オープニング

ターミナルのプラットホーム。
 インヤンガイからロストレイルが到着し、依頼を受けた者たちがぞろぞろと降りていくのを待ち受ける影があった。
「やあやあやあおかえりーみんなー! あれちょっとたりない?」
 元気よく出迎えたのはターミナル一の最強のプリティと言われるイテュセイだ。にっと口角を不遜につりあげて微笑む。
「あれ、めっこちゃん」
「お前は……」
「迎えなんて珍しいなぁ」
マスカダイン・F・ 羽空、エク・シュヴァイス、ムシアメがそれぞれ目を丸めてイテュセイを見つめる。彼女がわざわざ自分たちを出迎える理由がいまいちわからない。
 しかし、イテュセイの大きな魅力いっぱいの瞳はムシアメの手をかりてロストレイルから降りてきたキサに向けられる。
「だいじょーぶ! なにもいわなくていいのよ! 話は見えてる! キサちゃんね! 会いたかったわ!」
「「「あ」」」
 三人がほぼ同時に叫ぶなか、イテュセイは愛情たっぷりの抱擁をキサにしようと試みたのだ。
問題は保護された事件のあとの興奮しているキサは激しい人見知り状態で、思わず握りしめた拳を前に出していた。
 ――ぐさっ。
 大きな誘惑の瞳に拳がめり込む。
「きゃああああああああああああ!」
 イテュセイは見事なキサの攻撃にスカートがめくれるのも気にせず地面に倒れて悶えた。
 その姿にキサの目から涙がぶわっと洪水のように溢れ、ムシアメにしがみついて泣きじゃくった。
「う、うえええん、これ、なに、なに、ムシアメちゃん、ど、どうしよう、キサ、キサのせい? キサがいるせい?」
「落ち着いてキサはん! ちゃう、いまのは、いまの……あきらかに自爆や!」
「めっこちゃん、なにしにきたの! キサちゃんが興奮して思わずぱーんしちゃったらどうするの!」
「お前、事態を悪化させにきたのか!」
 ロストレイルの入り口で繰り広げられるプチハプニングをちょうど通りかかった車掌は見なかったことにした。

★めっこ★めっこ★めっこ★

「だるーい」「めんどくさーい」「はやーく」
「えー、そういうわけで、キサについてはギアを与え、今後は知恵をつけさせるという方針をとる。この知恵は、つまりは赤ん坊を育てると」
「やだまだつつぐのー?」「しつこーい」「はやーく」
「お前たちの育て方次第でキサはいくらでも善でも悪でもなれるだろう。つまりは」
「はやくキサに会わせろー」
「ええい、うるさいわ! めっこ一号、二号、三号! あと本体!」
 司書・黒猫にゃんこ、現在は三十代のダンディスーツ姿の黒は予言の書を投げた。その角は狙ったように一号、二号、三号、あと本体の目を貫いた。
「!!」
 身悶えるイテュセイを無視して黒はキサを保護した三人に視線を向ける。
 報告のあとキサは医務チームの検査も無事終了したというので、黒はまず三人を呼びつけたのだが気が付いたらイテュセイもついてきていた。
「今のところ、キサは激しいショック状態だ。保護されたときのことがよほどにこたえているんだろう。環境が変わったのもあるらしく、激しい人見知り状態だ。まずは保護したお前たちがキサを安心させてやれ」
「つまり、わいらがキサはんの教育せいってことか?」
「そういうことだ」
 ムシアメの問いに黒は頷く。
「ハイ、ハイ、ハイ! マスダさんがんばるよ、あ、けど、子供の教育とかしたことなかったね!」
「俺も……一応、小さな子どもはある程度面倒みたことはあるが……女の子か」
「だからあたしがいるんじゃないの!」
 イテュセイが胸を張る。
「まっかせて!アリオをプロデュースしたこのめっこさんがキサを大人のレディにしたげる!」
「お前が一番不安だ」
 黒はさらっと言い切る。
「しかし、キサが女の子である以上、女性としての立場も……お前しかいなかったのか、別のもっとまともな」
「もう、黒ったらなにぶつぶついってるのよ。このめっこ様にすべて任せれば間違いなーし!」
「あぁ不安だ。お前しかいなかったのか? ひとつ大切なことを……キサは先ほども言ったようにお前たちの関わり方次第でいくらでも変化する。その成長した結果をよく考えて接しろ。あの子はインヤンガイのマフィアの一人娘だ。組織同士の関わり合いもある」
「まあまあこまかいことは気にしない! レッツチートキャンプ! 集中的に鍛えるわよ!」

