昔々、海の女神様の一人が人の男に恋をしました。 男もまた、女神様に一目惚れをして二人は死が二人を分かつまでと共に暮らします。 ただ、女神様は死ぬ事ができない身。男が生まれ変わるのを待つと誓い、男は死ぬ間際に必ず生まれ変わると誓います。 生まれ変わるのはいつになるのかもわからず、ただ待つだけの切なさに女神様は涙をぽろぽろと零しました。するとその涙は真珠へと変わり海の底へと転がっていったのです。 七日七晩泣き続け、海の底に敷き詰められた真珠を見て女神様は自身を真珠に変えて愛しい男を待つ事に決めたのでした。 今は昔のお伽噺―――― 「ってゆー伝説がある真珠が盗まれたみたいなのよねー」 パラパラと『導きの書』のページを捲り、世界司書である深山撫子(ミヤマ ナデシコ)が言った。 その真珠は男の末裔によって守られていたのだが、ある日忽然と姿を消してしまったらしい。 最初は男が生まれ変わったので女神様が元の姿に戻られたのかと噂になったけれど、最近見掛けた事のないガラの悪い奴らがデカい真珠が……と話をしているのを聞いた人がいるのだとか。 「それで、女神様の化身である真珠…マリンナ様って呼ばれてるんだけども」「取り返してくればいーんだ?」 撫子の言葉を遮って、にぱりと笑ったのはパーマ頭の青年だった。「正確に言えばそうなんだけど、今回は真珠を無事に取り戻して欲しいってその末裔に当たるお家からジャンクヘヴン海軍に取り次ぎがあってねー?正式にジャンクヘブン海軍からも依頼がきてるのよねー」 にぱりと笑った青年、桐崎 灰(キリザキ カイ) の言葉を継いで撫子が言う。「まずはどこの誰が真珠を奪い、隠し持っているのかを突き止めないといけないと思うわ。あんまり必死に追い過ぎて相手に気が付かれてしまっても怪しまれて逃げられては困るから……そうね、観光客を装ってうまく情報を収集するのがいいんじゃないかしらね?」 まずは事を荒立てず、相手の所在地、人数、武装状況、真珠の保管場所等を調べる事が重要だと撫子が『導きの書』を捲りながら言う。読み取れるキーワードを纏めるとこうだ。「観光、裏路地にある酒場、荒くれ者の海賊、賭博、賭け事による駆け引き、運……情報を手繰り寄せる為にはそれなりの策をと運が必要かもしれないわねー」「そういうのは得意だけど、めんどく……」 気だるげに口を開いた灰が撫子に軽くジト目で見られて口を紡ぐ。灰から目線を外し、にっこりと笑ってチケットをひらりと取り出す。「観光気分で……って言うとあれだけども、よかったら情報収集に向かってもらえないかしら?言うほど簡単じゃないかもしれないけれど、あなた達ならきっと大丈夫だと思うのよー。現地では真珠を守ってた末裔のお家のお嬢さんに案内も頼めるし、灰も一緒に行くからサボらないように見張っててくれると嬉しいわー」 あ、ひどいと灰が漏らしたけれど暇があれば骨董品を見ようと思っていたので直ぐに黙る。 場所はブルーインブルーでも真珠が特に美しいと言われる海上都市、パールディア。 パールディアはジャンクヘヴンと同盟関係にある海上都市で、観光場所としてもそれなりに知られている都市のひとつだ。「それじゃ、気を付けていってらっしゃいねー」 お土産楽しみにしてるわね、と付け加える事も忘れずに撫子がチケットを手渡す。 受け取ったチケットを手に、観光と情報収集に向けてロストナンバー達はターミナルへと向かうのであった。
