「皆、食べることは好きだろうか?」 集まったロストナンバー達に、世界司書のツギメ・シュタインは開口一番そう言い放った。 きょとんとする皆を前に、言葉が足りなさ過ぎたと咳払いして誤魔化す。「今回は竜刻の回収を依頼したい。そこでヴォロスへと赴いてほしいのだが……なんでもその竜刻は今度開催される大食い大会の賞品になっているらしい」 ある村で行われる村興しイベント、大食い大会。 今回はその第一回目で、賞品は拳サイズの竜刻なのだという。 しかし開催者はそれが竜刻だということに気付いておらず、綺麗な宝石の原石だと謳っている。「このまま他の者の手に渡ってしまえば、回収するのに手間が増えるだろう。穏便に入手出来る今の内に何とかしておきたい。そこで、だ」 ツギメは主催者が作ったと思われる、大食い挑戦者募集!!と書かれたチラシを取り出した。「食べるのが好きな者、挑戦するのが好きな者、胃の大きさに自信のある者、誰でもいい。挑戦者として出場して優勝し、この竜刻に封印のタグを貼り回収して来てはくれないか?」 封印のタグとは竜刻の暴走を抑えるためのものだ。貼ればそれで危険が回避される。「ちなみに、出される料理はどれも美味だという情報が入っている」 一体どんな料理なのかは分からないが、何種類かある中から一種類ずつ出し、一品につき十分間の制限時間があるらしい。それが十回続く。 飲み物は自由だが、あまり飲みすぎるとすぐに限界が来てしまうから勧めることは出来ないな……とツギメは付け足した。「他の出場者は一体どんな者かは分からないが、出場するからには腕に……もとい、胃に自信のある者なのだろう。良いライバルだ、負けぬよう頑張ってほしい」 そう言うとツギメはチラシを手渡し、胃薬は用意しておくぞ、っとにこやかに言った。 村では着々と大会の準備が行われていた。 場所は村の中央広場。でかでかとイベント名の書かれた旗が掲げられ、いくつかのテーブルとイスが並べられている。それを取り囲むように置かれた長イスは観客席だ。 そして主催者の座る席の隣にある、透明なケースに覆われた賞品――竜刻。「村興し、成功すると良いですねぇ」 主催者の男は準備を見守る村長の隣に立ち、呟くように言う。「そうですなぁ。……さて、どんな出場者が来るか……」 二人は不安と期待の入り混じった表情を浮かべ、きらきらと陽光を反射する竜刻を見た。 大会開催まで、あと少しである。
●開始 大勢の観客による拍手で、その大食い大会は幕を上げた。 今回集まったロストナンバーは五人。 それ以外の選手は脳まで筋肉で出来ていそうな筋肉男、自信満々な表情を浮かべたぽっちゃりとした女性、仙人のような老人、眼鏡の青年、相撲取りのような体格をした少年だ。 「お腹いーっぱい食べられるといいなー」 席についたマグロがナイフとフォークを手にうきうきと言う。 「おおー!! ごちそう食べ放題ってほんとだったのか!」 「あれ、募集に書いてあったよね?」 「あまりよく読んでなかった!」 太助の嘘偽り無い物言いにマグロはくすくすと笑った。 「これは挑戦の前の試練か……?」 その隣では、何やらマグロ、太助、の二人から目をそらす業塵の姿が。彼は元々牛の三、四頭は余裕で入る胃袋を持っているが、加えてこの日のために断食をしてきたのである。 そんな業塵の目に二人がどう映っているのかは……本人にしか分からない、ということにしておこう。 「大丈夫か?」 業塵の様子を見て心配するのは終。 彼も今大会の選手のひとりだ。熱いものが苦手なのでやや不安ではあるが、策は用意してある。 「う、うむ」 「きっとなるようになる……多分」 緊張しているのかと思い、そう励ます。 と、その時「おやぁ?」という司会者の声が耳に届いた。開幕宣言を終え、いざスタートの合図をしようとしたところで、あることに気付いたらしい。 「選手がひとり足りませんね、どこに行ったんでしょうか?」 司会者が左右を見渡し、座っていた主催者と村長もそれに倣う。 するとどこからともなく可愛らしい声による高笑いが響いてきた。 「おーっほっほっほっ! この勝負、あたしがいただくわ!」 そう岩の上から現れたのはレモンだった。ジャンプして着地すると、自信たっぷりといった雰囲気で進み、自分の席へと座る。 ワーワーッと観客は盛り上がりを見せ、会場は歓声に包まれた。 