オープニング

「『シュート・マッチ』というゲームをご存知でしょうか」
 世界司書鳴海は、導きの書を指先で辿り、顔を上げた。
「インヤンガイ、壺中天のゲームで、壱番世界の西部劇風の世界だそうです」
「私は知りませんね」
 漆黒の蝙蝠の擬人化、そう表現すれば一番ぴったり来るベルゼ・フェアグリッド が猫のような細長い尻尾をゆっくりと揺らせながら首を振る。作者が見れば吹き出すかもしれない上品さは、最近身につけた。
「俺も知らねえな」
 ファルファレロ・ロッソが唇をねじ曲げて緩んだ黒ネクタイをさらに緩める。
「それがどうした?」
「そのゲームでバグが発生し、ユーザー達が次々と昏睡状態になりました。元々は西部劇風の世界でガンマン対決などを楽しむというものだったのですが、どうやらその勝者が最後の一人になるまで、ゲームから出られなくなってしまったようです」
「ガンマン対決?」
 ベルゼの尻尾が一旦止まり、すぐにより速度を上げて振られ始める。
「面白そうじゃんか…って、おい、そのぴこぴこ動かすの止めろ、目障りだ」
「何が?」
 ファルファレロの声にちらっと横目で見返したベルゼは、より一層楽しげに尻尾を跳ねさせる。
「だからその尻尾だよ、尻尾」
「仕方ないじゃん、楽しいんだし」
 打って変わって砕けた口調、ベルゼはファルファレロを挑発するように続ける。
「壺中天でのガンマン対決? 俺の腕の見せ所じゃん」
「聞いたろ、最後の一人になるまで勝たなくちゃなんねえんだぞ?」
 ファルファレロが皮肉に唇を歪める。
「てめえにゃ無理だ」
「何で」
「俺様がいるからよ」
 ファルファレロがうっすら浮かべた笑みの酷薄さに、司書の鳴海がおたおたする。
「いえあの、これはですね、お二人で入って頂いてゲームをクリアしてですね、取り込まれたユーザーを助けて頂くというですね」
「貴方が入っても気にしませんよ」
 ベルゼは軽く会釈してみせ、口調を一変させる。
「俺のところまで残れれば、な」
 にやりと歯を剥いてみせれば、ファルファレロが目を細めて眼鏡を押し上げる。
「やるのかよ」
「やろうぜ?」
「あのですね!」
「泣くな、鳴海」
 ファルファレロが吐き捨てて、手を出した。
「さっさとチケットをよこせ。こいつを仕留めて終わらせてやる」
「チケットは2枚、よかったじゃん、ファルファレロ、俺のところまで来るのに多少は元気でいられるぜ」
「ほざくな」
「あのですね!」
 鳴海は目の前でやり合い始めた二人に、半泣きで訴える。
「壺中天に入った時点でのお二方の対応で、別々のイベントが選択されるはずです。そこから『ゴールデン・シティ』という街で行われているガンマン対決に参加するように頑張って下さい。で、後は」
「「こいつを倒しゃ、いいんだよな!」」
 互いを指差して、ベルゼとファルファレロは言い切り、鳴海は真っ青になりながらチケットを手渡した。


 風が舞う。
 乾いた大地、ぽつりぽつりと立つサボテン、照りつける陽射しに喉が渇く。ベルゼは薄青い空を見上げ、地平線を眺め、再び周囲を見回した。
「……街はどこなんだよ?」
 がらがらがら!
「っ、何だっ!」
 振り返るベルゼの視界に、彼方から左右にがくがくと揺れつつ、今にも壊れそうな幌馬車が泡を吹く馬に引きずられて吹っ飛んでくる。そして、その少し離れた後方に、5頭の馬が馬鹿笑いをする男達に急き立てられて近づいてくる。
「助けてくれええっっっ!」
 幌馬車で馬の手綱を握っているのは、初老の男、今にも振り落とされそうになりながら悲鳴を上げている。
「強盗団だあっっ! やられるーっ!」
「ははあ……これがイベントって奴か」
 ベルゼはにやにやした。見渡す限りの荒野、街がどこかもわからない。情報収集を含め、足を確保して行けということなのだろう。
 元々持っていたトラベルギアの【ヴォイドブラスター】の代わりに、似たような形状と重さの銃は持っていた。試し打ちしてみたが、銃弾が途切れることがない代わりに6発打つと一定時間打てなくなる。特殊な力はなく、普通の拳銃として扱うしかない。他に武器になりそうなものはナイフ一本だけだ。特殊能力も壺中天の中では期待できないだろう、それでも。
「じゃあ、おっぱじめるか!」
 ベルゼは嬉々として幌馬車の方に向かって翼を開き、飛び出した。


