――どこまで小さくなるかな。 ――君はさっきの子より小さくなれる? ――あれ、もう死んじゃったの? なぁんだ、楽しくない。「あらあら、クスクス、まあまあ、ふ、ふっふふふふ……」 世界司書であるジジ・アングラードは導きの書を見てゆっくりと微笑んだ。 楽しそう。とても楽しそうである。 ロストナンバーたちは彼女の楽しそうな表情を見て、とても楽しく平和な出来ごとに違いないと思った。 しかし、彼女が口にした言葉は――。「インヤンガイにて、殺人鬼が現れたそうですのよ……ふふふっ。中々にして面白そうでございます。くすくすくす」 殺人鬼が現れた、との言葉に皆が凍りつく。 何故この女性はそれを楽しそうに、こんなに面白がっているのだろう。「現在の被害者の数は11人。どれも大人の男性ばかりです。後、殺人鬼の共通点は解体ですね。死体はばらばらに細かく切断されております。ですが、部分的に大きく残っている箇所も見受けられます。それは、頭を含めた胴体と言うのも共通点でございます」 手の指や足の指は細かく切断されている。しかし、大体の死体は途中でそれを止めている。「何かの意図があるのでしょうかね……あたしには理解が出来ません。理解が出来ないからこそ、楽しい。ふふふ、皆様、どれだけ残酷でどれだけおかしかったか、後で教えて下さいませね」 にっこりと微笑んだジジのその顔は、ロストナンバーたちには少し恐ろしく思えた。「おう! 来たか、あんたらが来るの待ってたぜ」 インヤンガイに着いたロストナンバーたちを待っていたのは無精髭を生やした中年の男性。 彼はリャンシンと名乗った。 身なりは大して金を持ってそうとは思えなかった。 しかし案内された彼の探偵事務所は豪華。「ああ、いや、そのな、事務所に金かければ客取れると思ってよー。馬鹿な考えだぜ、全くな」 俺の事務所の話はいい、本題に戻ろうとリャンシンは真面目な表情でソファに座る。 ロストナンバーたちも座るように促した。「まず俺の方で調べたところの話だ。ホシは1人に絞れた。しかし……だな」 パラパラとリャンシンは調べた書類のような物をめくる。そして殺人鬼の情報を伝える。「名前は茜、男だ。……11歳」「11歳!?」「ああ、しかもほっそい腕でな……とても成人男性を殺せるとは思えない。ってなもんで、茜の母親が主張すんだわな」 この細腕で人が殺せますか、と。 もちろん探偵の方もそれで引き下がらない。アリバイもない、死体を置いた周辺での目撃情報も多数ある。「母親がグルと言うことは‥‥」「まあ、普通に考えてありえるな。母親が隠しているのもあるだろうし、‥‥しかし、母親はシロだ。犯行的な意味を込めてな。まあ、後わからんのが、薬品会社に勤めていたと言われる父親の話だな……調べてもその薬品会社は茜が生まれる前に潰れてるし……」 何故シロだと言い切れるのかと聞くと、「カンだ」と即答。 長年の探偵のカンと言う物に頼ってもいいのだろうか、迷う。 最後にリャンシンは苦笑して言った。「ただ庇っている母親にしか思えなかったな。まあ、11人が拉致されたらしき場所と時間もを特定出来た。捕まえるならば現行犯……俺が囮になろう」
