「ヴォロスには、これまで探索されてこなかった地域があります」 そうオレンジ色の毛並みを持つ司書が淡々と説明を開始する。「向かってもらう地域の名前はアルヴァク地方と現地の人に呼ばれている地域」 集められたロストナンバー達に比べてもかなり背丈の低い犬族の司書アインは、時折手にもった予言書に視線を落としては、口を開く。「あなた達にはその地方の調査をお願いしたいと思います」 調査、というとどの程度のか。 そう訪ねるロストナンバーに対して、アインは肩をすくめた。「簡単なものでよいのです。今回は地域のの様子や人々の様子の情報収集が目的。地域間を移動するキャラバンに同行してもらい、彼らと交流しつつ、観光をしてもらうだけ、と思うといいでしょう」 それだけ? と問う声にも、一つ頷く。「今回の旅について、予言書は竜刻の暴走等に係る危険性は一切予言しない。ただし、危険については否定しない」 山岳の都市より東南に下る砂漠の都市までの道程。 現地のキャラバンに同行する関係上、その旅程は二週間ほどかかる見込みだという。「そしてそれはそのルートの旅程としては早い方。どうやら、そのキャラバンは急ぐ必要性から危険性の高いルートを通ると見えます」 ぺら、とアインは予言書をめくった。「通常では迂回される砂漠の一部地域があり、今回はどうもこれを通ることに決定しているようです。あなた方には、それにあたって募集される護衛としてキャラバンに参加してもらうことになるでしょう」「つまり、迂回するルートを辿らせるよう説得できる見込みは薄い、ということ?」 問われ、アインは再度頷いた。「彼らはどうしてもその積荷を規定の日までに届けねばならないようです。それに見合う報酬は得ていますが、それ以上に最速キャラバンとしての名声を重視する部分があるようでして」 つまり、迂回ルートを通り期日に遅れてでも安全に届けるという仕事ならば、そのキャラバンには依頼されないということだった。「通過予定のルートには、異形化した蟻の群れ等が出没することで有名なエリアや、少し道を外れると地底深くが抜けているために底なし沼の如く物を飲みこむ場所もあるようです」 それでも、とアインは目尻を笑みの形へ変え、試すようにロストナンバー達を見上げる。「まぁ、あなた達なら大丈夫、ですよね?」◆「まったく、シュラクの新公王の奴、相変わらず、無茶苦茶を言うもんだよ!」 冬。寒い夜だがその一隊が活動を休めることはない。 隊員の各々がそれぞれの役割に勤しむ中、キャラバンの副長を務めるイリアが、隊長であるアゴラに愚痴をこぼしつつ、最終の点検を行っている。「それでアゴラ隊長。護衛は調達できそうなんですかね? あんまりこうよわっちぃのは勘弁してくださいよ。ただでさえ食料をあんまりもっていけないんだから」 最速を達成するためには、ルートに宿る多少の危険性を無視するだけでは足りない。 最低限の荷造りと、その中での最大限の人員。 そのバランスを経験によって差配し、これまで様々な場面で悪辣な日程をこなしてきた副長の台詞に、隊長と呼ばれた壮年の男は苦笑しながら頷いた。「あぁ。どうにか手配がついたらしい。さっき連絡があったよ。明日の朝、出発前に合流さ。どうやらそいつらもアルスラ周辺まで行く予定だったようでな、安く引き受けてもらえたようだ」「なんだい隊長自分で確認してないのかい――まぁいいさね、あくまで保険。基本的に私らの手は逃げるが勝ちの出会わぬが花だからね」 仲介人に任せっきりの隊長の言葉に呆れたように笑った副長であるが、いくつかの指示を部下になげつけた後、一服とばかりに水筒から水を飲む。「補給はこれで完了。さ、明日からはできる限り急いで走り続けなきゃですからね。隊長もしっかり今の内に寝といてくださいよ」 キャラバンの人数8人。護衛として雇える最大人数5人、と今回の旅の報酬から彼女は算出していた。 どんな無茶な日程であろうと、彼らアゴラ隊は他のキャラバンが通らぬ道を通ってでも最速で荷を届けるとの評判だった。その為には無茶も必須であり、必然ルートをあまり選べないというデメリットがある。 今回はそれが裏目にでた形となるのだが、それでも最速を達成することで仕事をとり続ける道をこの二人は選んでいる。「全く。噂に聞く飛行船とやらがつかえりゃ、もっと楽にばーっといけるってのにさ」「そう言うな。そんなものが普及してないからこそ、俺たちみたいな奴らでもお仕事にありつけるってもんだろ」「違いないねぇ」 イリアはそういうと、「あたしも寝るかね」と言って彼女やもう一人の女隊員が基本的に占有している小さな天幕へと向かっていった。 その背中を見て、アゴラも苦笑しながら首をならすと、背後に広がる神竜都市アルケミシュの町並みに視線をやった。「鬼副長の寝てる間にでも、少し街を歩いてくっかな」 ――勿論、飲み歩いたアゴラは翌朝集合時間前に鬼に怒られる羽目になるのだが……それはまだ、彼にとって知る由のないことだった。