「熱い闘いっぷりを見せてあげるわ、感謝なさい」 そう口では言いながらも、この村興しが成功し盛り上がることを密かに願うレモンである。 司会者はコホンと咳払いし、スタートを告げるために片手を大きく挙げる。 「それでは――はじめッ!」 ●好きも苦手も口の中 一品目は大どんぶりに注がれたコンソメ味のスープと、そこに入ったきし麺のような白く平たく長いもの。 平たいそれは見た目よりもコシがあり、一回噛んだだけでは噛み切れないくらいだった。 おかげで途中でスープを啜らないと味気ないことになってしまう。しかし司会者曰く、そもそもこれはこうして食べる料理らしい。 「う……早速か」 終は表情を歪める。 覚悟はしていたことだが、この料理、とてもあっつあつである。 雪女半妖であるというのも関係しているかもしれないが、彼は猫舌なのだ。 熱すぎるものは味覚を無くさせ、舌に長時間ひりひりとした痛みを残す。試しに一口だけ飲んでみようとしたが、口に含んだ時点で限界だった。結果は外との温度差を再確認しただけだ。 「仕方ないな」 それに終はふうーっと息を吹きかける。 スープは冷め、温度を失い、シャーベット状になり、そして完全に凍ろうかというところでストップする。 そうして司会者の目を盗み、終はそれを掻き込んだ。 ――コンソメ味のかき氷があったら、こんな感じだったかもしれない。 「ごちそーさまっ!」 初めに食べ終わったのは太助だった。アピールにとお腹を叩くと、ポンッ!と良い音が鳴る。 「一番乗りは太助さんです! いやあ、見事な腹太鼓でした。あんな立派な音は初めて聞きましたよ」 司会者がなぜか食べっぷりよりも腹太鼓を褒め、会場の数ヶ所から笑い声が上がった。 照れる太助の姿を見、他の選手達もペースを上げて次々と完食していった。 二品目は、サラダ。 本当に何の変哲もないようなサラダだ。 赤と黄色のトマトは水滴を弾き、割かれたセロリやキャベツも瑞々しい。大小様々な豆もあり、スティック状になったニンジン、大根、イモが添えられている。それらの上に白い茎に緑の葉のカイワレ大根が乗り、キュウリが周囲を壁のように覆っていた。 「う、わあ……」 マグロが目をぱちくりとさせ、思わず声を漏らした。 尋常ではないのは量だ。 大きな中華鍋に盛り付けられている図が一番これに近い。普通なら「一家」でわけるべきものであろうこれが、ひとりひとりの前に置かれていった。 「ドレッシングやその他の調味料はお好きなものをどうぞ。それでは二戦目、はじめ!」 「いただきます!」 凄い勢いでそれを頬張ってゆく太助。草食である太助はサラダには強い。 「負けていられないわ……!」 レモンもサラダに――まずは主にニンジンへと手を伸ばし、順調に量を減らしてゆく。 ニンジンは苦味も無く美味で、植わっている畑を是非見たいと思えるような味だった。大根は逆に苦味がアクセントになっている。 こうして一品目が終わり二品目に挑むことになったが、業塵の表情は暗い。 「いや、まだ八品ある。まずはさっさと終わらせよう」 ふたつとも酒のサの字も、そして甘味のカの字も無いものだった。そのふたつがなかなか出てこないことに気を落としていたのだが、勝負には真剣に挑まねばならない。 なぜなら、もしかしたら今後沢山そういった好きな料理が出るかもしれないからだ。むしろ可能性は高い。 腹を満たすには質量不足だが、業塵は息を整えると端から順に片付けていった。 その後に出てきた三品目は山盛りの餃子のようなもの。 ただし形が似ているだけで、匂いはくどくない。何故だろうと食べてみると、中に詰まっていたのは熔けたチーズだった。 四品目はクルミのパン。ただしこれも大きさが異常で、一抱えもあるフランスパンに近い。それが二本もあった。 どうやらここで一般参加者だった老人に限界がきたらしくギブアップしたが、ただ単に腹いっぱい食べることが目的だったのか満足げな顔で帰っていった。 その背を見送りながら出てきたのが、五品目。 「アイス……」 終がどこか嬉しさを含んだ声を漏らす。 「アイス……!」 やっと出てきた甘いものに、業塵の目の色も変わった。 「デザートには少し早いけれど、まあ別にいいかしら?」 同じく甘いものを好物とするレモンも早速スプーンを手にする。 アイスはイチゴ味、バニラ味、葡萄味の三種類をひとつの入れ物に乗せたもので、大きさは一般的なパフェくらい。 