オープニング

「シャンヴァラーラへ向かってもらいたい」
 赤眼の世界司書、贖ノ森 火城はそう言ってチケットを取り出した。
「夜の女神ドミナ・ノクスは正式に世界図書館の受け入れを決めた。彼女らの御座す天恒宮(てんこうぐう)と直接つながった無人の【箱庭】に駅が建設される。駅には、女神の化身やシャンヴァラーラに住まう協力者たちのいずれかが常駐し、ロストナンバーたちへの依頼や協力要請が行われることになるだろう」
 火城の説明によると、女神の化身とは、彼女が自分の持つ神威の欠片を封じて創った、彼女の意思を反映させる人形のようなものであるらしい。能力的には、女神本来の力の百分の一も持っておらず、駅を離れると土塊に戻ってしまうそうだが、『アンテナ』と呼ばれる情報収集器官を有しており、世界全体を見通すことが可能なため、いつでもシャンヴァラーラの最新状況を知ることが出来るようだ。
「協力者というのは、実を言うと帝国にも華望月にもいる。彼らは元々ロストナンバーでな、ドミナ・ノクスがシャンヴァラーラへ帰還する際、彼女とともに世界に帰属することを望んだものたちだ。彼らは帝国側と華望月側に分かれて、自分たちが最善と思う方法で世界の安定のために働いている」
 駅が建設される無人の【箱庭】は、元々は彼らが秘密裏に会うための場所なのだそうだ。
 元ロストナンバーは全部で十人。
 様々な姿、様々な能力、様々な技術を持った、出身世界も種族も年齢も性別も思想もばらばらな、しかし一様に強い意志と覚悟を持った人々であるといい、いずれは全員と相見えることになるだろう、と火城は言った。
「元ロストナンバー同士の絆は深く、ドミナ・ノクスとのつながりも強く、何とかして世界に平和を、安定をという強い思いに変わりはないが、自らの思想、自らが十全と思う方法のために別々の道を選んだことからも判るように、最終的には敵同士として殺し合うことすら覚悟の上のようだ」
 帝国が正しいのか、華望月が十全なのか、他に最善の方法があるのか、恐らく誰にも判らない。
 この世界全体が行き着く先も、その正しさの証明も。
 判らないからこそ、ドミナ・ノクスは、竜の青年がタグブレイクによってシャンヴァラーラへ飛ばされてきたのをきっかけに、これをよい機会と捉え、新しい視線、新しい風を内部へ入れることを決めたのだろう。
「そんなわけで、あんたたちには、これから、帝国と華望月の双方で活動してもらうことになると思う。どちらが正しいか、どちらが最善か、それとも他にとるべき道を模索するのか、判断はそれぞれに委ねられる。――そのために何を見、何を聞き、何を知るべきであるのかも」
 火城はそこで一旦言葉を切り、
「あんたたちに今回行ってもらうのは華望月の一角、華望月の盟主のひとつである【箱庭】ヒノモトだ。中央天都にある闘技場で、現皇主や有力な武将が集まっての天覧試合がある。それに参加して、情報収集と人脈作りをしてきてほしい」
 そう言を継いだ。
「そもそも天覧試合は強い力を持つ武人を集めるためのもので、毎年その時期に行われるようだ。元ロストナンバーのひとりで、現皇主の側近になっている娘がいてな、那ツ森(ナツモリ)アソカというその娘が、ロストナンバーたちに華望月の……ヒノモトの様子を見せるべく、特別に招待枠をつくったそうだ」
 女神ドミナ・ノクスの願いはただひとつ、シャンヴァラーラの民の幸いのみ。
 そのための、ロストナンバーたちの働きかけを、彼女は歓迎するという。
 世界図書館が大々的に動くことはなくとも、彼女の思いに共鳴した人々が、ほんの少し、新しい風を吹き込んで、それが新たな流れになることは決して過剰な干渉ではないだろう。
「天覧試合は華望月の共通時間で十四時から行われる。それまではアソカにヒノモトを案内させてもいいだろうし、ヒノモトや華望月についての情報を集めてもいいだろう。ヒノモトにはヤオヨロズと呼ばれる強い神がたくさんいて、その神が護っている地域は比較的平和だ、観光をしても面白いだろう」
 そう言って、
「天覧試合には、ヒノモトでも有力な武将であり強い神を宿した能力者でもある奥ノ州マサムネや尾ノ江ノブナガ、嶋ノ津タダヒサらも観客としてやってくる。ここで彼らと何らかの関係がつくれれば、後々行動しやすくなるかもしれないな」
 火城は、観客として皇主や武将たちと関わってみてもいいし、試合に飛び入りで参加して皇主や武将たちの興味を惹くべく実力をほんの少し見せてもいい、とつないでから、ただし、と付け加えた。
「華望月は多種多様な種族や神が集まって出来ているだけに、ちょっとやそっとの現象では驚かないが、正直、あんたたちについてはほとんど何も知らない。今後のことも考えれば、あんたたちの立ち位置がはっきりしない間は、あまり派手な動きはしないほうがいいだろう。――ヒノモトを初め、盟主を戴く【箱庭】には、強大な神をその身に宿したものたちが多数存在するようだから、充分に気をつけてくれ」
 では、健闘と旅の安全を祈る。
 火城はそう締め括って、チケットをひとりひとりに手渡したのだった。

