オープニング

 ターミナルは、聖夜の祝祭に沸いていた。
 広がる『冬の夜空』のもと、人々は集う。そこここで行われる、楽しくにぎやかなゲーム。あるいは、やさしくなごやかに語り合うひととき。イルミネーションにきらめく、クリスマスツリー。予期せぬプレゼントに、ロストナンバーたちはさんざめく。

 しかし――《赤い城》は、薄氷の張った湖のように静まり返っている。
 中庭に灯した無数のキャンドルが、咲き乱れる薔薇を幻想的な光でつつみ、ひとり佇むレディ・カリスを、人ならぬ精霊のごとく浮かび上がらせながら。
「リリイ・ハムレットさまより、お茶会のご用意が整ったと、連絡がありました」
 フットマンがもたらしたのは、1通の招待状と、リリイからの伝言メモだ。
 会場は、カリスの指定を受け、画廊街の外れにある劇場の小ホール。
 招待客は、カリス以外に、7人。
 そして、リリイが考えた趣向は――
『ご参加の7名さまに、シェイクスピア悲劇から1作を選び、思うところをご自由にお話いただくというのはいかがでしょう? 朗読劇にも似た効果が生まれるのではないでしょうか』
「……悪くは、ないけれど。7人も集まってくださるかしらね?」
 カリスの白い指が、メモを挟んでゆらす。口元に、皮肉な笑みが浮かんだ。
「悲劇を語るのは、難しいものよ。既存の物語に自身の悲劇性を重ね、声高に主張すればするほどに、その物語は俗に堕ちて平凡になる。自分語りの陶酔を聞かされるほど、退屈なことはないわ。……それに、シェイクスピアだって、傑作ばかりを書いていたわけではないのよ」

  † † †

 カリスはまだ、知らない。
 お茶会の準備で遅くなった帰り道、リリイが『人狼』に遭遇したことに――

  † † †

 話は少し、遡る。

「お茶会を主催せよ、と。この私が。……レディ・カリスがそうご所望なのね」
 リベルから話を聞いたリリイは、不思議と落ち着いた様子で言ったのだった。
「それも、先日のファッションショーで使ったあの劇場を会場にしたいと」
 リベルは申し訳なさそうであった。
 アリッサが、レディ・カリスのプライベートビーチであるチェンバーを無断で開放したことがもとで、『お茶会への招待』とは名ばかりの詰問の場に呼び出されたのが先日のこと。
 なんとか場を収めるために動いたのがリベルであったが、それがなぜかこんなことになろうとは。
(その劇場の小ホールを使って、リリイが趣向を凝らしてくれるのなら、出向くのも悪くないかもしれないわね)
 世界図書館でも上位に属するとされる謎めいた貴婦人は、アリッサを連れ戻しに赴いたロストナンバーが、「お詫びの意味でレディ・カリスを歓待するお茶会を開きたい」と申し出たのに対してそう言ったのだという。
「あの方らしいわ」
 リリイはくすりと微笑った。
「……レディ・カリスのことをよくご存知なのですか」
「ええ、何度もお仕立てしたことがありますもの。というよりも、私が店を持てたのだって、レディ・カリスのお召し物をお仕立てする光栄にあずかれたからだわ。……引き受けましょう。あとのことは私に任せて」
 リリイはそう言ってくれたものの、リベルは不安であった。
 なんでもブランに聞いたところでは、レディ・カリスはことのほか風雅を好み、ほんの些細なことでも彼女が野暮だと感じるところがあれば、氷のように辛辣になるという。
 その点、リリイの考える演出なら問題なかろうが……なにか胸騒ぎのようなものを、リベルは感じていたのだった。
 その予感は、思いもよらぬ形で現実のものとなる――。

  † † †

「いない? どういうことですか」
「いや、だから……昨夜の事件のことを聞こうと店に行っても誰もいなかったって。リリイさんに連絡がつかないようなんだ」
「そんな」
 リベルは時間を確かめた。
 時の流れぬ0世界だが、壱番世界のグリニッジ標準時にのっとって時刻は定められている。
「……レディ・カリスをお迎えしなくてはならないのに」
「え? レディ……、誰?」
 モリーオはレディ・カリスのことを知らないようだった。
 そして、件のお茶会をめぐる事情についても。
「……私は劇場に行きます。モリーオさんは、できるだけ早くリリイさんを見つけてください」
「それはそのつもりだけど……」
 司書事務室の柱時計が時を打つ。その音が、いつになく大きく響いたような気がして、リベルとモリーオははっとした表情を浮かべた。
 それはまるで――なにかの到来を告げる、不吉な宣告のようでもあった。