美しき真珠とも呼ばれる海上都市パールディア。 ジャンクヘブンと同盟を結び、名産の真珠と美しい海もあってか観光地としても機能する比較的治安のいい都市だ。けれど、どんな都市にも綻びはあるものでひとつ裏路地を行けばそこには表にはない物が存在する。 例えば、伝説の真珠だと謳う真珠、とか―――。 キラキラと陽光を受けて反射する青い海、空は高くどこまでも広がっている。 潮風は優しく吹き抜け、まるでこの地に降り立った自分たちを歓迎しているようだと新井 理恵 (アライ リエ)がシャルロッテ・長崎 (シャルロッテ・ナガサキ)の腕に抱きつきながら言う。 はしゃぐ理恵に少しの注意を促しながらも、シャルロッテの頬は笑みを浮かべている。 「そろそろ、案内して下さる末裔の女の子が来てくれるんですよね……?」 コレット・ネロが辺りをきょろきょろと見回しながら、現地での連絡役も兼ねているはずの桐崎 灰(キリザキ カイ)に話掛けた。 「あー、そーだねー。一応、姿絵も預かってるからすぐ見つかるんじゃないかなー」 ひらりと向けられた姿絵をアインスが覗き込み、ふむと頷く。同じように覗き込んだサーヴィランスが何も言わずにすっと一方を指差すと、つられてその場に居たロストナンバー達が目を向ける。その指先の向こうには、姿絵に描かれている少女がそこに居た。 ツインテールにした髪を揺らし、きょろきょろと人を探すようにしていた少女がぱっと顔を輝かせてこちらに向かってくるとぺこりと頭を下げて微笑む。 「あの、世界図書館から派遣されてきた方々……ですよね?」 「あぁ、いかにも。麗しいレディ、君が案内をしてくれると聞いているが」 アインスの言葉に、少女が改めて背筋を伸ばして答える。 「はい、申し送れました。私はリコル・アクアリノーチェと言います。皆さんの案内はお任せして下さい!」 それから少しだけ微笑んで、どこへ案内しましょうか?と付け加えた彼女にロストナンバー達が顔を見合わせた。 それぞれ行ってみたい場所と、どう探すか、どう連絡を取り合うかだけてきぱきと相談する。 理恵とシャルロッテは用意のいい事に水着を持参しており海辺での観光を希望し、コレットは真珠を沢山扱っている市場や商店街のような場所を、アインスはコレットと共に行くと宣言する。サーヴィランスは一歩引いた形で程度の良くない連中がいそうな酒場をとリコルに伝えた。 「お任せ下さい、それなら順番にご案内できると思いますから!」 頼もしいリコルの言葉に皆が頷くと、小柄な少女に続いて歩き出す。道すがら、マリンナ様についての質問にも丁寧に答えてくれる。 リコルの話を要約すると、真珠の大きさは直径10cmの水晶玉くらいのサイズだという事、普通の真珠とは違いその色は七色にも見える事、そしてマリンナ様と呼ばれる真珠の存在はパールディアの人々には余り知られていないのだと言う。 「どうしてなの?有名なお話じゃないの?マリンナ様の真珠って」 「はい、おとぎ話としては知らない人はいないと思います。でも実在するって知ってる人は少ないんです」 理恵の質問に答えながら、リコルが頷く。 「今回のように盗難される事を避けて……か」 サーヴィランスがぽつりと呟くとシャルロッテがなるほど、情報規制という奴ですわねと納得する。 「それもあります、でもやっぱり有名になってしまえば見たがる人も多くなりますし……マリンナ様を見世物みたいにはしたくないですから」 「真珠になった女神様……ロマンチックだけど、なんだか悲しい物語だものね。見世物にはしたくない気持ちもわかるな」 「ただでさえ女性と言うだけで美しいというのに、真珠などに変わってしまったら美し過ぎて見た者の心を奪ってしまうのも当然だろうしな」 コレットとアインスの言葉にリコルが嬉しそうに笑う。 「あ、そろそろ着きますよ!まっすぐ行けば海辺ですし、こっちの旗が並んでる建物の方にいけば真珠が売り買いされてると思います。酒場は少し道が入り組んでますからもう少し先までご案内しますね!」 理恵とシャルロッテが顔を見合わせて微笑み、コレットとアインスは色とりどりの旗がなびくのを確認していざ歩き出す。サーヴィランスはリコルにもう暫く案内を頼む事になりそうだ。灰はと言えば、そっと抜け出そうとしたところを折角だからと理恵に引き止められて海辺へ行く事になった。 パールディアでの1日は始まったばかりだ――――― ◆ 荷物を委託所に預け、浜辺にある簡易更衣室で水着へと着替えを済ます。 