オープニング

 竜刻――嘗てヴォロスで栄華を誇った竜の魔力の残滓が、物に宿ったものの事をそう称する。その大きさは様々だが竜刻は時として暴走する事があり、強大な魔力を含んだものはヴォロスの摂理に大きな影響を与え、他の世界群にも何らかの悪影響を及ぼすのではないかという可能性も孕んでいた。
「今回は、その竜刻を回収する事で暴走を未然に防いで頂きたいのです」
 世界司書が持つ「導きの書」にヴォロスのとある場所にある竜刻が暴走する予言が出たのだと、ロストメモリーであるリベル・セヴァンは話し出す。
 導きの書が暴走をするという竜刻の場所は、ヴォロスのとある集落にあるという。そこは集落の住民が100人程居り、木々の豊富な山間に位置している。地理的な関係と潤沢な資源の為、他の集落同士の遣り取りが極端に少なく、非常に排他的らしい。
「暴走した竜刻はドラゴンの形状をした巨大な光が顕現し、それが周囲見境無く破壊行為を及ぼします。数時間程でこれは消えてしまい、以後の危険はありませんが、その数刻の内だけでも村を一つ壊滅させるには充分な力を持っています」
 万が一竜刻が暴走するような事になってしまったのなら、その竜刻のある集落に住む住民達が危ない。木々がなぎ倒されるだけでなく、山間にあるから山崩れも有り得る。他に竜刻が含む危険性を考えても、速やかに対処をしなければならないだろう。
 もし仮に、竜刻が暴走してしまった場合は如何するのか。その説明の為、リベルは新たに荷札のような物を取り出してまた口を開いた。
「これは『封印のタグ』と言い、今回貴方がたに竜刻暴走が起こってしまった際に使用して頂きます。竜刻の暴走を防ぐ事が第一ですが、止む無く暴走が起こった場合はこの封印のタグを暴走した竜刻に貼り付けて下さい」
 長年の竜刻研究から生み出された代物で、竜刻にしか効果は無いがこれを使えば竜刻が暴走途中だとしてもそれを食い止める事が出来るのだという。
「それと……先程ヴォロスのある集落に竜刻があると申しましたが、その竜刻は如何やら現地の住民達の土着信仰の対象である石像に埋め込まれているようです」
 石像は集落から50メートル離れた崖の切り合いにあり、形はドラゴンでその全長は頭から足元まで約20メートル。竜刻は、石像のちょうど胸元に埋め込まれた石であるらしい。その土地の古い伝承では、有事の際は神々の手によって天罰が下るというものが残されていた。
 その石像は古くから現地の住民達の信仰の対象となっており、いつも誰かしら住民達が祈りを捧げている。唯一、その地に伝わっている「悪しき狭間」という言い伝えの為、日付が変わる前後の一時間から二時間の間だけは像の周囲に人気は無くなるのだという。
 住民達は見た目は人間とそう変わりはないが、少しばかり魔法と似たような力を使う。全てではないだろうにしても住民達は外との交流がほとんど無い為に外部からの者達への警戒心が強い。目的がその現地の住民達が信仰している存在に関わるものとなれば、普通の説得では達成が困難になるかもしれない。
「ですが、竜刻が暴走すれば周囲に甚大な被害が及ぶ事になります。竜刻の回収は致し方の無い処置になりますので、回収の方を宜しく御願い致します」

 切り立った崖に聳え立つ、嘗てはヴォロスを支配していた竜を模した石像が立っている。
 物言わぬ筈のそれがほんの一瞬、胸元が淡く光を灯した事に今は誰も、知る由は無かった。

品目シナリオ 管理番号246
クリエイター月見里 らく(wzam6304)
クリエイターコメント ヴォロスにて御送りさせて頂きます、月見里 らくです。
 今回は暴走する予見がなされた竜刻の回収を行って下さい。暴走を未然に防ぐ事が目的ですが、暴走の際はそれを支給された「封印のタグ」によって止めて下さい。封印のタグは、トラベラー全員に支給されます。
 竜刻は信仰対象の石像に埋め込まれています。とても閉鎖的な集落故に、地域住民との説得は簡単に行かないかもしれません。なお、周囲に被害が及ぶ為にその危険がある竜刻を回収する、というものですので、不必要な破壊行為は程々に。