 ぎぃとドアが開いた。
 クゥに連れられてキサが隣の部屋から顔を覗かせた。
「キサはん! 無事で」
「あ……む、ムシアメさん」
「さんって、キサはん!」
「一応、年上にはさんづけで呼ぶようにとこちらで教えておいたんだがいけなかったか?」
「いや、ええんやけど」
 ムシアメはちょっとへこむのにクゥはさらっと説明する傍らではキサはクゥの後ろに隠れてエクとマスカダインを見る。
「エクさん、マスカダインさん」
「あたしは! キサちゃん!」
「めっこさん?」
「そうよ。キサちゃん! ちゃんと言えるじゃないいい子いい子ってっっっ!」
 懲りずに迫ったイテュセイにキサの拳がヒットし、またしても悶えることとなった。

 キサ は 他の人 を さん づけで 呼ぶ ことを 覚えた!
 キサ は めっこ を 一撃で 屠る 攻撃方法 を 覚えた!

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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>


イテュセイ(cbhd9793)
エク・シュヴァイス(cfve6718)
ムシアメ(cmzz1926)
マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431)

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品目企画シナリオ 管理番号2632
クリエイター北野東眞(wdpb9025)
クリエイターコメント 企画はあつあつのうちに、ということでオファー、ありがとうございます。
 そんなわけであなたたちはキサというインヤンガイのマフィアの一人娘を託します。彼女は世界計の欠片がはいった不安定な女の子です。みなさんの教育次第でさまざまな成長をしますので乞うご期待!

 な雰囲気で。

■まず今回のメイン問題・人見知りと不安状態の解消
 キサは現在突然の保護と環境の変化に激しい人見知り状態で、怯えています。
 キサの状態を安定させて、安心して成長していける環境を作る必要があります。
 ということでターミナルのどこで生活しましょうか。一応黒が部屋を用意してますが、それを蹴って新しいところを用意するのもオッケイです。
 その部屋をキサが安心できるように必要なものを購入、またターミナルに少しでもなじめるように工夫してあげてください。
 今回は下準備、お買いものなどがメインとなると思います。その間にキサとどのように接するかも考えてあげてね!

 キサの精神年齢は欠片の作用もあり、だいだい二歳~三歳くらいのわがままで嫌い嫌いと言いだす、自立心が芽生えつつも大人に甘えたがるめんどくさい、いえ、可愛い年頃と考えください。
 説明されれば理解する能力もあります。

■サブメイン・キサをどう教育していくか 
 どんな経験をさせますか? 勉強? 遊び? 明るい子? おしとやかな子?
 失敗したらどうやって叱りますか? 励ましますか? 悪いことをどうやって教えますか? ターミナルで生活する秘訣って? 旅に出させるためにどうしよう……などなど。
 今回はそれぞれの教育方針の意見を交わしてみてください。

プレイングには
・自分がターミナルでどうやって生活していくための基盤を作ったのか、それをキサにどのように教えるか、理解させる工夫をするか
・キサにどういう気持ちを抱いているのか
・小さい子への接し方
なんかをもりこんでね!



 文字数の都合もあるので、今回のメインはまずはキサの現在の問題点の解消になります。その上でどういう風に育てていきたいかも各々、考えて意見を交わして方針を決めていくぐらいになると思いますので!

 ターミナルでみなさんと関わることもキサの経験になります。

・大切なこと・
変な育て方したら黒さんの予言の書の角がオメメアタックしちゃうからな★ 覚悟しろよ★ 

参加者
イテュセイ(cbhd9793)ツーリスト 女 18歳 ひ・み・つ
ムシアメ(cmzz1926)ツーリスト 男 27歳 呪術道具
エク・シュヴァイス(cfve6718)ツーリスト 男 23歳 探偵/盗賊
マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431)コンダクター 男 20歳 旅人道化師

