昔々、海の女神様の一人が人の男に恋をしました。 男もまた、女神様に一目惚れをして二人は死が二人を分かつまでと共に暮らします。 ただ、女神様は死ぬ事ができない身。男が生まれ変わるのを待つと誓い、男は死ぬ間際に必ず生まれ変わると誓います。 生まれ変わるのはいつになるのかもわからず、ただ待つだけの切なさに女神様は涙をぽろぽろと零しました。するとその涙は真珠へと変わり海の底へと転がっていったのです。 七日七晩泣き続け、海の底に敷き詰められた真珠を見て女神様は自身を真珠に変えて愛しい男を待つ事に決めたのでした。 今は昔のお伽噺―――― この伝説の真珠が盗まれたとジャンクヘヴン海軍から世界図書館に調査依頼が来たのがこの間の事。 世界図書館から依頼を受けたロストナンバー達が様々な情報を集め結果を世界司書である深山撫子(ミヤマ ナデシコ)へと報告し(ついでにお土産もしっかりと受け取った)その報告書を撫子が纏めあげジャンクヘヴン海軍へと送ったのが数日前。 そして改めてジャンクヘヴン海軍から依頼が届いたのが、今。「ちょっと真珠を取り返してきてもらいたいんだけども、いいかしらー?」 『導きの書』を片手に、撫子が笑顔で集まったロストナンバー達へ声を掛ける。 そんなに簡単な事ではないだろうけれど、撫子の声はいつもと変わらない。「前回の調査でわかった事をジャンクヘヴン海軍に送って、返送してもらった情報と『導きの書』に出てる情報と照らし合わせた結果なんだけどもねー」 一息吐いてから、ちょっと困った事も起きちゃってと前置きをする。「まず真珠を盗んだのは海賊団ね、船長はサルファって男よ。規模は三十人くらいで船の位置も把握済みで、ジャンクヘヴン海軍としてはいつでも踏み込みたいくらいの勢いみたいなんだけど……海賊船にどうも捕らわれてる子がいてね、その子が―――」「なんか予想付いちゃったー俺」 撫子が言葉を切った隙に、桐崎 灰 (キリザキ カイ)がほぼ棒読みでそう言うのを撫子がそのヒールで足を踏んで黙らせる。「その子がねー、真珠を守ってる末裔のお嬢さん……情報収集の時に道案内役をしてくれたリコル・アクアリノーチェさんなのよ」 ジャンクヘヴン海軍からの話だと、どうも真珠を盗んだ犯人を依頼人でもあった末裔の一族へ報告したのだと言う。 もちろん、事件の解決はこちらでしますと付け加えるのも忘れなかったようだが人一倍真珠への思い入れのあったリコルが一族の者に黙って乗り込んだのだとか。「勇気と無謀は違うと思うんだけどねー俺ー」 灰が一途な目をしていた少女を思い出しながら、困ったねと両手を上げる。「それには同意するけどもね、後もう一つあるのよねー。真珠についてなのだけど、女神様であるかどうかの真偽はさておいて曰くがあるのは確かなようなのよ」「どう言う事ー?女神様の真珠って事だけじゃないって事?」「どうもね、昔にも盗まれた事が一度あるらしいんだけど、その時盗んだ犯人も海賊だったみたいなんだけど……船ごと沈んだらしいの。嵐が起きたらしいのだけど、生き残った船員が言うには―――」 真珠が真っ黒に染まったのだと。 色を変える真珠なのは盗んだ時にわかっていたが、パールディアの都市から逃げ出そうと船を出した頃から徐々に真珠が黒くなり漆黒になったその時に突然嵐が起きたのだと言う。 嵐に巻き込まれた海賊船がパールディアの浜に打ち上げられ、そこから真珠は一族の手に戻ったのだ。 もしかしたら今回も、と危惧した一族がジャンクヘヴン海軍に報告したのである。「あたしの『導きの書』にもそれに関係したような事が出てるから、もし真珠が奪還できなかった場合……海賊船は沈んでしまうかもしれないの。そうすると船に捕らえられているリコルの命もどうなってしまうかわからないわ。さ、ここでお願いしたい事が二つに増えた訳だけれども……ひとつは真珠の奪還、もうひとつはリコルの救出よ」 比べるならば、もちろん人命優先だと思うけれどと撫子が視線を落とす。「できれば、どちらも取り戻して欲しいの。