 それでは、皆様のプレイングを御待ちしています。

参加者
ディーナ・ティモネン(cnuc9362)ツーリスト 女 23歳 逃亡者(犯罪者)/殺人鬼
祠堂 八十六(cyde3252)ツーリスト 男 18歳 ?代目無色の勇者
ソロジア(cxyn6250)ツーリスト 女 22歳 学生
ファレル・アップルジャック(ceym2213)ツーリスト 男 18歳 反乱軍の一員
コレット・ネロ(cput4934)コンダクター 女 16歳 学生

ノベル

 件の集落は、ヴォロスのロストレイルの駅がある所から離れた場所にある。周囲は山や森に囲まれ、広いヴォロスの地全体から見ると埋もれてしまいそうなくらいに小さなとある集落が、今回竜刻があるという地域だった。
「この辺り……かしら」
 依頼を受けたからには、まず目的地に着かなければ話にもならない。教えられた通りの道行きを辿り、周囲を見渡してコレット・ネロが呟く。
 現在、居るのは集落の中ではなくそこから少し離れた場所。場所違いの可能性も無い訳ではない為に、一先ずの確認をする。周囲は木々ばかりの山間部、ロストレイルの駅からも随分と離れていて恐らく間違いは無いだろう。
「間違わなくて良かった、ね」
 まだ少し陽が高い為、サングラスを掛けながらも陽光を避けるように手を目の上に翳したディーナ・ティモネンが肯定する。地図を見ず、他の面々に行き着くまで道程を任せていたのだが仮に一人で行く事になっていれば、その結果は押して知るべしという所だろうか。
「……それにしても、殺風景な所ですね」
 ひたすら木々や山々に囲まれた場所は、良く言えば自然がそのまま残っているとも言えなくはないが、悪く言えば洗練されていないという事でもある。雑然としたスラム街が大半を占める世界で生まれ育ったファレル・アップルジャックにとっては、この辺りの景色の印象としてそういったものを抱くのも無理はないかもしれなかった。
 ヴォロスは現在ロストレイルの駅が繋がっている世界の中では、最も様々な種族に溢れていると言えよう。そしてその分、大小問わず様々な国家にも似た地域も存在する。ヴォロスの中でも文化が進んでいるであろう場所に比べると、今回赴く集落は明らかに文化面でも遅れているであろう事が周辺を見ただけでも分かる程だった。恐らく、長らく他の地域と交流を隔絶させて来た所為なのだろう。
 その言葉にそうなのだろうか、と背嚢からペットボトルの水を飲んでいたソロジアは傍らで首を傾げる。ヴォロスに訪れたのは初めてだった為に、ファレルの言葉が果たしてヴォロス全体の基準として言っているのか、自身の世界出身基準で言っているのか、よく分からない。ソロジア自身の基準で言えば、景色に関して言うと特に珍しいとも思えなかったので尚更だった。
「それで、だ。今回は竜刻の回収という事だが――簡単に言っちまうと、他人様の宝モンを引っぺがして持って来るって事になる」
「……また身も蓋も無い言い方を」
 面々が周囲の様子を眺め終えた所を見計らい、祠堂 八十六はそう話を切り出す。
 司書の話によると、暴走をするという竜刻があるのはこの集落の信仰対象になっている像に埋め込まれている。「誰」の持ち物、とはっきり決まっている訳ではないが、この場合此処の集落の人々の共有財産と考えるべきだろう。祠堂の言い方にファレルは少し嘆息混じりにも見えるように呟くも、確かに台詞自体は些か乱暴であるような気もするものの実際の所としてそう間違っていないのも事実ではあった。
「それは、如何考えても説得だけでは通じそうにないだろうから……なのだろうな」
「説得?」
 ソロジアが目を伏せがちにして呟くと、ディーナがきょとんと眼を瞬かせて問い返す。その不思議そうな様子に、逆に頭に疑問符を浮かべて更に問い返すような態度になってしまった。
「如何したの? 何だか不思議そうにして」
「……ソレは全然、考えていなかったなぁ」
 ソレ、とは勿論、「説得」の事なのだろう。恍けたようにも聞こえる調子だった為、説得という概念自体を考え付かなかったのかと疑いたくなるような所だったが、ディーナは緩く首を傾けて言葉を続けた。