 風が舞う。
 古ぼけた街、今にも朽ちて倒れそうな建物、そのただ中にファルファレロは立って、少し離れた所にある似たような街から伸びている一本道を眺めている。
「どうやら、こっちは見捨てられたらしいな」
 壺中天にログインした途端に放り出されたのがこの街で、街の名前は『アイアン・シティ』、釘から落ちかけていた看板は少し触れると派手な音をたてて外れてしまった。その下にまだ新しい看板が一枚、道の彼方に矢印を向け、『ゴールデン・シティ』とある。つまりは、この道を辿って、あちらの街へ行けということらしい。
「最初からあっちに飛ばしてくれりゃいいものを」
 準備されていたのは拳銃1丁とナイフ一本。トラベルギアや特殊能力はおそらく反映できない。腕一本の勝負だが、ベルゼの姿はどこにもない。別の場所から開始しているか、それとももう、『ゴールデン・シティ』にいるのか。
「参加者全員がばらばらな場所から始めるのか」
 それがゲームの醍醐味なのだろうが、メインがガンマン対決で、もし手持ちの武器が一定ならば、始める場所が違うのはきっと意味があるはずだ。
「この街に何かあるのか、それとも」
 がらがらがら。
 唐突に響いた荷車の音に振り向くと、いつの間にか、一本道をこちらへ小さな馬車がやってくる。初老の女が気怠げに馬を操っている、その背後に積まれているのは黒い箱、どうやら棺桶のようだ。
「ふん…なるほど」
 この街は死人の住みかということらしい。と、街の入り口近くで、いきなりばらばらと現れた男達が、老婆の馬車を取り囲んだ。
「そんな、あんまりです!」
「うるせえババア! とっとと失せやがれ!」
「きゃあああ」
「イベント開始、か」
 ファルファレロは走り出す。どんな事情か知らないが、まずは小手調べ、前哨戦というやつだろう。ご褒美は道案内と情報か。だが、そんなことはどっちでもいい。大事なことは、6発しか連続して打てないこの銃とナイフ一本で、どこまでハッピーになれるかだ。
「何だ、てめえっ!」
「墓場にいるなら決まってるだろうが!」
 死神だよ。
 満面笑みで拳銃を抜いた。

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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>

ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)
ベルゼ・フェアグリッド(csrp5664)

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品目企画シナリオ 管理番号2495
クリエイター葛城 温子(wbvv5374)
クリエイターコメントこの度はご依頼ありがとうございました。
さて、壺中天のガンマン対決、仕組みは至って簡単です。
今おられる場所から『ゴールデン・シティ』に辿り着き、ガンマン対決に参加し、見事勝者となって下さい。
引き分けはなし、勝者が生まれた瞬間にゲームクリアとなり、人々は昏睡から目覚めます。

ただし、お二方とも出くわされたイベントからどのようにガンマン対決に参加されますか、そこがちょっと工夫がいります。
そもそも、なぜガンマン対決などが始まっているのでしょう? そこに突破口があるかも知れません。