「……」 マグロはチラッと右手に控える黒子達を見た。ちなみに数人の黒子が料理を運んで来てくれている。 そのスタンバイ中の黒子の手元には、今みんなに配られたものと同じアイスがズラッと一直線に並んでいた。 そう、どうやら「わんこアイス」なる形式で五品目は進んでゆくらしい。 「あっ、補足です! 五品目、三色アイスは五回続きますので、お覚悟ください」 冷たいものを苦手としていたらしい眼鏡の青年がブフッと噴いた。どうやらこれのみと思っていたらしい。 その様子を見ながら、終はパクパクと箸を……もとい、スプーンを進めていく。 「終選手、二個目に入りました! おおっと……業塵選手も少し目を離した隙に二個目です!」」 「み、見ているこっちの頭がキーンとしそうですなぁ」 村長が額を押さえる仕草をする。 「これ美味しいねー! 僕もおかわりっ!」 スプーンをぎゅーっと握り、感動を表すマグロ。 皆のそのハイペースさに会場は更なる盛り上がりを見せ、その影でちゃっかりと観客席でのアイス販売が行われていた。 五品目は終の一着に終わり、運ばれてきた次なる六品目は……ゆで卵だった。 何の卵なのかは分からないが、片手で持つにはちょっと辛い大きさをしている。 「これはカラを剥く早さも結果に響くでしょうね、村長」 「そうですな、しかし味は保障しておりますぞ。口に合えば一瞬で食べ終えることもあるかもしれませんなぁ」 はっはっはっと自分で言った村長の耳に、司会者の声が入る。 「お、おおっとー!? 業塵選手、そのまま! そのままです! カラのまま食べ始めました!」 「なにー!?」 耳を疑った村長だったが、次に目も疑った。 大きさに比例して固いカラを持った卵なのだが、業塵はそれごとバリバリ食べていた。 「……世の中は広いですな」 「本当に」 そんな騒動は露知らず、カラを割ったところから順に食べていたレモンが「むう」と呟く。 「同じ味ばかりでは飽きるわね。前が甘いものだったから、余計にかしら?」 「僕のふりかけ使う?」 「ふりかけ?」 マグロはレモンにずいっとそれを差し出す。 「海鮮ふりかけ【磯の香り】! とっておきだよー♪」 「もっ、もう少し食べて辛かったら貸してもらおうかしら」 磯の香りというのだから、もしかしたら塩気のある味かもしれない。 そんな期待を抱きつつ、レモンは再度スプーンを握った。 「……黄身が黄色くない」 なんとか黄身まで辿り着いた終が眉根を寄せる。 黄身は黄身という字に反して緑色をしていた。なんだかあまり食欲を刺激されないものだ。 しかし思い切って口に含んでみると、村長の言った通りの美味で、さらりと舌に熔けるようにして消えた。 業塵以外の選手全員が手間取ったこの六品目は今までで一番時間のかかった料理となり、一着はあっという間にカラごと食べ終えた業塵となった。 七品目が運ばれてくるまでの間、マグロが自分のお腹をさすさすと摩る。 「ちょーっとだけ辛くなってきたかもー……よし!」 マグロはガン・ハープーンを片手に取ると、テーブルの前に移動して演舞を踊り始めた。 この大会では選手によるアピールを許可している。それを胃の中のものを処理するのに使おうというのだ。 「ほほう、見たことのない踊りながら見事!」 子供のように目を輝かせていた村長が絶賛する。新鮮なものには目がないらしい。 「七品目の準備が整いました!」 台車に載ったそれがガラガラと音をさせて運ばれてくる。 七品目は魚料理。焼かれたコイくらいの魚が真ん中に置かれ、それを囲むように小魚が皿を一周している。 魚には赤いもの、緑色のもの、黒いものがまぶされていた。 「……!!」 業塵がバッと袖で鼻を覆う。 赤いものはチリペッパー、緑色のものはバジル、黒いものは粒コショウだった。 しかも魚全体からニンニクの鼻腔に絡まるような匂いが漂っている。 ハーブ系のものは食べ慣れてはいないが、まあ食べられないことはない。しかし業塵は辛いものとしょっぱいものが苦手だった。 ……よくよく見てみれば、塩の粒のような透き通ったものも付いている。 「それでは七品目、初めてください!」 ガチャガチャッ!っと一斉に響くフォークとナイフを手に取る音。 匂いにきょとんとしていたマグロだったが、魚は魚。よーし、食べるぞー!と明るく言い、小魚を一気に口へと運ぶ。 骨はあるが食べられないほどではない。 