これも観光客に成りすます為、とは言うけれどやはり海とくれば泳いでみたくなるのが元気一杯の理恵とクールながらも女子高生の一面を見せるシャルロッテである。 「ブルーインブルーにはあたしもシャルちゃんも初めて来たんだよね~♪」 この世界に来る前にシャルロッテと買い物に出かけ、選んでもらったライムグリーンとイエローホワイトのストライプが鮮やかなビキニを身に付けて理恵がうきうきとした風に浜辺を歩く。ひらりと一回転すれば腰に巻いたパレオがなびいて一層華やかさを増す。 「ねぇねぇシャルちゃん、この水着似合ってる?似合ってる?」 「時間をかけて探してただけあってよく似合ってますわね。理恵ははしゃぎすぎると海の水を飲むから気をつけてくださいな」 ブルーと白のビキニできめたシャルロッテがはしゃぐ理恵に注意をしながら浜辺の屋台に目を向けた。新鮮な海産物、ハマグリの酒蒸しにサザエのつぼ焼きとお目当ては尽きない。 「いいねー、女の子は華やかで!目の保養になるってもんだよねー」 灰がその後ろを途中の店で買った海パン姿で付いて歩く。適当に買おうとしたところ、二人があれがいい、これがいい、と色々選んでくれたのだ。 その時に理恵が撫子へのお土産に水着を買おうと提案し、三人で選んだ真珠の飾りが付いた水着も大事に鞄の中に仕舞われている。 きらきらと輝く美しい海で暫く泳ぐと、お腹も空いて来ると言うもの。三人で浜辺に並ぶ屋台を物色して歩く。 「あ、あっちの海鮮塩焼きそばも美味しそう~イカの串焼きもあるよ~♪」 「全部頂きましょう、カキ氷も忘れてはいけませんわ」 お腹が空いた食べ盛りの女の子が二人、美味しそうな食べ物が目の前にあるとなれば盛り上がらない訳がない。 一人一人前ずつ全部食べるのは難しそうだから、三人で分けての食べ歩きだ。イカにタコ、ホタテに貝柱をふんだんに使った塩焼きそばは素材の味が十分に活かされていて御代わりをしたくなるほど。シャルロッテが食べたがっていた貝の酒蒸しとサザエの壷焼きを食べきって、もう少し泳ごうとしたその時。 「あの船……この辺りでは余り見かけないタイプの船ですわね」 「え、どれどれ~?」 「確かに、この都市に着いてから見た船とは違う感じがするねー」 シャルロッテが指差したその先は幾つかの小島が連なっており、島影に隠れるように確かに船が見えた。漁船にも、クルージング用にも見えない船は島に隠れて見えなくなってしまう。 「あ、見えなくなっちゃった!この辺の人に聞いたらわかるかな~?」 理恵が首を傾げながらシャルロッテの腕に抱きついたまま見上げて問う。確かに、この浜辺で商売をしている人間ならば先程見かけた不審な船を知っているかもしれない。 船が消えた小島のほぼ正面に位置するカキ氷の屋台に向かい、注文をしながら店主に問いかける。 「レモン味ひとつお願いするんだよ~!」 「あとブルーハワイ。それと……さっきあちらの小島の方で船を見掛けたのですけれど、こちらの方ではよく見掛ける船ですの?」 「あ、俺はイチゴねー。なんか黒っぽい船だったけど」 注文を受けた髭を生やした親父が、人の良さそうな笑顔でカキ氷を手渡しながら答える。 「はいよ、レモンにブルーハワイにイチゴだね!船……?あぁ、最近見掛けた事のねェ船がちょろちょろしてるみてェだなァ。あんた達旅行者かい?船に乗りてェならあっちに案内所があるから行くといいぜ!」 カキ氷を受け取り、無難な受け答えと礼を述べてその場を離れる。 シャクシャクとカキ氷をつつき、頭をキーンとさせたりしつつもう一度小島を見る。 「怪しいですわね」 「どう考えても怪しいよね~。あ、シャルちゃん一口ちょうだい!」 シャルロッテにあーんをしてもらいながら、理恵がびしっと小島を指差す。 「今のところ船のアテがないからねー、あそこまでは行けないから調べられないけど……有益な情報じゃないかな」 灰の言葉に理恵とシャルロッテが頷く。 「トラベラーズノートに書いておかなくっちゃだね~、そうと決まれば荷物を預けてるとこまで戻らなくっちゃ!」 