壺中天のため、特殊能力・トラベルギアの制限が入っております。特技は生かせそうです。
では、荒ぶる男達の歓声の中で、お二方をお待ち致しております。

参加者
ベルゼ・フェアグリッド(csrp5664)ツーリスト 男 21歳 従者
ファルファレロ・ロッソ(cntx1799)コンダクター 男 27歳 マフィア

ノベル

「ありゃ…なんだ」
 今にも潰れそうな馬を追い立てていた幌馬車の男は、突然現れたベルゼに凍りついた。尖った鼻先、けむくじゃらの容貌、人のようで人でなく、広げた黒い翼は洞窟から襲い掛かる蝙蝠にそっくりで。
「何だ、何だ、何だよぉおお!」
「落ち着いて、バング爺」
 跳ね飛ぶ幌馬車の中から声をかけたのは、荷物の間に踞るように隠れていた少女、ぱっちりと見開いた蒼い瞳で空中に銃を向けたベルゼに微笑む。
「あの人、味方みたい」
「儂にはそうは思えんよ、アレグラ! ひええっ!」
 ついにがくんっ、と大きく揺れて穴に突っ込み止まってしまった幌馬車から、アレグラは真っ青な空に舞うベルゼを見守る。
「助けてくれてるんだ」

「い、やっほーっ!」
 黒い毛皮に陽射しが照りつけ、蒸し焼き一歩手前だが、一発銃を撃って強盗団の注意をこちらに向けたベルゼは、うきうきと翼を翻らせる。
「壺中天って、気温まで再現すんのか?」
 お気に入りのコートが再現されていないのは残念だったが、この暑さでは正解だ。
「ココってちゃんと飛べるのかな。後で試そ」
 呟いてすぐさま翼を閉じた体をサボテンの背後に滑り込ませる。間一髪、周囲の空気を撃ち抜いていく銃弾の雨に、うひゃああ、と声を上げつつ、考えているのは、あの眼鏡ヤローのことだ。
「キシシシッ、次はどうイジめてやろうかなー?」
 コロッセオ訓練でちびベルゼ達とファルファレロを追い込んだのは楽しい記憶だ。修羅と化したファルファレロに、ちび達はさすがに眼鏡怖い眼鏡怖いと震えていたが、それも次の日にはけろりとしていた。
 たて続けに撃たれる銃弾に、ちくりと翼が痛んだ気がした。だからと言って、体がすくむような性質じゃない。むしろ、
「今だっ!」
 一瞬途切れた弾幕に地面を蹴り、翼を広げる。地面を走ってくるとばかり考えていた強盗団がどよめき、思わず身を引くのをいいことに、空中で体を回転させつつ打ち込んだ弾丸はわずか三発。
「がっ」「ぎゃっ」「ぐああっ」
 だが馬から転げ落ちたの一人、落ちかけて馬に引きずられかけながら駆け去っていくのが一人、残りの一人ががくりと馬に抱きついて崩れ、驚いた馬が暴れて振り落とされていく。
「くそっ」「覚えてろよっ!」
 お決まりの台詞もぴったりと、そのまま逃げ去ろうとする相手を逃すほど、ベルゼも甘くない。こういう強盗団は後から仲間を引き連れてくるものと相場が決まっている。逃げながら撃ってきた相手に、再び別のサボテンに隠れ、弾丸が飛んでこなくなったところで飛び出して、手近の奴にまず一発。
「ぎゃっ」
 空中に跳ね飛ばされた後地面に叩きつけられ、馬が走り去る。残った一人が必死に逃げる、その背中を狙っていると。
「あの…ありがとうございました」
「まだ来ちゃダメだぜ、あいつを………メイドさん?」
 振り返ったベルゼは眼を見開いた。幌馬車の老人の背後から覗いているのは、ウェストをきゅっと絞ったワンピースに白いエプロン、赤い髪の毛にレースの白いカチューシャを付けた少女だった。
「もう、大丈夫です。きっとラグラン家に逃げ戻ってるんです」
 私はアレグラ、あっちにいるのは祖父のバングです。助けて頂いて本当にありがとうございました。お礼に何か差し上げたいんですが、実は『ゴールデン・シティ』に向かっている途中で……よろしければ、街でお食事などは如何でしょう?
 にこやかに微笑むアレグラの顔を見ながら、ベルゼはぐるぐると考える。
 メイドさんだ、メイドさん。『あにめとぴあV』に載ってたイラストにちょっと似てるけど、どっちかというと『メイドですのん、ぷんっ』の御子神いっこに近いかも知れない。結構可愛い、てかかなり可愛い。それにいい匂いもする。甘酸っぱくておいしそうな匂い。壺中天ってメイド系のゲームもあったんだっけ? 本当は強盗団をやっつけて、「助けてやったぜじーさん、てか俺も助かった、丁度ゴールデン・シティに向かう馬車探してたんだ!」と話を持ちかけ、もし、向かわないと言ったら「ゴールデン・シティに向かうよな? ……向かうよなー?」と脅しをかけて、街まで辿りつこう、そう考えていたのに。
「……お願いできないでしょうか」
 考え込んでいたせいか、それともこの暑さのせいか、アレグラのことばが耳に入っていなかった。
「ごめん、何だって?」
「…無理ですよね、やっぱり」
 ほう、とアレグラが溜め息をつく。
「通りすがりの方に、いくら強そうだからって、ガンマン対決に出場して欲しいなんて……厚かましいにもほどがありますよね」
 バング爺、私やっぱり大人しくラグラン家で働くしかないのかも。
 今にも泣き出しそうに歪めた顔で俯かれて、ベルゼはなおうろたえる。
「ガンマン対決? あ、奇遇だなー、いや、私も実はそのガンマン対決に参加予定だったりしてーって」
 歯が浮くような中途半端な口調に危うく舌を噛みそうになったが、相手がぱっと顔を輝かせ、ベルゼの両手をしっかり握った。
「じゃあせめて、お話だけでも聞いて頂けませんっ?」
 あれ? 何かこれって、オレヨメ的な展開じゃねえ?
 ひくり、とベルゼは唇を吊り上げた。