ノベル

 ふと、ムシアメは気が付いてはいけないことに気が付いた。
「これって、複数人による若紫計画?」
 独り言のつもりだったのだが腕にしがみついていたキサはばっちり聞こえていた。不思議そうにムシアメを見つめた。
「けいかくってなぁに?」
「えっ、えーと、えーとなぁ」
「ん、もぉー!」
 めっこことイテュセイのぷりてぃなお尻がムシアメを吹っ飛ばし、パチン! 指を鳴らすと、小さな分身こと手下たちがわぁー! ムシアメに突撃。
「なにいってるのよー」「えっちー」「キサちゃんになにおしえてるのよー!」「けいかくー」
「ちゃうわ、わいはそういう意味はなくてなぁ。ただキサはんを自分たちの理想にするっていうから」
「で、たべちゃうの」「やだー」
 言葉は選んで発しないとわが身に待つのは破滅だけだとムシアメはその日、身もってめっこたちに埋もれながら理解した。

「気にしなくていいのよ! キサちゃん、今のはね、可愛い女の子になろうねって意味なんだからぁ!」
 めっこ、ウィンク。
 出会ったときはあまりの可愛さと攻撃に昂奮して思わず呼び捨てにしたが、神として、素敵な一つ目先輩として可愛い後輩はちゃんづけで呼びたい。ぜひ、お姉さま、キサちゃんと呼び合い、ゆくゆくは互いの神器を交換する姉妹……イテュセイの宇宙的無限の妄想は止まらない。
 キサは茫然と立ち尽くし、ぶわぁと涙を溢れさせた。
「ムシアメちゃ、さん! 埋もれちゃった!」
「え、ちがうのよ。不届きな男にめっこ的、優しいおしおきをしただけよー!」
「キサちゃーん! 泣かないね! おもしろおかしいダメなお兄さんが手品してあげるよー! もう、めっこちゃん、なにしてるのー!」
 子どもの教育からほど遠いマスカダイン・F・ 羽空とイテュセイが騒ぐのを黒は後悔した目で、顔にはありありと、あぁ、ものすごく失敗した。どう考えても人選間違えたと語っているのにエク・シュヴァイスは月色の目を細めた。
「……黒」
「なんだ」
「一つ謝っておくことがある。導きの書を持つ者として、一つの案を上げただけのお前に対し、俺は敵意を抱いた。最近はどうも、感情的になり過ぎる、すまなかった」
 キサの欠片を回収する際に、キサを殺す提案を聞いたエクは激しい嫌悪の目で黒を睨んだ。それに黒が気が付いていなかったはずがない。
 黒はエクの謝罪を笑って受け取った。
「謝る必要はない。今回のお前たちは素晴らしい行動で、大変うれしくも思っている。お前たちの正しいと思う道を選択すればいいんだ」
「……もう一つ聞いていいか? キサの、欠片が取れた後、キサは元の状態……つまり赤子の状態に? その場合、赤子でも、インヤンガイへの帰属は可能なのか?」
「そもそも今の姿は欠片の力によるもので、おかしいんだ。欠片が摘出されれば、持っている力は失われてただの赤ん坊になる。幸いにもキサには両親がいて、待っているだろう。もし、インヤンガイに再帰属が無理な場合はキサは旅人して別世界への帰属を目指すことになるだろうが」
「そう、なのか」
 エクは耳を垂れさる。毛でおおわれて本来はあまり読めない顔にありありと渋面を浮かべた。
 欠片を失って力のない赤ん坊となったキサでは帰属する手段はほぼ失われてしまう。さらに赤ん坊のまま歳をとらないとなれば、その世話をする者がずっと必要ともなる。
 エクは拳を握りしめた。
「このあとインヤンガイのチケットを手配してくれないか?」
「構わないが?」
「理沙子に、キサのことを伝えに行こうと思う。彼女に、会いに行く」
 エクの真剣な瞳を見つめて黒は微笑んで頷いた。
「わかった。この件が終わったら、チケットをとりにこい」