眩しい日差しの下、三人は浜辺を後にする。 ◆ 色とりどりの旗が飾られた市場は観光客も多く、客を呼ぶ声もそこかしこから聞こえてくるほどに活気に満ち溢れていた。 お金持ちそうに見せ掛ければ、高い真珠の情報も手に入るかもしれないとコレットは仕立てのいいサマードレス風のワンピースに肌の露出を控えて上品に見せるレースとビーズがあしらわれたカーディガンを羽織っている。 アインスは特に普段と変わらないすっとした服装ではあったけれど王族の生まれは伊達ではなく、その立ち居振る舞いと細工物への目利きたるや堂々とした物で商売人を圧巻するほどだ。 「これと……これもコレット、君に似合いそうだが……だめだな、真珠が君の美しさに負けてしまうようだ」 「ふふ、アインスさんったら……でも、この真珠のブローチは素敵だなって思う……」 アインスの選ぶ真珠細工は高級品ばかりで市場の中でもかなりの高額品、そしてそれを特に迷った風も見せずに包んでもらうコレットの姿は端から見る者からすればお金持ちのお嬢様に見えるだろう。 ありがとうございましたの声を背中に受けながら、次はどこで真珠を見ようかと相談する。 「なるべく色んな人に聞いて大きな真珠とか珍しい真珠を探してるって思わせた方がいいかな……?」 「ふむ、では少し柄の悪そうな人間にも聞いた方がよかろうな。先程からの買い物でこちらを伺っている様な人間もいるようだし」 コレットの案にアインスが頷きながら周囲へ目を走らせた。 確かにアインスの言うとおり気が付かれない様にしているのだろうけれど、二人をちらちらと見ている男がいる。余り柄は良くなさそうなタイプの男だ。 コレットを庇う様にしながらアインスが何食わぬ顔で男の方へと歩き、次はどんな真珠が見たいかとコレットへと話かける。 「そうね、できれば珍しい真珠がいいかな……大きい真珠とか、ちょっと珍しい真珠なんかが見てみたいかな……」 「では、先程市場で聞いた大粒の真珠を扱う店にいってみるとしようか」 市場で聞いたその店はパールディアでも有数の真珠専門店らしく、真珠の流通にも詳しいらしいと男にも聞こえるように喋りながら歩いた。男が二人の後ろをそっとついてくるのを確認しながら店へと入る。 店の中は造りもよく、客層も裕福そうな人が多く店員もどこか物腰が上品だ。 「いらっしゃいませ、どのような物をお探しですか?」 笑顔で声を掛けて来た店員に笑顔を返しながらコレットが答える。 「珍しい真珠を……できれば、マリンナ様みたいな」 「あのおとぎ話のマリンナ様でございますか?当店では生憎扱ってはおりませんけれども、よろしければこちらのネックレスなどは如何でしょう。マリンナ様の涙の様に美しいドロップ型の真珠をあしらってあるんですよ」 見せられた真珠のネックレスは確かに美しく希少なドロップ型の真珠だったけれど、コレットの望む物ではない。アインスと共にいくつかの商品を見た後、店を出る。 「マリンナ様みたいな真珠ってなかなか無いものなのね……」 「伝説によればかなり大きな真珠のようだからな、一般に出回る物ではないのかもしれん」 わざと声を大きくして、そう話していると先程からこちらを伺っていた男が二人へと近寄ってくる。 「へっへ、お嬢さんは珍しい真珠をお探しで?」 さっとアインスが前に出てコレットを男から庇う様に動くと、男は両手を軽く上げて悪い事なんかしやせんよと首を振る。 「あなたは珍しい真珠を知ってるの?私、マリンナ様みたいな真珠が欲しくて探しているのだけど……」 「えぇ、えぇ。もちろんですとも、知ってなければ声なんか掛けたりしませんでさぁ。大きな声じゃ言えねぇんですけどね、そのマリンナ様みてぇな真珠を売りたいって方が居やしてねぇ?ちょいと値は張るかもしれやせんけども……」 「それは本物なのだろうな?謀って偽物を売り付けようと言うなら……」 上からジロリと男を睨め付けながらアインスが凄んで見せると、滅相も無いと男が首を竦めた。 