◆ ◆ ◆ 「さーてと、まだ時間には早いからな、珈琲でも飲んでけや。俺は珈琲だけは煩いんだぜ」 にかっと笑顔を浮かべ、リャンシンはソファに座っている4人に行って奥へとばたばたと走って行った。 数分後、珈琲の香りがこちらまで漂ってきた。 「でっけー事務所に1人なのか?」 斎田 龍平はキョロキョロと豪華な事務所を見渡しながらそわそわと挙動不審な様子。 その様子を見て飛天 鴉刃がゆっくりと周りを見渡した。 「私たち4人とリャンシン以外の気配はせぬ」 彼女の髭で気配を察知しているのか、ゆらゆらと揺れている。 暫くすると、リャンシャンがトレイに乗せたカップを持ってやって来た。 「わりーわりー、こだわりすぎっと時間がいくつあっても足りねーや。よし、シュガーは? ミルクは入れるか?」 「……あ、あの……あり、がとう……ございます……」 おずおずと、夢天 聡美が礼を言うと、リャンシンは彼女の背中をぽんぽんと叩き、笑って言った。 「この程度どうってことねーよ、手伝って貰うのはこっちの方だしな。それに嬢ちゃんはもっと笑った方がいいぞ? 折角可愛いんだからもったいねーぜ? って、オッサンの俺が言ったらただのセクハラにしかなんねーな」 あっはっは、と笑いながらリャンシンは自分の頭をがしがしと掻いて、肩をすくめた。 もちろん聡美は反応に困ってしまう。素直に笑うことなど出来ず、困ったような表情を取るのみである。 「リャンシャン、困っているぞ」 「ははは、仕方ねーなー。昔から女心だけは全くもって理解できんからなー」 サーヴィランスの言葉にも笑って答える。 「娘が生きてたら……嬢ちゃんくらいの年か。っかー! 年月ってのはおそろしーぜ、いつの間にかこんなオッサンに!」 「娘が、生きてたら?」 龍平が頭に疑問符を付けて聞く。 すぐに彼の口を閉ざそうと鴉刃が動こうとするが、いいよ、とリャンシンは苦笑する。 「まあ、喋ってもお茶受けくらいにしかならねー話さ。てきとーに流してやってくれ。俺は昔から仕事仕事ばっかでよ、カミさんと娘放っていつも事件を追い掛けてた。何の因果かね、10年くらい前か、当時追ってた殺人鬼に――カミさんと娘を殺されたんだ。軽く自己嫌悪してな、一度この仕事やめようとしたけど、結局続けてんだ」 馬鹿だろ? と乾いた笑いを続ける。 「そんな……私と……同じ……年、くらい……」 「あー、嬢ちゃんがそんな気にすることじゃねーよ。俺のカミさんと娘は死んじまったが、嬢ちゃんは生きてる、それでいいじゃないか。生命なんて単純さ、消そうと思ったら案外簡単で、戻すことなんて出来ねえよ。だから嬢ちゃんも、娘の分まで……って言っちまうと重いな、まあ、元気で生きてくれよ」 当に吹っ切れている、がそれでも割り切れない思いと言うのは存在する。 普段彼が座っているであろう、彼らの横にあるデスクの上には在りし日の3人の仲睦まじい姿を撮った写真があった。 悔やんでも悔やみきれない。それを後悔しない日はなかっただろう。 彼はそれでも前に進んだ。さようならを告げて前に進んで行くのだ。 それが自分のためでもあり、蔑ろにしてしまったが愛している、今でも2人を愛しているとそれを証明するための証なのだと彼は思っている。 ◆ ◆ ◆ 「それで、茜、のことなのだが、詳細……外見を聞いておきたい」 鴉刃が珈琲を飲み、リャンシンに聞いた。 「オーケイ、そうっだなー……まず、顔写真がコレだ」 テーブルの上に資料の中から差し出した。 そこに写っていたのは白。それしか形容する言葉がなかった。真っ白い雪のような肌に真っ白な髪の毛。しかし目の色は深淵のように黒く引き込まれそうな色をしていた。 11歳と聞いてはいたが、壱番世界で言う11歳よりも少しだけ幼いようにも見えた。 隣に写っているのは母親だろうか。 細い彼の肩をがっしりと掴み、微笑んでいる。しかし彼は無表情で前を見つめていた。 とてもとてもそれが何となく恐ろしく見えた。 「……確かに、細いなー」 「だろう? 同じくらいの小さい子だったら話は早いんだが、自分より力の強そうな人を選んでいるようにしか見えなかった」 「後ろから不意打ちで一発、ってのは?」 