「ああ、やはりここだったか。事務室まで追いかけて申し訳ないが、モリーオ、シオンが壱番世界へ行きたいようで、チケットの発行を」
 柱時計が鳴り終わると同時に、遠慮がちに顔を出したのは、バードカフェ『クリスタル・パレス』の店長、ラファエル・フロイトである。
 彼が運営するカフェもまた、客人を招き、聖夜を祝うイベントを控えている。その準備として、多くの店員たちが各世界へ旅立つ必要があったため、手配に来たのだったが……。
 ふたりの常ならぬ様子に、ラファエルは眉をひそめる。
「どうしました、リベルさん。何か、アクシデントでも?」
「実は」
 小さくため息をついてから、手短かに事の次第を、リベルは話す。
「――なるほど」
 ラファエルはある意味、異色のお茶会に慣れている。
 それは常に、楽しく混沌としていて、このような不吉な緊張を伴うものではなかったにせよ。
「お茶会を開催しないわけにはいかない、と、いうことですね。ならば」
 リベルの顔を真正面から見つめ、ラファエルは言う。
「リベルさんが、リリイさんの代行として、会の主催をなさればよろしい。もちろん、開催時間までにリリイさんが見つかれば、予定どおり彼女に主催いただくということで」
「私が……?」
「お話をお聞きした限りでは、レディ・カリスはリベルさんに好感をお持ちのようだ。代行がリベルさんであれば、さほどご不満はなかろうと思われます」

 ――レディ・カリスと、7人の招待客への給仕は、及ばすながら私が引き受けましょう。
 ためらうリベルの背を押して、ラファエルもまた、画廊街の外れへ――

 あの劇場へ、向かう。



!注意!
このシナリオは、リッキー2号WRのシナリオ『【彷徨う咆哮】ターミナルの人狼』と同じ時系列の出来事を扱っています。同一のキャラクターによる両シナリオへの同時参加(抽選エントリー含む)はご遠慮下さい。

(※システムの都合上、抽選エントリーを取り消せませんので、複数エントリーされた場合、抽選後にご当選されていても、参加取消をさせていただくという形をとらせていただきます。ご了承下さい)

<事務局より>
このシナリオは、システム上の障害により、オープニング公開時点の予告よりも、1枠、参加者数の少ない状態で運営することとなりました。大変申し訳ございませんが、ご了承下さい。

品目シナリオ 管理番号1092
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
クリエイターコメントまたも予告なくこんにちは。神無月まりばなです。
全3話のシリーズシナリオ、第2話となります。
1話完結方式ですので、前回未参加のかたも、ご興味とご都合に合わせて、お気軽にどうぞ。

第2話は、リッキー2号WRとのリンクシナリオにてお届けします。
姿を消したリリイさんを開催時間までに発見できれば、お茶会主催はリリイさんとなり、そうでなければリベルさんが代行することになりますが、そのへんは、あちらのチームにまるっとおまかせし、こちらの皆様は、普通にお茶会においでいただければと思います。
※描写場面は、劇場でのお茶会シーンからいきなり始まります。

なお、このシリーズは、「判定あり」「バッドエンドもあり」となっております。
S風味な趣向ですが、皆様、WRが想像した以上に受け入れてくださってるようで、うれしく思います。で、前回よりも難易度を上げてあります(…!)
今回は、キーワードや、わかりやすいクエスト等の提示はありません。
「シェイクスピア悲劇から1作を選び、ご考察ください」というのがそれに該当しますが、「自由度の高いプレイング」というのは、結構書きにくいものだと思います。
カリスが冒頭で辛辣に言っているように、ご自身の過去と対応しつつお話いただく場合は、主観を一方的に吐露するのみになっていないか、ご留意ください。
なぜなら、ロストナンバーの皆さんは、その個別の設定がどうあれ、等しく「悲劇性」を有しているからです。凄惨な過去をお持ちのかただけが、悲劇的な運命を負っているわけではありません。

【神無月のちょこっとプレイングガイド Vol.2】
野暮を嫌うカリスは、「抑制の利いた、客観的な視点と表現」を好みます。
とはいえ、素直に感情を表現することが野暮とは限りませんし、斜に構えた否定的な物言いが粋とも限りません。
「PCさまらしさを生かした」話ぶりであれば、よいのではないでしょうか。
※なお、「シェイクスピア悲劇」からとなってますが、悲劇じゃなくても、シェイクスピア作品であれば可とします。

それでは、よろしければ招待状をお受け取りください。
劇場ロビーにて、リベルさんとラファエルともども、お待ちしております。

参加者
三日月 灰人(cata9804)コンダクター 男 27歳 牧師/廃人
コレット・ネロ(cput4934)コンダクター 女 16歳 学生
オフェリア・ハンスキー(csnp3226)ツーリスト 女 28歳 怪盗
ヴィヴァーシュ・ソレイユ(cndy5127)ツーリスト 男 27歳 精霊術師
ジャン=ジャック・ワームウッド(cbfb3997)ツーリスト 男 30歳 辺境伯
深山 馨(cfhh2316)コンダクター 男 41歳 サックス奏者/ジャズバー店主

ノベル

ACT.0■知られざる<真理> の側面



   All the world's a stage,
   And all the men and women merely players;

   全世界は舞台だ。
   そして、すべての男も女もその役者(プレイヤー)なのだ。
             
                  
          ウィリアム・シェイクスピア『お気に召すまま』より



ACT.1■7色のライムライト

 女王然とした赤いドレスの女が、画廊街を歩いている。
 無表情なふたりのフットマンを、左右に従えて。
 右側のフットマンの上着には『魚』の刺繍が、左のフットマンの上着には『蛙』の刺繍がある。女の希有な優美さと、フットマンらの異様さの対比は、近寄りがたく、声を掛けづらい。画廊街を訪れた人々は、振り向きざまに見送るだけだ。
 やがて女は、画廊街の外れにある、劇場の前で足を止める。
「ご苦労。おまえたちは下がってよろしいわ」
「「御意」」
 フットマンたちは一礼後、《赤い城》に帰任し、女はロビーへと入っていく。