今すぐはお金の用意もあるだろうし、こちらも売り手と話があるので無理だけれども買う算段が付いたら連絡をくれれば近い内に場を設けてもいいと男は言う。 「なかなか、伝説の真珠を買おうなんて人はここらには居ませんでね。お嬢さんみたいな旅行者の方を探してたんでさぁ。もしよければ、お願いしやすよ。他にも声は掛けてますんで値段の高い方に売るとは思いやすが」 「どんな方が……売り手なのかしら?」 「詳しい事は言えませんがね、最近この都に来た男で……名前はサルファって言いやしたかね。マリンナ様の真珠なんて眉唾物だと思ってたんですがね、実際見たら本当に大きな真珠でねぇ。色も普通の真珠と違って七色っていうか、色を変えたりしてもしかしたら、本物かもしれねぇなんて……おっと、あっしはそろそろ失礼しやすよ」 喋りすぎただろうかと辺りを軽く見回すと、連絡先の紙をアインスに渡して男はそそくさと人波に紛れていなくなる。 「本物……かな?色が変わるなんて……」 「確かに本物のマリンナ様の真珠となれば出所も問われるだろうしな。下手に売れはしないだろうが……」 手にした連絡先の書かれた紙をしっかりと鞄に仕舞う。 売り手は男、それも最近この都市に来たらしい事をトラベラーズノートへと書き記すと二人は鮮やかな旗がはためく市場を背にした。 ◆ 人通りの多い道を少し外れ、まだ明るいはずなのにどこか薄暗い影が射しているような路地へとサーヴィランスとリコルが行く。 「観光は良かったんですか?調査に来て下さったとは言え、折角だからパールディアのいい所も見て頂きたかったんですけども……」 リコルがそう問い掛けると、サーヴィランスがその覆面の下でほんの少しだけ笑ったような気がしたのはリコルの気のせいではないだろう。ここへ来るまでの道でも、さり気なく荷車や人波からリコルを守るように歩いていてくれたのは、間違いなく彼の優しさだ。 「観光は他の者に任せてあるからな。それにここまでの道だけでも十分観光になったとも思うが」 確かに遠目にも海は青く煌いて美しかったし軽食の取れそうな屋台もいくつか並んでいた。 それに安物とはいえ真珠細工の露店もここへ来るまでの道で何件も目にしていたけれど、リコルはもっと他にもあるんですと笑って答える。 「もし、また観光で来る時は言ってくださいね。張り切ってご案内させてもらいますから!あ、そこを左に行くと酒場があるんです。店主さんは情報屋もやってるなんて噂も聞いたりしますから……あ、でも本当かはわかんないんですけども」 左に曲がったその先からは真っ昼間ながら喧騒が聞こえている。確かに柄の良くない言葉も混じっているようで目的とする場所にはぴったりのように思えた。 店は所々穴が開いていたであろう場所を板で継ぎ接ぎしてあり、荒事も日常茶飯事のように見える。サーヴィランスはリコルに振り返るとこう言った。 「案内はここまでで大丈夫だ、ここからは一人で行くからな。安全な場所まで一人で戻れるか?」 「う……はい、大丈夫ですけども……」 どこか迷った顔をするリコルが目線を下に落とした。 自分の家の不始末で大事なマリンナ様が盗まれた事、そしてその真珠の行方が誰よりも気になるのは他でもないリコルだ。着いて来たいのも山々だろうとサーヴィランスがその気配から察する。 「大丈夫だ……必ず取り戻す」 『女神』と称される真珠を盗むという行為は即ち女神を守り続け想いを託してきた人々に対する侮辱であり、陵辱に他ならないと考えていたサーヴィランスが深く頷くいてリコルを諭す。 力強いその言葉に、リコルが頷いてぺこりと頭を下げるとサーヴィランスを気にしながらも来た道を引き返していく。 その姿を見送り、酒場のドアを開くと中へと進む。木製のテーブルと椅子が幾つも置かれており、そこでは強面の男達が酒を飲みカードに興じていた。 サーヴィランスが入って来た事に気が付いて目線を向けてきた者達もいたが、すぐに戻すと話の続きやゲームの続きを始める。 