「ないな。共通点と言うわけではないが、検死結果で出血多量によって死亡と言うのが多い」 龍平の言葉に冷静に資料を取り出しながらリャンシンは答える。 これまでの被害者の詳細な資料を見せる。どれも成人男性。不意打ちで殺す以外で彼がどのように殺せるのだろうか。 「拷問の1つに両手足の先から削っていくものがあるが……それにしても手口が甘い、な」 ただの愉快犯だろうと鴉刃は資料を1つ1つ見て行く。 身体を全部どの部分だったかわからないように細切れにするのならばわかる、だが、茜は途中でソレを放棄したようにも見えた。身体を『全部』細切れにするという目的ではないのだろうな、と呟く。 「そうだな、細切れにすることにこだわっていると言うより、遊んでいる感覚か? そっちに近い」 鴉刃とサーヴィランスは冷静に分析する。 龍平と聡美は入れないでいた。聡美は「どうしよう……私……足手まといかも……」とぽつりと呟く。 「足手まといなんかじゃねーよ?」 「え、でも……」 「それなら俺なんて逃げるしか出来ないしな、立派な足手まといだ!」 「おうおう、それなら俺も足手まといパート3になるぞ」 龍平が隣に座っていた聡美の背をばしんばしんと叩く。珈琲のおかわりに奥へ行っていたリャンシンも笑う。 「だって俺、あんたらみたいな面白いもん持ってねーし、それにな、役割分担って言葉知ってるか? 茜がどんなモン使って成人男性殺してるのかはまだわかんねー。だが、尋常じゃねーことは確かさ。そうすっと普通の人間である俺だけではどうにもならねぇ。そこであんたらの力を借りる。そういう分析に長けてる奴が来たり、俺の代わりに囮になってくれたり? 嬢ちゃんが出来ることだって何かきっとあるはずだ。この旅でそれを見つけることが出来なくても、いつかきっと見つけられる」 な、と笑ってリャンシンは聡美の頭をぐりぐりと撫でた。 「ふ、そういうことだな。私は同じ旅をする仲間を放っておく程冷酷ではあらぬ」 「……ぁ、……あ、りがとう、ございます……」 悲惨な境遇に見舞われていた彼女には鴉刃の言葉が嬉しかった。鴉刃は表情を変えずに珈琲を飲んでいるが、その一言がとても嬉しかった。 「と言うことで、にーちゃん、囮、ヨロシク!」 にっと笑ってリャンシンは龍平の肩を叩いた。 「は‥‥?」 俺囮になるとか一言でも言ったっけ、と思いつつ、龍平はリャンシンに聞き返す。 にやーと笑い、リャンシンは「だって、俺なんも面白いもん持ってねーし!」と豪快に笑って見せた。 「2人組での事例もあるようだ、2人でやってもいいのでは?」 資料をぺらりとめくり、サーヴィランスは言う。 「ちょ、ま、……いいか、元より俺はそのつもりだったからな。ということで、2人で仲良く囮がんばろーなー! にーちゃんはまさか一般市民のか弱い俺を置いていかないよなーよなーよなー?」 なんでこんなことになったんだー! と、龍平は頭を抱える。 ◆ ◆ ◆ 時刻は深夜2時。 このような時間に出歩く子供などいるのか、と写真に写っていた母親を思い出す。 どんな教育しているんだ、と。 龍平とリャンシンは暗い路地裏で何か話している振りをしていた。 成人男性と印象づけるようにリャンシンは煙草をふかしている。元々愛煙家ではないし、吸う気はさほどない。そのためふかすのみだ。 「以外だな、ヘビースモーカーな感じに見えるぜ」 「人を見た目で判断しちゃーいけねーぜ。まあ、俺も吸ってた方がそれっぽくなるってのはわかるけどな」 他愛もない雑談をしている。 