「ようこそ、レディ・カリス。お待ちしておりました」
 劇場ロビーに待機していたリベルは、堅い表情で頭を下げる。
「……珍しいこと。ごきげんよう、リベル・セヴァン。あなたが出迎えてくれるなんて、これもリリイの趣向なのかしら?」
 レディ・カリスはにこやかに頬に手を当てるが、しかしすぐに、その場を覆うアクシデントの雰囲気は感じ取ったようだ。
「それで、リリイはどこにいるの? 開催のお礼を言いたいわ」
「申し訳ございません。少々、事情がございまして。私が代行をつとめさせていただくことに」
「……そうなの? わたしは、リリイの主催だからこそ、ここまで出向いたのだけれど……。何か準備の手落ちがあったの?」
「そういうわけでは、ありませんが」
「さしさわりがあるようなら、残念だけれども、帰らせていただくわ。あなたもご自分のお仕事があるのでしょうし」
 カリスは今にも帰りたそうに小首をかしげ、唇を噛むリベルを面白そうに見やる。
「それは、どうか……。他のお客様は、すでに席にお着きですので」
「ふふ、あまりいじめるのもかわいそうね。……いいわ、代行があなたなら、良しとしましょう」
「ありがとうございます」
 リベルがほっと息をついたのを合図代わりに、
「舞台上に設けたお茶会へ、ようこそお越し下さいました。レディ・カリス」
「招待客7名が語る考察を、心ゆくまでご堪能ください」
 新たなふたりのフットマンが現れ、芝居がかった大仰な礼をした。
 それは、『鳥』の意匠の刺繍がなされた上着を身につけた、シオンとジークフリートであった。ラファエルの招集による、援軍である。
「……彼らは?」
 カリスは目線で、リベルに説明をうながす。
「『クリスタル・パレス』というカフェの、ギャルソンたちです。茶菓の用意のため、本日は舞台袖に待機いたします」
「……クリスタル・パレス? 店名に水晶宮の名を冠するなんて、大きく出たこと。提供するものによほど自信がおありなのね。楽しみだわ」
(うわ〜。カリス姉さん、すげぇ美人だけど怖ぇぇ〜〜!)
(しーっ。姉さん言うな! ……しかし、この迫力はちょっと、太刀打ちできないなぁ)
(ふたりとも、そろそろ準備にかかりなさい)
 カリスに気圧されているシオンとジークフリートをロビーから退出させ、ラファエルは深々と一礼する。
「おそれいります。命名したのは私ではありませんが、尊大に感じられましたらお許しのほどを」
「そう、あなたがそのお店の経営者なのね」
「申し遅れました。本日の給仕をつとめます、ラファエル・フロイトと申します。お目にかかれてうれしく思います、レディ」
「はじめまして。そういえば、今日お集りになった顔ぶれを、まだ伺ってなかったわ」
「三日月灰人さま、コレット・ネロさま、オフェリア・ハンスキーさま、ヴィヴァーシュ・ソレイユさま、ジャン=ジャック・ワームウッドさま、深山馨さまとなっております」
「三日月さん、コレットさん、オフェリアさん、ヴィヴァーシュさん、ジャン=ジャックさん、深山さん――6名ね」
 数え上げ、カリスは怪訝そうにリベルを振り返った。
「わたし以外に7人と、聞いているわ。ひとり足りないようだけれど、ご都合が悪くなったのかしら」
「いいえ、全員、お揃いです」
 リベルは顔を強ばらせる。
「カリスさまを含め、招待状は7通発送したと、リリイさんは仰っていました」
「それを踏まえて、お席とお茶のご用意は、8名さまぶんで進めさせていただいております」
「……人数が合わないのも趣向ということなら、あとで種明かしはしてくださるのでしょうね?」
 カリスの声が冷ややかに落ち、リベルとラファエルは、思わず竦み上がる。
 実は、その矛盾については、リベルは聞いていない。
 謎解きができるのは、リリイだけだ。
 しかし、肝心のリリイは今――
「ああ、足元が暗いこと。フットマンを帰すのではなかったわ。これでは一歩も動けない」
 ふたりの動揺を見透かしたかのように、カリスは、ロビーから小ホールへ向かう通路の暗さを嘆く。
「これは失礼しました。会場へは、通路もさることながら、真っ暗な観客席を通り抜けなければなりません。ご案内いたしますので、お手を」
「そうね、よろしく」
 ラファエルが差し出した右手に、カリスは、さも当然のように左手を預けた。
 
