クリエイター梶原 おと(wupy9516)
管理番号1195-9940 オファー日2011-04-07(木) 22:50

オファーPC 鰍(cnvx4116)コンダクター 男 31歳 私立探偵/鍵師
ゲストPC1 深山 馨(cfhh2316) コンダクター 男 41歳 サックス奏者/ジャズバー店主

<ノベル>

 幼い頃、憧れの対象だった祖父から与えられた一つのからくり箱。何かと尋ねたが明確な答えはくれず、悪戯を企んでいる子供みたいな、難問を与える教師みたいな、どことなく満足げな顔でいたのを覚えている。
『お前なら開けられるだろう』
 開けてほしいような、開けてほしくないような。複雑そうな口調で呟いた祖父は、どこか懐かしそうに目を細めて鰍の頭を撫でた。いつもは力強く、ぐしゃぐしゃと無遠慮に髪をかき回した手はひどく弱々しく、ただ覚えているどの時よりも優しかった。
 不意に泣きそうになって、泣きたくなくて、唇を噛み締めると優しい目をした祖父が唇の端を持ち上げた。
『お前は、変なところだけ儂に似て難儀するなぁ』
 どこか嬉しそうにも聞こえた言葉に、鰍は何と答えたのだったか──。
「……忘れた」
 ぽつりと投げるように呟き、また今回も開けられなかったからくり箱を高く放り投げた。落ちる前に受け止めて自分の腹の上に落とすと、机の上に足を投げ出すようにしてうんと伸びをした。
 時計を見れば、どうやら一時間近く奮闘していたらしい。肩も凝るはずだと溜め息をつき、天井を仰ぐ。
 稀代の鍵師だった祖父の才能を、誰より引き継いだのは自分だろう。指摘されるまでもなく自覚はある、「解く」事に関しては鍵から暗号までお手の物だ。今もって開けられないのは祖父に渡されたこの箱だけで、他の何かにここまで梃子摺った事もない。
 けれど、鰍は鍵師になる道を選ばなかった。
 足を投げ出した机の正面、ガラス窓がついたドアに貼られた事務所の名前は「KAJIKA Investigation」。Detectiveでないのは推理小説ではなく、幼い頃に映画で見たハードボイルドに憧れて探偵になったから。そこは譲れない拘りだ。
 繁盛しているかと問われれば目を逸らす。こんな昼日中にからくり箱と格闘していられるくらいだ、推して知るべし。ただ映画で見た探偵だって、一日ずっと忙しくしていたわけではない。何事にも緩急が必要だと自分に言い聞かせ、訪れる人がなく静かな部屋で欠伸を噛み殺した。
 では、現状に満足しているかと問われればどうか。鍵師の肩書きを放棄し、自ら望んで就いた職業だ。満足していないはずがない、満足しているはずだと言い聞かせるように繰り返し、その自分に気づいて軽く顔を顰めた。
 祖父を否定する気はない。今だって思い出しては感嘆するほど、子供心に祖父の技は魔法にも近く憧れた。けれど自分は、鍵師にはならない。解く才能は探偵業として役に立つから有難いけれど、それだけだ……その、はずだ。
 そっと息を吐き、何年挑戦しても開く気配がない箱を持ち上げた。
 鍵師にならないのなら、この箱を躍起になって解く意味はない。分かっているのに、時間を見つけては挑戦している。もはや癖にも近い。いっそ捨ててしまえば煩わされる事もないと知っているのに、それこそできるはずがなかった。
 目の前で軽く揺らすと、中に何かが入っている音がする。祖父が鰍に残してくれた物──、鰍だけに残された物。
「あーくそ、祖父さんレベルにはまだまだ達してないって事かよ」
 あの人がちょっと神業すぎたんであって俺だってそこそこだぜ? などと愚痴ともつかず嘆きながら、椅子に反り返ったまま箱を持った手を遠く伸ばす。
 今にも倒れそうな格好で懲りずに箱を弄っていると、幾つかパーツを動かした時にちかりと何かが反射した。急いで身体を起こしたところで体勢が崩れ、あっという間もなく横倒しに倒れる。強かにぶつけた肘はやたらと痛いが、死守した箱の無事を確かめようと顔を上げて目を瞬かせた。
 今までは硬すぎて動かなかったパーツが、思わぬ方向に飛び出している。まさか壊したかとその場で胡坐をかき、慌てて触れるとかくんとした手応えを伴って元の形に戻ってしまった。
「今の動きは……、」
 呟くなり、再びからくり箱と向き合って動かし始める。
 戻る動きと飛び出した形は覚えた、そこに辿り着くべく頭の中で展開図を描く。今までは動かないと思い込んでいたパーツに人差し指をかけ、手首を捻るようにして別の二辺に親指と中指の爪をかける。そのまま持ち上がるはずだが、動かない。けれど実際に動いたところを見た以上、絶対にここだと信じて力加減を調節する。
「くっそ、ここが跳ね上がる、」
 はずだと言いかけ、ふと思いついて反対の手で逆のパーツを引っ張る。しかし左は小さく動いたが、肝心の右側が動かない。
 顔を顰め、さっき何かが反射したのを思い出して箱を持ち上げた。何度か角度を変え、窓辺から差し込む光に翳すと少し動いた左側の端から細く光が覗く。途端に硬くて動かなかった右側のパーツに小さな手応えがあり、爪をかけていた箇所が飛び出た。その後は何の障害もないかのように次々と動き始め、今まで苦労したのが嘘みたいに呆気なく開いていく。
 思わず瞬きを繰り返し、硬い殻を解くと最後の鍵を晒して鎮座している箱を眺める。
 最後を守るにしては、笑えるくらい簡単で懐かしい。鰍が最初に祖父に教えてもらった初歩的な鍵は、目を瞑ってたって開錠できる。
(中に、何が)
 入っているのだろう、詰まっているのだろう。祖父から託される思いなのか、いつまでかかっているのかの叱咤か。
 恐る恐る鍵を開け、蓋を開ける。一瞬息を詰め、短く吐き、息を整えてからそろりと覗くと、中に入っているのはパスケースと小さなカード。取り上げて眺めれば、素っ気無く簡潔な一文が認めてある。