「今回は、知らせない方が村人の為になるかな、って。だって、さっき言ったように強盗紛いの事をするんだよね。普通に話をして、それで大丈夫というのなら苦労は無い訳だから」
「住人は排他的だと聞きましたからね」
 此方に来る前、世界司書から説明された事を思い出してファレルが頷きを返す。
 この集落の住民は、非常に閉鎖的で外部の者に対しての警戒心が強いという。何も用が無く、ただ話をするにしてもその性質が確かならば難しく、信仰している像に埋め込まれている竜刻を回収させて欲しいという頼みなど以っての外だろう。しかも、突然やって来て唐突に、など尚更だった。
「普通に考えて、危険があるから信仰している像にあるものを取らせてくれ、なんて言われたら断ると思う。いきなり来て、そんな事を言うなんて泥棒みたいに思えるから。私たちだって、進んで強盗みたいになりたいとは思わないよね?」
「世界図書館からの依頼は竜刻の回収、その為に俺等は来ている。が、それが人の宝を奪って良い理由にはなるのか? ……なりやしないな。竜刻の回収をしろというだけで、盗人になれという訳でも、勇者になれという訳でも無い」
 ディーナの確認するような問い掛けに、然程変わりない事を考えていた祠堂は自問して同じく自答をしながら少しだけ鼻に皺を寄せた。漏らした言葉が僅かばかり皮肉的になってしまったのは、果たして無意識の内であっただろうか。
 回収が必要なのは分かっている。それが分からないのなら、初めからこうして此処に来てはいないだろう。此方と集落側の住民、どちらにも後腐れ無い思いが出来るには言わない方が良いだろう、というのがディーナの思いでもあった。
 盗人のように思われたいと思っている者など、そう居ないだろう。実際、長らくその地にあったものを回収、もとい取っていくのだから乱暴に言ってしまうとそうなってしまう。勿論、世界図書館の言っている事が完全に間違っているという訳でもない。
「けれど、このままにしておいたら此処の住民さん達の命が危ないわ」
 説得が難しいであろうという事は司書の話からも分かっていたが、だからといって断られたのでそのまま何もせずに帰る、などという事はとても考えられない。何も起こらないのであれば、此処に来る必要は無い。「導きの書」が映し出すものは、「このまま何もしなければ起こり得る運命」である。もしも竜刻が暴走をしてしまったら、という想像が頭に浮かび、些か沈んだ口調でコレットがそう不安を漏らした。
「しかし正直、竜刻の力がどれ程なのか想像出来ん。自然災害が何重にも襲って来るようなものだろうか……?」
 意図的に暴走をさせて力が如何程なのか確かめる程悪趣味な事をする心算は無いが、竜刻についてソロジアは緩く首を振る。司書の話ではこの地域一帯を面影も無い程にする事が出来るというらしいが、ソロジア自身としての例えた想像ではそれくらいしかイメージが湧かなかった。
「胸からビームみたいなのが出んのかね? ……なーんて、おふざけも言っていられねぇのは確かだろうがな」
「仕事としてはスリリングで楽しみではありますが……ね」
 冗談めかして祠堂は言うも、事態としてはあまり洒落めいてはいない。どちらかと言えば、嫌な方向ではあるだろう。ファレルの些か不謹慎にも聞こえなくもない呟きを聞きながら、さて如何するかという問題に戻る。
 暫く行動に迷うように静寂が漂い、その後に思考を巡らせて俯いていたコレットは決意したように顔を上げた。
「説得に行くだけ、行ってみましょう。真剣に話を聞いてくれなかったとしても……無駄ではないと思うの。まだ竜刻が暴走していないのだから、集落の人達の所に行ってからでも遅くはない筈だわ」
「それは村人たちの為、に?」
「えぇ……私達と、住人さん達の為に。確かに、私達は住人さん達から見たらあまり歓迎されたものではないかもしれないわ。けれど、竜刻が暴走してしまったら、その感情さえ意味を失くしてしまうもの」
 仕方無いから、という言い訳をするような事はしたくはない。ディーナの問いに、コレットはまるで祈るかのように言葉を紡ぐ。