  † † †

 観客が誰ひとりいるわけでもない、劇場。
 経緯と意図からして尋常ではないお茶会の席は、舞台の上に設えられていた。
 並べられたテーブルと椅子は、奥に4席、手前に4席の、8人分。
 赤。橙。黄。緑。青。藍。紫。
 虹の7色を放つよう調整されたライムライト(石灰灯)が、白いテーブルクロスに置かれた銀のティーセットと、席に着いた招待客ひとりひとりにスポットを当て、浮かび上がらせる。
「お久しぶりです、カリスさま。またお会いできて光栄です」
 コレットは、やわらかな黄色の光の席にいた。彼女は、先日の《赤い城》での一幕に立ち会っている。
「いらしてくださったのね、コレットさん。うれしいわ」
 カリスは微笑む。あのとき薔薇園の空を染めた、目にも彩な花火を思い出したように。
「初めまして、カリスさま。今日の邂逅が、よき礎となりますように」
 その双眸と同じ、印象的な赤の光を受けたオフェリアが立ち上がり、礼をおくる。
「こんにちは、オフェリアさん。楽しいお茶会になるとよろしいわね、お互いに」
「……お美しいですね。ああ神よ、この美しさも、あるいは悲劇の源なのでしょうか……。いえ、これは失礼」
 藍色の光が、灰人を包んでいる。眼鏡を押し上げ、彼はカリスから目を逸らした。
 そして、灰人のとなりのジャン=ジャックは、
「主観的な話を、聞きにきた。それ以外は、どうでもいい」
 青い照明のもと、うっそりと、そう言った。
 ジャンの肩で、オウムのビアンカが、ギャハハ! と、狂気めいた笑い声を上げる。
「――どうも」
 ヴィヴァーシュが発した言葉はそれだけだった。緑のライトを浴びた銀の髪は、眼帯で覆われていない左目同様のまぶしいグリーンに染まっている。
 馨は、紫の光に照らされるにまかせ、無言のまま、黙礼のみをした。

 カリスはそれぞれに礼を返し、案内された自分の席に着く。
 カリスの席にだけは、照明はあてられていない。
 その代わりに、7色の宝石を模した美しいキャンドルが、ティーライト用として真鍮の燭台に灯されている。

「本日はお越しいただき、ありがとうございます。皆様、あまり緊張なさらず、ご歓談ください」
 そういうリベルこそが一番緊張していたが、それでも、ラファエルが紅茶をサーブしはじめると、場が少しなごんだ。
 今日のテーマであるところのシェイクスピア悲劇の考察を、誰がどう論じるか、雑談がてらに順番決めが行われていく。
  
  † † †
 
 そっと舞台袖に戻り、リベルは、ロビーをうかがう。
 リリイの行方を探している3人のロストナンバーから、今にも朗報がもたらされはしないかと――願いながら。

ACT.2-a■コレット・ネロの考察『ロミオとジュリエット』

「あの……。カリスさま。私が最初で、いいんでしょうか?」
 周りを見回し、おずおずと口火を切ったのは、カリスの指名を受けたコレットだった。
 注がれた紅茶に、まだ手をつけてもいない。
「ええ。まずはあなたの考察をうかがいたいわ」
「じゃあ、ロミオとジュリエットを。他のシェイクスピアのお話は、よく知らなくて……」
「敵対しているふたつのグループと、運命に翻弄されて引き裂かれる恋人たち。時代を超えた普遍性のあるドラマね」
「はい。皆さんもご存知だと思うんですけど、モンタギュー家のロミオが、憎しみ合っているキャピュレット家のジュリエットと恋に落ちますが、ロミオは抗争に巻き込まれ、キャピュレット夫人の甥を殺してしまいます。ロミオは追放されることになるんですが……」

 ジュリエットは、信頼しているロレンスに助けを求める。
 ロレンスは仮死の薬を使った計略を計るが、失敗してふたりは死亡する。
 ことの次第を知った両家は嘆き――和解する。

「……私、この話を読むたびに思うの。本当に、ロレンスはふたりを助けようとしてたのかな、って」
「あら」
「ロレンスは、ずっと両家を和解させようとして失敗していました。ふたりを結婚させれば両家も和解するだろうとも言っていました」
「そうね、そのために秘密の結婚までさせたのだから」
「考えてみたら、ジュリエットに仮死の薬を渡すのだって、ロミオへの連絡手段だって、もっと他にいい方法があったはずなの。私は、ロレンスが、両家を和解させるためにふたりを利用したんじゃないかなって思った」
「大胆ね。ロレンスはふたりが死に至ることを想定していたと思うのね?」
「だから、私……、このお話は、よく言われている『運命』の悲劇じゃなくて『人為的な』悲劇なんだって思います」
 一息にそう言ってから、コレットはようやく、紅茶を口にしたのだった。

ACT.2-b■ヴィヴァーシュ・ソレイユの考察『タイタス・アンドロニカス』

 ――タイタス・アンドロニカス。
 シェイクスピア全作品中、最も残虐で暴力にあふれた、異質な戯曲である。
 それを選んだヴィヴァーシュに、なぜ、と、カリスは問うた。
 淡々と、ヴィヴァーシュは答える。
「壱番世界の物語をさほど読み進めているわけではないので、シェイクスピアの作品を全て把握はしていません。ですので、登場人物も比較的少なく、人の感情が暴力的に変化していく様子をうかがい知るのには、この作品が良いと考えました」
 そこは気負いも、感情の起伏もない。
 精霊術師は、穏当な昔話でもするかのように、残酷な物語を話すのだった。