──自分の力でこの箱を開けたのなら、    に行き、そこで待つ列車に乗れ──

 懐かしい祖父の筆跡で綴られたカードを何度も確かめるように読み返した後、じんわりと胸に広がったのは止め処ない喜びだった。
 きっかけは偶然とはいえ、手にしてからずっと挑み続けていた箱がようやく開けられた。捻くれて難しくて、開けさせまいとした信念さえ窺えるからくりは、きっと祖父からの最後の課題だろう。
 それが、解けた。思った以上に長い月日がかかったけれど、自力で解いた。
 知らず作った拳を震わせ、小さくガッツポーズを作る。じわじわとこみ上げてくる嬉しさに口許が緩み、よし! と思わず言葉が洩れた。
 未だに尊敬してやまない祖父から、ようやく及第点を貰えたみたいな。認められたような気分だ。
 カードにある場所は、わざとなのかそこだけ翳んでいて上手く読み取れない。けれどカードの裏に小さく地図があり、行き着くには困らなさそうだ。
 行くか、やめるか。決めるのは自分自身。
 仕事中と呼ぶには依頼人もいないが、少なくとも自分で定めた就業時間中ではあるのに。そんなに近い場所ではない、今から行っても辿り着くのは夕暮れ時なのに。そこで待つ列車がいつ出発し、今もって鰍を待ってくれているとも限らないのに?
 浮かぶ色んな言い訳を、鰍は知るかと楽しげな声で一蹴した。
「行ってみなきゃ分かんねぇ!」
 わくわくと昂揚する気分のまま、鰍はパスケースを取り上げる。どう見ても祖父の物には見えないこれを持って行って、指示されたまま列車に乗れる保証もない。ただ分かっているのは、祖父が他でもない鰍にだけ残してくれた物であるという事。
 動き出す理由なら、それだけでよかった。 