ある程度の手筈は整ってるから、後はあなた達次第よ」 海賊船へ向かう方法は二つある。 ひとつは真珠を買うと言う名目で取引を行う為に向かう事で、海賊船に攻撃される事もなく船へと乗り込む事ができる。 もうひとつは船で警戒されない距離まで行き、途中からボートを使って海賊船まで辿り着き船へと忍び込む事。多少の危険はある物の、やり方次第ではこっそり忍び込む事が可能だろう。どちらの場合でも、船はジャンクヘヴン海軍が用意してくれる。 撫子が『導きの書』に挟んでおいたチケットを取り出し、ロストナンバー達へとそのチケットを差し出す。「どうか、彼女達を助けてあげてね」 チケットを受け取ったロストナンバー達はパールディアへと向かう為、世界図書館を後にするのだった。
海上都市、パールディア。 昼のパールディアが真白の真珠だとすれば、夜のパールディアはさながら真黒の真珠のようだ。 昼の騒がしさはなく、波音や家に点る灯りと酒場から聞こえてくる陽気な音楽であったり、しっとりと聞かせる音楽であったりとまた違った顔を見せていた。 先の女神様の真珠、マリンナ様の行方を調査していた五人―――シャルロッテ・長崎(シャルロッテ・ナガサキ)、コレット・ネロ、アインス、サーヴィランス、桐崎 灰(キリザキ カイ)は少しだけ見慣れた都市をジャンクヘヴン海軍が指定した場所へ向かう為に歩く。今回リコルとマリンナ様の救出の為に初めて訪れたミトサア・フラーケンは顔馴染みであるサーヴィランスの後ろを付いて行く様に歩いていた。 「ジャンクヘヴン海軍が船を用意して下さってるんです……よね?」 お金持ちのお嬢様を演じる為に、上等の布地とレースをあしらったワンピースと仕立ての美しいジャケットを羽織ったコレットが灰に尋ねる。 「そうそう、二隻用意してくれてるって話だよー。海賊船に交渉に行く為のと潜入する人の為のとで二隻、もちろん海軍所有とはわからない様にしてくれてるらしいから安心していいと思うよー」 船にはジャンクヘヴン海軍の海兵が一緒に乗り込んでくれるので、船の操縦も人質奪還後のリコルの安全も心配しなくていいと灰は言う。 「それじゃ、救出後は遠慮なく……という事ですわね」 夜目にも美しい金色の髪をさらりと手で流し、シャルロッテが物騒にもにこりと微笑む。船上でのレイピア勝負なんて絵になると思いません?と冗談めかしながらも戦いを想定しての準備は怠らない。 「まずは人質の救出が先だとは思うが……私はボートを一隻借りれれば、忍び込んでリコルを探し出そうと思うのだが、君たちはどうするつもりだ?」 サーヴィランスのもっともな言葉に、それぞれが自分に適しているであろう返事をする。 「私は……取引に行こうと思っています。真珠が本物なら、今頃真黒になっているかもしれないですし……」 「それを材料にして交渉を長引かせる事ができれば、時間も稼げるというものだしな。私はコレットと共に行くつもりだ」 アインスの言葉に、コレットがこくりと頷く。 「わたくしは救出ですわね、取引現場に相応しい気も致しませんし。サーヴィランスさんとご一緒させて頂くのがいいかしら」 「ボクは途中までコレットさん達と一緒に行かせてもらうよ。海賊船に近づいたら救出行動を取らせてもらうつもり」 「それじゃ、俺は取引組と行こうかなー。人数的に丁度良さそうだしねー」 シャルロッテとミトサア、そして灰がそう言うとお互いが顔を見合わせて頷く。 どんな手段を取っても、全員の気持ちはたったひとつ。 リコルとマリンナ様を助け出す事、ただそれだけだ。 ◆ 漆黒の海を船が行く。 灯台の光と街の灯りが遠く見え、そこに都市があるのだと思い出させるようだ。 海軍が用意してくれた船は中々に豪華な造りで、交渉相手が金を持っていると思わせるには十分だった。 乗り込んだ三人、コレットとアインスとミトサアは甲板の上で海賊船へと目を凝らす。まだ豆粒ほどにしか見えないけれど、人目をやや避けるように位置するそれは目的の船だろう。 「あぁそうだ、これ」 「それは……?」 