サーヴィランス、鴉刃、聡美の3人は物陰でじっと茜の来訪を待っていた。 煙草を地面に落とし、靴で火を消すと、リャンシンはにや、と笑う。 「……来なすったようだぜ」 ひた、ひた、ひた。 中華包丁のような大きな包丁を持って、裸足の少年が現れた。 インヤンガイの路地裏の暗い雰囲気の中、少年の真っ白な姿はとても恐ろしいくらいに異彩を放っている。 逃げる準備をしつつ、リャンシンは茜に話しかけてみた。 「坊主、こんな時間にそんな物騒なもん持って1人歩きは関心しねーぞ?」 それまで薄目だった瞳が大きく見開かれた。深い深い、どす黒い瞳だ。 無表情だった顔をぐにゃり、と変えて歪んだ笑顔を見せた。 「くひゃはは、おじちゃんたちはなんか図太そうな感じに見えるよ。ね、人ってどこまで小さくなれるのかなぁ? なれるのかなぁ? あひひひひゃはぁぁああ!!」 「ッ……!! 逃げっぞ!」 危ない、と判断した。龍平はリャンシンの襟を引っ張り走る。 「あれー? 逃げちゃうの? 逃げちゃうの? くすくすくすくす!! ね、待って、僕と遊ぼうよ、ね、遊ぼう?」 茜は狂気の笑みを浮かべながら包丁を持って2人を追いかける。 これは2人が足が遅いというわけではない。なのに、茜はすぐに2人に追いつく脚力を持っていた。 隠れていた3人はやばい、と各々のトラベルギアを持ち、走る。 「あっれぇー? 実はたくさんお仲間さんがいた感じ? なになに、僕を捕まえるつもり? んふふ、それも楽しいねー。でもぉ、5人同時殺害!! それって良くない? あっはっははははははははははははは!!!!」 可笑しい可笑しい、と笑う茜に5人とも気味の悪さを感じた。 彼の脳みそは、もはや狂気に飲み込まれてしまっているのだろうか。 「(役割分担……私に……出来ること……)」 ぎゅっと聡美は自分の胸の前で拳を握り締めて決意したように言葉を紡ぐ。 「あ、あの……えっと……理由はわからいですけど、も、もう、……こんなこと、おしまいにしませんか? ……人を簡単に殺すなんて、……そんなの、どんな理由があっても駄目です……」 もっともっと彼に伝えたい言葉がたくさんある。 生命と言う物はとてもとても大切で、消してしまうのは簡単だが、作りだすのは苦労する。 茜は笑っていた表情をすっと無表情に戻し、聡美を見る。 「お姉ちゃんさぁ、それ、マジで言ってんの? マジで言ってるなら笑えないよね。強者は弱者を踏みつぶして良いんだよ、弱者だから僕はこんな体にさせられて、強者になった。パパを殺して、パパのお仲間を殺して、ママと一緒に強者として生きるんだよ」 「……父親の勤めていた薬品会社というのは……」 鴉刃が聡美を庇うように茜に問う。茜は口角をくくく、と上げ、にやりと笑った。 「パパのこと調べたんだぁ! でも何も出てこなかったでしょう? 僕が全部、壊したんだよ、ママはパパを怖がっていた。僕が胎児の時から怖がっていた。だからパパを殺したの。ママは偉いねって褒めてくれたよ?」 狂ってる。 茜も狂っているが、母親も狂っている。何故夫が自分の子供に殺されて、褒めるのか。 普通であればなぜこのようなことをしたのか、と問うべきであったのだろう。 リャンシンは持ってきてた資料をバババと捲り、父親に関する記述を探す。 父親は茜が5歳の時に死亡。勤めていた薬品会社も同時期に倒産しているとしか書かれていない。それ以外出てこなかった。社長だった者も倒産したすぐ後に死亡している。 ああ、全く、情報が足りねぇ!!! 「くすくすくすくすくす。パパの会社調べたって出てこないよぉ。社会的に消したんだもの。人間って馬鹿だよね、大金積めば大抵のことは口封じ出来るの。