 カードにあった地図を頼りに辿り着いた場所は、駅など見当たりもしない林の真ん前だった。カードに視線を落とし、改めて顔を上げ、左右を見回したところで見渡す限り人影もなく建造物もない。穏やかに日が暮れて赤く染まった空と、ねぐらに帰る鳥の姿がぽつぽつと見えるくらいだ。
「……、あれだけ苦労して解いた挙句がハズレの宝の地図とか笑えねぇんだけど、祖父さん」
 なんだよちくしょーお茶目のつもりかふざけんなよ等々、いない祖父に対して悪態をついているとくすくすと笑う声が突然聞こえて身体を竦めた。
「君は相変わらずだね」
 笑うような声には聞き覚えがあって、振り返った先で見つけた相手に鰍はぱっと顔を輝かせた。
「アキ先生!」
「ああ……、懐かしい呼び名だ」
 言って目を細めたのは鰍の大学の恩師、深山秋仁だ。しかし鰍が卒業して十年近く経っているのに、彼の容貌は初めて会った時からまったく変わらない。在学中から深山は年を取らないのだと半ば真面目に囁かれていたが、今なら深く賛同できる。
 けれどそれ以上に不自然なのは、さっきまで確かに誰もいなかったはずの場所にいきなり現われた事か。いくら何でも障害物のない場所を歩いてくる姿は見落とさない、林に潜んでいたなら別だがそれを前にして立っている鰍の背後から声をかけてきた以上、可能性は低い。
 懐かしさに絆されている場合ではないと、不審を覚えたまま首を傾げて問いかける。
「アキ先生は、こんなところで何を?」
「君を待っていたんだ」
「それ、できればもっと綺麗どころに言ってほしいんだけど。アキ先生に言われてもなぁ」
 ぞっとするとふざけて腕を擦った鰍に、深山は静かに笑みを深めるだけ。どうやら冗談が通じる雰囲気ではないと察し、鰍は少しだけ顔を引き締めた。
「俺を待ってたって、ここに来るって決めたのはすげぇ気紛れで予定になかったんだけど。俺に何か依頼したい事でもあるとか?」
 アキ先生なら特別料金で引き受けてもいいぜとあくまでも軽口を叩く鰍に、深山はモノクルの奥で目を細め、まだ間に合うようだねと静かに言った。
 彼の視線が鰍の顔から少し外れている気がして、ますます不審に顔を顰める。
「アキ先生?」
「君がここに来るのは分かっていたよ。鰆さんに、頼まれていたからね」
「……どうしてアキ先生が、祖父さんの事を……」
 話しただろうか、祖父の名前まで。いや、そんな事より彼がからくり箱を貰ったのは、深山に出会うよりずっと前だ。それに箱を今日開けられたのも偶然なら──あれは年数を定めて開く類の仕掛けではなかった──、開けてその日の内に来ると決めたのも予定された行動ではない。言ってしまえばカジカの胸一つ、誰にも予想できるはずがないのにどうして待っていられたのか。
 知った顔だと知らず安心していたが警戒する必要を感じて少し後退りすると、気づいた深山が苦笑めいて笑った。
「警戒するのも分かるがね……、君が生まれる前から私と鰆さんは友人だった。その鰆さんに頼まれたんだ、無碍にできるはずもないだろう?」
「祖父さんと、……アキ先生が?」
 友人関係を築くのに年の差は関係ないかもしれないが、実際に二人が友人だったとしても今日ここで待っていたという謎は解けない。
 黙ったまま深山を見据えていると、林から青いまん丸とした鳥が飛んできた。梟のようにも見えるが何かおかしくないかと眺めていると、深山の肩に止まったそれは何かを銜えていた。
「ありがとう、サミュエル」
 深山は梟っぽいそれを撫でて、鰍に視線を変えた。
「君が最後の鍵を解けば分かるように、鰆さんが仕掛けてくれていたんだよ。後は、このサミュエルが君の行動を教えてくれた」
 説明しながらサミュエルが銜えていた物を受け取った深山は、手を伸ばして鰍の前に示した。
