、今確実に泣き声の幾つかが途切れたぞ、魔女の息の根を止める前に子ども達の息の根も止めちゃったんじゃないのかっ。
 さすがに青ざめた刹那がうろたえて無防備に走り込もうとし、瞬間かろうじて身を引いた。その両腕、頬を掠めたのは小屋から飛び出してきた銀の糸、しかも鋭く速く空間を走るそれは、まるで尖った極細の剣の切れ味、切り裂かれた刹那のシャツと頬からたらたら血が流れる。逃げ切れないような速度ではなかったはずだが、それでも傷を負ったのは咄嗟にメアリベルと蜘蛛の魔女を突き飛ばして、魔女の攻撃から逃がしたせいだ。
 しかも、その糸を追うように飛び出してきた魔女が突っ込んできて、刹那はすぐに戦闘態勢に入る、のに。
「ミスタ麻生木、なんて優しいの」「えーこんなもの全然大丈夫だったのに」
 両手の指を組み合わせて瞳を潤ませながら刹那を見るメアリベルと、空中に舞い散った銀の糸をこともなげに蜘蛛の脚で掴み取り、引き千切って投げ捨てる蜘蛛の魔女に刹那は半泣きで喚いた。
「いいからどっか離れてくれっっ!」
「なんだお前は、美味しいのか美味しくないのかどっちだ」
 青い髪を振り乱した魔女は青い瞳を見開いて刹那に迫る。両手を激しく振ると、その指先からぎらぎら輝く水のようなものが空中に放たれる。生き物のように刹那を取り巻こうとする糸の流れから、とんぼを切って離れ、二つある時の円盤を隙を見ては回した。
「どっちだ、食べられるのか食べるのか」
「どっちもお断りだぜ!」
 かちり、かちり、と漆のように光沢のある時の円盤が回転し、文字が灯っていく。増えるほどに苦しくなるが、体内の時の円盤は保険のために回しておき、腕につけた時の円盤が6回転したところで反撃に移る。停止する時間は6分、その間に小屋から離された分を駆け戻った。
「こらこら不用意に入るなっ!」
 やっぱり二人の少女は楽しげに小屋に突っ込みつつある。罠があると聞いていなかったのか、それとも忘れてしまったのか。いくらハンプを投げたとは言え、全部の罠をクリアできているとは限らないだろうに。
「ええー? でも入っちゃったし」「…おい」
 既に蜘蛛の魔女は小屋の中ほどまで進みつつあって、不服そうに振り返ったその蜘蛛脚は容赦ない破壊を加えていた。おそらくはそこら中に張り巡らせてあっただろう糸がぶちぶちに切られている。上から降ってきたのではないかと思われた巨大な刃が放り出され、ぬらぬらしたものがこびりついた糸を、今しもごわごわの毛が生えた脚でぶっちん、と千切ったところだ。そればかりではない、幾つかの落下物や如何にも引っ掛かりそうな糸は、既に彼女の糸でぐるぐる巻きにされたり、壁に括り付けられたりしている。
「さて。人間の刹那ちゃんには何が見えてる? 私には色々と見えてるけど」
 蜘蛛の魔女には暗視能力があり、刹那に小屋の中は暗すぎるはずだ。にんまりと笑った蜘蛛の魔女の真横で、ぶん、と何かが風を切った音がした。
「危ないっ!」「あ、まだあった」
 刹那は咄嗟に時の円盤を消費して対応しようとしたが、それよりも早く、滑ってきた巨大な包丁を蜘蛛の魔女ががしりと受け止める。続いて、メキメキと不気味な音をたてて包丁をへし折る姿に、刹那の何かも一緒に折れそうになった。
「それより、ホラーだめなんでしょ、大丈夫?」
「あれはお化けじゃねえ、単なる獰猛な肉食獣…はおっ!」
 刹那の声は空中に吹っ飛ぶ、背後からいきなり突き飛ばされてのめり、どさりと前に倒れた指先にちきっ、と痛みが走ってつるつると血が滴り落ちた。指の数㎝先に刃を上にたてられた刃物が数列、刹那が真上に倒れなかったのは僥倖以外の何ものでもない。
「くそっ……へ…?」
 もう戻ってきたのか上等だやってやるぜと血塗れの指で床を叩いて跳ね起きた刹那の目に移ったのは、にこにこ笑うメアリベル。その両掌はまっすぐこちらに向けられており、あまつさえじりじりと迫ってくる笑顔が無性に怖い。
「ちょ、ちょっと待てこら一体何をしてる何をお前」
「仕掛けが一杯で遊園地みたいね、ミスタ麻生木」
「いや待て話が見えない今お前は」
「だってハンプも割れちゃったし、でも依頼は成功させなくちゃならないし」
 メアリ精一杯頑張るわ、だからねえ。
 今にも切なげに泣きそうな顔、いや確かに仕方ないんですごめんなさい的な表情だが、それでも。
「ねえって何を何っ、うわあっ!」
 ざしゅっ。
 何とか立ち上がろうとした脚を引っかけられ、仰向けにしたたかに転がった刹那の真上をぶうんと体をあっさり両断しそうな鎌が通り抜け、すぐ間近の床に突き刺さったのは、
「キキキッ、力こそパワー!」
 とおりゃっ、と鎌を吊り下げていた鎖を蜘蛛の魔女が切断したからだ。蒼白になってぐたりと寝そべる刹那の横をるんるんらんらんと鼻歌まじりのメアリベルが通り過ぎていく。部屋のあちこちでは、ぎしゃっ、ぼぐっ、と罠をことごとく破壊していく蜘蛛の魔女の姿もあって。
「……間違ってた…おれは間違ってた!」
 刹那は周囲に気をつけながら跳ね起きた。そうだ守るべきはこんな恐ろしい仲間二人ではなく、魔女に囚われ生きながら食われそうになっている子ども達だ。
「私に狙われた魔女には3つの運命が待ってるわ。八つ裂きにされるか、私の胃袋に収まるか、八つ裂きにされて私の胃袋に収まるか。3つの運命ね。キキキキキ!」
 高らかな蜘蛛の魔女の笑い声が響く。
「でておいで食いしん坊の魔女さん。メアリが腕によりをかけたとっておきのご馳走、食べたくない?」
 いつの間にか奥の鍋に近寄って、ぐつぐつ煮立て出した鍋の中に次々と何かを突っ込んでいくメアリベルの歌声も。
「男の子って何でできてる? ぼろきれ、蝸牛、仔犬のしっぽ…」
 見たくはないが見てしまった、手近に転がっていた塊からぐじゅりとつかみ出した紐状の臓物、鍋に放り込む手が真っ赤になっている。その手で砂糖だのスパイスだの当たり前の平凡な調味料を探しているからなお恐ろしい。
「ヤバイのはこいつらだ!」 
 もう構うもんかと肚を決めた。時間固定によるダミーを次々作り出す。
「いやだってあれにまっぷたつは嫌だろ、おれ」「吊り下げられてくのはどうよ」「引きずり倒されて暖炉にどすんはやめろってば」「いいから行けよ!」
 ぶつぶつ文句を言いながらも罠がありそうな所に突っ込ませて、その間せっせと輝く拳をチャージした。傷つけた指先、そこら中の打ち身に切り傷、もう少しですっぱりやられるところだった首を竦めて振り返ると、ちょうど戸口から飛び込んできた魔女に向かう。
「何やってるのぉおおおお!」「見りゃわかっだろうが、究極の破壊と平和の再生だあああっ」
 飛びかかってきた魔女が繰り出す鋼糸を避けつつ接近、罠はあらかた潰したはずだから、後はこいつを仕留めればいいはず、でっかくかぱかぱ開く口に噛みつかれまいとしながら、蹴りを繰り出す。部屋の隅で掠れた声が悲鳴を上げる、まだ生きてる子どもがいる。
 刹那の脳裏を掠めたのは、蜘蛛の魔女のことば、「まぁ、どうしてもって言うなら助けてあげるけどね。勝手に死んじゃう分には責任取らないわよ」。助かるようなら助けるけれど、弱肉強食、弱者は捨てると言わなかったか。もちろん、何かの料理に夢中のメアリベルが子どもを救ってくれるはずもなく。
「おれしか、いねえっ…」
 そうだ、この世は弱肉強食、ならばこいつが、よりより強い相手に「食われても」文句はねぇだろ。
 輝く拳を振り抜いて魔女をぶっ飛ばし、できた一瞬の隙に部屋の隅に走る。両脚を失っている尖った耳の少年、パルクだ、虫の息だが両脚に手当をされて生きている。活け造りで食べることにでもしていたのか。何にせよ助かった。
 刹那はパルクを円盤を消費し、時間を巻き戻して救出することにした。