その時殺しちゃった人の家族には大金積んで何事もなかったかのようにして、金だけ出してもらったら社長は会社の屋上から、どーん」 人を押す真似をして見せた。 社長は金を殺された遺族に金を出して口止め料を出した。もちろん茜がそうしなければ殺すとでも言って。 倒産した会社の社長が屋上から飛び降りて、『自殺した』と他が判断してしまうのは容易なことだろう。そして大金を出した社長が死んだ、自殺するのならその前に大金を出す意味はない。それを遺族は理解してしまう。イコール、話せばきっと自分たちも殺される。言えない。と言ったところだろうか。 「くっそ、すまねぇ、調査が足りなかった……!」 「そのようなこと、今言っても仕方がない。茜を止める、これで終わりだ。リャンシンは後ろに」 がしがしと頭を掻いて、「ああ、悪ぃ」と眉を寄せてリャンシンはサーヴィランスの言う通り後ろに下がった。 「へぇ、どうやら、退屈せずにすみそうだよ。遊んであげるよ」 ぺろ、と舌舐めずりをする茜は包丁をくるくると回し、近くにあった廃墟になった店の看板を粉砕する。斬り付けた筈なのに、跡形もなく粉々になってしまったようだ。 「……なるほど、細腕からは信じられぬ膂力だな」 「……僕にはあんたたちの方がびっくりするよ。ま、いいけどね」 鴉刃のトラベルギアである闇霧が茜の後ろの壁に斬り付けたような痕を残す。 退屈しないで済みそうだ、と茜は笑いながら龍平を目指して走りだした。 「きゃはは、おにーちゃんあーそーぼー!」 可愛らしいはずの子供の遊びの誘いをこれほどまで恐れたことはあっただろうか。 「うげっ」 逃げよう、とりあえず逃げよう。 えーい、と無邪気な様子で茜は龍平のいた場所に包丁を振り下ろした。 ドゴォオッ!! アスファルトにひびが入る。ただの包丁のはず。包丁は何の変哲もない。しかし振り下ろす彼の力が凄まじかった。 「僕さークラスで一番背が低いんだ。いつもチビチビって言われてさー、僕より小さくて生きている大人を見せれば、チビって言わなくなるかなーって思ってさー」 普通のことを話すように、笑顔で彼は龍平を狙い次はコンクリートの壁を粉砕する。 「ご、ごめんなさい、あの……今から少しだけ、貴方の力を上げます。……な、なので、その……驚かないでください……!」 聡美が龍平に向かって掌をかざした。 ぐん、と龍平の走る速度が速まったように見える。彼女の特殊能力、スキルアップブーストのおかげで龍平の能力が上がり龍平も驚いたが、追いかけていた茜がぴた、と止まった。 ぐるり、と聡美の方を見てにたぁ、と笑う。 「おねーちゃん、何それ、今何やったの? 面白い、面白い面白い面白い面白い面白い!!!」 「……っ……ひっ……!」 茜は聡美を見て一歩踏み出した。その一歩はアスファルトをめり込ませるほどの威力であった。 ミシミシ、メキメキ、とひび割れて行く。 「皆ちっちゃくして行くの、うん。お姉ちゃんから、小さくしてあげるよ、そして、終わり」 一歩一歩歩くたびにアスファルトがメキメキと音を立てて沈んで行く。 恐ろしさで聡美は後ろへ下がる。怖い、なんだろう、こんなに小さな子供のはずなのに、怖い。 「彼を、止めてあげてください。やっぱり私には……止められなかった……」 ぼろぼろと涙を目から零して、彼女は悲しむ。彼のために悲しんでいる。 「……終わりなどいない。永遠に終わることはない」 サーヴィランスがトラベルギア【S】をくるくると回し、茜の腕を斬り付けそのままくるくると手に収まった。 「……ッ!!」 鮮血が弾けるように流れ始める。だらだらと真っ赤な血液が彼の腕を伝う。 