「そんじゃあ明日、指定の時間によろしくな」 仲介人はテーブルに座る五人に告げると、雑踏の中へと消えていった。 「結構楽に受注できるのね」 撫子の言葉に、坂上も同感、と頷いた。 「急ぎで走り続けるっていうから、体力的な面とか聞かれるかと思ったけどな」 「あたしたちは結局のところ護衛要員ですもの。走り続けるのは本職に任せろということではないかしら」 テーブルに置かれたお茶を飲み、レナは全員を見渡す。 「それで、どうするの? 世界図書館の要請に応えるのなら、合流までの間に出来る限りこの街も見ておくべきではないかと思うけど」 「ゼロは市場を見たいのです。特産品や名産品を買いながらお話を聞いてまわるのです」 「じゃあぼくも。あんまり見たいってほどのもないしついていくよ」 ゼロとディガーの取り合わせ。残る三人は少し顔を見合わせたが、「それなら」とレナが口を開いた。 「あたしがついていきますわ。なんてことない街ですけれど、見て回れば面白いかもしれないですもの。そちらは?」 「ん~、私は壱番世界じゃ手に入りにくい道具が欲しいの」 撫子の言葉に反応したのは坂上だった。 「それって、刃物とか武器の類ってことか?」 「そそ。藪漕ぎ用の山刀とか欲しいじゃない?」 「よしきた!」 「うわ!?」 何の気無しの撫子のセリフに、坂上が立ち上がった。 「武器の類の事なら任せてくれ! だから一緒に探しに行かないか!」 既に提案ではなく勧誘ですらなかった。坂上もそれに気付いたのだろう。まぁそれはそれとして、と言葉を続ける。 「俺もトレッキングとかはするんだけど、精々1週間だからな~。デューンランもナイアーラトで1日しか経験ないし、今回は結構俺的に未知数でさ。寒暖差なんかは覚悟してきたけど、他はこの街で聞き込んで準備しようかと思ってたんだ」 「い、いいけど。じゃあここを今日の宿にするとして、夕食時には集まる感じで、万が一何かあれば、ノートで連絡ね」 撫子の言葉を合図とし、一行は席を立って街へと繰り出した。 ◆ 「他に面白いものはないのです?」 地面に敷いた布に商品を陳列している男の前で、しゃがみこんだゼロがつんつんと商品を指先でいじりつつ問いかける。 「あんまりいじらないどくれよ――今日はここに並べてある物だけさね」 「ゼロは、この辺りならではのものが欲しいのです」 その言葉に、「あんた外の地域から来た人かい」と露天商は尋ねてきた。 「そうなのです。旅の途中なので、あまりこの辺りの事がわからないのです」 「こりゃ驚きだ。スレイマン辺りならいるらしいが、こんな山岳くんだりまで外の人がくるこたぁ滅多にないからな」 「スレイマン?」 横で同じように商品を見るとはなしに眺めていたディガーが、聞き慣れぬ言葉に首をかしげた。 「海路できたんじゃないのか? スレイマン王国さ。南の国でよ、でっけぇ港を開いて他所の地域と交易してるらしいな」 まぁ、と息を一つおいて男は続ける。 「海賊もいりゃ、沖の方にでは巨大な魔獣がでたりするもんで大々的な行き来はできないらしいが、それでも沙漠を越えて山超えて、ってやるよりはマシだってんで外から来る奴らは大体海路をとるそうだぜ」 「ぼくら空だもんねー」 「なのです」 ぼそ、と囁かれたディガーとゼロの言葉は男には聞こえなかったらしい。 「ま、ここの特産品ってんならこれだ」 そこに並んでいたのは様々な獣や鳥を象って掘られた木の彫り物で、一見何でもないように見える代物だった。 「見た目はただの彫り物だが、『ただの』じゃねぇ。中には竜刻が芯として入れられてるのさ。ま、といっても殆ど実用性はねーけどな。ここらに住んでる竜刻加工職人で、仕事があんまり来なくて食いっぱぐれた奴らがよ、手慰み代わりに質の悪い竜刻を使って作ったお守りさ。一応効果はあるんだぜ?」 ま、気休めだがなとけらけら笑いながら言った商人は、そこでにやりと笑って片目を瞑って見せた。 「裏の山脈から竜刻がよくとれるんで別名竜刻都市と言われてるんだここは。記念だ、買っていきなよ」 「面白そうなのでゼロは買うのですー」 「えっと、じゃあぼくもこれ」 ゼロは飛竜、ディガーは天馬を象った品を購入する。 「ところでおじさんはこの地域を旅して回っているのです?」 「いいや、俺ぁここらで竜刻を加工する奴らの品物を売ってるだけさ。沙漠や森のある方面にはいかねぇな。まぁ時々掘り出し物を売りに行くが、それだって量がないと儲けがでねぇしな」 「連絡を受けて、それを届けたりする販売方法とかもあると思うのです。