 話をして、それで快く了承が得られるようならばそれで何の問題も無い。一度異世界に赴き、また帰って来る頃にはチケットの効果によって現地の人々の記憶からは高確率で忘れてしまうが、トラベラー達の方はそうもいかない。
 やらねばならない事を分かっているからこそ、黙って後から良心が咎めるような事にはなりたくない。最悪の事態が、懸念されているのだから。
 知らずと胸の前で手を組んだコレットの肩元を、ソロジアは後ろからそっと手を当てる。
「大丈夫、話せば分かってくれる可能性だってある」
「……何より大事なのは、換えの効かない人の命、だからな」
 他の世界への影響の懸念もあるが、人命が掛かっているからでもある。祠堂が重々しく呟き、ファレルはその言葉を聞きながら足元の小石を拾うと目を集落の方へ遣った。
「まぁ……では、話をしてみるとしましょうか」
「あぁ。それなら、そっちの方は頼む。あまり大人数で行くのも、無用な警戒心を抱かせる事になるだろうからな。像の確認もしておきたい」
「私も……元々、深夜の方が動きやすいし。もっと暗くなった頃に、落ち合うっていうのは如何かな」
 像があるという崖は此処からでも見えるが、近くに行ってみないと分からない事もある。祠堂が其方を確認しておきたい為に説得を任せると言った所で、ディーナもそれに続くように言う。像の周辺に人が居なくなるのは夜の時刻だというから、説得が芳しくない場合を見込んでの事だった。
 それなら話を終えた時にまた、と一先ず二手に分かれてソロジアにファレル、コレットは集落の方へ向かう事にした。
 集落に足を踏み入れると、そこでは竜刻の暴走の危険など知らぬように――否、実際知らない為なのか緩やかな雰囲気が漂っている。暮らし振りは素朴といった風で、何処も住居から暮らしには不自由をしていなさそうに見えた。
「こんにちは。此処の子達かしら?」
 何をしているのか少し分からなかったが、如何やら遊んでいるらしい集落の子供達に向かってコレットは話し掛ける。
 大人達であったら、見知らぬ者が話し掛けたら話の通り反応すらしてくれないかもしれない。しかしながら、まだ警戒心の薄い子供達だったら如何だろうか。子供達は一瞬驚いたようにその声に振り返ったものの、声を掛けて来たのが優しげな容貌の少女だった為か、その後は比較的騒がれなかった。
「誰? 何しにきたの?」
「えぇと……私達は考古学者の見習いなの。近くの村から来て……」
「考古学者?」
「旅人のようなものだ」
 何も知らない子供達に流石に素直に素性を言う訳にはいかないとはいえ、嘘を吐く事に心苦しく思う。表向きの事情を通す為の身分を言ったもののそれを理解していないような子供達の様子に、ソロジアが分かりやすく言い直した。
「それじゃあ、沢山おはなし知っているの?」
「そうね……竜と騎士の御話なんて如何かしら? その前に聞きたい事が……」
「聞かせてきかせてー!」
 訊きたい事、を後にしてしまったのが悪かったのだろうか。コレットが尋ねる前に、子供達に詰め寄られて思わず困惑してしまう。
 この集落は閉鎖的で、他との交流もほとんど無い。その為に好奇心旺盛な子供達にとっては刺激に常に飢えており、面白そうなものに食いつきを見せるのはある意味で当然の事だった。
「……これでは、違う意味で話が聞けそうにありませんね」
 冒険譚を強請って来る子供達に、ファレルがひっそりと嘆息を零す。警戒で話を聞こうとしない事は予想出来ていたが、その他の場合では予想をしていなかった。
 あまり無碍に扱う訳にも行かない、と困ったような笑みを浮かべて対応しているコレットの横に居たソロジアは、ふと新しく近付いて来る気配に気付く。其方に振り返ると、いかにも威厳ある風の老人と数名の大人達が居た。
「……此方の長老でしょうか?」
 言わずとも分かったが、ファレルは敢えて其方に目を向けて静かに問い掛ける。周囲に漂い始めたぴりりとした空気を察し、コレットは子供達をこの場から行かせると少し緊張した面持ちで向き合った。
「うー、対応に困るな……」