カウンターに向かい、空いている席に腰を下ろすと店主が注文はと問い掛けてくる。水、と言うとここは大衆食堂じゃねぇんだよと言いながらも粗末なグラスに入った水を目の前に素っ気無く出してくれた。 それとなく周囲の状況を窺いながら、サーヴィランスが目の前の店主へと声を掛ける。 「すまないが店主、少し聞きたいのだが……」 「人に物を尋ねる時には何かしらあるだろう?」 店主の悪びれないニヤリとした笑みに、サーヴィランスが懐から何枚かのコインを掴んでカウンターに置くと素早くコインを懐へと店主が仕舞う。 「で、何が聞きてぇんだ?」 「私はさる身分の高い方の使いで真珠を求めに来たが、納得してもらえるような品が無くてな。ただの真珠でなく希少な物があれば、金に糸目は付けんのだが……主の求める真珠はそうだな、例えて言うならこの都市の伝説にもあるマリンナ様の真珠のような……」 「は、そりゃ酔狂なご主人様だな……まぁ、ない訳でもねぇが」 やや言葉を誤魔化した店主に、もう何枚かのコインを渡す。受け取った店主が耳を寄せろと手で招く。 「あんまりでかい声じゃ言えねぇが、マリンナ様の真珠を持ってる奴がいるらしい。最近ここらに来た海賊らしいってんだが……」 「繋ぎは取れるのか?」 「生憎そこまではできねぇが、その海賊の手下が来る酒場でよけりゃ教えてもいいぜ」 頷くと店主がさっと紙にペンを走らせて簡単な地図を描いて寄越してくれた。受け取って邪魔したなと声を掛けてサーヴィランスが店を出る。 トラベラーズノートを開くと、丁度仲間が入手した情報が書き連ねられておりサーヴィランスもその酒場の場所を書き付ける。 書き記された情報を纏めると、海賊の隠れている場所、真珠を盗んだのはどうも海賊で船長はサルファという名前らしい、という事までがわかる。 「あとは海賊の規模か……」 呟くと、教えられた酒場に向かって歩き出す。 太陽は少しずつ位置を変えて行き、海へと向かって沈もうとしていた。 ◆ 別行動をしていた六人が集まったのは太陽が海の向こうに姿を隠し、夜の帳が下ろされようとする時間。薄闇の中、街灯が点されてまた違う雰囲気のパールディアが姿を現す。 「私はとりあえず酒場へ向かおうと思っているが……さすがに未成年の女性が入れる場所ではないと思うのだが」 サーヴィランスがやや困ったようにアインスへと視線を向けると、アインスもゆっくりと頷いて同意する。 「麗しいレディ達を酒臭い海賊共と同席させるわけにはいかんな」 そう言うアインスもまだ十九歳なのだが。 確かに、自分達では入り口でお払い箱にされてしまうかもしれないとコレットが美麗な眉を顰めて考え込む。 「じゃあ、コレットさんはあたしたちと一緒に情報収集するのはどうかな~?」 「えぇ、よければどうかしら?元々酒場には入れないと思ってましたから裏路地でもう少し調査をと思ってたのですわ」 理恵とシャルロッテがコレットに笑みを向けて提案する。年齢も近しい彼女達にそう誘われては否もなく、コレットが笑みを返しながら頷いた。 「私が離れるのは不安だが……」 「だーいじょうぶっ!こう見えてもシャルちゃんはすっごく強いんだから安心してね、アインスさん」 「言われるほどではないかもしれませんけれど、お任せ下さって構いませんわ」 コレットのそばを離れる事を心配したアインスに、理恵とシャルロッテが大丈夫と胸を叩く。コレットにも大丈夫ですと言われては引き下がるを得ない。 「危ない真似はなるべく避けるようにな?レディ達に傷が付いてしまったらこの胸が張り裂けてしまう」 「では決まったな。私とアインス、それに灰とで酒場に向かうとしようか」 「え、俺もなのー?」 当然だろうとばかりに視線を向けられ、灰が二人の後ろを歩く。 目的の酒場は目の前、木製の扉を開き三人が中へ消えるのを見届ければ女の子三人組の情報収集の開始だ。 「さて、どっからあたろっか~?」 