 老婆を取り囲み嬲るつもりだった男達は、飛び込んだファルファレロの敵ではなかった。緩んだ腹に緩んだ足腰、隙だらけの姿勢で銃を取り出されたところで、狙いさえ定まらない。周囲の土と石を弾く音に振り返りもせず、ファルファレロは駆け寄った男の伸び切った腕を掴む。引き寄せる、膝蹴り、崩れる、蹴り落とす。体を竦めて攻撃を誘い、立ち上がった瞬間に両拳をぶち当てる、だが一方は銃床、鼻血を撒き散らして悶絶する相手を踏みつけ、次の阿呆を肘で落とす。つまりは銃を使わない。
「おおお……」
 老婆が荷車の席で驚いている間に、ファルファレロを取り囲んだ男達は数分待つまでもなく、泥道に血を吐きつつ転がっていく。
「ふんっ」
 最後の一人が眉間を銃床で殴りつけられて吹っ飛び、側の家の壁にぶつかって崩れ落ちるのを、ずれた眼鏡を指先で直して眺め、ファルファレロは振り返った。
「よう、大丈夫か、婆さん」
 倒れている男達の体を一通り漁り、ふと手を留める。
「何だ? こいつ、保安官じゃねえか」
 ぶち倒した男の皮ベストの内側、赤銅色の星形のバッジがあった。掘り込まれている文字は『ゴールデン・シティ』。
「ちっ」
 面倒なことになった、とファルファレロは臍を噛む。乗り込もうとしている街の保安官を、事情を知らないとは言え殴り倒してしまった。このイベントは老婆を見捨てて、男達と慣れ合うのが正解だったのかと舌打ちしていると、側へのろのろとやってきた老婆が重苦しく首を振った。
「あそこには保安官なんてものはいないよ。ラグラン一家が支配してから、正義なんてありゃしない」
「このバッジは?」
「……私の息子のものだよ」
 老婆が静かに棺桶を振り返る。ファルファレロは荷車の棺桶に戻り、ちらりと老婆を見やった後、蓋をずらせ、顔をしかめた。
「ひでえな」
 元はかなりの男前だったのだろう。だが今は鼻を潰され耳を削がれ、腫れ上がった顔は赤や青の変色した皮膚がぼこぼこになっている。手も足も傷つけられ折られていて、まともな形をとどめていない。
「…あいつらか?」
「もう少し楽なとこで…休ませてやろうと……」
 老婆が顔を覆って呻く。
「昔はいい街だったんだよ。『アイアン・シティ』って言ってね、面倒見のいい、立派な保安官が居て。息子は保安官見習いになって、そりゃあ頑張ってたさ。けどさ、けどさ、ある日ラグラン一家がやってきて、何もかもめちゃくちゃになっちまったよ!」
 肩を震わせ、堪え切れぬように泣き始める。
「保安官のランクさんは殺されちまってね、娘さんのアレグラさんだけが残されてね、ラグラン一家はアレグラさんを欲しがったんだよ。けど、あそこにはバングさんって言う、そりゃあ昔はならした爺さんが居てさ、別の街のお偉方とコネもあってさ」
 バングは何とかアレグラを護ってきたが、それでも寄る年波には勝てなかった。加えて『ゴールデン・シティ』の近くから金が出た。砂金がほんのちょっぴりだったが、それでもならず者が押し寄せるには十分な量だった。そうして街は、ならず者達が銃を撃ち合い互いの腕を見せつけあう酒場に変わってしまった。
「バングさんはアレグラさんを連れて逃げたんだが、ラグラン一家に捕まってね、アレグラさんはラグラン一家でメイドをさせられてて、近いうちにラグランの妾にされるって話なんだよ」
 ファルファレロは煙草を銜えて火をつけた。
 よくある話だ。元々ラグラン一家は『アイアン・シティ』を狙っていたんだろう。邪魔なランクを始末し、娘を取り込み、うるさ方と関係のある爺さんを黙らせるために、金が出たと触れ回った。実際のところ、出たかどうかは問題じゃない。金が出た、その幻だけで人は集まる。そうして集まったならず者で街を固めて、まんまと手に入れてしまったのだろう。
「息子はさ…アレグラさんに惚れててさあ…」
 馬鹿な子だよ、本当に。
「……婆さん、『ゴールデン・シティ』でガンマン対決をやってんだろ?」
 老婆は泣き濡れた顔を上げた。
「それに出るにはどうすりゃいい」
「……あんたもラグラン一家に入りたいクチかい」
 は、と老婆は嘲笑った。
「とんだ無駄話しちまった。さっさとそれを返してくれ。息子と一緒に葬って…何するんだい、このロクデナシが!」
 ファルファレロは内ポケットにバッジを滑り込ませる。怒りの声を上げる老婆に、指先を振って舌を鳴らした。
「おいおい婆さん、命の恩人にそりゃねえだろ」
 にやり、と歯を剥いて嗤ってみせる。
「そのガンマン対決には、ラグラン一家に入りたい奴らが来るんだろ?」
「ああそうだよ、勝ち上がった奴から『ブラッド・シティ』にあるラグラン一家に入れるんだ。そこで強盗でも人殺しでも何でもできる、何でもするがいいさ」
 悔しげに唇を震わせた老婆が、棺桶の蓋を閉め、荷車を再び動かそうとするのにファルファレロは寄り添った。
「どこに埋めんだ」
「ほっといてくれよもう!」
「俺は堪え性がねえんだよ、婆さん」
 薄く笑って相手を見つめる。
「先々のことなんて意味がねえ……俺は今殺りたいんだよ」
 相手は誰でも構わねえ。何なら『ゴールデン・シティ』のくそったれ全部殺ってもいい。
「公認だろ、ガンマン対決なんだからな」
「あんた…」
「俺を『ゴールデン・シティ』に連れてってくれりゃ、婆さんだけは殺さねえでおいてやる。悪くねえ取引だろ」
 とりあえず、荷物を降ろして楽になろうじゃねえか。
 ファルファレロの声に老婆は真っ赤になった顔で頷いた。