品目シナリオ 管理番号817
クリエイター黒洲カラ(wnip7890)
クリエイターコメント皆さん今晩は。
オリジナルワールドにおける新シナリオのお誘いに上がりました。

こちらは、公開中の【至厳帝国ムンドゥス・ア・ノービレ】白亜のティーパーティ と【電気羊の欠伸】夢幻の羊と十色の夢守 と同時進行で運営されるシナリオとなっております。恐れ入りますが、同一PCさんでの複数参加はご遠慮くださいませ。

このシナリオでは、【セカンドディアスポラ】うたかたなる果実の調べ で明らかになったシャンヴァラーラという異世界の、反帝国勢力華望月の一角、ヒノモトの名を冠する【箱庭】でのひとときを扱います。

観客としての会話や、試合開始前の調査、試合参加者としてのヒノモトの雰囲気、神を宿すとはどういう意味なのかなどを描写するシナリオになります。PCさんの選択によっては戦闘寄りになりますし、反対に見学するだけの内容にもなるかもしれません(そのどちらが正しいということでもありません)。

帝国への抵抗を続ける華望月を引っ張るヒノモトの指導者たちが集う天覧試合を通じて、華望月の現状や課題、求めているものが何であるかなどを、観客として、もしくは試合に参加する武人として調査していただければと思います。また、ここでつくった人脈が、のちのちになって重要な意味を持ってくる……ということもあるかもしれません。

ご参加に当たっては、
・観客として参加するか、試合に参加するか
・上記選択後の行動
・知りたいこと、見たいもの、訊きたいこと
・試合開始までにやってみたいことがあれば
・その他、気にかかること、調べてみたいこと
などをお書きいただければ、と思います。
(もちろん、他に思いついたことがありましたらお書きいただいて結構です)

※あちこちで判定が発生します。
プレイングの内容如何では、PCさんの登場率に偏りが出る場合もあります。予めご理解くださいませ。
更に、プレイングによっては、華望月やシャンヴァラーラの『流れ』に変化が生じ、それによって世界は、よい方向にも悪い方向にも動いてゆくことになるでしょう。如何なる『流れ』をもたらすか、もたらしたいかは、各PCさんの裁量に委ねられます。


それでは、変化の時を迎えつつあるシャンヴァラーラで、風のおいでをお待ちしております。

参加者
コレット・ネロ(cput4934)コンダクター 女 16歳 学生
煌 白燕(chnn6407)ツーリスト 女 19歳 符術師/元君主
サーヴィランス(cuxt1491)ツーリスト 男 43歳 クライム・ファイター
龍臥峰 縁(crup9554)ツーリスト 男 36歳 エンキリ
春秋 冬夏(csry1755)コンダクター 女 16歳 学生(高1)