「ぎゃああっ」
 派手な悲鳴にメアリベルは振り返る。刹那の拳で吹っ飛ばされた魔女が、べちゃりと戸口に叩きつけられたものの、刹那がどこかへ走り去ったのに標的を変えたのだろう、まっすぐ伸ばした指先がメアリベルの細い首を示した、とたん。
 どんっ、ごろごろごろ…。
 メアリベルの首が床の上に跳ねて転がった。鍋をかき回していた手が止まる。ゆらゆらと体を揺らめかせていた紺色のワンピースの体が失った首を探すように、エナメルの靴でたたらを踏み、やがてどさり、と崩れ落ちる。
「はあっははははっっ!」
 鋼の糸を操る魔女の高笑いが響いた。
「人の家を荒らした報いだ! 偉そうな口を叩いたもう一人はどこへ行った!」
 がばがばと大口を開いて嘲りながら、魔女は室内を見回す。いつの間にそこまで上がったのか、屋根近くの天井に蜘蛛の魔女が張りついていた。全身に絡んだ銀の糸、罠を破壊することに夢中になるあまり、隠されていた罠の餌食になったのか。ぐったりと頭を落とした姿に魔女はますます大声で嗤いながら、鍋の近くへやってくる。
「ざまあみろ、ああざまあみろ。何を一体作って……え」
 鍋から伸びたどろどろの手が魔女の手首を掴んだ。背後の床から楽しげな声が響く。
「さあみんなで魔女をやっつけましょう、食べられちゃった復讐よ」「え、え?」
 火加減がついに限界を越えたのか、いや違う、鍋から溢れてくる液体は不気味な鈍色のあぶくとなって溢れ、腐臭を放ちながら立ち上がり、魔女に掴みかかる。どろどろと煮込まれ溶け崩れたゾンビの集団だ。
「みんなで魔女をかじりましょう。手足をもいで。目ん玉ほじって」
 メアリベルのワンピースがゆっくりと立ち上がった。歌うような声を響かせて、床に転がっていた自分の首を抱え上げ、鍋から溢れたゾンビに囲まれ絡みつかれたもがく魔女の方へ歩いていく。
「ぎゃ、ああっっ、あっ、ひいっ!」
 苦し紛れだろう、魔女が放った銀の糸がメアリベルの胸と腹を貫いた。だがそのまま、ずぶずぶと糸に体を通されながら、メアリベルは近づいていく。
「ミセスの正体は蛇かしら、竜刻で変化しちゃったのかしら」
 ハンプのように、自らの腕に抱えられたメアリベルの首は、楽しげに続けた。
「オーブンもあったまってるわ、さあどうぞ」「ぎぎいいいっっっ!」
 ゾンビ達に押し込まれ追いやられ、もちろん罠のほとんどは壊されているし、ゾンビに糸など効果はない。灼熱の温度の中へ詰め込まれた魔女の絶叫が、煙突の煙とともに高く高く響いていく。
「どんな料理ができるかお楽しみ」
 うっとりとオーブンを覗き込んだメアリベルは、魔女が身もがきして体をくねらせ打ちつける音を子守歌のように聞いていたが、やがてそれも静かになると、ふかふかした鍋つかみでオーブンの扉を開いた。
「……ミスタ麻生木とミス蜘蛛子もたんと召し上がれ……メアリお手製魔女のソテー」
 自分の首をテーブルに置き、取り出した包丁でこんがり焼けた肉を切ろうとして、刹那がいないのに気づく。
「残したらお仕置きよ?」
 キキキッ、と鋭い笑い声が響いた。
「残すもんですか」
 私一人で食べ切れちゃうわよ。
 ばさりと天井から降ってきたのは蜘蛛の魔女、昼寝でもしていたのか、眠そうな顔で口許のよだれを拭きながら、いそいそと近寄ってくる。焼け上がった魔女を眺め、目を輝かせ、両手を合わせて一礼した。
「いただきます」