こちらでは遠いところで連絡をとりあうのは難しいことなのです?」 好奇心を満たそうとするゼロに露天商は「面白ぇことを言う嬢ちゃんだ」と笑う。 「嬢ちゃんらの地域がどうかしらねぇがな。ここらでは手紙はキャラバンに依頼してついでに運んでもらうか、鳥を使うかだ。後は特別に訓練された飛竜に乗ることができる奴に依頼するとかだが、国王やらが出す急使なんかでしか使われねぇな。だから、嬢ちゃんが言うような商売は中々難しいなぁ」 「なるほどなのです」 妙につらつらと語る露天商に対し、ふむふむと頷くゼロとディガー。 そんな二人の後ろで聞くともなしに聞いていたレナだったが、ふと北の方向、市場のある大通りの果ての方に視線をやった後、口を開いた。 「ちょっといいかしら? あちらの方にあるのは何ですの?」 「あっちかい? 一番向こうに見えるのが神殿で、後ろは山だけだぜ」 肩に乗ったイタチを撫でつつ、軽く顎で方角を示したレナに、当然とばかりに男が答える。 「そう。ねぇゼロさんに、ディガーさん。そろそろ宿に戻りませんこと?」 レナの提案に、二人はそのまま頷く。 「色々ありがとうございましたなのです」 「おう、気をつけてな嬢ちゃん」 軽く手を振って三人を見送った露天商の男だが、不意に表情の質が変わっていく。 「ほんと、気を付けてほしいものだよね」 雑踏に紛れた三人の後ろ姿を見送るようにしていた男は、それまでと異なる口調で呟きつつ、薄暗い笑みを浮かべていた。 ◆ 「刃物にも色々あるのねぇ」 市場から少し離れた職人街を歩くことしばし。武器屋に入った二人だったが、内一人は割と尋常でないくらい楽しそうだった。 「うおー、あっちもこんな風に堂々と店先に武器が並ぶご時世だったらなぁ!」 様々な種類の武器道具を並べる店先で目に涎を浮かばせながら言う坂上に、撫子は軽く自分自身を振り返りそうになるも、気をとりなおして目的の物を探す。しかし山刀だけでも数種類のバリエーションが置かれていた。 「悩むなら俺が解説するぜ? いいか、こいつはなぁ――」 「おい兄ちゃん。あんまり元気だと他の客に迷惑だぜ」 「ふぐっ」 意気揚々と陳列された商品の説明をしようとしたところ、店主に絶妙のタイミングで釘をさされ、坂上が思わず呻く。 「っておじさん、客他にいねぇよ!!」 「空気様がいるじゃねぇか」 「なんだそりゃっ」 坂上をからかって笑う主人に、手にしっくりと来た山刀を探し出して「これくださいなー」と言う撫子。 ついでにこの地域の交易路が記されたような地図を売っている店がないかと訪ねたのだが、店主は肩を竦めて応じた。 「頼りになるような地図なんて偉いさん方しか持ってやしねぇさ。まぁ大雑把なものならあるが、かなり適当だぜ? 若い頃は俺も旅してたがな、そこらで売ってる地図なんかに頼ってたら沙漠で簡単に遭難しちまう」 「やっぱりそうかー。まぁそうだよねー。ゴメン、忘れて☆」 軽く手をあげて笑う撫子に、店主も頷いた。 「おうよ。しかしそんな刀買って地図がほしいって、山越えでもする気かい?」 「どっちかっていうと沙漠越え? そこに行くまでの道すがらもあるし、キャラバンと同行するからにはこういうの持っていた方がいいかなって。夜も昼も走り続けるとか言われちゃったし、縦走するならそれなりの準備しなきゃなー、と」 店主に代金を支払いながら、アゴラ隊っていうとこなんだけどねと言うと、不意に店主が笑い出した。 「なるほど、あいつら確かに夜も昼もなく走り続けだからな――ま、若干意味は違うんだが」 「違うってどういうことだ?」 思わせぶりな台詞に、坂上が食いついた。しかし店主は首を竦めて笑うのみ。 「"沙漠の海"を行くならあいつらが最速ってこった。あんまり余計な荷物は持たない方がいいぜ。肝っ玉のふてぇ姐ちゃんに、捨ててこいって怒鳴られちまう」 まるで経験したかのように言う店主だが、「どういうこと?」という様子の二人に対し具体的な説明を重ねようとはしなかった。 ◆ 翌日。合流地点で一行が目にしたのは四台の馬車と、その周りで忙しそうに働く数人の男達。 そして、馬車の横で正座させられている男と、その頭を小突きながら盛大に説教を行っている女性だった。 「おや、あんたらかい? 護衛を引き受けてくれたのは」 とどめとばかりに男の背中を蹴って仕事に追いやった女は一行へ振り向くと、笑いながらそう問いかけてきた。 そのまま、「ふぅん」と五人を上から下まで眺めてくる。 「ま、確かに中々頼りになりそうだね――あたしはイリア。このキャラバンの副長兼出納係さ。さっきまで正座してた奴がアゴラ。一応隊長だよ」 「た、隊長さんを小突いてたんですか?」 ディガーが思わず問いかける。 