ノベル

 1.ヤオヨロズ

 午前十時。
 ヒノモトの季節は夏。
 しかし、温帯湿潤気候たる日本とは違い、陽光こそ強いもののカラリとした暑さで不快感は少ない。
 コレット・ネロは、照りつける太陽の下、春秋 冬夏と案内の那ツ森 アソカとともに、集落の片隅を通る道を歩いていた。
「ヤオヨロズの神さまと、お話って出来るのかしら?」
 コレットの問いに、傍らを歩くアソカが頷く。
 アソカは、黒髪に透き通った薄青の目をした小柄な少女だった。
 身長は百五十足らず、年齢は十五歳以上には見えないが、腰に佩いた刀と、ファンタジーに出てくる忍者のような独特の衣装、そして彼女の立ち居振る舞いは、明らかに武人としてのそれだ。
「出来る神と出来ぬ神が在ります。初めは出来ても、後々出来なくなる神もおられますし、反対に、初めは出来ずとも様々な要因で出来るようになる神もおられますから、一概には言えないかもしれません」
「そうなんだ……じゃあ、今から行くのは?」
「出来る神ですね。彼は、皇主陛下の御座すこの都を守護するヤオヨロズで、聖名をアメノコヤネと。――ああ、ここを右です」
 アソカに指差された道を曲がり、一分ばかり歩いたところにそれはあった。
「わあ、すごい。なんだか、懐かしいような気分」
 冬夏がそれを見上げて歓声を上げ、
「うん……本当に、すごいね」
 コレットも頷いていた。
 彼女らの視線の先にあるのは、目にも鮮やかな丹塗りの大鳥居だった。
 壱番世界の日本で目にする鳥居の二倍ないし三倍の大きさを持つそれは、周辺をぐるりと取り囲む森の内部への入り口である。
「なんだろ、背筋がぴんと伸びるみたい」
「うん、厳粛な気持ちになる、っていうの?」
 目の前に広がったのは、白い玉石を敷き詰められた広場と、その真ん中に御座す切妻造・妻入の荘厳な建物だった。
 神社建築様式に詳しい者が見れば、それを春日造と表現したかもしれない。
 だとすれば、この建物を包み込むように生い茂る木々は、鎮守の森に相違ないだろう。
「あー、なんか、おじいちゃんと一緒にお参りしたの、思い出しちゃう」
 冬夏が言うように、そのくらいここは違和感のない建物だった。
 ――そもそも、このヒノモトは、壱番世界の中近世日本と非常に似通った文化を持つ【箱庭】だ。
 街並、建物、道行く人々の衣装、顔立ちや色彩まで、何もかもが同じというわけではないものの、万が一日本人ロストナンバーが何も知らないままここに迷い込んだら、異世界ではなくタイムスリップしたと一瞬勘違いする程度にはよく似ている。
 アソカの話によると、歴史もまたどこかしら似た道を辿って来ており、このヒノモトが【箱庭】となる以前から、ここはヤオヨロズたちの子孫とされる皇主一族によって統べられてきているのだという。
「さあ、こちらです」
 アソカに誘われるまま、奥へと踏み込む。
 靴を脱ぎ、板張りの廊下を通って更に奥へ。
 建物の内部に入ると、空気が途端にひんやりとした。
 陽光が当たらないから……だけではなさそうだ。
「アメノコヤネさんはどんな神さま?」
 声を潜めてコレットが問うと、アソカは小さく首を傾げ、
「穏やかな方ですよ。そもそも、言霊と祭祀を司るとされる非戦闘神ですし。ただ」
「ただ?」
「あの鳥居をご覧になったでしょう」
「うん、ずいぶん大きいのね」
「あれは、いざというとき、アメノコヤネ命が『出』て行くための門なのです。我が身を盾としてでもこの都と民、そして皇主陛下をお守りするために」
「……そんなに大きい神さまなの?」
「ええ。現の肉を得て外の世に立つには、彼の容積は大きすぎる。非戦闘神と言いつつ、そのくらい強大な神です」
「じゃあ……そんな神さまが護ってるこの都は、安全っていうこと?」
「そうですね、ここには皇主様もおられますし。強い神に護られたヒノモトは基本的に安全な【箱庭】です。……もちろん、油断はできませんが」
 言ったアソカが簡素で清潔な障子を開くと、その先の部屋には誰もおらず、何もなかった。およそ三十畳程度の空間が広がっているだけだった。
「……?」
「どうぞ」
 訝しく思いつつ、アソカに促されるまま、足を踏み入れる。
 と、

《よくぞ参られた》
《我らが御祖の同胞たる方》
《歓迎しよう……どうぞ、ゆるりと》
《吾はアメノコヤネ、コトノハによって為るヤオヨロズ》
《ヒノモトの都とアマテラスを護るもの》

 思考の中に、直接声が響き、空間がたわんだ。
「こんにちは……あの、私、コレットっていいます。アメノコヤネさんは、どこにいらっしゃるんですか?」
 冬夏とともに、周囲をきょろきょろ見渡しながら問うが、何がしかの存在は感じられても、誰かの姿を見つけることは出来なかった。
「あ、もしかして」
 首を傾げた後、コレットは再度周囲を見回す。
「この声が、アメノコヤネさんそのもの?」
 言うと、空間が笑みの形状に震え――そう表現するしかない震動だったのだ――、

《いかにも、吾は姿なき神》
《この声と思惟がアメノコヤネそのもの》

 そんな返答があった。
「……不思議。確かにあなたがここにいるって判るのに、見ることも触れることも出来ないなんて。他のヤオヨロズさまもそうなの?」
「いいえ。ヤオヨロズは多様ですから。彼のような形態を取られる神も少なくはありませんが」
「そうなんだ……」
 コレットは、そこに何かを見出すことは出来ないか、と虚空をじっと見つめた後、疑問を口にした。
「アメノコヤネさんは、どうして都を守っているんですか?」

《アマテラスを護ることが吾がつとめなれば》

「アマテラスさんって……?」
「皇主陛下の宿しておられる神顕(カミアキラ)です」
「かみあきら?」
「ヒトと契約してその守護神となったヤオヨロズのことです。それを宿したヒトそのものを指す場合もあります。帝国に奪われ、彼らの守護神であるルーメンに吸収された神のことを神鐘(カミカサネ)と言うのですが、その名称はこの神顕から来ているのだとか」
「そうなんだ……じゃあ、『アマテラスさんを宿す皇主さまを護ること』がアメノコヤネさんのお仕事なのね。そっか……ヤオヨロズって、宿すことが出来るのね。それは、私でも?」
「ええ。誰の守護神でもないヤオヨロズと契約を結ぶことが出来れば。ただし、その力がシャンヴァラーラ以外でも作用するかどうかは判りません」
 そう言ってから、アソカはふたりを促した。
「さて、では、次に冬夏さんご要望の市場へと参りましょう。あまりゆっくりしていると、天覧試合に遅れてしまいます」
「あっ、はい、よろしくお願いします! アメノコヤネさんもありがとうございました!」
 冬夏がびしっと手を上げてからお辞儀をすると、また空間が震えた。
 コレットも、とりあえず真ん中に向かってお辞儀をする。
「それでは命、また来ます」
 どことなく親しげに言って、アソカが踵を返すのへ、ふたりも倣った。