ミトサアが差し出した小さな機械にコレットが首を傾げて聞き返す。 「ボクの脳波通信機で交信できる無線機。どっかに付けておけば、それで交渉の成り行きとかがボクに分かるから。こっちの状況も伝えられるしね。もう一個あるけど、それはサーヴィランスに渡してあるからね」 少し不思議そうにしながらも、コレットが受け取ってそれを両耳の横で一房ずつ結わえられている髪のリボンに取り付ける。 「これで、大丈夫ですか?」 「うん、問題ない。それじゃボクは行くけど……皆、気をつけてね」 それだけ言うと、ミトサアは船の縁から躊躇なく海へと飛び込んだ。サイボーグでもある彼女には、漆黒の海も自分の障害にはなり得ない。仲間と自分を信じて、海賊船へと突き進む。 「それでは、私達は私達にできる事をしようか」 「はい、真珠の奪還……頑張ります……!」 本来囚われの身になったのが男であれば自力で逃げ出せとすら言うところであったけれど、レディではそうもいかないとアインスは考える。コレットを海賊の目に晒すのは本位ではないけれど、涙を呑んでの同行だ。 もちろん、そうするに値するだけ自分は彼女を守りぬく気概もあっての事。 「コレット、キミは私が守る。だから私のそばを離れてはいけないよ」 「はい、ありがとうございます」 「あ、大丈夫ー。俺も守ったげるからねー」 軽い灰の言葉にアインスは空気を読みたまえと腹を小突き、コレットは緊張に強張ったその顔を綻ばせた。 一方、サーヴィランスとシャルロッテは海軍が用意してくれた小型の船舶に乗っていた。色は夜の海に紛れる黒、灯りは最小限に抑えられている。 真珠を取引する船とは反対方向からの接近を試み、不自然なくややゆっくりながらの速度で海賊船へと近づいていた。 「あれが海賊船ですか……それなりに厳ついものですのね」 「三十人程の規模があるならあれくらいであってもおかしくはないだろう。ここからはボートで行こう、船では気付かれやすい」 「これが湖畔でしたら、また素敵なのでしょうね」 「無事戻れたら行ってくるといい。行くぞ」 海軍が降ろしてくれたゴム製のボートに乗り込み、海賊船を目指す。 オールを操りながら、サーヴィランスは考える。あの時、もっと言葉を尽くしてリコルの心配を取り除いていたならばリコルが単身乗り込むような真似は避けられたのではないだろうか、と。 最後まで行動を共にしていた自分の責任だとサーヴィランスは自分を責める。そして、命を賭してでも彼女を救いだすと呟いた。その声は波に音に紛れてシャルロッテへは微かにしか聞こえない。けれど、彼女はとても聡明で微かに聞こえたその言葉にふぅ、と息を吐きこう言った。 「リコが囚われたのは誰のせいでもありませんわ。それに、わたくしたち全員で助け出しますのよ?」 「あぁ、そうだな……全員で救い出そう」 シャルロッテの言葉に苦みを含んだ声でそう答える。表情はそのマスクに隠されて見えないけれど、ほんの少し笑っていたのだろうか。シャルロッテは、笑っていればいいと思いながらオールを持つ手に力を込めた。 笑顔で案内をしてくれたリコルが囚われて悔しいのは彼ばかりではない。何故自分たちに相談してくれなかったのだろうかとシャルロッテも考えていたのだから。 海賊船と取引船が接舷するまでもう少し。接舷のショックに合わせて乗り込めばこちらが気が付かれる事もないだろう。 サーヴィランスがミトサアから預かった小型無線通信機のスイッチを入れ、邪魔にならない箇所へと身に付ける。 奪還まで、あと少し――― ◆ 海賊船から合図のランプが点ると、こちらの船の手馴れた船員が同じ様に合図を返す。ランプの点滅回数で決まっているのだとそばにいた船員が教えてくれた。 「いよいよ……だね」 「そうだな。接舷する時は少なからず船に衝撃があるかもしれん、こっちに掴まっておくといい」 アインスの気遣いに、素直にコレットがマストに巻き付けられたロープを掴む。 「船をつけるぞ、全員気をつけろ!」 船員の声にそれぞれが対ショック姿勢を取ると、鈍い音を立てて船が接舷された。