「あー、ゴボン。そろそろキサの今後についてちゃんと決めないか?」
 エクが空咳して注目を集めた。
「そうね! これはキサちゃんの集まりなんだし、さぁ手下たち、集まりなさい!」
 わー! ムシアメに制裁を与えていたちびめっこたちが本体の元に集う。泣きそうなキサを手品で花を出して楽しませていたマスカダインも手をとめた。キサは倒れているムシアメを慌てて起こしながら不安げな目でエクを見つめた。
 ぱっちりとした黒瞳、さらさらの長髪、ふっくらとした顔立ちは母親似だとエクはふっと肩から力を抜いて微笑んだ。
 孤児院にいたときの自分はいつも不安と恐怖を抱えていたが、それは今のキサも同じはずだ。絶対に守ってくれる母親から引き離されて、一人なのだから。
「黒が、キサの部屋を用意しているが、実は俺も知り合いに頼んで、その人がやっている博物館の一部屋を空けてもらっている。どうだ? キサがいいなら、試しに暮らしてみないか?」
「博物館? マスダさん、賛成なのね! いろんな体験してみるのっていいことだと思うの! 黒サンの用意した部屋も置いておけばキサちゃんは好きなときに場所を変えられるのね!」
 マスカダインはキサににこぉと笑った。ターミナルは素敵なところだが何かあって傷ついて逃げたいときに逃げ場所は多いほうがいい。
「キサちゃんはママみたいになりたいんだよね~。素敵なことだよ。けど、その前にまず自分にならなくちゃいけないとお兄さんは思うの。あのね、難しいことじゃないよ~。いろんなことを体験してみよう、ね?」
 キサはこくんと頷いた。
「なら、荷物は少し多めに購入して二つの部屋に置いておこう。どちらをメインに使うかはキサが好きにすればいい……まずは生活用品だが、ベビー用品か?」
 エクは不思議そうにキサを見る。見た目は十六歳だがその精神は赤ん坊に必要なものがいまいち想像が出来ない。
「やっぱり両方じゃないのかしら? そっだ。お部屋をインヤンガイ風にしましょ! お部屋の改装はめっこにお任せよ!」
 可愛らしく顎に手をあてて決めポーズをとるイテュセイの顔はなんと二つ目の美少女になっていた。
 キサがあまりにも怯えるのでめっこなりに一生懸命考えたのだ。もしかしてプリティな一つ目にびっくり? そうよね、この世界って二つ目が多いし、出来れば一つ目の魅力も知ってほしいけど、無理意地は本意ではないし、見るたびに泣かれるなんて悲しすぎる。
 心のなかで荒れ狂う欲望と悲しみがカウンターパンチした結果、とうとう決意した。
 二つ目にしよう! 安心して懐いてほしいもん! 控えめに微笑んだらほら宇宙だって掌で転がすほどの愛に満ちた慈愛深い美女!
 にこっとめっこは微笑むと、キサはぶわぁとまたしても泣き出した。え?
「めっこさんのおめめがふたつになったー!」
「二つ目にしても泣いちゃうの!」
 今まで一つ目のめっこを見ていたのに、いきなり二つ目美女になったらそりゃ驚く。キサ以外も
「これで黙っていたら美人なんだがな」
「めっこはん、二つ目になれるんや」
「なんか、おかしいよね!」

 めっこ★ めっこ★ かいそうするぞー おー(手下たちは飛んでいった)

「んー、買い物は、キサはんと一緒にしよか? キサはんの好みもあるし、足りへんもんはあとで買い足せばええよな? 外に出れば案内もできるし」
 ムシアメの提案にキサの新たな家である博物館の下見がてられ全員でターミナルに買い物に向かった。
キサは見慣れないターミナルの街にムシアメの左腕にぎゅうとしがみついて怯えた。
「キサはん、大丈夫やで」
「……ぎゅう、だめ?」
「ちゃうで」
 ムシアメはキサの目をしっかりと見つめる。小さな子どもの相手はほとんどしたことがないので不慣れだが、大人に通じる礼儀は子どもにも適用されるはずだ。不安の多いキサの目を見て、優しく話しかけるのは少しでも安心してほしいと考えた。
 キサにはしっかりと礼儀を持ってほしい。そうすれば人と関わりあうチャンスはぐっと増えるはずだ。
「怖いもんは怖くてええねん。けどな、人に会ったらちゃんと挨拶できるようになったほうがええで。はじめまして、こんにちは、おはようございます。たまに来る夜にはこんばんは、ってな、なんかしてもらうときはありがとうや」
「う、ん」
「どうしても怖いときはわいの背中に隠れててええで。ゆーっくり慣れていこうかな」
「うん」
「わいな、はじめてターミナルに来たときは弟分とよう散歩しとったん。そのほうがどこになにがあるかわかるし、人にも会える」
 キサは黙って、しがみつく腕に力をこめた。
「ちょっとづつでええねん、怖いもんなんて実はものすごく少ないって知ってや。わいにとってキサはんは、なんて言うんやろう……特別や。なくしたくない大切な人や。笑っててほしいんよ」
 呪術道具であるムシアメにとってこの感情はなじみのない、まだなんと言葉にしていいのか躊躇いを持つが大切だと思う気持ちに嘘偽りはない。
キサはムシアメの言葉に嬉しそうに口元を緩めた。
「キサは、ね、ムシアメちゃ……ムシアメさんのこと、だいすき」