ただし骨まで食べるか否かは判定に含まれないため、選手の中には神経質に一本一本取る者も居た。 「……でも辛ーい」 うえ、と舌を出すマグロ。やはり味付けが問題だった。水を飲みながら騙し騙し続けていく。 横では終がマイペースに食べ進めていた。 「少し舌がマヒしてきたかもしれない……」 水のおかわりを貰いながら、先に大きな魚を食べていく終。 辛いもの自体はいいのだが、体が温まってくるものがいけないのだ。あっという間に汗をかき、額から一筋の汗が流れた。 「ふ……ぐっ……」 業塵が苦しげな声を漏らす。 「く、苦戦しているようね」 一旦口元を拭きつつ、レモンがそれを横目に見る。 業塵は水を一気に呷ると、しょんぼりと落ち込んだような顔をした。気のせいかズーンとしたオーラまで見える。 しかし深呼吸をして皿を持つと――バリバリパリンッと良い音をさせて食べた。皿ごと。 「皿ごとー!?」 村長がまた立って目をひん剥き、主催者に血圧がどうとか言われながら席に戻される。 業塵はしばし無言で咀嚼すると、据わった目つきでこう言った。 「つ・ぎ」 会場がどよめいたのは言うまでもない。 と、そのどよめきが更に大きくなる事件が起こった。 「太助さん!?」 レモンが声をあげる。 前のめりに倒れたのは太助だった。彼は動物性のたんぱく質が駄目なのだ。苦手というより、そもそも体が受け付けない。 「うう、みんな俺に構わず食べるんだ……!」 太助はレモン、業塵、マグロ、終の四人を見て言う。 「後は頼んだぞ、戦友よ!」 戦友と書いて「とも」と読む。 震えながらも挙げた太助の手は、確かにグッと握られていたという。 ●天と地 八品目は皿に盛られたカエルの唐揚げ。 これを見て全身の毛を逆立たせたのはレモンだった。 「な、なんなのこれ、料理なの……!?」 「我が村の名産です!」 自信満々に答える司会者。主催者と村長もうむうむと頷いている。 「名産……」 村興しの成功を願う身としては、これを不味そうに食べる訳にはいかない。 しかしゲテモノを嫌うレモンにとって、これはハードルが高かった。 「む、むむむう……」 思案を巡らせること数秒、悩んでいたレモンはパッとマグロの方を見る。 「ふ、ふりかけ、貸してもらえる?」 「え? うん、いいよー!」 笑顔のマグロからそれを受け取り、えいっと唐揚げにかけるレモン。 斯くして意外とふりかけとの相性が良く完食することが出来たレモンだったが、その味はなぜか後になっても思い出せなかった上に、水が半分以上減っていたという。 続いて出てきた九品目はイチゴケーキとチーズケーキがワンホールずつ。 ホールの大きさは直径25cmくらいだ。 「おお、業塵選手は無心に……一心不乱に食べています! ああっ!ひとり脱落しました!」 飲み込めずにギブアップしたのは筋肉男。ここまで頑張ってきたがもう無理らしい。 更に生クリームに気圧されたのか、次々と脱落者が出てくる。 「新鮮なイチゴね、さっきまでの地獄がウソみたい。チーズケーキの上の柑橘類も素敵よ」 目を輝かせ、感想を零すレモン。まさに地獄から天国だ。 しかし七品目で体力を使った終にはキツそうである。 そろそろ水を飲むことすら辛く、口に含むものに一喜一憂してしまう。 「……」 残っている仲間は三人。 あとは一品のみ。 ……きっと、大丈夫だろう。 そう思いながら、終は棄権を申し出てから丁寧に手を合わせてこう言った。 「ごちそうさま」 ●最後の一品 激闘の末、ここまで残ったのはレモン、マグロ、業塵、ぽっちゃりとした女性の四人だった。 それぞれ最後の料理が来るのを待ちつつ、業塵は甘いものをたらふく食べれて何やら満足げな顔をしている。 「それではいよいよ最後の一品! 大食いといえばこれでしょう。肉です!」 漫画肉とでも称せば良いのだろうか、それは骨の付いた大きな肉だった。 つい先ほどまで調理されていたのだろう、まだ表面からパチパチという小さな音がしており、下部に肉汁が垂れている。 最後の一品であるこの勝負は「一番長く、そして多く食べた者」が勝利する。 つまり、多くの肉を食べ一番最後に残った者が優勝という訳だ。僅差の時の判定は村長が行うという。 最後まで残っていても食べた肉の量が少なければ勝つことは出来ないため、ペースを落とす訳にはいかなかった。 「湯気にまで味がついていそうね」 「たしかに」 レモンはナイフを持ったものの、どこから手をつけて良いのやらと悩んでいる。 