 肌を刺すような感覚に、ソロジアは眉を潜めて呟く。歓迎されていない事は、見るに明らかだった。
「初めまして……私達は近くの村の考古学者なのですが、此方に竜の像があると御聞きして来ました」
 なるべく穏便に、言葉遣いに気を遣う。此方が話している間、長老を始めとした集落の者達は変わらず険しい視線を向けていた。
 このままでは、埒が明かない。予想していたように生半可な説得は困難そうであるとコレットとソロジアが顔を見合わせていると、二人の前にファレルが進み出た。
「貴方達が信仰している竜の像に、竜刻が埋め込まれています。このまま放置をすれば暴走する危険性も有るので、回収させて頂きたい」
 回りくどい事はせず、静かながらもはっきりとファレルはそう告げる。その言葉に、目の前の住民達は動揺したようにざわめいた。
 そのざわめきは、何に対するものなのだろうか。観察するようにそれ等を見ながら、ファレルは言葉を続けた。
「竜刻が暴走をしてしまえば、この一帯の被害は計り知れません。回収については此方が責任を持って――」
「余所者の言う事なんて信じられるか!」
 言葉を遮り、集落の住民である一人の若者が声を上げる。同じように周囲の者達も頷いており、喧々囂々といった所で長老は「まぁ待て」と低く声を出して静かにさせた後、長老自ら口を開いた。
「言う事が正しいとしても、それは此方だけの問題。我等が信ずる神々が、天罰を下したという事じゃろう。かの竜族が滅びてしまったように、我等もまた死に行く定めという事なのであろう」
 滔々とした長老の語り口に、これは天罰云々の伝承なのだろうかとソロジアは思う。この長老は、こうして集落の人々に普段言って聞かせているのだろう。
 大して多くもない遣り取りではあったが、平行線である事はこれ以上続けなくても読めて来る。ファレルは小さく息を吐き、行き掛けに拾った小石を掌の上に転がした。
 何の変哲も無い小石。それに対して、ファレルは自らの持つ特殊能力で石を淡く光らせる。そして今度は空気分子を操り、刃に変えて周囲に放とうとした所で、石を持つファレルの掌の上をコレットがそっと握り込んだ。
「……コレットさん」
 名を呼んで其方を見ると、コレットは無言で首を左右に振る。
 無暗に人々を恐怖させるような事はしない方が良い。擬似的に竜刻の力を見せ付けて回収を頼むのは、脅しにも思われかねない。出来る限りそういった事は避けたい意味でのコレットの制止に、ファレルは僅かに躊躇いを見せた後に思惑を汲み取って能力の発動を止めた。
「分かりました……申し訳ありません。其方の御意志を、無視する訳にも行きませんね」
 これ以上何かしら刺激するのは、得策ではない。引き下がる事が無難だろう。集落の人々に、深く頭を下げる。
 互いにぶつかり合って、理解を深める方法もあったかもしれない。だが、それを試みるには余りにも時間が足りなさ過ぎた。
「行こう。先に行っている二人が待っていると思うから」
 コレットとファレルに向け、ソロジアがそう促す。話が決まったのに、長居をするのもあまり賢いとは言えない。
 説得は上手く行かなかった。それでも、やるべき事に変わりはない。それを果たす為に、像の方へ向かう。
 その為に一足早く像の方へ向かっていた祠堂とディーナは、像があるという崖の切り合いに辿り着いていた。
「……よくもまー、あんな所に立ててくれたもんだ」
 崖の所に聳える竜の像を見て、祠堂はそう感想を漏らす。思わず、感嘆とも呆れとも言えない息が零れ出た。
 まだ人が居なくなるという時間帯には些か早い。像があるという場所には比較的簡単に辿り着けたが、像の周辺には拝礼の為に集落の住民が来ていた。
 見付かったら面倒な事になるのは間違いない為、祠堂は透明化をした上でディーナと共に気配を消して像の周辺に身を隠す。此処まで来る過程から判断したが、暗くなってしまえば集落の方から像の方を見るのは難しそうだった。
「ん……登るには、問題無さそうだね」
 こくり、と頷きを返しながら、ディーナは今の内に運動靴からクライミングシューズに履き替える。今回竜刻の回収をするにあたって、一週間前から履き慣らしていた。