「はっ、朝まで酒場で飲んだくれてたみたいだからね、ちぃとは痛い目みせなきゃ」 堂々と言い切るイリアに、一行は思わず顔を見合わせる。 「なんというか、すごいな」 「このキャラバンで一番偉いのって、もしかしてイリアさんじゃ……」 男二人が囁きあう中、撫子がおずおずと問いかける。 「あの、向こうに馬車があるんですけれど、ひょっとして馬車で旅するんですか?」 「は?」 唐突な質問に、意味がよく分からないと言う風情でイリアが聞き返す。 「その、仲介人の方が昼も夜も走り続ける予定だって言うから、人の足で縦走するんだと、ばかり――あ、はい、違ったみたいですね!」 途中から事情を察したように笑い出したイリアの様子に、撫子もどうもおかしいと感じたらしい。 「いやすまないねぇ。中途半端な情報しか行ってなかったようだ。まぁ荷馬車を使って昼夜問わずに走り続けるってことでね。ご覧、あれがあたしらの自慢の足さ。ああみえて大分軽いんだが、ちぃと人様のよりはでかいし太いかねぇ」 そういってイリアが指し示した先にあったのは、奇妙な形をした馬車だった。 通常の二輪馬車と異なり、四輪をつけざるをえない胴の長さを持つ。幅も二頭立ての幅がある。馬が繋げられた前方は奇妙な凹凸があるもののほぼ四角に近い形状なのに対し、後方部分は舟の舳先のように若干湾曲している。 「こいつそこいらの荷馬車と違って沙漠では――まぁこれは見た方が早いね。とりあえず、今からいくアルスラって場所の、無駄な最先端技術の塊さ。軽く説明するかい?」 「最先端技術!」 機械文明とはほど遠いはずの馬車に"最先端技術"と言われ、撫子がまず反応する。 「じゃあ俺もお願いしたいな」 「ゼロもなのです」 坂上とゼロが興味を示したが、残り二人は異なっていた。 「とりあえず、あたしは少し向こうの方へ行ってるわ」 レナは今いる場所よりも少し城壁から離れた辺りを示し、そう言う。ディガーに至っては、いつの間にか姿を消しており、少し離れた辺りで野営の後片付けをしているらしき少年に声を掛けているのが見られた。そのまま、煮炊きの始末をするための穴を掘り始めている。 「じゃああんたたちだけだね。行こうか」 三人は案内されるままに馬車群に近づく。内の一台を覗くと布や食料品が積まれていた。意外なものとしては、寝台が設置されている。 「そいつは4人は寝られるよ。水が積んであるのがあっちの馬車。一応少しは分散はさせているけどね。そっちの奴も寝られるように工夫がされて、3人までは寝られるね。他の二台は荷物しか載らないけど」 「あぁ、なるほど。昼夜問わず走り続けるってどういうことかと思ったんだが、要するに夜と昼の二交代制、って事か」 説明を聞いて、坂上が得心したようにそう言うと、イリアが頷いた。 「そういうこと。一応あたしらが手綱はとるけど、場合によってはあんたらにもお願いするかもね」 「あ、私やりたいです!」 「ゼロも可能なことは全部やってみたいのです」 少女二人の希望に、イリアは少し笑って頷いた。 「そうかい、じゃあ取り合えず今日明日は御者席の横で扱い方を覚えて練習しとくれよ――ちなみに他に何ができるんだい?」 「そう、それ。私のこの子!」 かさばるからと背負ったままだったギアを撫子がイリアにしめす。 「いくらでも水が出るんです。同行する間いつでも言ってください」 「――へぇ、こりゃあ驚いた。確かにいくらでもっていうなら便利だし、沙漠に入るまでに様子を見て、使えそうなら頼りにさせてもらうよ」 仕組みについて聞かないのは、竜刻の加工品だとでも思ったのだろう。意味ありげな微笑みを浮かべるイリアに対して撫子は「いつでもどうぞっ」と頷く。 「あ、俺は料理とかなら手伝えるぜ。力仕事も、鍛えてるから平気さ。レナやゼロは厳しいかもしれないが、他はそういった作業の戦力に加えてもらってていいぜ」 片手を挙げてそういう坂上。「ねぇ何で私は除外されてないの?」と横で言う撫子には、「一応、初めて組む相手の事くらい事前に話を聞いておくことにしてるんだ」とにやっと笑って応じていた。 「ちょっとそれどういう意味-?!」 「はいはい喧嘩は後でやっとくれ。まぁ了解したよ。その辺は考慮させてもらうさ」 猛る撫子の肩をぽんぽんと叩いて宥めながら、「さ、そろそろ出発の時刻だ。とりあえずは寝台車の方にのって、馬車に馴れておくれ」とイリアが指示を出す。 ◆ 「また、見られているような――何かしら」 昨日市場を通る時にも感じた、神殿の方角からの見られている感覚に一人考え込むレナ。その背後から近づき、馴れ馴れしく覗き込んできた男が、誘いをかけてくる。 「よう姉ちゃん、そんなとこで暇してんなら、俺とこっそり一杯やらねぇか?」 「お生憎。