《また参られよ、嬢たち》
《吾はいつでも、ここにいるゆえ》

 それだけで彼が笑っていると判る声に見送られながら、少女たちは神の住まう家を後にするのだった。



 2.市井にて

 午前十一時三十分。
 冬夏の興味は市場にあった。
 食べることは生きることの根本だと思うからだ。
 その根本の場所で見えてくるものもたくさんあると思ったからだ。
「アソカさんは、どうしてここに帰属しようと思ったの?」
「……私は元々医療神の依り代たる巫女でした。生まれた時から神が傍に在ったのです。そんな私でしたので、我が神のおられぬ異世界へ放逐された時の喪失感は並のものではありませんでした。何度も、このまま消え失せた方がいいのではないか、と思ったほどです」
「そうなの……辛いことを訊いて、ごめんなさい」
「いいえ、今はドミナ・ノクスがおられますので。それに、私を護ってくれる神顕や、命をかけてお守すべき皇主陛下もおられますから、平気です」
「アソカさんも契約を?」
「ええ。我が神に逢うことはもう叶いませんが、それを補って余りあるほど、たくさんの方に支えていただいています。その恩返しをしたい、そう思ったのが、私がこの世界に帰属した主たる理由です」
「そう……アソカさんは、幸せなのね、よかった」
「ええ。お気遣いありがとうございます、コレット」
 コレットとアソカの会話を意識の端に聞きつつ、冬夏は興味津々で街を見学していた。
 アソカが案内してくれたのは、様々な露店が軒を連ねる、今でいうところの商店街のような通りだった。
 テレビの時代劇で見るような、店名が染め抜かれた暖簾がかかった、大掛かりな店舗は見受けられなかったが、そういう大店は、庶民の生活の場からは離れたところにあるのだそうだ。
 要するに、この露店の通りは、庶民の台所であり胃袋であり生活の要でもある、ということだ。
 スーパーマーケットもホームセンターもなかった日本の江戸時代、特に前半で言えば、庶民の生活を支えていたのは棒手振りと呼ばれる小売の行商人たちだったのだが、ここでは少しやり方が違うらしい。
「ヒノモトって日本に似てるって聞くけど……じゃあやっぱり、あんまりお肉って食べなかったのかな?」
「そうでもありませんよ。日本の人たちが獣肉を食べなかったのは仏教の影響ですからね。ここでの信仰の対象はヤオヨロズです。獣肉を食することに対する禁忌はほとんどありませんから、時期によっては魚より獣肉の方が多く見られることもありますよ。あ、ほら、あそこ、兎を売っています」
「あっ、ホントだ。そうかぁ、宗教の影響って大きいんだね……」
「そうですね、時として人を雁字搦めにするものだと思います。……といっても、中近世日本でも、『薬食い』と言って滋養を取るために獣肉を食べることはあったようですが」
 露店はたくさんの庶民で賑わっている。
 皇主の膝元たる都の、一番ざっくばらんな人たちの行き来する街で、その側近であるアソカは非常に注目を集める存在であるらしく、また、彼女の街の人々の関係は良好であるらしかった。
「おや、アソカ様、可愛いお嬢さんをふたりも連れてどうなさったね。皇主様は今日もご健勝であらせられるかい?」
「彼女らは私の同胞です。あなた方の賑やかな暮らしを見てみたいといわれたので、お連れしました。陛下は今日もご機嫌麗しいですよ。先ほどは盆栽の手入れをなさってました」
「あー、あの方もお若いのにご趣味が渋いよなァ。まあいいや、お嬢さんたち、アソカ様のお仲間となれば俺たちにとっちゃ大事な客人だ、これでも食べて行きなよ」
 着崩した着物にたすきがけをした無精ひげの親爺が、竹の器に白玉と冷やした汁粉のようなものを入れて手渡してくれる。
「わあ、ありがとうございます! あ、冷たくて美味しい……!」
「だろう。ハヤアキツヒコ様とハヤアキツヒメ様が護ってくださってる水を使ってあるからな、身体にだっていいんだぜ。こいつを食っときゃ、帝国になんざ負けねぇよ!」
 親爺の口から出た『帝国』の言葉に、冬夏は思わずドキッとしたのだが、露店の人々はそうだそうだと笑って頷くばかりで、あまり深刻さは見られなかった。
「あの、皆さんは帝国のことをどう思っておられるんですか……?」
 冷やし汁粉をいただきつつ恐る恐る問うと、露天商たちは顔を見合わせ、
「どうもこうも……他の【箱庭】にとっちゃスゲー深刻な話だってのは聞いてるが、ヒノモトはヤオヨロズや皇主様、お強い神顕様方が護ってくださってるからなあ」
「ああ。そりゃ力尽くで【箱庭】や神を合併吸収してく帝国にはコンチクショウって思うけどな。でも、聞く話によると、合併吸収した【箱庭】を惨く扱うことはねぇって言うじゃねぇか」
「お前、そりゃ出鱈目だってシンエモン様が言ってたぜ」
「そうか? でもユウノスケ様は確かにこの目で見たって」
「まあ、連中が攻めて来たってマサムネ様やノブナガ様が何とかしてくださるさ。今までだって、そうだったんだからな」
「……あれ、皆さん割と客観的って言うか、冷静?」
「暢気、と言うべきかも知れんがな」
 と、背後から唐突に響いた声に、冬夏は思わず飛び上がりそうになった。
「だ、誰……」
「……マサムネ殿」
「おや、当人のご登場だ。今日もいい男ぶりですぜ、殿!」
 と言う言葉に振り向けば、そこには、右目を黒い眼帯で覆った背の高い美丈夫が佇んで、精悍な笑みを見せていた。
「マサムネさん……って、確か」
「北の奥ノ州を治める将です。対帝国戦では攻防の要ですね」
 アソカが言うと、趣味のいい柄の着物を粋に着崩した男は、褒めすぎだ、とかすかに笑った。
「嬢ちゃんたちがアソカの言ってた客か。想像してたより可愛いな」
「え、いえ、そんな……あ、私、春秋冬夏です、よろしくお願いします」
「トウカか」
「はい、えっと、冬に夏って書……」
「……冬夏さん、ヒノモトでは、自分の文字を教えることは結婚の申し込みに近いです」
「ええっ!?」
「真名って奴だ。それを識ることは相手を支配することに等しい。……まあ俺はあんたに結婚の申し込みをされても拒まないが」
「えええっ!?」
「……マサムネ殿、純真な少女の心を弄ぶのはやめてください」
「はは、まあそう怒るな。――トウカ、ヒノモトには強い神がいる。そのために、帝国もこの【箱庭】を攻めあぐねている。奴らはまだ、この【箱庭】の入り口付近をうろうろすることしか出来ない。無論、入り口付近の集落には気の毒な話だが」
「攻めあぐねているのは、マサムネさんたちが護ってるから、ですか?」
「そうだ。だからこそ、ここの連中はまだ暢気でいられる。……今後も、暢気であり続けるだろう、俺たちや皇主陛下がいる限りは」
 言ったマサムネの片方だけの眼に、強い意志の光がたゆたっているのを見て、冬夏は、ああこの人は護る覚悟を持ってるんだ、と、意味もなく確信していた。そんな風に戦っている人たちが『入り口付近』にはいて、だからこそヒノモトの内側は平和なのだ。
 それが過去のことにならないよう、ロストナンバーとして自分に出来ることはないだろうか、と冬夏は思った。