「探さなくてもあちらから来てくれるようですわよ」 シャルロッテの言葉に彼女の視線の先を見れば、見るからに柄のよろしくない連中がこちらを見ている。 「あちらの方々に聞いてみます……?」 控えめにコレットがそう言うと、理恵が任せてと笑みを向ける。 どんな相手にも誠実さと真心を持って接しようとする理恵がまるで親しい相手に話し掛けるかのように、ゴロツキ連中へと話掛けた。 「こんばんは!少し聞きたい事があるんですけれども、いいですか~?」 「なんだいお嬢ちゃん、帰り道でもわかんねぇってかぁ?」 「へっへ、それよりも俺たちとイイ事でもして遊んでかねぇか?なぁ、お前ら」 下卑た男の笑い声が響くと、シャルロッテが首元に下がるネックレスへと手を掛ける。彼女のネックレスはただの飾りではなく、その姿をレイピアへと変える事のできるトラベルギアだ。 コレットもその気配を俊敏に嗅ぎ取り、邪魔にならぬ様にとシャルロッテの後ろへと控える。 「素直に正直に話してくれる人なら無害ですけど、それ以外でしたら…構いませんわよね、理恵?」 「あ~待って待ってシャルちゃん!大丈夫、お友達になればいいんだよ♪」 理恵の言葉に男たちからどっと笑いが漏れる。 「お友達ねぇ、イイ事してお友達になるってんなら大歓迎だぜ、お嬢ちゃん?」 男の言葉に、にっこりと微笑むと理恵の瞳が怪しく光ったような気がしてゴロツキが目を細める。 「だって、あたしたちとっても仲が良い『お友達』でしょ?」 「う……あぁ……」 男たちの様子がおかしいとコレットがシャルロッテに視線をやると、そっとシャルロッテが教えてくれた。あれは理恵の特殊能力で、人の心を操る事ができるものだと。 「すごいんですね……!」 コレットが感嘆の声を上げている間にも理恵の能力は男たちの思考へと侵入していき、やがて男たちが自分たちを見る頃にはすっかり『昔からの仲のいい友人』と言う事になっていた。 「ね、聞きたい事があるんだけどいいかな~?」 「おうおう、俺達とお前達の仲じゃねぇか!なんでも聞いてくれよ」 ぱちんとウィンクをシャルロッテとコレットに飛ばして理恵がブイサインを出す。今のうちに聞きたい事を聞いてしまわなくてはいけない。 「あの、マリンナ様の真珠の居場所、ご存知ないですか?」 「伝説のかい?そういや最近そんな真珠を手に入れたって奴がうろちょろしてるって聞いたけどよ」 コレットの質問に、にこにこしながら男が答える。三人は顔を見合わせて頷くと、次々と質問を男たちへとぶつけた。真珠を手にしている男の名前、それがどういう人物であるのか。 「あぁ、確かサルファって言ってたなぁ。海賊らしくてな、手下がそこの酒場によく来るんだよ。それでその話も聞いたんだ。何でも大きさが10cmくらいで色が変わったりもする真珠とかで……もし買いたい奴がいりゃ教えて欲しいって話もしてたぜ」 「仲介屋が何人もいるって事かしら?」 昼間自分とアインスに声を掛けてきた男を思い出してシャルロッテの言葉にコレットが頷く。 「謝礼はそれなりにもらえるみてぇだから、いてもおかしくはねぇやな」 「ねぇねぇ、じゃあその海賊さんたちがどれくらい居るかはわかるかな?」 「結構いるんじゃねぇか、なぁ?」 「酒場に来る奴らが大抵十人前後で、顔ぶれが違ってたりするから三十人くらいか?」 男たちが顔を見合わせる様子を見ながら、聞きだせる情報はこのくらいだと見切りを付ける。そのまま礼を言うと、穏便に別れを済ませて少し安全な場所まで歩き、酒場へ入った仲間を待った。 一方、酒場へ向かった三人は既に海賊達との接触を試みていた。あの酒場のマスターの紹介だと言えばわりとすんなり話が通ったのだ。 「つまりテメェらはうちの船長と取引してぇって事だな?」 「簡単に言えばそうだ、今すぐと言う訳にはいかんが。真珠も一度見てみたいしな」 サーヴィランスがそう答えると、男たちは金の用意もあるからなと笑う。 「金はもちろんきっちり用意させてもらおう、そちらの提示する金額はいくらだ?」 