忙しいの」 「なんだよ無愛想だな。これからしばらくご一緒するんだ、仲を深めておこうぜ、な?」 レナが、す、と目を細めて男を見やる。だが彼女が何か言おうとする前に別の声が割り込んできた。 「女口説く暇があれば仕事しろ。お前の持ち分、まだ終わっていないぞ」 新たな声は、レナの肩を抱いていた男の背中に蹴りを入れながらそう言ってくる。「ちっ――ま、夜にでもよろしくやろうや」という台詞を置き去りに立ち去っていく男を苦笑して見送り、改めて彼はレナへと向き直った。 「すまないね、病気みたいなもんなんだ。私はガルバ、あいつはエリオットという。何か気に障る事を言ったら、私か副長に抗議してくれていい」 わかった、と無言で頷くレナを改めて見た後、ガルバは軽く微笑みを浮かべた。 「見たところかなりの力を秘めた方のようだ。頼りにしているよ――ただそうだな、もう少し、微笑んでくれるとキャラバン隊の一員としては、ありがたいな」 笑みを浮かべつつそう言うガルバに、「キザな人ね」と肩をすくめ、微笑みを浮かべてみせるレナ。 「こちらには夜目が効く人が何人もいるから、見張りなら任せて頂いて構わないわ――そういうことのほうがあたしは得意だしね」 「そりゃあいい。じゃあまた後程に」 そう言って去るガルバの背中を見やり、レナはまた小さく微笑むとぼそりと感想を漏らした。 「あんたこそ、と言うところかしら」 ◆ アゴラ隊の馬車の乗り心地は、かなり快適なものだった。 道が舗装されているとは言い難い土の道であるため車体が跳ねることは当然ある。だが震動はかなり抑えられ、馴れれば仮眠をとるくらいは可能なのかもしれない、と話す程度だった。 「昼に眠ってりゃ、夜にそいつが馬車を走らせる事ができる。昼だけ凄く急ぐよりも、夜も昼も通常速度で走り続ける方が早いからな。その為の投資はしっかりしたってことよ」 まるで自分の手柄を自慢するかのように、御者席の隣に座ったゼロへ話すアゴラ。内部で仮眠をとろうとしている所だったイリアがした「提案したのも実現したのもあたしだけどね」というツッコミに、隣の寝台で横になっていた坂上が思わず噴き出す。 「馬だけはどうにもなりゃしないからね。補給地点を各所につくってあるのさ。協力してくれる農家がいる村なんかで馬を乗り継ぐ形でやりくりするんだが――その整備が一番大変だったねぇ」 「それはかなりお金がかからないか?」 そう言う坂上に軽く顔を向けたイリアがにやりと笑みを浮かべる。 「それだけの報酬をもらってるってことさ」 「それが可能なくらいに大層な荷ばっかりってことか」 ついでとばかりに、「それにしても、どうしてそんな走るキャラバンをはじめようと思ったんだ?」と坂上は問いかける。 「本当は荷物の中身とかも知りたいが、どうせ秘密なんだろ?」 そう言い足した坂上に「ま、そうさねぇ」と軽く頷き、イリアは天井へと視線を向けた。 「色々とあるんだけど、何でもね、一番の所へはいい条件で仕事がくるもんさ。二番じゃ駄目だ、一番じゃないと。それも圧倒的な、ね――おっと、ヨタ話をするのもいいが、そろそろ寝るか、寝る努力くらいはしときなよ。夜には頑張ってもらうことになるからね」 そう言うと、イリア自身も布団代わりの布を被りなおし、目を閉じる。それを見て、坂上も賑やかな御者台の声を聞きながら、せめてもとばかりに目を瞑り寝る努力を開始した。 ◆ 「へー、結構見通しいいのね」 別の馬車の御者台に腰を据えた撫子が、そう声を上げる。 「お主らは外の地域からきたんじゃったか。ここらは林などはあっても、西方のように巨大な森林はないからの。山から吹き下ろす強い風が、中々植物が巨大となることを赦さぬのよ」 そう応じるのは、ウルフと名乗る老齢の男だった。 「お爺ちゃん結構詳しいの?」 「まぁ、この年までアルヴァクのあちらこちらをふらふらとしておるからの、山川草木、いずれもそれなりには詳しくなるわい」 「ふぅん。あ、じゃあじゃあ、どうせならどんな植物が食べられるかとか聞きたいかも☆ その内個人で旅したくなるかもしれないものね☆」 メモ帳を取り出してそういう撫子の様子に、孫娘を見るかのような視線を向けつつ、老爺が高らかに笑う。 「沙漠の一人旅はお勧めせんがな。まぁここらの草原や山岳地帯ならばいいかもしれんのぅ。じゃが山脈に入っていくなら気をつけるほうがよいぞ。竜刻窟だけではなく、トロールやドラグレットの集落に迷い込んじまう可能性があるからな」 そう前置きし、老爺は撫子へ食べられる植物等の特徴や、逆に食べてはいけない物の特徴などを説明していく。 草原の旅は、実にのんびりとした様子を見せていた。 ◆ 草原を旅して数日が過ぎている。当初は探り探りという様相だった一行も、ようやくキャラバンに馴染み始めていた。 