「今回の仕事は、何も起こらないのが一番なんだがな……」
 如何攻めようか、と思いながら祠堂は自身もどのくらいで登れるのか大体のシミュレーションをしつつ小さくぼやいた。
 集落の方へ話をしに行った面々はまだ来ない。まだ、といっても何時間も待っている訳でもなく、もうそろそろ来てもおかしくはない。
 どんな話し合いをして来るのだろうか。仮に説得する事が叶わずとも竜刻を回収する事に変更は無いが、世界司書から説明された事を思い返す。
「有事の際は天罰が下る、か……仮に暴走中を狙って封印のタグ貼り付けて、恐ろしさを伝えても天罰で片付けるのかもな……くだらねぇ」
 流石に音量は控えたものだったが、思わずそんな呟きが漏れてしまう。集落の人々には聞こえていなかったが直ぐ近くに居た為にその言葉が聞こえていたディーナは、祠堂の方へ振り向いた。
「でも、ね。私たちは彼らの……集落の人たちの信仰も、尊重する責務があると思うの」
 異世界を旅するロストナンバーは、まさに「異邦人」なのだろう。元の世界で強大な力を持っていたとしても旅先ではトラベルギアによって制限がされる事と同じように、その地のバランスを無暗に崩してしまう事は恐らく望まれていない。チケットの効果により、トラベラー達の事は高い確率で忘れてしまうとしても、だ。
 その世界に帰属している者達には、其々の様々な事がある。それを踏み躙って行けるように、此方が必ずしも正義とは言えないのが実情なのだろう。
「体面を気にしてたら、要らん人死を生むだろうからな。……お、来たか」
 近付いて来る気配に祠堂が其方に目を遣ると、ちょうど説得を試みに集落に行っていた三人が来た所だった。
 時刻の方も件の、人が居なくなる時刻になろうとしている。像の方を改めて見てみると、そこに人気は無くなっていた。
「あ……如何だった、の?」
「御免なさい……やってみたけれど、駄目だったわ」
 ディーナが問い掛けると、コレットは申し訳無さそうに眉を下げる。予想はしていたが、失敗して良かったとは決して思えなかった。
「気にするな、とは言わないが……やる事は何にも変わっちゃいない。説得は無理だったが、これから暴走を防ぐ事は出来る」
「……そうね。暴走する前に分かって、良かった――まだ、住民さんたちを助ける事が出来るんだものね。私達が失敗したら、住民さん達は命を落とさなくちゃいけなくなるんだから」
 祠堂がコレットにそう言い、それに頷くと時刻が日付の変わる頃を示す。周囲の様子を探ると、完全に人の気配は無いようだった。
「それじゃ……やろっか」
「一応、見付からないようにこれを。この色なら、目立ち難いと思う」
 予め用意していたロープを出し、皮手袋を嵌めるディーナにソロジアが暗色の布を差し出す。恐らく人は来ないと思うが、念の為にと祠堂も身を透明化した。
「私は下で、周囲の様子を探っています」
「クルミも、誰か来ると思ったら教えてね」
 全員で登るのは、流石に逆に邪魔になるだろう。万が一落下でもした際には、ファレルは分子操作で、コレットはトラベルギアの羽根ペンが生み出す能力で受け止める心算だった。
「あんまり傷付ける事はしたくないけど……」
 言いながら、ディーナは像の肌の割れ目に登る為に必要な道具であるナッツを設置する。最初の幾らかはそのまま登り、ある程度行った所でカムを使うとロープで身を固定しつつ括り付ける。登る事、つまりクライミングをする為であり、ただ手足のみを使って一人だけで登るのではなく他人と共に登る事も配慮したものだった。そのディーナの下に、ソロジアと祠堂が続く。
 像の全長は壱番世界の単位で言うと約20メートル。竜刻は像の胸元に埋め込まれているので、それよりは幾分か下に位置している。それでも高さはそれなりで冷たい風が吹き付けていたものの、これを予想して練習を事前にしていた御蔭か苦労は然程無い。像も元々の形が竜の為か、つるりとしたものでもなく登る造形としてはやりやすかった。