「ふぅん、じゃあそのラグラン一家って言うのが」
 もう一個もらってもいい?と確認して、ベルゼはアレグラからアップルパイを受け取った。さくさくの生地、ほどよく酸味のきいた甘い林檎の下にとろりとするジューシーなソース、いくらでも食べてしまえそうだ。
「『ゴールデン・シティ』をダメにしたんだな?」
 幌馬車はゆっくりと『ゴールデン・シティ』に近づいていく。
「今じゃ、あそこにはもう誰も、まともな人は住んでません」
 アレグラはしょんぼりと肩を落とす。
「ガンマン対決だって、昔は父がやっていた、ガンマン達がお互いの腕を競い合う大会だったんです。でも今じゃ…」
 始まったら場所など関係ない。制限時間内に相手を倒して動けなくすれば、勝利が決まる。
「そんなとこでお食事って、そもそも無理じゃん」
「…はい」
「始めっから俺を利用するつもりだった?」
「………はい」
「さっきの強盗団ってのも実はラグラン一家の追手で、あんた達は俺の腕を見込んで『ゴールデン・シテイ』に送り込んで、あわよくばあいつら全員始末させようってことか」
「………ごめんなさい」
 アレグラが滲んだ声で謝った。このままじゃ、二人ともラグラン一家に嬲り殺されるしかない。何とか他の街へ逃れようにも、一番近い街がラグラン一家の本拠である『ブラッド・シティ』、それより遠くとなると飢え死にする方が先か、着くのが先かということになる、と訴える。
 ベルゼはふとアップルパイを噛むのを止めた。まじまじとぎっしり詰まった林檎を眺める。
「これって、ひょっとすると、貴重な食糧?」
「…はい」
「俺、今すごく一杯食べたけど」
「……はい」
「………まさか、もう逃げるのを諦めたとか」
「…………ごめんなさい」
 もう一度深々とアレグラが頭を下げる。
「……それってやっぱり、ラノベ的には、俺がラグラン一家を始末してくるってお約束になる?」
「…………本当に、ごめんなさい」
 でも、私とバング爺を飢え死にさせるようなことはしないですよね、ベルゼさん。
 ひしっと握られた手に絡む、細い綺麗な指にベルゼはしばし見惚れて、やがて深く溜め息をつく。
「まあ……いいや。そもそもが、あいつとやりあうのが目的だし……キシシシッ」
 アップルパイ、もう一個下さい。
「はい、ご主人様」
 嬉しそうに差し出すアレグラに、それは仕様なのか、それとも職業柄なのか、とベルゼは突っ込みたくなった。