アインスが自信たっぷりにそう言ってみせると、男たちが顔を見合わせてにしゃりと唇を歪める。 「金も、もちろんなんだけどよぉ。うちの船長は運がねぇ奴が嫌いでな、ちぃとばかしお前さん方の運を試させてもらおうか」 「運?構わんが何をする気だ?」 目を細めたアインスに見せるように男がカードを手にすると木の机にドンと置く。カードはシンプルなトランプで、新品の物だった。 「イカサマだなんだと言われちゃ困るからな、封も切ってねぇ新品だ。ポーカーくらいは知ってんだろう?そいつで勝ったら船長に繋いでやってもいいぜ」 「負けたら?」 「この話はなかった事になるな。ツイてない奴を船に上げると運気が落ちちまうからな」 男が新品のトランプの箱の封を切り、中身を取り出すと何の変哲もない綺麗なカードが取り出される。白紙のカードとジョーカーを抜いてカードを切る。 「で、あんた達は誰が勝負するんだ?」 カードを切る男の言葉に三人が顔を見合わせる。 灰は俺は見てるからと辞退し、サーヴィランスとアインスがコインを投げて決める事にした。灰が投げ、二人が表か裏かを決める。出たコインは表、掛けたのはアインスでサーヴィランスが仕方ないと一歩身を引く。 「では私が相手をしよう、よろしく頼む」 「いいだろう、カードを配るぜ?」 男がニヤリと笑ってカードを配ろうとした時に、灰が待ったと声を掛ける。 「俺にも切らせてもらってもいーかなー?こう言うのはゲームする二人じゃない人間がやるもんでしょ?」 にへっと笑って男からカードを受け取ると、灰が手馴れた手付きでカードを切って二人へとカードを配る。 「ルールは簡単だ、チェンジは一回だけで後は運頼みって奴だ。わかりやすいだろ?」 「いいだろう、それでは」 「「勝負」」 お互いがテーブルに配られた自分のカードを手に取った。サーヴィランスは男がイカサマをしないか鋭く目を光らせている。男の様子や手元、テーブルの下を見る限りイカサマをする隙はない。 後はお互いの純粋な運のみ――― 「チェンジは?」 灰が二人へと尋ねる。お互いの手の内を探るようにアインスと男が視線を交わし、アインスがふっと笑って言う。 「ノーチェンジだ」 その自信たっぷりの表情に男の顔がひくりと引き攣る。 「随分自信があるんだな、兄ちゃん。俺は二枚チェンジだ」 手札を二枚捨てると山になったカードを上から二枚引き、男がニヤリと笑う。 カードの交換は一回きり、両者が視線を絡ませると灰が合図を出した。 「カードのオープンを」 その声に、男がカードをテーブルへと置く。 「フラッシュだ」 アインスがその言葉にふっと笑うとテーブルへカードをオープンさせる。 「ロイヤルストレートフラッシュだ、私の勝ちだな」 テーブルを囲んでいた海賊たちからどよめきの声が上がり、イカサマかと誰かが呟く。けれど海賊達から見てもアインスはイカサマなどする暇も素振りも見せてはいなかった。 男がやや苦い顔をしながら、負けだと両手を上げる。 「中々運が強いらしいな。いいだろう、船長へ話をしておいてやる。連絡は随時この酒場のマスターを通してやるから、何かありゃ聞きにくればいい」 「ありがたい、こちらも一度国に戻って報告しなければならないからな。その間は他の者が来るかもしれないが……」 「いいだろう、話をつけておく」 男の言葉にサーヴィランスが上手く答えてみせる。これならば自分達が直接こなくても話は進むだろう。 三人は席を立つと酒場の出入り口へと向かう。後ろから誰も付けて来ない事を確認しながら店を後にした。 求める情報に加え、海賊との繋ぎも付けれたのは今後の真珠奪回に大きくアドバンテージを取れたに他ならない。六人は離れた場所で合流するとターミナルへの道を急ぐ。 六人を照らす月は丸く、まるで真珠の様に輝いていた。
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