 3.『外』と『中』

「正義の在り処……か」
 一方、サーヴィランスは、アソカに断りを入れた後、別行動を取っていた。
 同じように、知りたいことがある、という龍臥峰 縁とともに、町の随所を回っていたのだ。
「……やはり、あまり深刻さはないようだ」
 サーヴィランスが知りたかったのは、華望月の内部情勢だった。
 内の不穏を収めるため、逸らすために、あえて外に敵を作るのはよくある話だ。
 それゆえ、華望月内部に、力のために敢えて戦争を望む者がいる可能性はないかを調べたかったのだが、アソカに尋ねても、町中で人々の様子を眺めても、少なくともヒノモト内部が荒れているという印象はほとんどなかった。
「……仮にも戦争中にしては、民に歪みがないな」
 大人たちはそれぞれの生業に懸命で、子どもたちは屈託なくあちこちを駆け回り、老人たちは茶屋でゆったりと世間話に花を咲かせ、若者たちは恋や遊びに忙しい。
 この光景だけを見れば、そこにはただ、平和でのんびりとした日常があるだけだ。
 人々の言葉を注意深く拾ってみても、戦争や政情の噂、【箱庭】を統べる為政者たちへの大きな不満といったものはなく、サーヴィランスとしてはどこか拍子抜けしたような印象だ。
「せやな。どうにも想像と違う」
 言って、縁は傍らの小さな社を見下ろした。
「日本とヒノモトは、似て非なるもんや、ちゅうのは判ったが」
「ほう」
「俺の故郷は壱番世界の日本と似たよォな歴史を辿って来とる。それで、ここもそういうもんなんか思ォたんやが、似とる部分とそうでない部分が入り混じっとるな」
「例えば、どんなだ?」
「さーよ、日本じゃ戦国時代っちゅうのがあってな、関が原の合戦ちゅうのがあって、そこからようやく国が統一されるんじゃ。けど、アソカにも確かめたんやが、ヒノモトは、その戦国時代がないんじょ」
「ふむ」
「武将も、名前や立場は似とるみたいやが、そもそもおる時代が違うしな」
「……文明、文化の収斂と言うことか」
「せやな、そうかもしれん。あとは、ヤオヨロズな」
「ああ、この【箱庭】を守護しているという」
「せや。どういうもんなんかと思ォとったが……こりゃ、ホンマの神やな」
 言ってしゃがみ込んだ縁が、小さな社を見つめると、社の内部が淡い光を放った。
 中にいる何者かに不躾を詫びつつ覗き込めば、そこには、性別も年齢も判然とはしない、人間の赤ん坊くらいの発光体が鎮座して、清浄な気をゆるりと立ち昇らせている。
「君にはこの神が何というヤオヨロズか判るか?」
「いや。この辺り一体の安全を護る地の神の一柱っちゅうのは判るが、名までは。そんなどてらい力の持ち主っちゅうわけでもなさそうやし、俺らァと言葉を交わすような性質でもないみたいやしな。……せやけど、ホンマに神なんやな。ヤオヨロズっちゅうのは、初めから、そういう風に生まれた存在なんやろう」
 縁の言葉にサーヴィランスが頷いた時、
「基本的に神ってェのは創世神とヒトの間に立つ、狭間の、固定された存在だ。ヤオヨロズはヤオヨロズってモノ、ってことだな。……あんたのとこの神は、違うのか?」
 背後からどこか面白がるような声が響き、ふたりは同時に振り向いて同時に身構えていた。
 敵意も殺気もなかったが、条件反射のようなものだ。
 特に、気配ひとつなく背後に立つような相手には。
「……君は?」
 ふたりの背後に佇んでいたのは、三十前後と思われる鋭角的な眼差しの男だった。
 鍛え上げられた長身痩躯を藍の着流しに包み、腰には二本の刀を佩いている。
 顔立ち自体は優美と言って差し支えないのに、纏う雰囲気は飄々としていながら鋭く、どこか獰猛だ。
 彼は、サーヴィランスの問いににやりと笑った。
「尾ノ江ノブナガだ、アソカの客人」
「……我々のことを」