痛いが、ようやく気付く、何か変な能力を使うのは聡美だけではない。全員何か可笑しな物を持っている。 今まで殺してきた人間とは何かが違っている。何だ? それは何だ? 彼は今サーヴィランスと聡美にだけ目が行っている。鴉刃はゆっくりと音を立てぬように飛び立ち、ゆっくりと近寄る。 「……う、ぁ!?」 「骨の1,2本は覚悟してもらおう。それともお前がしたように切断がお好みか?」 がっしりと、茜の両腕を掴む鴉刃。 背中から腕を掴まれては、動きようがない、よし、とリャンシンがガッツポーズを取ろうとした時――。 「……グ、う、う、アアアアアアアッ!!!」 「ッ!?」 鴉刃を持ち上げ――そのまま、ぐるんと自分の目の前に叩きつける。 「はぁ、はぁ、腕、関節が元に戻らなくなるとこだったじゃん」 グキ、と音を鳴らして肩の関節を元に戻す音がした。 これが11歳の少年の所業か。言動も先ほどから11歳らしからぬ所があったが、このようなことが、11歳で可能なのか。それが、インヤンガイの殺人鬼、と言う物なのか。 パァンッ!! 小気味良い音がした。 「ッ――ぐ、ぅ……!!」 それは龍平の放ったトラベルギア、ミネベアP220という拳銃の音だった。 ガク、と左膝をつく。だらだらと左の太腿から血が流れ落ちる。 くるくるくるくる、シュパァアアッ!!! サーヴィランスの【S】が右太腿を抉るように斬り付ける。左膝もがくりと落ちる。 「はぁ、はぁ、はぁ、くっそ……いた、痛い。うあああああっ!!」 ぐるんぐるんと身体を回し、立とうと動こうとするが、それは余計に血液が流れるだけだった。 「覚悟しろッ!!」 最後、とばかりに鴉刃が両手の骨を折った。 「ウグァァァァァァアアアアアアアッ!!!!!」 ばたり、と倒れ込んだ。 「ま、まさか、……死んでは……?」 おろおろと聡美が見るが、息はしている。生きているようだ。 「この世界の司法がどんなものかは知らないし、降り立って真っ先にガム踏まされる様な世界は尚更だ」 この程度では死なない、とでも言うように龍平は言った。 子供を殺すにも抵抗があったし、殺してしまえば憎しみの連鎖の繰り返しだろう。 「ふう……少し、背中を切ったが、所詮は11歳の子供だった、ということだ」 叩きつけられた背中をさすりながらも鴉刃は言った。 ぐったりとしている茜に素早くリャンシンは近寄り、拘束具を付けるとにっと笑った。 「これで、動きは封じられる。ありがとさんだ、旅人さんたちよ!」 「犯罪によって失われた心、そして命が取り戻されることはない。永遠に……」 サーヴィランスの言葉には、犠牲となった11人の人間の痛み苦しみが全て合わさっていた。 ◆ ◆ ◆ 「あらあら、お疲れ様でございます。うふふ、残酷で面白ろ可笑しかったですか?」 くすくすと笑うジジ・アングラードに聡美はふるふると頭を振った。 彼女はロストレイルの中で泣き通していたのか、目の下が真っ赤になってしまっていた。 おや、とジジは聡美の頭を撫でると笑顔でこう言った。 「苦しくとも悲しくとも、あたしは笑うことしか出来ません。ロストメモリーになってしまった今、それが何故だかもわかりませんが、笑うことも悪くないと思っております。ですから、貴女も、笑って?」 ね? と笑って見せる。 龍平もぐりぐり、と聡美の頭を撫でた。サーヴィランス、鴉刃もまた、彼女の頭を撫でる。 彼女は少しだけ恥ずかしそうに俯いて、ほんの少しだけ、笑顔を見せたのだった。 お し ま い
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