 タイタスはローマ帝国の武将である。
 長期間にわたって諍いが続いていたゴート族との決着をつけた、英雄だった。
 しかし、ゴート族の女王タモーラにとっては侵略者であり、息子を殺した殺人者でしかない。
 戦いにおいてタイタスは、タモーラの息子たちのうち、1人を生け贄として殺した。
 戦端を開いた以上、犠牲は覚悟の上。
 だが、災いが自身に及ぶことを予想してはいなかったのか――

 タイタスの娘ラヴィニアは、タモーラの息子たちに、夫を殺され、強姦され、さらに口封じのため、舌と両手を切り取られるのだ。

「生まれ落ちた憎悪は、生きているのも苦しいであろう惨状を作り出し、泥沼の報復を繰り返していきます。
ローマとゴートは和平の道を探って未来を紡ごうとしているのに、タイタスとタモーラが大切なものを奪い合っているさまは、国家間戦争の縮図のようです」
「……戦争の縮図。カンダーダ軍の行いが、遺恨を残しているのと同じね」
「ただ、タモーラが女王としての役割を保持し、母親の側面を出さず、戦争を互いを傷つけるものでしかないと理解していれば犠牲は少なく、悲劇は起こらなかったのでは、と」
「息子が生け贄になったとしても、つらくとも甘受するべきだった?」
「少なくとも、復讐は控えるべきでした。支配者なら、民が犠牲にならなかった分、良かったと思わなければならないと思うのですが……。それについては、考え方の違いになりますので、これ以上はなんとも」
「……そうね。でも、復讐の連鎖を裁ち切れといわれても、難しいわ」
「何にしても、予測しづらいのが人の感情というものですから」

ACT.2-c■三日月灰人の考察『ベニスの商人』

「では、私は――悲劇ではありませんが、ベニスの商人を」
 ストーリーは有名ですので、割愛します、と、前置きし、灰人は考察に入る。
「シャイロックとは同情に値せぬ極悪人でしょうか? ……ずっとそこが疑問でした」

 劇中の第3幕第1場。シャイロックは法廷で主張する。

 ユダヤ人は目も手も足も臓腑も五体もなし、人でなしとでも言うのか。
 憎けりゃ殺す、それが人間だ。
 ならば人でなしは心なしか?

「否。信仰や出自が前提の悪人は存在しません。無理解が育てる怪物はあるとしてもです」
「執筆当時、これはただの喜劇とみなされていたようだけど、今は、民族差別問題と関連させる見方も増えていると聞くわね」
「シャイロックが悪ならば、天敵を恃んだアントーニオはどうでしょう。証書に捺印した時点で、覚悟を呑んだ筈ではありませんか。如何に理不尽な契約でも合意で成した証書を反故にするのは不実、アントーニオこそ借金を踏み倒す不届き者。全き正論です」

 ――きれいはきたない、きたないはきれい。闇と汚れの中を飛ぼう。
 これはマクベスからの引用だが、見方次第で悲劇は喜劇に寝返る。
 逆もまた、然り。

「誰も幸せにしない真実に価値はない。しかし、それで一人でも理不尽に虐げられ苦しむ者が救われるなら、砂金をさらう価値はあります」
 熱のこもった考察に、カリスは笑みを浮かべる。
「誠実な牧師さんらしい、お考えね」
「シェイクスピアには『ハムレット』『マクベス』など、主役の名を冠している作品が多い。そして、表題のベニスの商人とは……」
「強欲なシャイロックではなく、商人アントーニオを指しているようだけれど?」
「しかしアントーニオだけが『主役』ではない。ならばこのタイトルは、物語を明暗両面から支える鍵となる人物をさす、二重の隠喩を孕むのやもしれません」
 
 物語の最後に、シャイロックは全てを失った。
 財産を全部没収されることは免れたにしても、改宗をさせられたのだ。

「私は、人の善なるを信じる牧師であり、本来ならば彼の改宗を喜ぶべきなのでしょう。それでも、彼に尊厳の一片なりとも取り戻させたいと、願ってやみません」
「信仰にもとづいた意見を語る資格のないわたしには、とても新鮮な考察に思えるわ。作者によるシャイロックの人物造型が傑出しているため、他の登場人物とのバランスを欠いているように感じていたの」
「――ここで、少し、余興をしましょう」
 カリスの前に、灰人は、金・銀・鉛の小箱を並べた。
 作中のエピソードの、再現である。
「ひとつ、選んでください」

 鉛の箱を、カリスは開く。
 すなわち、それが正解。
 中に入っていたのは、1輪の紅薔薇と、1枚のメッセージカード。
 
 ――お考え同様、ご行動でも崇高でいらしてください。

 シェイクスピア作品ではあるが、あまり上演されることのない物語からの引用に、カリスは喉の奥で笑う。

ACT.2-d■オフェリア・ハンスキーの考察『アテネのタイモン』

「わたくしは、アテネのタイモンを選びたいと思いますの」
 ゆったりとした笑顔を浮かべ、オフェリアは、一同の顔を見つめる。
「奇妙な構造の難解な作品をわざわざ選択なさったのは、何か意図がおありなのかしら?」
「いいえ。思うところを語りたいだけですわ」
 その視線を捉えたカリスを、やわらかくいなしながら。