「勝者、ベルゼ!」
「勝者、ファルファレロ!」
「勝者、ベルゼ!」
「勝者、ファルファレロ!」
 繰り返されるコールに、周囲の苛立ちと怒気は増していく。
「次!」「お前だろ」「いや、俺はさっきから腹が」「てめえ行けよ」
「もうどうせならまとめてかかってもいいぜ、キシシシッ」
 素早く狙いをつけた銃から連射され、身を翻して建物に隠れたとたん、間近でぎゃあっと悲鳴が上がる。見物人が身動きして、相手にベルゼと間違われて撃たれたらしい。もっとも、そんなことは日常茶飯事、このガンマン対決の最中に、へたに近づきすぎたり腑抜けている方がまずいのは暗黙の了解、走って場所を移動する二人を、物見高い命知らずな野次馬達が遠巻きに取り囲みながらはやしたてる。
「勝者、ベルゼ!」
 コールが響き渡り、周囲からブーイングが響き渡る。誰かあいつをやれねえのか。その声に応じて、ようやく目の前に姿を現したファルファレロは、せっかくの男前が残念なことになっていた。乱れた髪、薄曇りの眼鏡、埃に塗れたスーツに、汗に汚れた顔。
「ようやくかよ、キシシシッ」
 もっともこちらたいして違いはないだろう。毛皮の一本一本にこびりついた砂の重さまで感じるほど汚れている。
 カァン、とカウベルが鳴った。