揺れが収まると船と船の間に橋が渡され、交渉する者だけこちらへ来いと海賊船から声が上がる。 「それじゃ、行こっかー」 灰が先陣を切って橋を渡ると、落ちないようにとアインスに手を引かれたコレットが海賊船へと乗り込んだ。 海賊船の甲板は思ったよりも広く、樽やロープ等が置かれている。その光景は乗ってきた船とそこまで変わった箇所もない。 「ほう、おめぇさんたちか?俺から真珠を買いたいって豪気なお客人は。見りゃぁまだ若い上にお嬢さんが混じってるじゃねぇか」 たっぷりとした髭を蓄え、パイプを口にした如何にも、と言った男がそう口を開いた。その人物を警護するように数名の海賊が控えている所を見ると……この男が海賊船の船長、サルファだろう。 「何もおかしい事はないだろう?こちらが真珠を所望されているコレットお嬢様だ。失礼の無いように願おうか」 やや芝居がかった口調でアインスがコレットにお嬢様という箔を付ける。 その言葉に、すっと背筋を伸ばしてサルファを真っ直ぐに見つめながらコレットが一歩前へと出た。警戒するように、アインスと灰もその背後に付いた。 「初めてお目に掛かります……私が求める真珠を見せてくれますか?」 「あぁ、もちろんだ。ところであれだ、ちゃんと金は用意してきたのか?ん?」 下衆の言葉だとアインスが目を細める。この程度の相手なら上手く丸め込めるかもしれないなと思いつつ相手の様子を伺う。 「えぇ、もちろんです。こちらに……」 ナレッジキューブでこの都市で使える通貨に換えたお金が入った鞄を見せた。その額の多さはぱっと見れば理解出きるほどで、海賊からゴクリと喉の鳴る音が聞こえる。 「さすが、真珠を買おうってだけはあるな。いいだろう、おい!真珠を見せてやれ!」 後ろに控えていた海賊が大事そうに大き目の箱を取り出すと、サルファへと手渡す。 その箱を受け取り、無骨な指で箱の留め金を外すとそこには確かに直径10cmはあろうかという真珠があった。 そして、その真珠の色は――― 「黒い真珠……ですね」 コレットの言葉が、波音に混じって甲板に響く。少し動揺したような海賊が顔を見合わせながらその成り行きを見守っている。 「こいつは色が変わる真珠なんでなぁ。最初はそりゃぁ綺麗な虹色を見せてたんだが……まぁ黒くなってもマリンナの真珠には違いねぇ。どうだ、あんたはコイツをいくらで買う?」 海賊達はマリンナ様の真珠を早く売ってしまいたいようにも見える。 コレットは気圧されそうな気持ちをぐっと堪える。 マリンナ様、きっと盗まれてからずっと不安だったに違いない。もしかしたら今は怒ってしまっているのかもしれないけれど、不安で寂しい気持ちになっているんじゃないだろうか、リコルもきっとそうだろう。 自分が、自分たちがここで頑張らなくっちゃ。 コレットは気丈に顔を上げてにっこりと微笑んだ。 腹を据えての交渉の始まりだ。 ◆ 時は少し遡る。 取引へ向かった船より海へ飛び込んだミトサアは目的の海賊船の船体へと着けていた。 外周を回り、貨物倉庫や人気のない箇所などのあたりを付ける。 「ここからなら侵入しやすそうだね」 最初は船の底か船体の壁に穴を開けて侵入する予定ではあったが、サーヴィランスにそれを告げると船が沈む危険があるから人質救出後と取引組が真珠を手に入れて船を離れた後の方がいいだろうと諭されて外壁をよじ登る事にした。 身体能力が人のそれとは違う彼女には朝飯前と言ったところだろうか。 「ま、よじ登るにはちょっと船に穴を開ける事になりそうだけど海水は入らないだろうから大丈夫だよね」 船を接舷するとの合図がミトサアの脳波通信機に届く。 サーヴィランスにもその事を告げ、船壁をよじ登るタイミングを計った。轟、と響く音と波に少し体を取られたけれど、船壁を掴む指はしっかりとしていてロッククライミングでもしているかのようにするするとその身を船の中へと滑らせた。 夜の暗闇すら気にする事のない視界には灰、それに続いてアインスとコレットがこちらの船へ乗り込んでくるのが見える。 