「お兄さんはアホです。立派なヒトになるコトなんてわからないのね! けど、世界に素敵なコトが多いのはよくわかってるんだよね!」
 小さな子に関わって、その子のためなにかできることを考える、道化師がかかわる仕事としては最高だ。
 が、しかし、思えば教育ってなにをすればいいのかという基本的な壁にすぐさまに衝突した。
 だったらせめて楽しいこと、素敵なものをいっぱい知って笑顔にしてあげたい。
 その上でキサがキサという一個の人間になれればと願っている。
「ねっ、キサちゃん」
「マスダさん」
 キサはゆるゆると微笑む。ぎこちないけれど、確かな光をマスカダインは見る。
「ふふ、いい顔だね。キサちゃんのパパだって本当はキサちゃんといたかったと思うよ。大人もね、いろいろと知らないことが多いんだよね」
 その一言にキサの顔はこわばった。
 キサにとって父親は自分の死を口にした恐るべき相手、キサ自身は嫌いだと思う存在だ。
父親がキサを正確にどう感じているのか把握できてない今の状態で、マスカダインの言葉はキサを混乱させるものだった。また先ほどターミナルに来たばかりの不安さにくわえて故郷を離れた寂しさをぶりかえさて悲しさに顔を歪めた。
「んー、もぉ」
 イテュセイのプリティお尻アタックがマスカダインをキサの前から押し退けた。
「キサちゃんに、そんな顔は似合わないぞ」
 二つ目では怖がらせるので潔くかわいい一目にしたイテュセイはウィンクを投げるが、キサはしゅんと俯いてしまった。
「ここにいるうちはあたしたちが家族みたいな存在になりたいって思ってるの。あたしはこれでも世界を手のひらで転がすほどの愛が溢れてるんだから、キサちゃんにも安心して甘えてほしいな」
「めっこさん」
 キサはおずおずと顔をあげる。
 イテュセイはにこりと笑う。その背後では分身その一号がマスカダインの耳元で尋ねた。
「だって、ママって生きてるのよね?」
「ちゃんとパパとママ、両方とも生きてるのねー」
 そんなわけで。
 ママを目指すのではなく、あえてママみたいな存在を目指す。
 本物のママには絶対に勝てるわけがない。
「そーとなると、この大きさも合わないわよねぇ」
 イテュセイはキサの身長の高さに気がついた。百五十少しほどの大きさはイテュセイと身長的にあまり変わらない。
 これでママっておかしいわよね? 子供って見た目も大切にするわけだし。
 ちょっとでも甘えやすくなってほしい。
 その気持ちがイテュセイに暴走愛という名の力を与える。
「よーし、いくわよー! 見てて、キサちゃんのママみたいになってあげるから!」
「え」
「ちょ、めっこちゃん」
「おい」 

 ず、ずずずずん、ずずずずんんんんんんんっ

 イテュセイの体がさながらターミナルでも最強の技といわれる巨大化――どんどん大きくなっていく。
 そして
 イテュセイはターミナルを一望できるほど大きくなった。
「どお゛う? ごれ゛ならぁ、あまえ゛やすーい」
 パンツ丸見え状態で誘惑の一つ目ウィンクを炸裂するイテュセイに見下ろされたキサは呆然とその様子を見ていたが、ぶわぁ! 涙を洪水のように溢れさせて泣きじゃくりだした。
「こんなのママじゃない!」
「え゛ー」
 そりゃそうだ。
「キサはん、こわくない、こわくないで」
「ほ、ほら、お兄さんが鳩出してあげるよ。鳩じゃなくて花だしてあげるよ。はと丸、ほら踊って!」
「でかすぎだ! お前、実はキサを怯えさせたいんだろう……ムシアメ、キサの目を隠してろ」
 とマジギレしたエクの容赦ない雷拳が撃ち込まれ、イテュセイを黒こげにした。