「グリンダちゃんの料理おいし~っ。ごめんねー、あんまり手伝いになんなくって」 「いえ、十分助かりました――」 「たまには自分で作ってみるのもよいものなのです」 焚き火を囲み、夕食を取る一行。 その日料理をしたのは撫子とゼロ、そしてイリアの妹だと紹介された少女、グリンダ。 「野郎共、明日からは沙漠だからね、今夜だけはしっかり休んで英気を養うんだよ。月も今日が一番明るい、こっから先の夜は苦労するよ!」 そう言うイリアの言葉に、隊員の男性陣が頷く。 「そういえば結局沙漠では馬車をどうするのか聞いていないような」 撫子が、ふと思い出してそう呟く。堅い地面の草原と違い、沙漠では多少は踏み固められた道であっても馬車は使いにくい。この地域でも大概は駱駝等に荷物を載せて渡るのだという。 「あぁ――ま、明日になりゃわかるさね」 敢えて驚かせようと黙っているらしいイリアがそう答える。 「うー、まぁいいんですけどー」 ぶつぶつと言う撫子の横で、ゼロがグリンダに視線を向けた。 「そうです、ゼロはこの辺りの神話や伝承なものを教えて欲しいと思っていたのでしたのです」 何かないのです? そう問いかけてくるゼロに、グリンダはしばし考える様子を見せた。 「伝承――神竜様や古の英雄に纏わるお話などは色々とありますが」 「それでいいのですー」 喋りながらも食事の手を止めないゼロが、お願いするのです、とグリンダを促す。 「わかりました――これは、まだ神々がこの世で過ごされていた時代の頃のお話です」 ふむふむ、と頷くゼロと、訥々としながらもこの辺りでの伝承を語っていくグリンダ。そうして、沙漠突入前の夜は更けていくのだった。 ◆ 「凄ぉおおおい!」 "舳先"に手をかけた撫子が、楽しそうに声を上げている。 砂の大地を切りながら、大きな帆で沙漠を渡る風を受けて走るのは、正に"船"としか言いようのない代物だった。 そしてそれは、彼らがそれまで乗っていた馬車が変形した姿である。 「どうだい、これがあたしらの早さの秘密、『船馬車アゴラ号』さ!」 竜刻を加工した竜骨やバネを内部に仕込む事で、道から伝わる振動を極力排除することができる馬車。それらは同時にその力を制御する機構を備え、物質的重量を軽くする能力があった。 そして二頭立て馬車四台は、沙漠に入る所で合体され、双胴船としての姿を現す。 双胴の間には余剰部材で組まれた床が作られ、双胴にある壁や屋根――荷馬車の時の荷台部分やらに接続された帆柱のようなものに、帆が設置されている。 これが風を受け、それを内部に仕込まれた機構で増幅した力が外側に設置されたパドル――平時の車輪を組み合わせた物に伝わり、風そのもの以上の推進力を生み出していく。 最も、重量が過ぎれば沙漠に足をとられて沈む事になるしより強い風を必要とするので、積載荷重についてはかなりシビアな判断を要求されることになる代物である。実際撫子のギアの有用性と確実性を確認したイリアは、水樽の中身を7割方捨てるよう指示を出していた。 「これは、確かに色々と無駄な技術の塊で作られているのね」 レナが若干呆れたといわんばかりの口調で頷いた。 「これはそのまま河にも入れる仕組みだ。この沙漠を旅するにはこれ以上の形態はないのさ。難点があるとすれば合体には人手もかかりゃかなりの力もいるって所だけどねぇ」 そこで不意に言葉を切ったイリアが、撫子の方をみた。 「いやはや、今回はあんたらがいて助かったよ。あっちの嬢ちゃんはでっかくなっちまうし、ディガーやあんたもかなり力があるし、ねぇ?」 「そ、それは言わないお約束ってやつで!」 手伝えるから手伝いますけどー、と言いつつゼロやディガーと共に作業の主力となっていた撫子をからかったイリアだったが、いやいや、と首を横に振る。 「最後に馬を預けた村の夫婦も、沙漠手前での換装作業の時のあんたらを見てそりゃびっくりしてたからね。純粋な人間でそれほどに力持ちなのは、中々いやしないさね」 「それはなんていうかあんまり嬉しくない褒め言葉なのよね~」 一々大胸筋しかない胸に突き刺さる台詞に凹む撫子。そんな様子を見て、一行を笑い声が包んでいく。 ◆ 「おかわり、まだあるからいつでも言ってね」 お茶を隊の面々に渡しながら、ディガーはそう告げて次の人へとお茶を淹れに向かう。 今現在は沙漠のまっただ中。昼に寄ったオアシスが、今回の旅程における最後の補給地点だった。 アルスラの方針で、沙漠の主要なオアシスには補給用に駐屯基地が設けられており、専門の隊が固定ルートを巡回して物資を備蓄するのだと、道中で説明を受けていた。 各オアシスにとっては通行するキャラバンに販売することで外貨を稼げ、最終的にそれはアルスラの収入になる。 