「今が最大のチャンスだね。あとは……勇気だけだ!」 自己暗示の言葉を呟けば、ミトサアが動く世界は彼女だけの物になると言っても過言ではないだろう。彼女の特殊能力でもある加速装置を機動すれば、世界はまるで止まっているかのようにも思えた。 これによりミトサアは誰にも気が付かれる事無く船上を移動し、船倉へと忍び込む。 時を同じくして、サーヴィランスとシャルロッテも船へと潜入を果たす。ミトサアのように船壁を素手で、とはいかないが鉤付きのワイヤーロープで接舷する反対側から船の内へと滑り込むと、海賊の注意が取引組へと向いている内に船倉へと向かった。 運良く海賊にも見つからずに潜入できたサーヴィランスとシャルロッテ、そしてミトサアの二組は通信機で連絡を取りながらリコルが囚われている場所を捜索していた。 「こういう場合囚われている方は貨物倉庫と相場が決まってるものですけれど……いませんわね」 「捕らえた相手を閉じ込める場合、最低でも一人は見張りがいるものだ。海賊が見張っている場所がリコルがいると思って間違いはないはずなのだが……」 身を潜めつつ移動をし、それらしい場所を探すけれど見つからない。 『いたよ、サーヴィランス』 渡された無線機からミトサアの声が届く。 「どこだ?」 『少しわかり難い位置になってる、隠し倉庫みたいだね。場所は甲板から階段を下りて右の部屋の中さ。その中に一人海賊がいる。構造から考えるとそこが少し不自然なんだ』 「わかった、今から向かう」 二人の通信が終わると、シャルロッテに改めてミトサアから聞いた場所を伝えて二人で目指す。船倉内の海賊は全員と言っていい程甲板に出ているようで、難なくリコルが捕らえられているであろう場所に辿り着けた。 「ボクが殴り飛ばしてもいいんだけど」 「わたくしが、でも構いませんわよ?」 二人の言葉に緩く首を振り、見張りが万が一にも二人を確認した瞬間に甲板にいる仲間に警報を告げられたら困るだろうとサーヴィラスは言う。 「俺が行こう。中に本当にリコルがいるのかも確認せねばならんしな。確認したら見張りの意識をこちらに向けるから、その間に頼む」 「ではサーヴィランスさんのお手並み拝見と致しましょうか」 シャルロッテとミトサアは見張りに見つからない位置へと姿を潜め、サーヴィランスが堂々と見張りの海賊へと声を掛けた。 「ご苦労さんだな」 「なんだ、てめぇ!どうやってここに入ってきたんだ!?」 身構える海賊に両手を上げ、戦闘の意志がない事を伝えてみせる。 「今真珠を取引してる富豪が来てるのは知ってるだろう?それの付き添いの一人なんだが……」 ゆっくりと海賊と間合いを詰め、声を潜めるように言葉を続ける。 「活きの良い娘を捕らえたと船長から聞いたんでな。どんな容姿か見せてくれないか?気に入ったら船長から買い取らせてもらおうかと思ってるんだが……」 その言葉を半信半疑で聞きながら、海賊が値踏みをするような目でサーヴィランスを見る。 「個人的な買い物になるからな、長い間席を外した事によって余り仲間から不審がられても困るのだ。すまんが……な?」 くくっと笑い、下卑た男を装って見張りに金をそっと渡すと金を受け取った男もちょっとだけだぞ、と扉の鍵を開けてくれる。 リコルがいるかどうか、入り口から中の様子を伺った。 中の部屋はやや暗かったけれど、ランプの灯りでリコルがいるのが見えた。こちらを見て驚いたような顔をしたリコルに騒がないように、と見張りの男から見えないようにそっと口元に指を一本立てながら見張りの男へと声を掛ける。 「中々可愛らしい娘だな、気に入った」 「そうだろう?ちっとばかし良い所のお嬢さんって話だぜ。やー、俺も金がありゃ船長から買いたいくれぇなんだがな!はっはっは」 下衆が、と聞こえない程度の声で呟くと、無線機に向かって『いいぞ』とだけ短く呟く。 「なんだ?どうした……ぐぁっ!?」 見張りの背後から飛び出したミトサアがその首元へと手刀を食らわすと振り向く暇もなく見張りの男が昏倒する。