 ばちぃいいん! ――ぷす、ぷすぷすぷす。

 こげこげされて元の大きさに戻ったイテュセイはがばっと勢いよく顔をあげるとエクに噛みついた。
「う、ううっ、なにするのよ!」
「それはこっちのせりふだ。あんなのが母親なわけがないだろう!」
 仁王立ちしたエクは肉食獣が獲物を見つけたときのような冷酷な目をしてイテュセイを見下ろした。その左拳がばちぃ、ばちぃと雷撃が鳴っていつでも容赦ないつっこみが飛んできそうだ。
「えー。だって、キサちゃんって元は赤ちゃんだから、それに合わせるとなるとあの大きさが一番かなぁって、やだ、エク、こわーい」
「あんな巨大じゃ、怖がるだろう」
「んー。だとしたら、こう、足だけ伸ばしてみるとか」
「足だけ伸ばしてどうする、怖いだけだろう」
「ぶー。じゃあ、またほどよく巨大化を」
「とりあえず、巨大化から離れろ」

 めっこ☆ めっこ ☆ きょだいめっこ!

「げど、わいも気になってたんやけど、キサはんって大人と赤ん坊の姿って変わるのに理由とかあるん?」
「お勉強するのは、この姿がいいからって言われた。これ以外だと何もできなくなっちゃうの。けど、たまにはちゃんと戻りなさいってクゥさんに言われたの。こんとろーるの一環だって」
 現在の大人の姿を保っているのはキサの母親の様になりたいという望みが無意識に叶っている状態で、キサ本人に自分が力を使っているという感覚は軽薄だ。
 激しく混乱したり、意識を保てない状態――気絶や深く眠ってしまった場合、欠片も防衛本能以外の働きを停止するので赤ん坊に戻ってしまう。
 そんな曖昧な状態なので、当然キサの気持ち次第で赤ん坊に戻ることもあるだろうことは予想される。
 エクは尻尾をひらりと振った。
「やはり大人の姿のときの生活用品もそうだが、ベビー用品も備えておいたほうがいいんだな」
 ようやくついた屋台や店が軒を連ねる賑やかな通りに一行は足を踏み入れた。
 キサに必要なものは選んでもらうにしても、赤ん坊のときに必要なものについてはキサ本人に知識はないのでその点は世界すら掌で転がして愛するキュート一つ目イテュセイが活躍した。
「神様はおむつ交換だって出来ちゃうんだから! 赤ちゃんに必要なものだってちゃーんとわかってるのよ」
 この点を言えば男衆はまったく役に立たないのでイテュセイさまさまだ。

 キサはムシアメにしがみついたまま店を見回して目を輝かせた。
 露店に売っている赤い箸が気に入ったのか手に取って眺めたが、すぐに思いとどまったように箸を元の場所に戻した。
「いらんの?」
「うん。いいの!」
「あ、そうや。ぬいぐるみ買おか」
「ぬいぐるみ? 本当? 買ってくれるの?」
 キサがぱっと笑顔で喜ぶのにムシアメは頷いた。
「うん。ほら、あっち、かわわええのあるで」
 ムシアメが指差すのにキサは軽やかな歩き出した。
 ピンクの屋根の可愛い店に入ると棚いっぱいにぬいぐるみがずらりと並ぶのにキサは大興奮だ。
 ぬいぐるみたちを手にとって肌触りを確かめ、頬すりしたりして楽しそうに品定めしていたが、そのうち白と黒の二匹のまるまるとした子豚のぬいぐるみが気に入ったのか両手に持ってムシアメに駆け寄ってきた。
「これからこいつらを抱っこして寝るとええわ。案外、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめるだけでも落ち着くことがあるんやで。これ、元世界の嬢ちゃんからの知恵。不安になった時、ようしとったって」
 ムシアメが笑って告げた言葉にそれまで笑顔だったキサの顔から表情がするっと消え、すぐにぬいぐるみを元の場所に戻してしまった。
「キサはん?」
「もう、いい!」
 ぷいっと顔を逸らすキサにムシアメは茫然とした。
「え、まって、わい、なんかしたんか?」
「知らない!」
 キサは感情を爆発させて叫び、店を出ると分身と一緒に大量の日常用品を購入しているイテュセイに駆け寄ると、その腕にしがみついた。
 イテュセイは笑いながら頭を撫でるのにキサは黙ったまま俯いた。
「んー……なにかあったの? 教えてくれないとわからないけど、その気持ちのまま力を使っちゃだめよ? 気持ちが不安定で力を使うと危険なことになっちゃうんだから」
 キサの力が感情に揺れて不安定になっているのをイテュセイはすぐさまに読み取った。
 同じ神として導くためにも、善悪ははっきりとつけるべきだ。そのために叱るときは叱ると決めている。
「針が刺さっているうちはあなたは神よ。いい神様ってのはすぐ破壊や破滅にもってかない節度と意思、それでいて世界を動かす機転が必要なのよ。あたしみたいに!」
 ま、あたしよりちょっと思慮深く育てればいっか!
「だって」
「言い訳はだめ! んー、ちょっと欠片を見てみる? あたしが取り出してあげる」
 イテュセイが何気なく手を伸ばしたのにキサは恐怖の悲鳴をあげた。