「貴族のタイモンは寄ってくる人間が財産目当てだと気づかず、財や物資を与え続け、気づいた時には大きな負債を抱えることになってしまいますの。助けを求めても誰も手を貸してくれず、彼は絶望し、人間不振に陥ります」
 
 タイモンは、アテネを去った。
 城壁の外の洞窟にひとりで住み、裏切った友人たちを、アテネという街を、そして全人類をも呪う。

「執事サーヴィリアスの変わらぬ忠誠も、彼を絶望から救うことはできませんでした。唯一差し伸べられた手を振り払い、人間を呪ったまま死んでいきます――皆様、この悲劇をどうお考えに?」
 ひとりひとりの顔を見る。
 それぞれの想いが浮かんではいるようだが、しかし、いらえはない。
「タイモンに同情なさいますか? それとも、偽りの友人たちにお説教なさりたい?」
「あなたのお考えを聞きたいわね、オフェリア」
 カリスに一礼し、
「……私は、彼が羨ましいんですの」 
 オフェリアは目を細める。まるで、悲劇の貴族が、舞台にいるかのように。
「だって彼は、凄く凄く人を疑う事を知らない純真無垢な人間ですもの。だからこそ、裏切られた時は、すさまじい絶望感不信感だったのだわ。世間知らずと言われれば否定は出来ませんけど。でも、わたくしは彼が子供の様に純粋だったと信じましょう」
「この物語のテーマは、何だとお思いかしら?」
「【絆】だと思っておりますの」
 きっぱりと、オフェリアは答える。
 人間が生きていくうえで、絆は欠かせないもの。
 絆が感じられなかったことが、タイモンにとって、より人間を憎んだ原因であろう、と。
「財や物資で絆は生まれませんことよ? 長い長い時の中、心と心の繋がりこそが絆を紡いていく。それに彼が気づいていれば、悲劇は生まれなかったでしょうに」
 ふふっ、と、何かに至ったように、オフェリアは笑った。
「わたくしには弟がいますの。切りたくても切れない絆、時に安らぎ、時に逃げたくなりますけれど……」
「きょうだい……。それはあなたにとって、大切な絆なのね」

 たしかに、姉妹の縁は、切りたくても切れないわ。
 それこそ、呪いにも似て。
 低く発したその声を、オフェリアだけが聞き取った。

「カリスさま……。今日、この場で出会えたことで、わたくしたちも、じっくり絆を築ける関係になれることを願っておりますわ」

ACT.2-e■ジャン=ジャック・ワームウッドの考察『リア王』

「面白い。それぞれの解釈が、……実に、実に、面白い。このお茶会に参加した甲斐があったというものだ」
 主観で語られる物語を何よりも欲しているジャンにとって、招待客たちの考察は満足できるものだった。
 白いテーブルクロスに乗り、オウムのビアンカが騒ぐ。
「オレッチも面白いっス! カビの生えたビスケットがあれば最高なんだけどな、給仕のフクロウさん? ギャハハ!」
「ご希望に添えず、申し訳ございません」
 ビアンカに、ラファエルは頭を下げる。
 それぞれの席には、華やかに盛りつけられた3段のティースタンドが置かれている。
 1段目には、フィンガーサンドイッチと4種類のキッシュ。2段目には、オリジナルのクロテッドクリームとオーガニックジャムを添えた自家製スコーン。3段目には、タルトや焼き菓子、チョコレートを使用したスイーツなど数種類のセレクション。
 ……残念ながら、そこにビアンカの好物があるはずもない。
「よろしいのよ、ラファエルさん。黴が生えたビスケットを出されようものなら、わたしはとうに席を立っています」
 カリスがレースのハンカチで口元を押さえ、ビアンカを睨んだ。
「黴が生えていないスコーンのお味は、如何でしょう?」
「まあまあね。これを焼いたのはどなた?」
「シオンというギャルソンです。クロテッドクリームとジャムも、彼が」
「及第点をあげると、伝えてくださる?」
「ありがとうございます」
 ハンカチをテーブルに置き、カリスはジャンに向き直る。
「そろそろ、あなたの悲劇を、聞かせてくださいな?」

「さて――リア王」
 表情を変えず、ジャンは語り始める。
「愛情には愛情が報いることを疑わなかった、人は好いが傲慢な老人、愚かな王の物語であることは否定のしようがない。悲劇というなら、価値観の差異を受け入れることを拒んだ老いこそがそうだ」

 後に、過ちに気づき真実を得るが、それは虚飾を失い尽くし、狂気を呼び込んだ末のこと。
 姉たちに膝を折らず、嵐にこそ立ち向かい言葉によって支配する、その情景まさに王の姿だが……、
 対比と深化の心象の手が舞台上に創りあげる、お化けの王だ。

 理解のできないものは化物だ。
 道化が狂ったトムを見て、そう叫んだように。
 何故、荒野を彷徨うことになったのか? 
 理性を手放しかけたお化けの王など怖れられて当然だろう!