手早くふん縛ると、リコルが居た場所へと転がした。 「皆さん……!」 まだ驚いたままのリコルを立ち上がらせ、サーヴィランスが手早く告げる。 「助けに来た。真珠は他の仲間が奪還する為に動いている。だから安心していい」 力強い言葉にリコルがこくりと頷く。 「全く、無茶をなさったものですわね。わたくしたち、とても心配しましたのよ?」 「ごめんなさい……!マリンナ様が泣いてるような気がして……そしたら、もう我慢できなくなって……」 俯くリコルに、それでも安堵の表情を浮かべてミトサアが厳しい一言を投げ掛ける。 「勇気と無謀は違う事を覚えておくんだね。でないとキミ、死ぬよ」 もう一度ごめんなさい、と頭を下げたリコルに背中を向けると道を案内するように歩き出す。 「サーヴィランス、彼女を守って逃げて。海賊達はボクが食い止めるから」 「あぁ、そうさせてもらおうか。あとは頼んだぞ……ミトサア、シャルロッテ」 殺人だけはしないと言うルールを課している自分を気遣うようなミトサアの言葉にサーヴィランスは深く頷き、リコルを連れてボートへと向かい、ミトサアとシャルロッテは甲板へと向かう。 甲板での取引はいよいよ佳境へと差し掛かっていた。 ◆ 真珠が真黒になってしまってはいくら珍しいとは言え他での取引価値は下がってしまうのではないか、等と問題点を指摘し、時にはアインスの痛烈な一言であったり、灰の闇ルートでの売買の知識であったり、を織り交ぜながら真珠の取引額を思う箇所まで引きずり落とす事に成功していた。 それは時間稼ぎにも丁度よく、ミトサアからリコル奪還成功との知らせを無線機から受けていたコレットは自分たちが提示できる金額になった瞬間にサルファへと告げる。 「それでは、こちらの金額でよろしい……ですね?」 波音に負けない声で、コレットがサルファへと告げる。 常日頃の大人しく気弱な彼女からすれば、それは最上の健闘と言えるだろう。 「いいだろう、雲行きもちっとばかしおかしくなってきたしな。早めに終わらせるのが良さそうだ」 言われて見れば、先程まで星と月が見えていた空には暗雲が広がりつつあった。 それは撫子が言っていた嵐の予兆のようにも思え、コレットは心の中でマリンナへと祈る。ちゃんと帰してあげるから……どうか怒らないで、と。 アインスと灰が警護にあたる中、真珠の取引が行われた。 コレットはサルファから真珠の入った箱を渡され、中を確認する。 アインスが手渡した鞄をサルファの腹心と思える海賊が中身を確認する。 「確かに金は頂いたぜ、いい取引だったなぁ?」 「そうですね、それでは私たちはこれで失礼させてもらいますね」 ニヤニヤと笑っている海賊たちの様子にアインスと灰がコレットを守る様に下がらせる。 アインスがすっと目を細め、コレットに船に戻るように促した。 「どうやら彼らは穏便に取引を終わらせるつもりはないようだな」 蔑む様にアインスが言うと、海賊達が目をぎらつかせて臨戦態勢を取る。 コレットが船へ戻ったのを確認するとトラベルギアである小型銃を手にし、いつでも戦えるようにと体勢を整える。 「こう見えても俺たちゃ倹約家でなぁ?お前さん方を捕らえて売ればそりゃぁいい金になるってもんだ。特にあのお嬢ちゃんなんかは高値で売れるだろうさ、なぁお前ら!」 「ふん、コレットを売ろう等と不遜極まりない。お前たちにはわかるまいがどれだけの金を積んでも彼女を買うなどと出来やしない。最も、レディを売ろう等と言うお前たちには人としての価値などないだろうがな」 「そうだねー、それにまぁ……そういう事言う奴って三下だしねー」 ちくちくと、アインスと灰が海賊の神経を逆なでする。 「黙って聞いてりゃあ調子に乗りやがって!野郎共、やっちまえぇ!!!」 我慢の限界に達したのか、サルファが海賊達へと号令を浴びせかけたその瞬間。 「あら、丁度いいタイミングですわね」 「そうみたいだね、手っ取り早く片付けてしまおうか」 シャルロッテとミトサアが甲板へと姿を見せた。 