 エクはマスカダインとベビー用品の購入に精を出していた。なんでも揃うターミナルでもベビー用品は少なく買い物は難航したが、それでもいくつかを見つけ出すことに成功して二人は集合場所に歩いていた。
「ボクね、欠片は無理して取り出すことないと思うの。自分にしかない力は危険なものだけどさ、いろんな事が出来る素敵なものだと思うんだよね」
「欠片があるとキサは両親のもとに帰れないんだぞ」
「そう、そうだよねぇ……キサちゃんに両親の話をしたあと、なんだか避けられてるんだよね、パパだってきっと君に会いたいよって言ったら」
「自分を殺そうとした親に会いたいなんて言われて素直に喜ぶ子どもがいるか? キサ自身父親のことを嫌いだと口にしていたらしい。父親もそうだが、キサ自身も迷っているんだ。今はターミナルに馴染むことを第一に考えたほうがいい、あの子はまだ赤ん坊で、自分から動き出したばかりなんだ。なんでもかんでも要求するのは酷だ」
 マスカダインは自分の早急さを恥じ入るように俯いて、そのあとすぐに笑った。
「うん。そうなのね。つい……焦っちゃったのね! うー、しまったのね!」
 思いっきり自分の左頬を殴ったあとんーと伸びる。
「キサちゃんにもゆっくり考えてほしいのね。ターミナルで生活して、世界の素敵さを教えながら両親のことも」
「そうだな。ん」
 キサの悲鳴を聞いたエクは驚いて足を速めた。
 そこにはおろおろとするイテュセイと頭を抱えて蹲るキサがいた。

 めっこ★ めっこ★ しっぱいめっこ★

 掃除されて清々しい空気が部屋を満たしていた。いくつかの荷物はドアの横に、白い清潔なベッドにキサは体を小さくして眠っていた。
 マスカダインはパパの話をするから嫌い。
 ムシアメも別の人のこというから嫌い。
 めっこは欠片を奪おうとするから嫌い。
 みんな、きらい。