「これが私のパスホルダーだ。鰆さんも、私と同じくコンダクターでね」
 落ち着いた声で深山が語るコンダクターや覚醒についての説明は、俄かには信じ難い話である事を除けば大学での講義と変わらず分かりやすかった。
 鰍は困惑しつつも、自分の手にあるパスケース──パスホルダーを持ち上げて眺めた。
「じゃあ、……俺もこれを手に入れて覚醒したって、……」
 不審がりながらも呟くと、深山はゆっくりと頭を振った。
「いいや、君はまだ真理数を失っていない」
 しんりすう、と繰り返し、さっき聞いた説明を思い出して鰍は何となく自分の頭に手をやった。上と聞いて咄嗟にそうしたが、はっきりとした意図があったわけではない。しかし見えるはずも触れるはずもないと分かっていながら確かめたげに手を動かしていると、深山がくすりと笑ってから少し顔を引き締めた。
「もうじき、ここにロストレイルが到着する。それに乗ってしまえば、君もロストナンバーとなるだろう」
「晴れてアキ先生や祖父さんの仲間入り、って事か」
 おどけたように肩を竦めると、深山が眉根を寄せた。何となく気圧されて口を噤むと、よく考えなさいと教師らしく諭される。
「ロストレイルに乗る事は、君が厭っている鍵師の才能を認める事になる。──それでも構わないか?」
 今ならまだ引き返せると、帰り道を教えるように背後を指された。つられたように振り返ると、鮮烈な赤が深く静かな藍色に追い遣られ、夜に染められていく空を見つける。
 押し迫ってくる夜は、不安の兆しなのか不穏の影なのか、それとも全てを穏やかに包むだけなのかは分からない。けれど、誰かが正解を知っていたとしても教えを乞う気にはならない。相手が深山だろうが祖父だろうが同じだ、己の道を選ぶのは己自身なのだから。
「祖父さんは関係ない。箱を解いたのは自分の意志だ、ここに来たのも……列車に乗るのも」
 深山を見据え、にっと唇の端を持ち上げる。恩師が僅かに目を瞠り、口を開く前に林に突っ込むような形で空を駆け下りてきたロストレイルが目の前に止まった。
 普通の列車のように、ふしゅーっと息を吐くような音を立ててドアが開く。さあ乗れと嗾ける何もないけれど、乗るなと断固拒否して止めてくる何かもない。
 深山は鰍の様子を黙って眺めていたが、やがて静かに笑って肩に止まったままのサミュエルを撫でた。そうして、先にロストレイルに乗り込む。
「っし、鍵師上等!」
 祖父が解く様を憧れて眺めていただけの頃とは違う、今は何もかも自分で解き開ける。
 一歩、足を踏み入れたロストレイルでは先に乗り込んでいた深山が目を細めるようにして笑い、ようこそと静かに迎えてくれた。

クリエイターコメントでもだからって鍵師になるわけじゃねぇからそこは違うから! の心の叫びを代わってひっそり主張しつつ。覚醒に至るまでの風景、楽しく書かせて頂きました。

今回は鰍さん視点で書かせて頂きましたので、馨様が結局偽名のままで通す事になってしまいました。姓はそのままで表記できたせいもありますが、この流れで実は偽名でしたと明かすのも違う気がしまして……。
そこは追々、穏やかにそっと明かしてくださったということで一つ(逃)。

捏造オッケーのお言葉に甘え、何やら設定してしまったあれこれが少しでもお気に召す形になっていればいいのですが。
密かに、お祖父ちゃんから祖父ちゃんになって祖父さんになったんならいいなーとか、大筋と関係ないところでによによしながら書かせて頂きました。

少しでも御心に副う形で綴れていますように。
オファーありがとうございました。
公開日時2011-04-12(火) 21:40

 

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