そんなレモンの呟きに頷いて同意した業塵は、とりあえず端からどんどん噛み切っていった。 マグロはしげしげと肉を眺めた後、出ている骨の両端を持って真ん中からかぶり付く。レモンも一瞬それを真似しようかと考えたようだが、色々と想像して諦めたのか、まずは一口サイズに肉を切り分けていく。 「各選手とも順調みたいですね」 「大きさはありますが柔らかな肉を用意させましたからなぁ、ちなみに一般サイズのものは村の店で売っていますぞ」 司会者と村長による宣伝も交えつつ、時間は過ぎてゆく。 肉のよい香りと選手達の良い食べっぷりは宣伝効果ばっちりだった。 「やっぱり最後にデザートが欲しかったわ……」 半分ほど食べたところでレモンが苦しげな声で言う。 最後にアイスが待っていたならば頑張れたかもしれないが、これより前に食べたそれが逆に邪魔をしていた。 胃の圧迫感に耐え兼ね、レモンは片手を挙げる。 「あたしはここでギブアップ……けれど」 他の仲間がきっと優勝してくれると信じているわ――そう、ふたりには聞こえないよう呟いたツンデレなレモンだった。 「レモン選手、ギブアップ! さて、残ったのは三名ですね。誰が優勝するんでしょう……?」 しばし咀嚼音だけが会場に響く。 こんなに食べても大丈夫なのだろうかと、観客も固唾を呑んで見守る。 「うう……もうお腹いっぱいっ!」 そう言ってから骨を皿に置いたのはマグロだった。 前半に飛ばしすぎたせいかスローペースになっていたものの、ここまでなんとか残ってきたが、さすがにもう無理と判断したらしい。 丸く膨らんだお腹を叩き、棄権を宣言すると、マグロは最後に澄んだ声で歌を披露した。 ご飯への感謝の気持ちを籠めたその歌は、観客達と村長達をうっとりとさせる。 「美味しいものを食べさせてくれてありがとー!」 マグロ選手もお疲れさまです!と司会者が返し、観客も他の選手にしたのと同じように拍手で見送る。 残ったのは業塵とぽっちゃりとした女性のふたりだったが――既に勝負は見えていた。 「帰りにあの甘味を買っていくか……」 そう呟きながら四つ目の肉を手に取る業塵。 初めは空腹で目の据わっていた彼だったが、甘味にもありつけ腹も満たされ、余裕が出てきたようだ。 反して女性の方はというと、額に脂汗を滲ませ浅い呼吸を繰り返している。 口の中は飲み下せていない肉でいっぱいで、次なる肉を持った手も震えていた。 「おや? 様子が……ああッ!」 業塵が丁度四つ目の肉を食べ終えた瞬間、女性がイスごと真後ろへと倒れてしまった。 一瞬シンとする会場。 慌てて出てきた黒子に運ばれていく女性を見届け、司会者は業塵の隣まで歩いていって彼の片手を上げた。 「第一回目となりました今大会、優勝は――業塵選手です!!」 わあああぁぁっ!!! 口笛や感想を言い合う声を混ぜながら、ワッと歓声が沸いた。 ●優勝の、その後 「太助君、大丈夫だった?」 「村長が配ってくれた胃薬が効いたみたいだ、もう大丈夫!」 太助のその答えに、心配していたマグロが笑顔になる。 あれから大会も無事に終わり、閉会式を経て賞品である竜刻を手に入れることが出来た。 竜刻には事前に業塵が土地の虫を操ってタグを貼らせていたため、もう暴走の心配はいらない。 「あれだけ感謝されると戸惑っちゃうわよね」 レモンは去り際に見た村長達の様子を思い出して呟く。 今回の大会が成功したのは参加者が居てくれたからこそだ……と、村長達は皆に頭を下げていた。 そこまで腰を低くせずとも良いのではないかと思ったものだが、それだけ村興しの効果が期待出来そうな結果と反響だったのだろう。 「苦手なものが出てきた時には飲む量が増える……その飲む分も計算に入れて、胃に余裕を持っておくべきだったか」 終はそう自己解析する。 しかし優勝を逃したのは惜しいが、仲間が勝ったのは素直に嬉しかった。 「自分が優勝するとは思わなかったが……なかなかに良い大会だったな」 業塵が手の中の竜刻に視線を落として言う。 好きなものばかりという訳にはいかなかったが、あれだけ多種多様なものを食べることの出来る機会は早々無いだろう。 各々今日食べたものの感想を述べながら、ロストナンバー達は帰途についたのだった。
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