「聞いちゃいたが、聞いてなくてもヒノモト人とは思わねェだろうな。明らかに俺たちと毛色が違いすぎるだろ」
 その返答に、サーヴィランスは周囲を見渡し、ノブナガが供を誰も連れていないことに気づいて首を傾げた。
「アソカから、ノブナガとはこのヒノモトでもかなりの力を有する武将と聞いた」
「そりゃ面映い話だァな。それで?」
「……その有力武将が、配下も連れずたったひとりで町を歩いていてもいいものか、と」
 サーヴィランスとしては、有力武将たちが連れ歩く配下たちの雰囲気を観察することで、彼らのパワーバランスなどを調べたいと思っていたのだが、まさか単身で現れるとは。
 彼の、そんな素朴な疑問というか驚きに、ノブナガは楽しげな笑みを見せた。
「俺は強い。それだけのことだ」
「それは、神を宿しているから、か?」
「さて、な。まァ、何にせよ面倒臭ェだろ、ぞろぞろついて来られたら。っつーか、三分で撒かれるような配下なら連れて歩く必要もねェわ」
 あっけらかんとして悪びれない、ヒノモトでも五指に入る実力者の物言いに、主人がこれでは、配下の人々は相当振り回されているのではないか、という確信めいた疑問が根差したところで、
「ひとつ訊きたいんやけどな」
「ん?」
「ヒノモトの連中は、帝国をどう思ってるんや? 停戦を申し込んでるくらいや、敵意一色草の根分けても殲滅せよ……っちゅう感じではないみたいやが」
 縁の問いに、ノブナガは一瞬考える素振りをみせ、それから肩を竦めた。
「問答無用で攻め込んで来るんだ、戦わざるを得ねェだろう。父祖から預かった土地と民を護るのが俺たち将の存在意義だからな」
「ほな……帝国は憎いんか?」
「あー……どうだろうな」
「ん?」
「……俺は、つぅか俺とマサムネは、一度向こうの皇帝に会ったことがある」
「向こうの皇帝……クルクス、ちゅうたか」
「ああ。二十二年前の秋だ……俺は八歳、マサムネの奴は六歳だった。ヒノモトで、有力な【箱庭】の為政者たちが集まる会合があったんだ。今でもよォく覚えてるぜ」
「何じょ?」
「理由は知らねェ。俺とマサムネが森ン中で遊んでたら、血塗れのあいつが逃げてきた」
「血塗れ? 何でや?」
「さあな? うちのくそ親父を初め、太守級の連中が殺気立ってあいつを探してたから、何かあったんだろ」
「それで、お前はその時、クルクスをどないしたんや」
「どうも」
「ん?」
「誰にも何も言わず、木の葉で隠して迎えを待たせた」
「敵やないんか」
「その頃は違ったな。まだ神顕でもなかった俺たちを人質にしようともせず、急いでるから通してくれ、って真面目に言うような男だ。悪い奴だとは思えなかった」
「……だが、今」
「正直、今も疑問に思ってンだよ、俺とマサムネは。なンかあるんじゃねェかって。こう言っちゃ何だが、俺の親父は為政者としちゃ最低だった。知ってるか? 帝国の侵攻が始まってからより、始まる前の方が、俺のいる尾ノ江領は荒れてたんだぜ」
「ふむ……つまり、お前は、クルクスの侵攻には何か理由があると感じてる、っちゅうことやな」
「ああ。だから、何度も休戦を申し込んでるってわけだ。戦うことを怖れるわけじゃねェ。特に、あいつは恭順を選んだ民を惨くは扱わねェからな。敗れても俺たちが死ぬだけの話だ、それは重要じゃねェ」
「お前は……知りたいんか。背後に何があるんかを。皇帝を突き動かすものが何なんかを」
「まァ……そうだな。幸いヒノモトには俺やマサムネ以外にも強い神顕がいる。俺たちが多少違う動きをしてても、誰かが補佐に回ってくれるからな」
 そう言ってから、ノブナガは隙のない足取りで踵を返した。
 そして、
「あァ、天覧試合まであと一時間もねェぞ、客人。あんたらも出るんだろ?」
 悪戯っぽく、楽しげに笑ってふたりを手招いたのだった。