 ――なら、殺す? また死なせるの? ねぇ、キサ

 薄い眠りに落ちていくなかキサは声にならぬ咆哮をあげて目覚めた。茫然とかたっていたが一人の部屋を恐れて外に飛び出した。
 博物館は深海のような静寂を孕み、そっと飾られた品々は遠慮深く一歩後ろに下がったように誰に見られることを控えめに待っている。
 それらを見ていたエクはキサが駆けてきたのに振り返った。
「こわい、ゆめ、みたの」
 エクはキサを手招き、ベンチに腰掛けさせるとどこかに歩いていった。キサはじっと自分の足元を見つめた。
 ふと、白いミルクの入ったカップが差し出された。見上げるとエクが微笑んでいた。
「誰だって、自分が痛い思いをしたり、苦しい思いをすれば、それを拒みたくなるものなんだ。落ち着くから飲むといい」
 キサは頷いてカップを両手で持つと口にした。
「一人で何もかも背負い込むことはやめてくれ、ここにいる仲間はお前を必ず助けてくれるはずだから」
「だって」
「ん?」
「だって、だって」
「言葉にするのが難しくても、理解してもらおうという努力も、知っていく努力もやめちゃだめなんだ。でないと誰もお前の気持ちがわからない。一人になってしまう」
 キサは下唇を噛んだ。
「キサ、意地悪したから、もう、だめかな」
「失敗は誰でもするもんだ。けど、それくらいでお前のことを知ろうとする努力をやめたくない奴は大勢いる。ほら」
 エクが示す柱の隅っこからちびめっこたちと本体が伺い見ている。
「え、あ、あたしは、ただの置物よ! 置物……あー、ごぼん」
イテュセイとその分身は観念してキサの前に歩き出す。キサは俯くのにイテュセイは勢いよく頭をさげた。
「ごめんね。キサちゃん! あたし、知らなかったのよ。その、欠片を奪われるのですごくこわい思いをしたって」
 キサは目を丸めてイテュセイを見つめる。
「けどね、信じてほしいの。あたしは、神としてキサちゃんを正しく導きたかったの。悪いことをだめって教えて、なにか出来たら褒めてあげたかったの! こんなふうに怖くて泣いちゃう夢を見るときは、安心して逃げられる場所を提供してあげたかったの」
 イテュセイはにっと微笑んだ。
「いい神さまはね、悪いことをしたらちゃんと謝るのよ。あたしみたいによ? いい?」
 イテュセイは両手を伸ばしてキサを胸の中に抱きしめる。僅かな震えを落ち着けるように優しく頭を撫でる。
「怖くないわ。あたしがいるもの。あたしの分身も」
 分身たちがひょっこりと顔を出してきゃきゃと笑う。キサはイテュセイの胸のなかに身を預けて悲しげな顔で、しがみついた。怖かったと全身で訴えてくるのをイテュセイは愛を持って受け止め、包み込む。
「ムシアメに冷たくしたのはどうして?」
「だって、だって、キサの知らない人のこと、弟分とかお嬢って人のこと……胸が苦しなったの。パパやママはキサが大切だって口にしたよ。けど、ママとパパは、キサを置いていなくなって。それでムシアメちゃんまで知らない人のことを口にするのすごくいやだったの」
 キサがムシアメの「お嬢」に嫉妬したのは子どもらしい独占もそうだが、両親との決別は傷となっていた。
だから無意識にキサはムシアメを試した。どこまですれば許される、どうしたら自分が一番になれるのか、と。
「そっかー。それで鈍感なムシアメのことゆるしてあげる?」
 イテュセイの肩からもぞもぞと黒蚕が顔を出した。
「キサはん……お嬢とキサはんはちゃうで。わい、ほんまにキサはんとどう接していいかわからんから、それでな……傍におってもええか?」
 キサはじっと睨んだあとこくんと頷き、手を伸ばしてムシアメを優しく抱きしめた。
「ムシアメちゃん、ごめんね」
「わいもごめんな。不安なのに。な、謝ったら、仲直りやで。キサはん」
 つんつんとムシアメの小さな爪がキサの手をつついた。

「そうよ! 仲直り! おなかもすいたでしょ? パーティをしましょ」
「ぱー、てぃ?」

 エクが案内した博物館の奥にある食堂。その広間は色紙で作られたセクタン、星、チャイが飾られ、テーブルには料理がいっぱい並ぶ。
「キサちゃん!」
 マスカダインが微笑む。
「ターミナルにいらっしゃい!」
 キサは目を瞬かせる。
 エクとイテュセイがすぐに前にまわりこんで、クラッカーを鳴らす。
「ようこそ、ターミナルに!」
 マスカダインはキサに世界の素晴らしさを少しでも知ってほしいと知恵を絞り、パーティを開くことを考えた。いっぱいの料理を用意し、己の器用さを最大限に発揮して飾りつけに力をいれた。
「キサちゃん、世界は素敵なんだよ! ゆっくり、いっぱい知っていこうなのね」
「マスダさん、怒ってないの?」
「怒るってなにを? あのね、いやなときはいやだって態度でいいと思うんだよね! それがキサちゃんがキサちゃんであるためなんだもの。ボクもちょっと焦っちゃったからね! これで仲直りね」
「うん」
「さ、お手をどうぞ。女王さま」
 マスカダインは恭しくキサの手を引いて特別席に案内すると、そこに黒と白の小豚のぬいぐるみが置いてあるのにキサは目を瞬かせた。
「ムシアメちゃんが用意してくれたの、これ」
「キサはんが一人でなくてええようにや」
「……あり、がとう」
 キサはぬいぐるみを膝の上に置いて席につくと、朱色のお箸にも気が付いた。
「さ、食べようか!」
 マスカダインの声にキサはお箸を手に取って少しだけ考えたのち
「みんな、ありがとう……いただきます」
 両手を合わせて柔らかい声で告げた。

クリエイターコメント 企画オファー、参加、ありがとうございました。

 前後してますが、このシナリオは「再会を思う」より前のお話になります。
 部屋の改造について。インヤンガイ風(お香が焚かれているようです) どの部屋にも一匹、ちびめっこがスタンバイしているようです。

 誤字脱字・口調がおかしいその他なにかありましたら事務局を通して教えてください。
公開日時2013-04-27(土) 08:30

 

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