予期せぬ二人の出現に海賊たちが慌てた表情を見せたけれど、サルファの一緒にやっちまえという言葉に我を取り戻し襲いかかる。 「わたくし、鎮圧より殲滅が得意だったりもするんですけど……努力はさせて頂きますわね」 そう言うとシャルロッテが胸元のペンダントへと手を伸ばし、その手にトラベルギアであるレイピアを出現させ、襲い掛かる海賊の無骨なサーベルを軽やかな動きで捌いてみせる。 レイピアの切っ先で翻弄するかのように相手の剣を絡めとり、ダン!と一歩踏み込むと相手の喉下へとその切っ先を突きつけ、怯んだその隙に鳩尾を蹴り飛ばす。 鮮やかな動きで海賊を気絶させるその様子は例えるならば踊るフランス人形のようだ。 「ボクも負けてられないな。相手してやるよ、海賊共……ボクの勇気を見るといい!」 ミトサアの首を彩る紅いマフラーが夜風にはためくのを、海賊達は見届ける事ができたのだろうか。言葉を言い終えるかどうかのタイミングでミトサアは加速装置を発動し、その常人では追いきれない速度のまま海賊の首元へと手刀を落としていく。 バタバタと倒れていく手下を見て、サルファが慌てたような声を上げた。 「何やってやがんだ野郎共!小娘二人とひょろっちい男二人じゃねぇか!」 「レディに向かって小娘とは……益々品がないな、貴様」 小型銃から炎を纏った弾丸を無数に発射しながらアインスがサルファにその銃を向ける。灰はと言えば、その辺に転がっているロープで倒れた海賊たちを手馴れた手付きで縛り上げていた。 「へへへ、まぁそのなんだ……落ち着いて話をしようじゃねぇか、なぁ??」 「ありえませんわね」 「却下だね」 「この状況でそゆ事言えちゃう神経ってのはちょっと感心しちゃうけどねー」 「諦めて悔い改めるんだな」 サルファの言葉に四人がそれぞれ答えると、アインスが銃の引き金を引き、シャルロッテがレイピアの切っ先を向け、ミトサアが加減した力で掌を鳩尾へと叩きこんだ。 決着は、そうしてここに付いたのである。 ◆ ほぼ壊滅と言ってもいい程の海賊達をジャンクヘヴン海軍の海兵達が犯罪者として捕らえ、自軍の船へと連行して行く。 ロストナンバー達は取引用に用意してもらっていた船へと集まり、リコルとの再開を果たしていた。 「はい、リコルさん……マリンナ様です」 その手にしていた箱を、コレットがリコルへと差し出す。 受け取ってその留め金を外し、リコルが黒く変わってしまった真珠を抱きしめマリンナ様と小さく呟くとぽたりと、それこそマリンナ様の涙のような一粒が真珠へと落ちる。 「ありがとうございます、それから……本当にごめんなさい。皆さん、マリンナ様を取り返してくれて、本当にありがとう……!」 ぽたり、ぽたりと落ちる涙を真珠が受け止める。 「真珠が……!」 シャルロッテが涙の落ちる真珠を指差すと、皆が息を飲んでその光景を見つめた。 ゆっくりと、真黒に染まった真珠が色を変え七色へとその姿を変えたのだ。 それと同時に、暗雲の立ち込めていた空はゆっくりと月がその姿を見せ星々が煌きだす。 「本当に……不思議な真珠なんだね」 ミトサアも驚いたように真珠を見つめ、その不思議な色合いを目で楽しんだ。 「さすが、女神様と言ったところか。これ程美しければ人が惑わされても仕方ないな」 「そうだな……しかし無事に取り戻せて良かった」 アインスが頬を綻ばせ、サーヴィランスが安堵の声を漏らす。 「本当によかった……リコルさんも、マリンナ様も無事で……」 コレットが心の底から嬉しそうな声を上げ、その言葉に灰が頷いて微笑んだ。 『ありがとう―――わたしをたすけてくれて、ありがとう―――』 夜風と波の音に混じり、微かに聞こえたその声は女神様の物だったのかもしれない。 七色に光る美しい真珠と、それを守ろうとした乙女、そして彼女達を救った冒険者を乗せた船は美しき海上都市へと戻ろうとしていた。
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