 舞い上がるベルゼの飛行は予測済みなのだろう、速度を上げて近接しながら撃ち込んでいくベルゼに、ファルファレロは動じた様子もない。頬を掠めた弾丸にたじろぎもせずに撃ち返す。すれ違いざまにナイフを抜き放って切りつけたが、すれ違う速度に邪魔され、利き手でなかった分、届かなかった。通り過ぎた背後から撃ち込んでくるのを急旋回で躱す。前回浴びた銃弾の痛みは忘れていないが、冷静に弾数を数えて身を翻す。こちらが少なかった一発分、待ち時間が必要なファルファレロに浴びせるが、相手はすぐに近くの建物の影に走る。細い路地、家との狭間、ベルゼの飛行を遮る手は悪くない。こちらも待ち時間が来た、屋根の奥に身を潜める。静まり返っている。野次が飛ばない。もっとも野次れるだけの人員がもういなくなりつつあるということでもある。ベルゼの視界に遠くに止まった幌馬車が見える。アレグラが両手を組み合わせて見守っている。負けられない。

 同じことをファルファレロも思っている。視界の隅に傾いた家の柱にしがみつく老婆が映る。まだ危険は去っていない。殺れるだけは殺れたが永久にゲームで戦い続けるわけにはいかない。終わらせなくてはならない。

 照りつける陽射し、影が動いた。ファルファレロが走っているのが見えた。酒場へ逃げ込むつもりだ。確かに狭いし暗いし身動きしにくい。ベルゼの翼は不利かも知れない。撃ち込んだ弾数はすぐに限界を越えた。逃げ切られてしまっては入るしかない。

 ファルファレロは酒場の戸口から撃ち込まれて、テーブルを蹴倒し盾にした。本来のベルゼの銃ならテーブルごとやられている。次々撃たれる銃弾をカウンターに飛び込み、階段を駆け上がりシャンデリアの背後に隠れてしのぐ。胸を撃たれたがバッジで助かった。相手の弾切れを待つ。

 一発足りなかった。弾が切れ、ベルゼは左手をナイフで貫かれた。ダーツが得意だと聞いたか聞かなかったか。引き抜いて銃を握るが握力が弱い。相手も弾切れかと訝った次の瞬間、部屋の隅の樽が転がされた。中から零れ広がったのは林檎、なぜこんなところに林檎、そう思った次には周囲にファルファレロの弾丸が降り注いだ。

 樽の林檎は準備しておいた。正攻法じゃ味気ないと思ってた。ズル? 違うな、コロッセオで舐めた真似してくれたお返しだ。ずっと銃だけを相棒に生きてきた。こいつで負けて引きさがれっか。周囲に弾け飛ぶ林檎の中で戸惑うベルゼに襲いかかる。

「く、っそおっっ!」「うぉおおっ!」
 甘酸っぱい香りの中で果汁に足を滑らせて倒れたベルゼ、瞬時に飛び込み、のしかかるファルファレロがためらわずにベルゼの眉間に向けた銃口の引き金を引く。
「あばよ」

「勝者ーっ! ファルファレロ・ロッソ!」
 かぁんかぁんかぁん……。
 遠ざかるカウベルの音、ベルゼの脳裏で涙ぐむアレグラの顔が滲んで消えた。
 

クリエイターコメントこの度はご依頼ありがとうございました。
勝者は決定し、参加者はゲームから解放された模様です。事件は解決いたしました。ありがとうございました。

お二方のバトル、ではありますが、せっかく壺中天においで頂いたのですし、単なるバトルものだけではなく、発生イベントも楽しんで頂くこととなりました。
そうです、これは『バグ』が発生した『シュート・マッチ』であり、本来の姿ではありません。ならば、本来ならば、あの老婆や保安官、ラグラン一家やアレグラなどは、どうなっていたのでしょう。
ひょっとして、参加者は、情報を与えられるだけで、彼等と関わる展開は準備されていなかったかもしれません。或いはまた、彼等と密接に関わり、彼等と敵対する側だったかも知れません。
この出逢いは、『バグ』がもたらした小さな一期一会だったのかもしれない……そんな感覚も楽しんで頂ければと思います。


またのご縁をお待ちいたしております。
公開日時2013-03-27(水) 21:10

 

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