 4.天覧試合・つはもの讃歌

「天覧試合か……面白いな」
 煌 白燕は、真っ白な砂が敷き詰められた試合会場の片隅で、徐々に人で埋まってゆく観客席を見上げていた。
 一際高い場所に設置された、御簾によって外界と隔てられた席が皇主の観覧席だろうか。
 皇主用閲覧席の傍らの、一般席よりも整えられた座席では、並々ならぬ雰囲気を漂わせた三人の武将と、今回同じロストレイルに乗ってやってきたふたりの少女の姿が見られ、白燕はあれが話に聞いた武将たちかと納得した。
 どうやら少女たちは巧く有力な武将とコンタクトを取ることが出来たらしい。
 となれば、あとはこの試合でちょっとばかり『活躍』をして、もう少し情報を引き出して帰るばかりだ。
 しかし、何より、白燕は戦いに昂揚していた。
「私の国でもこいうものを一度催してもよかったやも知れぬな」
 ひとつの国を符術によって護ってきた君主でありつつ、うら若き乙女でもある白燕だが、武術は得意だ。ロストナンバーとして覚醒する前には、訓練所に乗り込んでは兵士たちの腕試しに参加したほどで、その実力は武将クラスである。
 とはいえ、ふたりの臣下には簡単な腕試しでさえ必死で止められたのだ、こんなものに参加すると言ったら、彼らは顔を蒼くして卒倒でもするかもしれない。
「だが……今回くらいは構わないだろう?」
 誰にともなく語りかけ、胸元を押さえる。
「久しぶりに身体を動かしたいのだ……じっとしていたら、寂しい」
 その時ばかりは迷子の少女の如き表情になり、胸中にふたりの男の名を呼ぶ。
 それは、今はもう言葉を交わすことも、笑顔を見ることも、触れることも出来ない、臣下としても友人としても、とてもとても大切だった――今でも大切すぎてそれゆえに禁を犯してしまった人たちの名前だった。
「思えば……いつも、誰かが傍にいてくれたのだな……」
 禁忌によって故郷を見失い、覚醒者として彷徨うことになって、初めて判った。
 自分が幸せだったことを。
 今でも愛しているものが、こんなにもたくさんあることを。
「今は……そのことは、忘れよう」
 唇を引き結び、白燕は真っ直ぐに前を見遣る。
「武人とは、武によって語ることを好むもの。強き魂は惹かれ合う……ゆえに、彼らもまた、語らいに応えてくれるはずだ」
 つぶやくうち、高らかに口上が述べられ、試合が始まった。
 試合は、白い砂地を三箇所に分けての同時進行である。
 片方ではサーヴィランスが、片方では龍臥峰 縁が順調に勝ち上がって行く。
「……確か、あまり目立つなと言われたような気もするが」
 サーヴィランスなど、特殊能力は何も持っていないと聞いたのに、それを補ってあまりある身体能力で次々と武士たちを打ち倒して行くし、縁は大きな身体からは想像もつかないほどの瞬発力でもって、あっという間に脱落者を作り出してゆく。
「まあ、強い人間を探しているとのことだから、ちょうどいいか」
 手前の競技場では、白燕の順番もすぐにやってきた。
「よろしくお願いいたす」
 彼女の相手は、二十代半ば程度の凛々しい青年だ。
 白燕はゆったりと――花が綻ぶように艶やかな笑みを浮かべ、身構えた。
「我が国の武術を持ってお相手しよう……参られよ」
 舞を思わせる流麗な動作で白燕が身構えると、青年は小さく頷き、身体を低く落として抜刀の姿勢を取る。
「――では!」
 始まりの合図とともに、双方同時に地面を蹴る。
 次の瞬間、鈍い金属音。