 生き延びたパルクは語り部となった。
 森の恐ろしい魔女のこと、けれどもっと恐ろしくて気まぐれな二人の魔女と、自分を抱えて逃げてくれた、目つきの悪い勇者のことを、失った両脚を示しながら。
「こうして、自分のしっぽを食べる蛇のような森の魔女はもう餓えなくなったんだよ。餓える自分が食べられちゃったからね」
「でも、パルク、今度はその二人の魔女がやってきて僕らを食べるんじゃないの? その時も勇者がまた来てくれるの?」
「いいや違う、その魔女達は僕らを食べないんだ、他に食べるものが一杯あるから………つまり、上には上があるということさ」
「ふうん…?」
 要領を得ない幼い子ども達に微笑んで、パルクはこう締めくくった。
「そういう風に弱い者が強い者に食べられることを、勇者の世界では『ヤキニクテイショク』というんだって」

クリエイターコメントこの度はご参加ありがとうございました。
皆様にかかっては、森の魔女は小物中の小物に成り下がってしまいましたね。ダークで陰惨な物語展開がどこかに吹き飛んでしまいました、申し訳ありません。

子ども達については本来助かる予定はありませんでした。また、ラストのパルクの語りについても、皆様のプレイングの結果生まれたおまけです。ちょっと間違って語られていますが、昔語りというのはそういうものではないでしょうか。
壱番世界の『焼き肉定食』とことばが似ていますが、別もの……のはずです、ええたぶん。

またのご縁をお待ちしております。
公開日時2013-04-22(月) 22:20

 

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