キャラバンにしてみれば、携帯する食料や水等を少なくする事が出来るという利点があった。 「こんな風に整備されてるって、考えると凄いよね~」 「あっちでもシルクロード辺りでは交易都市が結構あったみたいだしな」 撫子と坂上が、ディガーの淹れた食後のお茶を飲みながら、そんな会話を交わしている。 横ではゼロが、またグリンダへ物語をねだっていた。 「沙漠はやっぱり、星がとっても綺麗なのです。ゼロは星に纏わる話を聞いてみたくなったのです」 「星、ですか?」 「他の地域では、星を人や動物のように見立てて、それに纏わるお話を伝えていたりすることがあるのです」 「こちらではあまりそのようなものは――あ、ただ西の方の地域では、少しだけ」 そうしてグリンダが語り出したのは、西のシュラク公国がある地域に伝わる神話。 本来荒涼としていた大地に神竜が降り立ち世界を創世したというもので、神竜は数多の星々の果てにある一つ星から降り立ち、かつて己が属していた土地の力を引き寄せ、この地に顕現させたという。 その際後にシュラク公国の初代公王となった名も無き青年、バスティアンに世界守護の力を委ね、神竜都市アルケミシュの司祭を墓守とした。 世界の終わりの始まりに再び蘇るという予言を残して神竜は眠りにつく。かくて竜は身体を大地に、魂を天空の星々に溶け込ませ、夏のある一時には神竜を象徴する星が煌々と輝くようになったのだという。 「シュラク公国がこの辺りの盟主なのか?」 坂上の言葉にグリンダは首を振る。 「現実には違います。竜刻の産出地として一定量を他地域に流しながらも、強力な竜刻使いでもある司祭達によって都市を運営するアルケミシュ。先進的な加工技術を独占し他三国とつかず離れずの距離を保って独立を保つ沙漠のオアシス都市郡。海を都下に持ちアルヴァク地域外との交流を通して他地域の文化や技術を背景に力を増加させつつあるスレイマン王国、そしてシュラク公国。この四ヶ国が今現在、絶妙なバランスを保って並立している状況です」 ですから、とグリンダ。 「この伝承にしても、本当に昔から伝わっているのかどうかは怪しいのでご期待に添うような話ではなかったかもしれません」 「いいえー、とても参考になったのです」 「うんうん――それにしても先進技術かー、どんなのかなー」 満足気なゼロと、夢想する撫子。その横で、ディガーがウルフに対し、地形的にこれまで大変だったルートではどのような場所があるのか、と問いかけている。 「そうさな――なんといっても、沙漠は厳しいのぅ。景色があまり変わらんということもあるが、地下水脈が時々移動しよるようでな、大河の支流ができたり、または枯れたりして目印にならんことがある。それに、一度地下水脈が通ったところが枯れた後が酷い」 そういうと、お茶を淹れた器の底をディガーに示してみせた。 「時々、底が抜けたようになってしまう。そこらにある砂を飲み込む穴ができるのじゃ――そういえば、ここからほんの少しあちらの方に向かった場所にもあるはずじゃな」 気をつけねばの、というウルフ。ディガーはといえば、「地下空洞かぁ。調べてみたいなぁ」と呟いている。 「ま、今は無理じゃがそのうち機会を作って行ってみるのもよかろうよ」 「あ、はい、わかってます――ちょっと残念だけど」 付け足された言葉に、ウルフが盛大に笑う。そんな風に会話を交わす一行に対して、イリアが言葉をかけた。 「さ、そろそろ後始末をしな。夜間航行にはいるよ!」 いよいよ、沙漠での最後の夜間航行であり、明日の昼過ぎには到着予定だった。 「お待ちくださいな」 レナが唐突にイリアを制止する。 「どうやら、お邪魔虫のようですわ」 レナの周囲を監視できる魔法が、十数匹の蟻の群れの来襲を告げていた。 「ほんとだ。そろそろ囲まれそうな感じ、ですよね」 同時に地面の微かな震動からその存在を読み取ったディガーが、同意した。 「キャラバンの方々はこちらで。ゼロさん、皆さんをお守りしておいてくださいな」 急速に近づいてくる蟻を数えつつ、レナがそう指示を出す。 「俺らも出るぜ」 坂上と撫子、ディガーが、それぞれ武器やギアを手に立ち上がった。 ◆ 「トンファーは近接最強なんだよっ!」 それを教えてやる、とばかりに坂上の一撃が、人間並に巨大化した蟻の牙を叩く。 「ちっ、思ったより数が多いか――なぁ撫子さん! あんた洗剤持ってたよな、ギアの水と一緒にぶちまけてくれ! うまくいけば奴ら窒息させられるだろ! そんでレナと一緒にこいつら一方向に纏めてくれ。こうも全方向からじゃ流石にきつい」 「う、うん。できるかわかんないけどやってみる!」 坂上はレナの方にも向いて声をかけた。 「レナも頼んだぜ!」 「言われずとも、やってるわ。