 そうして、竜を模した像の胸元まで手が届く位置まで登り切る。ロープで固定をしているものの片手で像の割れ目を掴みつつ、ディーナはトラベルギアのサバイバルナイフを取り出した。
「……キミの暴走を見逃して、村を滅ぼす訳にはいかないの。……ゴメンね?」
 物言わぬ像に対してまるで生きているものに言うかのように言葉を紡ぎながら、ディーナはナイフの刃先を使って竜刻を抉り出す。取り出された竜刻を一度握り込み、その少し下で同じく登っていた祠堂に向けて落とす。祠堂も上の方の様子は注意深く見ていた為、暗闇の中でも落とされた竜刻を取り逃がす事無く手の中に収めた。
「コイツの為に色々ジタバタとするモンだからなぁ……」
 此処だけではなく、他のヴォロスの地域でも暴走の危険を秘めている竜刻があるという。それによって幾多の面倒事が起こって来るのかと思うと、複雑な思いが祠堂の頭によぎった。
 竜刻が取り出された所には、ぽっかりと穴が開いている。当然、このままにしておけば直ぐに何かあったと分かってしまうだろう。竜刻を取り出し終えたその次は、その代わりになるようにと半輝石を取り出す。そのまま代わりに埋め込むだけでは落ちてしまうだろうと、接着の為に持って来たボンドは取り出しと埋め込みの補助の為に同じく像に登っていたソロジアが、竜刻を取り出した所の穴に液を差した。
「破壊とか、そのような事をしなくて良かったな」
「うん……なるべく、元のように戻したいから」
 ボンドの上に半輝石を嵌め込んだばかりでは、少しばかり不格好にも見えなくはないが時間が経てばわからなくなるだろう。
 信仰は「竜刻」に限ったものではない。この像も、伝わる伝承も、それらも含めての信仰なのだろうと思う故に出来る限りそれを壊す事は避けたかった。
 半輝石を嵌め込み、像によじ登る必要も無くなった為にそこから地上に降りる。急ぐ事も無くゆっくりと落下しないように登るラインを逆に辿る要領で、やがて大地に足を付けた。
「怪我は無いかしら?」
「それは大丈夫」
 少しの怪我くらいは覚悟していたが、特に怪我も無いようでコレットは安堵に胸を撫で下ろす。一方で三人が地上に降りて来たのを確認すると、ファレルは何度目かになる周辺の様子に探りを入れる。登る時も降りて来る時も、そのどちらの時も何者かが通った感覚は無かった。
「伝承では『悪しき狭間』――でしたか。後ろ暗い、の意味では間違っていないかもしれませんね」
 不意に零れた呟きに、意味は灯らず暗闇の中に落ちる。ファレルが周囲に遣った視線を戻すと、回収した竜刻の確認が行われていた。
「恐らくコイツで間違いないだろう。……やれやれって所か」
 少なくとも、最悪の事態だけは避けられた。それを思い、祠堂は大きく息を吐いた。
「これでまた村人達と話をする訳にも行かないから……戻ろう」
 被っていた暗色の布を外し、ソロジアは面々に促す。これで集落の者達と出くわしでもしたら、非常にややこしくなる事は間違い。その点は誰しもが分かっている為、其々は頷きを返した。
 最初、来た時と同じようにして帰りの道を辿って行く。チケットの効果で、集落の人々は来たトラベラー達の事は忘れ去ってしまうだろう。今までと同じように、これからも信仰は続き、崖際にある像はきっと在り続けていく。
 何も言わない竜の像は、危険を取り払ってロストレイルの駅へ向かうトラベラー達の背を、まるで見送っているかのようにいつまでも立ち続けていた。

クリエイターコメント 御待たせ致しました、リプレイを御送りさせて頂きます。OPを見返してみると誤字・脱字、ミス盛り沢山で穴を掘って今すぐ埋まりたい気分です。
 今回は竜を模した像に埋め込まれた竜刻を回収するというものでした。竜刻は暴走する前に回収達成、と相成りました。後味がすっきりとせず、プレイングも全て反映出来たとはいえず申し訳ありません。自分の技量不足に恥じ入るばかりです。
 そして、この度はシナリオに御参加頂き、誠に有難う御座いました。
公開日時2010-02-23(火) 18:00

 

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