「素敵ね。シェイクスピアの魅力は、その台詞回し。舞台を見ているようだわ」
 カリスは、観客の目で、ジャンの語りを堪能する。
「気狂いにはなりたくないもんだ!」
 ビアンカの合いの手さえも、劇のワンシーンのようだった。

「リア王は、聖女と英雄の化物退治の様相も持つ。英雄は、言葉で世界に断崖を描き、階層世界を越えたことで悪魔を切り放し、聖女は生贄になった。……さて」
 夜会服の男は立ち上がり、シルクハットを取って礼をする。
「ご婦人方に紳士諸君、喜ぼうか。時を失った我々は、少なくとも老いによっては真実を得られず、永遠にリアには追いつけない」

 ――ただ枠の外で消えるだけだ。
 すなわちそれが、ジャンが語る悲劇。

ACT.2-f■深山馨の考察『ハムレット』

「合唱隊を代表して、仮面を付けた役者にもの申す。あなたの台詞は間違っている」
 馨は、前置きなしで演技を始めた。
 穏やかで理知的な表情が、徐々に、陶酔にも似た狂気をまとい始める。
「なぜ台詞をきちんと守らない。そこはこう続くのだ」
 
 豪傑ピュロス 今や木馬に身を潜め
 燃え盛る血潮 くろがねの刃に隠す
 長きいくさの終焉を 万感の胸にいだき
 幾万の同胞の血を 見おろす明松火にうつし
 もとめるはイリアス 百万の血

「誰かこの後を継いでくれ。でなければ客席からは野次が飛び、次の公演もままならない」
「……ハムレットの一節ね。音楽的な声。熱演だこと」
 会場は無音であるのに、彼が吹くサックスの音色を、その場にいたものは聴いた。

「おお、神よ。この剣の折れる時こそイーリオスの最後。老いたる私にアキレウスの息子と戦うだけの力を与えたまえ」
 それは、デンマーク王子の前で旅役者が悲劇を演じる場面、そのままであった。
 カリスは小さく拍手をし、馨は静かに素に戻る。

「あなたのようなかたが、どうしてわざと、陶酔的な演技をなさったのかしら?」
「これこそがハムレットなのですよ」
「詳しくお聞きしたいわ」
「ハムレット王子を『復讐するだけの勇気を持たぬメランコリックな文学青年』だと称する者も居ます。しかし、私にとっての彼は、狂気を演じ、悲劇を演じ、虎視耽々と復讐の時を待ち続ける聡明な男なのです」
「彼は、演技者であると?」
「劇を見るかのように、彼の生涯を見つめ続ける神の目があることを理解し、復讐に怯え憎悪に燃える王子を演じているのです。……或いは」
「あるいは?」
「彼自身、己の演じる悲劇に酔っているのやもしれません」
 だからこそ、その狂気には一貫性がなく、唐突に見えるのだと、馨は言う。
「役者が演じた悲劇を見て、己の不甲斐なさを嘲る様も芝居の如きではありませんか」
 それは真実芝居なのですが、と、苦笑を添えながら。

「では何故、幾多の作品の中から、ハムレットを選んだの?」
「私はホレイショー。心よりの友を喪い、その記憶を留めるためだけに在る男」

 ――唯一、悲劇の外側に居る男なのです。

 謎めいた言葉を残し、馨は考察を終えた。

ACT.3■7人目

「ところで、その席にはどなたも居ないようだ。これで参加者全員の考察は終了でしょうか?」
 橙色のライムライトを浴びながらも、あるじのいない席。
 銀のティーセットと、3段のティースタンドが、他の席同様に置かれていながら、未だに空席のままの椅子を、馨は改めて指摘する。
「ならば、最後のひとりとして、レディ・カリスご自身の考察をお聴かせ願いたい。貴方の悲劇を聴きたいわけではないが、シェイクスピアの書いたものが『傑作ばかりではない』と仰る貴方の、最も認め難い作品について興味がある」
「――それは、困ったわね」
 さして困ってもいない表情で、カリスは頬に手をあてる。
「『認め難い作品』というのが、あるわけではないの。ただ、初期のシェイクスピア作品には明らかに習作段階と思える稚拙さが散見される、というだけのことなのよ。そして、シェイクスピアという作家は、その作品のほとんどに『下敷き』となるものがあった。たとえばロミオとジュリエットはギリシャ神話の『ピュラモスとティスベ』。アテネのタイモンはルキアノスの対話篇『人間嫌いタイモン』。リア王のモデルはブリタニアの伝説の王レイア。ハムレットは北欧伝説から」
「オリジナリティがないと?」
「それが悪いとは言わないわ。そして、シェイクスピアの魅力は戯曲を読んでいるだけではわからない。台詞に乗せて音で発してみなければ。今日の趣向のようにね」
 それに、と、カリスはいったん言葉を切る。
「なぜわたしが、主観的なものいいを嫌うのか、深山さんにはわかっていただけそうな気がするのだけれど」
「私は悲劇の外側に居る、と言いました。ですから、貴方のお気持ちは理解しがたいかと」
「教えてあげましょう。それはわたしこそが、悲劇的な自分語りに流れてしまう、野暮で退屈な女だからよ」
 次いでカリスが発した言葉の、あまりの意外さに、馨も、一同も、息を呑んだ。

「だって――恋愛って、主観的なものでしょう?」

 You did not choose ……
 あなたは選ばなかった……。

 カリスのつぶやきに、はっとしたのは灰人だった。
 それは、ブルーインブルーの小島に佇む《館》にあった、絵皿の――
 

  † † †
 
(店長、ちょっと)
 舞台袖から、シオンがラファエルに手招きをする。
(どうした?)
(リリイ姉さんが、見つかった)
(……何?)