けれどこんな平地では大魔法は厳しいわ! 一つ所に纏めて、窪みか何かへ押しやれないかしらっ?」 風の魔法を用い蟻の群れを誘導しつつ叫ぶレナ。その言葉に、ディガーがとある方角を指し示す。 「あっちだよ! この砂の流れなら向こうのかなり凹んでいる所まで押しやれば、蟻地獄のようになってるはず!」 「よっしゃ、じゃあ撫子、レナ。そっちの方へ向けてこいつらを集めるところからだ!」 坂上の言葉通り、レナが敵の位置を把握し、その指示の下に一匹、また一匹と自然の作った罠の待つ方角へ集めていく。 はじき飛ばし、時に自らが囮となって、或いは閃光弾などで蟻の群を蟻地獄へと誘い込んでいった。 「そのあたりからは、危ないですよ!」 ディガーの忠告が響いた時、吹き飛ばされた蟻の数匹が、砂の流れにより巨大な窪みの中へと引きずり込まれ始めた。 場に残った蟻の最後の一匹が砂で満ちた底なし沼へ弾き飛ばされたのを確認して、レナが杖を構えた。 残りの三人は何をしようとしているのか悟り、一気にキャラバンの方向へと引いていく。 「アルナード・エルナード・エクシス・エフ・ストナード――深き地の底より呼びし冥界よ。我が敵を其の炎で塵一つ残さず冥界に送りたまえ。『獄炎(インフェルノ)』!!」 刹那、紫色の焔が天を突くかの如く弾け、吹き上がる。 一陣の熱風と光が収まった後、闇を取り戻した底なし沼だった場所には蟻の姿はない。残ったのは、溶けた砂が半ば固まっていく風景だけだった。 「はー、これはまた凄いわね」 「見事に何も残ってねぇなぁ」 撫子と坂上が、半ば関心したように呟く横で、ディガーがショックを受けたような表情で沈んでいた。 「地下への穴、これじゃもう塞がっちゃってるよね」 聞く者もいない微かな独り言を、沙漠を渡る風が優しく押し流していく。 ◆ 蟻の襲撃の後は特段の危険もなく、航行を続けた一行が目にしたのは沙漠の中に突如突き出た巨大な岩であった。 「あたしらは物資の調達でしばらくあの街に滞在するんだけどね、あんたら街についたらどうするんだい?」 イリアが、撫子の背後に立ってそう問いかけてくる。 「んー、あの街で別の仲間と合流することになってるんで、やっぱりこのままそこでお別れになりそうですねー」 実際、急造の停車場が作られるらしいので、そこで合流というのは間違ってはいない。 「そうかい、あんたら頼りになるから実に残念だ。特にあんたがいりゃ水を持ち歩かなくていいからありがたいんだけどねぇ」 「それって、私自身が必要とされてない気が」 にやっと笑って言われた台詞に撫子が口を尖らせて文句を言う。 「冗談さ。また一緒の道を歩く時があれば、その時はよろしく頼むさね」 「はい! こちらこそ」 「いずれまた、だな」 笑いながら坂上や撫子と、互いに差し出した手を握りあうイリア。別の船でもほのぼのとした別れの会話が交わされていた。 「まだまだゼロは聞きたりない事が多いのです。その内また聞きたいのです」 「私も、ゼロさんのしてくださった他の地域のお話、とても好きです。その時はまた、お聞かせください」 少女二人が微笑み合う横で、ディガーがウルフにアルスラを指して尋ねている。 「あの中に、穴が掘られててそこに人がいるんですか?」 「あぁ、わしは入ったことがないが、そうらしいな。今も掘り続けられとる上に、噂では地下にも巨大な空間を作り続けておるという話じゃぞ――ま、どこまで事実かは知らんがの」 ウルフの言葉が、ディガーの琴線にかなりの勢いで触れていく。 「それは、是非中を見てみたかったかも――でももう帰らなきゃ」 しょんぼりするディガーの様子を見て、意味はわからないながらもウルフはまた大きく笑声を上げていた。 「結局二人っきりになれなかったなー。どうよアルスラについたら、ちょっとだけ寄り道してかね?」 「嫌ですと何度も言ったはずだけど」 エリオットに対するレナの口調は大層冷ややかなそれだった。 「ちー、つれねぇなぁ」 「お前も少しは懲りることを覚えろ。ま、こんな奴がいる隊でよければ次に会った時にも宜しく頼むよ」 そう言いつつ差し出されたガルバの手を微笑みとともに握ったレナが、「ええ、こちらこそ」と応じる。 「ひでぇ、俺と態度ちげぇ!」 「当たり前だろ、馬鹿」 そんな二人のやりとりを見て、思わずレナの表情に笑みが浮かぶ。残る二人も笑い出していた。 一行の賑やかな笑い声を載せた風を帆に受け、奇妙な沙漠の航海を終えようとしている船馬車は一路アルスラを目指し、滑るように砂海を進んでいく。 まだこの沙漠に吹く風は穏やかで、優しい――平和の風だった。
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