 5.観覧席にて

「うわー、うわー! 白燕さんもサーヴィランスさんも龍臥峰さんも頑張ってー! きゃー!」
 冬夏は、繰り広げられる熱戦の数々を夢中になって応援していた。
 白燕の華麗さ、サーヴィランスの無駄のなさ、龍臥峰の手堅さ、そのどれもが賞賛に値した。特に、冬夏は戦いが苦手なので尚更だ。
 彼らは順調に勝ち上がっており、この分だと最終的にはロストナンバー同士で戦うことになるかもしれなかった。
「皆、すごい……」
 冬夏の呟きと同じことを、ヒノモトの人々も思っているようで、幾つもの目が、彼らはいったい何者なのか、という驚きと疑問の色彩を含んで試合会場を見ているのが判って、彼女は居心地悪げに身じろぎをしたが、
「心配は要らん、値踏みされるだけの価値があるっちゅうことじゃ」
 そう、禿頭に鷲の刺青が施された、筋骨隆々たる壮年男性が笑ったので、小さく頷いた。
「お前さんらは敵ではないとアソカから聞いとる。敵ではないことさえ判っとれば、儂はそれでええ」
「はい……ありがとうございます、タダヒサさん」
 冬夏が感謝を込めてぺこりとお辞儀をすると、嶋ノ津タダヒサは相好を崩した。
「しかしまぁ、こげにめんこい乙女がふたりもおってくれると、華があってええな。むさい男と肩を並べとっても嬉しかないしな」
 年の頃は四十前後だろうか、いい年をした大人の、しかも横幅や筋肉で言えばふたりの武将の二倍はありそうな男が、大人気なく舌を出すのへ、マサムネは肩を竦め、ノブナガは言ってろと笑った。
 そこへ、
「そういえば、どうして皆さんは天覧試合には出ないんですか? だって、強い人を集める試合なんですよね?」
 首を傾げたコレットがそんな問いかけをし、男三人は顔を見合わす。
 ノブナガが唇の端に獰猛な笑みを浮かべた。
「俺たちがあそこに出る意味がないから、だな」
「それは、どういう……」
 言いかけたコレットが息を飲んで固まる。
 冬夏も思わず硬直していた。
 何故なら、
「俺たちはすでに神顕だ」
 マサムネの背後に火をまとった竜が、
「あそこで俺たちの強さを測ったって仕方ねェってこった」
 ノブナガの背後に闇を従えた八ツ首の大蛇が、
「っちゅうかな、あそこで儂らがぶつかったら、この会場ごとぶっ壊すわい」
 タダヒサの背後に聳え立つ岩山のような巨漢が、それぞれうっすらと見えたような――その壮絶な力を感じたような気がしたからだ。
 試合会場の三人も同じ何かを感じ取ったようで、何ごともなかったように戦いを続けつつ、鋭い視線をこちらに向けている。
 幻はすぐに掻き消え、わずか数瞬のあとには気配すら感じ取れなくなってしまったが、たったそれだけでも、充分だった。
「今のが……神顕、ですか?」
「ああ」
 特に誇るでもない武将たちの首肯。
 『あれ』が凄まじいものだったことが、無力だからこそ、普通の少女だからこそ冬夏には判る。一歩使い方を間違えば、自分すら滅ぼしかねない恐ろしい力だ。都を護るアメノコヤネとはまったく違った、破壊するため戦うための力だ。
「……でも」
「どうした、トウカ」
「あ、いえ……」
 あれだけ強大な力を持っていても、帝国との戦いは決して優勢ではないと聞く。帝国は、その強い神を無理やり吸収してしまう技術を持っているとも。
 つまるところ、今は『入り口付近』だけで行われている戦いが、こちら側へやってこない保障などどこにもないのだ。
「華望月……か」
 望月とは満月のことだ。
 満月のように優しい光が世界に満ちて、皆に充足のある平和な世界になったらいい、と心優しい無垢な少女は思い、
「……私にも何か、お手伝いさせてください。市場の人たちが、あのまま笑っていられるように、私も何かしたいんです」
 そう、朴訥に、一途に言うのだった。
 コレットもまた、同じ気持ちだったようで、大きく頷いている。
 そんな少女たちに向けられる視線が好意的だったのは、言うまでもないだろう。

 白熱した試合が繰り広げられる中――この分だと最優秀者はサーヴィランスに決まりそうだ――、静かに、少しずつ……ゆっくりと、異世界人同士の関係は深まってゆく。
 それが、女神ドミナ・ノクスの願いを叶えることになるかどうかは、まだ誰も与り知らぬところだったが。

クリエイターコメントご参加ありがとうございました。
ぎりぎりまでお待たせしてしまって申し訳ありません。オリジナルワールドのノベルをお届けいたします。

今回は、天覧試合と言いつつ、調査方面に力を入れたプレイングが多かったため、町中での描写の方が多くなりました。PCさんたちがそれぞれに気になられたことの答えがあちこちに散りばめてありますので、ご確認いただければ幸いです。

武将たちの思惑はさておき、戦時中にも関わらずわりと暢気なヒノモト内部に関しては、今後シリアスばかりではない依頼も行くかと思いますので、そのときはどうぞご参加くださいませ。


それでは、どうもありがとうございました。
またの機会にお目にかかれれば幸いです。
公開日時2010-09-05(日) 13:50

 

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