  † † †

 だん、と大きな音を立てて、劇場の入口扉が蹴り開けられた。
 あらわれたロストナンバーは、マフィアの青年だ。彼がリリイ探索の依頼を受けたことを、ラファエルは聞き及んでいる。
 青年は、大きな白い包みを抱いていた。
 包みといっても、その大きさや形状からして、それが『人』であることはあきらかで――
「仕立て屋をお届けに上がったぜ」
 青年はそう言って、駆けつけたばかりのラファエルに、勢いよく包みを投げ渡す。
「おっと、これは」
 ラファエルはどうにか受け止め、自分は尻餅をつきながらも、包みが床に落ちることを防いだ。
「……ごめんなさい」
 布の中からあらわれたのは、むろんリリイ・ハムレットである。
「大丈夫ですか、リリイさん」
「……ええ、なんとか」
 いくぶん手荒なエスコートによって、青ざめていたリリイの頬は上気している。そして、ラファエルは気づいた。
 その頬に、涙のあとがあることに。
「お茶会はもう、始まっているのね?」
「はい、リベルさんが代行なさっています。つつがなく進行していますよ」
「給仕はあなたが? 急でごめんなさいね」
「いいえ、前々から、クリスタル・パレスあてに茶菓の用意をご発注いただいておりましたし」
「よかった。給仕のほうも正式にお願いするつもりだったの」
「今からリベルさんと主催を交代いただくのは可能ですか? 空席がひとつある理由を説明するのは、あなたでなければ」
「もちろん」
 歩き出しながら、しかし、リリイは、ふと立ち止まる。
「ラファエルさん。あなたは、愛していた女性に裏切られたことが、あるかしら?」
「私の配慮が行き届かず、婚約者に去られた経験でしたら、ありますが」
 同行していたシオンとジークフリートが、思わず顔を見合わせる。
「……侯爵。それは」
「あなたが悪いわけじゃない」
 ふたりを目で制し、ラファエルは冷静に続ける。
「しかしそれは、私と彼女の問題です。第三者が『裏切り』と断じることはできません」
「正論ね。だけどあなたは、傷ついたでしょう?」
「それはもう。命を絶とうかと思ったくらいには。……私の個人的事情などはどうでもよい事柄ですが、リリイさんがそのような問いかけをなさるということは」
 ラファエルは言いよどむ。思えば、この美しい仕立て屋も、謎の多い女だった。
「愛する男性に背反するような苦しみを、抱いてらっしゃいますか?」
「私は……」
「いえ、答えなくてかまいません。誰しも、言いたくないことというのはあるものです」

ACT.4■建築家の視る夢

 真っ暗な観客席を突っ切って、リリイは舞台上のお茶会席へと歩を進める。
 代行をつとめたリベルをねぎらい、あとを引き取るために。
 ――そして。
 レディ・カリスと、6人の招待客に、7人目の正体を告げるために。

 空席に見えるそこには、最初から、ひとりの男が座っているのだと。
 記録のない建築家《ヘンリー》。
 あるいは、アリッサの父、ヘンリー・ベイフルック。
 演劇趣味を有する彼は、ターミナルにいたとき、この劇場を建てた。
 今は行方知れずの建築家は、さぞ、ロストナンバーによるシェイクスピア考察を聞きたかろう。
 それゆえリリイは、この劇場を会場にと請われたとき、彼の席を設けようと思ったのだ。

 たとえ身体がどの異世界にあろうとも、彼の魂はこの席で脚を組み、成り行きを見据えているに違いない。

 今からカリスに、シェイクスピア史劇『ヘンリー四世』を論じてもらうのは……、
 いささか、悪趣味な趣向だろうか?
 

クリエイターコメント三日月灰人さま。
コレット・ネロさま。
オフェリア・ハンスキーさま。
ヴィヴァーシュ・ソレイユさま。
ジャン=ジャック・ワームウッドさま。
深山馨さま。

このたびは、このような難しいアプローチのシナリオに、よくぞご参加くださいました。
アクシデントもありましたが、それさえ結果的には、予期せぬ演出効果を得たように思います。
いただいたプレイングも、それぞれ力のこもった内容で、「いいもの見せていただいた感」がひしひしといたします。
WRとしては、何もいうことはございません。
たったひとりの観客として、皆様の素晴らしい舞台に、惜しみないスタンディングオベーションを贈りたいと思います。
打ち合わせなしだというのに、皆様が選ばれた作品がすべて違っていたというのも、チャイ=ブレの思し召しかもしれませんね。

作中で、何か新事実が判明しているとしたら、それは皆様のご健闘によるものと解釈くださいませ。

さて、最後のお茶会ですが……。
意外な場所で開催したいなと、考えております。
準備が整いますまで、しばしお時間のほどを。
公開日時2011-01-17(月) 21:00

 

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